●賑やか騒がし01
騒々しい夜が明け。
慌しい朝がやって来た。
「あいわかった。この久遠ヶ原守政康、ひと肌脱ごうではないか」
事情を説明された南条 政康(
jc0482)が頷いた。
「公演のお手伝いかぁ。普段なかなかない機会だから楽しそうだね」
「観るだけじゃなくて、裏方の手伝いも出来るなんて、嬉しい限りだわ。今日はよろしく」
狩野 峰雪(
ja0345)もシュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)も笑みを浮かべ、ウキグモ一同に挨拶を。小田切 翠蓮(
jb2728)もそれに続いた。
「今回は愚孫の代わりに手伝いに参った次第。儂に出来る事あらば、何でも申し付けて欲しい」
一方で礼野 智美(
ja3600)は少し悩むような様子。
「公演を手伝いたいのですが『魅せる』事が出来るのかどうか」
無骨者でして。そう言う智美に蛇女が笑いかけた。
「その気持ちがあれば、十二分ですよ。楽しんでいきましょう!」
「確かに……自分達が楽しくないと、お客様を楽しく出来ないってのは同感です」
俺なりに頑張ります。楽しみにしてますね。そんな言葉のやり取り。
シュルヴィアは蛇女の笑顔を見、にこやかに微笑んだ。
「ふむん……いい笑顔ね、素敵よ。どうやら、貴女は立派なプロのようね。いい舞台を期待してるわ」
●賑やか騒がし02
やがて時刻は昼頃となり、周囲には祭りらしい賑やかさが増してきた。
ウキグモ開演時間である。
「見世物小屋ウキグモ、是非ともご覧になって下さい」
祭の雪洞が並ぶ賑やかな往来を、久遠 冴弥(
jb0754)がチラシを配りながら練り歩く。ウキグモは超常の力を公然の秘密にしているとはいえ、あくまでも『秘密』。召喚獣は使えないかと判断した冴弥は宣伝に徹していた。
そんな彼女が首から提げているのは久遠ヶ原学園の学生証だ。祭は再開されたけれど、ディアボロ騒動があって不安に思っている人もいるだろう。ゆえに、撃退士が常駐しているとアピールできれば、皆もお祭を心から楽しめる筈だ。
その効果はあったようで。「撃退士だ!」「昨日のディアボロはお嬢ちゃんがやっつけてくれたのかい?」と冴弥は注目の的になる。となれば、宣伝効果も倍々増。
「ふぅ」
ウキグモへ向かっていく浴衣姿の集団を見送って。冴弥は几帳面に畳まれたハンカチで汗を拭い、ラムネを一瓶購入。渇いた喉を、冷たい炭酸で潤わす。
――お代は見てからで結構だよ。さあさあさあさあ入って入って――
団長の軽快な口上、ドキドキとした様子で小屋に入ってくる観客達。BGMは昭和歌謡。
「見世物小屋とはまた懐かしいのう……。近頃はとんと見掛けん様になったが」
楽屋からその様子を眺めつつ、翠蓮は目を細める。レトロな雰囲気のこの場にいると、遠い昔を思い出す。
(昔の見世物小屋と比べるとかなりソフトではあるが、なんぞ訳ありの者が集うておるのは今も昔も変わらぬか)
くつりと笑った。
「――昔取った杵柄。奇術師の真似事をするのも久方振りよ」
司会役の奇術師がマイクで謳う。これより現れますは、神隠しに精通せし奇なる術師……。
しゃなり、しゃなり。
舞台に現れたのは、華やかな振袖に女性物の帯、股引を履いた脚には高下駄、大きな薬箱を背負うその者の顔には花魁の如く白塗りに紅の化粧。妖艶で、性別不詳。
「今宵の奇跡、とくと御照覧あれ……!」
その声と共に薬箱が開いた。中から勢い良く飛び出したのは白い――そう、さながら『幽霊』と言われて思い浮かぶ外見のそれだ。
ひゃあっと客席から驚きの声が上がる。そして彼らの目が幽霊から翠蓮へ移れば、舞台上には幾つもの薬箱が並べられていて。漂う幽霊がそれらの蓋を一つずつ開けていく。中身は、空。
