●澪標
まだ、辺りは薄暗くとも少しずつ夜空の色が薄らんで行く狭間刻。
一切の音さえ消えてしまいそうな程に静寂の帳が重く、種子島にのし掛かっているかのようだった。
軽く辺りを見渡すジョン・ドゥ(
jb9083)にとっては、これが二度目の種子島。
周囲の風景に懐かしさを覚えるが、残念ながら感傷にひたれるような状況ではないことを手に持った魔具が教えてくれた。
「行くか……!」
「ここまで来た以上必ず拠点を取り戻すよ!」
「一刻も早くってのはわかりますが……流石に、時間が無さ過ぎなんじゃありませんかね?!」
ジョンとクラリス・プランツ(
jc1378)の言葉に金鞍 馬頭鬼(
ja2735)が思わず本音を零したものの、誰も異を唱えるものはいなかった。
「拙者が惨状仕ったからにはビクトリーは約束されてるデース☆」
「なんだか、今少し発音がおかしくなかったか?」
マイケル=アンジェルズ(
jb2200)の何やら怪しい発言にロード・グングニル(
jb5282)がぽつりと疑問をこぼしながらも、マイケルに気にした様子は全く見られなかった。
「皆様、もし範囲攻撃に巻き込んでしまうようなことがあってもどうぞ私のことはかまわず、使ってくださいませ」
「了解だよ! でも味方にあたらにゃいように気をつけるね!」
只野黒子(
ja0049)は、明るい狗猫 魅依(
jb6919)の声が返された。
話しながらも黒子は周囲を探っている。敵影はまだ見えないが、警戒は一切緩めない。
一方、北の方角を眺める檀の背中を見つけたエイネ アクライア (
jb6014)は、彼を呼び止めるつもりで背を叩いた。
考え事に耽っていたようで、振り返った檀は驚く。
「檀殿! 今回は肩を並べての戦でござるな。宜しく頼むのでござるよ!」
「はい。よろしくおねがいしますね」
「おー、檀君頑張ってよ」
エイネに応えると。傍らから白銀 抗(
jb8385)の声が聞こえた。そちらにふたりが顔を向けると抗が涼しい顔をして立っていた。
「あっちには大事な弟分が行くからねー……お兄ちゃんとしては頑張らないといけないよねー」
返答を待たずに抗は言葉を続ける。
「お互い大変だよねー、『お兄ちゃん』」
抗は軽口を叩いて、そのまま早足で立ち去っていった。
「そんじゃま、さっくり掃除でもするかね」
周囲を確認して軽く体をほぐし、向坂 玲治(
ja6214)は槍を構えた。態度同様軽かった眼差しも一瞬にして鋭いものに変わる。
「斬り開くか、『道』を、な」
アスハ・A・R(
ja8432)は静かに銃口を上げた。
見やるは無数のディアボロの群れ。
戦いへと臨む撃退士達は決意を込めて、天神橋に立った。
●道
「まず両脇の輪入道が1体ずつ、下位ディアボロが8体道を塞ぐように立っています。敵感覚は其程広くはないようなので範囲攻撃が十分に有効かと。とはいえ、纏めて掃討出来るほど感覚が狭いわけでもないようですが」
「それでも十分ですねぇ」
警戒にあたっていた黒子が皆に告げると、それを聞いていた馬頭鬼は満足そうに
「他の敵はまだ見えませんからまずは、前哨戦というところでしょうか」
「何にせよ、吹き飛ばし甲斐がありそうな敵ねぇ」
黒子の呟きにErie Schwagerin(
ja9642)は愉快そうに手で魔具をいじりながら言い放っている。
「檀さん、貴方の力も借りるよ!」
「解りました」
「ええ、頑張りましょ」
クラリスの言葉に檀と彼の傍らに居たアルベルト・レベッカ・ベッカー(
jb9518)も頷いて戦闘態勢を取った。
「ボクも頑張らないとっ」
礼野 明日夢(
jb5590)はぐっと拳を握りしめて、気合いをいれてから阻霊符を展開する。
「何かやっかいな動きされたら厄介だもんね」
「そーだねー。備えあれば憂いにゃし。戦いに集中出来るよー!」
魅依は頷いた。
そして、しばらく進むと、薄暗い町並みの中、漂う鬼火が見えた。
(アレ、ですね!)
