連動企画・広報

タイトル
『ぶらり海原と中原旅』
原案
アマラ
執筆
高山理図

「コレ、食えるのか?」

 狩人弟は真顔で質問をしていた。

 その日、構築歴8年の厚生労働省所管の日本アガルタ機構、第27管区のある集落は騒然としていた。集落の狩人兄弟が奇妙な動物を捕獲して、27管区主神の赤井の元に持ち込んできたからだ。赤井は差し出された生物を真正面から観察する。なんとなくカモノハシに見えないこともないが、足の先は水かきだ。

「俺は食えると思う」

 狩人弟が繰り返すのも無理はない。ルックスが危険すぎだ。基本的に見つければ即食糧、即捕獲という思考回路の集落の民であっても、さすがにこの生物の外見に関しては食用に適するかどうか心配になって赤井に確認に来たらしい。

『た、食べられません……

 赤井は未知の動物に、衝撃を受けていた。

(ていうか何この生物……アウトくさいでしょこのデザイン。デザイナーさん!)

 と、赤井は動揺しながら姿の見えない仮想動物デザイナーにうったえかけた。

 現時点で毛のない獣しかいないアガルタ27管区も相当キモ動物揃いだという話もあるが、それに輪をかけてキモい生物の登場に、赤井もリアクションに困っていた。

 狩人弟に両脇をかかえられたカモノハシもどきは、きょろきょろとあたりを見回すと、くちばしを大きく開き、目を見開ひらく。そして

 

「わん! わんわん! わうーん!」

 と吠えた。想像の斜め上をいく鳴き声に思わずたじろぐ赤井であったが

(はっ! そうか!)

 彼はひらめいた。

(仮デザインだよこれ! そうだよ、まだこれ本決まりのデザインじゃないんだよ。それかデザイナーさんが疲れてるときに作っちゃったやつとか)

 若干、そうであってほしいとも思う。現実世界で彼のサポートを担当する構築士補佐官の西園に聞くまでもなく、元の場所に戻すべきだと彼は意気込む。

 

『とりあえず、その洞窟はどこです? 私がこの動物を元の場所に戻しに行きます』

 急いだほうがよさそうだ。仲間がわらわらと大量にどこかから湧いてきてはいけない。

「なんだー食えないのかー」

 狩人の興味はというと、食材になりうるかの一点だった。

『これ、食べたい、ですか?』

「わんわんわん!」

 真顔で尋ねる赤井に、狩人は顔をしかめる。

「何いってんだ、当たり前のこと聞くなよ」

「わん!」

 素民の食欲と怖いもの知らずの胃袋に赤井が感心していたところ、捕食の気配を感じ取ったのか、カモノハシもどきは蹲り、ぷるぷると震えるとその場で卵を産んだ。狩人弟は産みたての卵を掴み取ると、目にもとまらぬ速さで走り去って行った。目玉焼きにでもするのだろう。

 狩人の証言にしたがって集落のはずれの森の中を、謎動物を抱えた赤井が歩いてゆくと、洞窟に突き当たった。これまで赤井が把握していなかった洞窟た。洞窟の入り口には、青い光の膜のようなものが立ち込めている。

『これ、知らない洞窟だ。バグ以外にありえないな』

「わうーん!」

『お前もそう思うか、よしよし』

 確信を持った赤井は、状況を確認するためにカモノハシもどきを抱え、洞窟への距離を詰めた……その時である。彼らは青白い光に全身を包まれ、彼とカモノハシもどきは、忽然と27管区世界から消えてしまったのだった。

 それは瞬く間の出来事だった。

 

 次に、彼はまっ逆さまの天地が逆転した状態で空中に浮いていた。

 正確には、浮いているのではなく落下している。

 紛れもなく自由落下の最中であった。

 

『ひぃいいいいー!』

 情けない話、新神である赤井は飛翔が苦手だ。無理をしてできないこともないが、地面から数センチほど浮くのがやっとのド下手クソだった。

 そんな状態で、この高度からの落下である。人間であれば死を悟り走馬灯が巡り、恐怖に慄いて念仏でも唱え始めてしまうことだろう。しかし赤井は違った

 

『えーと待てよ、私の質量が10kgとして、落下距離hが2000メートルはあるから、地球と同じ重力加速度gと想定して、9.806、空気抵抗係数kが0.3ぐらいと仮定すると……

