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天使討伐の祝勝会をする筈であったが。
そこに準備をするというさくらの姿は見えず、代わりに撃退士達が準備に勤しんでいた。
さくらを買出しに誘ってその間にこっそり準備をし、祝勝会と一緒にサプライズ誕生会をしてしまおう。
それが、お祝い時を逃したすみれへの答えだった。
「さくらさんが帰って来る前に済ませてしまうぞ」
『了解!』
その言葉に答えるのは、あの時すみれと一緒に依頼を受けた撃退士達5人組。
リョウ(
ja0563)の提案で、彼らも一緒に祝勝会に呼んで準備にも巻き込む事になった。
それを聞いたすみれは若干申し訳なさそうにしていたのだが、当の本人達は。
『祝勝会?サプライズ誕生会?やるやる〜!』
『あの時の事?気にしなくていいわよ』
…と、ノリノリであった。久遠ヶ原の生徒はお祭り好き(偏見)。
「すみれさん、先にケーキを焼いてしまいましょう」
「そうね、皆、別のところよろしく!」
テレジア・ホルシュタイン(
ja1526)に誘われて、ばたばたとキッチンに入るすみれ。
その姿を、リョウがカメラのレンズ越しに捉えた。
パシャリとシャッター音が響く。
――プレゼントか…カーディガンはどうだ?値段も手頃だし、マフラーとかも合わせればこれからの季節も使えるだろう
――なるほどね。ありがと!
平和だ…。
すみれの相談のメールを見た時、思わず呟いてしまったのは伝えない方がいいだろう。
恐らく本人にとっては、相談する程度には重大な事だから。
――…すみれがそう在る事が、さくらさんにとって一番嬉しい事だと思うが、な
――??
彼女は気付いているだろうか。
自身の成長が、一番のプレゼントであろう事に。
どこにでもある穏やかで安らげる日々。
それが当たり前のように続けばいいと。ただ願ってやまない。
「しかしまぁ、最後の最後で抜けてるのはさくらさんの遺伝かな」
恙祓 篝(
jb7851)が、キッチンに消えていったすみれを見送ってごちた。
誕生日を忘れていた本人と娘。似たもの同士である。
「すみれの奴、随分と焦ってたな。所詮小学生よふはははは」
「恙祓、手を動かせ」
「すみません働きます!」
意味も無く高笑いをするが、怒られた。反射的に謝罪が出るあたりは下級生の性か。
大丈夫、リョウは5人組も平等にこき使ってるよ。一緒に会場設営をしながら友情が芽生えそうな程度には。
――アルバムとか、形にも記憶にも残る奴がいいんじゃないか?
お前はこれから中学高校大学とあるわけだし、写真とかは今後も増えると思うぞ
――…意外とまともな意見ね
――どういう意味だおい
生意気なちみっ子を、精々弄ってやろう。
ほんわかした母とツンデレの娘の思い出は、まだまだ増えていくだろうから。
「スポンジは大丈夫そうですね」
オーブンの中を確認しながら、テレジアがてきぱきと支度する。誕生日ケーキだけでなく、祝勝会用料理の準備もしなくては。
その傍ら、すみれは必死に生クリームを泡立てていた。
「手がしんどい〜」
「疲れたなら交代しますよ」
「ううん、平気。私がやりたいの」
苺シロップを加えて、桜色に色付けした生クリーム。
ムキになって格闘している様子を見て、テレジアがくすりと笑う。
――プレゼント、ですか?…よろしければ、一緒にケーキでも作りませんか?
――ケーキ?手作りの?
――やはり娘が作ってくれた物は、嬉しいと思いますよ
――そうかな?じゃあ、作るわ!