廣幡 庚(
jb7208)は敵の姿を見つけると陰影の翼を広げ空へと飛び立った。
「眠って、ください……っ」
天から庚が放つのは星のような灯り。薄ら闇に突如現れた輝きが一瞬、ディアボロ達の注意を逸らす。
それた注意はほんの少しの間に過ぎない。しかし、水葉さくら(
ja9860)をディアボロの群れに潜り込ませるには充分だった。
「眠ってください……!」
さくらが放つ凍てついた風は周囲の落ち武者達を眠りの世界へと誘う。
「暴れてやるぜえぇぇぇ!!」
動きを止めて眠りに就いたディアボロ達。すかさず飛び込んできたのはジャック=チサメ(
jc0765)。顔には愉悦の笑みが浮かんでいる。
「唸れ! オレさんのマッドチョッパー!!」
如何にも楽しそうに笑いながら鉈を振るい、殴りつけるかのように剣士を討伐した。
「さぁ、どんどん倒していこーじゃないか! オレさんどんどんお祭り開いちゃう! 突撃だー!」
「拙者も行くでござるよー!」
飛行していたエイネは一気に高度を下げて勢いのままに雷の剣を右側の輪入道を切りつけた。
稲妻は輪入道の身に見事命中し、麻痺させる。
「邪魔……するのなら……狩る」
浪風 威鈴(
ja8371)が放った矢は甲高い音を立てながら、左側に輪入道の体を貫通する。
正確な一矢は、周囲で闘う撃退士に向かいかけていた注意を威鈴へと向けさせる。輪入道は威鈴に向かい突進してくる。しかし、阻んだのは浪風 悠人(
ja3452)が放ったコメット。
「道は僕達が開きます!」
「行かせねぇっての!」
コメットが車輪部分に命中し減速する輪入道、さらに重圧を受けて動きが鈍った輪入道を玲治は武器とともに真っ向から立ち向かい、無事押さえ込んだ。
威鈴が恐れも惹かれも少しも覚えなかったのは、すぐに彼らが来てくれるのを、解っていたからだ。
一方、射手のディアボロはアスハに向かい毒矢を放つ。左腕に命中したがしかし、傷を気にする様子もなくアスハは銃口をディアボロに向け、引鉄を引く。
「致命傷以外は気にすることはない、な――これくらいならば、かすり傷だ」
「さぁて、潰すわよぉ」
相手から此方へ向かってくる剣士を視界に、エリーはニィっと唇を歪めて武具を手にとった。
「あなた達、程々にしておきなさいよ」
放っておけばすぐに無茶をするから。エルネスタ・ミルドレッド(
jb6035)は妹であるエリーと友人のアスハに向けて釘を刺したが、二人は既に先行しており、話を聞いていなかったようだった。
無茶をしないことを祈りつつ、エルネスタは武器を手に左側の輪入道に寄り、一撃を見舞った。
続くようにロードが札を飛ばして、輪入道に追い打ちをかけた。
一瞬浮かんだのはこの島でオペレーターの任に就く少女の顔だった。
(……敵を倒すことだけに集中しよう。それだけで良い)
かぶりを振って、浮かんだ姿を打ち消した。余計なことなど考えない。ロードは一度深く息を吸って、冷静を取り戻した。
「ま、この状況で出し惜しみする意味ないよね」
「そうですねえ。一刻も早く終わらせたいところですし」
抗は軽い言葉とともに衝撃波を放ち、道に残っていた手負いのディアボロ達を吹き消した。それでも撃ち漏らした敵は素早く馬頭鬼がスナイパーライフルで討伐した。
「これでこの辺りに居る下位は全て倒せましたかね」
「そのようです。先はどのような様子ですか?」
黒子の言葉にスナイパーライフルを構えたまま応える馬頭鬼。空から庚の声が振ってくる。
「この先に敵の姿が多数見えます。えっと……数えられてないので正確な数は解りませんが多分残りのディアボロが殆ど集まっているのではないでしょうか?」
上空から敵の様子を見ていた庚が告げれば馬頭鬼が納得したような様子で。
「いよいよ本陣ってわけですねえ。しかし」
「輪入道のことだったら大丈夫です。僕達だけで倒せそうですから!」
「……こちらもだ」
会話が聞こえていたのか、様子を察していたのか少し離れた場所で輪入道と交戦していた悠人とロードが言葉を返してきた。
