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マスター:螺子巻ゼンマイ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
形態:
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/04/08


みんなの思い出



オープニング

 とある日の、深夜。
 今は使われていない校舎の屋上へと、撃退士達はやってきた。

「Hey! 待ってたぜてめぇらッッ!!」

 給水塔の上からやたら高いテンションで呼ぶ声に、撃退士達は顔を上げる。
 月光の下、長い黒髪が風にそよぐ。
 闇に溶け込む忍者装束。鋭く光る赤い眼光。暗闇でもそれと分かる白い肌に、にやりと持ち上げられた口角。
 彼は腰の刀を抜き払う。刃は月光を浴び、妖しく煌めいた。

 ぞくり、と。
 勘の良い者は寒気を覚えたかも知れない。

「さぁ、最後のMissionだ! 俺様を、斬れるものなら斬ってみなッッ!」

 彼は――

 ――炎條忍は、心の底から楽しげに叫びをあげた。



 話は数日前に遡る。

「現れろ俺のShadow――BUNSHINッッ!!」

 その晩、炎條忍(jz0008)は人気の無い屋上で独り、奥義の練習を行っていた。
『Hey! 呼んだか、俺ッ!』
「OK。ある程度形にはなってるな。後は……」
 現れた分身を見て、炎條は頷きつつ忍者ブレードを抜き払う。
『……! Battleか』
 流石に自分自身の考えだ。分身もすぐに意図を察し、同様の所作で刀を抜く。

 以前のゲート戦以後、炎條忍は毎晩欠かさず修行を続けていた。
 無論、彼とて忍。簡単な鍛錬ならこれまでも欠かしてはいなかったのだが、ここ数週の修行は特に苛烈だった。
『But、アウル体の俺の方がSpeedは上だぜ!』
 分身が先制する。刀の切っ先が炎條の二の腕を斬り裂き、血が噴き出した。
「だからだッ!」
 炎條はその痛みに表情を変えず、足を踏み出し瞬時に分身の背後を取る。
 分身もそれは予測していたが、完全に躱しきるに至らない。脇腹に刃を喰らい、小さく呻く。
『やはりな! だがッ』
 再び距離を離される前に、分身は振り向きつつ刀を逆手に持ち替え、背後の炎條の足へ突き刺した。
「ぐ……ッッ!!」
 或は空蝉を用いれば簡単に回避出来た攻撃かも知れない。
 けれど炎條はそうしない。分身はスキルを使えないからだ。だのにこちらだけスキルを用い勝利したとて、意味は無い。

 やがて分身は時間切れで消滅する。
 炎條はふぅと息を吐いて、壁に寄りかかり止血を始める。流れた血は決して少なくは無い。若干ふらつく頭で、空を見る。

「修行か」

 頭上に水晶隠が立っていた。

「隠ッ!?」
「気を抜いていたな、忍」
 驚く炎條を尻目に、隠はたんと壁を蹴り、降りる。
 力を失った隠だが、一部の忍者技能はまだ扱えるのだ。……とはいえ、気付かなかったのは炎條が油断していたからに他ならない。
「まぁ……無理も無いか。ここは警戒するような場所じゃないし……その傷じゃな」
 眉根を顰めつつ、隠は炎條の腿の傷を見る。
「少しやり過ぎじゃないのか」
「No。俺はまだまだ半人前だからな。それに――」
 炎條は立ち上がり、「これくらい何とも無いぜ?」と笑みを浮かべた。
「……。そういえば昔から、痛覚は鈍い方だったか」
 溜め息交じりに苦笑して、「だが無理はするな」と念を押す。
 自分の命を軽んじているわけではないが、忍の線引きはギリギリだ。もう一歩出れば危ない所まで簡単に行ってしまう面がある。
(……いや、あまり人の事も言えないか)
 ふっと自分の事を思い返し、隠はもう一度息を吐く。
「クレイは元気か?」
「あぁ。今も寮で……勉強でもしながら帰りを待ってる筈だ」
 炎條に問われ、隠はそう返す。
 はぐれ悪魔となって以後、クレイは少し明るくなった。『祖父のような悪魔に』という重圧が無くなった為だろう。
「隠は……またMissionに?」
「ああ。『生前の俺』とそう変わりはない」
 隠自身は、金城や他の忍者家から頼まれた依頼を細々と熟していた。
 一度死に、ヴァニタスとなった彼を歓迎しない者も少なくは無い。だが現状、隠の生活は悪くなかった。
「お前達の御蔭だよ」
 そうなれたのは、この学園の撃退士が道を正してくれたからだ。
 何度礼を言っても足りない。隠は呟いてから、僅かに表情を曇らせる。

