●@72時間
かくして、加来と8人の勇士達が集結した。
彼女の部屋の中は相変わらず画材道具や空き瓶などが散乱しており、女の子らしさや生活感などはあまり感じられない。
加来は簡単に皆が座れるスペースを作ると、作業机を囲むように座らせた。
「よし、皆さん集まってくれてありがとう!ええと、絵の経験がある人は教えてくれる?」
「私こういう者です」
嵯峨野 楓(
ja8257)が、無配ペーパーを手渡した。
そこには、マイナージャンル中心個人同人サークル「紅葉堂」、佐藤めいぷるの同人誌新刊(全年齢層向け女装総攻ギャグ)とある。
「女性総攻め……そんなのもあるのね」
内容が気になる。この修羅場を越えて無事自分の本が完成したら一冊交換してもらおう、とそっと心の中で死亡フラグをたてた。
「当日は私もEー9に居るから。何とか乗り切ろ!」
「頼もしいわね!よろしく!」
他にも梶夜 零紀(
ja0728)は漫画絵は初めてだが普段から絵を描いており、
飯島 カイリ(
ja3746)はうすいほんを出していて今回分は既に完成済みであり、
神埼 律(
ja8118)は某大型同人誌の祭典にもかかさず参加しているらしく、ペン持参。
点喰 因(
jb4659)は元美大生でベタに自信有り。
桜ノ本 和葉(
jb3792)は同人誌作成は初めてだが小物作りが得意な腐女子道研究者。
これだけの猛者が集えばもう何も怖くない。
経験無しというエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)とフィノシュトラ(
jb2752)も本作成にやる気充分だ。
「さ、早速だけど原稿見せて!」
加来はおずおずと原稿を差し出した。
撃退士達が身を寄せ合ってそれを眺める。
「下書きは出来たんだけど、表紙と裏表紙、後書きページが出来てないの。皆にペン入れとかをしてもらってる間、私は表紙を描こうと思ってるんだけど……」
後書きページも、丁度1人1枚なので皆に埋めてもらえると嬉しい、と付け加える。
「ふんふん、まずはペン入れして、乾いたら消しゴムかけて……休憩も交代でとらないとね」
「なるほどー!私は絵をそんなに描いたことないから、消しゴムを頑張ろうと思うのだよ?」
「確かに、絵を描ける人が多いですから無理にペン入れを手伝う必要はありませんね。私はトーンとか効果の作業を担当したいですね」
「俺は……背景や枠線のペン入れだな。キャラを描くのは慣れていない」
「ボクは全体的に手伝えるよ!」
「ペンは持参済みなの。全力でクリアして即売会に挑むのっ!」
「さんざっぱら筆使ってるからねぇ。ベタは任せて」
皆でわいわいと話し合う。この時間は意外と楽しい。
そんな楽しい話し合いの時間を制止する声が響いた。
「いえいえ皆さん、大事なことを忘れていますよ……」
エイルズがいきなり立ち上がって、芝居がかった仕草で手を突き出した。
「腹が減っては戦はできぬ……先ずは買出しで食料を買い込むのです!」
「狭いから座って」
素直に座りなおすエイルズ。
「一理ありますの。修羅場で食事を忘れるのはよくあることなの」
「ご飯は作れる人が交代で担当しましょう。まずはペン入れ担当と買出し担当にわかれるのが良さそうですね」
「3日分まとめ買いしちゃうのだよ!」
そういうわけでひとまずは、加来、梶夜、飯島、神埼、嵯峨野のペン入れチームと、エイルズ、フィノシュトラ、桜ノ本、点喰の買出しチームが結成された。
●戦う者達
買出しチームが出かけた所で、早速作業にとりかかることにする。
「おい、余った紙とかあるか?道具の感触を確かめたい」
「これ使って。皆もあるのは適当に使って良いからねー」
