●初夏のお茶会
快晴、風も爽やか午後の一時。
ニコヤカに――けれど何処か剣呑とした雰囲気が、そこにはあった。
(マルガレヂアさんがこんな席を用意したのって、なにか意図があるのかな。だって、ジンクェンがいなくても、冥界ではっきり断れば済む話じゃない?)
草薙 タマモ(
jb4234)は横目にマルガレヂアの横顔をそっと窺った。
(それをわざわざ人間界にまで来た理由は……ジンクェンに何か期待してるのかな)
奇しくもCamille(
jb3612)も似た様な事を考えていた。子爵級悪魔がわざわざジンクェンを探しに人間界までやって来るなんて。
(ジンへの気がなければ、こんな行動には出たりはしないよね。ってことは相思相愛ってことかな……)
妬けるね。薄く口角を吊って、カミーユは紅茶を差し出したジンクェンに少しだけ振り返り、小声で曰く。
「それにしても、綺麗な人だねジンのご主人様は。ジンも意外と面食いだね」
「んなッ!? いやオイラはそんな」
「っていうのは冗談で……きっとマルガレヂアは内面も素敵な人なんだろうね。地位とか風評には惑わされず、自分自身の目で見たジン自身を認めてあげたんだろうね」
「そっ……そ、そうなんでしょうかねぇ」
微笑ましげなカミーユとは対照的、ジンクェンは顔を赤らめ俯くとマルガレヂアをちらと盗み見た。
フレイヤ(
ja0715)もマルガレヂアを見詰めていた。
(ジン君の大好きなマルガレヂアさん……名前長くてメンドイからマルさんって呼ぶけど……)
じっと、真顔で貴族悪魔の横顔をガン見しつつ。
(マルさんの美女オーラぱねぇっす……何だコレ……美女オーラ力五三万超えか……わわ私と良い勝負してんじゃね? 中々やるのだわわわわ)
真顔。真顔だけど脳内がテンヤワンヤ。
(……お茶会終わったらそのクールビューティーどうやったらなれるのかこっそり聞いておこ)
これ以上見続けていると美女オーラで灰になりそうだ。自然な動作でマルガレヂアから視線を逸らしたフレイヤは、次いで向かいの席に居るグラストン――ニコニコと優男な笑みを浮かべている――へ目をやった。
(ええと、マルさんの美女オーラにあてられてすっかり忘れてたけど、あれがヒャッハーの元上司さん……グラストンさんだっけか、こっちも名前長くてメンドイからグラさんて呼んどこ)
良子の脳内がノンストップだが彼女の精神世界にツッコミという概念は存在しない。
(グラさんも何かこう、オーラ的なの持ってるわよね。あの、あれ、三下力的な……? あとボッチ的な……? まぁボッチは私と同じにほひがするってだけなんですけどね言ってて悲しくなってきた泣きそうなんか目の前が滲む)
「はーい、二人組み作ってー」という即死呪文が記憶の底より蘇りかけてフレイヤは思わず顔を俯けた。視界に入った温かな香りを立ち上らせる紅茶を飲む。優しい味がしてマジで泣きそうになった。
(紅茶! 私に温かいのはお前だけだわ!)
