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マスター:螺子巻ゼンマイ
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:9人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/09/15


みんなの思い出



オープニング

 しとしと。しとしと。
 山には、優しく柔らかい霧雨が降り注いでいた。
 しとしと。しとしと。
 その中腹に位置する神社にも、その雨は届いており、参拝者達は傘を差しながら拝殿に並んでいる。


 段々と深くなっていく霧に、青年は小さく笑った。
「霧雨なら目立たないと思ったが、ここではこうなるか」
 細身の青年である。だが、ひ弱な印象は見受けられない。
 あらゆる無駄を削ぎ落としたような、異様に鋭い雰囲気が彼にはあったからだ。
「射手にとっては厄介だな。……だが丁度いい。目くらましにもなる」
 霧深い森の中を、青年は歩く。木を避ける様子は無い。けれど、青年が木にぶつかることも無い。
「……?」
 青年がふっと眉をひそめる。そして目を閉じ、耳を澄ませた。

 ――がさっ。

 獣が蠢くような、音。

 ――がささっ。

 熊や猪の類いか? ここは山だ。その可能性はある。
(……しかし……)
 違和感を覚え、青年ははぁと溜め息を吐く。音の動きが速い上に、野性味を感じない。どこか場を弁えない、無遠慮な雰囲気だ。
「こんなものを放った覚えはない……とすると、そうか……」
 額に手を当て、僅かに悩む青年。「あまりここで大きく動きたくはないのだが……」
 青年は何処からか大きな弓を取り出すと、霧の向こうへ狙いを定めた。
「……少し、修業が足りないと思っていた所だ」
 バシュンッ! 放たれた矢は霧の中へ消え、刹那の後、『ギャアッ』と獣の鳴くような声が響く。
 見事な命中であった。しかし、青年の顔は晴れない。
「……まだ数体、いるな」


「そうだ、missionだ!」
 炎條忍(jz0008)は、集まって来た撃退士に状況を説明した。
「そのmountainにディアボロが逃げ込んだ! お前達にはこれのexterminationをしてもらいたい!」
 ちなみに、炎條は他に気になっている事があるから同行は出来ないそうだ。
 霧が深いから気を付けろ。最後に炎條はそう言って、屋上から消えた。


リプレイ本文



「視界不良の霧雨に行方不明者ねえ……厄介だなオイ」
 炎條の残して行った資料を確認しながら、月居 愁也(ja6837)は口元を歪めた。
「霧の中にディアボロですか。ただの天魔退治だと思うんですけど、炎條先輩は何が心配なんでしょう?」
 同じように依頼を反復する神林 智(ja0459)は首を捻る。気になる事があるといって炎條は行ってしまったが、これくらいの事件ならさほど珍しくもないだろう。
「また人界で面倒ごとを……これだから同族やディアボロは。別に、行方不明の人達が心配なわけじゃ、わけじゃないんだからなっ」
 蒸姫 ギア(jb4049)は溜め息混じりに愚痴ると、ふいっと顔を背ける。
「……こんな視界が悪いのに取り残されてる人がいる……きっと怯えてるわ……絶対助けなきゃ……!」
「えぇ。頑張りましょう。クマさんと行方不明者とのかくれんぼね」
 リーゼロッテ 御剣(jb6732)が、決意に満ちた表情で呟くと、その隣で満月 美華(jb6831)も頷く。
「この霧じゃ、行方不明者に何かあったら大変だ、急がないと……って、人数把握しておかないとって、そう思っただけなんだからなっ」
 さっき『心配なわけじゃない』なんて言っていた蒸姫だが、本心は二人と同じなのだろう。


「しかし……本当に霧がすごいですね……」
 山へ来た紅葉 公(ja2931)は、半ば呆然と呟く。集まった仲間の顔さえ、僅かにぼやけてみえるのだ。少し先に何があるのかもわからない。
 そんな彼女の腕には、オレンジ色の光が淡く輝いている。状況が状況なので、撃退士達はある用意をしていたのだ。
 黄色や橙色に光る、サイリウム。
「じゃあ、この光を目印にするってことで! ……って、蒸姫さん?」
 月居が皆に確認を取っていると、サイリウムを珍しそう観察する蒸姫に気がつく。
 蒸姫はサイリウムをひとしきり眺めると、手に持って楽しそうに振ってみる。
「……っ! こっこれは、別に」
 皆がいた事を思い出し、一人赤くなる蒸姫。「サイリウム、初めて見るんだ?」と月居に聞かれても、「そんなことないんだからなっ」と意地を張り続けた。

