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撃退士達はゲートを前に佇んでいた。
戦いの音が周りから聞こえて、自然と体が緊張する。
「俺、この戦いから帰ったら装備してるコレを保証書無しで改造するんだ…」
「終わったら祝勝会をしよう」
「ちょっと!いきなりフラグを立てない!」
初っ端からジョン・ドゥ(
jb9083)が不穏なフラグを立て、それにノッたリョウ(
ja0563)が更に増量させる。
おかげですみれの一言目がツッコミになってしまった。
「なに、すみれ嬢。フラグはへし折るものだ」
「わざわざ立てないでよ…」
「でも、緊張は解れたようですね」
テレジア・ホルシュタイン(
ja1526)が微笑む。
確かに緊張は解けた。何か疲れたが。
「全員無事で帰るまでがお仕事です☆皆で笑ってただいまって言おうね」
「うん、約束を守るためにも皆で帰ろう☆」
砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)と藤井 雪彦(
jb4731)が軽いノリで笑いかける。
だが、すみれは微妙な面持ちで。
「…ごめん。今何聞いてもフラグにしか聞こえないわ…」
「…俺はつっこまないからな」
恙祓 篝(
jb7851)が顔を背ける。
「さ、韋駄天かけるから皆寄って〜。テレジアさんももっと近くにどうぞ♪」
「いえ、ここで結構ですよ」
「あ、今の内に飛んでおくか」
微笑みながらも断るテレジアと、思い出したように翼を広げるジョン。
何だか空気が緩いが、とにかく気を取り直してゲートに突入するのだった。
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ゲートの中は、むせ返る様な草と花の匂いで溢れていた。
頭がくらくらして、気だるさが体に圧し掛かる。
壁も天井も蔦に覆われた世界。敷き詰められた花園。
その中に、サーバントを引き連れた金色の天使がいた。
『来たな、撃退士共』
待ちわびた客を招くように笑うニドルグに、リョウが睨みつけ、テレジアが凛と構えた。
「さあ予言の時だ。天使ニドルグ、貴様をここで討つ」
「死者の安らぎを奪い、人々を傷つけた罪。繰り返すのであれば、容赦はいたしません」
『相変わらず、大きな事を言うものだ』
そして視界の端にすみれを見つけて。
『お前も来るとはな、死に損ないの小娘が』
「うっさいわね。皆と一緒にあんたを倒してやるから、今から覚悟しときなさい!」
挑発に指を指して返す。
『では私も、この前の恨みを晴らさせてもらうとしようか!』
ニドルグが手を掲げると同時に、静止していたサーバント達が動き出した。
その敵の攻撃を許すより先に、撃退士達が動く。
「さて、燃やすか」
「押し潰してあげるよ」
敵陣左翼に、炎が爆発し隕石が降り注ぐ。サーバント達を大きく巻き込んで、骨2体が粉々に打ち砕かれた。
続けて右翼側に無数の黒槍が現れ敵を貫き、草花が抉られるように散る。骨の1体が頭蓋骨を砕かれ倒れ伏した。リョウはそれを確認し前進する。
それにテレジアが並走し、残った骨を斬り捨てた。
「イグニション!」
真紅の光を纏い、戦場の中央寄りにふわりと移動するジョン。
すみれは左翼の馬に向けて走る。
(皆が戦いやすいように引きつけなきゃ!)