梶夜に紙とペンを差し出しながら、加来が一揃い道具を用意する。
「ねえ絵里ちゃん、ここの構図こうした方がよくない?」
「えっ、どこどこ……うわ、確かに。ちょっと待って、すぐ修正するから!」
慌てて消しゴムを取り出す。
その間にも、神埼と飯島は手馴れた様子で早速ペン入れを開始していた。
梶夜も少し遅れて原稿を手に取り、他の人に指導を受けながらペンを入れる。
「枠線を引くときの定規の向きはこっちだよー。逆にすると大変なことになるよっ」
「あー、原稿が汚れて心もどんよりするのよね」
「ホワイトやベタでごまかせますの」
そんなこんなで、わいわいと同人誌作成を始めたのだった。
……。
「うっはぁ、修羅場のにおいが懐かしいなぁ……」
買出しから帰ってきた点喰の第一声。
加来の部屋は、ペンが原稿の上を滑るシャリシャリという音だけが響き渡る異様な空間になっていた。
絵を描く時、言葉少なになってしまう人は結構多いだろう。特に真剣に描いている時は、黙々と何時間も作業し続けてしまう人も。そしてそれが何人も集まった時のあの不思議な光景。
2時間かからない程度で帰ってきたのだが、その間に部屋はそんな空間に変貌を遂げてしまったようだ。
「あ、おかえりー」
「ただいま。ちゃんと休憩いれてる?」
「途中で1回いれたよ。加来ねぇの体調管理も仕事だからね!」
両手に下げた買い物袋を床におろしながら話しかける。
フィノシュトラやエイルズは小柄なので運ぶのも大変だっただろう。
「進捗はいかがですかな?」
「ぼちぼちかな?そっちの2枚は乾き次第消しゴムかけに移れるよ」
「なるほど。では私はカレー(南瓜味)でも作ってきますよ」
「私も手伝うの!」
その小柄な二人組みが一緒に台所へ移動していく。
ひとまずこれで食料の心配はいらなさそうだ。
「じゃああたしもペン入れ手伝うよ」
天喰も机を囲む輪に入る。
ペン入れに自信のない桜ノ本はどうしようか考えあぐねていたが、そんな彼女に神埼がドライヤーを手渡した。
「はい、よろしくなの」
「あ、わかりました!」
手を遊ばせている暇はない。
修羅場はまだ始まったばかりなのだ。
●束の間の休息
更に2時間後。静かな作業場に、鼻をくすぐるいい匂いが漂ってきた。
「食事にしませんか?」
と聞いてきながらも、既に自分の分をお皿に盛っているエイルズ。
カレーのスパイシーな香りが食欲をそそる。これに抗える者はあまりいない。
「原稿汚すといけないし、道具はよけちゃってご飯タイムにしよっか」
「ん、なら皆は食べちゃって。私はもう少し……」
その少数派である加来が、作業を続けようと抵抗する。
そこに、雑炊を入れたお皿を手にフィノシュトラがやってきた。
「加来さん無理しちゃってるみたいだから、胃に優しそうな雑炊を作ったのだよ!倒れちゃったら大変だから、ちゃんとご飯も食べるのだよ!」
「フィノちゃん……」
天使の笑顔とその言葉に思わずお皿を受け取ってしまう。
フィノ嬢マジ天使。
「そういえばご飯ちゃんと食べるの久しぶりかも……」
優しいお米の味が染み渡る。
「皆さんはカレー(南瓜味)ですよ。たくさん作りましたからお腹が減ったら好きな時にどうぞ。栄養が偏らないようにサラダ(南瓜入り)もあります。デザートのプリン(南瓜味)もご賞味あれ」
「いや、思いっきり南瓜に偏ってるよね?」
エイルズに思わず突っ込む。束の間、ほんわかと食事の時間が過ぎていった。
ご飯を食べ終わり、食器を片付け、再び道具を広げようかという頃、加来がうとうとと揺れ始めた。
「うう……食べたら眠くなってきちゃった……。誰か濃いコーヒーいれて……」
