「にんじゃ! たわー! そーど!」
目前に聳え立つ、ビル。
中に潜むは忍者の群れ。奪い取るは伝説の刀。
九鬼 龍磨(
jb8028)は興奮を露わにするが、しかしその心の内は決意に満ちている。
(炎條くんには入学当初、お世話になったからね!)
ある年の暮の事が、彼の脳裏に浮かぶ。
……その頃は色々と……大変な思いをしていたなぁ。
「ボクも、ニンジャの試練と言うのなら黙ってはいられないよ!」
もう一人、目をきらきらと輝かせビルを見上げるは犬乃 さんぽ(
ja1272)。
自分も一人のニンジャとしてこの試練に挑み、打ち克ちたい。
「それに、伝説のニンジャブレードも実際に見てみたいから……!」
いったい、どんな刀なんだろう?
簡単な形は聞いてるけど、やっぱりこの眼で直接見てみたい!
青年たちのワクワクに、炎條忍(jz0008)もにやりと笑って頷く。
「それでは、そろそろ私たちも行きましょうか」
雫(
ja1894)に促され、彼女と炎條は素早くビルの陰へと潜り込む。
「僕の方は囮として行くにゃ♪ 魔法少女マジカル♪みゃーこ、出陣するにゃー♪」
動き出す、生徒たち。
それを合図に――一歌が、響いた。
「なんだっ……!?」
入口を守る警備員は驚愕する間もなく、その身に音の衝撃を受ける。
ぐ、と唸りつつ、襲撃者を発見した警備員は腰に下げた刀で応戦するが……
「すみませんが、ここを通させていただきますっ」
たん、たたんっ。襲撃者は軽やかなステップと共に身を翻し、舞うように斬撃を回避する。
「NINJA☆アイドル参上です♪ ……なんてね☆」
襲撃者――水無瀬 文歌(
jb7507)はそう言って、ほんの少し照れが混じった笑顔を見せる。
「くっ、今来たか……!」
残る二人の警備忍軍が、加勢せんと銃やクナイを手に水無瀬の元へ走る、が。
「ああそうだ、奪いに来たぞ」
低く響く声と共に、漆黒の槍が忍者の一人を捉える。
ファーフナー(
jb7826)による魔槍の刺突は忍者の脇腹へと至り、鮮血を吹きださせた。
「れっ、連絡を――」
慌てたもう一人にはグラサージュの弾丸が命中し、その間に、盾を構えた九鬼が水無瀬に加勢する。
「魔法少女忍者としても、頑張らないといけないにゃね♪」
猫野・宮子(
ja0024)もまた素早く警備員の前に立つと、腕に嵌めた肉球グローブを……撃ち出す。
ぷにん、という柔らかそうな見た目とは裏腹に、肉球は触れた瞬間、警備忍者の身に強い衝撃を与えた。
そうして瞬く間に、撃退士は警備のニンジャを打ち倒し――
「――これが開錠用のカードか」
「他に知ってることとか、持ってるものとかないの〜?」
懐からカードを取り出したファーフナーは、それを使用し入口を開く。
味方がビルへと侵入する中、グラサージュ・ブリゼ(
jb9587)は身動きを封じた警備員に尋ねていた。
が、当然のことながら、簡単に答える警備忍者ではない。
「仕方ないなぁ」
そういって彼女は、あらかじめ用意していたそれを警備員の口に強引にねじ込んだ。
「ぶわっ」
グラブジャムン。
丸く小さなその物体は、一見ただのお菓子にしか見えないが……
……しかしその味は、瞬く間に歯を溶かしてしまいそうなほど強烈に、甘い。
「甘いものって喉渇くよね? お水欲しい?」
喉が爛れそうな甘味に悶える警備員。
彼に見せつけるように、彼女はペットボトルの水をごくごくと飲む。
「刀の部屋について知ってること教えて欲しいな〜?」
そうしたら、これあげるけど〜?
