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双蝕のその後

●信じたものの夢の跡
 双蝕。
 そう呼ばれた事件の収束から、幾ばくかの日が経った。

 かつて『小楽園』と呼ばれた滋賀県蓬莱山の奥にあった施設は今日も解体作業が進められている。

 そこに居た者――『恒久の聖女』の聖徒であるアウル覚醒者は久遠ヶ原学園と撃退庁による大規模摘発の結果、そのほとんどが捕縛されるに至った。
 多くは、カウンセリングなどの指導を受けながら、それぞれの罪状に応じ更正の道が示された。

 では、上位構成員。とりわけ幹部と言われていた指導者達はどうなったか。
 

 『恒久の聖女』ツェツィーリア・アスカは死んだ。
 それは彼女が捕縛されてから間も無く。
 あの戦いの後、ツェツィーリアは指先一つ動かせぬほどの衰弱を見せていた。そしてその衰弱は、残酷なまでに進んでいった。最期の最後は枯れ草の如く。かつての美貌もやつれて崩れ、目に光は無く、乾いた唇は自力で呼吸すらも出来ず、既に意識も無く。
 それはその体に常軌を逸した負荷がかかった事の反動である。そしてその原因こそが、外奪。
 調査の結果、彼は付与魔術に優れた悪魔である事が判明した。彼がツェツィーリアにその呪いめいた術を施した事で彼女はかの戦いで怪物の如き強さを以て撃退士に立ちはだかったのである。
 そして――その狂った力の代償に、彼女の身体は朽ち果てた。
 しかし身体こそそうはなってしまったが――「人と言う種を護る為には、より優れた適性の遺伝子が残り、そうでないものが淘汰されるのは自然の流れ」というツェツィーリアの意志は最期まで変わる事は無かった。
 後の調査で、彼女はアウルに覚醒し『人ならざる人』と成った事で周囲からバケモノと迫害され、人とすらも扱われない凄惨な人生を送ってきた事が判明する。
 それは――程度の差こそあるけれど、『よくある話』……なのだろう。そう、それはおそらく、『よくある悲劇』だった。
 迫害され踏み躙られてきたからこそ、彼女は己を、そして己の様な者を救うべく、もう悲しまずに済むべく『楽園』を望み、『聖女』となったのか。あるいは聖女、即ち強く理想的な存在に転生する事で、弱い己から眼を背け、辛い過去から抜け出したかったのか……真相を知る者は、もう、この世には居ない。


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 『鬼』。後にそう呼ばれる事となった辺枝折 猛鉄もまた、『外奪の犠牲者』の一人である。尤も、彼の場合は犠牲者と呼ぶのが正解ではないかもしれないが。
 彼は『恒久の聖女』の中でも特異な存在であった。
 暴力を愛し、暴力に生き、暴力に死す。そんな猛鉄も元々はただの人間であった。だがその性根は今と変わっておらず、裏社会を血腥さと共に転々とする彼は誰からも敬遠されていた。それは覚醒した事で一層拍車がかかり、誰も手が付けられなくなった彼は居場所すらも無くなってしまう。
 そんな折に彼を見付けたのが『恒久の聖女』だ。組織は彼に居場所と目的と手段を与えた。彼は喜んで『首輪で繋がれた犬』となった。つまらない日常が楽園に変わった。そしてその『楽園』の中で、猛鉄は笑いながら……死んで逝った。

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 『恒久の聖女』上位構成員の中で唯一の生存者、京臣 ゐのり。
 彼女もまた、ツェツィーリアと似通った『よくある悲劇』の犠牲者である。
 気持ちが悪いと罵られ。不気味なバケモノと蔑まれ。家族も無く、友も無く、居場所も無く、夢も理想も希望も無く、愛を受ける事も肯定される事も許容される事も知らず。
 そんなゐのりにとってツェツィーリアとは正に『聖女』であったのだろう。
 素晴らしいと賞賛し、良い子だと、ここにいても良いのだと受け入れて、家族となり、友となり、居場所を与え、愛し、肯定し、許容し、夢や理想や希望を与えて。文字通りツェツィーリアはゐのりの全てだった。
 そんなゐのりの居場所は未だ分からない。彼女が今、何処でどんな思いで何をしているのかも分からない。
 ただ一つ予想されるのは――ツェツィーリアを喪ったゐのりが、『全て』を喪った少女が、やるだろう事は……復讐だろう。

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 そして元凶とも呼べる存在、子爵級悪魔、外奪。
 彼は滋賀県にゲートを所持する大悪魔サマエルの部下である事が判明している。
 ツェツィーリアを焚き付け新たなゲートを開かせんとしていたようだが、どうやらそれは『真の目的』ではなかったらしい。
 彼の現在の行方は不明。引き続き、警戒が必要であろう。

