タナ(jz0212)は瞳を輝かせて写真に見入っていた。
写真の出所は警察で、現在撃退士達が向かっている現場の数キロ南からとった1枚だ。
「……死にたくなければ話せ。奴等について知ってることをな。俺じゃない、奴らがお前を狙ってるぞ」
野襖 信男(
jb8776)が腹に響く声で伝える。
助手席から振り返り眼光鋭く見下ろすと、タナが隣の雫(
ja1894)を盾にしようとする。
「何をしているのです」
包帯がまかれた掌で容赦なくチョップ。現時点では堕天使ではないだ天使の頭から、非常に軽く明るい音が響いた気がした。
「捕虜虐待反対―」
信男がじろりと睨む。タナはまた雫を盾にしようとしてかわされる。
そんな光景が数分続いた頃、別のパトカーの乗っているはずのハル(
jb9524)の声がスピーカーから響いた。
「タナなら…きっと分かるよね? だってタナは、あんなの作っちゃう。凄いもん」
タナが固まる。黙っていれば天使な顔があっという魔に赤くなる。
「もうー、そこまで言われたらー、しかたがないなー」
でれっでれっである。
普段呆れられるか怒られるばかりなので、タナはおだてにとことん弱い。下心有りなおだてでもあっさり引っかかるのにハルの本心からの言葉に抵抗できるはずがない。
「えへへー」
写真を裏返して運転席の刑事からペンを借りて書き込む。速度、知性、入力可能な命令文の長さ。再度裏返して、大小100近い黒球が連なった形のサーバントに注釈を入れていく。
「しかっし酷いことになってたわね」
タナを挟んで雫の逆側に座る月丘 結希(
jb1914)がコメントする。
企業の力を使って天使に協力しているのがばれ蒼白になる経営陣に、高給な職がなくなることに気づいてもっと蒼白になる従業員に、異常に気づいてかけつけ警官隊に制止されて騒ぐマスコミ達。まるで警察映画のような光景だった。
「アタシは天使に協力しようが悪魔に協力しようがどっちでもいいんだけど、天使に人間のお金が意味あると思うのが愚かよね」
ちらりとタナに視線を向け、やれやれとため息。
「って、アンタみたいな天使には充分に意味あるわね」
だ天使のスマフォの中には、きちんと正規に購入されたコンテンツがつまっていた。
「見えてきたぞ」
運転席の刑事がアクセルを踏み込む。
「できたよー」
タナが写真を返し、このままパトカーで帰るつもりでシートベルトを装着しようて信男の肩に担がれ阻止される。
雫は包帯の下からくる痛みに耐えつつタナを牽制中だ。この天使、決して残虐でもないし情もあるとはいえ基本自分の欲が最優先だ。久遠ヶ原外で目を離せば即逃げ出すだろう。
「おりゃぁっ!」
一見雑なブレーキング。
パトカーはくるりと270度回転し分厚いドアを跳ね上げる。撃退士達は目を回しているタナとともに、金のかかった上り坂に飛び出した。
●
衣食住が高い次元で揃い、外部の人間を無視する大規模ゲーティッドコミュニティ。
住民は天使の庇護のもと暮らすため身代を傾けてでも入居したのだが、天使は彼等のことを家畜程度にしか認識していなかった。
『タナ』
スマフォ越しに天使の声が聞こえた。同族以外は舞台の背景とすら思わない、醜悪というより異質な声だ。
「…胸糞悪い」
鈴木悠司(
ja0226)が柵を強く蹴る。
手抜きのない工事で設置されていた鉄骨がねじれて曲がり、悠司は拡張した能力を活かして壁から内側の道路へ、道路からサーバントが見下ろす監視塔を目指す。
サーバントは命令外の事態に戸惑い迷う。しかし数秒で復帰し創られたときに仕込まれた命令に沿って動き出す。
