●
「天守閣と来たか……クレイって和風の物が好きなのかな」
ゲート内部、目の前の聳え立つ城を見上げ、緋伝 瀬兎(
ja0009)は呟いた。
暗闇の中、白く照らされるそれは、天魔が生み出したにしては日本の様式に忠実だ。
「……人間界について色々訊かれた事がある」
水晶隠は緋伝の疑問に答える。巻物探しの合間の事だ。
「あまり他の世界の事は知らなかったらしいからな。……こっちの……俺達の世界がどうなっているのか、やけに興味を持っていた」
「そっか……。じゃあ、それを聞いて気に入ったのかな」
「そう……だろうな。それに――」
と、そこまで言って隠は口を噤む。
短い暗闇の道が終わり、撃退士達は城門前に到着した。
「各員、死ぬなよ。ヤバイと思ったら撤退すること、OK?」
ルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)は扉に手を掛けながら、皆に呼び掛ける。
「あぁ、無論だ」
戸蔵 悠市(
jb5251)は頷きつつ、釘を刺すような視線をルドルフに告げた。
ルドルフはただにやっと笑いかけ、城門を押す。
「隠も、己の身を守る事を第一に考えてくれ。此方は気にしなくていい」
伝えなければいけない事もあるだろうからな、と戸蔵は正面に意識を向けたまま呟く。
「……ああ」
隠もまた彼を見ず答えるが、声音に力は無い。
ぎぎぎぎぎ……。
鍵は掛かっておらず、扉は簡単に開いた。
城内は薄暗いが、外程ではない。
水晶さん、と犬乃 さんぽ(
ja1272)は隠に声を掛ける。
「自分の中の本当の願いが見つかったのなら、その想いを思いっきりぶつけにいこ」
「そのつもりだ。……だが」
俯き、隠は彼の言葉に逡巡する。一緒にクレイを止めたい。確かにそれが今の彼の願いなのだけれど。
「……言葉では聞いて貰えなかったかも知れないけど、なら後は心を込めてぶつかって見ようよ」
彼が何に迷っているのか、犬乃は彼の様子から、何となく察していた。
けれどそうやって悩んでいても、前に進むことは出来ない。だから――
「ボクも頑張るよっ」
にっこり笑って、犬乃は隠の助けになると伝えた。
「……」
隠はその笑顔を見て、一瞬黙り込んで――それからこくりと、頷いた。
●
「伊達に斥候やってるわけじゃないんだよ、ってね」
先行するルドルフは、長い髪が垂れないように縛り天井から敵の動きを窺う。
流石にここは敵の居城。その上忍者が相手となれば、奇襲を警戒せざるを得ないだろう。
そして案の定――廊下の角を曲がった瞬間、天井に張り付いていた数体の影忍者が飛び出し、ルドルフの脇をすり抜け撃退士達へ向かっていく。
「来たよ!」
「ここは私達がっ」
ルドルフの声掛けに、金城コーポ―レーションの撃退士が前に出て攻撃を受け止める。
「さて、とっ」
ルドルフへも一体の影忍者が攻撃を仕掛けるが、彼はその刃を回避。視線を目前のそれに向けたまま、後方へ銃撃支援を行う。
「すみません、助かります」
「いいよー。ちゃんと最後まで雑魚倒してくれれば」
「……よし、俺も雑魚対応に当たるぜ!」
と、そこで炎條忍が宣言。「後の事は任せるぜ」と笑い、刀を抜いた。
『ま、この様子なら大体無傷で最後までいけんじゃねーの』
光信機を通し、金城珠が答える。
『ウチの優秀な社員の御蔭だぜー? 間違っても殺すなよ、ガキ共』
「ええ、そのつもりです」
ねちっこく絡むような金城の口調に、宮鷺カヅキ(
