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マスター:螺子巻ゼンマイ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/08/08


みんなの思い出



オープニング


 
 炎條忍は、水晶隠と戦ったその日から毎晩、巻物の解読に勤しんでいた。
 幸い手伝ってくれる生徒もいた。気の遠くなる作業だったか、孤独ではなかったから少しは余裕も生まれる。

 ――無謀デ強欲ナ領主。
 ――勝テル筈ノ無イ戦ダッタ。

 読み取れた文章には、強い悔恨とある出来事が綴られていた。
 今から八百年程の昔。ある国のこと。国の領主は勝てる筈もない戦を断行し、多くの死者が出ることが予想された。

 ――虚ハソノ領主ニ仕エ、働イテイタ。

 虚、と呼ばれるその忍者は、丹念に相手の情報を調べた。
 だが調べれば調べる程、戦力の差を実感するばかり。無駄な血を流す前に降伏するべきだと訴えたが、しかし領主はそれを聞き入れなかったらしい。
 あくまで戦い、勝つと。……意地になっていたのか。

 ――ソコニ、邪悪ナ者ガ付ケ込ンダ。

 その『邪悪な者』――詳細は不明――の力で、領主は圧倒的な勝利を得たという。
だが……

 ――邪悪ナ者ノ目的ハ、最初カラ虚ダッタノダ。

 虚はその『邪悪な者』に心臓を貫かれ、絶命する。そして。

 ――再ビ、我々ノ前ニ現レタ。

「……死んだ者が、再び現れた……?」
 その一文に、炎條はピクリと反応する。
 それはまるで――

 ――思い至ったその瞬間、炎條の携帯が静かに光る。

「Hello?」
『よぅ忍。相変わらずンな喋り方してんだな?」
 声を聞いた瞬間、炎條はしかめっ面になった。嫌いな相手だからである。
「……金城珠、か?」
 金城。炎條と同じ忍びの一族で、水晶家などと並び交流の深い家である。
 珠はそこの一人息子。今は忍者を止めて会社を興したと聞いて居たが……
『何だよ冷てぇなぁ。折角巻物の情報教えてやるっつってんのによ!』
「……!」
 巻物。その言葉に、炎條の身体はピクリと反応する。「どこでそれを……?」
『はぁ? んなもんちらっと調べりゃすぐ分かんだろー。お前ら二家が無残にも襲われてんだ、か、ら、よぉっ!』
 ヒャハハ、と電話の向こうの男は品の無い笑い声を上げる。
「……OK、続きを聞くぜ」
 はぁ、と溜め息を吐きつつ、炎條は苛立つ気持ちを抑える。
『あぁ。巻物な。アレ俺ンとこにもあるんだわぁー。忍くーん、これ欲しいぃー?』
「What!?」
 今、何といった。
『必要なんだろ? くれてやるよンなきったねぇ紙束』
「Really?」
『本当本当。つか、持ってたらあの天才さんが来んだろ? むしろ邪魔だわー。つか天才さん怖いわー』
 わざとらしい言い回し。逆撫でされる精神。……だからコイツは嫌いなのだ、と炎條は思う。
『俺みたいな無能力者じゃどーにもできねーしぃ?? だからくれてやる』
「……そうか」
『あ、でも条件付な。『お前らが盗め』』
「!?」
『ほらー、くれてやったってなると角たちそーじゃん? どーすんよ隠キレて襲ってきたら。俺ひ弱だから死んじゃうよ?
 ……つーわけで、俺の会社の社長室に置いとくから。俺の会社知ってんだろ? 来週の今ぐらいに盗りこいよ。おーけー?』
「……OK」
 そう、言うしかない。
 巻物の中身が何なのか、まだ分からないからだ。
『おーよしよし。んじゃそういう事で。あ、警備員くらい簡単に抜けて来いよ? 特に説明とかしとかねーから。
 あ、あとな。クオンガハラのお友達もつれて来いよ。いいな。』

