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「神社への連絡は済ませておきました。それらしい物の目撃情報は無かったです」
神林 智(
ja0459)は、得た情報を調査班へと伝える。
「踏み込んだら、この間の天使が妨害してくるに違いないから、事前に気になる所はチェックしておいて、少しでも早く発生源を見つけないと……」
蒸姫 ギア(
jb4049)は、山の地図を広げた。霧の発生区域に、コンパスで円が描かれている。
「霧、か。何か大きな企みの一端でなければいいが……」
戸蔵 悠市 (
jb5251)は、目の前の山を見つめながら呟く。
不気味な霧が山の一部を隠していた。
その中には……天使が、いる。
●戦闘・1
「天使がディアボロを自ら排除してまで行動、ね――実に若いわね」
ハントレイについて話を聞いていた暮居 凪(
ja0503)は、若干複雑そうにそう零した。
若い、なんて口に出せば、自分の年齢を気にしてしまう。あまり考えたいことでもない。
「一手の予測は容易ね。これなら初手が上手くいけば噛みあいそうね」
暮居の感じた若さが間違いでないなら、ある程度の行動は読める。同行する皆も、同じ考えのようだ。
「探すのが面倒なら、自ら出てきてもらうまでだ」
フィオナ・ボールドウィン(
ja2611)の言葉に、他の者も頷いた。
「奴が名ばかりの騎士でないのなら、我が呼びかけに応じぬわけが無い」
神社に辿り着くと、暮居は周囲を警戒する。他に何かの気配はないか。
「もっとも、策士ではなく騎士であるのなら。ここで潜ませることもないでしょうけれど」
やがて彼女は、こくりと小さく頷いた。他の気配は、無い。
フィオナが一歩、前に出た。かつん、と、堂々たる足音が神社に響く。
「『己渇射手』ハントレイ、いるのであろう。姿を見せよ! 我はフィオナ・ボールドウィン。王の星の下に生まれ、今生の円卓の主である!」
そして、高らかに名乗りを上げた。
辺りに風はなく、木々は彼女の言葉を傾聴するように静まり返っている。
聞こえぬ筈は、無い。
「騎士を名乗るのであれば、この呼びかけに応ぜぬことはあるまい。しかし、なおも顔見せを怖じるようなことあらば、貴様だけでなく貴様の属する騎士団とやらも我が侮蔑を免れぬものと知れ!!」
……フィオナの宣告が、大気に溶ける。それから僅かな、静寂。
――バシュンッ!
突如、激しい音と共に、彼女達の目の前へ一本の矢が放たれた。
矢は、石畳へと深く深く食い込んでいる。
「……!」
撃退士達は、ごくりと唾を飲んだ。矢が、淡い光となって姿を消す。
「――無論、応じよう」
そして霧の向こうから、声が返って来た。
低く落ち着いた……されど何処か若々しい、声。
霧の中から姿を見せる、痩身の男。
「『焔劫の騎士団』所属、『己渇射手』、ハントレイ」
彼は、最低限の言葉で己を証明する。
「久遠ヶ原学園撃退士、月居愁也。お招きに感謝、ってね」
月居 愁也(
ja6837)もまた、彼に名乗りを上げる。「その顔、覚えている」とハントレイは答えた。
「あの時いた人間だろう。そこの黒髪は、神林と名乗っていたな。そこの白い髪の女もだ」
「覚えておったか。……いくつか聞きたい事もあるんじゃがの」
「逢瀬には会話がつきもの、まさか騎士様ともあろう方が無粋な真似はしねえよな?」
白蛇(
jb0889)が言うと、月居は挑発気味にハントレイを促した。
ハントレイは苦笑しつつ、「時間稼ぎだな。別働隊がいるのか」と呟く。
「なんじゃ、人の子と話す余裕もないのか?」
そんな彼に、白蛇は試すような口調で投げかける。まるで、彼の実力と誇りを疑うように。
「……そう早合点するな。一つだけだぞ」
溜め息混じりに、ハントレイは質問を許した。「それ以上は、『これ』を交えながらだ」と、弓を構えながら。
