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マスター:螺子巻ゼンマイ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/09/19


みんなの思い出



オープニング

 金城家の巻物を手に入れてから暫くの事。
(……隠……)
 生徒たちと共に解読を進めながら、炎條は時折考え込んでいた。

『厭になるだろ。だからだ。俺はお前が――いや、お前達『撃退士』が、妬ましくて、大嫌いなんだよ!』

 フラッシュバックするのは、水晶隠のあの言葉。
 隠があんなことを思っていたなんて、忍は知らなかった。

 自分はアウルを持っていて、隠は持っていない。

(それが原因なんだとしたら……)
 自分の、所為なのか。自分がここへ来たから。
(だが、俺は……)
 思い出す。
 撃退士になろうと決めた日の事を。

「すんませーん、スキルが欲しいんですけど……」

 屋上に、新入生らしき生徒がやってくる。
 まだ右も左も分からないのだろう。その顔は何処か不安そうだった。

「Skillが欲しいのか? それなら――」

 彼にも笑ってほしくて、
 無理矢理、笑顔を作った。



 巻物の書式は以前と変わりなかった。
 解読に協力してくれる生徒も増え、作業は以前より速く進む。

 ――甦ッタ虚ハ、以前トハマルデ違ッテイタ。
 妖ノ如キ力デ、多クノ民ヲ連レ去ッタ。

 虚ハ魔ノ者トナッタノダ。我等里ノ忍ビハ、虚ヲ始末スル事を決意スル。
 唯一人、焔ハソノ決定に異議ヲ唱エタガ……虚ヲ放置スル訳ニハイカナイ。結局ノ所、彼モ決定に従ッタ。

 虚ニ対抗出来ルノハ、コノ俺ヲ含メ五人。ソレデモ奴トノ実力ノ差ハ明ラカダ。
 ソノ上、奴ハ奇怪ナ結界ノ中ニ閉ジ籠ッテイル。アノ中デハ、自由に動クコトハ難シイ。

 生キテ帰レナカッタ時ノ為ニ、俺ハコノ書ヲ残ス。 ――

(……自由に動けない、結界?)

 何処か引っ掛かる表現だ。
 前回の『死んで生き返った』ことと同じく、これはまるで……。

 未だに分からないことはもう一つ。

(巻末のこれは、何だ……?)
 謎の曲線の意味は、未だに分かっていない。



「それで? 僕の所に来たってわけだ」
 炎條達を出迎えたのは、パッと見若いのかそうでもないのか分からない柔和な男。
 林縁聡だ、と、彼は炎條以外の撃退士に名乗った。
「Yes。隠がここへ来る前に、俺達に巻物を渡して欲しい!」
「ふぅん……まぁ、協力してあげたい気持ちはあるんだけど、ねぇ……」
 顎に手を当て、彼はじぃっと炎條と……その後ろの、学園生達を眺めた。
「忍。学園生の君の前で言うのもなんだけどさ。……僕はね、久遠ヶ原を信用してないんだよ」
 にこりと笑う林縁に、炎條の身体が強張る。
「知ってるよね? 僕だってさ、あそこに『未来』と『仲間』を奪われたクチなんだから」
 林縁は、旧制度下の学園生だった。

『久遠ヶ原撃退士養成学園』

 今とは微妙に名称の異なるその時代。
 学園は軍隊式の訓練で優秀な撃退士を生み出そうとしたが、厳しい規範に縛られた生活は、むしろ生徒たちのアウル能力低下を招いた。
「それでも僕は忍者だ。まだ影響は少ない方だったけど……」
 10年前。学園内に出現したゲートにより、生徒の3分の1が死亡する事件が起こった。
 林縁はその時多くの友を喪い、学園を辞めることにしたという。

 旧制度の弊害。それが無ければ或いは、友人達を救えたかもしれないけれど。

「学園は、多くの若者の『未来』を奪った」

『才能』を。
『可能性』を。
『在るべきだった将来』を。

「だから、撃退士に、巻物は任せられない。これは、争いを生むものだから」

 撃退士は徒に命を失う。
 そんな彼らに、危険な巻物を渡すことは出来ない。
 林縁はそう、語った。

「……俺たちは強い。強くなった! それでも、か?」
 炎條は問う。学園側も、その事件がキッカケで運営方針を変えた。
 今の自由な校風は、かつての反省を基にアウルの成長を促すよう作られたものだ。
「これまで敵わなかった天魔とも、戦える」
 それは確実に『今の学園だから』出来たこと。学園が変わり、成長した証。

