野外に設営されたテントの下。あつまった学生たちはイベントの開始を今や遅しと待ちかまえていた。
だが、しかし。あまったカレーを食べるためのイベントだというのに、カレーを作りたがる人の多いこと! しかも、まともなカレーを作る人が少ない!
というわけで、当たったらヤバいロシアンルーレット大会、ここに開幕!
『<カレーを食いすぎた>という理由により重体』とか発生しないことを祈る!
「さてェ……楽しくゥ、幸せなァ、愉快なァ……カレー大会にしましょうねェ……♪」
素敵な笑顔でカレーを煮込んでいるのは、黒百合(
ja0422)
……って、えええええ!? なんであなたが厨房にいるんですか!? 厨房が似合わない危険人物トップランキングですよ!? だれが見ても、喰うほうでしょう? しかも『食う』じゃなくて『喰う』ね。いや『啖う』のほうがふさわしいな。口から破壊光線吐くし!
いずれにせよロクでもないことを企んでいるとしか思えないが、実際そのとおりなので困る。たのしく愉快なカレー大会なんて、夢だったんだ。
そんなダーク黒百合の隣では、長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)が比較的まともなカレーを作っていた。
「日本人が大好きな欧風カレーは、そもそも我が母国イギリスで産まれたもの。皆様に本式のビーフカレーをふるまいましょう」
すばらしい愛国心を発揮するみずほだが、英国といえば世界の誰もが知るメシマズ国家。伝統的なビーフカレーだけはおいしく作れたが、アレンジが加わってインド式チキンカレーになると、だいぶ怪しくなってきた。
さらに難易度の高いタイ式グリーンカレーになると、ガチでヤバイ。
味見したみずほは「大変おいしくできましたわ」などと言っているが、破滅的に味覚音痴の彼女が言うのでは全くアテにならない。ていうか、『英国人以外が食べると即重体』とか書いてあるんですが……。
ええと……ドイツ人とフランス人はいるけど、イギリス人はいないな。ということで、食べた人は全員重体判定に……。これでは英国の食文化がますます誤解され……いや、ただしく理解されてしまう。
うん。よく考えれば何も問題なかった。先へ進めよう。
「カレー大食い大会があると聞いたので、俺のカレーも食べてもらおうと持参しました。オリジナルで作ってみたのですが……」
と言いながらカレーを持ってきたのは、樒和紗(
jb6970)
一見まともに見えるカレーだが、カレーを鍋に移して煮込みなおす和紗は、肉を柔らかくしようとコーラを投入。次に、野菜エキス凝縮の青汁を追加し、夏を乗り切るために栄養ドリンクを混ぜ込み、フルーツと牛乳のコクを合わせたいちごオレをぶちこんだ。なかなかアグレッシブなアレンジである。
さらにトロピカルな空気を出すべく、数種類のフルーツをカットして投入。
仕上げにエディブルフラワー(ひまわり)を飾って完成!
見た目からしてNGだが、大丈夫。この程度のカレーは本大会においてジャブにすぎない!
そのころ。
主食がカレーパンのユリア(
jb2624)も、当然のようにカレーを作っていた。
作るのは、ちょっと辛くておいしいカレーと、かなり辛くて人を選ぶカレーの二種類。
食べる人のことを考えた、親切設計だ。
が、そんな親切心は恐らく誰にも届かない。
「食べた人がビックリするぐらいのカレーを作るよー」
たのしげにカレーをかきまぜるユリア。
だが残念なことに、『食べた人がビックリするカレー』は山ほど作られるんだ……。ビックリで済めばマシっつーか……。
「カレーをめぐる戦場はここか」
コック服にコック帽で乗りこんできたのは、鳳静矢(
ja3856)
なぜか『カレーを作る派vsカレーを食べる派のバトル』が行われると勘違いして参加した彼は、まるで使徒とでも一騎打ちするかのような意気込みっぷりだ。
ありったけの材料と調理器具を持ちこんだ静矢はいきなり光纏し、料理人の誇りを賭けて腕をふるった。いくつもの鍋を同時に煮込み、真剣な顔つきで味を調整する彼は、まさに必殺料理人!