 現実逃避がてら、対地衝突速度や衝撃の計算を始めてしまうのがこの男である。

 インフォメーションボードも起動せず、概算で手早く算出する。

 

『111秒後、落下速度65km毎時で地面に激突か……えー! やだなぁもう。ミンチじゃないの!』

 不死身の彼は墜落死を想定することはなく、体をこわばらせ身構える。というのも、彼はたとえミンチになったとしても不死身だ。粉砕されれば一番大きな肉片から、プラナリアのように少しずつ時間をかけて蘇生することになっているのだ。それはそれで、体験するのは地獄の苦しみなのだが。

 

『痛そー……

 そんな言葉も空しく、ほぼ計算通り110秒後、彼は高い木々の生い茂る森の中にダイナミックに墜落したのだった。一時的に動けなくはなったものの、木枝に衝撃を緩衝され血をみずにやり過ごしていた。ギリッギリ無事だったな、と赤井は安堵する。

『は! そういやあいつどこいった?』

 この世界に入るときに見失った、カモノハシもどきの珍獣がいない。

(あの謎動物、無事だったのかな)

 暫くカモノハシもどきの姿を捜していたものの、彼は謎動物の心配をしている場合ではないことに気がついた。この世界への入口が遥か上空だ、とすると……

『ちょ、あそこ? あんな高いの? 勘弁してよあそこまでは飛べないよー』

 今度は自分が元の世界に戻れなくなってしまった事に気付き、赤井がへこたれていた頃。彼の背後から雑草を踏み分ける音が聞こえてきた。反射的に身をかがめると、そこに現れたのは少女のような外見の清楚可憐な、背中に白い羽根を背負った天使だった。

(わー……このスタッフさん、美人さんだなー)

 彼女の名はエルトヴァエル。

 「海原と中原」において、土地神・赤鞘の担当を受け持っている天使である。少女の非の打ち所のない完全なルックスと27管区でもよく見られる貫頭衣から、赤井はすっかり彼女をこの世界の管区スタッフだと早とちりをしてしまった。なら話が早いと、至って普通に声をかける。

『あのー、お忙しいところすみません。私、27管区の赤井というものなんですけど、今お時間あります? 一分でかまいません、お手間はとらせませんので』

 キャッチセールスでも始めそうな、怪しい話の切り出し方だった。

 

「勿論、構いませんが。赤井様、で宜しいでしょうか。どのようなご用でしょう」

 大木に向けて広げていたメジャーをしゅるんと巻いて、エルトヴァエルは赤井に向き直る。不意に声をかけられ、動揺しているかのようだった。エルトヴァエルは穏業を行って隠密活動中でいたので、姿は並みの人間には見えない。なお、エルトヴァエルの陰業は見えにくいことで知られている。それを見破られたものだから、警戒をするというものだ。

 それに、この「海原と中原」という世界の全ての神天使、悪魔の名を暗記している彼女をして、アカイという名は聞いたことがない。それも不自然だ。きわめつけに日本語を操る、ときた。

『えーとすみませんでした、何をされているんです?』

「神木候補の選定をしております。今は出来うる限り頑丈なものを探している最中です」

 神様に申し付けられたものです、間違いがあってはいけませんから。真面目な面持ちでそう言われても、赤井はぴんとこない。

(神木って何だろう、知らないなー。神社の横とかに立ってるやつかな)

 言葉の認識が間違っていたらいけないと思い、詳しくは聞かない。よそはよそ、うちはうちの精神である。それにしても、彼女が選んでいるものは神木の名に恥ずかしくない立派な大樹で、彼女は大量に樹木の特徴についてメモをとっている。ちょっと木を見繕うためのメモとしてはおかしいのではないかというデータ量が書き付けられてゆく。この人、できる人だな、と赤井は感心する。真面目に働いているスタッフの仕事の邪魔はしたくない。

 というわけで赤井は早々に

『お忙しいところすみません。私日本から来たんですが、この管区の神様、どこにおいでです?』

 日本語と呼ばれる異世界の言語を聞いたエルトヴァエルは、すっかり赤鞘の友神か何かだと勘違いしてしまった。それに、神話から抜け出してきたような白衣を着て、神様アピールをしているとしか思えないでたちである。