彼女はそう警備員を脅すが、しかし彼も忍者。簡単には口を割らない。
ならば、と彼女は水の代わりに乳酸菌飲料を突っ込んで、甘さの追い打ちをかける。
「どの部屋かな〜? どうすれば入れる〜?」
にっこり笑う彼女の顔に、警備員は寒気を覚える。
「……シンパシーを使えば分かるが……情報以外も筒抜けになるのでな」
プライベートな事を知られたくなければ、吐いた方が早いぞ。
「それとももっと食べる〜?」
ファーフナーが促し、グラサージュは笑みを浮かべ新たな菓子を取り出す。
「本当に知らない! 教えられてない!」
だが警備忍者は、必死の形相で叫ぶ。
それこそシンパシー対策としてであろう。
刀の場所についての情報は、大抵の忍者には伝えられていないらしい。
「ふぅん……嘘は言ってなさそうかなぁ……」
何となく、これ以上探っても無駄だろうという気配をグラサージュは感じ取る。
ならば、とファーフナーは警備員から奪い取った無線機を装着。
槍を手に、仲間に次いでビル内へと駆け込んだ。
「何か分かった!?」
ビル内部では、既に九鬼や猫野が駆け付けた忍者達と戦闘を行っていた。
ファーフナーは槍を構えながら、「いや」と短く返す。
「他に情報を持っていそうな者を探す必要があるな」
「そっか、じゃあやっぱりまずは……」
九鬼は通信機で軽く現状を報告しながら、四人は一階の忍者を始末し、階段を駆け上がる。
目的地は既に決まっていた。
●
さてその頃、炎條と雫の二人は、出来るだけ気配を潜めビル壁を駆け登っていた。
窓を回避しつつ進む足は、淀みなく彼らを地表から引き離していく。
「……いますね、二人」
やがて屋上に駆け登った雫は、そこを守る二人の忍者を発見する。
壁登りを警戒していたのだろう。雫は顔色を変えず、タイミングを窺い……踏み出す。
「っ、敵か!」
相手が反応し剣を構えた瞬間、彼女はだんっと地面を蹴り、高く飛び上がり……
鉄塊のような大剣で、忍者の頭部を思い切り殴打する。
がくん、と攻撃を受けた忍者は片膝を屈する。
「こいつ!」
もう一人の忍者は影手裏剣で応戦するが、そちらは炎條が相手をする。
「ありました、キーです」
その後、倒した忍者の懐から雫は一枚のカードキーを手に入れる。
何処まで使用可能か不明だが、少なくとも屋上の扉は開ける筈だ。
「こっちも同じだな……それで、どうする?」
用済みの忍者を指さす炎條。雫は静かに、「縛りましょう」と答える。
二名の忍者の身動きを封じた後、雫達はキーで扉を開錠し、ビルへと侵入した。
雫の姿は壁紙と似た色に染め上げられ、炎條もまた術で気配を消しつつ歩を進めていく。
「……まさか、技を悪用しない様に盗むのが間違いってオチは無いですよね」
「あー……それは考えたくないな」
ふっとそんな事を考えてしまう雫に、しかし炎條は大丈夫だろうと答える。
「Skillを正しく使えるか、を見る試練だからな!」
●
静かなビルの内部に、時折響く破壊音。
それは水無瀬が、監視カメラを一つずつ破壊していく音だ。
先に潜入した犬乃たちは、早くも管理室前まで辿り着いていた。
「ボク、ちょっと行ってくるね」
ビルの全体像を把握したいから、と犬乃はそこで少し待機し、登ってきた猫野達と合流する。
「中に確実に人はいるにゃよね。さくっと倒して制圧しちゃうにゃ♪」
「それじゃあ開けるよ!」
がん! とドアを蹴破り、九鬼たち陽動班が管理室へと押し入った。
「くそ、もうここまで……!」
「邪魔するぞ」
盾を構える忍者であったが、ファーフナーの槍はそれより一手速い。
もう一人の忍者が素早く側面に周り刀を振るうが、そちらの一撃はしかし、彼の腕に生えた茨によって防がれる。