鞘から剣を振り抜く。
馬が反撃とばかりに上体と前足を上げる。そこに雪彦が繰り出したワイヤーが横切り、勢いが和らいだ攻撃をすみれが盾で受けた。
もう1体の馬がテレジアに向かう。魔具が瞬間白銀の盾へ変わり、それを受け止めた。
『さあ、その命と絶望を私に捧げろ!』
その場から動かぬまま、力を込めて剣を振り上げた。衝撃波がリョウに飛んでいくが、その動作を見て体を翻す。
えも言われぬ速さで回避した事に驚きを見せるニドルグ。
「悪いがこちらが本職でな。改めて名乗ろうか」
不敵に笑って、構えなおす。
「旅団【カラード】が長、リョウ――推して参る」
接近しながら、黒棘槍を今度はニドルグを中心として放つ。そこで、今まで微動だにしなかった鎧の内の1体が動き、ニドルグを庇った。
「自由に行動なんてさせないよ?」
鎧が盾役を担っているのを見て雪彦が手をかざすと、幻惑が鎧達を襲った。惑わされるまま近くにいる者へふらふらと攻撃してするりとかわされる。
テレジアが刃に黒い闇を纏わせながら馬の前足を薙いだ。痛みに嘶きながらの馬の攻撃を、盾で跳ね返すように受ける。
「全部焼き尽くしてやるからとっとと失せろ!」
篝が再び炎を放ち爆発させ、ジェンティアンが隕石を降らせた。
上空にいたジョンが、真紅を纏いながらゆっくりと左右に腕を広げた。紅の閃光が走ると同時に、鎧達とニドルグを衝撃波が襲う。
『悪魔なら悪魔らしく地に墜ちろ!』
剣を振りぬく。風を孕んだ衝撃波がジョンの体を切り刻んだ。あまりの痛みに落下しかけるが、くるりと宙返りをして翼を開きなおす。
雪彦が仲間を巻き込みながら韋駄天をかけ直す。
だが、そうして集まったのを見てニドルグが素早く動いた。
『仲間と仲良く、無様に散り往け!』
「来るぞ!」
ジョンが叫んだのとほぼ同時に、ニドルグが地に剣を突き立てた。地面から激しい衝撃波が噴出し、味方のサーバントも巻き込んで、雪彦とテレジアとリョウを襲う。花弁の嵐が舞い上がり柱のようにそびえ立った。
それぞれ何とか威力を軽減しようと試みたが、一気にダメージを受ける。馬の1体が倒れた。
もう一体の馬は変わらずテレジアを攻撃する。テレジアは血を流しながらも、破壊衝動に押されるように闇を纏った刃で反撃した。
すみれは目の前の馬が倒れたところで鎧の元に向かう。
仲間達の様子を見てジェンティアンが飛び出した。負傷者が多くて回復が間に合わない。若干賭けではあったが、ニドルグと鎧を巻き込んでシールゾーンを唱える。
違和感に、ニドルグが舌打ちした。
『…小癪な』
「面倒くさい攻撃は封じちゃうに限る」
「ナイスッ!」
ジョンが今一度紅の閃光を奔らせる。衝撃波が鎧達とニドルグを襲った。壁の蔦に亀裂が入る。
その隙に雪彦が後退し、ジェンティアンが、一番傷の深そうなジョンにヒールを飛ばした。
「抉り貫け――夜の棘よ」
リョウの黒棘槍がニドルグの肌を裂く。
ニドルグが苛立たしそうにリョウに剣を振るおうとするが、その目先を篝が放った炎が掠め、思わず避けてしまう。
「早く倒れなさい!」
CRの影響か珍しく語気を荒げながら、テレジアが馬に3回目の闇の刃を叩き込んだ。馬の体が両断される。
ジョンが上空から最後の破界を放つ。鎧の1体がニドルグを庇いひしゃげる。そこへ、雪彦が本を手に風妖精の嫉妬を放った。風の刃に裂かれ、鎧が静かに崩れ去る。
残りは鎧とニドルグ。
リョウがすみれに目をやった。
ちらほらと傷が見える、今まで馬と鎧の相手を懸命にしていたのだ。ダメージは与えられずとも、敵の注意を引きつけようと。
そこに指示を飛ばした。
「すみれ!少し下がる、援護を頼んだ!」
「了解!」
敵と後衛との間に立ち塞がるように移動する。無理に攻撃せず陣形のカバーに徹する姿を見て、リョウが言葉を追加した。
「任せたぞ。『戦友』」
その言葉に驚いて。呼捨てだった事に気付いて。すみれが一瞬はにかんだように笑んだ。