三人ずつでそれぞれ輪入道を抑えている。多少火力不足だとしても、少し時間をかければ討伐は可能なようだ。
ふたりの言葉に小さく頷き、撃退士は先に進む。
「行きます」
そうして、拓けた道を、躊躇いなく最前線へと踏み込んでいったのは、スゥ・Φ・ラグナ(
jc0988)。
その先で待ち構えていた剣士が気付く頃には彼女は既に懐に潜り込んでいる。剣を振り上げて切り裂かんとし周囲の射手も毒矢を放つが、傷付けられたはずのスゥは全く怯む様子も見せずに剣を振るう。
その切っ先に一寸の迷いもなく、正確に切り込む。一撃を受けた剣士は、よろけ体勢を取り戻そうとする。しかし。
「さぁ、久々に暴れよかね」
その好機を見逃されるはずもなかった。和服をはためかせ、まるで舞いを魅せるかのように桃香 椿(
jb6036)がライフルで傷付いた剣士を撃ち抜く。
まるで、一寸の抵抗も許さないような早さだった。
続々と戦線を突破していく撃退士達。
その中でも、仲間に攻撃が向かわないように戦列の先に立ったロドルフォ・リウッツィ(
jb5648)が声を出す。
「支援は任せた!」
「任せろ……とは言っとくが。前ェ出すぎンなよ、ロド。あのクソ親父と違って俺ァ甘かねーかンな――覚悟しとけ」
ロドルフォの後方、マクシミオ・アレクサンダー(
ja2145)は少し棘を含めて相方に口を返す。
しかし、どうやらロドルフォの耳には入っていないようで、叫ぶ。
「――死にたい奴からかかってこい!」
力強く発せられた言葉は、周囲の敵の注目を集めるには充分。
「精々怪我しねェようにしとけ。今は治療する時間も惜しいからな」
「頼りにしているぜ!」
斬りかかってくる剣士を、シールドで弾いて。その背後からすかさずマクシミオが拒冥の牙槍を放った。
撃退士の突入に気付いた下位ディアボロ達がぞろぞろと討伐隊の周辺に集まってくる。先ほどよりも圧倒的に数が多い。
落ち武者――ゾンビが大量に迫ってくる絵面はまるで、ホラー映画を思い出させる。
「オー、ゾンビがいっぱいデース☆ カユウm……」
「それ以上は言わないでください!」
何かを言いかけたマイケルの言葉を遮るように明日夢は言い放った。
「好都合ですね」
馬頭鬼は呟く。寄ってしまえば、その分範囲攻撃に巻き込める。好機。すぐに魅依がファイアワークスを放つ。
「ふっとべぇ!」
見惚れてしまいそうな火花達。魅依のファイアワークスを受けて弱った下位ディアボロ達を、エリーが襲う。
「ん〜♪ この押し潰す感じ……たまんないわねぇ」
見事巻き込めたディアボロを全て倒せたのだ。気持ちよさそうにエリーは笑った。
一方、檀が見たのは高速で突進してくる輪入道。
庇うよりも倒してしまった方が早いかもしれない。
「やらせません!」
珠の状況を確認し一歩踏み出した檀が光珠を輪入道に飛ばす。二つの蒼い光珠から放たれる風刃が輪入道を切り裂き、全ての動きを止めた。
(けれど、まだ……)
この辺りで見えている限り、後2体居た。
「こちらは任せろ」
先程見かけた場所を見ると、既にジョンが輪入道に接近していた。視線が合うと強く言った。
「喧しいぞ、動くな」
ジョンは輪入道に威圧のオーラを放つと、輪入道は動きを止めた。
そして、あと一体には庚が飛んでいく姿が見えた。
庚もジョンも負担の少ない方法で抑えることがなんとなく窺えて、とりあえずは安堵の生きをはいた。
「どこまで、私の力が通用するのかわかりませんけど……」
戦いは苦手だけれど、此処でそうなんて言ってられない。
苦しい思いをしている人達は沢山いて、哀しんでる人達を放っておくのは華子=マーヴェリック(
jc0898)にはとても出来なかった。
「力を合わせれば私だってっ!」
水色の影が踊る。誰にも気付かれないうちに敵の背後へと移動していた華子は石化の風を放つ。すかさず明日夢がスターショットを繰り出して、とどめを刺した。
華子の顔に歓喜の色が浮かぶ。明日夢も構えた武器はそのままに応えたかのように小さくうなずいた。