代わりに茨によって傷を付けられた彼は、そのまま猫野達の追撃によって倒れた。
「うに、こっちに必要な情報がモニタに写ってるといいんだけどにゃー?」
グラサージュと猫野は、モニタに映る各部屋に素早く眼を通す。
が……目的の刀らしきものは見当たらない。
「おかしいなぁ〜。絶対見えるところにあると思ったんだけど……」
「でもガラスケースは少し見えるにゃね」
映像は白黒で暗く、ケースの中身もはっきりとはわからないが……
「少なくとも、社長室にはないみたいだね〜」
社長室のガラスケース内に、刀やその収納箱らしきものは見えない。
「じゃあ目指すは残り二つの部屋だね。……あ、あった!」
犬乃が声を上げる。指さす先には、壁に掛けられた金属の鍵束。
「結構あるなぁ……」
この中のどれかがケースの鍵だと、思うんだけど。
「こっちはちょっと違うカードかな?」
九鬼の方は、警備員の懐からまた別のカードを手に入れる。
恐らく広い範囲に使えるカードだろう。一枚だけだが……犬乃に手渡す。
「じゃあボクは先に進んでるねっ!」
カードを貰った犬乃が一足先に部屋を出ると、「さてにゃ」と猫野が声を出す。
「必要な情報は集まったかにゃ? そうしたら壊しちゃうにゃー♪」
そうだね、と九鬼は頷く。ここで見られていたら、うかうか移動も出来ない。
「被害総額は考えたくないけど……ばきっと行かせてもらうよ!」
そうして、ほんの二、三分の間だろう。
銃声が、打撃音が、液晶を砕きマイクをへし折り、金属の砕ける音と電気の弾ける音とが管理室に響き渡った。
「何をしているっ……!?」
音に釣られて確認に来る忍者も、彼らの餌食となる。
姿を見せた瞬間、気配を察知したファーフナーの一撃が、九鬼の追撃が、確実に忍者を減らしていく。
『おい、あまり管理室には向かうな! 他が手薄になる!』
(……指示を出している忍者が数人いるな)
同時にファーフナーは、敵から手に入れた無線機によって相手の情報を知る。
敵忍者の襲来も途絶えた頃、管理室は機械の残骸のみを残し、完全停止することとなった。
「後は潜入した人達が見つからないように陽動するにゃ♪ こっちにしっかり注意を惹きつけておかないとにゃ♪」
「となると、上階になるな」
ファーフナーは無線の内容から、そう判断する。
全員で二階に降りてくるような真似はしてこないとすれば、こちらから出向くしかない。
「カメラを気にしないで良い分、楽ではあるが……」
相手は忍者だ。いつ奇襲を受けるか分からない。
感覚を研ぎ澄ませながら、ファーフナーはゆっくりと息を吐き、再び槍を握りなおした。
●
「宝探しみたいで、ワクワクするよね」
キーを受け取った犬乃と水無瀬は、気配を殺しつつ展示室を目指す。
そうですね、と水無瀬も微笑みつつ、けれど目線は廊下の先へと注がれていた。
展示室、の目の前であろう。一人の忍者が守り、他にも等間隔で数人歩いている。
二人はタイミングを見計らい、飛び出すと、歩いている忍者達の眼に止まらぬよう、身を屈めて走る……が。
「っ、お前!」
見つかる時は見つかるものである。
「忍影シャドウ☆バインド!」
途端、犬乃の影がその忍者に絡みつき、動きを止める。
「ごめんね、暫く大人しくしてて!」
けれどその一瞬、戦闘音によって犬乃は発見され、数人の忍者が接近。
が、忍者たちはしかし、犬乃と戦闘する前に廊下に倒れてしまった。
「……皆さん、寝ちゃいましたね」
それは水無瀬のスキルであった。ひやりとする空気の中、水無瀬はそろりと忍者の懐に手を遣る。
「あ、こっちにもカードありました」
と、忍者の一人が管理室にあったものと同じカードを持っているではないか。
「何人か持ってるかもしれないですね」
仲間にそう伝え、水無瀬達はキーを使って展示室へと足を踏み入れる。