肩をふるふる震わせていたフレイヤの一方で、クリオン・アーク(
jb2917)はジンクェンに冥界の茶会作法について簡単に尋ね、「始終無礼ないように」と心掛けの元にキチンと座っていた。
その隣では陽波 飛鳥(
ja3599)が、腕を組みじっとグラストンを見澄ましている。警戒、見張っている、睨んでいる、という表現の方が正しいか。
(私は友人を傷つけた奴なんて許さない)
此度の任務はグラストンを論破する事だ。飛鳥は論破などは苦手だが、それでも立ち向かわんと士気が高い。
が、対照的にメリー(
jb3287)は不思議そうに目をパチクリさせている。
「うーん……メリーよくわからないのですけど…グラストンさんはマルガレジアさんの事が好きじゃないのです?」
と、耳打ちしたのは横の席のシャロン・エンフィールド(
jb9057)へ。マルガレヂアへ茶会の礼を告げたシャロンは「そうですね」と苦笑を浮かべると、
「その可能性が高いようですが……まだ断定はしきれませんね」
思い返すのは先日の出来事だ。いきなり襲われたのには驚いたが、まさかこういう事だったとは。
「丸く収まってくれると良いのですけど」
視線の先にはマルガレヂア。彼女はシュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)と何か小さな声でやり取りしていた。
「一ついい? 最初、普通に断ったのよね?」
シュルヴィアの問いかけに、マルガレヂアは「勿論だ」と頷いた。
「何度も何度も断ったのだがな」
「そう。……はぁ、男ってのは。貴女も、難儀な事ね」
日傘の影の下、シュルヴィアはそう言って肩を竦めてみせる。
(読みが正しければ……本当、難儀な話ね)
そこへジンクェンがシュルヴィアの分の紅茶を注ぐ。ありがと、と礼を言いつつシュルヴィアはジンクェンの左胸をトンと指先でつついた。
「ジン。心<ここ>の声を聞くの。いいわね」
「はっ、はい……!」
コクコクと頷いたジンクェン。やはりというか、ガチガチに緊張しているようだ。
「ジン君」
と、そこへフレイヤが声をかけ、手で招く。耳を貸せ、と。
「グラさんに出すお茶のことだけどさ……そのまま出すんじゃ面白くないって思うのよね」
「な、成程……どうすれば良いですかね?」
「よっしゃ、ここはこのたしょg 黄昏の魔女に任せなさい!」
「今噛みました?」
「噛んでない」
即答したフレイヤは「それはさておき」とあるものを取り出した。
それは別名「春告魚」と呼ばれる食用の海水魚、即ちニシンである。
「せっかくだからグラさんのお茶には特別にこのニシンをズドンと入れてあげるのだわ!」
頭から生ニシンずどーん! カップの縁にニシンの尻尾がでろん……。
「ええっ! 大丈夫ですかね!?」
驚愕するジンクェン。「大丈夫よ」と自信に満ちた目で頷くフレイヤ。
「さぁ、グラさんに特製ティーをお出しして!」
「かっ畏まりましたー!」
ジンクェンはハラハラしながらニシンがずるんと入っているお茶をグラストンへと差し出した。
グラストンは先から変わらぬニコヤカな表情だが……
「……なんだねこれは」
笑顔のまま、ジンクェン、そしてニコニコ笑顔で両手に頬杖のフレイヤへ。
「グラさんは知らないだろうけど、人間界のSAITAMAでは目上の方のお茶にニシンをズドンと入れるのが礼儀としてあるのだわわ! これは私がグラさんを敬っている証拠なのだわ……一気にいっちゃって!」
「成程、人間界は奥が深いな」
アッサリ納得するグラストン。「では」とニシンティーをぐいっと一息に飲み――
「生臭ッ!!!」
ブバフッと吐き出した。まぁ、そうなるわな。
「あらあらあら、悪魔の方には人間界の飲み物はお口に会わなかったかしら」
全力でしらばっくれるフレイヤ。マジ暗黒魔法。笑顔を引きつらせたグラストンがハンカチで口元を拭きながら彼女を睨みつけている。
(……正直私は頭良くないからグラさんを論破なんて出来ない)
だったら煽って怒らせて冷静な判断なんて出来ないようにしてやろうじゃない。黄昏の魔女は、ニヒルな流し目を悪魔に向けたのであった。