さらに踏み込んださくらが氷の夜想曲で敵の動きを止める。
しかし、敵が多い場所へと踏み込む形になっていたさくらに射手が放つ一矢が襲いかかる。
けれど、すかさずマイケルが飛び込みさくらを庇った。
「拙者はレディの味方デース☆」
「ありがとうございます、です」
マイケルは、それはそれは清々しいイケメンな笑顔を浮かべていた。
○
重圧を受けた輪入道は、動きが鈍っていた。
「今だ!」
「了解、必ず……狩るよ」
押し迫る輪入道を玲治が抑えている。頷いた威鈴が静かに弓を引いて矢を放つ。
緻密な一矢は大幅に輪入道の体力を削り、続いて悠人が魔法攻撃を放ちトドメを刺した。
「次……行く。急ごう」
「うん!」
悠人と威鈴、玲治の三人は仲間を支援する為、先を急いだ。
エルネスタの氷の鞭に縛られ輪入道は移動することが出来なくなっていた。
エルネスタとロードは安全な距離に立っていたが、先程至近距離で雷の剣を放ったばかりのエイネは近くに居た。
旋回し、苦悶の表情を浮かべた輪入道の口から吐き出された炎はギリギリ避けきれなかったエイネの身を灼いた。
「大丈夫か?」
「大丈夫でござるよ! これくらいであったらかすり傷でござる」
案じてロードが声をかけるとエイネは多少顔を歪めながらも気丈に応えてみせた。
「それよりもロード殿。拙者達の仕事は抑えでござるが――別に、倒してしまっても構わないでござろう?」
エイネ、決め顔。ついでに我ながら、決まったと思った。
「ひゅーっ 拙者、何かかっこいいこと言ったでござるな!」
「本来ならば、いさめるところなのでしょうけれど……その言葉、ありがたいわ」
力強い言葉に、エルネスタは素直な言葉を述べて。
「それじゃあ、行くわよ」
「……解った」
「了解でござる!」
ロードとエイネは頷いた。三人の一斉攻撃で、一気にディアボロの体力を削る。
ふらふらとよろける輪入道。後、もう一手だ。
○
一方、前線。
「戦力は惜しみなく使うのが今回のアタイ流さッ!」
ジャックは勢いよく鉈を振り回し続けていた。
「うぉっと!」
その時、庚が上空から射撃を放ちひとりで押さえ込んでいた輪入道が近くにいることに気付いて、慌ててジャックはサイドステップで離れる。
直後、吐き出される業炎が偶然近くに居た華子を襲う。
檀は、咄嗟に向かわせた光珠で、華子を庇う。
「大丈夫ですか?」
「は、はいっ」
怪我をしなかった華子の様子を見て、とりあえずは一安心。
誰かの役に立てることが、嬉しかった。
一時の共闘関係でも、信頼し信頼してくれる『仲間』と戦えるのは心強くて、このまま、続けていけたのなら――。
ふと、以前撃退士が言ったように対立をやめて人のもとに天使と一緒に行けたのなら、良いことなんだろう。
けれど、言われたところで素直に首を振るような上司ではないことは解っている。
だとしたら、自分は彼女を離れることは出来ない。
恩もあるけれど、何よりもずっと独りで戦ってきたジャスミンドールをこれ以上孤独には出来ない。
彼女が自分を求める限り、必要無いと言われるその日まで。
「行かせるか!」
ロドルフォの大きな声で我を取り戻した。眼前には斃れ臥したディアボロ。
此方へと猛突進してきたディアボロを大剣で押し返したようで、友人の堕天使は大剣を手に、大きく肩で息をしていた。
「ったく、戦闘中にぼーっとするなよな」
「すみません」
「怒ってるわけじゃねぇよ――また、何か考えていたのか?」
「いえ、大丈夫です」
「答えになってねぇよ。なに考えてんのかわかんねーけど今更、隠すとかしなくてもいいからな。やっと前向きになれたんだ。自分の本当の気持ちに嘘吐くことなんかないさ」
ロドルフォは一拍おいて。
「折角水入らず、腹を割って話す機会かも知れないんだ。その道は俺達が切り開いてやる」
「ええ、ちゃんと楓が彼らと話せるように、私は……」
その言葉でロドルフォは檀が楓のもとに行くことを諦めていることを悟った。
内心では向かいたいと思っているのだろうが、。けれど、任務の為と割り切ってなんとか自分の気持ちと折り合いをつけてきたのだろう。
