●悪魔を鍛えよう01
久遠ヶ原学園、快晴。
「はじめまして、シュルヴィアよ。今日はよろしくね」
春の日差しを日傘で遮りながら、巨躯の悪魔を見上げたシュルヴィア・エルヴァスティ(
jb1002)は彼の目をしっかり見据え挨拶を。
「オイラ、ジンクェンです。どうぞよろしく」
深々と律儀にお辞儀をする騎士級悪魔ジンクェン。シャロン・エンフィールド(
jb9057)は彼を見つつ、
(ジンクェンさんがそのご主人さんに見合う為に必要なのは強さじゃないんじゃないかって思いますけど……)
でも、主人に見合う為に強くなりたいと願うジンクェンさんの気持ちは、間違いなく尊い筈だ。そう思ったシャロンはニコリと微笑みを悪魔に向けた。
「良い方向に向くように頑張りたいですね!」
「はい! 頑張ります!」
ジンクェンの意気込みは十分、良い事だ。頷いたクリオン・アーク(
jb2917)も仲間に続いて彼に挨拶を。
「お初にお目にかかります。私、クリオン・アークと申します」
「あっ、はい、」
振り返ったジンクェンであるが……その姿、天使である事を解した途端、動きが固まる。
「ひぃいッ! 天使――」
「こら、天使は怖くないって言ってるでしょ!」
言葉を遮り、ジンクェンの背中をばふんと柔く叩いたのは草薙 タマモ(
jb4234)。
「はひぃ……」
項垂れるジンクェンはタマモには多少は慣れたようだが、天使に対してはまだまだ恐怖心があるらしい。
それを眺めていたCamille(
jb3612)はジンクェンに問うてみる。
「少し聞いても大丈夫? 天使を怖がるのは、何かトラウマがあるのかな」
「撃退士さんはご存知だと思いますが、オイラの故郷、冥界では、天界と戦争をしています……だから天使は敵だって、おっかなくって強い奴等なんだって言われてて……」
「ああ、成程ね」
それは戦時中に敵国の者に対し『絶対的悪』と見做すものにとても良く似ている。それを理解しカミーユは頷いた。
(ただの情報が天使恐怖の理由なら、それはなんとか治せるかも?)
では御誂え向きの『教官』がいる。カミーユが目をやった先、得意気な笑みを浮かべたタマモがジンクェンの前に立った。
「時間が勿体無いわ。さぁ、早速始めましょ!」
●悪魔を鍛えよう02
天使である己と話していれば、その内慣れて天使恐怖も克服できるかもしれない。
なのでタマモがとったのは実践的訓練ではなく、会話である。
「ちゃんと戦えないのは、心構えの問題もあるんじゃないのかな?」
「こ、心構え……ですか」
「『怖い』という気持ちよりももっと強い気持ちで戦いに臨めば、きっとちゃんと戦えるハズ! だと思うよ」
タマモはジンクェンの戦う理由や動悸が弱い事を指摘する。悪魔は彼女の言葉を真摯に受け止め、それからしばし考え込み、天使に問うた。
「どんな気持ちを持てばいいでしょうか?」
「そうね。例えば『貴族悪魔さんを守るため』って感じで戦いに臨むとかさ。例えばもし貴族悪魔さんの身に危機が迫ったら……守れるのは、ジンクェンだけだったとしたら……」
「……」
ジンクェンが俯き、黙り込む。そのままずっと黙り込む。
「……? ジンクェン?」
どうしたのかとタマモが彼の俯いた顔を覗き込めば、ジンクェンは……だばぁと涙を決壊させていた。
「うっうっ……マルガレヂア様……ウワァーン」
どうやら主人の危機を想像しただけで泣き崩れる程度にはメンタルが弱いようだ。
「大丈夫だって。それは想像で、現実じゃないでしょ?」
両手で顔を覆った悪魔の広い背中をさすってやりながら、タマモは優しく語りかけた。
「そうやって、想像で悲しくなったり怖くなったりするのを跳ね除けられるぐらい、『守らなきゃ!』って心を鍛えないとね」
「はい……」
タマモの言葉に取り敢えずジンクェンの涙は大決壊から小雨程度になった。それをタマモは前のようにタオルで拭いてやりながら、語りかける。
「ねぇ、ジンクェン。ジンクェンは冥界では『弱い』って言われてたかもしれないけど、人間界では『やさしい』って事みたいだよ」
「や、さしい? そうかなぁ……」
少し落ち着いたらしいジンクェンが鼻を啜りながら顔を上げた。優しいという扱いにはピンときていないようである。
タマモは言葉を続けた。
