上品な茶色の道路が続いている。
傾斜があるのに滑る気配は全く無い。
野襖 信男(
jb8776)が倒木を左手一本で退ける。
1月前は見栄えがしただろう腐り木が、豪華すぎる農道の脇を転げ落ちて砕けた。
「ぐにゃぁ」
信男の右脇から奇妙な声が聞こえる。
「だいじょうぶかい?」
鈴木悠司(
ja0226)が身を屈めもせず横を見る。
彼の身長は平均かそれより上だけれども、信男の体格は素晴らしすぎて脇腹しか見えない。
その脇腹と太い腕に挟まれたタナ(jz0212)が、信男が一歩進むたびにだらしなく四肢を揺らしていた。
「ちゅかれたー」
Tシャツ短パン姿で天使の威厳などどこにもない。
「戦闘の可能性があるから……ね」
ハル(
jb9524)がうさ耳を装着させる。
言葉通りの意味で堕落した天使が、小さな声でありがとうと答えた。
ここは最寄り駅から5キロの場所にある新興住宅地の側だ。少なくとも、そういう宣伝がされていた筈の場所だ。
「この先に2家族住んでるのか」
五辻 虎々(
ja2214)の手にプリントアウトがある。名前性別年齢が載っているだけの素っ気ないものだが、多分住民票とかそういうものから移した個人情報だ。
「7人……だよな? 無事だといいけど」
なんとなくここにはいない気がする。
道路も遠くに見える建物も新しいのに全く生気が感じない。
唐突にうさ耳が伸びた。
うんしょうんしょと信男の体を伝って肩に移動し、タナが大きく身を乗り出す。
「先に言って置きますが、戦闘が起きたら逃走は止めておきなさい」
雫(
ja1894)が眼鏡をくいっと押し上げて注意する。
「仮に逃走に成功しても、貴方の上司は抹殺に掛かるでしょう。私達も逃げた貴方を追跡して、今度は捕縛で無く討滅命令が出るはずです。」
「はーい」
間違いなく半分も聞いちゃいない。
タナは目を細めて西の空を眺めている。
「……アレはお前の作品か?」
数時間ぶりに信男が口を開く。
空には、この季節この地域にはいないはずの鳥が6羽飛んでいた。
戦闘力に期待できないタナを連れてきたのはサーバントから情報を引き出させるためだ。
集中しすぎて気づいていないタナのこめかみを太い指でつつく。
「……知ってることを話せ」
「私が年末につくったのと劣化コピー? じゃなくてなんかもっと効率よくしよーとして駄目にしたっぽいサーバントが1の2の……うわーんよく見えない」
信男はごほんと咳払い。
「タナさん、要点要点。怪我、しない様に、絶対に護るから」
鈴木悠司(
ja0226)がにこりと微笑む。
戦場の気配を強く感じている彼の顔からは、急速に感情が消えつつあった。
「ちょっと待って」
だ天使がうんうん唸る。
騙そうとしているのではなくサーバントマニア以外に理解できる説明を考えている。
「確か自爆機能付き」
月丘 結希(
jb1914)のスマフォから術発動用の陣が浮き上がり、発動直前の状態で宙に停止した。
「自爆仕様のサーバント……空爆みたいなものね」
周辺の地形と建物の形状を確認する。
サーバントによる建物の攻撃を妨害するつもりなら、少し急いで配置につく必要がありそうだ。
撃退士達はサーバントを迎え撃つ班と家屋に向かう班に分かれる。
最悪の場合でも、最低限必要な情報だけは確保するための布陣であった。
●主にだ天使にとっての悪夢
夢前 白布(
jb1392)の脳裏に消そうとしても消せない言葉が浮かぶ。
『天使対人間って殺し殺されがデフォ』
タナの言葉が、少し引っかかる。
天使が白布の故郷を滅茶苦茶にしたように、タナもそれを悪いと思わないのかもしれない。