母娘の想いを、繋げて良かった。
天使との戦闘、ゲート内での戦闘を重ねて、それでも皆がここに集まれた。
この平和なひと時が、ともに過ごした仲間が、愛おしい。
●
「悪いわねー、準備まで手伝ってもらっちゃって」
「いいよ、やりたくてやってんだから」
「だなー。人数も増えたし、買出しくらい手伝うさ」
買出しと称してさくらを外に連れ出した砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)とジョン・ドゥ(
jb9083)。
ミッションは、気付かれないよう出来るだけ時間稼ぎをする事。
「さくら。折角だから、頑張っていたすみれに何かご褒美でも用意したらどうかな?」
「あ、いいわね。雑貨屋さんに寄ってもいい?」
「勿論」
プレゼントという言葉は敢えて外して提案するジョン。
誕生日を連想させて、サプライズが台無しになる事は避けたい。
――コスモスの花はどうだろうか。漢字で秋桜。『桜』の字が入ってる
――秋桜、かぁ
――花言葉も真心、だったはずだ。気持ちが伝わるんじゃないかな?まだ探せばギリギリあるんじゃないかと思う…たぶん…
――…多分なの?
折角やるなら、喜んでもらいたい。
すみれが何を贈るかは解らないが、参考になればいいと思う。
「何にしようかしら…?」
「うーん、あれがいいかな?こっちがいいかなー?」
「あら素敵。こっちも綺麗ねー」
雑貨屋で目移りしているさくらに、更に優柔不断系男子を装って時間を引き延ばすジェンティアン。
延々と迷うさくらを見て。同じようにプレゼントに迷うすみれの姿が容易に想像出来た。
――ルクリアの鉢植えはどうかな?
――ルクリア?あんまり聞かないわね
――別名『におい桜』。寒さにも湿気った暑さにも弱い手のかかる子だけど、毎年花を咲かせる多年草だよ
――え、ちゃんと世話出来るかしら…
――だからさ、親娘で一緒に育てたら良いんじゃない?ちゃんと帰って来る約束にもなるかな、ってね
遅れてもいいからしっかりお祝いした方がいい。
こういう祝い事は、幾らやっても損にならないと思う。
特にこの母娘には、節目となるだろうから。
●
「うわー、遅れちゃってごめんね〜」
祝勝会が始まる頃に、藤井 雪彦(
jb4731)が息せき切って駆けつけた。
一人、やりたい事があるとかでどこかに出かけていたのだ。
「いいのよ。忙しい中来てくれてありがとうね」
既にさくらも買出しから帰り、料理が所狭しと並べられ、壁は布で覆われて準備万端の様相だ。
「では、揃った事だし天使討伐を祝して乾杯!」
『「かんぱーい!!」』
ジュースでグラスを交わす。
雪彦が、笑顔で掲げられたさくらのグラスに自分のそれを重ねて。キンと高い音が鳴った。
――此間持って帰ってきてた花びら、それを『しおり』にしてプレゼントはどうかな?
――しおりね。それくらいなら作れるかな…
――後は、すみれちゃんはツンデレさん…もとい、感謝を口にするのって照れくさいからお手紙も良いと思うよ☆
――ツンデレ言わないでよ!