「私は、臆病なのはそんなに悪いことじゃないと思うんだよ。臆病だから、慎重にもなるし。
ただ、戦いの最中は相手をもっとよくみなくちゃダメだと思うよ。ジンクェンに足りていないのは、勇気よ」
「勇気が付いたら、強くなれますかね……」
「ジンクェンはさ、もし強くなったらどうするつもりなの? 冥界に帰るの? だって、貴族悪魔さんのためにジンクェンは強くなりたいんでしょ? 強くなったら、その姿をみてもらいたいんじゃないの?」
「はい、そうです。オイラは強くなるまで冥界には戻りません」
「そっか。……もし冥界に帰ったら、今度会う時は私達敵同士かもしれないね」
「うっ……」
「あーーっと泣かないでね? 『もし』の話だから!」
では、ここらでメリー(
jb3287)へバトンタッチ。
「こんにちは! メリーはジンクェンさんとお話するのです。いろんなお話して、少しでもジンクェンさんの事を知る事が出来たら嬉しいのです!」
「はい! メリー様、本日はよろしくお願いします」
「あ……ジンさんって呼んでも良いのです……? えっと……ジンさんってちょっと強そうなのです! ……駄目なのです……?」
「いえいえ! お好きに呼んで下さい」
「ありがとなのです!」
さて挨拶も済ませれば、本題に入ろう。
メリーはじっとジンクェンの目を見詰める。
「ジンさんの求める強さってどういうものなのです? 『強い』ってどういう事だと思うのです?
誰かを倒す強さなのです? 力自慢の強さなのです? 何事にも動じない強さなのです? 誰かを護る強さなのです?
メリーは強さって色んな種類がいっぱいあると思うのです。だからまずはジンさんがどう強くなりたいかをちゃんと考えるのが大事だと思うのです」
その言葉に、悪魔は「ええと」と考え込む。どれだけ時間がかかっても良い、メリーはじっと彼の言葉を待った。
するとようやっと、ジンクェンは頭の中で練り上げた言葉を少女に語った。
「ウジウジしていなくて、堂々としていて、戦いや逆境に負けない、そんな風にオイラは強くなりたいです」
でも、と悪魔は項垂れた。戦う事も、逆境も、恐ろしいのだと。
メリーは微笑を浮かべた。苦笑であるが、それは彼に対してではなく自分自身に対してである。
「ジンさんの気持ち、良く分かるのです。メリーも本当は戦闘は怖いのです。戦いたくないのです」
「ええ!? でもこの前、メリー様は全然そんな風に見えなかったですよ。どうやったんですか?」
「怖がっていられない、理由があるからなのです」
そう言って、メリーはちょっと頬を紅に染めると、赤い色の髪に指を絡める。
「メリーが戦う理由は大好きなお兄ちゃんを護れる盾になりたいからなのです。
いつかお兄ちゃんと一緒に戦場に立った時に、ちゃんとお兄ちゃんを護る盾として隣にいたいのです。大好きなお兄ちゃんと一緒にいたいから。そして傷ついて欲しくないから」
だからメリーはどんなに怖い戦闘でも頑張るのです!
元気いっぱいに、そして誇りを持って言い放たれた言葉。その眩い笑顔から、メリーが本当に心の底から兄を慕っていることが良く分かる。
ジンクェンはそれを素直に凄いと思うと同時に、そのような心持ちになりたいと羨望の感情を抱いた。なので彼は問うてみる。
「どうすればメリー様みたいになれますかね……?」
「うーん。メリー、ジンさんは誰かを倒したり力を誇示したりするんじゃなくて、『誰かを護る』という方が合ってる気がするのです。メリーと一緒ですね!」
だから後は心の持ちようだと、メリーは言葉を続けた。先程とは一転して、真剣な物言いである。
「ジンさん、想像して欲しいのです。今、マルガレヂアさんが誰かに襲われていて傍にはジンさん一人しかいないのです。マルガレヂアさんを護れるはジンさんだけなのです、それでもジンさんは其処で今と同じ様に泣いているのです?」
「! ……」
先程タマモに問われたのと同じ内容だ。あの時は考えただけで恐ろしくて泣いてしまったけど、それでは駄目なのだ。
拳を握り締めた悪魔は真っ直ぐ、メリーを見詰め返した。
「戦います。頑張って……どうなるか分からないけど、戦いたいと思います」
「うんっ! その意気なのですよ! その想いがあればバッチリなのです!」
一歩前進!