敵襲を知らせるため半鐘を直接殴りつけ、階段を垂直に登ってくる悠司に起爆した爆弾を落とし、自身は監視塔から飛び下津。
デザインを優先した鉄骨がひしゃげて折れて、悠司を巻き込む形で崩落する。鉄塊の隙間から噴き出す赤い血を確認し、サーバントは警戒を最大から1つ落とした。
だがそれは甘すぎた。悠司はアウルを体内で強引に循環させることで命を保っている。飛び出し、黒球連結型サーバントの核である喉元を狙う。
「…左腕の可動域は下に狭い」
後ろからハルの声が聞こえた。
悠司は無理矢理軌道を右下へにずらす。サーバントは両手の先を盾としてなめらかに扱うが、その速度はそれまでと比べて明らかに遅い。
悠司が高速で踏み込み、魔剣の刃が喉から後頭部へ抜ける。悠司が引き抜くより速くサーバントの全身にひびが広がり、最終的には黒い砂となってコンクリの上に散らばった。
「分かっていても……当てられないかも」
ハルが盾を構え直す。一瞬遅れて黒球が盾の中央に激突する。
ハルがタナから聞いた攻略法をもとに盾を動かす。半瞬遅れて黒球が盾のほぼ中央にぶつかる。
「増援?」
悠司が駆け寄ろうとするが力が入らない。
「うん……建物の中から出てきた」
ハルはその場にいない皆に向かって語りかける。天使には妨害電波を準備しておく知恵はなかったようで、警察に用意してもらった無線の調子は完璧だ。
「余裕は……ないかも」
対天使戦への参加の可否を尋ねられ返事をする。
目の前のサーバントに攻撃はしない。放置すれば短時間で死に至る悠司へヒールを飛ばし、飛ばし、死活が切れても死なない程度まで回復させた。
「おしまい」
サーバントの左腕が動く一呼吸前に盾を突き出す。
勢いが不十分な左腕が弾かれ、悠司の刃がサーバントの無防備な首を砕く。同時に無理をした体が反抗する。
「ヒール……切れ」
ハルが荒い息を吐きながらヒールを連打し悠司をこの世にぎりぎりで引き留める。
が、それが限界だった。両者とも戦闘継続に有用なスキルが使い尽くし無理が出来ないほど疲労と怪我が重なっている。
ハルは無線で連絡を入れて、悠司と共に悠司が開けた侵入口を使って退却していった。
●
「自分より格下と見ていた者が、自分では決して追い付けない力があるのが腹立たしいですか?」
天使はそれを聞いて顔色を変えた。
「見下している相手のサーバントを頼らないと成らない現状……」
先程までとは全く異なる、明確な憎悪の籠もった視線を正門前の撃退士達に向ける。
「いい加減に認めたらどうですか、自分はタナより劣っていると」
青白く発光。高濃度アウルからなる炎が声の発生源を焼き尽くす。
古ぼけた木枠が砕けてアウルに戻って霧散していった。
「ここまで、執拗に狙われるなんてとことん嫌われている様ですね」
直線まで霞声を使っていた雫が後方へ全力移動。天使の射程外に逃れたことを確信してから親しげにタナに声をかけた。
天使の瞳が、だ天使を捉えて瞬きもしなくなる。
「タウントしてヘイトなすりつけないでーっ!」
ぴぃっと鳴いて逃げようとするが逃げられない。信男におんぶしてもらって視点が高いやったーと思っていた1分前の自分を殴りが残念ながら不可能だ。
純白の翼が左右に大きく広がって、天使がタナ目がけて飛んだ。
予め与えられた命令と矛盾する行動を主自身がとったため、天使の守りを固めるはずだったサーバント4体が混乱する。
夢前 白布(
jb1392)が援護射撃から直接攻撃に切り替える。
位置もサーバントに攻撃し易い位置からタナを直接かばえる場所へ。