「なら聞かせてもらう。……この霧は、『何だ』?」
月居は聞きたい事の中から、その一つを選びとり……ゆっくりと、問う。
「各地で似たような現象が起ってる。霧はここだけみたいだけど」
「……。そうだな……天使がお前達人間に求めることは、常に一つだろう」
その質問に、ハントレイは眉根を寄せつつ簡潔に答えた。
「予想が的中したわね……」
暮居は呟く。天使が人間にする一つのことと言えば、感情の採取に他ならない。
であるなら、やはり……放っておくわけには、行かない。
「さぁ、もう十分だろう。……始めるぞ」
改めて、ハントレイは弓を構えなおした。
その、次の瞬間――
●調査・1
戦闘班がハントレイと接触する、少し前。
「天使と殺し合い……とても心躍る響きですが、今はそれより大切なことがありますからねえ。非常に残念です」
饗(
jb2588)は肩を竦めて嘆息した。戦いのスリルを何より好む彼ではあるが、今ここでこだわる気はない。
「いいか、こいつの言うことをよーく聞くんだぞ」
戸蔵はヒリュウを召喚し、ルドルフに預ける。指令用のハンドサインを改めて確認し、ルドルフはヒリュウを肩につかまらせた。
「それじゃあご主君、気をつけて。ご武運を」
「あぁ、貴様もな」
ルドルフが一礼すると、フィオナは威厳を持ってそれに応えた。二人の間には、強い主従関係が結ばれているようだ。
「それじゃあみんな、行くよ」
蒸姫が、ルドルフと饗に韋駄天をかける。素早い移動で、調査の時間を短縮するのだ。
また、彼は方位術によって地形を確認。
既に目星をつけた水源や神社の手水場などへ、迷わず辿り着く為だ。
「みんな、こっちだよ」
そして、調査班のルドルフ、饗、蒸姫の三人は、サイレントウォークや明鏡止水で出来るだけ気配を消しつつ、調査を開始する。
――『己渇射手』ハントレイ、いるのであろう。姿を見せよ!
フィオナの声が、調査班の耳にも届く。これほど高らかな名乗りなら、聞こえぬ筈が無いだろう。
「……これは……チャンスだよね」
無音歩行で神社の外円を移動しながら、ルドルフは対峙する撃退士とハントレイの影を目撃した。
ハントレイと思われる影は、こちらに気付いていない。
ルドルフは、肩のヒリュウにハンドサインを送った。ヒリュウはそれを理解し、その影へ顔を向ける。
そして――
●戦闘・2
――キィィィィンッッ!!
特殊な超音波が、ハントレイを襲った。片手で耳を抑え、不快気に眉をひそめるハントレイ。
瞬間、戦闘が開始された。
「さて……騎士様とやらの力、見せてもらいますか!」
闘気解放した月居が、ネイリングで斬り掛かる。決して正面からは向かわず、迂回し、まずは脇を抉るように。
「ちっ……!」
ハントレイはそれを弓で受け、流す。不意を打たれた。その事実に彼は嫌悪感を表す。
「さあ、始めるとしよう。互いに騎士の名に恥じぬ戦をな」
間髪を入れず、フィオナの攻撃が彼を襲った。アスク・エムブラ。対の直剣が風を斬りながら迫る。
ハントレイはこれも流そうとしたが、剣が弓に触れた瞬間、彼の周辺に強い重力場が生まれる。
「これは……」
同時、彼を取り囲むように複数の魔法陣が出現し、黄金の鎖がハントレイを絡めとろうとする。
「甘いッ!」
ハントレイはぐっと重心を落とすと、弓を水平に構えその場で一回転。鎖を全て弾き返す。
「だが……ただ時間を稼ぐだけ、というわけではないようだ」
フィオナの楽しげな笑みを見て、ハントレイも微かに笑う。
「騎士の名に恥じぬ戦、と言ったであろう?」
「その意気、気に入った」
騎士は応えるように弓を引くと、バックステップしつつ目の前の騎士へ向けて放った。
「っ!」
彼女は咄嗟に防壁陣を使いこれを受ける。が、その衝撃は消し切れない。ただ一本の矢の威力とは到底思えなかった。
(これが天使の実力……!)
