「地滑りの危険あり、とでもして出来る限り人払いをして欲しい。万一の事態があっては不味いからな」
戸蔵 悠市 (
jb5251)はまず、学園へそう連絡した。
事情が事情なだけに、敵出現の可能性は非常に高い。時間は少し掛かるが、と前置きし、学園側も協力を承諾した。
既に山にいる人間まで手は回らないが、これ以上増えることも無いだろう。
「ピクニックというか「宝探し」だね……宝物がちょっと物騒だけど」
炎條の言葉を聞いた緋伝 瀬兎(
ja0009)はこのミッションをそう評す。
「呪いの刀だっけ? 確かに宝探しにはちょっと物騒――」
ルドルフ・ストゥルルソン(
ja0051)は頷きつつ、ふと電話をする戸蔵を見る。
「やーだ戸蔵くーん、俺こっわーい☆」
「あまり時間があるとは言えん。ルドルフ、炎條、急ぐぞ」
通話を終えた瞬間彼は戸蔵に抱き付くが、べちんと叩き落とされた。特にリアクションは無い。
「OK! ……そっちのTeamもよろしく頼むぜ!」
「勿論! 絶対に、伝説は繰り返させないよ!」
犬乃 さんぽ(
ja1272)はにこりと笑って親指を立てる。
(それに、炎條くんがこれ以上辛い想いをしなくてもすむように、力になりたいもん……!)
「それでは、もしこちらで見つけた時は連絡します」
「了解した」
宮鷺カヅキ(
ja1962)が連絡手段を話すと、戸蔵は頷き、ルドルフと共に走り出す。
「急がねばならんからな。死ぬ気でついてこい」
振り向かず、背後の炎條達に声を掛ける戸蔵。
「OK、だが――」
「全力だね、オッケー☆」
ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)は笑って頷く。
(良いね……皆が剥き出しの心を見せるってのは☆とても、興味深い♪)
間もなく緋伝達も山を登り、妖刀の捜索が、始まった。
●
「神社かぁ……」
薄らと霧がかかる境内を眺め、緋伝は考える。ここに刀があるとすれば――
「妖刀を埋めた上に神社を建てた、または元々あった神社の下に故意に埋めた?」
神社の下を掘るなんて罰当たりなこと、普通は誰もやらない。
「そうですね。社や周辺の地中……御神体が持っている、という線も考えられます」
地面を注意深く探りながら、宮鷺が頷く。
「ごめんなさい神様……世界の平和の為に、ちょっと調べさせてくださーい」
ぺこりと頭を下げて、犬乃は社の中に足を踏み入れる。
巻物に書かれていた文字や模様などが無いかじっくりと調べるが、なかなかそれらしいものは見当たらない。
「あ、これって」
緋伝が古い看板を見つけた。
「――『今から700年以上前、この山の辺りで神隠しが』……」
それは神社の成り立ちを記したものだ。当時多くの人々が神隠しに遭い、それを山の神の怒りだと思った地元の人間達が神社を建てたのが由来だという。
「神隠し……」
「ゲートのことかも知れませんね」
天魔との戦いが公のモノとなる以前の事だ。魔忍者か主の悪魔がゲートを開いていたとすれば、それは神隠しと思われかねないだろう。
「そうですか……ありがとうございます」
と、犬乃が社の中から出てくる。
「神主さんに聞いてみたんだけど、魔忍事件については伝わってないみたい」
彼はがくりと肩を落としながら報告する。彼の背後で、神主が小さくお辞儀をした。
「すみません!」
緋伝はただ一人参拝に来ていた客を呼び止める。健康そうなお爺さんだ。
「この霧って、いつもこうなんですか……?」
「霧かい? そうだねぇ、中腹にならよく掛かるんだが……そういえば、ここに出るのは珍しいねぇ……」
●
「なかなか見つからないねぇ☆」
「そうだなッ……」