タナと正面から向き合いたいという気持ちは以前と変わらずある。でも、心にうまれた迷いは消えそうとしても消えてくれない。
大きく息を吸って、吐く。
「今はこの事は棚に上げておこう」
白布は撃退士だ。
己と仲間と守るべき人達の命を背負った状況で立ち止まりはしない。それは、平凡で何より幸せだった少年が得てしまった強さであった。
「タナだけに?」
だ天使が合いの手を入れ、信男に首根っこを掴まれ白布の目の前に下ろされた。
既にTシャツからケブラーベストに着替えている。
普段からは想像し辛い真剣な顔で右を見て左を見て、うんとうなずく。
撃退士は屋外だけで6人以上。今回は逃げられない。
「とりあえず、目の前の敵を倒す事に集中しよう。うん」
「うん。私もいちおー脅されてるって名目でサーバントと戦う。うん」
ただの少年少女のように、人間と天使がぎこちなく笑いあった。
「良い雰囲気の所悪いけど」
悠司は言い終えるより早く爆発的な加速で西へ飛び出した。
鳥型サーバント6体の動きが変わっている。
変わったのはタナを視認した瞬間だ。5体が胴体から暴力的なエネルギーを漏らしながら、1体が妙に漫画っぽい派手なポーズで、金のかかった家屋ではなく天使の裏切り者(?)に向けて加速したのだ。
「狙われてるよっ」
悠司が地表から突き上げる形で烈風突。
戦闘の1体が嘴から物騒なエネルギーをこぼしつつ後ろへ吹き飛ぶ。
中枢を派手に揺らした手応えがある。10秒くらいは停止しているだろう。
2体目、3体目、4体目が悠司の脇を通り抜ける。
悠司は焦らない。タナのことは仲間に任せ、5体目とすれ違い6体目に衝撃を叩き込み吹き飛ばし最初のサーバントにぶつけて地面に転がした。
これでサーバントは2体と4体に分断された。後ろの戦いも楽になるはずであった。
「君の仕えていた人は、君を見放したのかい」
白布の光纏が輝きタナを白く照らす。
「私嫌ってる人多いから」
なんで嫌われているのかなーと本気で悩む。
「真剣に見えないからじゃない、かなっ」
アウルが不死鳥を形作り白布の意思に従い飛翔する。
4体雁行の戦闘に衝突し、複数を巻き込む爆発を起こす。
「優先度の設定が無茶苦茶ね」
結希が立派な廃屋を背に庇い銃を構える。
口調とは逆に指先の動きは繊細極まりなく、攻撃意思が伝わった銃口から超高速でアウルが撃ち出された。
傷ついてもタナに向かい続けていた鳥の頭に小さな穴が開く。
サーバントの全身が弛緩し、無防備な状態でタナの目の前に墜落した。
「たぁっ」
シルバートレイでタナがぶん殴る。瀕死のサーバントは止めを刺されることもダメージを受けることすらなく、反撃でタナの足を思い切り突いた。
「いたっー!」
結希は無言でため息をついて銃の向きを微修正。息を吐き体の動きを完全に消して引き金を引く。
今度は鳥型サーバントの頭蓋が砕かれどろりと中身がこぼれる。
体のあちこちから漏れていた光は急速に弱り、消えた数秒後に小さな音を立てて煙が吹き出す。
「囮としては有効ね」
タナはとりあえず放置する。
家屋に近づこうとする鳥型サーバントにのみ銃弾を浴びせ接近させない。
「直衛の居ない爆撃機なんて、只の鴨よ、鴨」
結希の背後にあるのは天使が爆撃しようとした何かだ。鴨を撃つために守りを疎かにするつもりは全くなかった。
●苦戦!(タナだけ)
「タナ、離れたらダメだよ? ……聞いちゃいないね」
撃退士のアウルとサーバントの羽毛とだ天使の悲鳴が飛び交う戦場で、ファング・CEフィールド(
ja7828)は余裕のある態度で肩をすくめる。
重装の光纏は音もたてず、腕部装甲に刻まれた一節が陽光を浴び鈍く光っていた。
「しかし、ナイトヘーレ、君とこうして肩を並べるとは思わなかったよ」