「……だが実は、お前達にもう一つ頼まなければならない任務がある」



 ――刀ハ私達ノ命ヲ吸イ取リ、鋭サヲ増シテイッタ。
 ――只一度刃ヲ受ケタダケデ判ル。アレハ人ノ手ニシテ良イモノデハナイ。

 ――アノ刀サエナケレバ、兄様ハ……。焔様ノ言葉ヲ信ジタカッタ。

 ――ケレド……兄様ハ自ラ進ンデ外道トナッタノダ。
 ――ソウデアロウ、トイウ予感ハシテイタ。兄様ハ、ズット鬱屈シタ想イヲ抱エテイタカラ。

 ――今、私ノ手元ニハ兄様ノ残シタソノ刀ガアル。
 ――壊ス事ハ叶ワナカッタ。ピタリト鞘ニ納マッタ刀ハ、私達ノ忍術デハ微動ダニシナイ。
 ――故、明日、私達ハコノ刀ヲ埋メル。誰モ掘リ出サヌ様、深ク深クヘ。

 ――ダガ、ソノ前ニ。
 ――私ハ無性ニ、コノ刀ノ切レ味ヲ確カメタクナッテシマッタ。

 ――斬ルモノナラココニアル。
 ――焔様ニハ申シ訳アリマセヌガ、私ハアノ兄ノ――――――



「ここから先は黒く染まっていて、解読出来ていない。これが生前の俺の家に伝わっていた魔忍之書の中身だ」

 集まった撃退士達に、水晶隠は巻物の内容を伝えた。
 その末尾には、他の巻物と同じく蚯蚓の這ったような記号……地図が、隠されている。

「今更何を、と思うかもしれないが、知っておく必要はあると思ってな」

 水晶隠とクレイ・バーズナイトの件からひと月程経った頃。
 撃退士達の元に、一つの依頼が舞い込んできた。依頼主は今目前に立つ、水晶隠。

「以前回収した妖刀……あれを破壊して欲しい」

 それが今回の……そして最後の、忍びの一族にまつわる依頼だった。

「詳しい資料は別にまとめてあるから後で読んでもらうが……」
 一つだけ。はっきりと分かっている事があると、水晶隠は口にする。
「この刀、鞘に納まっている時は相当なダメージを与えないと破壊出来ない。誰かが刀を抜いた時じゃないと壊すのはまず無理だろう」
 それが可能なら、数百年前にとっくに折れているのだ。
 故に今回の任務、刀を抜く人間が必要になる。
「本来なら俺が抜く所だが……」
 力を失ったとはいえ、元はヴァニタス。再び大量のエネルギーを供給されればどうなるか分からない。
 学園側の判断もあり、抜刀の任は別の者に任される事となった。

「で、その刀を抜く撃退士が……」



「さぁ、最後のMissionだ! 俺様を、斬れるものなら斬ってみなッッ!」

 炎條忍だったのだ。

 但し、本物ではない。
 どうもあの妖刀には、宿主を維持しようとする本能があるらしい。
 故に、分身などの不安定な存在が刀を持つと生命力を消費してそれを保つ。

「遠慮は要らないぜ。FullPowerで刀を破壊しろッ!」

 後方で、炎條忍(本物)が撃退士に声を掛ける。
「紛らわしいから俺は戦えない! が、もしBUNSHINが先に消えたら俺が引き継ぐぜ!」
 どちらの炎條が敵か分からないと困るので、今回炎條はいるだけだ。
 だが誰かが刀を抜いて居なければ破壊は出来ない為、彼は控えになることを選択した。