すみれとさくらに、笑顔が戻って良かった。
二人が笑っていると、記憶の中にいる母も、笑ってくれる気がして。
そんな感傷を余所に、思い思いに食事を始める面々。
「よし、食べるぞー!」
『食べる食べるー!』
「よそいますよ。どれにしますか?」
「ね、鈴木ちゃんが作った料理とかないの?」
「えーとね…」
お約束のように、祝勝会は混沌と化していく。
「ああ忘れていたすみれ嬢。この着ぐるみを着ろ」
「いきなり意味解んないんだけど!?」
「気にするな、撮影するだけだ」
「気になるわよ!?」
『祝勝会って漫才までついてくるんだな』
「ついてないから!?」
『あははっ』
忙しなくツッコミを入れるすみれ。
まあいい感じに空気が温まったところで。皆で目配せを交わす。
「さくらさん」
「なーに?」
リョウが一気に壁の布を取り払った。
●
『誕生日おめでとーございまーす!』
ぱちぱちと拍手をしながらの祝辞。
誕生会用の飾りつけと「さくらさん、お誕生日おめでとう!」と書かれた横断幕。
それを見たさくらは。
「あら、達筆」
「まぁな!…って、違う!さくらさん注目するとこ違う!」
横断幕を用意した篝がドヤ顔をした後につっこむ。
「…私の誕生日祝い?」
「反応遅い!…まあその、こっちも遅れてごめんね」
すみれが自分を落ち着かせるように、深呼吸をする。
「お祝いしたくて皆に頼んだの。お母さん、誕生日おめでと。ええとその、心配かけて…うー、いつもありがとう!」
何とか言い切って、プレゼントを押し付ける。
押される勢いのまま受け取りながら、呆然とするさくら。
そこに、テレジアがケーキを運んできた。
「私からは、バースデーケーキを。すみれさんと一緒に作りました」
綺麗な桜色のケーキの上に、いつの間にか菫の砂糖漬けが乗せられていた。
「あれ?そんなの無かったよね?」
「やはり、お二人は仲好く一緒にいませんと」
少しだけ悪戯そうに微笑む。
すみれがクリームに気を取られていた間に用意したサプライズだ。
「俺は…さくらさんにはこれです」
篝がさくらに菫の花のストラップを渡した後、その隣にいるすみれの掌の上に桜の花のストラップを落とす。
「お前にもな」
「貰っていいの?…ありがと」
すみれがストラップを握り締めてはにかんだ。
「僕からは紫苑色のエプロン。偶には良いんでない?」
紫苑と菫って色似てるしね、とジェンティアンが笑いながら。
「俺からは写真立て。リョウが写真を撮ってたしすぐ使えると思う」
「では、続こうか…何かあれば旅団にどうぞ。暇潰しから依頼まで、いつでも貴女達二人の力になります」
ジョンが花をモチーフにした写真立てを贈り、リョウが桜のヘアピンと、先程まで撮影に使っていたカメラをそのまま渡した。
さくらはただ呆然としたまま、次々とプレゼントを渡され。
お礼を言わなきゃいけないのに。どうしよう。
胸がいっぱいで、何も言えない。
「ボクからのプレゼントは、すみれちゃんの笑顔♪ってことで〜、はい☆」
「私に?何?」
雪彦から渡されたのは、文字がびっしりと書き込まれた色紙。寄せ書き、というやつだろうか。
「撃退士の紫苑さんに助けられた人達から、撃退士を始めるすみれちゃんへのお祝いだよ♪」
「あ」
「え?」
「あれ?」
驚くさくら。首を傾げるすみれと雪彦。
「お父さんが、撃退士?」
「あらー…」
「え?ボクまずい事しちゃった!?」
おろおろする雪彦に、苦笑する。
「ううん、ただ…今まですみれには隠してから。皆にもぼかしてたつもりだったのだけど…」
断言はしていない、筈。
「でも考えてみたら、もう隠す必要もないのね」
「えっ、結局、どういうこと?」
「…すみれちゃんが誰かを護りたいと思ったのと同じように、紫苑さんもたくさんの人を助けたんだよ」
さくらの様子を見て、雪彦が改めて促す。
恐る恐る色紙を眺めると、色々な字体の文字。
『あなたのお父さんのお陰で今も家族と一緒です、ありがとう。頑張って下さい』
そんなたくさんの言葉。
「お父さんも…」
誰かのために、戦ったんだね。
色紙を抱き締める。自分が知らなかった父の姿がそこにあって。涙と笑みが一緒に出てきた。