「ごほん――ではそろそろ本題に入らせて頂こうか」
気を取り直したグラストンが一同に視線を向けた。
「わたくしはそちら、マルガレヂア卿と共に冥界へ今すぐ帰りたいのですが」
「それって、マルガレヂアさんとさっさと結婚したいから?」
言葉を返したのはタマモだった。
「あっと……申し遅れました。はじめまして、グラストンさん。私は草薙タマモ。天界から離脱した天使です」
とりあえず礼儀、と挨拶をするタマモ。効果が無いことは承知で美しい天使の微笑を披露する。
「大体の事情はマルガレヂアさんから聞いてます。だから単刀直入に言うけど、グラストンさんは、地位欲しさにマルガレヂアさんに求婚しているんですよね? で、そこにいるジンクェンが邪魔で、暗殺しようとしたんですよね?」
「まさかまさか、言いがかりは止めて下さいよ。わたくしはマルガレヂア卿を愛しているのですから」
あっけらかんとグラストンは笑い飛ばした。
「ふぅん、言いがかりですか。マルガレヂアさんを愛している、と」
「その通りです」
そう答えたグラストンに対し、タマモは笑顔のまま一間を空けると。
「……でもぶっちゃけ、グラストンさんはマルガレヂアさんにフラれていますよ。遠回しすぎて気が付いていないんですか? マルガレヂアさんにはその気がないから、さっさとあきらめて次の恋を探した方がいいと思いますよ」
「簡単に諦められるようなものではないのですよ! それほどわたくしはマルガレヂア卿を愛している!」
まるで役者の様に格好付けた言いようだった。
そこに、「あ、あの」と控えめにメリーが手を上げる。
「メリーは男女の恋愛とかよくわからないのです。でも、好きなら好きって言えばいいのです。メリーはお兄ちゃんの事が好きなのです! グラストンさんはマルガレヂアさんのどこが好きなのです?」
小首を傾げた少女の瞳は純粋なまでに真っ直ぐだ。メリーは恋愛には疎い。複雑な男女の駆け引きなんて分からない。恋愛観も小学生低学年レベルで、「お兄ちゃんが好き」で止まっている。
だからこそ、メリーは直球だ。
色恋には鈍いなりにもグラストンの「愛している」を胡散臭いと感じたメリーは、「それは――」と得意気に言いかけたグラストンに先んじて言葉を続けた。
「好きな相手の好きな所は百個言えて当然なのです!! まさか言えないなんて事ないのです? メリーはお兄ちゃんの好きな所なら百個以上言えるのです!」
「百個、……」
グラストンの言葉が止まった。表情も笑顔ではなくなる。
どれだけ時間をかけても、グラストンがマルガレヂアの好きな所を百個挙げることはできなかった。
「……グラストンさんの好きってこんなにも軽いものなのですね……メリーがっかりなのです……」
溜息を吐くメリー。グラストンがすぐに言い返す。
「滅茶苦茶だっ、お前こそ言えるのか?」
「言えるのです! 先ず一つ目は――」
――と、メリーは一切止まることなく兄の好きな所を堂々と百個言い切った。
「はい、これで百個なのです。その気になれば百個を百セットだって言えるのです。言いましょうか?」
「な、なっ……」
「口だけの男の人はメリー好きじゃないのです。そんなのだからマルガレヂアさんにも嫌われるのです」
顔を赤く言葉を失うグラストンに対し、メリーは淡々と言葉を続けた。
「グラストンさんよりはメリー、ジンさんとマルガレヂアさんの方がお似合いだと思うのです。ジンさんなら当然百個とは言わず沢山言えるのですよ? ジンさんはマルガレヂアさんの事をどう思っているのです?」
「はいッ!!?」
予期せぬ会話のパスにジンクェンが素っ頓狂な声を上げた。
「そんなッ、騎士級の悪魔が子爵級の高貴なお方になど――」
グラストンも勢い良く立ち上がりながら声を張り上げる。
が、ここでヒートアップを鎮める為にタマモが席を立ちつつ。
「あ、ジンクェン! 紅茶おかわり!」
タマモはそのままジンクェンの傍へ。あわあわしているジンクェンへ、タマモはグラストンには見えない角度から肘でガシガシつつきながら囁いて曰く。
「ちょっと! ジンクェン! ここは男らしく、あなたからグラストンにはっきり言ってやるのよ」