木の地点でも捜索は続いていた。とはいえ元より範囲が広い為、それらしいものは中々見当たらない。
「かたっぱしから掘り返すわけにはいかないもんねえ……」
フラッシュライトを木陰に翳しながら、ルドルフはぼやく。
大木や大岩、碑文等、目印になるものさえあれば先ずはそこを掘るのだが……
「Y字型の枝があったら拾ってダウジングで探したり出来ないかなー……あっすいません真面目にやりますハイ」
しゃがんで木の枝を摘み上げるルドルフだが、戸蔵の冷たい視線を感じてすぐ立ち上がる。
「But、情報が足りないのは確かだぜ。目印があるかどうかも分からないからな……!」
「誰の手にも渡さないつもりなら、目印なんて無い方が良いだろうしねぇ☆」
刀の在処を、五つの巻物に分散して描いた理由も分かってはいない。
「……確かにな。だが推測することは出来る。例えば――」
頷き、何かを言いかけた戸蔵だが、突如口を噤む。
「これは――。ヒリュウが怪しい所を見つけた。急ぐぞ!」
●
「見付からないね……」
「そうですね……」
一方、土の地点。
それらしいものが見つからず、そろそろ捜索を切り上げようとしていた彼女達であったが……
「……っ!」
突如、宮鷺が樹上へ向けて拳銃を放った。
「敵っ!?」
「えぇ。今、木の陰に」
驚く犬乃に、宮鷺は落ち着き払って答える。
「恐らくディアボロの方ですね……。白いマフラーのようなものも見えました」
それはこれまでの影忍者に無かった特徴だ。
「近くにまだいるのかな……?」
「でも襲って来ないね……?」
犬乃と緋伝は警戒し、周囲を見回す。気配は読めず、攻撃も飛んでこない。
「……さっきのお爺ちゃん、大丈夫かな」
緋伝は呟く。山の一時閉鎖を伝え、帰るように促したが……
「ちょっと、様子見てくるね」
「うんっ」
気になって向かう緋伝を、犬乃が見送る。
それから少しして、宮鷺の元に連絡が入った。
「――! 了解しました」
●
その周辺には、不自然な程に何も無かった。
木も、草も、苔すらも生えていない。
ただ大きく頑丈そうな岩が埋まっているだけだ。
「成程、これは……」
「『生命を吸う刀』、と書かれていたからな。……恐らくは、この下に」
もし刀がその性質を地中でも保持していたなら。戸蔵は上空のヒリュウの眼を使い、生命の無い場所を捜索していたのだ。
「オッケー☆ じゃあここを掘り返そうかっ♪」
ジェラルド達が岩を退かし、土を掘り返すと、その中から細長い一つの箱が現れる。
戸蔵がそれを拾いあげ、土を払った。
箱は重く頑丈に作られ、装飾のようなものは無い。箱は少し歪んでいたが、力を込めればすぐに開いた。
「間違いない」
箱の中には、一本の刀。鞘に納められてはいたが、何処となく妖しい雰囲気を醸し出している。
そして箱の劣化とは対照的に、刀には殆ど損傷が見受けられない。……周辺の生命を少しずつ吸って劣化を免れていたのか。
「何にせよ、これで一先ず隠達の目的は阻止できるな」
A班に連絡を入れ、刀に触れようとした矢先――
一枚の手裏剣が、戸蔵を襲った。
「っ……!」
手裏剣は戸蔵の二の腕を裂く。振り返れば、背後の樹上に彼がいた。
「妖刀『朧』、確かに実在したようだな」
「水晶、隠……!」
●
「これは本当にお前の欲しかったものか!? 隠!」
「そうだ。巻物に描かれた妖刀。その力があれば、俺はッ……!」
隠は戸蔵の問いに答えつつ、影忍者達に指示を飛ばす。
ディアボロ達は即座に戸蔵を囲もうとしたが、戸蔵はヒリュウをスレイプニルと入れ替え、隠の背後に回らせる。
「……見慣れないNINJAがいるなッ!」
炎條が声を上げる。現れたのは隠だけでなく、撃退士を囲むように四体の影忍者が飛び出してきた。
「あの色付きだよね」
