●恋い患い
目を逸らしながら見ているだけが精一杯で。
●奇妙な邂逅01
「なんで泣いてるのです?」
率直な感想。メリー(
jb3287)は状況に戸惑いを覚えた。
「ふぅん……たしかに棄棄先生の言ってた通り、なんだか様子がおかしいね」
光纏し阻霊符を発動する草薙 タマモ(
jb4234)は状況を見渡し眉根を寄せた。「確かに」とシャロン・エンフィールド(
jb9057)も顎に手を添える。感情を奪う天使なら、人に危害を加えずに暴れる事も有り得るが、目の前にいるのは悪魔である。
Camille(
jb3612)も疑問を。学園から伝えられた情報曰く、あれは騎士級悪魔であるというが。
(本当に騎士級なら、それに見合った実力を持っているはずだけれど)
建物を破壊することで、撃退士を誘い出した?
人を狙っていない――むしろ威嚇して遠ざけて、傷つけないようにしている?
「うーん、不思議です……でも、考えるのはまず事態を収めてからですよね」
シャロンの声に、カミーユは思考を一時中断した。「そうだね」と頷く。どんなハプニングで死傷者が出るとも限らない、建物だけでも被害は甚大。
「早く止めないと」
その通りだ。灼熱の焔が如き金のアウルを纏う陽波 飛鳥(
ja3599)は、光纏と同じ色の刃を抜き放ち悪魔を見据える。
(見た目は強そうだし、狙いも不明。油断厳禁!)
とは、いえ。
「なんてかさ、当たり前かもしんないけど悪魔にも色々いるわよね」
青薔薇の焔華を纏うフレイヤ(
ja0715)は小さく息を吐いた。でも、まぁ。前を見据え、胸を張る。
「泣いてる子を放っとくワケにはいかないでしょ!」
言い放つフレイヤの声。ビクッとジンクェンが肩を撥ねさせた。
「泣いてない!」
「泣いてる!」
「うるさいやっつけてやるぅっ!」
「フッ、私をやっつけるとは随分大きく出るじゃない。上等よ! 黄昏の魔女フレイヤ様をそんな簡単にやっつけられるとは思わない事ね!」
「ひいぃ勝てる気がしないィー!」
震え上がる悪魔。傍から見ていた飛鳥は呆気にとられた。
(調子狂う……)
視線の先、ジンクェンは涙ぐむ顔のまま固めた拳を振り上げている。
「うぅん、良く分かんないですけど、とりあえず……メリーの方を見るのです!」
悪魔の前に立ちはだかるメリー。これ以上町は壊させない。浮遊盾を展開する彼女は注目を集めるオーラをその身に纏った。
そこへ振る、ジンクェンの巨大な拳。炎を纏うそれはさながら火山弾。メリーはそれを、群青の聖骸布Veronicaで受け止めんとする――が。拳はメリーを掠るどころか大きく反れて、彼女の傍の地面を思い切り陥没させる。
「ふえ?」
アスファルトが溶ける臭い。メリーは目を見開く。
「すごいパワーね。これ、当たったらタダじゃすまないね」
翼を広げたタマモは息を呑む。
しかし、注目すべきは悪魔のパワーについてではない。
撃退士は目撃したのだ――ジンクェンが、攻撃の瞬間に目を閉じていた事を。
見間違いか、と益々混乱してきた飛鳥であるが、そこへジンクェンが拳を叩き付けて来た。それもまた目を閉じた一撃で、当たる筈が無く。
(どういう事!?)
飛鳥は悪魔の拳へ反撃の刃を振るうも戸惑いから太刀筋は鈍く、峰打ちどころか刃の背で撫でた程度。ひっ、と悪魔の顔が青ざめた。
「斬られたー!」
「斬ってないわよ峰打ちモドキよ」
「もう駄目だー! お前も殺してオイラも死ぬ!」
「ああもう、うっさいんですけど!」
フレイヤは負けじと声を張り上げた。大声でこちらをビビらせるつもりならば、こっちにだって考えがある。魔女の手には拡声器が一つ。
「私の萌えを聴けーーーーッ!!!」
ハウリングしながらの大音量。爆音にジンクェンが驚き跳ねる。
そして高らかにフレイヤは謳い上げる。♂×♂とは! 筋肉とは! 光り輝く汗とは! 凄い内容がガチ過ぎるのでお察し下さいetc!!