 がちゃん。

 言うだけ言って、勝手に切られてしまった。

「……学園生を?」

 怪しさを感じた。



「……さ、て。これで良いんだろ?」
 金城コーポレーション、社長室。
 電話を切った社長、金城珠は、目の前のその男に向き直った。
「……相変わらず癇に障る喋り方だな」
 嫌悪感を剥き出しにして答えたのは、件の忍者ヴァニタス、水晶隠。
「そー言いなさんなよ。持ち味だ。……んで、ほら、約束の」
 ヒャハ、と笑って金城は隠を顎で指す。
 隠は彼を見下しつつ、一つのジェラルミンケースを取り出した。
 金城が中を開くと、そこには大量の……札束。
「ハッハー! 確かに戴いたぜ、天才忍者君?」
「……天才、か。心にもないことを」
「いやぁ、これは本心だぜ? あんたガキの頃から群を抜いてたからな。俺みたいな落伍者とは比べもんになんねーくらい。俺は忍者の才能なかったしなー」
「……。お前はお前で、こうして成功してるだろう」
「成功? この会社が?」
 隠の言葉を、金城は嘲笑う。
「確かに見た目は成功してるけどな。……本気で成功してたらンな金貰わねーよ」
 金城コーポレーションは、天魔関係のビジネスを総合的に執り行う会社だ。
 対天魔用の警備、天魔被害への保険、民間企業とフリー撃退士のマッチング。
 天魔と撃退士の戦いが激化すればするほど、彼の会社が儲かる仕組みになっていた。ただ。
「ま、これでどうにかなるだろーけどよ。……忍者やるよか幾分性に合ってるしな」
 急速に会社を大きくするため、金城珠はいくつかの不正を行っている。……これは、それを揉み消す為の金だった。
「アンタもそういうクチか? 正直、アウル無しで天魔に関わるなんて頭おかしーしな」
「……そうだな。俺が死んだのも、力が無かったからだ」
「だよなー。アウルさえあればなー。俺ももう少しマシな忍者目指せたかなー。……んで、どういうつもりだ?」
 また甲高い笑い声をあげてから、金城は声を落として真顔になる。
「巻物が欲しいんなら持ってきゃいい。喜んで売るし。だがなんで忍たちを呼んだ?」
「お前に関係あるのか」
「いや? 俺は金貰ってっからな。どっちでもいいけどよ。……アンタ、なんか拘ってんだろ」
「……。このビルの警備だが」
 水晶隠は答えない。ただ冷たい目で金城を見て、話を変える。
「この部屋の非常ベルを鳴らしてから、およそ何分で警備員が到着する?」
「何分? 下らねぇ聞き方だな。一分で来る」
 びし、と指を一本立てて、金城珠は言い切った。
「警備でも飯食ってんだ。ウチの警備員は速い」
「そうか。分かった」
 こくりと頷いて、水晶は社長室の窓を開く。
「アンタ、ここで何する気なんだ?」
「ちょっとした宝物の取り合い……だ」

 そう告げて、彼は窓から飛び降りた。
「あー、成程なぁ……」
 金城は呟く。
 眼下の夜の街に、隠の姿は見つけられなかった。



「おかえり、隠」
 帰還した隠を迎えたのは、一人の幼い少年だった。
「只今戻りました、クレイ様」
 隠は素早く彼の足元に跪く。そんな彼を見下ろして、クレイと呼ばれた少年は寂しげな顔をする。
「そんなに畏まらなくってもいいんだってば」
「……いえ、そういうわけには……」
「じゃあせめて喋り方だけ柔らかくしてよ。……慣れないよ」
「……。……分かりました、クレイ様」
「じゃなくて」
「……分かった、クレイ」
 渋々頷く隠を見て、クレイはようやく小さな笑みを浮かべた。

「巻物、集められそう?」
「……今の所はなんとも。ただ、見た所五つの内半分を手に入れれば目的には届きま――。――届くかと。」
「そっか。……ごめんね、隠」
 突然クレイは謝った。理由が分からず、隠は秘かに眉根を寄せる。
「何故謝るんです?」
「……僕の目的に、君を巻き込んじゃって。……嫌だよね、知ってる人と戦うなんて」
「それは――」
 言葉に詰まる隠を見て、クレイは更に沈んだ表情になる。
「――しかし――けれど、クレイに仕えようと思ったのは、私の――俺の、本心からだ」
 慌てて、詰まりながらもそう言う隠に、クレイは微笑む。
「ありがとう、隠。……僕の味方は、君だけだよ」