炎條の言うそれをルドルフも認識し、頷く。
影忍者の内二体は、それぞれ紅と紺のマフラーを付けていた。
「他のディアボロよりも強いかもね?」
警戒しつつ、ルドルフも隠の側面に回り刀を振るう。
「援護するよ☆」
赤黒の闘気を噴出させ、ジェラルドはパイオンで隠の腕を裂こうとする。が。
「この程度ッ!」
糸の手応えが無くなり、隠は一瞬姿を消す。
再び出現した時、隠は三歩程戸蔵に近づいた。
「くっ……!」
『――虚ノ持ツソノ刀は、異様ナ魔力ヲ持ッテイタ』
戸蔵の脳裏に甦る、巻物の一文。
抜いてしまいたい。鞘に収まった状態ですら怪しげな気配を放つその刀に、戸蔵は僅かに魅入られそうになる。
「――礎になる覚悟は決まっていると言っただろう」
けれど戸蔵は小さなその思いを、斬り捨てる。
「今更欲に流されたりなどしない!」
刀を掴む。瞬間、痛烈な餓えの様な感覚が戸蔵を襲った。
しかし戸蔵は息を吐き、その感覚を押し殺す。問題は無い。耐えきれる。
「大丈夫そう?」
「ああ」
ルドルフの目線に、戸蔵は軽く頷いて答える。
「後は……頼む」
「はいはいっ!」
スレイプニルが戸蔵を背に乗せ、走り去ってゆく。
「待てッ……!」
「おーっと、行き止まりだよ」
追いかけようとする隠に、ルドルフが竜巻を放ち妨害する。
「お前ッ……」
隠は刀で僅かに威力を殺しつつ、恨めし気な眼でルドルフを睨み付ける。
ルドルフは薄い笑みを浮かべ、「ごめんねー」とわざとらしく口にした。
「さぁ、君の覚悟を、想いを見せてごらん☆」
すかさず、ジェラルドが横から隠を糸で絡めるが、糸を引いた瞬間、手応えは消滅する。
「その程度……!」
刹那、一歩後方に出現した隠は、墨を固めたような黒い刀でジェラルドを斬る。
「良いね☆ 感情に猛るキミは、とても人間らしい……可愛らしい♪」
「何を……わけの分からない事を!」
紅の忍者が素早く印を結び、ジェラルドへ向け火の玉を生み出し、放つ。
「おっと」
「火遁使いかッ!」
ジェラルドは火球を何とか回避、入れ替わりで炎條が火遁・火蛇を紅忍者に放った。
『ッ……!』
けれど紅忍者の方も、それを回避。
「とりあえず雑魚の方は蹴散らしておこっか!」
ルドルフは自身を狙ってきた通常の影忍者二体へ向け、影手裏剣・烈を繰り出す。
影が影を貫き、日の中に溶けて消える。
「忍犬召喚……そしておいで、もう一人のボク!」
そこへ、フェンリルを召喚しつつやってきた犬乃達。
「状況はっ!?」
緋伝が残った三人を見つつ問う。
「刀は戸蔵君がもー持ってったよ。後はこいつらの足止めだけ」
「分かった!」
ルドルフがそれに答えると、犬乃は元気よく頷いて、影分身を生み出すとフェンリル共々二体の上級忍者に向かわせる。
「戸蔵さんは絶対に追わせないよ!」
フェンリルが紅忍者の腕に食らいつく。
『ッ……!』
紺忍者は手中で氷を生み出し、手裏剣へ変え犬乃へと投げる。だが手裏剣は犬のぬいぐるみを突き刺しただけで、本人にダメージは無い。
「お返しだよっ!」
女性の犬乃が、古びた刀で紺忍者を斬る。
が、紺忍者も空蝉によってこれを回避。犬乃の刃は霧散する影を斬ったのみ。
「また、ぞろぞろと……!」
増援の到着に、隠は苦い顔をする。
数の利は失われ、刀もこの場には無い。
「ねぇ、一つ聞いていい?」
緋伝は紺忍者に焔の刃を撃ち込む。刃は紺忍者に命中した後、黒い靄となってその視界を奪う。
「ゴメンねぇ☆ちょっと痛くするよ♪」
動きの鈍った紺忍者に、すかさずジェラルドが糸を結び付け、強く引く。
『ッ……!』
暗闇の中、紺忍者は僅かにもがいたかと思うと大人しくなる。
「あの刀は、持ち主の人格に影響を与えるんだよ。……その事は、知ってたの?」