 学園の、深夜の屋上。
 古からの災いに決着をつけるのは、今夜だ。

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リプレイ本文


「……そういや、なんか俺ら持って帰ってきてたねぇ……」
 その直後に色々あったからか、すっかり忘れていた。
 ルドルフ・ストゥルルソン(ja0051)は呟きつつ、目の前の炎條(分身)を見て渋い顔をする。
 分身とは、分かっているのだが。同じ撃退士を相手にするのは、ちょっと気が引ける。
「まあ、手に負えない代物なら、処分するしかない、か。……仕方ない」
「……すべての元凶と言えば、この刀ですしね……」
 月夜に照らされるそれは、妖しく、いやに魅力的だ。
 宮鷺カヅキ(ja1962)は否応なしに立つ鳥肌を感じながら、それでも落ち着いて、皆の様子を見る。

「さあ、もう一仕事いたしましょう。……準備はよろしいですか?」

 深夜の屋上。ぼんやりと見える仲間たちが、それぞれ小さく頷いた。

「それじゃ仕上げと行きますか……れっつ・ぱーりぃー!!」

 緋伝 瀬兎(ja0009)は炎條風に叫び、点灯したフラッシュライトを投げた。
 光はくるくると回転しながら屋上を照らし、やがてからんと音を立て、落ちる。

 ――刹那、暗闇の中を赤いマフラーが駆け抜けた。

「勝負だよ炎條君、ボクと君のニンジャ力の真剣勝負だっ!」
 同じ忍びとして。犬乃 さんぽ(ja1272)は一挙に距離を詰めつつ、自身の刀を抜き払う。
「OKださんぽ! NINJAとしての俺様の力、見せてやるぜ!」
 炎條もそれに応え、『朧』を構える。
(魔忍の悲劇を後の世に残さないためにも、ボク達の手で魔忍伝説に終止符を打つ!)
 犬乃は妖刀の煌めきを瞳に映す。何故だろう。刀は邪悪なものだと一目で分かるのに、人間の心を誘う何かを持っている。
 けれど。
「強く心を持てば、刀に魅入られたりはしないもん……!」

 正義のニンジャとして、忍務を果たす!

 指に力を籠め、犬乃は妖刀の誘惑を撥ね退ける。
「これがニンジャの速さ、君の相手はボクだっ!」
 叫びと共に、犬乃の刀が炎條を――その手の妖刀を、襲う。
「ッッ……!」
 後退しつつ刀を下げようとするが、犬乃の初撃を躱しきるには至らない。切っ先が刀の腹に触れ、ぎぃんと悲鳴のような音を上げる。
「通った! これでっ……!」
 犬乃の瞳が、妖刀の刃零れを捉えた。
「っ、だがッ!」
 踏みとどまり地面を蹴って、今度は炎條が踏み込む。
 攻撃を終え体勢の戻りきらぬその身体へ、妖刀の一撃を。
 犬乃も瞬時に反応し身体を落とすが、刀を握っていた腕に斬撃を喰らう。
「っっ!」
 痛み、と共に、体内の何かが奪われる感覚を覚えた。
(これが、妖刀の力……!)
 先程刀に与えたダメージの、幾分かは回復されてしまったのだろう。
 それでも、刃こぼれは完全に治りきっていない。カバーしきれてはいないのだ。
(……それに、炎條君の眼がこっちを向いた)
 傷口を軽く抑えながら、犬乃は炎條の瞳を見る。
「流石だな! だが俺の攻撃はこんなものじゃな――……ッッ!?」
 喋りながら体勢を戻す為後方に飛んだ炎條は、着地の瞬間そのまま横へ転がった。
「――相変わらず正確な射撃だな」

「外しました、か。ですが……」

 拳銃を構えたまま、宮鷺はぽつりと呟く。
(やはり回避重視の……忍軍らしい動き方ですね)
 武器が少々特殊だが、基本的な身のこなしはほぼそれだ。
(私が彼ならば――)
 自分が忍軍として動くならば。動きを鈍らされる事程嫌なものは無いだろう。
「まずは……足からだッ!」
 ルドルフもまた、同じ考えだった。速さの勝負で負ける気はないが、自由に動き回らせるのは避けたい。
 犬乃の攻撃の後、回り込んだ彼は炎條の背後から銃口を向け、引き金を引く。

(15秒で良いんだね、相棒?)