ja1962)はさらりと返答する。どちらが社会人でどちらが学生だか、分かりゃしない。
●
「見えた! あの襖の向こうだ……!」
城を駆け上がり、隠が声を上げる。
「それじゃ、行こっか!」
ルドルフが襖を蹴破ると、目の前がぱぁっと明るくなった。
広く、細長い、畳敷きの部屋だ。燭台がいくつか並んでおり、手前は照らされているが奥へ行くほど暗くなっている。
「あれがクレイ配下のニセニンジャー部隊……!」
そして部屋には、数体の影忍者の姿が見える。
大まかにはこれまでの影忍者と変わりはない。ただ一つ違うのは、それぞれが違う色のマフラーを身に付けている事。
『……ニン』
『シュゥゥ……』
手前には、紅の極炎、紺の氷絶。
『ヌゥ……』
『……』
後方には、黄の岩窟、白の銀牢。
『ケケケケケっ』
それらの中間に位置する天井に、緑の神木がぶら下がっている。
そして、それら忍者に守られた、最奥に。
「……隠、また、来たんだ。人間達と一緒に」
クレイ・バーズナイトは隠や撃退士を見て、ぼそぼそと呟いた。俯き、暗闇に隠されたその表情は読めない。
「クレイっ……!」
「そちらは任せたぞ、相棒」
隠が飛び出すのに合わせ、戸蔵は阻霊符を片手にスレイプニルを召喚する。
黒馬は一鳴きすると、畳を強く踏みつけて敵後衛へ進撃する。
『シュッ……!』
「お前達の相手はこっち」
氷絶は氷で剣を作り出し彼らを狙うが、一歩早く回り込んだルドルフがその腕を黒蜘蛛で縛り付けると共に黒霧で視界を奪う。
霧の中、氷絶は標的を変更しルドルフへ斬りかかる。咄嗟に糸を放したルドルフは、切っ先を寸での所で回避するが……その狙いは、正確だ。
(いや、あんまり動けてないってのもあるかな?)
ここはゲート内部。『クレイの敵』は全てその能力を制限される。ルドルフもまた外のようには動き回れないのだ。
だが、こいつはこっちを向いた。
「こっちはおれが抑えるから、赤マフラーを先に! 火遁使われると面倒だっ!」
「了解っ! 疾風君、迅雷君、行くよっ!」
ルドルフの指示を受け、緋伝は双子の少年忍者と共に極炎対応へ当たる。
『ニン……』
三人は散開し、各方向から極炎を狙う。数歩下がりながら、極炎は緋伝一人に狙いを定め、印を結ぶ。
と、極炎の両腕から炎が吹き出し、蛇の形を取って緋伝を襲った。
「緋伝のねーちゃん!」
「大、丈夫っ!」
火炎を正面から喰らいつつ、心配する迅雷に、脚を止めず応える。
緋伝の全身の燃え移った紅い炎はしかし見る見るうちに黒ずんでいく。……火遁ではない。それは、緋伝のアウルの焔。
「喰らえぇっ!」
火遁を抜け、緋伝は太刀を抜き払い極炎の胴を斬る。一歩、身を引き回避を試みる極炎だが、足りない。その切っ先が彼のわき腹を裂き、傷口から墨が噴き出る。
「そこだァ!」
すかさず側面から迅雷が追撃を狙うが、彼の斬撃は避けられる。
「まだ、です!」
けれど回避したその先に、疾風。第二撃が極炎の腕を薙ぐ。
『……ニン』
重く、恨みがかった極炎の鳴き声。三人の忍びを脅威と見做したのだ。
『ケケっ』
だがそんな極炎を嗤う様に、天井から神木が落下する。
神木はだらりと上半身を垂らし、両腕を畳に張り付ける。と、ぶわっと床に黒墨が広がった。
墨は極炎、氷絶の足を通り、彼らの身体に混じっていく。
『ニンッ……!』
『シュゥゥ……』
「強化能力、かな」
隠に聞いていた奴だ、と緋伝は敵の動きに注意しつつ呟いた。
(でも、それより……!)