という訳で、更に一歩前進して貰うべく、お次はカミーユが。
「臆病なのにも何か原因があったりする?」
カミーユの問いに、ジンクェンは「うーん」と考え込んだ。記憶を辿れば物心ついた頃からビビりだった気がする。そのことを聴いたカミーユは一つ頷き。
「俺が思うに、臆病さは後天的なものだと思う。自発的に勇気を持って、人界に出てきたんだし。失敗を繰り返して経験を積んでいけば、自然と自信はついていくはずだよ。
ただ、認められたいって、他人の目を気にしすぎてはダメ」
「失敗は怖くない……ということ?」
「そうなるね。まぁ、言うは易しだけれども」
それでも言葉だけにはしたくないんでしょ、とカミーユは微笑む。
「心身共に強くなりたいってことだけど、力自体はあると思うから、問題はメンタルだよね」
「そう、そこなんですよぉぉ……」
「戦えるようになりたい、っていうのは……ジンが戦う必要ができたってこと? 敵に狙われているとか、何か差し迫った危険がご主人様の身にあるとか、護衛が少ないとか」
「あっ、いえ、オイラの仕事は召使なんで、本当は戦う必要性なんてこれっぽっちもないんです。マルガレヂア様の御家は他の貴族さん方と対立もしてないし……護衛が少ないのは確かですけど、これまで荒事が起きた事なんて一回も無いし」
「それでも、戦えるようになりたいんだ?」
「さっき……タマモ様と話してたんですけど、マルガレヂア様に何かあったらって思ったら、尚更強くならないとって」
「うんうん。でも戦うには覚悟が必要だよね。自分自身が傷つくのもそうだけど、相手を傷つける覚悟も。
命を奪えば、相手の一生を背負うことになる。相手の家族や恋人たちから憎まれたりもする。それでもなお、守りたいと思えるか……」
「うっ……」
ジンクェンが言葉を詰まらせた。心優しい悪魔にとって、それはこの場で結論を出すには少し難しい話題だったのかもしれない。
ので、カミーユは話題を変えて問うてみる。
「ご主人様には、修行して戻ってくるって、伝えてきたの? それとも黙って出てきたの? そうだったら、ご主人様、心配してるかも」
「『修行して来ます』って置手紙はしてきました……でも、やっぱり、心配されておられますかね」
「そうかもねぇ」
「うううっ、ウワァーン」
心配させた事が申し訳なくて泣いてしまうほどか――カミーユは目を細め、それからニッと片方の口角を吊ってみせる。
「大切な人のために、何かしてあげたいか……恋だね」
「ぶふァッ!?」
一瞬で涙が止まるほどの驚愕。
「こ、こここ恋だなんてそんなおこがましくて身分不相応な! マルガレヂア様にはもっと、そう、貴方みたいなスラーッとしたイケメンがお似合いですよ!」
「イケメン? あらどうも。
……ねぇ? さっき『恋』って言ったけど、でもそれはジン自身の、もっと認められたいっていう感情。自尊感情の欠如のせいなんだろうけど、カッコいいところを見せたいのは自分の欲求」
目を瞬かせ話を聴き入るジンクェン。カミーユはふと空に視線をやりながら言葉を続けた。
「相手の気持ちになって考えてみたら……。彼女はジンに、何を求めていたんだろう? ジンの存在に安らぎを感じて、ただ一緒に居たかったのかも」
うっ、と。またジンクェンが言葉を潤ませた。目の玉から涙を零す。
「マルガレヂア様に喜んで欲しいことが、悲しませることになるなんて、オイラ、うう、いたたまれないです……」
「分かるよ、その気持ち。好きな人の笑顔が見たかったのに、傷つけたり怒らせてしまうのって……好意が真逆になってしまうのって、凄く悲しいよね。でも、ご主人様はジンが強くなって帰ってくるの、楽しみに待ってるかもしれないよ?」