大喰らいな参加者対策には、具材を大きめに切って咀嚼の回数を増やすことにより満腹感を刺激するカレー。
「ふ……。これなら丸呑みは出来まい」
さらに、無数のスパイスを組み合わせて作った、体には良いが辛さが半端ないカレー。
「健康には良いがね……ふふふ」
その他、勝つための策を練りまくり、何種類ものカレーを完成させる静矢。
「くく……っ。勝利は我が手にあり! カレー無双! ルインズ無双! ふはははは!」
そんな静矢に劣らぬ勢いでカレーを作りまくっているのは、月乃宮恋音(
jb1221)
もともと『あまったカレーを片付ける』ために開かれたイベントであることを正しく理解している彼女は、カレードリアやカレー春巻きなどのアレンジで飽きの来ないようにカレーを食べる手段を披露。
さらに、エビとココナツのインドカレー、夏野菜たっぷりのグリーンカレー、鶏肉のレッドカレーなど、バリエーションゆたかなカレーを作成。カラフルかつ食欲をそそるラインナップとなった。
さすがはカレー職人!
この称号を使わせるためだけにOP書いたのは秘密です。
……さて。
ここまでなら、6発中1発ヒットぐらいのロシアンルーレットだった。
が、しかし! そうはさせじと夜雀奏歌(
ja1635)が始動する!
前回の『パン戦争』でカレーパン派に恨みを持つ彼女は、今回のイベントを絶好の復讐チャンスととらえたのだ。
『遁甲の術』と『無音歩行』で厨房に忍び込んだ奏歌は、持ちこんだ調味料を手当たり次第カレー鍋に投入!
その『調味料』は、以下のとおり。
・ブートジョロキア(ギネスにも記録される、世界一からい唐辛子)
・ネオテーム(砂糖の10000倍以上の甘みを持つ甘味料)
・デナトニウム(ギネス認定の世界一にがい物質)
・梅肉エキス(食品の中では最高レベルにすっぱい物質)
一体どれだけカレーパンに恨みを抱いているのかと思うが、彼女はまだ甘かった。
ちょんちょんと奏歌の肩をつついたのは、雨下鄭理(
ja4779)
奏歌と同じように遁甲と無音歩行で侵入した彼は、ブレアズ・16ミリオン・リザーブを持っていた。
どこから手に入れたのかと思うが、まぁいい。どうにかして入手したんだろう。ちなみにコレは、ブートジョロキアをはるかに凌駕する辛さを持つ、辛味のキングオブキング! 一般人なら舐めただけでショック死する劇物だ!
「カレーと言ったら辛さだよなぁ……?」
かすれた声で言いながら、口元だけで微笑む鄭理。
奏歌はうなずきながら、ビシッと親指を立てる。
「盛り上げてやろうぜ、この大会を」
鄭理は懐から無数の激辛調味料を取り出し、洗練された暗殺者の技量で次々とカレー鍋を殺人カレー鍋に仕立ててゆくのであった。
「ただカレーを食べるだけなのに、大惨事になりそうな予感がするのは何でだろう……」
舞鶴希(
jb5292)は、周囲の様子をうかがいながら胸の中で溜め息をついた。
さきほどから『潜行』で厨房をちょろちょろしている奏歌と鄭理は友人であり、なにを企んでいるのかは察しがついている。率先して波乱を煽る気はないが、希もちょっとハメをはずしてイタズラするつもりだ。
ちょうどいいタイミングで大食い開始のブザーが鳴ったので、ここぞとばかりに奏歌と鄭理の『特製スパイス』が混入されたカレーを皿に盛りつけ、添えた水には塩や砂糖などの手を加えておく。
そして、ごく自然な笑顔でカレーライスをサーブする希。
──と。このようにして、カレー大食い大会は始まったのである。
一般人なら死者が出てもおかしくない、壮絶なロシアンルーレットの幕開けだ。
が──
「よっし、飯だッ! なんでもいいッ! カレーだろうとカレーという名の何かだろうと、一切合財喰い潰してやんよッ!」
当たったら死ぬルーレットを無視して、革帯暴食(
ja7850)が全ての企みを粉砕しながらカレーを喰いまくっていた。喰うことと食べることしか考えてない彼女にとって、小手先のイタズラなどアウトオブ眼中。たしかにちょっとばかり辛かったり苦かったり甘かったりするが、余裕で食べられるレベルだ。ある意味、究極の味覚音痴!