「これより神隠しをご覧に入れましょうぞ」
薬箱に入る翠蓮。全ての薬箱の蓋が締められる。静まり返る舞台。物音はしない――ややあって幽霊が先程翠蓮が入った薬箱の蓋を開けた。そこに彼の姿はない。
けれど直後に別の薬箱の蓋が開けば、中から翠蓮が現れたではないか。
歓声と拍手とが巻き起きる。再び舞台に現れた翠蓮は答えるように片手を上げた。その手から溢れるのは、大量の紙吹雪。桜の花弁を模したそれが舞台一面に舞い踊る。
そして翠蓮の姿は、解けるように消えた。
「うむ、受けたようでなによりじゃ」
物質透過で魅せた奇術。翠蓮は幽霊役として助手を務めてくれたケセランをもふもふと労った。
次の出番は政康だ。
「ネタが見え透いている点も、売りにしているのだろう?」
それならば自分でもイケル。いざと立ち上がる政康。右手の『軍師』が囁いた。
『殿、ここは漢の見せ所ですぞ』
「わかっておるわ。この政康、引き受けたからにはしかとやり遂げてみせようぞ」
そして口上が謳われる。これより現れますは、世にも不思議な生ける獅子舞……。
「皆の衆、ようまいられた。今日は存分に楽しんでいかれるがよい」
舞台に上がった政康は、拍手に対し先ず挨拶を。
『取り出しましたるこの獅子舞ー』
そして腹話術人形タダムネの言葉と共に取り出されたのは獅子舞だ。
「種も仕掛けもござらんこの獅子舞に、命を吹き込んでみせようぞ」
ご覧あれ。政康がホイッスルを取り出した。
(頼むぞ、チビマル。練習通りにやるのだ)
実はここで、獅子舞の中に政康のヒリュウ、チビマルが召喚されたのである。
ピッ! ピッ! ピーッ!
笛が鳴り響く。すると獅子舞が音にあわせて浮かび上がり、くるくる回って踊り始めたではないか!
おおっと歓声が湧いた。観客の目には、まるで獅子舞が独りでに舞っているように映っている。手拍子と笛の音、楽しげに踊る獅子舞。
やがて獅子舞は政康の傍へ。そして彼が獅子舞をめくれば、そこには――何もない!
「お粗末でござった」
拍手の中で礼をする政康。ネタは簡単、チビマルの召喚を解除しただけである。
「よくやったな、チビマル。これは褒美じゃ」
楽屋に戻った政康は再度チビマルを召喚、金平糖を差し出した。キィと鳴いた竜は、主の頭の上に座って嬉しそうに金平糖を齧り始める。
「派手さは皆ほどないかもしれないけれど」
次の出番は智美だ。
これより現れますは、美しき剣舞を踊る戦巫女……。
りん。
白い衣に緋の袴、長い黒髪を一つに束ね、手には鏡のような白銀の刃をした刀。それは戦巫女の姿に相応しい。
「俺の故郷におわす土地神様の奉納剣舞、ご覧下さい」
智美がスッと刀を構えた。そして――柳の如く、しなやかな動作で舞い始める。
りん、りん。刃が動く度、柄に付けられた鈴束が鳴る。刀の銀が描く流麗な軌跡。時に優しく、時に激しく。それは強く優しく美しい、彼女の土地神を良く表していた。
(うちが祭る土地神様は寛容な女神様ですから、人を楽しませる為ならば笑って許して下さいますよ)
思い出すのは、自分が団長に言った言葉だ。智美は凛とした眼差しを客席へ向ける。観客はその涼やかな美しさに圧倒されていた。拍手も声も忘れるほどに。
収められる剣。現実に引き戻された観客の大きな拍手。
智美は舞台裾まで下がる。退場ではない。その手にはクナイ。投げつけたのは、離れた的へ。真ん中に命中。良く見ればそのクナイにも小さな的が取り付けられていて……
これより現れますは、千里を見渡す鷹の目をした鷹男……。
ぱーん。