ニドルグが鼻で笑う。
『小娘、今度こそ死にたいようだな!』
「すみれちゃん!」
ニドルグが、すみれに迫り剣を振り下ろした。雪彦が叫ぶ。
肩口から大きく切り裂かれた。重体とまではいかないが、血が制服のシャツを赤く染め上げる。
「こんにゃろ!」
篝が反射的に飛び出してニドルグに殴りかかるが、ふわりと避けられる。
すみれはぐっと両足で踏ん張って、意識が飛びそうになるのを堪えた。
「…死なないわよ」
怒りではない。ただ決意を胸に抱いて、ニドルグを睨みつける。
一片。二片。宙を漂っていた花弁が舞い降りてくる。
風に飛ばされる程の小さい存在でも。いつか散り往くとしても。
「私は、護るために戦うんだから!」
――誇り高く花は咲く。
ジェンティアンが駆け寄り、すみれの肩口に手をかざす。癒しの光に傷が塞がっていく。
「ありがと」
礼を言うすみれに少し目を細めて。その後、ニドルグに振り返りながらにっと笑った。
「僕の目の前で簡単にやらせるなんて思わないでね」
『ならば死に損ないに止めを刺してやろう!』
ニドルグが再びすみれに剣を振ろうとするが、ジェンティアンが横から大剣で受け止めた。跳ねた剣の切っ先が掠め血が舞う。
『庇うか。愛や友情というヤツか?人間が好きな言葉だろう?』
「や、さすがに天使相手にやばかったら勝手に体動くし」
痛い様子など見せずに、さりげなく話を流しながら平然と言う。
「誰かを護りたいという気持ちを解らないのならそれでも結構です。
さあ。そちらも、そろそろ仕舞いではないですか?」
テレジアが落ち着いた様子で鎧を穿つ。続けざまに篝が攻撃すると、炎が鎧を包みそのまま灰になった。
そのがら空きになったニドルグの背後から、リョウが切りかかった。
槍が閃く。ニドルグが体勢を崩したところに更に斬り返した。片翼がもげ、呻き声が漏れる。
『か弱き人間の分際で!餌にもならぬ存在で!せめて絶望に身を窶せばいいものを!』
執拗にすみれに攻撃をしかけようとする。だが、今度はそこに雪彦が割り込んだ。ざっくりと斬られながらも、すみれの前へ立つ。
「雪彦先輩!?」
「ボクの周りの大事な人達を傷つけるものは許せない!!」
護ってみせる。この身に代えてでも、約束を違わないために。
雪彦から、いつも浮かべている笑みが消えていた。
『…気に食わぬ』
片翼で浮きながら、ニドルグが撃退士達を見やる。
強い輝きを持った瞳。
『その弱き身で何を護るというのだ!我らに力を捧げるだけの存在で、甘い幻想を!』
「貴様の勘違いを教えてやる。戦とは相手だけでは無くその背負っている全てと戦うという事だ。 そんな事も分からず、敬意も覚悟も無い貴様は『軽い』」
『戯言を!』
リョウに向けて剣が閃く。その動きに合わせかわそうとしたリョウだったが、剣がもう一度閃いた。咄嗟に黒盾で身を護るが、十字の軌跡がリョウの体を切り裂く。
余裕を失っている様子のニドルグに、冥府の風を纏った篝が炎を放つ。
「俺のダチが誇っていた天を焼く劫火だ。とくと味わえ!」
『はっ、貴様もその身を差し出したらどうだ!』
ニドルグが篝に接近し、再び十字を描いた。
腹を深く裂かれ、頭がぐらりと揺れる感覚で地に伏せる。
「ちょっと!篝先輩!?」
「全く、忙しいね」
回復に奔走していたジェンティアンが駆け寄ってくる。何とか起き上がれる範囲だろう。ライトヒールをかける。
「いてて…やってくれる」
すぐに起き上がり、戦闘態勢に入る。
ニドルグの劣勢は、敗北は、明らかだった。
それでも、絶望を。生命の散り往く様を求めて。
足掻くように、篝に気をとられていたすみれに手を伸ばす。
「すみれ!!」
「えっ?」
ニドルグの手がすみれの腕を掴もうと。
その直前。上空から降りてきたジョンがニドルグを蹴り倒し、そのまま取り出した双剣で両肩を床に串刺しにした。