「……。そう。まぁ、そうなんだよね」
 小さく、頷く。
 林縁自身、そのことは理解していた。学園は変わっている。以前とは違う。それでも。

「少し、席を外していてくれない?」

 林縁に言われ、炎條は応接間を出る。
 残った学園生を、林縁はじっと眺めた。

「……少しだけ、『彼』の話もしよう」



 水晶家の隠、といえば、天才忍者として一部で有名だった。
 卓越した技能でどんな忍術も熟す、若きエリート。将来を嘱望された、素晴らしい忍者。
「ま、天才なんて言っても、彼だって努力してたんだけどね」
 隠は人一倍努力していた。どんな厳しい修行にも耐え、『それ以上』を自分に課して。
 彼の能力は才能によるものでなく、寧ろその努力に裏打ちされたものだった。
「天魔と渡り合うには……世界を護る為には、ってね」
 隠は優しい人間だった。天魔の被害を耳にしては胸を痛め、より一層修行に励む。そんな男だった。
「忍も、そんな彼を見て育ったんだよ」
 彼を目標にしなさいと、多くの大人が言った。
 忍は彼を兄と慕い、隠も忍を弟のように扱った。

 だが、その関係は。

 忍のアウル覚醒によって、崩れた。

「忍には分からないようにしてたけどね。隠は……多分、気にしてたんじゃないかな」
 弟の忍にはアウルが目覚め、自分には目覚めない。
 あれほど世界を護りたいと、力を積み重ねていたのに。
「それに……周りの評価も、ね」
 彼を目標にしなさいと言われるような優等生。そんな彼の立場が、変わった。
 隠は努力したのに報われない、『可哀想な凡人』になってしまったのだ。
「そりゃあ、気にするなっていえばそれで終わりだけど。忍者の世界って、結構狭いから」
 元天才、凡庸な天才。何処へ行ってもそんなことを言われる。
「そのうち彼も自分のこと、そんな風に思い始めてたよ」
 一度、相談に来たという。
 アウルに目覚めない自分に、価値はあるのだろうか、と。



「……君たちが戦う相手の事だ。別に、気にして戦えって言うつもりは無いよ」
 寂しげに、林縁は呟く。
「ただ、知っていて欲しかった。戦うなら、ね」
 そして彼はふぅと溜め息を吐き、天井を見上げる。
「疾風、迅雷、出ておいで」
 ぱん、と林縁が手を叩くと、天井裏から二人の少年が音も無く現れる。
「君たち、盗み聞きしてたね。バレバレだよ」
「ご、ごめんなさい林縁様っ……!」
「でもよぅ、客なんて滅多に来ねぇからよぅ……」
 一人は緑の眼をした垂れ目の子ども。もう一人は金色の目の釣り目の子ども。
 二人とも半袖短パンの忍者装束で、瞳以外は瓜二つだ。
 林縁は彼らの頭に拳骨を振り下ろすと、懐から『あるモノ』を取り出し、持たせる。
「お仕置きじゃないけど、君たちにはこれから彼らと競ってもらうよ」
 持たされたのは、二本の古びた巻物。
「競う?」
「どうやって?」
「これを持って、森の中を逃げなさい。巻物を奪われたら僕らの負け、だ」
 二人に説明しつつ、彼はちらと学園生の方を見た。

「僕も含めて三人が巻物を持って逃げる。『魔忍之書』が欲しいなら、この挑戦を受けるよね?」

 最初からこうするつもりだったのかもしれない。

 悪戯っぽく笑った林縁は、最後の爆弾のようなものを取り出し、

「外にいる忍にも伝えてね。制限時間は10分。全員分奪えなければ……巻物は、絶対あげない」

 どろん。

 辺りに煙が充満し、何も見えなくなる。

 白煙の中、誰かが飛び出す気配がした。

前回のシナリオを見る


リプレイ本文



「そちらにご都合があるように、我々にもそれがあります。……受けて立ちましょう」

 充満する煙幕の中、宮鷺カヅキ(ja1962)は呟いた。

 ゆらり。消えた気配を追いかけて、撃退士達は煙を掻き分け外へ飛び出す。

「ようは凄く大規模なかくれんぼ……かな? 範囲がとっても広いけど」
 猫野・宮子(ja0024)は少し戸惑ったように言った。
「Yes! 林縁の敷地は広い……!」