神林は蛍丸を握りしめ、冷や汗を流す。
だが彼女は、背後の神社のことを思う。そこに避難している人々のことを。
そして彼女はハントレイに斬り掛かりながら、言う。
「ここで戦って一般人を無駄に殺傷するのは本末転倒なんじゃないかと?」
「……何?」
その顔に、笑みすら浮かべて。
(……何年か昔の私だったら取り乱してたかもしれませんけど、ね)
今は、そうではない。
(時間さえ稼げば、立ってさえいれば、勝ちですから)
「折角名乗りあったわけですし、私は貴方ときっちり戦いたいですよ。貴方は、どうですか?」
「……一理ある」
ハントレイは呟くと、素早く社殿から距離を取った。鳥居をくぐり、神社の敷地から出る。
「話の分かる騎士様で良かったよ!」
その移動先を狙い、月居は縮地で距離を詰める。
戦いながら徐々に離そうと考えていたが、その必要は無くなった様だ。
「俺も、本気でやり合うつもりだったからな。……所で」
ハントレイは彼の攻撃を受けながら、素早く連続で三発の矢を放った。狙いは月居ではない。
矢は、辺りの木々に引っ掛けておいたサイリウムを落として行った。
「流石にあれで騙されると思っていたら心外だ」
月居は苦笑する。騙せればラッキー程度にしか考えていなかったから、見破られたことに驚きは無い。
「その一回分で、元は取れたよ」
だが実際の所、それでも相手の気は引けた。効果は上々と言えただろう。
「……。そうか……」
ハントレイは『しまった』という顔をする。が、すぐに表情を消した。意識しての事だろう。
「本当に……若いわね、あなたは」
「人の子よりは長いつもりだ」
「いえ、年齢でなく、心が」
暮居がそう口にすると、ハントレイはむっとした表情になる。
やはり彼の気にするポイントここか。暮居は冷静に分析した。己の若さ、未熟さ。それを何より気にしている。
(だからこんなに簡単に、挑発に乗る)
彼の矢を槍でブロックしながら、彼女は思う。懸念があるとすれば……
「冷静さを欠いた行動だが……ああも見事に挑発されてはな。少々気の毒な気もする」
後方で待機していた戸蔵は、内心ハントレイに同情しかける。
「予想外の事態に出会った時、いかに冷静であれるかが行動の成否を決めるのだろうな……最も、私も出来ているとは言い難いが」
その為に必要なのは、一体何か。一概に言う事は出来ない。
「だが私も、そうあれるよう努力はしている……つもりだ」
だから、冷静になろう。焦っては、いけない。
(しかし、あまり長くは保たんぞ……!)