「なんて言えば良いんですか!?」
「マルガレヂア様はお前なんかに渡さないって!」
「なっ、ちょっ、えええええっ!! まだあのっ、オイラはそのっ……心の準備が」
言い淀むジンクェン。
その間を怪しまれぬよう、口を開いたのはクリオンだ。
「グラストン殿は本当にマルガレヂア殿を愛しているのですね。愛ゆえに、陰謀等これっぽっちもないと。ならば今後何があろうとご求婚されるのですね」
「勿論ですとも!」
「では、地位目当てではなく本当に愛しているなら、地位がなくなったとしても求婚するのですよね?」
「……どういう事ですか?」
グラストンが何処か懐疑的な目をクリオンに向けた。天使は悠然と顎を撫でながら微笑むのみ。
「どうもこうも」
言葉を繋いだのはマルガレヂアだ。
「妾はそこのジンクェンに爵位を譲る事を考えていてな」
「なんですって!!?」
グラストンは「信じられない」といった様子だった。クリオンは微笑みの奥で、見澄ますような眼差しを向けた。
「ジンクェン殿の人界……いえ、久遠ヶ原での任務が丁度完了したところにございましてな。……賢明なグラストン殿ならばもうお分かりですな?」
――時は茶会開始前にまで遡る。
「地位はジンに譲るつもりだけれど、それでも求婚するつもりかと、グラストンに言うのはどうかな? グラストンの反応だけじゃなくって、ジンがどういう反応をするのかも、見たくない?」
と、密かにマルガレヂアへ提案したのはカミーユだ。
「ジンはこっちで変わったよ。あなたが、今まで通りジンと主従関係を続けるつもりじゃなければ……関係を変えてもよければ、になるけど」
「ふむ」
緩やかに扇ぐ扇子で口元を隠したマルガレヂアが、興味の視線をカミーユに向ける。
「まぁ爵位譲位を今ここで確定するのは一旦置いておくとして……カマをかけるという意味では面白そうだ」
「では」
と、クリオンが言葉を続けた。
「マルガレヂア殿はグラストン殿に『ジンクェンを待つので忙しい』とおっしゃっていたと聞きます。ジンクェン殿が実際人間界で何をしていたのか、ヒャルハー殿がこちら側となった今あちらには知りえぬ事。
ので、『ジンクェン殿は人間界でマルガレヂア殿の地位がなくなる事になる準備をしていた』とグラストン殿が受け取るよう話をするのは如何でしょう?」
「良いだろう」
マルガレヂアは快諾する。
「では、ジンクェンさんには私がお伝えしておきますね」
シャロンが頷いた。ご快諾ありがとうございます、とマルガレヂアへの礼も忘れない。
「あ。ヒャルハーさんにもご協力頂いた方がいいですよね?」
「ええー!?」
シャロンの言葉に途端に声を大にしたのはヒャルハーだ。「アタイは関わりたくないですよっ!」と後ずさりまでする始末。
「何してんの。こっち来なさい」
その様子に溜息を吐きつつシュルヴィアが手招いた。
「心配しなくても、あんたは頼らないから。茶と菓子に舌鼓打って暢気してりゃいいのよ」
「ほ、ほ、本当スか?」
「今はもう味方なんでしょ?」
シュルヴィアがそう言うと、ヒャルハーはジリジリと戻ってきた。「よろしい」とシュルヴィアは一つ頷き、
「確認だけど。元主、今まで結構な事もしてたのよね?」
「あ〜、そりゃあ、まぁ、そうですねー」
「……そ。……あらこのお茶おいし」
そして状況は茶会へと戻る。
「ヒャルハー殿は先立ちこのように……忠誠心の高いメイドを持てて幸せですな?」
クリオンがヒャルハーへ視線を向ける。あくまでも彼女は裏切り者ではない、と持っていく心算だ。
「そいつが二重スパイだった、と?」
素知らぬ顔で紅茶を飲んでいるヒャルハーに対し、グラストンが眉根を寄せる。
「何も知らずに踊っていたのはわたくし一人、と。……嘘を言うな、下等な天使と人間風情が! このわたくしを罠に嵌めようとでも? ――マルガレヂア卿、こんな奴らと混ざって話し合うだけ無駄ですぞ! さぁわたくしと冥界に帰りましょう!」
「……嘘ですって?」
凛、と言い返したのは刃の様な眼差しをした飛鳥。
「いいわ。何が嘘なのか、徹底的に暴いてやろうじゃないの」
言いながら、飛鳥が卓上に広げたのは先日の任務の報告書だった。