「辛味だろうが、酸味だろうが、苦味だろうが、毒だろうが、ドンと来いッ! ああ!? 道端の石ころから天魔まで、なんでも喰う人間なめてんじゃねぇぜぇッ?」
だれも舐めてはいなかったと思うが、相手が悪すぎた。
世界一からい香辛料とか、世界一にがい物質とか、並みの撃退士には通じても暴食には通じない。無論おいしくはないが、それだけだ。目の前に食いものがあるなら、なにも考えずに喰う。まるで、呼吸するように。味など知ったことではない。喰って喰って喰らい尽くす。暴食の行動原理は、それだけだ!
かように凄まじいスタートダッシュを見せる暴食だったが、おなじレベルでついてくる者がいた。
最上憐(
jb1522)である。
念願のカレー飲み放題と聞いて校舎をぶちぬく勢いで駆けつけた憐は、本能と食欲に身をまかせて、飲みまくり、飲みちらし、飲み倒す! 山のように運ばれてくる大量のカレー皿を『ヘルゴート』で捉え、『ダンスマカブル』で一掃!
「……ん。カレー。おかわり。おかわり。もっと。たくさん。おかわり」
水のようにカレーを飲みながら、けろっとした顔で言い放つ憐。
彼女は勝敗など考えてない。ただただ、カレーを飲み干すことしか頭にないのだ。
だが、相手は七つの大罪のひとつを称号とする、グラトニー・革帯暴食!
寿司大食い大会で果たされなかった頂上対決が、いまここに繰り広げられる!
「……ん。カレーは。飲み物。飲む物。飲料」
「くははっ! おもしれぇぇぇッ! なにもかも喰ってやるぜぇぇ!」
暴食が吠える。
異次元の戦いを繰り広げる二人。
あまったカレーを食べるだけの話が、どうしてこうなった!?
「『かれーは飲み物』……そう教えてくれた師匠が、ここに! 弟子の成長を見てほしいのでござるよ!」
そう言って、憐のマネをしようとするのはエイネ アクライア(
jb6014)
やめておけと言いたいが、止める者は誰もいない。
「というわけで、いざ!」
皿を手に取り、がばっと口に流し込むエイネ。
そして悲劇が起きた。
「ぐはっ!? げほっ!? ぐふぉぉッッ!?」
なんと、エイネは鼻からカレー汁を流して悶絶!
よりによって、鄭理特製の殺人カレーを一気飲みしてしまったのだ。一般人なら死んでいる。
「こ、これは……かれーが辛ぇなどという駄洒落では済まんでござるぞ……」
そのカレーを横から奪い取って、憐が一瞬で飲み干した。
ぽかんと見つめるエイネ。
「な、なんと……。拙者、まだまだ『かれー』を飲める境地には達せていないのでござる……。とはいえ、勝ちを諦めたわけではないのでござるよー!」
新しいカレーを取ってくると、エイネは普通にスプーンで食べはじめた。
「うまっ、いたっ、いたたたっ、いたうま!」
水で口を冷やしながらカレーを食べるエイネ。
そこまでして食わなくてもいいと思う。
「カレーは飲み物? いやいや、食べ物であろう! ええーい、我輩以外、久遠ヶ原に常識人は居らぬのであるか!?」
大声を上げるのは、女子制服を身につけ、うさみみカチューシャを頭に乗せたモヒカンマッチョ天使・マクセル・オールウェル(
jb2672)
おまえのような常識人がいるかと、学園生全員からハリセンで殴られそうな発言だ。
「……なにか聞こえような気がするのであるが、まあ良い。心行くまで喰らうだけである。さあ来るのである。我輩の胃袋は108式まであるのであるぞーッ!」
無駄にパンプアップするマクセル!