 びりり、と重たい反動がルドルフの腕を弾いた。放たれた弾丸は、空を斬りながら炎條の右足へ向かってゆく。
「……!」
 銃弾は炎條の太ももを掠め、床へと刺さり消える。一瞬後、だば、と彼の足から血が噴き出した。

「すまないが少々持たせてくれ、相棒」

 その血の向こう。後方で戸蔵 悠市(jb5251)は一人呟く。
 傍らの銀竜が唸ると、彼らの肉体に蒼く白い焔がちらつき始めた。
「……その代わり、最大出力で行く」
 まだだ。まだもう少し、力を溜めて。

(何か狙ってるな! だが――ッッ!?)

 不審に思う炎條だが、それをどうする間もなく刺突が迫る。
「ッッ!!」
「妖刀だかなんだかしらねーが、俺の仕事は相手の心を折る事さ」
 切っ先は妖刀の中心を捉え、ガィンと音を立てた。
「それはもう見事にぽきぽき折ってやるから覚悟しな?」
 蒼く奔るアウルを纏い、ラファル A ユーティライネン(jb4620)は鮫を思わせる凶悪な笑みを浮かべる。
「――望む所だぜ!」
 その遠慮会釈無い純粋な殺る気に、ハイになった炎條は自然と口角を上げる。
「なら俺様はこのSpecalなSkillを見せてやる!」
 炎條は叫ぶと、白い指先ですぅと刀の峰を撫でた。
 と、『朧』の刀身が淡く光り始め、輝きが欠けた刃を補うように包み込む。
「『刃』ッ!」

 一閃。

 炎條の剣がラファルの胴を両断せんとする。だが、刀身はラファルの蒼いアウルに一瞬阻まれ、彼女はその隙に後退する。
「っぶねーな」
 ちいさな風が、ふわりとラファルに届く。
 直後、ルドルフが上空から飛び掛かり炎條の頭部を拳銃で殴りつけた。
「がッ――!!」
 よた、と炎條の身体がぐらつく。
「……やっぱり良い気はしないなぁ」
 手に伝わった生々しい反動に、ルドルフは眉根を寄せるが――かと言って、攻撃の手を緩めるつもりはない。
「せめて、潔くずばっと斬って終わらせちゃおう。妖刀だけにね!」
「HAHAHA! 酷いJokeだぜ!」
 だら、と額に血を流しつつ、炎條はわざとらしく笑う。
 と、突如として刀がばきんと音を立てた。……攻撃を喰らったのだ。
(よっし、一発命中!)
 距離を置き潜行する緋伝の魔法攻撃だ。ちっ、と炎條は舌打ちするが、間髪入れずに宮鷺の弾丸が追撃を加える。

「厄介な能力ですね。本当、敵の手に回らなくて良かったとつくづく思いますよ」

 これが炎條でなく、隠やクレイの手に渡っていれば……脅威度はこんなものではなかったのだろう。
 そうならなかった事に安堵しつつ、宮鷺は油断せずまた狙いを定めた。



 直前に『刃』を使ったこともあり、刀身は傷が目立ち始めていた。
 勿論、スキルの効果中だ。攻撃力は侮れないものだろうが……
「……これはBadな展開だな……」
 炎條は呟く。順調に追い詰められている、という感じだ。喰う量より消耗する量の方が大きい。

「分身には分身を……おいで、もう一人のボク!」

 犬乃が呼び出した分身が、サイドから炎條に斬り掛かる。
 炎條はその切っ先を軽く回避するが、回避した先へ、今度は犬乃の本体が攻撃を加える。
「炎條君がシュギョーを積み重ねてるように、ボクも毎日ニンジャ力を鍛えてるんだ、負けないよ」
「……!」
 犬乃の斬撃は疾風を斬り裂き、妖刀に命中する。
 ががぎゃんっ……! 斬撃は一度刃に衝撃を与え、衝撃は刃に蓄積された傷に更に響く。
「Shit! 韋駄天斬りか!」
 舌打ちし、その攻撃が何か察する炎條。
 刀は硬い。けれどその頑丈さを無視して通る攻撃に、対する手段を持たない。
「なら!」
 けれどそれで終わる炎條ではない。
 指の腹で峰を撫でると、妖刀は刀に残る生命力を更に消費し、魔力によって刀身を伸ばす。
「『烈』!」
「わっ……!」
 切っ先で犬乃の喉元を突き刺そうとする炎條。

 ザッ――!