「びっくりさせちゃったね〜」
「ううん、嬉しい」
「大変だったでしょう?」
「お陰で準備に参加出来なくて申し訳ないです」
たはは…と苦笑いを浮かべる雪彦。
本当に。
すみれを助けてくれただけでなく、笑顔を取り戻してくれて。
こんなに皆の優しさを貰って。
この気持ちを、どう表せばいいのか。
ただ、この一時をくれた皆に。
「ありがとう…」
すみれからプレゼントされた紫色の花弁の栞を眺める。
季節外れの菫の花。
菫の花言葉は。
『小さな幸せ』
●
墓参りには、皆で行く事になった。
始まりの場所だから、と言ったのはジェンティアン。確かに、この墓から今回の騒動は始まった。皆で行く事が、幕引きになるのかもしれない。
雪彦は祝勝会の片付けを申し出てこちらへの参加は断ろうとしていたが。
『片付けは任せてお前達は先に行け!』
という、5人組の好意により一緒に来る事にした。ちなみに死亡フラグみたいだけど死んでないよ。
墓地は以前のままになっていた。人の出入りが無かったせいか、心なしか寂れたように見える。
「手入れされていなかったようですね…放っておけませんし、片付けましょうか」
「そうだね。鈴木ちゃん、片付けはやっとくからパパさんと話しといで」
「うん、ありがと」
ぱたぱたと墓に駆け寄るすみれ。さくらはその後を追って、抱いていた花束を墓に添えた。
篝とジョンが万一の敵襲に備えて一歩後ろで警戒する中、すみれが手を合わせ、目を瞑る。
「お父さん、あいつはやっつけたよ」
ねえ、話したい事がたくさんあるの。
「あのね…私これから、撃退士として戦うよ」
まだ、誰かを護れる強さなんてないけど。
「一人じゃないから、大丈夫」
皆が、お母さんがいてくれるから。
「だから、見守っててね」
――お父さん、大好きだよ。
心の中で呟く。
風が吹いて。すみれの黒い髪が揺れて。花束から紫色の花弁が零れた。
紫苑。墓の主と、同じ名前を頂く花。
さくらが、愛しそうに目を細めた。
「…すみれ、紫苑の花言葉、知ってる?」
「へ?」
「『君を忘れない』」
言いながら、すみれの首に手を回す。
着けられたのは、ロケットペンダント。中の写真は――。
「すみれが忘れない限り、お父さんも、すみれの事を忘れないわ。だからね、ずっと一緒よ」
会えなくても、この胸の中にある。
貰った愛情も、思い出も。今でも温かく残ってる。
貴方を、忘れない。
「…うん」
そんな二人を見て、篝が墓に向かって手を合わせる。
どうすればいいか解らず見守っていただけだったのだが。何となく。
(貴方の奥さんと娘さんは、今日も元気に生きてます。多分、これからも)
そこに、片付けが一息吐いた4人がやってきた。
皆で改めて黙祷を捧げる。
「パパさん、幸せだね」
「そうだと、いいな」
「そうだよ」
当然とばかりのジェンティアンの言葉に、すみれが薄く笑い返す。
そこに、リョウが真剣な面持ちで口を開く。
「…一つ言っておく。絶対に忘れるな、鈴木すみれ。戦えば必ず結果と責任が生まれる事を。そうでなくては、いつか俺達も外道に堕ちる事になる」
「…戦って、悲しむ人がいるかもしれないって事?」
それを聞いて、ジョンの脳裏にふと。
自分の、血塗れた手の事が過る。
(私も、もしかすればニドルグと同じように仇討ちを狙われる立場になったのだろうか)
メンバー内で天魔が自分一人という事もあって、そんなとりとめもない事を考えてしまう。
胸の奥深く、渦巻く紅を抱いて。
「…うん、忘れないよ」
「そうか」
その返事に、表情を和らげる。
難しい事は解らなくても、多分、もう理解している。
力には責任が伴う事。
すみれが墓から離れ、皆に振り返った。
「皆、ありがとね!そろそろ帰ろ!」
「じゃ、最後に」
ジェンティアンの唇が聖歌を紡ぐ。
墓地に響くメゾソプラノの歌声が、蒼い空に吸い込まれていった。
●
――ねえ、紫苑さん。
貴方がくれた小さな幸せは。
他の誰かの幸せのために戦うと決めました。
冬が来て、紫苑の花が枯れても。
菫はきっと、咲き続けるでしょう。
私はその傍らで、見守っていくと誓います。
いつしか、大輪の幸せが咲く日を信じて。
END