「違う。お前がだよ! 悩んで、苦しんでそれでも頑張ってきたお前の努力、無駄にはさせたくないんだよ」
だから、そう言葉を続けようとした、その時だった。
「今……です!」
さくらの一撃で道が開けた。痛む傷も忘れて、さくらは突入班へと叫ぶ。頷いた突入班は一気に戦線を突破していく。
「『道』を作るのは僕達、だが……進むのは彼らであり貴様、だ」
アスハの言葉に、檀は少し悩んだ表情を見せた。
檀を楓のもとへと行かせようと思っていたのはアスハだけではない。突入班の中にも振り返り共に来ないのかと視線を向けてきた撃退士だって居たのだ。
「行った方がいいんじゃない?」
遠くなっていく突入隊の背を見守りながら、傍らで付きそうようにしていたレベッカにもそっと背中を押された檀はしばらく思巡し、首を振った。
「ありがとうございます。けれど、もう少し戦わせてください。ここで楓と話せたら良いのでしょうけれど……」
檀は、言葉をとめて一息吐いた。
本当にこれで、最後かもしれない。
自分が不甲斐ないせいでずっと伝えられなかった言葉を伝える機会は、もう二度と訪れないのかもしれない。
伝えたいこと、言いたいことは沢山ある。
此処で話せなかったら一生後悔し続けることも、解っている。
折角の厚意を無駄にしたいわけでもない。
だけれど。
「ですが、仲間を戦場に置いて来られても、楓は喜ばないと思います。私の役目は貴方達と戦うこと、そのことは投げ出さずに最後まで貫き通したいのです――それに、これくらいの敵ならば倒してから追いかけても間に合うでしょう?」
彼にしては強気な言葉と表情だった。その表情をさせたのは間違いなく、撃退士から貰った信頼と勇気なのだろう。
確かに、まだ日の出までは時間があり仲間達の傷も軽微。疲労はあるものの、未だ誰一人として戦線離脱者も出ていない。
このまま全員が力を合わせれば、余裕を持って全て討伐し終えることも出来るだろう。
そして、倒し終えて自分が向かうまでは彼らに任せておいても大丈夫と思えるのもまた、信頼の現れで。
「それもそうかも知れないわね。それじゃあ、もう少しの間だけ、私達の戦いに付き合ってね」
レベッカは頷いて再びスナイパーライフルを構えた。元より、彼の意思を尊重するつもりでいたから、拒否されても受け入れていた。
けれど、彼が望んだのならば精一杯その意思を貫き通してあげよう。
「私達も貴方の望みに付き合うわ。本当の貴方の願いが叶う時までね」
「付き合いますよ。もう、こんなにも付き合ってもらいましたから……本当に、不思議な人達です」
「褒め言葉として受け取っておくわね。良いわ、貴方達の望みが叶うことを願うのも、私達の勝手だから」
気にするなとばかりに軽い調子で返したレベッカに、檀は心の中が暖かくなっていくのを感じていた。
残す敵は、13体。
抑える方針だった上位も、2体を残すばかりだ。
段々と明るくなっていく周囲。けれど、まだ十分に時間はある。だから、馬頭鬼は。
「さて、目標は終わったわけですが未だ時間はあるようですし、ついでに片付けておきましょうか」
「残りの敵もふっとばすよー!」
「そうねぇ、最後の花火上げてしまおうかしら」
魅依が飛び出してファイアワークスを放ち、エリーもまた範囲攻撃を放つ。
纏めて3体の下位が消え去る。
「ふふ、ええ男やないと触らせへんで」
艶めかしく笑い椿は刀を振るった。見惚れるような華美なその姿。言葉の通りに剣戟を加える前に剣士は椿に倒された。
「……覚悟です」
瞳に刀と同じ光を灯し、スゥは射手を切り捨てた。
「死ぬ気で、生きましょう」
スゥの顔に浮かべられた微笑みに込められたのは、奮起か。それとも、自嘲だったのか。
ただ心にあるのは明確な闘志と――必ず帰るという気持ちだった。
「いっけぇ! 俺さんのスペシャルアターック!」
ジャックが再び薙ぎ払った敵も含めてさくらが氷の夜想曲を放つ。
そうして、全員で力を合わせて、次々と殲滅していく。
「これで……下位は、最後……」