それもそうだ。まだ彼女がどんな気持ちなのか、真実は分かっていないのだから。ならばジンクェンは今できる事を精一杯やるのみである。
「欲しいのは、好きな人に踏み込む勇気。そのための自信がほしいの?」
「はい! オイラ、自信が欲しいです。待っておられるマルガレヂア様の為にも」
「オッケー。その思い、忘れちゃ駄目よ」
少しずつジンクェンの心構えも良くなってきたようだ。
もう一押し、と今度はクリオンがジンクェンへ話しかける。
「私が怖くはありませんかな?」
クリオンは剛毅な見た目に反して紳士的な笑みを浮かべた。
「ええ、と、はい、さっきよりは」
タマモとのやりとりで少しは天使への怯えが和らいだらしい。クリオンは何よりだと頷く。
「この通り天使ですが、私も争いは好みません。心優しき者に祝福があらんことを」
「あの、さっきは怖がってごめんなさい」
「お気になさらず。ジンクェン殿は想いを寄せる方の為に己を鍛えたいのですな。……若い頃の私を見ているようです。私も想いを寄せる相手の為に己を鍛えたものです」
何処か遠くへ思いを馳せるように目を細めたクリオンは、「これが鍛える前の私の写真です」とジンクェンに一枚の写真を差し出した。
「ええっ!?」
ジンクェンは思わず驚愕の声を上げた。というのもその筈、写真の中にいたのは、絹の様な長い青髪が麗しい、儚げに微笑む線の細い美青年で――目の前にいる筋骨隆々な大兵とは、似ても似つかなかったからだ。
「実に頼りなく見えるでしょう」
苦笑を浮かべるクリオンは写真を仕舞い、「さて」と姿勢を正しジンクェンへ向き直った。
「強くなりたいと願うならば、真剣にそれに取り組むならば、願いは叶います。協力してくれる者もこれほどに多い。――さあ、訓練に励みましょうぞ!」
という訳で運動場の真ん中、クリオンとジンクェンが向かい合った。二人とも手に武器は無い、つまりは組み手だ。
「皆様の助言をしかと心がけてみましょう。遠慮なくかかってきなさい」
「ううっ……」
ジンクェンは脳内で皆の助言を繰り返す。
もし主人に危機が迫った時、自分しかいなければ――
待っている主人の笑顔の為に――
堅く握り締められた拳が振り上げられ、勢いをつけてクリオンに迫る。
ずん、と重い衝撃音。
「やったか!?」
「いえ、やってませんな」
ジンクェンの拳はクリオンの真横の地面にめりこんでいる。
「目を閉じておられましたぞ。ですが、途中までの軌跡は実に良かった」
「ほ、本当ですか!」
「ええ。目を閉じさえしなければ、かなり良い筋ではないでしょうか。さぁ、もう一度です!」
という訳でジンクェンは何度か拳を繰り出すけれど……。
やはり目を閉じてしまい、当たる事は一回も無く。
遂には「やっぱりオイラは駄目なんだぁ」と悪魔がしょぼくれてしまう始末である。
「何事もいきなり上手くはいかないものですよ」
ここらで休憩にしましょうか、とクリオンはジンクェンの背をさすると購買で購入した飲食物を取り出した。「少しお話いたしましょうか」と、木陰に誘う。
「お疲れ様です、お茶とお菓子をどうぞ」
そこへ、笑顔でティーセットを持ってきたのはシャロンだ。彼等に並んでちょこんと座る。
クリオンはシャロンが淹れた茶を味わいながら、三角座りで凹みながら菓子パンを齧っている悪魔へ目を遣った。
「ジンクェン殿から伺ったお話で少々気になる事がございます」
「あ……はい、なんでしょう」
顔を上げた悪魔。天使は自身の顎を撫で、一間。
「その……マルガレヂア様は――ありのままのジンクェン殿を一目見て、お気に召されたのでしょう?