 山を進む撃退士達は、やがて少し開けた地形に出る。距離としては神社からもそう離れてはいないだろうが、霧の所為ではっきりしない。
「ここらへんが丁度いいんじゃないでしょうか?」
 饗(jb2588)が丁寧な言葉遣いで提案すると、数人が頷き、辺りの木に鳴子を設置し始める。以前の東北の戦いに学んだ作戦だ。
「えぇ。今山の中に天魔がいるんです、外に誰も出さないでくださいね」
 その間に、神林は神社へ連絡を入れ、警戒を促した。
「どうじゃった?」
 電話が終わるなり、白蛇(jb0889)は彼女へ状況を問う。何かあればすぐに向かうためだ。
「今の所、神社には現われていないようです。体調不良を訴える人がいるくらいで」
 何となく体が重い人が多い様だ。無理に避難しようとしてもこの霧だし、下手に避難させない方が良いだろう。

「よし、これで最後っと……」
 やがて、敵を迎える準備は整う。


 霧に包まれた山に、力強い咆哮が響く。
 木々は僅かに振動し、かさかさと小さな動物達が蠢く気配がする。
「…………………………」
 撃退士達は気配を消し、ただ待つ。耳を澄まし、感覚を研ぎすませ、『それら』が現われるのを。

 ――からっ。
 ――からからっ。

 付近の鳴子が数個、音を鳴らす。遠い。数は多い。がさがさと草を分ける音も、大きい。
「さーて、来やがったか」
 月居はすぅっと息を吐くと……吼えた。
『――――ッッッ!!!』
 轟ッ。音が辺りを包み、揺らす。鳥は慌てて飛び出し、小動物達が駆けて行く感覚も伝わった。
 だが逆に、いくつかの気配は近づいて来る。

『グォォォッ!』
 霧の中、巨大な影が腕を上げる。2m以上はある。こいつらは。
「熊か……久方ぶりだな」
 中津 謳華(ja4212)が、落ち着いた様子で呟く。そう、熊だ。熊のディアボロ。
 瞬間、阻霊符を発動した撃退士達は、僅かに見えた熊の顔面めがけ日本酒をぶっかける!
『グォっ!?』
 狼狽える熊に、中津は肘で一撃を加える。ゴンッ! 鈍い音が霧の中に消えた。
「……屠る!」

「さて、とっとと倒してしまいましょうかねえ」
 饗は妖幻・舞空で宙を舞い、低空から熊の脳天にPDWを撃ち込む。少し離れた所為で、敵の姿は影としてしか確認出来ない。が、サイリウムを付けてないならそれは敵だ。分かりやすい。
「万能たる蒸気の式よ、今我らの下で形を無し、速く駆ける機輪となれ!」
 蒸姫は韋駄天を発動し、動き回って仲間の支援を行う。熊の腕を切り抜け、木々をなんとか避け、敵を引きつける。

「……獣臭いな……数だけは多いようだ……だが……!」
 リーゼロッテは瞳を紅く染め、閃破を握る。バシュン! 抜刀した瞬間、アウルの刃が目の前の熊を斬りつける。カチャリ、再び納刀した彼女は、霧の影を注意深く観察する。ぼんやり明るい光を持った影が、何も持たない巨大な影と戦う。
「これはどう?」
 満月は両手に構えた拳銃を連続で撃ち出す。熊は一歩後ずさると、逆にがばっと彼女に突進。
「それは予測済みよ」
 だが彼女は木の上に跳躍し、それを回避。
『グォ?』
 熊はきょろきょろと辺りを見回す。酒を掛けられているから、満月がどこにいるのか分からない。
『グゥゥ……』
 熊は他の人影を見つけると、そこへ向かおうとする。
「待ちなさいっ!」
 満月は木の上から飛び出しながら、フレイムクレイモアを活性化。その背に上からスマッシュを叩き込む!
 ドスン、音を立てて熊が一体倒れた。その風圧で一瞬霧が動き、リーゼロッテと目が合う。
「ありがとう」
「いいえ、当然です」
 満月は答えながら、彼女の雰囲気の違いを感じ取る。
「どうかした?」
 リーゼロッテは自覚が無い様だ。その口調や表情に宿った冷気に。だがそれも全て、人を守る為。

「喰らうがよい!」
 白蛇は千里翔翼に騎乗しながら、破魔弓を射る。
 だがいくら開けた場所とはいえ山中。召喚獣に乗って戦うのは少しやりにくかった。
「うぅむ、呼び代えた方がよさそうじゃの」
 白蛇は代わりに眼の司を呼び出しつつ、木の上に退避。彼の視界を借り、遠距離からの攻撃を行うのだ。
 無論、普段程遠くにはやれない。彼我距離を把握出来る範囲……サイリウムと影が分かる範囲内でだ。それでも、情報の多さはこの戦闘では大きなアドバンテージである。
「可能なら、傷の深い敵をの」
 弓で狙いを定めながら、白蛇は彼にそう命じた。