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●魔女と怪人のお茶会
「文字通り……『俺たちの戦いはこれからだ』ってか」
 纏められた資料から顔を上げた棄棄(jz0064)は、アリス・ペンデルトン(jz0035)へと視線をやった。「そうぢゃのう」と紅茶の入ったティーカップを置きつつ魔女は肩を竦める。
「事態は収束したが、事件は終わってはおらん。……厄介な案件を押し付けてしまうのはちと心苦しいが、どうか棄棄先生のほうで引き続き担当してくれんかのう」
「勿論ですぜアリス先生。なぁに、こう見えて越南に居た頃から俺は厄介じゃない案件なんて抱えたこたねぇんです。お任せ下さい」
「うむ、任せたぞよ。また人手が必要になったらいつでも呼んでくれていいんぢゃよ」
「ありがとうございます。……そうそう、『恒久の聖女』にいた新入生予定だった子供達も、しばらくすれば今度こそうちの『新入生』になるんですよね?」
「そうぢゃの。やっと迎える事が出来る」
 二人の教師の間に、『彼等は大丈夫なんだろうか』なんて不安や心配は微塵も無かった。我等が久遠ヶ原学園だ、我等が生徒達だ、信じる事こそ教師の役目だ。
 微笑んで返した棄棄は徐に窓の外へ目を遣った。夏の気配をにおわせる、何処までも青い空。目を細める。その正面では、アリスもまた空を眺め遣っていた。沈黙、されど遠くから聞こえてくるのは生徒達の、いつもの、学園の喧騒。チャイムの音。ぱたぱたと幾つもの足音が廊下を行き交う。取り取りの声と共に。
「願わくば」
 その中で、アリスが言葉を発する。
「――これ以上かなしい事が起こらん事を、ぢゃの」
 季節はずれの入道雲が、遠くの方に見えていた。


●外道と悪意
「外奪、いるのか」
「は〜いサマエル様、小生ここにいますよ。『見え』ますか?」
「見えないが、その小汚い魔力は良く見える」
「ははは。雑巾は綺麗なものより多少汚い方が思い切って使えるんですよ」
 軽口に返される含み笑い。その悪魔の正面に座しているのは、天使の姿をした悪魔だった。赤い鱗。蠢く12の翼。その顔に眼球は無く、代わりに眼窩から生えているのは血肉の色をした一対の翼。
 その大いなる悪魔を表す語はごまんとある。『神の毒』『神の悪意』『神に呪われし者』『エデンの蛇』――その名は、サマエル。
「先日は中々に退屈が紛れた」
「それはそれは。この外奪、恐悦至極誠惶誠恐に存じます」
「しかし奇異なものよの。この世界の人間が伝える伝承では、楽園(エデン)でアダムとエヴァを欺いた我が、楽園を目指した人の子らを再び弄ぶ事になったとは。それに、人と人とが食い合うあの様子。まるで『尾を飲み込む蛇<ウロヴォロス>』だ」
「サマエル様って『赤い蛇』なんて呼ばれる事もありますしね。お気に召して頂いて何より」
「ああ。で……もっと楽しませてくれるんだろう?」
「えぇ。――えぇ、そりゃあもう、勿論ですとも」
 外奪は初めて人類に『あっ可哀想だなー』という感想を抱いた。それは正に人類からしてみれば『不幸中の不幸』なのだろう。あの飽きっぽく、永劫の退屈という毒に蝕まれている主人が、よりにもよって興味を抱いてしまうなんて! 彼が飽きれば適当に手を引くつもりだったのだが……いやはや。
(まっ、それも人生ですよね! 正しくは悪魔生ですけど!)
 笑う外道が礼をする。応える悪意も、笑っていた。



『了』



(執筆 : コトノハ凛)


双蝕の流れのまとめ


 第一フェイズ――潜みし蛇が嗤う頃―― 


 第二フェイズ――蛇と藪―― 


 第三フェイズ―人を嗤う悪魔の宴― 


 幕間―饗宴者たち― 


 最終フェイズ―『恒久の聖女』― 


 激突を通して伝わってきたものを経て、撃退士達は大いに戸惑う。
 能力者は、能力者でしか裁けない。
 『恒久の聖女』達を討滅し、正義を示すのか。或いは、あくまで確保を優先し、救いを示すのか。
 判断は現場の撃退士に委ねられた。

 一方、小楽園の恒久の聖女たちも戸惑いの中にあった。
 彼らの救いを求める声に、聖女は覚悟を決める。悪魔が嗤う事にも気づかずに。

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大規模作戦第三巡リプレイ
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