「制限時間は10分……かぁ。携帯のタイマーセットしとくね」
 緋伝 瀬兎(ja0009)は携帯を操作し、「そうだ」と何かを考え付く。
「合言葉決めさせて欲しいな……「焼き芋」で」
 とりあえず、咄嗟に思いついた言葉を口にする彼女。
「YAKIIMOか! OKだ!」
 そろそろ秋だ。食欲の秋。ほくほくの焼き芋を思いつくのも当然のことである。
「良ければ本物の巻物について教えてもらってもいいかなっ♪」
 走りながら、ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)は問うた。彼はまだ、巻物を見たことが無い。
「似たようなの一杯の所とか、あったら困るでしょ♪ 木を隠すなら森と申します☆」
「大体は三人に渡されたものと同じだ! ……But、林縁の巻物については俺も見たことが無いぜ!」
「林縁の忍びには、何か得意な術はあるんですか?」
 宮鷺の問いにも、炎條は大きく頷いた。
「林縁NINJAはNatural NINJAだ! 自然と一体になり、我が物とする。……つまり、こういうGameは大得意ってことだな……!」



「この中の何処かに、忍者が隠れてる……んだよね」

 辺りを見渡し、緋伝は呟く。
 周囲には田んぼや池があるばかりで、人の影らしきものは見当たらない。
 当然だ。隠れているのだから。
「ま、簡単に渡してなどいただけませんよねー……」
 宮鷺は溜め息を吐く。
 想定の範囲内ではあるものの、ここを探すのかと思うと何とも気が滅入る。
「いそうなのは池の上か中くらいだと思うんだけど……」
「ん、僕は水上から探索するんだよー。上からでも水中見れるくらいならいいんだけどどうだろう?」
 猫野がタタっと池の上を駆ける。忍軍のスキル、水上歩行だ。
「うーん……ちょっと厳しいかな……?」
 池の水はさして濁っているわけじゃない。目を凝らせば底まで見えるだろうが……少し、時間がかかるかもしれない。
「忍竜召喚! こういう形の持った人を見つけて知らせてよ」
 犬乃は九字を切り、ストレイシオンを呼び出す。
 そして炎條の持っていた巻物を見せ、彼にも捜索を手伝ってもらう。竜は一鳴きすると、ざぶんと池の中へ潜った。
「ボクも池を探すね! 中に隠れてるなら、竹筒か何かで息を吸ってるはずだもん」
「……では私は上空から。誰かが見つけ次第連絡を入れよう」
 ヒリュウを呼び出した戸蔵は、視覚共有によって区画の広い範囲を監視する。
「了解っ♪ じゃあボクも探しに行くね〜☆」
 頷き、ジェラルドも人の少ない田んぼの方を捜索に向かった。