最後に残った剣士を矢で射貫いた威鈴は、ほっと息を吐いた。
ジョンは威圧した輪入道の上を飛んでいた。
周囲からの援護射撃もあって、輪入道は随分と弱っている様子が見えた。
「私も手伝いますっ!」
華子は石化の風を輪入道に浴びせて、動きを止めた。
「殴り甲斐がありそうだ……行くぜ!」
ジョンは思いっきり力を込めて攻撃すると、石像と化していた輪入道は砕け散っていった。
「最後! 進んだところに居るよ!」
翼を広げて上空から見張っていたクラリスが声を張り上げて知らせると同時、影手裏剣を放つ。それは、まるで導くかのようで。
最後に残っていた輪入道。
「成敗でござる!」
エイネの剣の一撃が、最後まで残っていた輪入道に終焉を迎えさせた。
●身を尽くし
全ての敵を倒し終えた。
空はどんどん薄くなっていく。辺りは静けさを取り戻して、傷だらけの町並みにも朝が来る。
ようやく訪れたその『時』。
檀は市役所の方角を眺めるばかりで、中々一歩を踏み出せない様子で居た。
「もう時間もありませんし、行ってください。何らかの形で終わるのでしたら……家族には会っておくべきだと思うんです」
先ほどから時間を気にしていた明日夢が檀に声をかける。朝が近づいている。タイムリミットは日の出まで。
少しでも遅れてしまったら、会えなくなってしまうかもしれない。
だから、先を急いで欲しい。
どうか、後悔しない『道』を見つけて欲しい。
夜明けの国道で、檀を見つめる撃退士の気持ちは同じで。けれど、
「ですが……」
「私は、貴方の背中を押したくて今回の任務に参加したの。一度間違えたから、怖くなる気持ちも解るわ。貴方のそんな、優しいところも嫌いじゃないけれど」
レベッカは一度言葉を止めて、檀の右手を両手で包み込むように握って微笑んだ。
「けれど、私は貴方にもう間違えて欲しくないの。言ったでしょう? 残すなら笑顔が良いって」
その言葉にアスハとクラリスも続く。
「間違えた、と思うなら、新しい『道』を見つけてこい……兄弟、なのだろう?」
「大切なのは今。その道がどんなものだって、きっとやらない後悔よりやる後悔だよ」
「そういうこと。折角なら私達は少しでも良い未来が見たいもの」
レベッカは手を離して、周囲を見渡すように促した。
すると、辺りに居た撃退士が、自分を見ていたことに気付く。
「大丈夫です。後のこと……といっても、救助活動や周辺の警戒とかくらいでしょうけど、とにかく後のことは僕達に任せて行ってください」
「うん……頑張る」
くにゃりと人の良さそうな笑みを浮かべながら悠人は告げた傍らで威鈴も静かに頷く。
「さぁ、シスターの元へ行くデース☆」
「わわっ」
だけれど、走り出す様子を見せない檀に痺れを切らしたのかどうかマイケルは力強く檀の背を押した。危うく転びかけたが、なんとかバランスを取った檀は振り返る。
すると、エルネスタが、こちらに力強い視線を向けていた。
「ケジメ……つけてきなさい」
今回、初めて顔を合わせるはずのエルネスタの言葉がそれ以上の力を持っているように気がするのは、きっとエルネスタ自身も同じだったから。
自分の過去の経験が、この双子を他人事だと思わせないのだ。
早速、自分の腕に纏わりついてこようとするエリーの姿が目に入りエリネスタは少し苦笑しながらも、暖かな気持ちになる。
やがて、困ったように檀は笑った。
「私、口下手なんです。気が利くようなことは言えそうにありません……本当に、駄目なお兄ちゃんですが、大丈夫でしょうか?」
「それでもいいじゃねえか。まだ話し合える口があるんだ。諦めちゃそこでおしまいだ……それとも、おしまいにさせたいのか?」
「いえ! そんなわけありません……私は、まだ何も言えてないです。伝えなければ、いけないことも」
「伝えたい思いがあるンなら、行ってやれ。言いてェことは、直接目ェ見て言ってやれ。下手か上手かなんて関係無ェじゃねェか」
ロドルフォの言葉を慌てて取り消して、檀は。そんな彼を推すように出されたのはマクシミオの言葉。