光纏が赤に近い紫から赤黒い攻撃色へ変わる。既にタナに対する乾坤網は済んでいる。少しでも注意を引きつけるため、己にできる最高の一撃を全力移動直後の天使に直撃させた。
天使は白布に目を向けることすらしない。かすり傷よりは深く痛みが確実にあるはずなのに、タナ以外は無価値な障害物と言わんばかりだ。
白布の心を怒りが満たす。
自分と仲間を破滅に導く粘ついた感情ではない。共感する心が欠け、仲間を想う心が足りず、人の感情など道具以下にしか見ない、仲間ですら手駒として扱う無道。それを決して許さぬ人間の意志だ。
「いいか、僕はタナのトモダチだ! だから、僕はタナを守る為に戦う!」
初めて天使の瞳が白布を向く。
「お前がタナを殺そうとするのなら、僕はそれを決して許しはしない!」
光纏は澄んだ赤一色。
至近距離からの天使の炎を浴び、流れる血が蒸発しても光纏はますます強くなる。
天使は翼を狙う一撃を武器も持たぬ手で受け止め、上位者の仮面をかぶり直す。
「家畜に友と呼ばれるとは、タナは自分の相応しい立」
「……声が震えているぞ。それでは負け犬の遠吠えだ」
真実の指摘はときに刃に勝る。
天使は自分の言葉の中断にも気付かず過呼吸に陥り、無秩序に生じた炎が周囲の芝生を焼く。
鈍く乾いた音が響き天使の口から小さな白いものが転がり落ちる。砕けた奥歯だ。
「死ね」
感情が限界を超えた結果声は平坦で無機質だ。
炎が膨れあがる。濃い青は、信男ごとタナを消し炭に変えられそうなほど熱く速い。
「あはっ」
タナは自分の死を確信した。逃げ道は無し。ほんの少しでも被害を減らすよう姿勢を変え位置をずらしてはいるが焼け石に水にもならない。
しかし死が訪れるより速く、信男の分厚い筋肉が覆い隠した。
●
天使が晒した隙にはその場にいる全員が気づいていた。
しかしサーバントに背中を見せる訳にはいかない。皇 夜空(
ja7624)は天使から離れる方向へ駆ける。
「Check」
夜空のアウルが力を増す。
漆黒の脚甲が速度を落とさず振り上げられ、夜空のアウル由来の印が黒球連結型サーバントの喉笛近くに浮かび上がる。
『ExceedCharge』
起動音。アウルが脚甲から夜空とサーバントを結び、速度堅さ重さが揃った蹴りが黒球の喉を凹ませた。
「プログラムロード」
結希のスマホの上方数センチに浮かぶ黄龍が防御用アウルをタナ達に送りつける。
「制限時間が厳しいわよ!」
次の呼び出しで、五芒星がスマホ近くではなく夜空が一蹴りしたサーバントの至近距離に発現、発動する。
夜空の口角がつり上がる。結希の術が傷ついた核を粉砕。夜空が砕けゆく黒球を蹴り飛ばすことで方向転換し次のサーバントに向かう。
「Check」
『ExceedCharge』
宣言したのはファング・CEフィールド(
ja7828)。応えたのは片刃の大剣ジャガーノート。
ファングは敢えて防御を考えずサーバントに近づき、生じた赤いアウルを押し込む形で首、喉、胸、脇腹を粉砕した。
踏み込んだ脚の周囲が派手に陥没する。手抜き工事ではない。ファングの力と技が強すぎるのだ。
打ち合わせをしていないのに夜空と同タイミングで次のサーバントに近づき、濃厚かつ鮮烈な殺意を込めて刃を振り下ろす。
「後衛の援護にまわるッ! 効果時間に気をつけるのよ」
結希は天使に対抗するため後ろに走る。五辻 虎々(
ja2214)が残る2人のカバーに入る。
初撃と同等以上の一撃を放ったファングと夜空、それを迎え撃つのは残り2体のサーバント。
「ハッ」
夜空の敵に対する冷笑。黒球腕先端で弾かれ不自然な形で芝生にめり込む脚甲。
「敵戦力上方修正」
ファングが高速で数メートル後退。大剣と大剣がめり込んでいた黒球腕先端の接触面がに大きな火花が発生した。