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リプレイ本文


 漆黒の帳が降りた、丑三つ時。
 闇の中を秘かに奔る七つの影があった。

「……何だか罠臭いですね、このお誘いは」
 影の一人が、ぽつりと呟く。
「確かに。夜のビルに潜入なんてわくわくするけど、なーんか引っ掛かるな……」
「ボク、先に屋上に行ってるね ……何か嫌な予感がするもん。あの天才ニンジャが後をつけてるかも知れないし……」
 頷く影に、走り出す影。彼の後姿を見届けて、長髪の影が「Sorry」と謝った。
「謝ることではないと思います。ただ……」
 金城と隠がグルではないか、という疑いが拭えない。それはこの場にいる七人共通の懸念だった。
 だが今は、まず先にやらねばならぬことがある。
「潜入は得手ではないが、余計な被害を出さないためにも極力穏便に行くべきだな…」
 目の前に聳え立つビルディングを見上げ、彼らは足を止める。
 第弐の巻物は、この中に。

「さあ……慎重に、かつ迅速に参りましょうか」




 ――ころん。

「何だ……?」
「なんすかね」
 何かの落ちる音がして、ビルの入口にいた二人の警備員は、懐中電灯をそちらへ向ける。

 ヒリュウがいた。

「召喚獣っ……!?」
「はい、とりあえず一人っ!」
 驚くのも束の間、次の瞬間にはその警備員がばたりと昏倒する。
「誰だっ!」
 慌てて光を当てるもう一人。照らし出される紅い瞳の少女、緋伝 瀬兎(ja0009)。
「貴様っ……」
「恨みがあるわけじゃないけどごめんなさいにゃ」
 咄嗟に警棒を構える警備員だが、同時に背後から殴られ地面にぶっ倒れた。
 倒れながら、彼は相手の姿を確認する。両手に猫のような肉球が微かに見える。
「く、そ……」
 起き上がる間もなく、ヒリュウと二人の撃退士が追撃を加え気絶させた。
「ちょっと眠っててにゃ。後……服を借りるにゃっ」
 猫野・宮子(ja0024)は謝りつつ、気を失った警備員の制服を脱がしていく。
「あ、カードキーあったよ!」
 緋伝は制服のポケットから一枚のカードを抜きだす。通信機器も没収だ。
「制服はもう一組あるが、どうする?」
 先程のヒリュウの主、戸蔵 悠市(jb5251)は問う。男性用のサイズだ。
「俺にはこのNINJA装束があるからな! 遁甲も使える!」
 炎條はあっさりとそれを断り、
「あぁ……俺も遠慮しておくよ」
 少し考え、相馬 晴日呼(ja9234)もそう答える。
「あんたが着る方がいいんじゃないか?」

「……教えて、都市(まち)の動物達」
 壁面から屋上に駆け上がった犬乃 さんぽ(ja1272)は、忍法によって隠がいないかを探る。しかし。
『そちらは何か掴めたか?』
「……うぅん。駄目だった」
 相馬からの連絡にしょんぼりした様子で答えつつ、犬乃は壁面を駆け下りる。
『そうか。こっちも大した情報はなかったが――』
 やがて降りてきた犬乃を見つけ、相馬は軽く手を挙げる。
「大した情報はなかったが、少なくとも入口開けてすぐ警備員、ってことはなさそうだ」
 入口に二人いる分、エントランスの見回りは少ないらしい。
「ただいつ来るかは分かりませんし、急いで次に移りましょうか」
 警備員を縛って隠し、着替えも終わったことを確認して、彼らはビルへと侵入した。



 照明の落ちたビルは暗く、不気味であった。
 音らしい音も殆どなく、ただ機械の唸る音だけが静かに響く。

「よっ……と」
 緋伝は壁を伝い、監視カメラを躱しつつエントランスを進む。
「あったあった。えーっと……多分ここ、かな」
 目的は、案内所にあったビル内の地図だ。
 地図は簡易的なものだが、並びや表記によって大体何に使う部屋なのか想像はつく。

「成程、ではこのルートで行くのが良さそうですね」
「俺はエレベーターの方に行くよ。囮として乗り込めれば」
 情報を元に、彼らは進む方向を決定。

 カツ、カツ、カツ。

 人数よりもちょっと少ない足音が、虚空に響く。

「あれ、お前らどうしたんだ?」
 突如、廊下の向こうから光が浴びせられた。見回りの警備員だ。
「な、なんでもないにゃ――ないぞ!」
 声を掛けられた猫野は、極力低い声を出して誤魔化そうとする。
「にゃ……?」
 が、流石に女子の声だ。変化で声色は変わらない。
「……少し風邪気味らしくてな」
 と、咄嗟に同じく制服姿の戸蔵がフォローを入れる。
「そりゃ災難だな。……ん? つかお前、誰――ッッ!!」
 首を捻りかけた警備員は、突如耳を塞いで蹲る。
「すみませんが、眠ってください」
 すかさず宮鷺が飛び出し、彼の首元に手刀を叩きこむ。警備員は音も無く崩れ落ちた。
「Goodな手際だな!」
 炎條の声に答え、ヒリュウがビシっと得意気に胸を張った。