銃声と共に、クナイに取り付けられた小さな的が撃ち抜かれた。
歓声を浴びながら智美と交代で現れたのは、鷹男の代理として軍装をした峰雪。手にはショー用の小銃。それをくるりと回し、立て続けに他の的の真ん中にも銃弾を命中させる。凄まじい精度だ。
そして最も舞台から離れた客を指し示す。投げ寄越したのは、小さなコインだ。
「それを宙に投げてご覧。撃ち抜いてみせるよ、この鷹の目で」
本当にそんな事ができるのか。半信半疑で投げられたコイン。銃声。撃ち抜かれるコイン。大喝采。
「見世物小屋ウキグモ、今後ともよろしく」
紳士的に礼をして、翳した手で星の輝き。眩さに観客が目を背けた後――舞台から、鷹男は消えていた。
●賑やか騒がし03
「そのりんご飴と、こっちの姫りんご一本ずつ……と、あ、このぶどうとかアンズとかも頂戴」
夕刻過ぎ、祭りが照らす夜の中。夕刻までウキグモの裏方を手伝っていたシュルヴィアは、祭を堪能していた。体質上、日が沈まないと満足に動けないからというのもある。
「わたがし……まぁ、食べれるわよね。この、戦隊物っぽい袋の頂戴」
そのそつのない気質上、彼女は実にテキパキと裏方作業をこなした。右手にぶどう飴、左手に綿菓子、頭には射的で得たお面を引っ掛け、腕からは釣り上げた水風船をぶら下げ、手首にはくじで当てた光る腕輪を身に着けて。
甘いものを食べ終われば、お次はたこ焼き。
「日本のコナモンは独特なテイストねぇ。この大味っぽいのがいいのだけど」
食べてるばかり……だが、水風船釣りなどもやっているので十割ではない。決して。断じて。うむ。
「お嬢ちゃんいっぱい食べるねぇ」
たこ焼き屋の主人が笑いかけた。シュルヴィアはデザートとして姫リンゴ飴を舐めながら、
「流石に全部は無理。おみやげよ、おみやげ。お菓子好きな、教師がいるもんでね」
そして赤いリンゴ飴を味わいつつ、彼女は見世物小屋へと戻る。
今は休憩時間。楽屋では、一同が水を飲んだり食事等をしている。前日よりも客足が多く大忙し、束の間の一休みだ。
見やった――丁度、そこには蛇女と撃退士と、『事情を知っている者』しかいない。
「お主の素性、いまは無理に話す必要はないと儂は思うぞ」
徐に口を開いたのは、チビマルと共にヤキソバを食べていた政康であった。
「刻が来たときに話せばよい。事は一座全体に関わる。団長の考えもあろうしな」
顔を上げた蛇女。撃退士達と目が合った。
「『恒久の聖女』の規模はわからないけれど、わざわざ脱走者を探し続けるほど、人員に余裕があるのかな……?」
「彼らの結束、というより精神面の支配力はもっと強固なものかと思っていましたが、離脱者もいるのですね。保護できず、追手にやられてしまった方が多いというのは残念ですが……」
扇風機の前で涼んでいた峰雪の言葉に、冴弥が眉根を寄せた。
(此方から外奪に連絡したことで、居場所が向こうに伝わってしまった懸念はあるけれど)
そう峰雪は思うが、もし彼らが何かするのならば、とっくにアクションをかけてきているだろう。今も平和な辺り、追っ手を出した可能性は低いだろう。
「元々ウキグモは訳ありの能力者が生きていくための場所、という面もあるのでしょう。そういうことに居心地の良さを感じている団員さんにとっては、内容が内容とはいえ誰かが『事情』を打ち明けたら、事情を伏せているのが気になる方もいるのではないでしょうか。
それに、事実を知る人が多いほど漏れる可能性も高くなる……本当に『恒久の聖女』に目をつけられることになっても困ります」
心配事は、私達撃退士が何とかすべきことですから。冴弥が言う。智美が続けた。