「赤井様は日本からおいでになったのですね」

『はい、こちらのサーバーに迷い込んだようでして』

 サーバーって何だろう。そう思ったエルトヴァエルだが、詳しく聞くのも不躾かと躊躇われる。

「さようですか。赤鞘様はこの先の土地にいらっしゃいます。ただいまご案内いたしますね」

 そういう事情ならと、大荷物を横に置いたエルトヴァエルは、わたわたと荷造りを始めた。それを見た赤井は

『お忙しいようなので、お手を煩わせるわけにいきません。場所を教えていただければ自分で参りますのでお構いなく』

 考えてみれば見るからに忙しそうな、任務中の天使に案内を頼むほど赤井も急を要するわけではない。

「そ、そうですか? では、この先をまっすぐ進んでいかれて……

 懇切丁寧な説明と詳細すぎる地図まで書いて手渡してくれたおかげで、赤井にはもはや彼女の直接の案内は必要なかった。地図を貰いながら、彼女の生真面目さに驚かされる。

『ご親切にありがとうございます。お仕事中に失礼しました。では、またー』

 彼を見送ったエルトヴァエルは、赤鞘といい、日本神は腰が低いという印象を懐いたのだった。そして彼女はおもむろにメジャーを取り出すと、神木の選定を再開する。

「うん、これにしよう」

 彼女は大きく頷いた。目当ての神木が決まったようだ。この一帯の森の中で、紛うことなく一番立派な精霊樹。丈夫に育つように、そんな願いを込め彼女は自信をもって、その木の実になっていた種を、そして苗を採取した。赤鞘の期待にこたえたい、そんな思いを胸に彼女は荷物を集め、苗や種をカゴに入れると、大事そうに抱えて純白の大きな翼を広げ空へと飛び立った。

 赤鞘に頼まれた彼女の最初の仕事は、順調に佳境を迎えていた。

 

『このあたりの土地、荒れてるなー。どうなってんだろ』

 森を抜け、まっすぐに平地をひた歩きながら、赤井は土地の荒廃ぶりを気にかけていた。赤井にはこの世界に存在する魔力は見えないものの、生態系に起こっている異変には気づく。

 動物の姿も見えないわ、草木も生えていないわ……この土地一帯が寂寥としている、活力に乏しい。畑ひとつもないだなんて、本当に神が管理している土地なんだろうか? などと疑問も浮かぶ。

 

『土壌汚染でもこうはならないし。旱魃でもあった地域なのかな』

 しかし根本的な原因は分からず、それらしいことを呟くのがせいぜいだった。インフォメーションボードが開ければ赤井の細かい性格的に徹底的に環境分析にかけるのだが、こちらの世界に来てからというもの、どうやらボードの展開はロックされているらしい。こうなると情報に依存している彼は無力だ。

 

 目をこらしつつ、えっちらおっちら歩いていると、遠くに薄ぼんやりと人影が見えた。

 ちょうど人恋しくなっていた頃である。

(誰かいる!)

 しかし、どことなく人影は蜃気楼のような、角度によっては透けているようにも見える。

 赤井が駆け寄ると、地面に座り込み、赤い木棒のようなものを地に向けてかき回すしぐさをしている和服の青年に遭遇した。彼が握っているものは鞘、なのだが、ぱっと見は棒にしか見えず、何なのか赤井にはよく分からない。

 しかし彼こそはこの付近一帯の土地管理を太陽神アンバレンスに一任された武芸者、土地神・赤鞘そのひとに他ならなかった。日本の土地神であった彼は最高神に乞われてこの「海原と中原」に引越し、地中にある魔力の塊を鞘でかき混ぜて散らそうと奮闘しているところだった。

 

『はじめましてー』

 そんな、繊細かつ集中力を要する任務中に空気も読まずやってきた、能天気な赤井である。

「はじめましてー」 

 赤鞘が答えた。実を言うと、荒地をぶつぶつ言いながら接近してきた赤井の声は、随分前から赤鞘の耳に届いていた。そして赤井の話す日本語は、異世界に着任した赤鞘の耳には懐かしいものだった。

 誰だろう。天使か神かそれ以外のどれなんだろう、でも気配が妙だし、精霊とも違うし。などと赤鞘が考えていた頃合だった。

『お仕事お疲れ様ですー、私は赤井と申します。二十七管区の主神をやらせてもらっています』

 あ、神だったんだ。と、赤鞘は言われてようやく認識した。そのぐらい、赤井の気配は異質だった。

「お疲れ様ですー。私は土地神の赤鞘と申します」

 とはいえ、同じ神だとは言いながら、事情は全く異なっていた。

 かたや赤鞘は数百年を経た由緒正しい土地神であり、赤井は未来日本の科学技術で仮想世界のアバターに乗り「神様役」を演じている公務員である。しかし新任の赤鞘は、こっちの世界にはこんな変な気配の神もいるのかな、ぐらいの感想を胸に懐くにとどまった。というわけで