『ケ?』
極炎の脇をすり抜け、緋伝はしゅるると巻物を開く。
と、緋伝の周りに炎の刃が生み出され、神木へ向け一直線に飛んで行った。
『ゲッ!』
刃は神木に当たると共に、その影を畳へ縫い付ける。
「いつまで持つか分からないけどっ……!」
支援忍者の動きを止めた。「よっしゃ!」と迅雷は叫び、雷の様な迅さで極炎を斬り裂き、再び距離を置く。
(大丈夫、こっちは戦えてる……!)
何処か薄氷を踏むような危うさを覚えつつも、作戦は上手く進む。ちらとルドルフに目を遣ると、苦戦気味のようだがそちらも今すぐに危ういわけでは無さそうだ。
「……今のうちに倒さなきゃ、ですね」
「そうだね。……でも油断しちゃダメだよ、疾風君」
●
「俺にはこいつらの因縁も感情もシコリモ恨みも何一つ関係ないんだもんなー」
戦場を駆け抜けながら、ラファル A ユーティライネン(
jb4620)は考える。
傍らで共に戦うこのヴァニタスとか、他の撃退士とか……この悪魔の目的とか。
知らないし、関係もない。今日初めて参戦したのだから当然だ。けど、そんなラファルにも。
「わかっていることは一つだけある。敵を倒してゲートを破壊する事」
ラファルの細腕が、頑強な機械へと姿を変える。
偽装を解いたのだ。身体への強い負担と引き換えに、ラファルの全身に力が満ちる。
「俺様がてめーらに引導を渡してやるぜっと」
しがらみが無いのなら、その分俺は純粋に、ただこいつらと戦おう。
ラファルの肩口からランチャーが飛び出し、無数のミサイルが発射される。
「……!? 岩窟!」
クレイが咄嗟に叫ぶと、岩窟は拳で床を叩く。ごぅん、鈍い音を立てた後、クレイの目の前に墨で描かれた大岩が迫り出し、ミサイルを受け止める。
『ヌゥン!』
爆風は傍らの岩窟を巻き込むが、被害は軽微らしい。「頑丈だなー」と、それを想定していたラファルは呟く。
護ってくる事は想定内。護るなら、恐らく岩窟は防御型。今は良い。それで良い。
(その上で、消耗させて削り倒す!)
過剰に湧き上がってくる破壊衝動を抑えつつ、ラファルは戦場を見据える。
ちょうど、敵が反撃に移る間もなく犬乃が側面の壁から仕掛けた。
「鋼鉄流星ヨーヨー★シャワー! ……いけーっ、ボクのヨーヨー達!」
今度はヨーヨーの雨がクレイ達に降り注ぐ。同じく岩壁でガードされるが、完全に無効化されるわ
けではない。先程同様、壁を抜けた攻撃がクレイや岩窟を襲う。
『グ……ヌゥ……』
連続の範囲攻撃、それを真正面から受ければ如何に硬い忍者と言えどそれなりのダメージとなる。
『……』
そこへ白マフラーの銀牢が駆け寄り、指の先から黒い墨のようなものを注ぎ込んだ。墨の入った岩窟は、身体に受けた傷が修復していく。
「硬いね……ニセニンジャー! それに回復が厄介だ!」
「ならやはり、銀牢からか」
犬乃の言葉に答えながら、反対方向から隠が銀牢へ斬りかかった。
ギンッ! 墨を固めた二つの刃がぶつかり合い、僅かな間鍔迫り合いとなる。
『ッ!?』
が、次の瞬間銀牢の頭はスレイプニルの攻撃を受ける。
「……ゲートの影響を、受けているようだな」
戸蔵が問い掛けると、隠は小さく頷く。それは隠がクレイに『敵』と見做されているからに他ならない。
(……しかし……コアは何処にある……?)
戦いの合間、周囲を見回す戸蔵。隠は確かに天守閣にあると言った。なら、何処へ……?