蟲すらも殺せないような気性の貴殿を好ましく思ったのなら……誰かを傷つけるような人物になる事は、人の世に攻め入るような貴殿になる事は、望まれないのではございませんかな?」
ジンクェンは言葉を詰まらせた。ひょっとしたら自分の行為は主人の気持ちを踏み躙っているだけなのだろうか? そう思うと悲しくなり、涙が浮かんでくる。
「要は、自信がつけば強くなるのでなくてもいいのかなって、私は思います」
言葉を続けたのはシャロンだ。ジンクェンの手に温かいティーカップを持たせ、優しく微笑む。「勿論、ジンクェンさんの強くなりたいという目標を否定はしません、寧ろ応援します」と付け加え、少女はティーカップの赤い水面に輝く木漏れ日を見詰めた。
「想いや信念に、悲しい事や恐ろしい事はあっても『間違い』なんてない――それが私の信条です」
だから、自分の行動が間違っているかもしれないと嘆かないで欲しい。ジンクェンはそんな言葉に耳を傾け、思案しながらお茶を一口。大きな口なので一飲みだ。ふぅ、と息をついた様子から、少しだけ落ち着いたらしい。
「ご主人さんと休憩する時とかって、ジンクェンさんはどんなことしてたんです?」
おかわりのお茶を注ぎながらシャロンが問うた。
「お茶やお菓子を用意したり、日傘をお持ちしたり、書斎から本をお持ちしたり……ですね」
「その時、ご主人さんは?」
「マルガレヂア様ですか? ……ええと、まったりされておられます」
「成程……それはきっと、ジンクェンさんの気遣いが素敵だからご主人さんもリラックスされておられるのですよ。凄いことだと思います」
「ジンクェン殿が整えた花園。ジンクェン殿が選ぶ書物。心地よい時間はジンクェン殿が傍にいてこそでございましょう」
クリオンも言葉をつなぐ。「ええ、そんな」等とジンクェンは手を振るが、シャロンの目には、彼が賞賛を上手く受け取れないだけに見えた。だからこそ、シャロンは褒め、感心する。
(「誰かに感心されるようなことをしてるんだ」って実感してもらえたら……)
彼の気遣い、彼の勇気、訓練での頑張り。自分はしっかり見ていたと、彼女は伝える。
「ぬわぁ! そんな褒め千切らないで下さいよぉ! なんだか死にそうです!!!」
褒めなれていないジンクェンは頭を抱えて丸くなってしまった。が、ニッコリ笑んだシャロンのターンは終わらない。
「あと、ご主人さんはどうやらジンクェンさんの行為に満足されておられるようなので、ジンクェンさんは元々きちんとご主人さんに見合うだけの事はしてたんじゃないでしょうか」
「ウワアアアアアア」
恥ずかしくて死にそうになっているジンクェン。
シャロンはその背にポンと手を置いた。
「自信とは、『自らを信じる事』です。自分を認めてあげれば、きっと自信もつく筈ですよ」
助けになったでしょうか? そう言うシャロンに、次いでクリオンが言葉を続けた。
「早く自信をつけてその方のもとへ戻って差し上げませんと。置手紙を認めたそうですが、あまり遅くなると、嫌になったから屋敷から逃げ出したと悲しまれるやもしれません……」
「オイラっ……早く帰らないと!」
居ても立ってもいられない、と次の訓練へ。
再び運動場に立ったジンクェンの正面には陽波 飛鳥(
ja3599)がいた。
「戦う力を付けておくのは必要だと思う」
金焔のアウルを纏いつつ、盾を取り出した飛鳥はジンクェンへと目を向けた。
「想像してみて。主様に危険が迫った時を。
私は家族を目の前で殺された。あの時の私は無力だった。貴方はそうならないようにね」
「はいっ! もしもの時でも頑張れるよう、よろしくお願いします!」
「勿論。後悔しないよう、力と自信を付けてご主人様の元へ帰りましょう? その愛が本物ならネバーギブアップよ!」
ビシッと指を突きつける飛鳥に、悪魔は「ハイッ!」と元気良く返事をした。
「あ、ジン君って呼んで良い?」
「はい、お好きにお呼び下さい」
さて。
「目を開けて敵を殴る練習よ。盾越しに繰り返し私を殴りなさい」
盾を構えた飛鳥はそう言った。
悪魔は「はい」とは言ったものの、見るからにまごついている。なので飛鳥はハッキリと言い放った。
「私はこの場から動かない。目を瞑って殴ったら盾じゃなく私に直撃するかもね。嫌なら目を開けて殴るのよ?」
「うっ……分かりました」
「よろしい。最初は力を込めず弱く、慣れて来たら少しずつ力を入れて殴るのよ」
「頑張ります!」
そして――
「ほら、また目閉じた!」
最初こそ、飛鳥のそんな声が響いていたものの。
何度も何度も、悪魔の心が折れたら休憩も挟みつつ、根気良く続けていると。
遂に、ジンクェンの拳が飛鳥の盾を掠めたではないか。
「今、目を閉じてなかったわよね? いいわ、その感じよ」
「はい!」
何度目か、息を弾ませるジンクェンが拳を振り上げる。
それは真っ直ぐ――飛鳥の盾へと向かい。
「!!」
飛鳥は咄嗟にシールドを発動し、その拳を流さんとした。が、盾にぶち当たる拳の凄まじい圧力は彼女を大きく後退させる。
「当たった――」
「当たった! やったじゃない!」
遂にジンクェンは目を閉じず攻撃する事に成功したのだ!