『これはこれは。お世話になってますー』

「や、こちらこそ」

 お互いに素性を知らないながらへこりと頭を下げ、無難なラインで挨拶をかわす。赤鞘は胡坐からいつの間にか正座になっていた。一応、客神の来訪に気を遣っていたようである。

 

『ああ、あなたが赤鞘先輩ですか!』

 赤井はぽんと両手を打った。体育会系出身の赤井は、年長者に会えばむやみやたら先輩をつけてしまうのだ。さっき、そういや天使が赤鞘様って言っていたし、と赤井は思い出す。さらに同じ赤系の名前だし、赤い羽織なんて着ているし、同じプロジェクトグループの神なのか、などと早合点して妙にシンパシーを覚えていた。

「私って、先輩なんですかね?」

 先輩と呼ばれると、赤鞘は途端に自信がなくなったらしい。

『私、この道八年目なんです。先輩は何年目で?』

「さー。細かい年数は忘れちゃいましたねぇー。数百年ぐらいなのは確かなんですけど」

『えー! めちゃくちゃ先輩じゃないですかー!』

「まぁまぁ、あー……まあねぇ」

 そう言いながら先輩風を吹かせることもなく、赤鞘は飄々としている。それに腰が低く謙虚だ。そんな赤鞘に対して、赤井は憧れのまなざしを向けるのだった。そしてキャリアを積めばその立派な和服のコスチュームも支給されるのかー、などと頓珍漢なことを考える。

『先輩、つかぬことをお伺いしますがそのコスチューム、下着もあります?』

「え? 褌とかですか?」

 この人何を言っているんだろう、と赤鞘は怪訝な顔になる。

『えー! あるんですか、羨ましいですねー』

「いや、え? 逆に何で赤井さんは下着つけてないんです?」

 もしかしたら変態かもしれない。と赤鞘は引きつった笑顔を浮かべながら若干不安になってしまったのだが、赤井は単に制服である白ワンピ以外に下着を支給されていないのが常々不満だったので質問をしただけだった。褌だろうと何だろうと、下着がほしいと思っていたところだ。

 

『すみません先輩、変なことで取り乱して。下着はさておき、私まだ若輩者なんで名刺持ってないんですよ。失礼したなあ』

 社会神たるもの、初対面では名刺を交換するものと念頭にある赤井が悪びれると、赤鞘も慌てて

「私も名刺なんて持ってないですけど……そっか、そうですよね。名刺かー。用意しとかないとですねー。あっはっは」

 初対面の相手であっても、とりあえず笑ってごまかしつつ無難に挨拶を交わすところは二柱揃って日本神らしかった。赤鞘はそうやって頭を下げあっている間も、手を動かし続けることを忘れなかった。

 

『ところで先輩、その動作。この、ぐーるぐーるやってるの。何なさってるんですか?』

 あまりに安定した動作で地面へ向けて鞘をかき回しているものだから、赤井も思わずつられて手を回したくなる。

「これ? あーあーこれですかー。これは話すと長―くなるんですよ」

 赤鞘が五分ほどかけて説明してくれたのだが、赤井にはさっぱりだった。なにせ世界のルールが違いすぎるのだ。まず、この世界に存在する魔力の意味が分からない。しかし赤井は分からないながら、とにかく赤鞘の手を止めてはならないらしい、ということだけは理解した。

「ね、地中に巨大なエネルギーの塊があるの、見えるでしょう。これを散らすと、ここに動植物が住めるようになるんですよ」

 ホラ、と地面を指差す赤鞘の指先を追って見るが、赤井は地下構造など見えはしない。人体を透かし見るのでやっとだ。インフォメーションボードがあれば別だが、今は起動しない。