ちぎれ飛ぶ女子制服!
輝く筋肉!
「カレーを食らうには作法があるのである! まずは香り! この香りを嗅ぐだけで涎が出、胃袋が動き始めるのがわかるのである! 次に一口! 口より鼻腔に抜ける、嗅ぐよりも遥かに濃密な香り! 我輩の全身の細胞を活性化するのである! そして舌に広がる複雑玄妙な味わいと辛味! ……ああダメである、一口ずつ味わうという作法など守っていられるかであるー!」
解説しながら食っていたのは一口だけだった。
ものすごい勢いでカレーを掻き込みだしたマクセルは、たちまち一皿完食! どうやらこれはセーフだったようだ。
「うむ、おかわりである!」
そして二杯目に運ばれてきた殺人カレーで、マクセルは火を噴きながら倒れた。
「自分、カレーは大大大好物で御座る!」
スプーン片手に突撃してきたのは、セレブ忍者・静馬源一(
jb2368)
今回はちゃんとスクジャ持ってるぞ。空蝉の準備は完璧だ! どこで使うのか知らんけど!
そんな彼が一杯目につかまされたのは、激甘カレー。
「甘ッ!?」
二杯目は激苦カレー。
「苦ッ!?」
三杯目は酸味カレー。
「すっぱ!?」
そして四杯目はお約束どおりに殺人激辛カレー……と見えたが、普通に普通のカレーだった。
「そう、これで御座る。この、わざとらしいカレー味! カレーを食べるときは誰にも邪魔されずに、自由で、食べることに救われているべきなので御座る。ゆえにこそ、独りで静かに幸せをかみしめつつ食べなければいけないので御座るよ」
孤独にグルメる源一の顔は満足げだった。
そんな彼らに負けじと、日下部司(
jb5638)もカレーを食べまくっていた。
重体中の身だが、カレーを食べるぐらいなら問題ない。むしろ、カレーの成分でケガの治りが早くなる!
そんなわけはないが、ともあれ司はどんなカレーも味わって食べていた。
マナーとして、いちど手に取った皿は必ず完食。
超激辛を食べたときには、剣魂を発動して味覚を回復!
ちょっと不可能なプレイングだと思うが、まぁ回復した気がすることにしよう。
一定のペースでリズムよく食べ進む司は、暴食や憐には及ばないものの既にかなりの量を食っている。これは好成績が期待できるかもしれない。
「福神漬けにラッキョウ、漬物はいりませんかァ!」
なぜか商売をはじめているのは、安形一二三(
jb5450)
実家が漬物屋の彼は、ここぞとばかりに商品を売り込みに来たのだ。
「実家から取り寄せた漬物各種! 目玉商品のHave a Max(ハバネロの甘露煮)は本邦初後悔! 感動で涙流すなよ!」
『初後悔』は誤字ではない。つまり、そういうことだ。
ただでさえ激辛カレー地獄だというのに、そこに加えてハバネロの甘露煮。
だれもそんなもの買わないだろと思いきや、案外売れているではないか。
「好評じゃねェか! こいつはいい稼ぎになりそうッすね!」
商売に精を出す一二三。
ちなみに、彼も、彼の両親も、堕天使である。漬物売ってる堕天使って……。
「よし、ここらで休憩すッか!」
予想以上の売れ行きに気を良くした一二三は、召喚獣を呼び出して和気藹々……は覚えてなかったので、ふつうに仲良くカレーを食べるのであった。
「こんにちは! 今日はお招きありがとうございます!」
チョッパー卍に挨拶したのは、レグルス・グラウシード(
ja8064)
「来てたのか。なにやら大騒ぎだが、まぁ好きなだけ食ってけ」
「はい、ごちそうになります。……あと、これ。カレーのお礼と言ってはなんですけど」
そう言って、レグルスは亜矢にケーキを手渡した。
「あら。ありがと。気の利く子ねぇ。ほかの人なんか、だーれもあたしのところ来ないのに。だれが主催者か忘れてんじゃないの、あいつら」
「おまえに人望がねぇんだよ」と、チョッパー卍。
「あんたよりあるっての! 見なさいよ、こうしてケーキ持ってきてくれたでしょうが!」
「まぁまぁ、ケンカはやめましょうよ」
後輩にたしなめられるバカふたり。