「これは先日、ジン君と私達が任務に出た時の報告書。お手数だけど目を通して貰える? ……そこのヒャルハーが襲ってきたという出来事が起こったんだけど」
「なっ、こんなものでっち上げだろう!」
「そう言うと思って、既にその報告書が事実である事を示す現場検証の資料と、音声を録音済みよ」
グラストンが言葉を詰まらせたところで、飛鳥は容赦なく言葉を続けた。
「この報告書から、貴方にはジン君暗殺未遂の罪がある事は明らかよ。その動機はこうね。『マルガレヂアさんと婚姻を結んで地位を奪う為、待ち人ジン君が邪魔だから』。
ちゃんと客観的な面からの裏も取れてるわ。……ヒャルハー? グラストンは汚い手で出世してきたって本当?」
「はい、そうですよ」
「グラストンの出世の状況が頭打ちだって聞いたんだけど、『汚い手』の事も含めて詳しく話してくれる?」
「えーとですね、例えば――」
ヒャルハーはそそくさと飛鳥に乞われた通りの説明を行った。
グラストンの現在の立場。これまでやってきた黒い事。マルガレヂアの地位を狙った事。ジンクェンを暗殺しようとした事。
だが説明の途中でグラストンが卓を拳で強く叩き、怒りが滲んだ声で遮った。
「馬鹿を、馬鹿を言うな! 暗殺だと!? その女が勝手にやった事だ! そいつの言っている事は出鱈目だ! わたくしを愚弄するか!!」
「ヒャルハーさんを『信用できない軽薄な相手』というなら、そんな方が命令されてもいないことを忠誠心でする筈がないですよね? ヒャルハーさんの暴走というなら、暴走するほどの忠誠心を持った方が貶めるような嘘をつくでしょうか?」
そっと、グラストンに聞き返したのはシャロンだ。問い詰める物言いではなく、純粋な疑問の眼差しである。
「ジン君を暗殺し首を差し出すぜ! は本意じゃないし迷惑だったと言うわけね?」
更に飛鳥が確認するように問いかけた。
「出世欲が強くて保身的で裏切りもする忠誠心皆無なヒャルハーが、上司の反感買うだけの出世の役に立たない危険な事を独断でする動機なんてあるわけない。命令以外でやる筈ないわ」
「ぐ、ぐ、ぐっ……!」
「出世の為なら何でもする男が、出世に繋がる高貴な女に強引に求婚。同時期に求婚の障害になる者の暗殺未遂。しかも暗殺者は男の部下。命令する動機十分で、実際に命令されたと証言も取れた」
さぁ。言い返せぬグラストンに、飛鳥は指先を突きつける。
「――言い逃れ出来るならしてみなさい、グラストン!」
グラストンは、
言い返せる筈がなかった。ただただ歯を食い縛って、肩をワナワナさせている。
「家再興婚姻はマルガレヂアさんなら選り取り見取りじゃない? こんな素敵な人なら相手は沢山いる筈。その気が無いだけで。
全方位隙無く胡散臭い下級野郎の必要性は皆無。――諦めろ」
そこへトドメの、飛鳥の一言。
言ってやった、と一息を吐いた飛鳥はそのままジンクェンへと振り返った。
「ジン君も言ってやりなさい。マルガレヂアさん取られて良いの?」
「そーよそーよ!」
タマモもうんうんと頷く。
「うっ、え、あの、……」
ジンクェンは尻すぼみな言葉未満を吐きながら俯いてしまった。
(正直、マルガレヂアが「ジンが好きだからグラストンには諦めてほしい」って言えば終わる気もするけど)
カミーユは思っていた。でもどうせなら、ジンから「自分が彼女を好きだから諦めろ」ってグラストンに言わせたいよね、と。
だから、ジンクェンにそっと語りかける。
「黙って見てるだけでいいの? 時間は巻き戻せないんだよ。ジンが欲しいのは何? 失いたくないのは? 周囲の目なんて気にしないで、自分に正直になって」
「……ここの声を聞くのよ、ジン」
言葉を続けたシュルヴィアが左胸に掌を添えた。
「……、」
ジンクェンは黙っている。
「……」
ジンクェンは黙っていた。
「……」
けれど、徐に顔を上げて。
「オイラ……立派な爵位も、大きなお屋敷も、何にも要りません。でも……」
視線は、じっと状況を見守っていたマルガレヂアへ。
「マルガレヂア様! オイラはただ貴方が欲しいのです! 誰にも渡したくはないのです!