「『恒久の聖女』って確か『天魔に抵抗出来る覚醒者は偉い』って言いつつ、やってるのは非覚醒者への弾圧ばかりだし、お客様にばれたらまずいってのは判るからあんまり大勢に言う必要はないと思う。何時漏れるかわからないし」
「そうだね。注意すべきは、追手よりも、一般人からの偏見かもしれないね。もし、蛇女さんが『恒久の聖女』に所属していたと噂が広まってしまったら、客足は遠のいてしまう」
峰雪も続く。
「一座の人たちは、脛に傷を持つ人も多いだろうし、マイノリティゆえの痛みを知ってる人たちだろうから、『恒久の聖女』にいたと言っても、態度を変える人は少ないんじゃないかな。
その証拠に、鷹男さんたちは蛇女さんがディアボロに関連があるかもしれないと知りつつも、身体を張って一緒に戦ってくれた」
ただ。峰雪は困ったように肩を竦める。
「皆が言ってるように、全員に知られると情報が漏れる確率も高まるから、すべて正直に話すことが正しいとも限らないね。安全を考えるなら、ディアボロは無関係だったと言って、過去は明かさなくてもいいと思う」
実際、ディアボロは無関係だったのだ。嘘ではない。
蛇女は俯いていた。撃退士の言葉を噛み締め、考え込んでいるのだろう。
じっと、翠蓮は口を噤んだまま見守っている。
(生きていれば秘密にしておきたい事、秘密にしておいた方が良い事……いくらでもあろう)
一時の客人でしかない儂等が口出しする事ではあるまいて。煙管を吹かし、彼は状況の続きを待った。
「気持ちは分かるわ。極端な話、今バラすか、何時かバレるかの二択だものね」
考え込む蛇女に、シュルヴィアが言う。
「そうね、私から言えるとしたら……『後悔するならNO。後悔しないならYES』……よ。選択で大事なのは、納得出来るか否かよ。誰だって、悔いがあれば引き摺るものよ。
悔いは影を差し、影は澱みとなって残る。澱みを消すのは……簡単じゃないわ」
「……どうすればいいですか」
「そうね……、精々悩むといいわ」
シュルヴィアの声音は決して突き放したものではなかった。
「ちなみに、さっきの格言は受け売りよ。少なくとも、私は参考になったわ。とても」
うんうん、と峰雪が頷く。
「正直に伝えないと気が済まない。もしくは過去も含めて受け入れられたい、という気持ちがあるなら、明かすのも良いと思う。全員にでも、一部にでも」
自分がより納得する方向で、後悔のないように。
蛇女が顔を上げた。少し、憑き物が落ちたような、不安さが拭われたような様子だった。
「そうですね……。今すぐ言わないといけないという考えに囚われていたようです。もう少し、悩んでみることにします。それで、上手く、少しずつでもいいから、皆に打ち明けていきたいなと」
急ぐ必要はない。大事な事だからこそ、焦ってはいけない。少しずつでも構わないのだ――そう考えれば心が楽になった。「ありがとうございます」と蛇女が頭を下げる。
ただ、と智美が口を開いた。
「逆の立場で、仲間から自分の事情を打ち明けられたらどうしますか? 皆訳ありでしたら、悪魔ハーフや天魔ハーフの人は、血縁者から追われてる可能性もありますけど……そうと聞いたら、貴方はどうします?」
「決まってますよ」
蛇女の答えは早かった。
「それでも仲間だって、私は受け入れます」
――蛇女については、もう大丈夫だろう。きっとこれから、上手くやっていく筈だ。
姫リンゴ飴の最後の一口を飲み込み、シュルヴィアは一息を吐いた。
だが、ここで。
「……あら? なんだか外が騒がしいような」
「確かに……どうしたんでしょうか」
シュルヴィアの言葉に、カキ氷を頬張らんとしていた冴弥が手を止める。音の方へ顔を向けた。
その音の、正体とは。
『続』