この数では、ハントレイを倒す事は出来そうにない。
作戦の成否は、調査班に賭かっていた。
●調査・2
「ここにもない、か……」
賽銭箱の中身を確認し、ルドルフは嘆息した。
「川にもなかったよ」
「同じく、手水舎やご神体も確認しましたが、それらしいものは……」
蒸姫や饗も合流し、報告する。
彼らの調査は、未だ成果を上げられていなかった。
散開してそれぞれで調査していたのだが、それらしいものが見つからないので一度集まったのだ。
ただ、それらしい所は着実に確認している。あと、残っている場所といえば……
「この霧の中心部……ですかね」
蒸姫の持っている地図を見ながら、饗は呟く。
「この地図と炎條さんの調査を踏まえると……丁度、今戦闘をしている辺りでしょうか?」
「そうみたいだね。作戦が上手く行っていれば、ここまでは動いていると思うけど……」
す、と地図を指でなぞりながら、ルドルフが応える。
「でも、ここに何かあったかな?」
蒸姫は首を傾げる。少なくとも、水に関連したものは無かった筈だ。
「この位置に何か、ですか。確か……鳥居がありましたね。高い鳥居です。今は足元しか見えませんが……」
「その上に、あるかもしれない」
三人は顔を見合わせ、頷いた。
蒸姫が再び韋駄天をかけ、三人は走る。
●望む力
ハントレイが他の者へ注意を向けている隙をついて、神林は封砲を放った。
黒い光の衝撃波が、ハントレイに直撃する。
「……多分、思ってるより痛いですよこの攻撃は」
「成る程、確かに……悪くない」
煙の中、ハントレイは応える。
彼は全身に細かい傷を負っていたが、未だ顕在である。
「全身の力を一撃に込め、放つか。俺の弓に転用出来ればな……。力では、アセナスにも勝てない」
「それ誰だよッ!」
月居がハントレイの呟きを掻き消して、食らいつく。
彼の剣を受けたハントレイは、不思議そうな顔をする。
「それもだ。俺の命をも糧にする。素晴らしい技だ」
戦況は、悪かった。
重傷者はいないものの、殆どが満身創痍。
これ以上戦いが長引くのは、危険と言えた。
「はんとれよ」
白蛇が、言い慣れない発音に苦戦しつつ、問う。
「雨に霧。どちらも水に関係しているようじゃが……それで『焔劫』というのは一体何故かの?」
弓を構えながら、彼女はハントレイを見つめる。
「良ければなぜ相反した名なのか、或いは名に反した事象を使うか、教授頂けんかの?」
これもまた、時間稼ぎである。
今は、一瞬でも時間が欲しかった。
「……成る程、言われてみれば」
ハントレイは、今気付いたかのようにそれだけ答える。
その口調は、どことなく早口に聞こえる。焦っているのだ、彼も。
「そろそろ、終わらせようか」
ギギギ、とハントレイは弓を引く。
――瞬間。
霧が、晴れた。
「……!」
「ここにいる意味はなくなった、撤退するぞ!」
驚くハントレイを尻目に、戸蔵が駆けて来る。
「まさか……奪われたのか」
「どうやら……我らの勝ちのようだな、ハントレイ?」
ぐぐ、とフィオナが立ち上がり、にやりを笑う。
「でも、逃げる余裕はなさそうね……」
暮居が苦笑する。霧が晴れたということは、ハントレイの弓に何の制約もなくなったということでもある。
「……いや」
しかしハントレイは、弓を下ろした。
「俺は負けた。これ以上お前達に攻撃するというのも、無様なものだろう?」
そして撃退士に背を向け、僅かに俯く。弓を握る手が、震えていた。
「また会おうぜ。……あんたが渇望するなら、な」
「……当然」
ハントレイは一言答えると、何処かへ飛び去って行った。
●学園
「良く戻ったな!」
学園に戻った撃退士達を、炎條は快く出迎えた。
調査班は、彼に今回手に入れたあるものを手渡す。
それは、青く輝く五センチ程度の宝石。
最初は破壊しようとしたが、結局持ち帰ることにしたのだという。
「これがfactorか! ……少しroofでbreakしていてくれ!」
炎條はそういうと、撃退士達を屋上で休ませ、何処かへ消える。
「……こいつはemotionをabsorbする力があるそうだ!」
しばらくして戻って来た炎條は、開口一番そう言った。
「こんな小さなものが……?」
暮居はそれをまじまじとみつめ、呟く。
「やはり、天使達は何かを企んでいたのだろうな……」
戸蔵もそう言って嘆息する。
これを使い、彼らが何をしようとしていたのかはまだ、分からない。
だが、今の彼らには、一つだけ確かな事があった。
彼らは今日、若き天使に勝利したのだ。
そしてまた、彼に会う時の為に……
「もう少し、ゆっくりしてくか」
撃退士達は、ひとまずの休息を取るのだった。