「さぁ、もう一回よ!」
防御が苦手な私にも良い練習かも? そう思い、飛鳥は再び盾を構えるのであった。
一方、タマモは彼等の様子を応援しながら見学していた。
具に見詰めるのはジンクェンのクセである。
「敵に読まれるから、そのクセ直した方がいいよ」
どうにも大きく振り被るクセ。「はい!」と応えるジンクェンに「頑張ってね」と笑顔を返しつつ……
(もし敵として戦う時がきたなら……役に立つかもしれない)
杞憂に終わればいいのだが。
お互いヘロヘロになったので、休憩時間その二。
飛鳥はライトヒールを使用し、互いの全身に付いた生傷や擦り傷を治療する。盾を持っていた飛鳥の手はじんじん痛み真っ赤に腫れ上がっていたが、それもたちまち消えてしまう。
「学食に興味がありそうだったから、色々持ってきてみたわ。一緒に食べましょう?」
そして広げるのは菓子パンと清涼飲料だ。
「人間界のパンは美味しいですねぇ〜」
ジンクェンは菓子パンを甚く気に入ったようである。でっかい口にポポイと放り込んであっという間に食べてしまうほどだ。
その食べっぷりに目を見張りつつ、そして『菓子パンは包装を取ってから食べる事』を教えた飛鳥もスポーツドリンクで水分補給。
そうして休憩も終われば、再び修行だ。
「次は防御の訓練よ」
飛鳥は刀を抜き放ち、貸した盾を構えるジンクェンへ切っ先を向けた。
「最初は弱く打つわ。慣れ具合見て少しずつ強くする。最後は全力で打つから耐えてね」
「は……はいっ」
「ちゃんと盾を狙うけど、目を開けて防御しないと痛いわよ? 嫌ならちゃんと見て防御する事ね」
では、と飛鳥は一気に間合いを詰めた。陽焔の軌跡を残し、一閃。
悪魔のビビる声に「目を閉じちゃ駄目よ!」と鼓舞しながら、飛鳥は立て続けに斬撃を放ってゆく。徐々に強くする。
攻撃時に目を閉じない事を覚えたからか、悪魔は目を閉じず頑張って防御していた。体格に恵まれているからか、怯えが抜けきらぬものの彼が後退する事は無い。
では、と飛鳥は刀を構え直した。
「いくわよ――」
瞬間、飛鳥の姿が消える――否、目に留まらぬほどの速さ。疾風怒濤の突きがジンクェンの盾にぶつかった。
「う、わあ!」
後ろに吹っ飛び転倒するジンクェン。そのまま地面を転がり、倒れてしまう。
飛鳥は刀をおさめると、そんな悪魔へ近付き――手を差し出した。
「大丈夫、貴方は十分に強いわ。こんな所まで一人で来て頑張ったんだもの。勇気がなきゃ出来なかった事よ」
手を取って、起こしてやりながら。飛鳥はその背をポンと叩き微笑んだ。
「力を付けてもその優しさは見失わないでね。貴方の主様も、無闇に誰かを傷つけない、花園の花を愛でて綺麗に咲かす事が出来る穏やかで優しい貴方が好きなんだと思うわ」
「……はい! ありがとうございます」
そしてジンクェンの一休憩が済めば、「お疲れ様」という言葉と共に見学していたシュルヴィアが顔を出した。
「体育の時間は終わりかしら?」
「はい……」
めいっぱい訓練して疲れたようだ。木にダラリともたれて座っているジンクェンの正面、シュルヴィアは悪魔を見据える。
「安心して。私が貴方を鍛える方法は物理的な方法じゃないわ」
『強くなる。強さとは何か』。そんな議題を前提に精神面で鍛える心算だ。
「先に一つ聞くけれど。貴方の言う『自信』は、どこから来るの?」
「ええと、心?」
「そうね。怖がらずに戦えれば、弱虫じゃなくなる。弱虫を克服すれば、泣き虫も治る。そうすれば、自信に繋がる……そんな所かしら?」