 刃が突き刺さり、屋上に響く嫌な音。
 けれど次の瞬間。そのすぐ横に犬乃が駆け込み、「掛かったね!」と叫んだ。
「……! 空蝉!?」
「九十一式エクソダスシャドー!」
 妖刀に突き刺さった犬のぬいぐるみは、いやんと恥ずかしげに身体を隠し、消えてゆく。
「無駄に生命力を使ったね、炎條君!」

「さて、次はその強化も終わらせてやるぜ」

 すかさず、ラファルが距離を詰め、左手を構える。
 かしゃん、と左手は鋼の拳に変化し、その指先で刀へ抜き手を叩き込んだ。

 がぎゃん! 破砕音が鳴り響き、刀を握る炎條の腕が跳ね上がった。
「これはっ……!」
「生憎俺はお前達と関係ねーからな」
 その衝撃で、刀身に宿っていた光が弾け飛ぶ。
 他の撃退士の動きはある程度把握している炎條だが、ラファルのそれは良く知らない。その上、迷いない派手な攻撃。

「やられたぜ……!」

 犬乃とラファルの連撃で、刀は強いダメージを受けた。
 からりと刃がまた少し、零れ落ちる。その瞬間だ。
 別の影が炎條の脇に迫り、刀へ向けて手刀を叩き込む。
「これはッ……!?」
 どろ、と刀身を液体が伝い、炎條の腕へかかった。
「……毒手か!」
「驚いた? あたしだって、それなりに修行してるんだからねっ!」
 どやぁ、と緋伝は顔を綻ばせる。
「確かに、想定外だったぜ……!!」
 頷きつつ、ふぅと炎條は息を吐く。
「……が! まだ終わってないぜ!」
 炎條はそう叫び、指の腹を刃に走らせる。流れた血は妖刀へと吸収されていき、妖刀の傷が多少修復されていく。

「いや、もう終わらせる」

 ……だが彼の言葉を否定するように、

「――ォォォォオオオオオォォォオンッッ!!」

 銀の月に、竜が吼えた。

「多少のリスクは承知の上。一気に決めるぞ」
 ティアマットの全ての力を、解放した。限界が来れば意識は飛ぶだろう。
 だがその前に、全てを削りきってやる。
「「吸う」暇など与えてたまるものか。もう何も奪わせんさ」



 ばちばち、と口から零れ出す雷を、ティアマットは雄叫びと共に撃ち放った。
 雷は妖刀に命中し、一際大きな破裂音を放ち輝き、消滅する。
「ッ……!! ChaosRate差かっ……!」
「妖刀もやはり冥魔の力を受けていたか……。いや、或いは持ち主に依存するのか?」
 どちらにせよ、天界の力は妖刀へ強い打撃力を持つ。

「あとはこのままタコ殴りにしてやるぜ?」

 炎條の逃げ場を無くすよう立ち回り、ラファルはにやぁと笑みを浮かべる。
「逃げ場は無しか! ……俺様はな!」
「おおっと!」
 緋伝は咄嗟に炎條にタックルし、腰に下げた妖刀の鞘を奪い取る。
「これに逃げられたら嫌だもんね! ……!?」
 そのまま鞘を持ち去ろうとするが、僅かながら鞘に引っ張られる感じがして、驚く。
「持ち逃げはNGだぜ!」
 炎條は緋伝を追い、回り込んで鞘を持つ手を斬る。
「っ……!」
 緋伝は鞘を取り落すが、炎條が掴みとるには至らない。
「それ以上行かせません!」
 攻撃で乱れたその隙に、宮鷺が炎條の太ももへ弾丸を叩き込む。
「ッ――!」
「どうぞ、お好きに暴れてください」
 脚を取れば、もう逃がすことは無い。鞘を奪い返されぬ内に!
「よし。すかさず叩き込め!」
 戸蔵の指示でティアマットが再び雷を、
「ボクのニンジャ力、最大まで高まれ!」
 犬乃は分身と共に飛び出し、韋駄天斬りを、
「これで終わり、だね?」
 ルドルフは少し下がった所で逃がさぬよう、弾丸を、
「ばきばきにへし折ってやるぜ、妖刀!」
 ラファルも機械の身体を全稼働させ、渾身の抜き手を。