緋伝は隠へ問う。それは土の巻物に書かれていた事実。
「……聞いている」
隠はその問いに、短く返答した。
「だったら何で――」
「――主が力を必要とした。俺はそれに応えたかった!」
表現に違和感を抱きつつ、更に問う緋伝に隠は叫ぶ。
「力が無いと、出来損ないだと、言われ続けたアイツを、俺は――」
「――隠さん」
戦いの中。
宮鷺カヅキは拳銃を降ろし、殺意の欠片も無く隠へ近づいていく。
「何をッ……」
その挙動に、隠は警戒し後ずさった。
だが宮鷺は瞬間、距離を詰め、隠の両頬を思い切り挟む。
「離っ――」
「自分に嘘をついている。感情に負けて動く忍者があるか」
至近距離で隠の眼を見つめ、宮鷺ははっきりと告げた。
「嘘……だと」
彼女の言葉に、隠は僅かに動揺を見せる。
「えぇ、嘘です。だからいつまでも変わらない」
「何を……、……嘘、だと? だが俺は、主の、クレイの為に……」
隠の眼が泳ぐ。宮鷺の瞳を見つめ返すことが、出来ない。
「そうではないでしょう。私は確かに、貴方に聞きました」
あの日坑道で、宮鷺は確かに彼の口から聞いた。
「「人を守りたかった」……本当に成したい事をお忘れですね」
もし、言葉が届かなかったとしても。
宮鷺はそれでも仕方が無いと思った。だが、それでは――
「それは、俺が人間だった頃の、願いだ」
目を逸らしながら、隠は言う。
「今の俺は死人で、ヴァニタスで、人間の敵で、クレイの……、味方だッ……!」
「クレイ……それが貴方の主の名ですか?」
隠の主の事を、宮鷺は知らない。けれど、それが彼の心の引っ掛かりであることは分かった。
引っ掛かりであり――言い訳であると。
だがそれに甘えていては、何も守る事は出来ない。永遠に。
「助けになるのは勿論だけど……その主を止めるのもまた従者の務めですよ」
だから宮鷺は最後に、優しい口調でそう告げた。
「……止め、る?」
宮鷺の言葉を繰り返し。
ようやく隠は、宮鷺の眼を見つめ返した。こくん。宮鷺は頷く。その額には、汗が滲んでいた。
ばたん。
宮鷺は軽い音を立てて倒れる。その腹部には、隠の刀が突き刺さっていた。
「……」
隠はだらりと両腕の力を抜き、宮鷺の腹から流れる血を少しの間眺める。
「……。もう一つ訊いても良いかな。……魔忍者『虚』って今も存在してたりする?」
息を呑み、僅かに逡巡した後、そんな彼に緋伝は問う。
魔忍との戦い。刀の封印。
巻物に描かれた戦いは一応の決着を得た風だったが、一度として彼を倒したという記述は無い。
それに――刀の情報を、隠は何処から得た? かつての彼は、忍語を読めなかっただろうに。
「もし、虚が実在してるならさ。……隠達、虚に騙されてない?」
「……そう、だろう、な」
緋伝の問いに、隠はもう一度頷いた。
「……それも、分かってて?」
「あぁ。……奴には奴の目論見があっただろう。だがそれに縋らなければならない程、俺もアイツも追い詰められていた」
認められない、出来損ないだと言われる自分達に、隠もその主も潰されそうになっていたから。
「俺が奴から聞いた情報は二つ。『巻物に、強い力を持つ妖刀の在処が記されている』ということ。……もう一つは……」
隠は山頂を見上げる。
――瞬間、山頂から一筋の光が天空を貫いた。
「『戦争と妖刀によって血塗られたその土地でなら、容易にゲートを開ける』ということだ」
「ゲートっ……!?」
隠は浮かない顔で山頂の光を眺め、それから二体のディアボロに手で指示を出す。
傷ついた紅と紺の忍者は、それを受け森の中へ下がる。
「待てッ……!」
炎條が呼び止めるが、刹那、隠は山頂へ向け飛び出した。
「……クレイを、説得してくる」
最後に一言、そう告げて。