……貴方を、あ、ああ、愛し……愛して、いる、からッ……!」
シン、と辺りが静まり返った。
その最中、マルガレヂアはニコリと優美に微笑んで。
「やっと言ったな。よくもまぁこの妾を待たせてくれたものだ」
「ハヒィすいません!!」
「良い。このマルガレヂア、お前の気持ちに応えよう」
「えっそれって」
「妾の夫となる事を許可する」
「 」
ぷしゅう、とジンクェンから音がした。
緊張の糸が解けた反動か、安堵の大波か。フラッと倒れそうになる騎士悪魔。
彼を受け止めたのは撃退士の面々だ。「よくやった」と、喜色を溢れさせながら。
「ふざけるなァアアアアアアアアッッ!!!」
だがそんな雰囲気を轟と揺るがしたのはグラストンの怒声。
ビキビキと彼の体が軋み、角が、爪が、尾が、鱗が、その体から生じている。
隠しもしない怒気、殺気。爛々と光るその目は最早ケダモノのそれである。
「クソが! どいつもこいつもっ……もういい、貴様ら全員皆殺しにしてやる!」
言下、グラストンの体が巨大なドラゴンに変貌した。
荒々しい咆哮がビリビリと大気を戦慄かせる。
「あ、あれはグラストンのマジギレモードっすよ! やべぇ!」
顔を青くしてヒャルハーが後ずさる。
「あんたの元主、沸点低すぎない!?」
シュルヴィアも目を丸くしながらヒャルハーを庇いつつ後退した。
「死ね虫けら共が!」
グラストンが冷気の光線を口から吐き出した。
が、それは撃退士にはぶつからずに四散する――割って入ったメリーが展開する群青の聖骸布Veronicaだ。聖骸布に弾かれた冷気は青白いベロニカの花となって咲き乱れ、散って逝く。
「ジンさんに酷いことしようとしたあなたに、容赦はしないのです」
全ての攻撃を弾いたメリーが、ベロニカの花弁と赤い髪とが舞う中でグラストンを睨み付けた。青い瞳。氷華めいた青白い光のリボンがふわりと揺蕩う。
「メリーだって怒ってるのです! ジンさんを殺そうなんて許せないのです!」
振るうのは氷の様な青銀の剣。放たれた光の波は、冥魔を灼く天の力を以てグラストンを強かに弾き飛ばす。
「茶会に招いてくださった方への非礼は、席を同じくした身としてきちんと叱らないといけませんね」
そこへシャロンがナパイアの紋章より放つ風の刃で追撃を。
悲鳴を上げた大竜を次いで縛り上げたのはフレイヤが召喚した異界の呼び手だ。
「リア充を爆発させたい気持ちも分からんでもないけどね、常識では祝うものよ! 『末永く爆発しろ』ってね!」
言い放ったフレイヤの背後では、クリオンに頬をぺちぺちされ目を覚ましたジンクェン。彼の体には既にフレイヤがウィンドウォールを施していた。
「誰かを守る為に見せたジンクェン殿の力あれば、見下す者を倒すのも容易でしょう」
支援致します、と竜を狙った銃口より蟲毒を放ちつつ微笑むクリオン。
「ジンクェン、望みを叶える機会よ。強くなったあなたをマルガレヂアさんに見せるのよ! いい? 小さく細かく! よ!」
翼で飛び立ちながら、ジャブのジェスチャーを送るタマモが声を張る。
「ああそうそう、いつもジンは俺を『カミーユ様』って呼ぶけどさ」
大太刀を抜き放ち光纏したカミーユが横目にジンクェンを見やった。
「『様』はいらないよ、俺はジンのご主人様じゃない、友達だよね? 上下関係じゃない、同等の立場だから。……ちなみに、恋人同士も『様』は要らないよ」
微笑んでそう言い残し、彼もまたグラストンへ吶喊し刃を振り上げる。
「あんな水鉄砲で炎は消せない。炎使いの本気を見せてやりなさいジン君!」
更に飛鳥も、灼熱の剣を抜刀し言い放った。
――撃退士達の想いを受け。
強くなったジンクェンは、しっかりと頷いた。
「はい、頑張ります!」
両の拳に火を灯し。もう二度と目を閉じる事も「怖い」と恐れ泣く事もなく。
ジンクェンは、撃退士と勇敢にグラストンへ立ち向かう!