「ここ……ですね」
 やがて到着した一つの扉。撃退士達はタイミングを合わせ、突入する。
「何だお前達っ!?」
 声を上げる警備員だが、すぐに身を竦ませ動けなくなる。またヒリュウが超音波を放ったのだ。
 緋伝達が素早く彼らを拘束する中、宮鷺はモニターをじっと確認。
「……社長室にはカメラが無いようですね」
 見渡しても、それらしい映像は無い。惜しい所だが仕方ない。代わりに、詳しい通路の構造や警備員の動きを見ておく。
 エレベータの中に、相馬の姿が見えた。そして、エレベータの辺りに向かう警備員達。
「非常口側は手薄のようです」
 相馬が囮になってくれたのだ。このチャンスを逃す手は無い。
「通信機没収完了ー! 電話線も切っちゃうね!」
 ちょうど、緋伝たちの作業も終わったようだ。
「了解です。では社長室に向かいましょう。相馬さんにも連絡しておきますね」

「……分かった。俺もすぐ向かう」
 報告を聞き、相馬は短く答えた。エレベータは唸りを上げて上昇する。
 そろそろ目的の階だ。相馬は扉側の隅に身を寄せて、構える。
 ちん。小さな鈴の音が鳴って、ドアが開く。
「動くな! ……っ!?」
 警棒を構えた警備員が飛び込んでくるが、足を払って転がすと、そのまま馬乗りになる。
「貴様っ……! 何のつもりだっ!」
「あんたらのトップが仕向けたことだ。大人しくしておいてもらいたいな」
 暴れる相手を抑え、殴る。手は抜いているが、撃退士の一撃だ。警備員はたまらず意識を手放した。
(無闇に傷つけることはしたくないが)
 もう何人か走ってくる音がする。
(敵の掌で踊らされるってのは、面白くはないな……)
 手早く済ませよう。軽く頭を掻いて、ひとまず相馬は目についた監視カメラを塞いだ。



 そして辿り着いた、社長室の扉。
「……どうにも嫌な予感がするのよね」
 緋伝は違和感を拭えないまま、ドアノブに手を掛ける。

 がちゃり。

 ノブを回し、扉を、開く。

「……来たか」

 部屋の中心。目に入る。両足を揃え、天井に立つ男の姿が。
「隠ッ……!!」
「やはりね……」
 驚く炎條に、納得した顔で八岐大蛇を握る犬乃。
(巻物は……)
 炎條が飛び出さぬよう軽く制しながら、宮鷺は室内を見回す。
「……既に取った後、か?」
 戸蔵は隠に問い問い掛ける。隠は懐に手を入れつつ、平坦な声で「そうだ」と答えた。
「待ち伏せって事は狙いは巻物奪取だけでなくあたし達……いや、忍君にも用があるんだよね。一体何をしようっていうの?」
 じっとその顔を睨み付けながら、緋伝は隠に問いかける。
「何を、か。……ただの、簡単な、ゲームだよ」
 瞬間、彼の背後から二体の影忍者が飛び出した。その内の一体が非常ベルに指を掛け、押す。

 ジリリリリリリリ!

 けたたましい音が耳を劈いた。
「警備員はちゃんと倒したか? ま、倒していても時間が経てば外の人間が気付く」
 わざとらしく、挑発するように。
「だから短い間だけ、ゲームをしよう」
 とん、と机の上に降りて、隠は懐から一冊の巻物を取り出した。
 難解な暗号で書かれた題名。古び、朽ちかけた紙。それは間違いなく、炎條の家にあったそれと同じモノ。
「1分間。それまでの間、逃げずに相手してやる。巻物が欲しければ全力で奪いに来いッ!」
 隠はカタナを振り上げ、炎條に斬りかかった。
 