「岩窟! 銀牢!」
考えていると、クレイは杖を床に刺し叫ぶ。と、影忍者達の全身が更に黒く黒く染まってゆく。
「こちらも強化、ですか……」
「ぐっ……」
宮鷺はギリギリの距離から拳銃を撃つ。弾丸はクレイの肩に命中するが、クレイは歯を食いしばり堪える。
(……戦い慣れてるようには、やはり見えませんね)
クレイの様子を見ながら宮鷺は考える。戦場に出るのは始めてなのだろう。……だからといって、今は手を抜ける状況ではないが。
『……っ』
強化を施された銀牢は、黒墨で無数の四方手裏剣を生み出し、前方の撃退士達へ一斉に飛ばす。
「避けきってやるよ」
ラファルは深く息を吐き、飛んで来る手裏剣の軌道を読む。ギリギリまで引き付け、身を屈め、雨のようなそれを一つ一つ避け、どうにもならぬものだけ剣で弾く。
「……次はこっちの番だぜ?」
紙一重。ほんの小さな隙間を抜け、ラファルは口角を上げる。再度肩からミサイルが発射され、クレイを中心に爆撃。
「さーどうしたよ」
そこから更に一歩踏み込み、ラファルはクレイを見据える。
「っ……、『来るな』ッ!!」
狼狽え、クレイは肺腑の底から声を張り上げる。
びりり。彼の一声は部屋全体を震わせた。
「ッ――!」
その衝撃をダイレクトに受けたラファルは、脳を揺さぶられ意識が遠のく。
「何だ、この叫びはっ……!」
思わず耳を塞ぎ、戸蔵は眉を顰めた。「クレイのスキルだ」と隠が答える。
「声に魔力を乗せ、飛ばした。距離があれば問題は無いが――」
隠もまた耳を塞ぎつつ、ラファルを見遣る。ぐらり、ラファルは体勢を崩し倒れる……かと、思われたが。
「……うるせー、な、こいつ……」
ダンっ! 倒れる寸前足を踏み出し、ラファルは頭を抑えつつ呟いた。だらり、彼女の口元から血が垂れる。
「なんっ――」
「おいで、もう一人のボク」
何で、と言い切る前に、クレイは口を閉じる。この隙に、犬乃が彼の近くまで迫っていた。
「……お前の好きにはさせない」
犬乃はクレイに斬りかかるが、その間に岩窟が割り込み、攻撃を受けると犬乃を殴り返す。
『ヌゥ……』
クレイが狙われる以上、岩窟はクレイの傍を離れる事が出来なかった。故、移動出来る撃退士と比べて攻めにくい。
『……』
「何処を見ている」
銀牢がカバーに向かおうとするが、スレイプニルの真空波に遮られる。
もう一歩踏み込もうとすれば……宮鷺の射程内だ。迂闊なことは出来ない。
「喰らえッ!」
悩む間に、隠が更にもう一撃、手裏剣で攻撃を加える。銀牢はひとまず畳に手を遣った。と、手先から墨が流れだし、針となって撃退士を襲う。
「残弾ゼロ。後は直接ぶった斬る」
針を避け、ラファルはクレイへ最接近。岩窟が尚も庇いに入るが、であれば、とラファルは岩窟の身体を削ぎにかかる。
斬ッ。ラファルの刃は岩窟の胴を裂き、噴水の様に墨を吐き出させる。
「岩窟ッ……!『来るな』よッ!」
噴き出た墨がクレイの顔にも降りかかり、彼は必死になって再度叫んだ。ラファルは頭を殴られたように仰け反るが、すぐに正気付く。
「なんで効かないんだよっ……!」
「さーな」
答えるわけねーだろ。身体の中身が数か所イカレたのを自覚しつつ、ラファルは冷徹に吐き捨てる。
「……あれか!」
と、そこで戸蔵が声を上げる。
クレイの少し後方、暗闇の中。よく見れば、薄墨が竜巻のように護る空間がある。
「恐らくあの中にコアがある!」
●
氷と氷が、ぶつかり合っていた。
『シュゥゥ……』
氷絶が氷柱で生み出し、天井から一気に撃ち下す。
「っと……!」
躱せない。咄嗟に判断したルドルフは、二度の空蝉を使い範囲外まで逃れた。
その全身からは、白銀の粒子がひゅらららと吹き出している。
「場数だけは踏んでるのさ……場数だけはね」
挑発的に笑いながら、ルドルフは考える。これ結構キツい。ゲート内で上級ディアボロを引き付け続けるのには、正直限界が来始めていた。