騒ぐタナを視界の隅に入れつつ話しかける。
そうしている間もスナイパーライフルによる銃撃を続け、妙に動きが派手なサーバントに複数の穴を開けていた。
「全くだな赫。貴様とこうして肩を並べるとはな」
鏡のように光を反射するモノクル状の光纏。その影にある皇 夜空(
ja7624)の瞳が強い光を放つ。
対戦ライフルを狙撃銃のごとく扱い、瀕死の、しかし4体の中では飛び抜けて強い鳥型に銃弾を送り込む。
漫画的演出過剰ポーズからの急降下。
タナ作サーバントが実力1割運9割で強烈な一撃を回避し、お供の2体を連れて創造主を手にかけようとした。
「……む」
信男がタナの前に割り込み2体のサーバントを押さえ込む。
案外鋭いくちばしが肌を裂くが信男は一歩も下がらない。
「ぎにゃーっ!」
残る1体がタナを追いかけ回す。
声は気楽でも怪我は深刻で、撃退なら入学直後でも打ち身で済むのに大きく避けている。
「オレが」
ファングの視線が急速に冷える。
彼の価値観では、しばらく放っておけば間違いなく撃退士になるはずの、現在撃退士でないタナは民間人だ。元はいえ軍人の彼にとり、彼女の負傷はこの上ない不名誉だ。
「お前を、裁く」
長い足を振り下ろす。
精妙なコントロールによって凶悪な力が頸部に叩きつけられ、鳥型が悲鳴も洩らせず絶命した。
ファングは油断しない。
本当に死んでいるか、死んでいたとしても爆弾が健在でないか目と耳で確かめる。
そして一度だけタナの周辺に目を向ける。
「心配なかったかな」
再度足を振り落とし、仮に何か潜んでいても何も出来ないほど完璧にサーバントを砕いた。
信男からサーバントの相手を引き継ぎつつ夜空が問う。
「タナとやら、お前は一体なんだ?」
タナはみっともなく悲鳴をあげる。情けなく背を向け逃げ回る。
「年齢的にっ」
くちばしに頬の肉を裂かれても回避の速度は変わらない。
「ロリババァ?」
頬から空気が漏れてで発音が妙だ。
「ハ」
夜空の口の端が三日月の如く吊り上がる。
この天使は恐怖を知っている。知った上で足がすくまない。まず間違いなく最期まで足掻く、イカレた生き物だ。
ファングがタナの援護を止めたのも、タナの動きに気付いたからだ。
哄笑と共に発射直後のライフルからアウルの残滓を排夾、濃いアウルがX字に広がる。そのまま再装填せずタナを追い回すモノを襲う。
「エェェェェェエエエグザァァァァアアアアアアムッッ」
光纏が皮膚にそって全身に広がる。
鋼の綱のごとく鍛え抜かれた筋が膨大な熱を発する。
「裁けエェェェエエエエッ!!」
サーバントの必死の抵抗を気にもせずに体ごと叩きつける。
薄く弱い筋では半秒も抵抗できず、羽も皮も骨も心臓もまとめて押しつぶす。
血みどろの狙撃銃を軽々振るう夜空を見上げ、タナはぴぃと心底震え上がった悲鳴をあげていた。
●処理完了
悠司が足止めし瀕死にまで追い込んだサーバントが、最後に残った命を燃やし飛んだ。
埃まみれの勝手口が内側から蹴り開けられる。
「狙いが此方という事は、何か重要な情報がある訳ですね」
回転式拳銃に込められたのはアウル製銃弾ではなく純粋なエネルギーだ。
雫の手元から伸びた光が血塗れの鳥を頭から両断し、控えめに表現しても汚い残骸が地面に転がっていく。
「……」
半瞬遅れて飛び出した虎々が何かを呟いている。
落ち着け、大丈夫と繰り返しているが、今この場に彼の言葉を聞けるほど余裕のある者はいない。
訓練を繰り返した体はいつも通りに動いてくれる。
敵も模擬戦の相手より多分ずっと弱い。
でも、血と埃と土、要するに濃厚な死と戦場の臭いが虎々を怯えさせていた。
「っ」