「成程……! 一つ治せば次に繋がるんですね!」
「そ。じゃあまぁともかく……」
コホン、とシュルヴィアは一拍を置き。
「はいっ! ダラっとしないで背筋伸ばす! 肩広げて、胸反らして顎引いて!」
一喝である。
その気迫に、それまでダラッダラしていた悪魔が「はいぃ!」と立ち上がって気を付けを。
シュルヴィアは姿勢を正したジンクェンに「よろしい」と一つ頷くと、
「ほら、それだけでも十分迫力が出るわ。まずは姿勢を正す。貴方、騎士なんでしょ? 名前負けしない態度も大事よ」
「ううっ……すみません」
「心で負けたら、子供にだって勝てないわ。まずは、負けん気を身に付ける事から始めなさい」
「負けん気、ですか」
「例えば、『もう駄目だ』とかネガティブな言葉を封印する事よ」
あとは皆の助言を忘れないように、と付け加え。
さて、一間を空けたシュルヴィアは日傘をくるりと回し、「ちょっと付いてきて」と。
「貴方、園芸出来るのよね? なら、ちょっと引き合わせたい連中がいるのよ」
「へ? それはどなたです」
「その名も――アルティメット園芸部よ」
「アルティ……え?」
「まぁ会えば分かるわ。相手部長にコンタクトと許可はとってあるから」
という訳で校庭の隅、花壇の前、「園芸のプロフェッショナルが来るから」とシュルヴィアに知らされていたアルティメット園芸部はジンクェンの登場にワッと沸いた。
「冥界式園芸方法を教えて頂けると聞いて!」
「今日は語りましょう! 園芸について語りつくしましょう!」
「早速お聴きしたい事があるんですけど――」
一斉に話し始めた園芸部達の勢いに、ジンクェンはハワワとシュルヴィアへ振り返る。が、彼女は「いってこい」と言わんばかりにその背を押して。
「お互いいい刺激になると思うわ。いい? 発言には自信を持ちなさい? それでいて、相手の意見を聞き入れる柔軟さも持ちなさい。大丈夫、ちょっと……まぁ、『アレ』だけど、良い人ばかりだから」
「だ、大丈夫ですかね……」
「ほら、『負けん気』よ! いいこと? 騎士の評価は主の評価よ。貴方がこの先ここに留まるにしろ、主の所に帰るにしろ。主を大事に思うなら、頑張りなさい」
「がっ、頑張ります……!」
一歩、踏み出すジンクェン。
シュルヴィアはその背を見送りつ、ふと言葉をかけた。
「頑張れたら、主への想いと、現状が嫌だと思った理由、教えたげる」
「えっ……本当ですか!」
「ホントは簡単なんだけどね。貴方みたいなタイプは、鈍感で困るわ。貴方の主の苦労が偲ばれるわね」
「マ、マルガレヂア様はご苦労なされておられるのですか!?」
「そういう事よ。だから早く気づく事ね」
「何にですか!?」
「さぁ〜?」
自分で気付かなきゃ意味が無いもの。そう言って、シュルヴィアは微笑んだ。
●悪魔を鍛えよう03
時刻は夕方。
心身共に。どっぷり訓練を終えたジンクェンはクッタクタになってダウンしていた。
「ほ……本日はありがとうございまひた……」
息も絶え絶え、それでも撃退士へはキチンと礼を。
彼にとって、その一日は大きな糧となった事は間違いない。
ジンクェンは今一度、撃退士から教わった事を脳内で反復しつつ――疲労による睡魔に、目蓋を閉じたのであった。
「この調子なら次は実戦いけそうだな」
そんな悪魔を見、棄棄が言う。とは言え、それもまた今度の機会だ。
願わくば良き結末を。
『了』