『見えません先輩! お恥ずかしながら』

 早々にギブアップした赤井だが、精進しないといけないな、と反省する。

「あっはっは、まぁ気にしないでください」

 引きつった笑顔で応じる赤鞘。

 これまで雑魚神を自称してきた赤鞘だったが、赤井のさらなる雑魚っぷりを見て、もしかするとそれほど雑魚じゃないのかも、などと自分を見つめなおすきっかけになったのはここだけの話である。実際、数百年間も土地の繁栄と豊作を司ってきた赤鞘はアンバレンスがわざわざ引き抜きにくるほど、かなり有能な神物であった。そんな先輩神・赤鞘の仕事の邪魔になりまくっていると気付いた赤井は、空気を読んで早々に撤収することにした。

 

『お仕事中申し訳ないんですが、元の世界に戻る方法をご存知ですか?』

「元の世界って? 日本のことですか?」

『えーと、あれは日本……なのかな? はい日本です。OKです、日本です』

 赤井の中では日本サーバーという意味だったのだが、赤鞘的には日本といえば日本である。

「あーわかんないですねー。そういうのはエルトヴァエルさんとかアンバレンスさんに聞かないと」

 アマテラスオオミカミの許可を得てアンバレンスに連れてこられたからには、もう日本に戻ることはないのだろう、そう思うと赤鞘も故郷が懐かしくはある。

「懐かしいなー日本……」

 そう言って赤鞘が懐かしがっているのは少なくとも20XX年までの日本であるのだが

『ですよねー懐かしいですよねー日本』

 赤井は約百年後の未来日本を指していた。この点で、二柱の指す場所は日本ではありながら微妙に時間軸が違っていたのだが、その相違に互いが気付くことはない。

 

「私……アイス食べたいです」

 

 赤鞘が真面目な顔でぽつりとこぼした。ついでにおいしいお水で淹れたお茶も。と付け加える。日本というワードを聞いて連想したのだ。

『確かに。暑いですもんねここ、キーンと冷えた冷たいものが食べたいですよねー気持ち分かります』

 赤井も大きく頷いて全面同意する。

「赤井さんはこう、食べたいものとかあります?」

『もんじゃですよ……アッツアツのもんじゃが食べたいんです!』

 この業界に入って以来一貫してそれだけを要求してきた赤井である。今更要求しなおしたって、バチはあたらないだろう。赤鞘がドン引きするほど、赤井の言葉には熱がこもっていた。

「え、でも今冷たいものが食べたいって言いましたよね」

『もんじゃは別です』

 うん……そっか。と赤鞘は穏やかな笑顔を浮かべた。面倒くさい人だ、とうっすら気付いてしまったからだ。

「ていうかあの、もんじゃってもんじゃ焼きのことでいいんですよね」

『ですよ!』

 赤井は鼻息を荒くする。

「そんな食べるのにハードル高い食べ物じゃないと思うんですが」

 日本に戻ったら、すぐ店に行けばいいじゃないか。赤鞘がそう思うのも無理はない。

『あと992年ぐらい食べられないんで、余計に食べたさ募ります。ということは赤鞘先輩、最近食べました? もんじゃ』

 頻繁に食卓にのぼるものでもなければ、ご当地の人間でもない限り食べる機会に恵まれたものではないだろう、と赤鞘は困る。なにせ土地神である赤鞘は一年に一度、神無月に出雲に行ってそこで好きなものを食べるぐらいだ。もんじゃといえば東京が本場で、出雲のものではない。出雲なら、赤鞘は出雲そばを選びたい。宍道湖のしじみを堪能するのでもいい。敢えてもんじゃという選択肢はなしだ。

 

「食べたことが全くないとは言いませんけど……数年前ですよ」

 赤鞘的には、そんなに熱弁をふるうほど美味しいものだとは思えなかった。それより、お好み焼きやタコヤキの方がよほど……と言い掛けたものの、赤井が

『美味しいですよねー。もうあれ週3とかでもいけますもん、週4でもいい。ヘルシーだし毎日でもいいですよね。ふわっふわのキャベツと〜、豚コマとチーズ明太子も混ぜ込んでー。あーもーだめ、もーだめですよ何言ってんですか赤鞘先輩そんな、海鮮スペシャルだなんて』

「あ、ははは。そう……です、ね」

 特に同意していない赤鞘を差し置いてウザさ全開で妄想しているので、水を差せる空気ではなかった。

『で、プレミアムビールをやる、というわけです』

 くーっと! とエアビールを煽る赤井を見ていたものだから

「今、地味な飯テロしましたよね赤井さん」

 赤鞘は若干引きつつも、ますます腹をすかせる結果となった。そしてどっと今までの疲労が押し寄せ、片手で肩をほぐしはじめた。それを見た赤井は申し訳ない事をしたと反省し、