 連撃が妖刀に叩き込まれ、やがてその負荷に耐えきれなくなった妖刀は――



 ――ぱきん。


 小さく音を立て、二つに折れた。

「……! GameOverか……」

 折れた破片が、地面に落ちる。
 炎條はそれを見下ろし残念そうに呟くと……刀を、取り落す。

 からん。

 妖刀が床に転がると、炎條の分身もまた、限界を超え、消滅した。 




「……そう言えば。虚は結局どうなったのでしょう」
「さぁ、な。恐らくまだ向こうでクレイの祖父に仕えてるだろうが……」
 ぽつり、宮鷺が呟くと、刀の回収にやってきた隠がそう答える。
「……。俺やクレイが失敗していなくなったんだ。そう易々と姿を見せることは無いんじゃないか」
「そもそも、彼は何が目的だったんですかね?」
「……自分の後継者探し、かな」
 あくまで俺の予想だが、と刀の破片を摘み上げた隠は言う。
 クレイの祖父はもう齢だ。だがクレイは跡継ぎとして認められていない。だから力を……出来るだけ手を貸さずに、掴ませたかったのだろう。
「いずれは人間界に姿を現すかもしれない。……その時はまた、依頼するよ」


「ねぇ、忍君って痛覚鈍いって聞いたけど本当?」
 一方、戦いを終えて一息ついた緋伝は、ふっと思い立ってそんな質問をする。
「NINJAだからな!」
 こくり、炎條が頷くと、「じゃあこれ食べてみて!」とサンドイッチを手渡した。
「……? Thanks!」
 少し不思議そうな顔をしてから、炎條は礼を言って早速一口、口にした。

「……、……、……。」

 もぐ、もぐ、もぐ。
 何度か、咀嚼して。

「辛味は痛覚だって聞いてから本当かどうかもう気になって気になって!」
「……?」
 緋伝は何処かわくわくした眼で炎條を見つめていた。牛乳も用意してあるから万全だよ、と言われ、ようやく彼は『そのこと』に思い至る。

「〜〜〜〜ッッッ!!!?? 」

 カッと目を見開き、喉の奥から声にならない叫びをあげた。





 それから、5分程経ち。

「一体何をSandしたらこうなったんだ……?」
 目を潤ませながら牛乳を飲む炎條に、緋伝は苦笑しながら『死のソース』の空き瓶を見せた。
「これを、たっぷりと」
「Deth!!?」
 デスのソース。悶絶必死の激辛調味料だ。
 しかも中身の減り方から察するに、明らかに適量を越えている。
「……けどまぁ、美味かったぜ!」
「ほんと!? っていうか味は分かるんだね!?」
「Yes。……But、俺が強いのは戦いのDamageだけだぜ」
 口の中は適応外だ、と炎條は言う。それでも辛いモノには強い方らしいが。
「ごめんごめん、お詫びに今度美味しい物食べに行こうよ」
 あはは、と笑いながら、緋伝は炎條に謝った。
「隠やクレイと……皆で一緒にさ。だから、これからはあんまり無茶しちゃ駄目だよ?」
「……!」
 炎條は驚いた顔で緋伝を見つめる。「そりゃあそうでしょ」とルドルフも頷いた。
「そんな身体で余計な無茶なんてね、するもんじゃないよ」
 もし分身が消えたら、自分でやるつもりだったんでしょ?
 そう問われ、炎條は言葉に詰まる。
「……俺は……」
 何か答えようとして、炎條は俯いた。まだ口が辛いぜ、と呟きながら。
 作戦前、彼は仲間達に言った。『妖刀を使ってみたい』と。
 それは半分本心で、半分は嘘だった。もっと別の理由もあった、という方が正しいか。
 だから。
「……Sorry」
 炎條は一度謝って、

「これまで何度も、ありがとうな。……助かったぜ!!」

 またいつものように、にぃっと笑った。


依頼結果