だがそれを表には出さず、ルドルフは果敢に斬り掛かる。切っ先が触れる度、白銀と氷の世界に黒い墨が紛れ込んだ。
『シュゥ……』
傷を抑えながら、氷絶は氷から鎌を生み出す。次、あれを喰らったら……多分立てない。
だがその攻撃は、氷絶の背後から飛んできた炎刃によって中断された。
「お待たせ! こっち終わったよ!」
緋伝の援護だった。こくっと頷いて疾風が、待たせたなと偉そうに迅雷が、ルドルフの前まで駆け込んでくる。
極炎は既に倒れていた。神木はまだ生きていたが、今はこちらが優先だ。
「助かるよ」
薄く笑みを浮かべながら、深呼吸して刀を握りなおす。
「じゃ、早いとここっちも終わらせようか」
相棒の援護もしたいしね、とルドルフは何とか余裕を見せる。
「っしゃ!」
『シュッ』
迅雷が飛び出し斬りかかるが、それは容易く避けられる。第二撃、回避の為に動いた先で疾風が狙うが……それもぎりぎり、回避された。
「まだまだっ!」
が、次の一撃、緋伝の魔法攻撃までは対応しきれず、炎を受けた氷絶の全身からだらりと墨が吹きだす。
「――そこっ!」
ルドルフが狙いを定め、一歩、跳ぶように踏み込むと、氷絶の胸を貫いた。
『シュ……ゥ……』
がっ。氷絶は刀を掴み引き抜こうとするが……力尽き、ばしゃんと音を立て只の墨と化す。
「あとは……向こうだけだねっ!」
スキルを入れ替え、削られた体力を多少回復させると、緋伝は気を引き締める。
あちらでは、ゲートコアが発見された頃だった。
●
「岩窟! 銀牢! 神木! コアへ!!」
クレイが悲鳴のような叫び声をあげると、残る三人の忍者は戦闘を中断、コアの周辺へと集合する。
「お前達は『来るな』ッ!!」
そして撃退士――犬乃を中心に、再度拒絶のスキルを発動。
「うぅっ……」
犬乃はその場から動けなくなるが、他はどうにか堪える。
「行け、スレイプニル!」
宮鷺がありったけの弾丸をコアへ撃ち込む中、戸蔵は馬を走らせ、邪魔をする銀牢へ攻撃を仕掛ける。
「コアさえ破壊できれば……!」
「邪魔すんじゃねーよ」
ラファルも銀牢を斬り裂く。度重なるダメージを受けていた銀牢は、無言のまま遂に液状化し消える。
『ヌゥゥ……』
だが岩窟は銀牢の回復を受けており、再び全快していた。更に神木の墨を受け、その防御力が上昇する。
「硬いっ……!」
隠の刃は岩窟に通らない。「苦戦してるねぇ」と、ルドルフが駆け寄り神木を斬る。
「止めろよッ! お前達それ以上『寄るな』ッ! ――げほっ」
もう一度、クレイが叫びでルドルフを止めるが、咳き込む。
「壁走りかーらーの……兜・割・りぃっ!!!」
そこへ、壁を走ってきた緋伝の一撃が加えられる。
「ぐ、あっ……!」
脳天を太刀で叩かれたクレイはぐら、と足をふらつかせる。
ひゅぅぅ。音を立て、コアを守っていた薄墨が引いていく。
「今です! あと、一撃!」
宮鷺が声を張り上げた。障壁が消えた、今なら――
「消えろ邪なる世界!」
瞬間、飛び出した彼が刀を振るい、ゲートコアを両断する。
「これで、邪悪なニンジャの魔城は消える……!」
それは先程クレイの叫びで動きを止められた筈の犬乃だった。……いや、違う。
倒れた犬乃は既に消滅している。あれは分身だったのだ。
「隙があれば狙うつもりだったけど……」
上手く行って良かった、と犬乃は笑う。
●
「君ね、強くなってそれから一体何がしたいの?」
「何……って……」
「私も気になっていました。……クレイさん。ゲートを開いて、その後どうしたかったのですか」
それから少しして。
眼を覚ましたクレイは緋伝と宮鷺に問われ、俯く。
「それは……僕は弱いから、強い悪魔になりたくて……」
「強い悪魔、か。確かにゲートで得た力で一時的に強くなれはするだろう。だがその後はどうする?