「っ……くぅっ」
虎々が大きく息を吸って、吐く。
数秒前まで、強力な味方によって自分が戦う前に勝敗が決するような気さえしていた。だが現実は厳しく、下手をすると長期戦となり天使の逆襲をくらいそうだ。
黒鞘の両端から波打つ刃紋を持つ小太刀を抜きサーバントの背後へ移動。ファング達と緻密に連携すれば効率良く戦え見栄えもよかったのかもしれないが、虎々は豊富な実戦経験も高速な思考もない。
「いくっす」
1対1が2つの戦いに持ち込むことで、純粋な武力でいえば格上のであるファング達を完璧に抑えるサーバント2体。
その背後から、まず間違いなく強烈な反撃が来ることを覚悟の上で、踏み込んだ。
右のサーバントが左手を高速で回す。
「はやっ」
腕の先は見えなかった。でも予測していたのでぎりぎりでかわすことはできた。
右のサーバントが半歩下がって右肘に当たる部分を突き出す。
「ぐ」
回避直後なので防ぐしかない。左の小太刀で受け流し、勢いの弱った黒球を右の小太刀で切り落と……そうとはせずに基本に忠実に一撃加えて再攻撃可能な構えに移行する。
「我は神罰の地上代行者なり」
溢れるアウルが夜空の体を藍に染める。アウルが冷たい鋼糸となってサーバントに絡みつく。が、虎々1人で2体のサーバントの動きを乱しきることはできず、サーバントは不要な部位を鋼糸に捧げて夜空の攻撃をしのぎきる。
「高みの見物とはいただけないなッ!」
サーバントに命じた天使に敵意を向けつつファングが突く。
腕の先以外で受ければ半身が砕かれ、腕の先で受けても防御に失敗すれば腕ごと破壊されたはずだ。とはいえほぼ1対1なら防ぐことはできてしまう。
落ち着け落ち着けと頭の中で繰り返し、乱れそうになる息を意識して平静にしながら虎々が観察し、背後から重い斬撃を繰り出すことでサーバントを攪乱する。
放置すれば厄介と判断したらしい。サーバントは小さな球を取り出し、その正体に気づいた虎々が守りを捨てた。
小太刀の切っ先が、タナが精魂込めて創った爆弾を切り裂いた。平面の切断面が見えたのは一瞬のこと。本来の威力の半分に満たない爆発が生じ、投げ損なったサーバントは軽いダメージを、ファング達2人はかすり傷程度のダメージを受ける。
「いっ」
不十分な爆発でも虎々にとっては脅威だ。衝撃で腹の中がしてはいけない動きをする。悲鳴をかみ殺すので精一杯だった。
その頃、天使は身動きがとれなくなっていた。
怒りによって普段以上の力が引き出され大活躍、という展開はヒーローの特権だ。ただの天使では無理の代わりに疲労と負傷が生じる。
「このまま死ぬまで戦う? つきあってあげてもいいけど」
結希が傲然と天使を見下ろしている。
はったりだった。天使は回避や防御の力は残っている。時間が経てば炎による攻撃手段も回復するだろう。対する撃退士に余裕は全く無い。
「こっちはまだまだやれるっすよー」
天使に背を向けたまま虎々が大声を出す。
顔は冷や汗まみれで握力も低下していて後30秒耐えられるとは思わない。が、今は敵の心を攻めるときと確信していた。
天使が鼻を鳴らす。
2体のサーバントとタイミングをあわせて右に向かって跳躍する。掌に炎が復活するが、天使はそれを使おうとはせずサーバントを伴い住宅地に向かって飛び去った。
「助かった?」
虎々がへたり込む。
「あのままでも勝てたわよ」
3人くらい死んでいたかもしれないけどという台詞は口にせず、タナに介抱されている信男を術で回復した。
「一度下がるわよ」
次勝つために、撃退士達は一時撤退するのだった。