 薄紫色の光の矢が、霧の中を走る。紅葉の放ったエナジーアローである。
 影を狙いながら、距離を詰められない様出来るだけ遠いうちに放つ。
「……っ! 弾切れっ!」
 エナジーアローを撃ち切った彼女は、掌に魔法力を溜め、炸裂掌の用意をする。
 が、その僅かな隙に近づかれた。熊が巨大な爪で紅葉に襲いかかる。
「危なっ……」
 紅葉は緊急障壁を展開し、ダメージを軽減。しかし腕に傷が出来てしまった。
「お返しですっ!」
 イオフィエルを振るい、紅葉は熊へカウンターを仕掛ける。ザシュンと肉を切り裂き、その腕を落とした。
 そして熊の横へ周り、噛み付こうとする熊の攻撃を避け、もう一撃。熊を倒す。
「この霧、厄介ですね……」
 改めて思い、呟く紅葉だった。

 純白に輝く刃が、熊を捕らえた。
「いきます!」
 滅光の力を宿した村雨だ。神林は熊の胴を切り裂き、倒す。
 倒れた熊の背には、いくつかの銃痕。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。次はあの影でしょうかね?」
 礼を言われた饗は、神林に方向を伝える。そちらには、数体の影と思われるものが蠢いていた。
「石縛の粒子を孕み、かの者を石と成せ、蒸気の式!」
 そこでは、蒸姫が歯車の札を扱い、八卦石縛風を放っていた。先程集めていた敵だろう。
「あの量なら……援護します! 離れて!」
 神林が叫ぶと、蒸姫は熊から離れる。
「一気に殲滅させてもらいます……!」
 先程まで白い光に満ちていた刃が、今度は黒い煌めきを身に宿す。
 彼女は村雨を高く振り上げ、集まった熊の軍団に向け、真っ直ぐに――振り下ろした。
 瞬間、黒い光の衝撃波が霧を裂く。熊達がその衝撃波に飲み込まれ、ゴォンと激しい音を鳴らす。
『グォォァアッ』
 断末魔の叫びが響いた。数体の熊が、一気に殲滅される。

「喰らえッ!」
 闘気解放を発動した月居は、ネイリングで熊に薙ぎ払いを仕掛ける。
 熊はぐら、とふらついた。その瞬間を狙い、リーザロッテが背後から迫る
「……その魂よ……せめて……安らかに逝くがいい……!」
 リーザロッテは熊にスマッシュを叩き込む。熊は二、三歩ふらふらとあるいた後、バタリと倒れた。
『グオォォ!』
 だが次の熊がその場に現われ、二人を襲おうとする。
 瞬間、しかし熊の頭に、二発の弾丸が撃ち込まれた。
「残念、上よ」
 満月による援護射撃だ。月居はそのタイミングで水鉄砲を構え、熊の鼻先へ撃つ。中身は日本酒だ。
 鼻を奪われた熊は、一瞬混乱した様子を見せる。すかさず徹しを打ち込んで、月居は危なげなくそいつを撃破した。

 熊は噛み付こうとした瞬間、顎を砕かれた。薙打爪葬……中津の『爪』による攻撃である。
 狼狽え一歩後ずさった熊に対し、今度はその懐に潜り込み、膝蹴り。穿葬之型。『牙』の一撃。
『格闘』という一面において、武術を知らぬ熊のディアボロは、完全に中津に負けていた。なんとか爪で反撃をしようと試みるが、その双腕に防がれる。
「相手にならん……再び死んで出直せ!」
 中津は叫び、すぅと息を吸い込むと、熊の身に肘鉄をぶち込む。【中津荒神流】御魂穿……明確に弱点を突かれた熊は、がくっと力を失い、その場に倒れた。
「……敵の『匂い』が……なくなったな……」
 そして中津は、辺りを見回して呟く。匂い。作戦に使った日本酒のことではない。雰囲気、状態、感情。そういった様々な状態を総じ、彼は匂いと呼ぶ。
 それが、消えた。

 月居は何度か咆哮を放ったが、それ以上熊がやって来る事は無かった。
「おかしいですね……ディアボロが足りません」
 紅葉が不思議そうに呟く。確認出来た熊のディアボロは、九体。総数には三体足りない。
「この場合、行方不明者の捜索を優先した方がいいんじゃないでしょうか?」
 すっかり元の雰囲気に戻ったリーゼロッテが提案する。理由は分からないが、そちらも急がねばならない状態だ。