「大丈夫か?ここは俺達でやっておくから、少し休んでくれ」
梶夜が声をかける。加来が既に無理をしているのは全員が知っているので、早めに休息を取らせたいと思っていたところだ。
「んー、でもまだ作業がー……」
「しょうがないなぁ」
「ひえっ!?」
聞き分けのない加来を、点喰が無理やり抱き上げた。
赤い顔で固まってしまったのをいいことに、そのまま布団までお持込。
「あえて寝る、妥協点も大事。ほらほら」
されるがまま、姫抱きから布団の中に押し込まれる。
暫く固まっていたが、やがて眠気が勝ったのか、おとなしく眠りについたようだ。
それを見ていた他のメンバーは……。
「これは……」
「いいシチュですの」
「お姫様抱っこ……」
そっとネタ帳のページが埋められた。
●峠を越えて
3時間ほどで加来は目覚めたが、その後、本格的な修羅場が訪れた。
ペン入れの終わった原稿を人力で乾かし、消しゴムをかけ。ベタや効果をいれ。それが終わる前に他のページのペンを入れ。
甘いお菓子をつまんで脳を働かせながら、2,3人ずつ休憩と仮眠を交代でとる。
「そろそろ一時間経ったよー。皆休憩いれてね!」
時計のように正確に、飯島が時を告げる。
「はいはい!休憩入りまーす。ねぇ絵里ちゃん。このキャラの事kwsk」
「え?えーとね……」
相変わらず休憩を取りたがらない加来対策に、嵯峨野が自分の休憩に付き合わせる。決して、自分の妄想のエサにするためではない。
「その子は普段は強気なんだけどね、本当は自分に自信が無いの。そんな自分を隠すためについ粋がっちゃってね……」
「ほほう……右だね。まごうことなく受けだね」
「右ですの」
「あの、私にも詳しく……」
いつの間にか神埼と桜ノ本が加わっている。
決して自分の妄想のエサにするためではない。大事な事なので2回言った。
……。
そんなことを、繰り返し。
ページはどんどん埋まっていく。部屋とテンションはカオスになっていく。
「さあ、乾くまでの間にそっちのほうお願いするの!」
「腕がきついのだよー」
「加来ねぇ、この変なトーン使っていい?」
「修羅場なハズなのに…楽しいと思えてきたのは、何故だろうな…」
「コピーして、上下に並べて……」
「おにぎりとお味噌汁作りましたー」
「りっちゃん、そここうした方が……」
「ゲストページ楽しい!」
……。
そして。原稿が完成した!
「や、やったわ……!」
ファンファーレの幻聴を聴きながら、加来が出来上がった原稿を抱きしめる。
「絵里ちゃん、私達のことは構わず!早く入稿して!」
「うん……皆、ごめんね、ありがとう!」
まるで「ここは俺に任せろ」と言って死んでいく仲間のような台詞を吐きながら、加来を先へ急がせる。
走り去っていく加来を見送った後、撃退士達は、その場で安らかな眠りについた。
●無事に迎えた即売会
即売会の当日。
原稿も仕上がり、ゆっくり眠ることも出来た加来であったが、少し緊張した面持ちであった。
その視線の先には、出来上がった同人誌。
皆に描いてもらった後、チェックと仕上げで一応目は通してあるのだが、こうして完成したものを前にするとまた気持ちが違う。
産みの苦しみから始まり、迷走したり挫折しそうになりながら、それが一つに纏まり完成した時の安堵、喜び、自信。そして、他の人に評価してもらえるのかという不安。
嬉し恥ずかしい気分で、ページをめくっていく。
丁寧なペン入れ。消しゴムかけの跡もない。髪の毛のベタなんてツヤツヤしてるし、トーンも細かいところまできちんと貼ってあるし、削ってぼかしてる感じも綺麗に出て細かいところまで手がかかっている。まるで、自分の作品じゃないような完成度だ。