「……」
貴腐人のハイレベルな腐トークはジンクェンには高次元すぎて理解不能だった。ポカーンとしている。それから反応に困ってどうしたら良いのか分からないのか、また泣き出しそうになって――
「待って。まずは落ち着いて話さない?」
そんなジンクェンの背後に回りこんで膝カックンを行使したのはカミーユである。バランスを崩した悪魔がビターンと転倒した。
(こんな綺麗に転ぶなんて思わなかった……)
どうしよ、と見下ろしたカミーユの目の先、悪魔はうつ伏せのまま動かない。
なのでタマモは意思疎通を用いて彼に話しかけてみた。
『きこえますか……いま、あなたの心に直接話しかけています……落ち着くのです……泣くのをやめて、落ち着いて周りをよくみるのです……。
……。
……。
……ちょっと! きこえてる!? 私の話をきいてーっ!!』
死体のように反応がないジンクェン。
だが間もなく、彼はメソメソと泣き始める。両手の炎も元気が無くなり消えてしまった。
「なんでオイラと戦わないんだぁ……」
悪魔は気付いていたようだ。撃退士が戦意を持ってはいない事に。
「あなたが泣いたり目を閉じたりするから、どうしたんだろうって思ったんです」
苦笑を浮かべたシャロンが彼の傍にしゃがみこむ。
「そうそう! あんなに泣いてたら戦う気も引けちゃうわよ」
地面に降りたタマモも言葉を続けた。「ね」と皆へ振り返れば、撃退士達が一様に頷く。
「やっぱりオイラは泣き虫で弱虫なんだぁ……殺される……もう駄目だぁ……」
悪魔は戦意喪失したらしい。ガタガタ震えて丸くなって怯えている。
だから――メリーは悪魔の大きな体を、精一杯両手を広げて抱きしめた。
「大丈夫です。何がそんなに怖いのです? メリーは貴方に酷い事はしないのです。だから、暴れたら駄目なのです。大丈夫なのです」
「大丈夫。なんにも怖くないよ」
フレイヤも同じく、悪魔の体を撫でてやる。彼の涙を止める為なら、魔女は自らの体が傷つく事も厭わない覚悟であった。泣いてる子は放っておけない。例えそれが悪魔であっても。
「うっ、……ウワァーーン」
二人に撫でられ泣きじゃくる悪魔。だがそれは怯えではない涙である事は明らかであった。
(演技でここまでするのは無理だし無意味よね)
何か狙いがあるなら話になる程度の反応は返す筈だ。悪魔に敵意なしと断じた飛鳥は剣を収めて警戒を解いた。
●奇妙な邂逅02
ようやっとジンクェンが泣き止んで落ち着けば、飛鳥はハンカチを一枚手に持って。
「とりあえず、顔拭きなさい。涙でくしゃくしゃで酷い顔よ?」
座り込んだ悪魔の顔へ背伸びして、その泣きっ面を拭いてやる。
「峰打ちして悪かったわね。怪我はしてない?」
「大丈夫……」
ジンクェンの大粒の涙を拭ったハンカチは一瞬でびちゃびちゃになってしまった。それを絞りつつ、さて――飛鳥は彼へと向き直った。
「私は久遠ヶ原学園撃退士の陽波飛鳥」
「メリアス・ネクセデゥスと言うのです。メリーって呼んで欲しいのです」