」
今聞いてるのはそういう事だ、と戸蔵は窘める様に言う。
「得た力で何をする? 得た力を遣い切ったらまたゲートを開くのか?」
「……。……そう、かもしれません」
眼を逸らし、クレイは答える。その肩は小さく震えていた。
「それでまた強く、ですか。……強くなる事は、手段ではなく、目的ですか?」
ゲートを使って強くなって、それから何かする、ではない。強くなる。それだけが目的だとしたら。
「……それで認められる〜なんてお思いなら大間違いですよねぇ。むしろ余計に認められないでしょう?」
「なっ……!」
宮鷺はクレイを鼻で笑った。ただ強くある為だけの力など、何の意味も無いのだから。クレイは顔を上げ宮鷺を睨み付けるが、反論は浮かばない。
「目的の無い力はね、自分も他人も不幸にしちゃうんだ」
中腰になりクレイと目線を合わせ、緋伝は言う。後ろで隠がそっと目を逸らした。
「人間一人一人は君よりずっとずっと弱いけど、それでも今日君を止めた。それは何故か考えてみなよ」
魔力が、強さが一番大事だと言うのなら、どうしてそれに劣る人間達がクレイを止められた?
クレイは俯き、黙り込む。ぐぐ、と拳を握るのが見えた。
「……それはともかくこれ食べなさい」
「むぐっ!?」
と、緋伝はそんなクレイの口に何かを押し込んだ。
「どう、美味しい?」
「ぐむぐ……」
それはチョコレートだった。クレイは何も言わずそれを咀嚼し、飲み込む。
「……。何でしょう、この、口の中が溶ける感覚……?」
「えっと……それはね、『甘い』って言うんだよ」
考えてもいなかった反応に驚きながら、緋伝はそれを表す言葉を伝える。
「甘いもの、食べたこと無いの?」
「……食事は、僕には不要だって」
クレイの祖父は、彼に『食事』を教えていなかった。魔力供給だけで生きていける冥魔界で、『お前に余計な娯楽を知る権利は無い』、と。
そっか、と緋伝は呟いて、彼に欠けているものの大きさに気が付く。
「世の中、力があっても無くても関係なく幸せで楽しい事、沢山あるよ」
この子は知らないのだ。祖父に押し付けられた価値観の元、力が全てであるかのように教わって。
だが、そんな祖父の生き方はクレイには難しかった。逃げ場も無い中、それに囚われたクレイは、自分を卑下し続けて。
「ずっと辛かった。誰かに心の底から解って欲しかった。……一人で、よく耐えました。」
きっと、誰かにそう言って欲しかったのだろう。宮鷺は優しく言葉を掛ける。クレイは俯いたまま、小さく唇を噛んだ。
宮鷺にも覚えがあった。彼女もまた一族の中で特異な立場だったから、誰にも言えずに抱え込んだことがある。
「貴方は一人前の悪魔として認められたいのでなく、クレイ・バーズナイト個人としての自分を認められたい。違いますか……?」
「それは……」
答えに窮するクレイを、宮鷺はじっと見つめる。収納した銃を意識しながら。
「……正直、分かりません……」
クレイの答えは曖昧なものだった。
「考えた事が、無かったですから……。……でも……」
悪魔としての自分が出来損ないだから、誰にも愛されないのだと……クレイはそう感じていた。