感動しながら、ゲストページまで辿りつく。
1枚目。同人誌に登場したキャラが、リアルテイストに描かれている。絵柄のせいか少しシリアスな感じでちょっぴり照れる。梶夜のサインがあった。
2枚目。加来と撃退士達が並んで「読んでくれてありがとう!」と言っている絵が……なぜか上下に二枚ある。まちがいさがし、という一文が記載されていたので必死に見比べてみたが、全く違いが解らない。
……暫くして、コピーした同じ絵だということに気がついた。間違っているのは文章だ、というオチらしい。サインを見るまでもない。エイルズの仕業だ。
3枚目。紙一枚びっしり文字が書かれていた。呪文書の類かと思ったが、よく見ると萌えるシチュエーションについての熱い思いが刻まれている。今後の参考のために一応目を通したが、ちょっとおなかいっぱいになった。書いたのは飯島だ。
4枚目と5枚目。神埼と点喰が一緒に描いてくれたようだ。1ページは、今作や過去作のキャラのイラストや4コマが描かれていて見るのも楽しい。5枚目は和風耽美系で美麗さ重視の気合の入った一枚絵が描かれている。ちょっとそっち系にも見える。
6枚目。嵯峨野が、自作キャラとのゆるめコラボ4コマを描いてくれている。デフォルメした登場人物もいる。主人公の女の子は萌え絵で可愛いのだが、なぜか男キャラ同士は密着している。
自分のサイトアドレスとサークル名を書いているあたり、しっかりしている。
7枚目。皆で原稿を書いている様子をデフォルメした感じのかわいらしい絵が載っている。この毒気のないほんわか感はフィノシュトラだ。
最後は桜ノ本なのだが、主人公に似せた服装や髪型の人形を写真でとったものが掲載されていた。しかも、背景はレースやビーズ、トーン等で効果をつけて処理してある凝りようだ。本編の細やかな効果処理も桜ノ本がしてくれたのだろう。
「急な参加でしたが、とっても楽しかったです、皆さんありがとうございました!」というコメントに、不覚にもぐっときてしまった。
本を読み終わった頃、手の空いている撃退士達がお手伝いに来てくれた。
点喰が、修羅場で体力が弱ってるからと風邪対策にマスクを渡してくれる。
別に参加する嵯峨野と飯島も顔を出してくれたので、記念に一冊ずつ交換した。
嵯峨野は更に、加来の本に登場する男キャラのポスカを作成していた。宣伝代わりに配布してくれるらしいが、男キャラの服がはだけてるのが気になる。
神埼は加来の報酬代わりにとサークル参加の地位を利用して早くから入場し、目ぼしい本を漁っているようだった。大変だったから、これくらいの役得はあってもいいだろう。
売り子の看板になってくれたのはフィノシュトラと、カボチャマスクのエイルズだ。小さくて可愛い、しかも天使のフィノシュトラは相当目立つし、カボチャマスクも別の意味で目立つ。おかげで中々盛況だった。
そして即売会後……。
夕方。後片付けやら何やらを終えた後、撃退士達は再び加来に集められた。
「皆!改めて今回はありがとう!30部無事完売しました!」
「やったね絵里ちゃん!」
ぱちぱちと拍手が鳴る。皆で乗り越えたからこそ喜びも大きい。
「うん、それでね、足りないとは思うんだけど、依頼料少し上乗せしといたから、これ、貰ってください」
加来が皆に一つずつ、封筒を差し出した。当初の予定より1000久遠多い。
「おー!加来ねぇふとっぱらだね!」
「貰ってしまっていいんですか?」
「気持ちだから貰ってよ。ご飯作ってもらったりとか、色々心配もかけたし。それに、こんな素敵な本に仕上がったのは皆のおかげだから」
加来が照れくさそうに笑う。
「皆、ありがとう!お疲れ様でした!!」
END