 それから、少し時間が過ぎて。



「いたよっ!」
 ざばんっ! 犬乃のストレイシオンが水上へ出ると同時に、小さな少年が池の中から飛び出した。
 瞬間、それを発見したヒリュウが甲高い声を上げ、皆に知らせる。
「ちっ! 全員で来やがったのかよ!」
 髪の先から水を滴らせ、イラついた様子を見せるこの少年は、確か迅雷と呼ばれていた方の忍び。
 ぱしゃん。迅雷は水上に足を付けると、踵を返して逃げ出した。
「ん、捕まえる時の方が僕の本領発揮なんだよ。魔法少女ニンジャを甘く見ないでよね」
 だが瞬間、猫耳を装着した猫野がその背中を追う。その速度は、迅雷より速い。
「魔法少女ニンジャってなんだよ! どっちかにしろよ!」
 迅雷は喚きたてながら、素早く周囲を確認した。
 現時点で水上にいるのは四人。猫野と迅雷、緋伝、犬乃。
「待てーっ!」
 緋伝が迅雷のサイドから駆け寄り、タックルを試みる。
「もぶぁっ!」
 ばすん。思い切り肩をぶつけられた迅雷は、思わず声を上げる。
「あたしも双子でね、無愛想な弟がいるんだよー♪」
「だからなんだよ! 俺兄貴だしっ!」
 そのまま抑えつけようとした緋伝の腕を振り払い、迅雷は彼女の腹へ鋭い蹴りを入れようとした。
「わっ。危ないなぁ……!」
 が、今度は緋伝がそれを避ける番だった。蹴りを躱された迅雷は舌打ちしつつも、その蹴りの勢いのまま更に池の縁へと走る。
「ったく。まともに戦ってちゃ無理っぽいな」
「逃がすつもりもありませんよ」
 逃げる算段を立てる迅雷に、宮鷺が池の外から銃弾を撃ち込む。
「あ……?」
 痛みが無い。『これ』が何なのか知らない迅雷は、困惑する。
「足の早さだけなら負けないのにゃ! 確保にゃー!」
「忍竜、GO!」
 考える暇を与えず、にゃんことわんこが迅雷を挟み撃ちにしようと向かう。
「やっべ!」
 迅雷は再び足に力を入れ、稲妻の如く駆けた。
「迅雷なら僕だって使えるのにゃ! 簡単には引き離されないにゃよ!」
 スキルの空撃ちだろう。それを見抜いた猫野は、自身も同じスキルを使うことで距離を保つ。……いや、通常の移動力分、更に近づいたか。
「くっそっ……!」
 焦った迅雷は、胸元から何かを取り出した。しゅぅぅと音を立てるそれは、小さな、煙玉。
「脚だけじゃねーんだよ!」
 ぼふん。煙が池の上に広がり、一瞬彼の姿が見えなくなる。……が。
「右です! お願いします!」
 宮鷺の声が鋭く通る。
「OK☆」
「……!?」
「はーい、とまってね〜♪」
 ひゅう、と煙から飛び出た迅雷は、目の前にいたジェラルドを見て目を丸くした。
 水の中で彼が発見された時、水上歩行を持たない彼は縁で迅雷を待っていたのだ。

 ひゅん。ワイヤーが音を立て、迅雷の足に絡みつく。
「ぐえぶっ」
 それに足を取られ、迅雷は頭からばたりと倒れ、気を失った。

「次は壱区画、でいいんだよね……?」
 猫野が皆に確認を取ると、「あ、ボクはちょっと残るね☆」とジェラルドが笑った。
 撃退士達が他の区画を探す間、忍者がこの区画に逃げ込むことを警戒したのだ。

「何もなければそれで良し。後詰、やらせてもらいますね☆」



(やはり、彼が一番の難敵でしょうね……)

 ――結果から言えば、この壱区画の捜索にはそれなりの時間がかかった。
 その上、彼自身それなりの力を持つ忍者。簡単に捕まえられる気もしない。

「問題です。勝つことの反対は何でしょうか」
 確保を試みる中、宮鷺は林縁に一つ問い掛けた。
「……? 普通に考えたら、負ける事かな」
 首を捻りつつ答えた彼に、「否」と彼女は続ける。
「そこから一歩も動こうとしないことです」
「……ふむ」
 小さく、唸る。
「先程の話で我々を信用しきれないのは理解いたしました。考えが動かないのは大いに結構! ……十年前の二の舞になるだけですし」
 二の舞。その言葉を聞いた瞬間、ピクリと林縁は反応する。
「どうしてそう、思うんだい?」
「旧制度の学園によって貴方の周りの命が奪われたのなら、今回は貴方の手に巻物があることにより多くの命が危険にさらされる。……時間と場所が、変わっただけです」

「確かに学園は一回間違った。許せないのも当然だと思うよ」
 宮鷺の言葉を継ぐように、緋伝が兜割りを狙いながら声を発する。
 回避され、攻撃は幹を折るだけとなったが、彼女は確と林縁の眼を見ながら言う。
「でも、そこでやり直さずに全てを止めていたら、守れなかった物も沢山あると思う」
「もう一歩進んだから、守れたって?」
 林縁が問い返す。
 こくり、緋伝は頷いた。
「あたしは明日も美味しいご飯食べたいし、明後日も皆と笑っていたい。だから戦うんだ。そんな小さな未来を守る為に」
 それが、彼女にとっての進むこと。
 そうやって毎日、毎日、進んでいく。
「あなたの守りたいものは、なに?」