片手を挙げたメリーに続き、一同も悪魔に名前を伝えた。
「貴方のお名前を教えていただけますかなのです」
「それから、どこから来たのかも」
メリーとカミーユが悪魔に問う。
「オイラはジンクェン……冥界から来ました」
撃退士に敵意がない事を理解した悪魔は先程よりはトーンの落ちた声で応えた。
ジンクェンね、と繰り返した飛鳥は続けて疑問を問うた。
「貴方はどうしてここに来たの? 誰かに命令や脅迫されて仕方なく戦いに来た?」
「オイラは……強くなる為に自分一人でここに来たんだ。誰からも命令されてない」
「じゃあ何で泣いてたのです?」
メリーが首を傾げる。途端に悪魔はもごもごと言葉を詰まらせながら自分の指先をくっつけた。
「こっ……怖くて。オイラ、ケガとかするのもさせるのも怖いんだ……」
フレイヤは目をパチクリさせる。
「なのに、何で私達をやっつけようとしてたの? 悪魔のお仕事って普通は魂回収でしょ? 見た感じ一般人は襲ってないしさ、おかしいじゃない」
「もしかして、撃退士に何か恨みでもあるんでしょうか?」
続けられたシャロンの言葉。
「撃退士は強い天使や悪魔をやっつけてるから……そんな君達をやっつければオイラは強いって証明になると思って」
「それで人間界で暴れてたの?」
応えたジンクェンにタマモが訊く。
「ウン、ここで暴れたら撃退士が来るだろうなって……」
言いながら顔を上げた悪魔と、傍の天使の目が合った。
一瞬の空白。
そして、
「ギャアアアアアアア天使だアアアアアアアア」
「え!? 天使が怖いですって!? 私のどこが怖いのよ! ほら、かわいいでしょ!? ほらほらほら」
「ウゥワアアアアアアアアアアア」
「あああごめん泣かないで! 私のキュートなスマイルで落ち着いて! にこ!」
天使の微笑。だがこれは悪魔には効果が無い……が、まぁいっか!
ビビりまくるジンクェンに、シャロンはぽんぽんと肩を叩く。
「大丈夫、貴方の仲間もいますよ。『半分』ですけど」
と、背に顕現させる陰影の翼。自らの血が半分悪魔である事を示し、仲間意識を持たせんとする。怖がらせないよう努めて優しく、タマモも同様に少し距離を開いてあげた。
「ほらー、怖くないですよー」
これで顔拭いてとタオルを差し出し、「牛乳飲む?」と牛乳も手渡す。ジンクェンはそろぉ〜っと出した手でそれを受け取った。
「何か事情があるようだし、困っているなら相談に乗るよ」
小さい紙パック牛乳を大きな手で慎重に眺めている悪魔に、カミーユは声をかける。
疑問は随分と解決した。
彼の涙。それは彼の意に反した行動をとらされていたからではなく、本当に彼の臆病が原因。戦う事が泣くほど辛いのは、痛めつけられるのも痛めつけるのも怖いから。
けれどそんな臆病者がなけなしの勇気を出して人間界に一人で来て、怖い筈なのに力一杯暴れて、恐ろしいと思っている撃退士へ戦いを挑もうとしたのは、何かに追い詰められた末の行動のように思えて。
強くなる為――彼はそう言ったが、では何故、強くならねばならないのか?