もし、こうなる前に誰かに抱きしめて貰えたなら……きっと。
「……そう、ですね……きっと、僕は、そうだったんだと思います」
悪魔として、でなく。
クレイ・バーズナイトとして。
「なら、隠の話を聞いてやれ」
それを聞き、戸蔵はふぅと息を吐く。
「隠、の……?」
戸蔵が呼び掛けると、クレイは恐る恐る隠を見た。
「隠、お前は「クレイ・バーズナイト」がどうあれ、その存在を否定しないだろう?」
「……当然だろ」
こくり。戸蔵の言葉に、隠は強く頷く。初めは似た境遇からの同情でしか無かった。だが共に過ごす内、隠にとって彼は本当に大切な存在に変わっていた。
「隠……」
クレイは隠の事をじっと見つめる。じわり、その瞳に涙が浮かんだ。
それからわなわなと口を開け閉めして……言葉と共に、涙は零れ落ちる。
「っ……ごめん、な、さい……っっ!」
顔をぐしゃぐしゃにして、クレイは謝った。隠に。撃退士に。……人間に。
「ごめんなさい、僕、僕はっ……」
崩れ落ち、わんわん泣きながら謝るクレイを見て、宮鷺は皆に問う。
「どう、しますか?」
彼は悪魔だ。基本的に、人類の敵。危険な存在だと思うなら、無力化した今の内に殺した方が良い。
「無理に命を取る必要はないだろう」
戸蔵は答える。今の彼が人間に危害を加えるとは思えない。
「ボクもそう思うよっ! それに、折角隠さんと仲直り出来たんだもんっ!」
「あー、俺事情知らねーからパス」
こくこくと勢いよく頷く犬乃に、白紙委任のラファル。
「……ま、好きにしたら良いんじゃない?」
背中に回していた手を出して、ルドルフは苦笑気味に肩を竦める。
「ねぇ、君は人間って生き物に興味はない?」
緋伝は答えの代わりに、クレイに尋ねた。
「人間、に……?」
「久遠ヶ原に来たいなら教師陣に掛け合おう。また、金城ならば別の道も用意できるだろうな」
「……クオンガハラ……」
ちら、とクレイは隠を見る。隠は「俺はお前と一緒にいるよ」と頷いた。
「如何するかは自由に決めて貰って構わん。協力は惜しまない」
弟分の世話は慣れているからな、と戸蔵は誰かに聞かせるように言う。
「……なら、僕は――」
●
その後の事だ。
クレイ・バーズナイトは投降し、撃退士監視の下久遠ヶ原学園へと向かった。
彼、及びそのヴァニタスの行動に関しては人的被害が少なく、また主な被害者であった忍び里がこれという抗議を寄越さなかったことから、然る後、正式に学園生として転入する事となる。
クレイがはぐれ悪魔となった事で、水晶隠の能力は著しく減少した。
天魔に触れる事は出来ても、身体的には新人撃退士より一段落ちる。
「だが、これで良かったのだと思うよ」
水晶隠は、撃退士達にそう語った。暫くは金城コーポレーションからの依頼や忍び里の任務を熟しながら生活するのだと言う。当然、彼も久遠ヶ原島に在住する事となった。
力を失い、それでも二人は楽しく過ごしているのだと言う。
これで、炎條達忍者一族の問題は全て片が付いた。
……かと、思われたが。
「ところで、アレはどうなった? 俺達が掘り出そうとしていた、妖刀『朧』だ」
数週間後、撃退士達へ、最後の任務が言い渡される事になるのだった――