「水晶さんの事は、ボクもこのニンジャの力に目覚めなかったら、きっと同じように……」
「……いや、あの人の方が天才と言われてただけ辛いだろうけど」
 二人の犬乃は、隠の想いを想像し微かに俯く。
 しかしすぐに顔を上げて、左右から林縁を挟撃した。
「だからって人々を守りたいって思いは何があっても曲げちゃ駄目って思うもん」
「守りたい……もの。思い。」
 ぼふん。犬乃達の前で、林縁は煙となって消える。
「……」
 じっと。影手裏剣で林縁を攻撃しながら、炎條も仲間たちの言葉を聞く。
「隠さん、前は皆を護りたかったんだよね。だから力が欲しかったんだもん……なら、止めなくちゃ」
 緋伝はそんな彼にも、言葉を投げかける。
「弟なら尚更、ね」
 自分の弟がそうなったら。きっと辛いだろうけれど、止めたいとも思う筈だ。

「アウルなど所詮はただの力に過ぎん。確かにあれば便利だろう」
 スレイプニルが、木の枝ごと林縁に攻撃を仕掛ける。
「だが、だからこそ、一度負の方向に向けば個人の意志では止められない可能性も大きい」
 力を持てば、暴走する。それはヴァニタスのような存在に限った話では無かった。けれども。
「そういう事態にならないための経験と知識の蓄積が久遠ヶ原にはある」
 林縁はそのスレイプニルの攻撃も回避し、次の木に移ろうとした……が、その先には、既に拳銃を構えた宮鷺が。
「こちらはお任せを」
 クイックショットを撃ち込まれ、林縁は仕方なく方向を変えようとする。
 だが既に移れる木は無く、必然的に地上へ降りることとなった。
「にゃああ!」
 瞬間、他の木の上から猫野が鳴き声を上げながら飛び掛かる。
 着地の隙。既に宮鷺に反応を削られた彼は、それを避けきれず、地面に転がされる。

「頂点を究めるというのは即ち孤独になる事でもある。傍らに仲間がいるならば、礎となって埋まるのも悪くはないと思うのだがな」 

 自分達のあとに駆け登る、次の世代の、礎となる。
 それが戸蔵の……特別でない一般人としての、望みだった。

「かも、ね」

 林縁は小さく頷く。
 彼とて、二人の少年にその経験を分け与えていたから。

「……どうか、お任せくださいませんか」

 そんな風に、巻物のことだって任せてくれて良いのに。

「ごめん、ね」

 林縁は、まだ頷けなかった。




「あー……抜けてきた、ってわけじゃなさそうだね、その感じだと☆」
 参区画に現れた林縁の姿を見て、ジェラルドは困ったように笑った。
「うん。僕も捕まってしまってね。迅雷を迎えに来たよ」
 何処か哀しげに、林縁は迅雷の頭をぽんぽんと叩く。
「君は彼らのサポートかな。うん、注意深くて良いことだ」
「自分で戦うだけが全てじゃないからねぇ☆」
 にへら、とジェラルドは掴み所の無い雰囲気で喋る。「どう捕まったのかは分からないけど」と前置きして、彼は続けた。
「個々の力の差なんて、微々たるもの。考え抜く事、力を磨く事、何より……想いを持つ事。その力を否定してはいけないよ☆ ……釈迦に説法かな♪」
「……僕はそんなに、立派じゃないよ」
 苦笑し、「でも、そうだね」と林縁は頷いた。
「理屈じゃ……分かってるんだけどさ」



「ここが一番隠れられると大変そうな場所だよね」
 若干の焦りを滲ませながら、猫野は木の上から草むらなどを探す。
「隠れ蓑術、とかで隠れてたりして。……流石にないよね」
 無い、と良いんだけど。

 時間が、少ない。

 既に探した二つの区画。そこでの捜索に費やした時間と、確保までの秒数。
 そして、ここへ走る、移動時間。
「くっ……見付かるか……?」
 スレイプニルに騎乗し、全速力で区画内を駆ける戸蔵。
 冷や汗が出る。あと少しだ、というのに。