「せっかくなんで、亜矢さんの作ったカレーをもらってもいいですか?」
「いいわよ。さぁ味わいなさい。特製コロッケカレーを!」
「本当にコロッケが好きなんですね」
と言いながら、レグルスはカレーを一口。
「わあ、おいしい! 料理が上手な女性って素敵だと思います!」
「でしょ? 今回のはうまく行ったのよねー♪」
「料理の腕は重要ですよね。僕の彼女も、料理が上手なんですよ (*´ω`)」
「ああ、クラブ棟ぶっこわしにきた子ね……」
「あ、すみません。イヤなこと思い出させちゃいましたか?」
「いいのよ。あれはあれで面白かったから」
「てめえは真っ先にリタイアだったろうが。俺が一番苦労したんだぞ」と、チョッパー。
「でも結局負けたじゃん。ダサ」
「おまえが言うな!」
ふたたびケンカをはじめる二人。
「チョッパーさんと亜矢さんは、なんだかんだ言っていつも一緒にいるんですね、仲良しなんですね (・∀・)」
カレーを食べながら、笑顔でそんなことを言うレグルス。
「冗談じゃねぇ! こいつがいちいち絡んできやがるんだ!」
「絡んでくるのはそっちでしょうが!」
「おまえだ!」
「あんたよ!」
しょうもない口論する二人を見て、にっこり微笑むレグルスであった。
「さぁ、カタリナ様。カレーを持ってきましたわ」
両手に皿を持ってやってきたのは、リラローズ(
jb3861)
ゴスロリ風ドレスに身を包んだ、小等部6年のロリ悪魔だ。
その隣には、カタリナ(
ja5119)の姿。
「夏といえばカレーですものね! たくさんは食べられないですが、しっかり満喫しますの☆ さあ、カタリナ様。一緒に召しあがりましょう♪」
「……ええ、と、これ、大丈夫です……?」
ドイツ出身のカタリナは、祖国の料理に辛いものが少ないためカレーのような料理は不慣れなのだ。
「……もしかして、辛い物は苦手ですか? でしたら、このマンゴーラッシーと一緒にどうぞ。辛さがやわらぎますわ」
「ありがとう。……これならどうにか食べられそうですね」
そう言いながらも、カタリナのカレーはあまり減らない。持参したカリーヴルスト(カレーソーセージ)に付けたり、ライスを多めにしたりして工夫しているのだが、どうやったところで辛いものは辛い。
「カタリナ様のカリーヴルストおいしいですv カレーがとっても豪華になっちゃいました♪」
リラローズは辛めのカレーも平気で食べている。
一方、カタリナは顔を真っ赤にして、汗をかきながらカレーと格闘していた。
「か、辛い……。もう少し甘くなればいいのですけど……」
それを聞いて、小首をかしげるリラローズ。
そして名案を思いついたとばかりに、カタリナの膝へ乗っかる。
カレーをスプーンにすくい、フーフーしたあと、「はい、あーんしてくださいね? こうすれば、きっと甘く感じられますよ?」と、カタリナの口元へ。
「あ、いえっ、そういう意味ではなく……!」
あわてて否定するカタリナだったが、リラローズの無邪気な瞳に見つめられて、ことわりきれずパクッと一口。
「どうですか?」
「え、ええ。これなら食べられるかもしれません……」
答えるカタリナの顔は、さっきより赤くなっていた。
……ちょ。えええ、なんなの、この百合空間! まさかカレーで百合れるなんて! うれしい不意打ちやでえ! ありがとうございます! MVPです!(ひどい理由だ)
「ん〜……良い香りですわね。さめないうちにいただきましょう」
淑女らしく銀のスプーンを使って上品に食べるのは、シェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)
だが小食のため、一杯おかわりしたところで手が止まってしまう。
「たりない……たりませんわ……」
震え声で言うシェリア。
パキッと指を鳴らした瞬間、おかかえの黒子が登場。
「例のアレをここへ!」
「はっ!」
ドサッと運ばれてきたのは、バスケットいっぱいのフランスパン!