 そして、行方不明者の捜索に移る。月居は縮地で急ぎ神社へ向かい、皆もそこを集合地点とする。
 神社に参拝に来ていた人達は建物の中に移っていて、神主達によって不明者の確認がなされていた。
「わかりました。じゃあ伝えときますね」
 月居は皆にその情報を伝達し、共有。行方不明者の数は、そう多くは無かった。

 韋駄天で山を駆け回る蒸姫は、風景に違和感を覚える。
「木に、穴が空いてる……?」
 野生動物の仕業だろうか。……それより、救助を急がないと。
「別に、生きてるか心配なわけじゃないからなっ……」

「どなたかいらっしゃいませんかー!」
 神林は斜面や小さな崖など、どこかに隠れているのではないかと探す。
「……あれ」
 その際、奇妙なものを発見した。
 矢の突き刺さった、ディアボロの死骸。自分達が倒したものでは、ない。

「後少しですから、我慢して下さい」
 饗は舞空を使い、怪我人を神社へ運ぶ。
「あ、あの」
 怪我人は、饗に話しかける。「さっきも多分助けてもらったので……ありがとうございます」
「さっき?」
「熊に襲われそうになった時……矢が飛んで来て、そいつを倒してくれたんです。撃退士の方でしょう?」
 自分達が戦っていたとき、彼らはいたのか。……饗が彼らを発見したのは、戦闘場所の裏側と言って良い場所だったが。

「誰かいたら返事してくださーい!」
 紅葉は大きな声を出しながら、捜索を続ける。
 ふっとその視界の端に、何かの影が動いた気がした。……子どもだ。
「良かった。はぐれちゃったんですか? 一緒に神社まで戻りましょう?」

「〜♪」
 リーゼロッテは満月と発見した一般人を神社まで送る。
 霧や戦闘音で怯えていたので、リーザロッテは歌で気をまぎらわせようとする。彼らは、歩くのもやっとというくらいに疲れて見えた。無理も無いだろう。

 そして皆が神社へ戻った頃、一人の青年が境内に立っていた。
 細身ではあるが、どこか洗練された鋭さを持った、青年。
「……失礼。行方不明者を捜索に来たのですが、貴方もそうですか?」
「……こんな霧の中、一人歩きは危険だぜ?」
 饗と月居が問うが、青年は目線をこちらに向けるだけで、返答しない。
 まるで、何かを見極めているかのような目線。
「あ、申し遅れました。私は久遠ヶ原の撃退士の神林 智と申します。既にあらかた倒しましたが、今ここには天魔がいて危険なんです」
 神林は訝しみながら、一応そう伝える。だが彼女の頭の中にあったのは、山中で見つけた見知らぬ死骸の事。
(もしかして、この人が……)
 この時点で、理由は無い。強いて言うなら、中津の言う所の『匂い』だろうか。神林達は、青年に確かにそういうものを感じていた。
「撃退士……か」
 青年は僅かに口を開く。それから、軽く顎で後方を示す。
 霧でよく見えないが、そこには何かの物体が置かれていた。
「話には聞いていたが……人間というのも、侮れないものだな」
 青年は言う。口調に、僅かな悔しさのようなものを滲ませ。
『人間というのも』。その表現に、撃退士達は警戒を強めた。それは、己が人でないといっているということで……

「『焔劫の騎士団』が一角……『己渇射手』、ハントレイ。それが俺の名だ」

 青年……ハントレイは名乗りを上げると、霧の中に姿を消した。
 撃退士達が見てみれば、彼の後ろにあったのは、間違いなく確認出来なかった三体のディアボロ。

「また会う事になるだろう……お前達が、渇望するなら」
 声だけが、辺りに響いていた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:7人

異形滅する救いの手・
神林 智(ja0459)

大学部2年1組 女 ルインズブレイド
優しき魔法使い・
紅葉 公(ja2931)

大学部4年159組 女 ダアト
久遠の黒き火焔天・
中津 謳華(ja4212)

大学部5年135組 男 阿修羅
輝く未来を月夜は渡る・
月居 愁也(ja6837)

卒業 男 阿修羅
慈し見守る白き母・
白蛇(jb0889)

大学部7年6組 女 バハムートテイマー
悪魔囃しを夜店に響かせ・
饗(jb2588)

大学部3年220組 男 ナイトウォーカー
ツンデレ刑事・
蒸姫 ギア(jb4049)

大学部2年152組 男 陰陽師
天に抗する輝き・
リーゼロッテ 御剣(jb6732)

大学部7年273組 女 ルインズブレイド
チチデカスクジラ・
満月 美華(jb6831)

卒業 女 ルインズブレイド