「オイラだって戦えるんだ!」
灼熱の一撃。氷の大竜が地面に叩きつけられる。
「ぐふっ……」
脳が揺れよろめくグラストン。
その視界に映ったのは、薙ぎ払わんと剣を構えたカミーユと飛鳥の姿で――……。
●お茶会の終わり
戦いは呆気ないほどすぐに決着が着いた。
その筈だ、マルガレヂアが一同に子爵級悪魔に見合う『強化魔術』を施していたのだから。
「……無様ね、グラストン」
地に伏し人型に戻ったグラストンのすぐ傍、彼を見下ろしたのはシュルヴィア。
「貴方の敗因は只一つ。彼女に執着した事よ」
日傘の影が黒く落ちる。影の中、アルビノ特有の赤い瞳が悪魔を見る。
「一つ聞くわ。何故、意思を尊重した婚姻に固執したの?」
「俺は……あんな女一人など……容易く支配できると……」
「貴方の事は聞いてる。爵位が欲しいだけなら、蹴落として、空席にまんまと居座るよう根回しする。貴方は、むしろそっちの方が可能性は高かったでしょう?
マメに手紙を送り、頻繁に会おうとし、足繁く通う。……気付いた? 畑違いも甚だしいわ。何故、そんな回りくどい方法を?」
「……俺は……俺は、」
「分からない? ……いいわ。『敵だから』教えてあげる。
貴方が欲しかったのは、ルバリ家の子爵位じゃない。本当に欲しかったのは……『マルガレヂア・ルバリの夫』っていう地位よ」
「――っ!! 馬鹿な、」
「否定していいのよ? ……悔しいでしょう。他人に言われて気付かされるのは」
静かなシュルヴィアの瞳に対し、グラストンはただただ唇を噛み締め睨み付けていた。
蝙蝠令嬢は浅く溜息を吐く。
「貴方の、負けよ……グラストン・フォールロウ。今回の件に関して、身柄を拘束させて貰うわ。少し、頭を冷やしなさい」
踵を返した。その背後では飛鳥とカミーユが、彼をしっかと捕縛していた。
「そういうこと。罪を認めて、それから謝罪する事ね」
「ち、畜生、畜生がァ……!」
飛鳥の言葉に、グラストンは忌々しげに吐き捨てていた。
「やれやれ……やっと一段落、めでたしめでたしってところかしら」
フレイヤは周囲を見渡した。日も傾き始めている。
「ジンクェンさんも想いを伝えられて……本当に良かったです」
「素敵だったのです! かっこよかったのです!」
微笑を浮かべるシャロン、目を輝かせるメリー。
「一時はどうなる事やらと思ったけど、一安心ね」
「いやはや、一件落着ですな」
タマモとクリオンは緩やかに頷いた。
「おめでとう、ジン」
カミーユはジンクェンの腕をぽんと叩く。
「はい、ありがとうございますカミーユさ――」
「『さ』?」
「か、カミーユ『さん』!」
「うん、オッケー」
悪戯っぽく微笑んだカミーユにジンクェンは苦笑を返し。
それから、マルガレヂアと共に今一度撃退士へと視線を向けた。
「撃退士諸君。この度は礼を申し上げる。今という瞬間を迎えられたのは、偏にお前達のお陰だ」
「本当に、本当にありがとうございました。皆様が居なかったら、オイラ、ずっと弱虫のままでした」
「ああ、ジンクェンが世話になったな。『夫』の分まで、重ねて礼を申し上げよう」
マルガレヂアのその発言にジンクェンは顔を真っ赤に俯いた。「精神の方は妾がしっかり鍛えてやろう」と貴族は含み笑う。
本当に、万事解決だ。
長かったような短かったような――奇妙な邂逅から迎えたこの日。
弱虫だった鬼は勇気を手に入れ、強くなった。
そして自らの本当の想いに気が付き、それを伝え――成就した。
一件落着だ。
ジンクェンは冥界に帰り、マルガレヂアと共に幸せに過ごすのだろう。
「あの、でも、最後にもう一つだけ、皆様にお願いしたい事があるんです」
けれど、ジンクェンの口から出たのはそんな一言だった。
なんだろうか、撃退士が彼の言葉の続きを促す。
その内容とは――
「最後に! オイラがちゃんと強くなったか確かめる為に、支援とかなしで一人でもちゃんと戦えるか確かめる為に! 皆様と戦ってみたいんです!」
――そんな一言だった。
彼の言葉が冗談や調子に乗ったものではない事は、その真っ直ぐとした覚悟を宿した瞳を見れば明らかで。
『了』