「これですわ、これ。パン・フランセ」
無駄にネイティブな発音で言うシェリア。
そして彼女は、スライスしたパンをカレーに浸して食べはじめた。
「味わいなさいな、この食感と味を! パリとエッフェル塔を分けて語れないくらい見事な味の様式美ですわ!」
意味不明なことを口走るシェリア。
たしかにパリとエッフェル塔を別にすることはできないが、フランスパンとカレーはパリとムンバイぐらい離れてるぞ。
だが、そんなツッコミなどシェリアの耳には届かない。
彼女にとって、フランスパンは別腹であり、デザート!
……あれ? フランスパンは武器じゃないんですか?
「たくさんありますから、皆さんもどうぞ」
などと言いながら、気前良くパンをふるまうシェリア。パンで腹を膨らませてしまおうという策なのだ。
そこへやってきたのはユリア。
「これ、食べていいの?」
「ええ、どうぞ。遠慮はいりませんわ」
「じゃあ、こうやって……」
ユリアはフランスパンにカレーをはさみ、即席カレーパンを作成した。
どんだけカレーパン好きなんだろう、この人。
というか、『携帯品』の欄が尋常じゃない……。カレーパンLv5×9って……。
なんだかパン戦争を催促されてるような気もしますが、もうすこしお待ちください。
「あ゛づいーー」
ぎらつく太陽の下、ぐったり顔で会場へやってきたのは、高虎寧(
ja0416)
寝るのが大好きな彼女は、最近の猛暑で快適な睡眠がとれていない。
そんなわけで昼寝に適した場所をさがしていたところ、この大会に遭遇したのだ。
色々なスパイスが混ぜ合わされたカレー粉は、インドが発祥の地だけあって汗を出させる成分が含まれているのよね。汗をかけばかくほど体温が下がってスッキリするだろうし……ここは人数あわせとしてでも参加して、暑い最中のカレーを味わうしかないよね!