悪魔は俯く。言い難そうにしているように見える。
「話したくないなら、話さなくてもいいのよ」
無理に追求はしないと飛鳥の言葉に、ジンクェンは首を振る。
「これは凄くカッコ悪い話なんだ……」
ジンクェンは掻い摘んで語り始める。
それは彼の身の上の話。
彼は武勲高き一族に生まれながら、その気性から酷く疎まれていたという。そして勘当も同然に、とある悪魔の貴族へ下男として売り飛ばされた。
一目見て気に入ったから。そんな理由でこんな彼を引き取った女領主は、なんと彼を厭う事はせず肯定し受け入れてくれた。嬉しかった! 初めて見つけた彼の居場所。大切で心地よくてずっと傍にいたいと思った。
けれど主人を慕う気持ちが強くなるほど、臆病で自信がない自分が嫌になった。弱いまま逃げるまま護られるままでは駄目なのだと、このままではいけないと、変わらねばならないと思ったのだ。
「マルガレヂア様に見合う、強い悪魔になりたいんだ」
言い放つ言葉は偽りではなく。そう、とカミーユは頷いた。
「それで、これからどうするの? このままここに残っても、フリーランスの撃退士に退治されちゃうし、人を殺せなくて魂もとれないから飢えてしまうでしょう」
「う、何も考えてなかった」
「やっぱりね。帰る場所がないなら、とりあえず学園においで。はぐれ悪魔もたくさんいるし、依頼を出せば問題も解決できるよ」
「そうです、私達にも何か手伝えることがあるかもしれません。一度学園に行かないと暴れた以上は悪魔さんの立場も危ないですし」
シャロンが言い、続けてメリーも強く頷く。
「学園は怖くない人の方が多いのです! それにメリーだってお助けするのです! ここにいるよりは安全だと思うのです! メリーはもっと貴方とお話がしたいのです」
メリーは優しく悪魔に言う。ちゃんと話し合えば種族を超えてもきっと分かり合える――少女の髪を飾る群青のリボンが揺れた。それはもう会えない大事な人から貰った大切なもの。その人との突然の別れから、メリーは天魔であっても話し合いが出来るならきちんと話し合い分かり合えるようになりたいと思うようになった。
(もっと話したかったと、あの時の様に後悔するのは嫌だから)
飛鳥も良く似た心境だった。
「私は人を傷つけない天魔を倒すべきと思わない。学園は沢山の天魔たちがいる。良い天魔が沢山いる事も知ってる。だから、分かり合える相手とは分かり合いたい」
「一緒に久遠ヶ原学園に行こうよ。私も堕天してお世話になってるんだ。大丈夫! ぜんぜん怖くないから!」
同じ天魔も学園にいるとタマモが微笑む。
飛鳥は徐に、戦闘後に食べようと思っていたオニギリを取り出すと半分に割った。片方を齧って毒が無い事を示しつつ、もう片方を差し出して。
「あげる」
少しでも緊張が解れれば。受け取った悪魔は興味深そうにオニギリを眺めていた。それから大きな口で一飲み。続いてタマモの牛乳もパックごとペロリ。
「貴方は誰も傷つけなかった。優しい人だと私は思う。学園は人を傷つけない天魔には寛容よ? 既に沢山の悪魔も学園に在籍してるし、誰も苛めたりしないわよ。当てなく逃げて追われる立場になるより良いと思うけど」
尤も、帰るならば追わないと飛鳥は付け加え。
「本当にいいのかい」
そう言った悪魔は涙をポロリと零した。オニギリも牛乳も、心に染み入る味だった。タマモがニコリと顔を覗きこむ。
「久遠ヶ原学園の学食に行けば、もっといろいろ食べられるよ」
「本当!?」
「嘘なんて言ってないよ」
応えたカミーユはジンクェンの手をひょいと握った。火の消えた手は暖炉の様に暖かく、その超力でカミーユの手を痛める事もなく。
「火、消せるんだね。でもここに残ったら、望まずとも一般人を傷つけてしまうかも」
折角優しい手をしているんだから。見上げるカミーユの微笑みに、ジンクェンは緩やかに、けれど確かに頷いて。
「ありがとう……。分かったよ。オイラ、皆についてく」
その表情はまた泣きそう。
だからフレイヤはジンクェンの正面、「最後の質問いい?」と彼を見上げ。
「――筋肉prprしてもいいかしら」
凄い言い切った。ジンクェンが再びポカンと目を丸くする。
「……え? ペ……え、なに?」
「こんなに良い筋肉なんだもの、そりゃあprprしたくもなりますよ!」
がばぁもふぅもふモフmfmfprrrrrrr。
「ワァアアァアちょっくすぐったやめワヒャーーーーー!!!」
ビタンバタン転がるジンクェンは泣いている。笑い過ぎて泣いている。
(私の勝ち)
悪魔をもふるフレイヤは心の中で笑んだ。面白可笑しいこんな事で、ちょっとでも笑ってくれたのならば。
(誰かを笑顔にするのが魔女の仕事だもの)
その日、撃退士は一人増えた状態で学園へと帰還した。
『了』