だが……
●
刀を発見したのは、資料室へ侵入した雫と炎條であった。
素早く仲間に発見の報告をするが……鍵は持っていない。
『とりあえず壊しちゃえば?』
と、通信機の向こうから九鬼が提案する。
『合流待つより早いよ。撃退士用強化ガラス、ってわけでもないんでしょ?』
「普通の強化ガラス、でしょうかね」
こんこんとガラスに触れ、雫は判断する。
この場で留まっているよりは、その方がいいだろう。
よろしいですか、と炎條に尋ねると、彼もこくりと頷いた。
ばりん! ガラスは叩き割られ、甲高い破壊音と共に、警報が鳴り響く。
「行ってください」
雫はしかしその音に動じず、刀を炎條に託す。
「わたしが足止めしますので」
「……Thanks!」
答えると、炎條は刀を手に窓から駆け出していく。
壁走りだろう。遠くなる足音を耳にしながら、雫はその身に水滴を纏わせた。
水滴の中で、彼女の姿はぐにゃりと歪み、色を変えていく。
「いたぞ!」
やがて、忍者達が資料室へと到着する。
数は三人。捌き切れるかどうかは、相手の実力次第だろうか。
「貴様、炎條忍か!」
忍者の一人が、こちらを見てそう問うた。
「……Yes」
問われた彼女は、僅かに間を置いてから、答える。
(刀を奪われてある程度離れられたら私達の勝ち。今から取り返すのは難しいなら……)
そう、雫の姿は忍術によって炎條忍のそれに変化していたのだ。
(一発逆転狙いで、炎條さんの捕獲に力を入れる筈)
●
「うに、回収出来たのかにゃ? それなら長居は無用にゃ! さっさと撤退していくにゃー!」
刀を奪取した、と報告を受けた猫野たち。
「……だが、まずは目の前の状況からだな」
バヂン! 電気の弾ける音と共に、ファーフナーに掴まれた忍者が身動きを止める。
「そうだね〜。逃げようにも少し減らさないと……」
よっ。グラサージュはチョコのように変化したアウルの鞭で、向かってくる忍者を縛り上げる。
「炎條くんが出たなら、早く合流したいですしねっ」
飛来する銃弾は、九鬼の盾に阻まれ届かない。
「そっちは大丈夫?」
攻撃の合間に、九鬼はもう一方の潜行班へと連絡を入れる。
イヤフォンの向こうから聞こえたのは、水無瀬の『大丈夫です!』という元気な声だ。
『こちらはこちらで逃げられそうなので、クッキーさん達も気にせず逃げてください!』
展示室を出た水無瀬と犬乃は、そのまま上階に上がる最中であった。
階段を出て七階に出た彼女たちの前にも、数人の忍者。
だが、それをまともに相手する理由は無い。
「来てください!」
水無瀬はスレイプニルを呼び出すと、その背に跨り、一気に廊下を突っ切る。
「文歌ちゃん、行ける!?」
「大丈夫です、この子なら……!」
巨大な駿馬と素早きニンジャが、風のように駆け抜けた先は……窓ガラス。
まさか、と忍者達が驚愕する中、二人と一匹はスピードを落とすことなくガラスへと突っ込み……
ガシャァン! 派手な音と共に、飛び出した。
アクション映画みたいだ! と犬乃は思いながら壁を駆け抜け、水無瀬はスレイプニルの身体にひしとしがみ付いて一瞬の浮遊感を味わう。
脱出、成功。
間もなく陽動班も正面玄関からの帰還に成功し、雫もまた、遁甲によって秘かにビルを抜け出した。
●
「わぁ、これが伝説のニンジャブレード……!」
里に辿り着いた後。
炎條家で一息ついた犬乃たちは、改めてその刀を見た。
紅蓮に染まった鞘には、焔を思わせる揺らめいた彫。
納まった刃は、夕陽を思わせる不思議な色に輝いている。
この一刀を手にしたことで、炎條忍は正式に当主として認められた。
といって……まだ学園を去るわけではないのだが。
「本当に助かったぜ。……Thanks!」