「木の上見てくるっ!」
「ボクもっ……落ち葉、見てみるよっ!」
 緋伝、犬乃が急いで飛び出し、猫野も樹上から注意深く辺りを探る。




(時間がっ……!)
 拳銃を握りしめる手が、じっとりと汗ばむ。


 何処だ。


 何処に。


「何処にッ……!」
 炎條が叫んだ、瞬間。


「ねぇ、ここ!」

 木の上から、緋伝がある一点を指さした。
 落ち葉が僅かに――本当に僅かに、膨らんだその地点。

「行けっ!」
 戸蔵の号令と共に、スレイプニルが駆け、落ち葉を払う。




「……見付かりました、ね」


 ばさり。

 草の中から、落ち着き払った声。最後の忍者、疾風だ。
「全力で、逃げ切ります」
 疾風は宣言し、一足飛びに木の上へ逃げる。
「待つにゃ!」
「まさか」
 隣の木から飛び掛かる猫野の攻撃を、彼は僅かな動作で避ける。
 ぎらり。猫の眼に、緑の瞳が怪しく映る。
(見切られたにゃっ……!?)
 であるなら、彼の得意技もまた、その名と同じく――

「では、失礼します」
 疾風は更に木の側面を駆け昇る。
「まずいぞ、上に行かれればっ……」
「マーキングは命中しました。居場所は掴めますが――」

 葉によって、視界が遮られる。


 時間を確認する間すら惜しい


「大丈夫! 僕らが追う!」
 
 犬乃達も更に高く駆け上がり、疾風を追った。
 枝と枝の間。葉と葉の間。確かに見える少年の身体。



 あと、何秒?



(大丈夫、見失ってない……!)
 速さだけならこちらが上だ。
 追い続ければ掴める。諦めなければ勝てる。




 もう少し、
 あと一秒、
 ただの一瞬でもいい、掴む為の、時を。


「止まれ!」
 枝を掻き分け、スレイプニルが疾風の前に飛び出した。
「ッ……!」
 ガッ。足を止め、枝を蹴り、向きを変える。
「そこにゃっ!」
 一呼吸の、隙間。
 猫野の肉球が彼の服を引っ掛け、


「行っくよぉぉっ!」

 ダンっ!
 跳び上がり、無数の枝をへし折りながら、緋伝の拳が疾風の頭部を、殴り、つけ――



 ――ぼふん。空気の抜けるような音と共に、拳の感覚が、消えた。


「なんっ……」
「……っ……ふぅ……」
 息を切らせた疾風が、彼女のすぐ脇に立っている。


「空蝉……です。一応、僕も、使えます」
 


 ビィィイィィイッ!!



 鋭いアラームの音が、響いた。





「……。残念だったね」
 いつの間にか、その場には林縁が立っていた。あと一歩、及ばなかった彼らの姿を見て、本当に残念そうに、言う。
「――聡っ!」
「駄目だよ」
 耐え兼ね、叫ぶ炎條に、林縁は鋭く言葉を刺す。
「約束は約束だ。本物の巻物を、君たちには渡せない」
「……任せては、いただけないんですね」
 宮鷺の言葉に、林縁は小さく頷く。
「でもね。君たちの事、今は結構、気に入ってるんだ」
 そして彼は、薄く笑った。
「――確かに僕は、あの日から一歩も動いていなかった」

「これも、返したほうがいいか?」
 戸蔵が、獲得した巻物を手に問う。「いいよ」と林縁は答えた。

「三本ともどうせ偽物だし……それは、君たちが勝ち得たものだ。持って帰ると良い。……きっと、役には立つさ」



 三日後のことだ。

『林縁聡が、一人で水晶隠と交戦し、意識不明の重体を負った』

 炎條の元に、『三本目の偽書』とその一報が届いたのは。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 狙い逃さぬ雪客の眼・宮鷺カヅキ(ja1962)
重体: −
面白かった!:5人

鏡影・
緋伝 瀬兎(ja0009)

卒業 女 鬼道忍軍
無念の褌大名・
猫野・宮子(ja0024)

大学部2年5組 女 鬼道忍軍
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
狙い逃さぬ雪客の眼・
宮鷺カヅキ(ja1962)

大学部9年19組 女 インフィルトレイター
ドS白狐・
ジェラルド&ブラックパレード(ja9284)

卒業 男 阿修羅
剣想を伝えし者・
戸蔵 悠市 (jb5251)

卒業 男 バハムートテイマー