「うにゃ、やっぱり罠だったのにゃねっ。邪魔な影は僕の方で対応しておくにゃよ!」
 猫野は肉球グローブを装着し、片側の影忍者へ飛び掛かる。
「どの道戦わざるを得ないか!」
 戸蔵も阻霊符を指に挟みつつ、ヒリュウを再召喚。
「隠! 何故っ……!」
 隠の斬撃をスレスレで回避しつつ、炎條は悲痛な声を上げた。だが。
「簡単に決まっては面白くない、だろう」
 返す隠の答えは、何処かズレていて。
「忍君!」
 緋伝が炎條に呼び掛ける。直後、影手裏剣が二人の周りに降り注いだ。
「巻物が欲しいのは君と主人の悪魔、どっちなの?」
 が、手裏剣の痕に隠の姿は無い。
「両方だ」
 声が、緋伝の背後から答えた。振り向き様に、一閃。回避しきれず、緋伝の二の腕から血が噴き出る。
「痛ゥ……」
「ニンジャ鏡の中から、おいでもう一人のボク……♂双忍♀ダブル☆ステルス!」
 犬乃の言葉に導かれ、1枚の鏡が煌めいた。
 鏡に映るのは、性別の違うもう一人の犬乃。そして二人の犬乃さんぽは、互いにこくりと頷き合い、吠える。 
「だったらっ……!! 一体お前は、何の為に巻物を狙うんだ……」
 四つ。白い肌に生えるブルーの眼が、隠の姿を捉える。
「自分の欲望の為?」
「それとも主の為か!」
 生まれた故郷に刃を向け。
 親しい相手に憎しみを向け。
 何が隠をそうさせるのか。犬乃達の問い掛けにも、彼は両方、と答える。
「だが敢えて言おう。欲望が俺を導いた。欲望故に、あの人にこの身を捧げることにした」
 恐らくその主を思い出しての事だろう。振り返るように、隠は語る。
「人類を……忍達を、裏切ることになったとして。それが俺の、『最期の欲望だった』」
「っ……!??」

 最期の。

 その一言を耳にして、炎條は固まる。
「忍さんっ!」
「っ……! Sorry!」
 宮鷺に呼び掛けられ、ハッとする。今は考えている場合じゃなかった。何より、まず、巻物を。
(危なっかしいですね……)
 ふぅ、と息を吐きながら、宮鷺は視線を周囲に戻す。
(影忍者、あまり離れませんね……)
 影忍者達の動きは慎重だった。室内がさほど広くないのもあるが、あまり隠との距離を離そうとしない。
(巻物は本物、と見て良さそうですね)
「にゃにゃにゃっ!」
 壁を使い、猫野が器用に敵に飛び掛かっている。
 彼女の素早い身のこなしには影忍者でも追い付けないようで、斬りつけてもするりと回避されているのが見て分かる。
(あちらは任せても大丈夫そうです)
 ならば、もう一体。
 拳銃を構え、二体目の影忍者に集中する。
「すまん、遅れた。凄いことになってるな」
 と、その場に駆け込んできたのは相馬だ。
「大丈夫です。警備員はどうなりました?」
「大体片付けた。しばらくは問題ないが……」
 警報が気にかかる。警備員は今気絶しているが、あまり長く鳴っていると外から警察を呼ばれてしまうだろう。
「えぇ。ですから素早く、確実に」
 拳銃を、影忍者の脚に向けて放つ。ばすん、と気の抜けた音がして、影忍者の足から墨か零れた。
 相馬もそれに合わせ、アサルトライフルをぶっ放す。警備員と違ってディアボロだ。容赦は、要らない。

「これならどうだっ!」
 緋伝の掛け声と共に、薄い霧を纏った炎の刃が無数に水晶隠へと迫る。
「忍術書に、術……」
 呟く隠の首を、刃の一つがすとんと切り落とした。……と、思ったのも束の間、その首は霧と共に消える。
「また空蝉っ……!」
「忍者だからな」
 悔しげな緋伝に、隠はさらりと返した。同時に、墨を固めたような小さな杭を犬乃へと撃ち込む。
「ボク達だって立派なニンジャだよっ!」
 が、犬乃も犬乃で九十一式エクソダス☆シャドーを使いこれを回避。
 すかさず、表犬乃ともう一人の犬乃が両脇から斬りかかる。
「……空蝉に分身。向こうの猫は変化も使っていたな」
「それがどうしたっ!?」
 隠はもう一度空蝉でこれを避け、正面から放たれた火遁・火蛇を身を翻すことで流す。
「どうとも思わないのか、忍? 大体、分身はお前の専売特許だったろう。お前は使わないのか?」
「それは……」
 奥義スキル、影分身。炎條忍は実際の所、スキルとしての分身をマスターしていなかった。
「……いくら忍術が使えたとして、アウルが無ければただの手品と変わりない」
 つまらなそうに、隠は続ける。