寝不足ぎみの頭でそんな風に考えながら、寧は大食い会場に突入していった。
「いらっしゃいませ。カレー大会へようこそ」
ロングタイプのメイド服姿で出迎えたのは、ユウ(
jb5639)
重体中にも関わらず病院を抜け出してきた彼女は、懸命に給仕の手伝いをしている。
「激辛、激甘、激苦と色々そろっていますが、どれにしましょうか」
「ふつうのはないんですの? うちとしては、どちらかというとトロみのあるコクが濃いのが好みなんです」
「難しい注文ですね……」
「このあたりのカレーなら、要望に応えられるかもしれん」
と言って、神凪宗(
ja0435)が皿を手渡した。
「あら、ありがとうございます」
寧は特に大食いすることもなく、ふつうにカレーを食べだした。
その横で、宗は真剣にカレーを食べている。とくに小細工を弄するでもなく、妨害工作をしかけるわけでもなく、真っ向勝負で食べる宗。その姿は、どこかストイックだ。
寝るのが大好きな忍軍ふたりはそれぞれのペースで食べ進め、宗の前には次々と皿が積まれていった。
「よく食べますね」と、寧。
「まぁカレーは嫌いではないのでな……」
「うちは、このへんにしておきます。がんばってくださいな」
三杯ほど食べた寧は満足顔で会場の隅っこへ行き、そのまま寝てしまった。
「色々なカレーを味わえるのは嬉しいですね。たくさん食べれそうです」
自作のカレーをふるまいながら、楯清十郎(
ja2990)もハイペースで食べていた。
作ってきたのは、いたって普通のカレー。辛さも味も普通としか言いようのない代物である。
しかし、殺人カレーが幅を利かせる本大会では、ふつうのカレーが大人気! 辛さに弱い参加者の間では救世主あつかいである。
リクエストに応え、笑顔でカレーを盛りつけながらも、淡々と食べつづける清十郎。
「激辛を避ければカレーで食べられないような失敗は難しいですし、あとは安心して食べられますね」
たしかに、そういう『失敗』はないだろう。
だが、意図的に異物を混入されてしまったら話は別だ。
そして、ついに激甘カレーを引いてしまった清十郎。
「うぐ……っ!?」
しかし、ここで機転を利かせた彼は、激甘に激辛を加えて中和させるという荒技を披露!
本当に中和されるのか不安だが、大丈夫だ。たぶん中和されてる!
「えほっ! ごほっ!」
むせかえる清十郎。
大丈夫! 中和されてる!
そんなこんなで、盛り上がるカレー大会の中。
やはりブッちぎりで食っているのは、暴食と憐だった。
ふたりが積み上げた皿の数は、エッフェル塔にも迫る勢い!
……いや、さすがにそれは無理だな。通天閣ぐらいにしておこう。
だがしかし! そんな二人を追撃する者がいた!
その名は白井碧(
jb4991)!
節約のために丸一日絶食してきた彼女は、1皿3秒という脅威のスピードでカレーをたいらげてゆく! これぞまさしく、カレーは飲み物! 他人のカレーを奪ってでも食う碧は、ノンストップの暴走溶鉱炉だ!
50食など朝飯前と豪語した彼女は、その2倍3倍と皿を積んでゆく。
おお、てっきり暴食と憐の一騎打ちだと思ってたら、思わぬ刺客が!
さぁ、その実力やいかに! とりあえず、おっぱいでは勝ってるぞ!
いや、暴食はいい勝負か?
憐は、お察しください。
「これは凄いですね……」
せっせとカレーを運びながら、ユウは感嘆の笑顔でフードファイターたちを眺めていた。
たしかにこれは、凄いとしか言いようがない。とくにトップを争う3人は、もはや人外だ。天魔でもなく、おまけに女子なのに。この世界では、女子のほうが大食いなのか!?
「がんばれ〜! 革帯さん!」
カレーパンに恨みを持つ奏歌は、当然のように暴食を応援していた。
だが、彼女の散布した調味料のおかげでさすがの暴食も疲れ気味だ。重体で参加してるから無理もない。
一方、ベストコンディションの憐は汗ひとつかかずにカレーを飲みつづける。
その飲みっぷりは、まさに鯨飲という言葉がふさわしい。
「これは想像以上でしたね……」
あきれたように呟くのは、清十郎だった。
じつは彼も、憐への対策として『丸呑みできないようにジャガイモやニンジンを丸ごと投入』という策を講じていたのだが、そんな常識が通じる相手ではなかった。なんの障害もなさそうに野菜ごろごろカレーを飲み干す憐を前にして、さすがの清十郎も苦笑するばかりだ。
「く……っ。カレーパンめ……!」
奏歌は本気で悔しがっている。
ぶっちゃけ、彼女がやったのは罪もない人を巻きこんだだけの無差別テロである。メロン犯とは、うまいこと言ったものだ。しかし肝心の憐に通じなかったので、称号はまた今度。
そんな憐の横には、10人前ほどでリタイアしたエイネが仰向けにひっくりかえり、妊婦みたいなおなかをさすっていた。
「せ、拙者はまだまだでござった……」
「まだ頑張れるわよねェ……このぐらいでへこたれちゃ情けないわよォ……うふふゥ♪」
邪悪な笑みを浮かべてエイネを励ますのは、黒百合。その手には、ウォッカの混じった水のグラスが握られている。
ひどいイタズラもあったもんだが、残念。その程度のアルコールでは誰も酔わなかった。どうせやるなら、『少量』ではなく『大量に投入』するべきだったんだ!