『先輩、お疲れでしたら肩でも揉みましょうか。私、これでも得意なんですよ』

「や、そんなわけには」

 と一度は遠慮はしたものの、五分後には……

「すいません、もっと左で」

『ここですか?』

「そこですそこです。あーいい塩梅です」

 赤鞘は気持ちよく肩を揉まれていた。赤井は労働に疲れた彼の世界の住民を慰労するために、祝福とは別によく肩揉みをしていたものである。揉みにも年季が入っていた。

 十分後、半目になりつつあー、と魂が抜けそうになっている赤鞘の耳に、赤井の独り言が聞こえてきた。

……つっても、どーやって帰ろうかなぁ。皆、捜してるだろうな』

 赤井は肩を揉みながら、これからのことを思案していたらしい。雲ひとつない青空を困惑顔で見上げるその横顔には、おうちかえりたいオーラが見え隠れする。

「あ、そうかそうか! そうでした、ちょっと待ってくださいね。アンバレンスさんに電話かけますから」

 赤鞘は思い出して、がさごそとスマホを取り出した。取り出したそれを誇らしげに赤井に見せる。

「これ。スマホタイプなんです。いいでしょう?」

 しかしそれを見た赤井は内心

(ハンディタイプとは随分旧型を使ってるんすね、先輩)

 ウェアラブルで立体投影デバイスが標準だった未来世界出身の彼はそんな感想を懐いていた。そこで

『いいですね、レトロで。そのフォルム、味がありますよ! 渋いです!』

 褒めたつもりが知らず知らずのうちに失言になっているというのは、残念ながら往々にしてあるものだ。

「はい、レトロ? これ最新型なんですけど」

 何がどうレトロなのか分からなかった赤鞘は口を尖らせる。まあいっか、とさして気にせず、そのスマホでおもむろに電話をかけはじめた。通話相手は「海原と中原」が最高神、太陽神アンバレンスである。

 

「あーもしもしー。赤鞘ですー。どうもどうも、お世話になってますー」

 最高神を相手に話しているとは思えないほど、赤鞘の口調はくだけていた。

 

「じゃあ、来ていただける流れで。はいーはいはいー。お待ちしてますー」

『どなたにお電話を?』

 誰かがこの場に来ると聞いて、赤井は恐縮してしまう。会話の流れからして、相手は神だろう。

「アンバレンスさんっていって、この世界の最高神の方です」

『ええー! そんなお偉い方呼んじゃって大丈夫ですか?!』

「偉いんですけどねー。あの人、いや神様ですけど、おっそろしくフットワーク軽いんですよねぇー。まあ、なんにしても、こういうのはアンバレンスさんの担当ですからね」

『そうなんですか! よかったーこれで私も戻れる!』

 アンバレンスを待っている間、帰還の目途がたってほっとした赤井は、今更になってふと真面目な面持ちで

『赤鞘先輩。もし差し支えなければあなたご自身のことや、これまでのお仕事のこと教えていただけないでしょうか』

 と教えを請う。先人に学べとはいったもので、神様業をやって数百年のキャリアがある先輩が目前にいる。この絶好の機会をものにしない手はない、そう思ったのだ。赤鞘は現在魔力の塊をぶん回し中ではあって、高度な集中力を必要とはしながらも、もともとマルチタスクの得意な神である。

 赤鞘は「といっても何話せばいいんでしょうかねー」とのほほんと呟きながら、つど赤井の質問に返すような形で、ぽつりぽつりと彼の過去について言葉を紡いだ。

彼は生前、江戸時代に諸国を漫遊していた武芸者であったこと。野武士たちに襲われた村人を救うために、戦死したこと。そして村人たちにその死を惜しまれ、祀られて土地神になったこと。数百年間という年月、土地神ーズハイになりながらも一意専心、豊穣と繁栄を司る土地神として土地管理と村人たちの見守りに励んできたこと。村の過疎化によって信仰する人々を失い、神社とともに存在が消え行くのを待つばかりだったところを、アンバレンスの招聘によって新天地で土地を得て、再び土地神の任につくことになったその意気込みなど。

 そして、インターネットもしたいし、アイスも食べたいこと。

 いい話だなー。と相槌を打ちながら彼の過去を聞いているうちに、赤井はじわじわと気づいてきた。

 

(え、ここってもしかして仮想世界でなくて異世界なの? 赤鞘先輩って……本物の神様?)