生きているサーバントが現れる。
悠司に9割方殺されてはいるが動きは鈍っていない。
虎々は驚きで頭が真っ白になる。だが、仲間の力になりたいという思いが武器を持つ手に訓練通りの動きをさせた。
クロスボウの矢が鳥の胴に刺さる軽い音が響く。虎々はようやく落ち着きを取り戻し、口元を引き締めて第2の矢を放つ。
鳥の必死さが悪運を招き寄せたのか、嘴に矢が刺さるだけでサーバントが生き延びた。
ハルが矢から指を離す。
アウルの矢がさすがに動きの鈍った鳥型サーバントに的中。鳥は呆気なく力を失い地面に転がった。
これで残りは1体。
タナ製サーバントが思い切り反転する。
しかし反転直後の加速前に逞しい掌で喉を握られる。
信男の筋肉が膨れあがる。
鳥の頸骨が砕ける直前、今の上司ではなく創造主が仕込んだ命令が発動し強引に起爆した。
不完全燃焼な爆発に推されても信男の体勢は崩れない。
「……この程度の風で倒れるようなら、壁とは言えない」
防御中もヒールを飛ばしていたので回復手段は品切れだ。はひゅーはひゅーと運動不足故の呼吸をするタナをハルに任せる。
「じっとしてて」
自分のアウルを小さく分けてタナの頬に当てる。
びくんびくんと天使が痙攣しているのは喜んでいるのだろう。多分。
「致命傷は無い? 大丈夫?」
悠司が目の前で手を振ってもタナの瞳は虚ろなままだ。
「あんまり手間かけさせないでよね」
結希が呼び出した玄武が癒しの力を吹き付け体力満タンまで回復させるのだった。
●てがかり
「タナだったら……大事なモノ、何処に隠す?」
「スマフォの中!」
ハルの問いに珍妙な答えを返すタナを放置し調査が進む。
「諜報や防諜の専門家が関与した気配はないですね」
パソコン内部のハードディスクは既に雫が確保済みだ。
天使の増援が来ても即座に逃げられるよう、書類はスマフォで撮影してから持ち運びやすいよう括ってタナに持たせる。
「子供が2人だから子供部屋もある、よな。単独行動はご法度……だっけ。ハル、よかったら」
虎々の提案にうなずき、ハルがタナの手を引き奥へ向かう。
奥に限らずデザインが懲りすぎていてどこに何があるのかよく分からない。
「掘り返すのと、散らかすのは、違う……よね? 」
ハルの白い手が廊下の装飾を容赦なく引きちぎる。
「見た目より手抜きですね」
雫が眼鏡を通して内部を観察する。
隠し通路も隠し部屋もないが大型金庫らしいものが遠くに見えた。
そこで二手に分かれる。
虎々は子供の用のベッドがある部屋を見つけ内部を確認、埃を被ったゲーム機を見つけた。
「ハンコとか捺してある紙は、大事、だよね……きっと」
背後ではハルが通信簿、賞状、ラジオ体操のカードに至るまで書類入れに回収している。どんな情報が核心への扉を開く鍵になるか分からない以上、どこまでやってもやり過ぎではない。
「またパンフ?」
こことは別の宅地のパンフレットをゲーム機の下から抜き出す。
ざっと目を通してみる。
「んー?」
違和感があった。雫から画像データを送ってもらって別のパンフとも見比べる。
「この家親は若くないんだよな。でもこれ」
若者向け過ぎる。まるで家族全員が若者であることを前提にしたような、西洋風というより天使風のものばかりだ。
「私は見てないよー」
珍しく真面目な顔で見ざる聞かざるの構えのタナ。それを無視して回収を進める撃退士達。
「何かあったら私達を頼りなさい。私程度でも貴方の命を守るぐらいは出来ますから」
様子を見に来た雫はそう言い残し、廃屋から拝借した台車で荷物を運び出していく。
帰り道。撃退士の間ではしゃいでいる、久遠ヶ原堕天使にしか見えないだ天使が大勢の目に触れた。