「……よく、何杯も食べられるよねぇ」
一杯だけ食べて満足した希は、給仕にまわっていた。
劇物入りのカレーを運び、ついでに塩をぶちこんだ水もサービス。
「お水、ここに置いておきますね」
それを飲んでしまった司が、「ぶほっ」と水を噴き出す。
重体の人に、なんてことを!
おまけに、皿の上には鄭理特製殺人カレー。
「ぐはっ!」
あまりの辛さに、血を吐きながら食べる司。
そう。どんなカレーでも残さないのが司の流儀。
苦笑しつつ見守る希は、ちょっとだけ申しわけない気分になったという。
さて、カレー大会も大詰め。
現在トップは、最上憐。
暴食がそれに続き、碧が追う形だ。
しかし、体調が万全でなかった暴食に、いよいよ限界が。
そりゃそうだ。本来なら病院食を食べてなければいけない身である。それでもここまで戦えるのは恐ろしい。
「くッそぉぉォ! まだ喰える! うちの胃袋に限界なんてモンはねェ!」
胃袋の限界というより生命の危険を感じた暴食は、ここで『歓喜の慟哭。或いは、孕みし狂気の断末魔』を使用。
効果中に猛烈な勢いで追い上げ、切れると同時に『月下の絶笑。或いは、新月に捧ぐ愛唱歌』を発動!
この瞬間、暴食が憐を抜いた!
「こんくれぇでくたばっとでもォッ!?」
そう言った直後。暴食は仰向けにブッ倒れた。なんと壮絶な結末。
ああ、それにしても。なぜ重体になってしまった!? せっかく実現した頂上対決だったのに!
「お姉さんは負けないよ〜」
倒れた暴食を抜き去り、さらに憐をとらえようと、碧がスパートをかけた。
おお、なんとみごとな食欲!
すべてのカレーを食べ尽くすまで、碧は食べることをやめない!
彼女の辞書に『腹八分目』などという言葉は存在しない!
もう腹八分目とか、そういう次元じゃないけどな!
「……ん。カレーは。飲む物。飲料」
まったく変わらぬペースでカレーを飲みつづける憐。
いまさら言うのも何だが、胃袋どうなってんだ?
まったく手を止めない両者の戦いは、はてることなく続くかと思われた。
が──
「カレーがなくなってしまいました……」
と、メイド姿のユウが言った。
なんと、山のごとく用意されていたカレーが、きれいに消えているではないか。
この時点で、憐の優勝が決まった。
「お姉さん、まだ食べられるのに〜」
残念そうな碧。かなり善戦したのだが、相手が悪かった。
「……ん。なかなか。おいしかった。またやらない?」
まったく膨らんでないおなかをぽんぽんしながら、憐は淡々と言うのであった。
それを見て、がくっと崩れ落ちたのは静矢。
「くっ……。完敗か……」
一体どういう勘違いをしていたのかと思うが、手に握られたコック帽はわなわなと震えていたという。
ともあれ、このようにしてカレー大食い大会は幕を閉じ、あまったカレーをかたづけるという目的は完璧なまでに達成されたのであった。
だが、ひとつ言いたい。
今度は万全の体調で参加してくれと!