『がっ、な、に…?』
『駄目だよ駄目駄目…』
ニドルグの脳内に、ジョンの声が響く。
『戯れで人間の命を奪ったのだろう?なら貴様の死も私の戯れにならなければ』
顔を寄せ仲間達に見えぬ角度で、普段見せる事のない邪悪な笑みを浮かべて。
『…どんな顔でその命が潰えるか、私によく見せてくれ…期待しているよ』
『貴様…っ!』
剣に体重を乗せ、動けぬように更に深く抉る。ニドルグの金糸のような髪が、白い片翼が、自分の血の色に染まる。
その蒼い瞳に映るのは、絶望。
すみれがニドルグに歩み寄り、剣を下げた。
「ずっと、貴方が憎かった。殺してやりたかった。でもいざこうなってみると、何でかな。貴方が可哀想」
『…人間の分際で、私を、哀れむつもりか…!』
今にも消えそうなニドルグの生命。
すみれが目を伏せる。
「貴方がバカにするように、私は弱いわ。でも、大事な人がいる。一緒にいてくれる人がいる。希望と幸せがあるの」
『人間も、希望も、幸せも、いずれ散り往く…!』
「護ってみせるわ!」
すみれが剣をニドルグの上に構えた。
「だから、さよなら」
再びすみれに手を伸ばすニドルグ。
それがゆっくりと下がり、動かなくなった。
●
「お疲れ」
篝がすみれの頭をくしゃりと撫でる。
「うん…って、びっくりさせないでよもう!!」
「お前もだ。あそこで油断すんな」
目の前で一瞬とはいえ気絶されて。殴ってやろうかと思ったが、ぼろぼろなのを見て手を握り締めるに留める。
「頑張りましたね。立派に戦っていましたよ」
「ありがと、テレジア先輩」
微笑みながら褒められて。何となく恥ずかしい。
それを隠すように、キッとジェンティアンと雪彦に振り返った。
「それより、どうして庇ったのよ!!」
「えー、僕達に何かあっても自分の所為とか後悔しないって言ったでしょ?」
「つい☆」
しれっと答える二人。
「それとこれとは別よ!そして「つい☆」じゃなーい!!心配したわよう…」
雪彦にぎゅっとしがみつく。陰陽師の衣装は血に濡れていたが、温かさを確認して、思わず涙が滲む。
それを抱き返しながら、雪彦は治癒スキルを活性化させすみれの傷を回復してやった。
「よしよし♪さ、あと一仕事残ってるよ。コアを破壊しないとね」
『ん…奥にあるのかな?』
植物の生い茂る空間を進み、ゲートコアを見つける。
少し攻撃を加えると、あっけなく壊れて。
何かが振動するような音が響き渡った。
「さあ、脱出するぞ」
「あ、頑張りすぎて辛い…」
「ここでそれ!?普段どれだけ頑張ってないのよ!行くわよ」
努力はしない主義のジェンティアン。目的を達成した所で滅多に出さない本気を出した疲れがどっと出てくる。すみれがツッコミながら促した。
ゲートが消えるまではまだ時間があるが、念のために走って脱出する。
植物が徐々に枯れて行き、まるで撃退士達の足跡を辿るように蔦が茶色く変色し、花弁が吹雪のように散っていく。
ゲートの入り口まで辿りついて、ちらりと後ろを振り返る。
ニドルグの死体が、サーバントの亡骸が、花弁の中に埋もれていた。
「早く帰ろう。さくらさんを安心させてあげなきゃね♪…そしてお父さんにも報告しなきゃ」
「うん…」
その時ふと、花弁がすみれの頬を撫でた。
思わず手をやると、掌の中には紫色の花弁。
それをそっと握り締めて、すみれは皆に続いてゲートを脱出した。
「終わったなー…腹減った」
「先輩達は何なの!シリアスが続かない病気なの!?」
結局ツッコミに始まりツッコミで終わるすみれだった。
●
「お帰りなさい!」
久遠ヶ原に辿りつくと、帰りを待っていたさくらがすみれに抱きついた。
すみれがぎゅうっと抱き返しながら笑う。
「ただいま!」
「皆、ありがとう…」
礼をいいながらも、腕の中の温もりに、さくらの頬を涙が伝った。
抱きしめる。
この手の中の小さな幸せ。二度と零さぬように。
もちょっと続くよ