 非科学的なことは信じない主義の赤井だが、そうも言っていられない。

 

(もしかして、私、大変な人物に会ってる?)

 

 血の気が引いた赤井に気づかず、赤鞘は何かに気づくと、明後日の方向に手を振る。

 最高神アンバレンスの姿が見えたのだ。

「あ、アンバレンスさん」

 どこからともなく現れたアンバレンスは、赤鞘と一言二言挨拶を交わし、そして赤井をしげしげと見つめて驚いていた。

「いやー、マジでー? 奇跡体験だねぇー!」

 その気になれば過去も未来もなく様々な世界を往来できるアンバレンスだが、未来からの来訪者というのは珍しいのだ。

「お疲れ様ですアンバレンスさん。立ち話も何なんで」

 赤鞘の言葉で、彼らは円陣になって地べたに座した。といっても三人なので三角形である。

 

『私、どうやってここに来たんでしょうね』

 カモノハシもどきを追いかけていて、ここに迷い込んでしまって。とアンバレンスに経緯を説明する。

「あっはっは。そりゃお困りでしょうね。あれはアグコッコっていうんですよ」

 きっしょいでしょ、とうっかり言いかけたアンバレンスだったが、思いとどまった。赤井の世界の獣も、いい加減にしろというほどきしょかったからだ。お互い様というものである。

『じゃ、長居するのも申し訳ないんでそろそろお暇させていただきたいと思います』

「あ、そうだ。赤井さんもここで土地神やっていきません?」

 アンバレンスは赤井を誘ってみることにした。

 もともと世界を管理するために神の手が足りていないのだ。土地管理のノウハウもないド素人の新神であっても人手はほしい。これから赤鞘に土地神としての教育を施してもらえば、同じ日本神ではあるし勤勉ではあろうし、そこそこのモノになるはずだ。そう見込んだのだが、そんなアンバレンスの思いとは裏腹に、

『光栄なんですが、私には無理そうです』

 赤井はきっぱりとそう言いきった。土地に対する思い入れと赤鞘の話を聞けば聞くほど、土地管理は、赤鞘だからこそなせる業だ思い知った赤井である。赤鞘はのほほんとしているが、土地神として恐ろしく有能な人物だと言葉の端々ににじみ出ていた。そしてなにより、土地に対する思い入れが違う。彼のようにはなれない。

『やー私、普通の人間ですからね。それにほら、契約もありますし』

「はい? 契約?」

 赤鞘は意外そうに首を傾げる。

『千年間、仮想世界で公務員をやってるんです。給料も高額ですし責任もありますし』

 総額四十億と聞いて一旦は面食らったアンバレンスと赤鞘だったが

「いや、単純に千年で割ってみましょうよ赤井さん。それ年収四百万ですよ、破格でもなんでもありませんよ。総額マジックに騙されてるだけですよ」

 アンバレンスに身も蓋もないことを言われてしまった。

『そりゃまあ、そうですけども』

 赤井はブラックな職場環境を認識はしていたが、日本国民の死後精神福祉に貢献できるとあって、彼的にはやりがいのある仕事だった。一方、お金貰って神様業をやっているというのは……と赤鞘は衝撃的だった。給料というとかろうじてお賽銭があるといえばあるが、それもあってないようなものだ。彼は神様業はボランティアが基本だとばかり思っていたのだが、どうやら最近は違う場合もあるらしい。いつの間にそういう時代になったのかと、カルチャーショックを受けたようだった。

『まあでもほら、私を必要としてくれている民もいますしね』

 と頭をかいている赤井を見たアンバレンスは、

 

「そういうことなら仕方ないですね」

 と、赤井のスカウトをあっさりと諦めた。そのあたり、彼は思考の切り替えが早い。

 赤井の上司はアマテラスオオミカミではないようだし、上に話を通さずに物事を決めてしまって後々揉めても困る。そうと決まって、彼はパチンと指を鳴らした。その場に出現したのはドアノブのついた立派なドアだ。ドアを開き、アンバレンスは赤井を内側へと招き入れる。