「厭になるだろ。だからだ。俺はお前が――いや、お前達『撃退士』が、妬ましくて、大嫌いなんだよ」

「うにゃにゃあっ!」
 猫野は叫ぶと共に、影忍者へと一気に距離を詰める。
「これで終わりにゃ!」
 振り上げた肉球が、七色に輝く。叩き込む一撃の軌跡が、鮮やかな虹を描く。
『――ッッ!』
 声も無く、影は崩れ落ちた。
 同時に響く銃声。もう片方でも、影忍者の殲滅に成功する。
「……ちっ」
 何処か諦めたように、隠は舌打ちする。
「そんなのっ……!」
 瞬間、再び犬乃の斬撃。一撃は空蝉で躱されるが、もう一撃が、反応を超えた。
 ざしゅっ。刀が隠の肉を裂き、黒い血が噴き出る。
「ぐっ……」
 片手で傷口を抑え、隠は表犬乃へ斬りかかる。が、その手首にもう一発、銃弾が叩き込まれた。宮鷺の銃撃だ。
「――今だ!」
 声を上げる戸蔵。すかさずヒリュウが隠の懐へ迫る。
「舐めるなッ……!」
 ぐ、と倒れ込むように、隠は寸での所でそれを回避、する、が、

「まだまだっ!」

 刹那。
 天井から一つの影が隠に飛び掛かり、懐から巻物を奪い去る。

「これでゲームはあたし達の勝ち?」
 巻物を掴んだのは、緋伝瀬兎。この猛攻の最中、気配を消し天井から飛ぶ。……隠は、気づくことすら出来なかった。

「……あぁ」

 こくり。隠は頷く。

「それは好きに持って行け」
 隠は撃退士達に背を向け、手裏剣で窓を破壊する。
「待てっ!」
 逃がすものか、と宮鷺がその背に銃弾を叩きこむが、命中すると同時に隠の姿が消える。

 空蝉を、もう一度分隠し持っていたのだ。



 巻物はいくつあるのか。ビルから脱出した撃退士達は炎條と少し話をした。
「恐らく、五つ」
 炎條は答える。炎條、水晶と関わりの深い家は、金城を合わせ三つ。
「場所は分かるか?」
 相馬は更に問う。
「場所がわかれば今度は先手取れるかもだしね」
 猫野達も同じ考えのようだ。後手に回るのは不利である。
「OK。連絡を取っておくぜ」
 こくり、頷いて炎條は答えた。
「ちなみにその家の名前って……?」
 何か考えていた緋伝は、ついでとばかりに聞いてみる。

「一つは林縁。もう一つが、土門だ」


「忍。……戦わなければならないのは確かだが、辛いなら弱音くらいは聞くぞ」
 島に戻った頃、何処となく沈んだ炎條の様子を見て、戸蔵は言葉を掛ける。
「……Thanks」
 薄く笑って、小さな声。
「最期の、って言ったぜ」
「……あぁ、聞こえていた」
 炎條は、前の依頼で戸蔵に言われた事を思い返していた。
 ヴァニタスの意志が本人の意思とは限らない、と。だが。

「……あれは、俺の知ってる隠の意志だぜ」


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 鏡影・緋伝 瀬兎(ja0009)
重体: −
面白かった!:2人

鏡影・
緋伝 瀬兎(ja0009)

卒業 女 鬼道忍軍
無念の褌大名・
猫野・宮子(ja0024)

大学部2年5組 女 鬼道忍軍
ヨーヨー美少女(♂)・
犬乃 さんぽ(ja1272)

大学部4年5組 男 鬼道忍軍
狙い逃さぬ雪客の眼・
宮鷺カヅキ(ja1962)

大学部9年19組 女 インフィルトレイター
子猫の瞳・
相馬 晴日呼(ja9234)

大学部7年163組 男 インフィルトレイター
剣想を伝えし者・
戸蔵 悠市 (jb5251)

卒業 男 バハムートテイマー