「地球西暦二一三三年、仮想死後世界アガルタ二十七管区。お一人様ごあんなぁーい」

『え、あ、はい!』

 一言も言った覚えはないのに、よく場所が分かるな、と赤井はアンバレンスを尊敬のまなざしで見つめた。

「赤井さんもお元気で、お仕事頑張ってください」

『ありがとうございます! 赤鞘さん、アンバレンスさん、お世話になりました。エルトヴァエルさんも』

「西暦……それはまた、ずいぶん遠くから。では、またいつか。どこかで」

 赤鞘は手を振る。無論、鞘を握る片手はお留守にはしていない。

 

 赤井がドアをまたぐと、目を射るような閃光が満ちた。

 そして気がつけば、元の世界の集落付近の大草原につっ立っていたのである。

『へっ!?』

 背後を振り返るが、今出てきたはずのドアは跡形もなく消滅していた。

 赤井は立ちくらみがした。空を見上げれば、鮮やか過ぎるスカイブルーに模造の太陽が輝いている。グラフィックだとはっきり分かる、彼の見慣れた解像度の世界だった。

『やー……白昼夢だったのかな。最近忙しいから疲れてるのかな』

 状況を確認するためにいつものように空中にスクウェアを描いてインフォメーションボードを立ち上げると、スーツを着た補佐官の西園が彼を心配そうに覗き込んでいたところだった。

『わっ!』

『わっ!?』

 互いの顔のアップに驚く。西園は心臓を抑えながら

『ど、どうなさったんですか赤井さん。まるまる一日間、通信が全く繋がらなかったのでどうしたのかと思いましたよ。現実世界から夥しいノイズを観測しました、それで安否確認のため通信を試みていました』

 西園のモニタの前には、奇しくも赤鞘の欲しがっていたアイスが置いてある。赤井の身を案じはしながらも、アイスを食べようとしていたのだろう。さすが西園さん、優しい! と赤井は静かに拳を握り締める。

(ノイズ……ノイズかー。アンバレンスさんに送ってきてもらった時に発生したのかな)

 そうするとやはりあれは現実だったのか、という推論になる。しかし、夢か現実か分からない状態で詳しく説明することもできず

『こちらは問題ありませんよ。通常構築業務中です』

 赤井は細かい部分はすっ飛ばして、西園に営業用の笑顔を返した。

『そうですか、それなら安心しました』

 西園との通信を終えると、彼は作り物じみた色彩の、データの空にむけ大きく伸びをした。

 ずっと地面をかき回していたその手を一秒たりとも止めなかった、赤鞘の仕事はうまくいっただろうか、と思い返しながら。

 

(赤鞘先輩に負けないように、頑張らないと)

 よい意味で彼が刺激を受けた、忘れがたい出来事となった。 



「神様は異世界にお引越ししました 」アマラ

あらすじ

守っていた村が廃村に成ってしまった神様、「赤鞘」。
そんな彼の元に、異世界の主神が突然たずねてくる。
事情を聴けば、異世界は諸々あって神様不足。
是非こちらの世界に来て欲しいとのこと。
豊穣と繁栄の神である彼に、是非力に成ってほしいということなのだが……。

申し入れを受け入れ、赤鞘は異世界にやってくる。
目の前に広がっていたのは、生物の気配が薄い荒野であった。
赤鞘は助手である天使と共に、土地を復活させる為の仕事に取り掛かる。
ゆるい感じで土地運営をしたいと望む赤鞘。
だが、世界情勢はそれを許してくれそうにもなく……。


特に可もなく不可もない元人間の神様が、異世界で涙と感動の冒険活劇を繰り広げません。
異世界で四苦八苦しながら、土地を開拓していく。
そんなお話に成る予定ですたぶん。

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「ヘヴンズ・コンストラクター」高山理図

あらすじ

西暦2133年。人々は仮想現実によって死後の楽園を造り出し、死を克服し永遠を生きていた。そんな近未来日本で、厚生労働省の新米技官が仮想世界管理者・構築士として新規開設する管区の構築を手がけることに。
自然科学をこよなく愛するスーパー公務員である彼は現実世界で十年間、仮想世界で千年間の任期と四十億円の巨額報酬と引き換えに、仮想世界で神様役を演じ住民との絆を深めつつ、その一方で現実世界の国民利用者に向けた独創的ヴァーチャルユートピアの構築を目指してゆく。
科学技術と人類社会の発展可能性、人間の心と自我、技術的特異点の先に焦点を当て、近未来の現実世界と仮想世界を両面から描くサイバーパンク小説です。

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