「心のまま言えばきっと楓にも伝わるはずだ。心の強さは、天魔がに負けないヒトの強さだって俺は思っているから、素で良いんだよ」
じっとこちらを見つめている檀。その表情には、緊張や不安や未だ抱えていることもあるだろうけれど、かつての哀しみのまま凍り付いたかのような表情はもう何処にも見当たらなかった。
穏やかな雰囲気を漂わせる今の彼が、きっと本当の檀自身。だからこそ。
「俺はお前を信じてる、檀。お前の心は人のままだ。だから――行ってこい」
「……はい」
きっと今の彼らなら大丈夫――そう思ったからこそ、ロドルフォは友人を送り出した。
本当の心のままに、話し合える。そう、信じて。
友人や仲間の声援を受けて歩み出した檀は一歩、二歩と踏み出して振り返り、立ち止まった。
「あの……ありがとうございました」
運命をずっと受け入れていた。
受け入れることは諦めることで、傷付け傷付けられても抗うことは出来なかった。
動き出さなければ、本当の幸いなんて手にはないのに。
そんな自分に、運命に向き合う強さをくれたのはずっと寄り添ってくれた彼らだった。
ようやく思い出した暖かな気持ち。
やがて、道を違うことになってしまっても、この感情だけは忘れたくなかった。
「随分と良い顔をするようになったね」
「皆さんのおかげですよ」
抗の言葉に、檀は少し照れたように少し首をかしげて微笑んでみせた。
「それでは、いってきます!」
檀はもう一度大きく一礼をしてから、少しずつ明るくなってゆく夜明けの道を走っていった。
「行ったな……」
マクシミオは檀の背を見送り、ふと以前彼の父親に会った時のことを思い出す。
柾も、檀も、楓も皆揃ってきっと、不器用だったのだ。
少しだけ、何かが違っていたのならこんなことにはならなかったのかも知れない。
それは別に彼らだけに限ったことではないのかも知れないけれど。
「まァ、アレだけ良い顔出来るようになったンなら、大丈夫だろ」
「私もそう信じてみようかな」
クラリスもそう、笑ってみせた。
随分と良い表情をするようになった。けれど、その変化はジャスミンドールにはどう映るのだろう。
ふと、抗は考えてみる。
「うーん、未だ僕、彼女にジャスミンティー出して貰ってないんだけどねえ」
「……何の話だ?」
「んー、この島でふんぞり返ってる面白い女の子の話」
何の話かよく解らなかったロードに訪ねられたが、抗は単純にそう答えておいた。
「久しぶりに大暴れしたら、ちょっと疲れたわぁ」
椿はうーんっと背を伸ばす。程良い疲労感が心地良い。
気分がいい。きっとこのような時に飲む酒は格別だ。椿は、豊満なボディを揺らしながら考えた。
「さぁて、帰ったら、酒でも飲もかねぇ」
「あの、お怪我は大丈夫ですか?」
「多少の負傷は覚悟の上で、前線に踏み込んだ、ですから……平気、です」
心配そうに訪ねた華子にさくらはそっと微笑みながら返した。
「大丈夫です。お怪我でしたら私が……あ……貴女も少し、待ってください」
戦闘を終え、早速その場を去ろうとしたスゥを呼び止めたのは庚。
いきなり呼び止められたのは何故かよく解らないスゥを他所に庚は癒しの風を辺りに吹かせる。周囲の仲間たちの傷も塞いでゆく。
「本部に戻るまで、距離がありますからちゃんと傷の治療をしませんと」
その言葉とともに微笑んだ庚の顔には混じり気のない優しさだけがあった。
彼女の表情にスゥは驚く。捨て駒として使い潰されることも心構えもしていたから、自分を気遣ってくれる彼女の存在が、とても嬉しかった。
「そうですね、ありがとうございます」
返したスゥの笑みは暖かなものだった。
「私達に出来ることは全部出来たかと思います。此方の班員の損傷も軽微です。予想以上の戦果ですね」
「ああ、そうだな」
黒子の言葉に頷いたジョンは満足した様子を見せて踵を返した。
自分達は出来ることをすべてした。後は、彼ら次第。
「さて、そっから先は任せたぜ」
玲治は市役所の方角を眺め、呟いた。
「やはり、人の世界は美しいで御座るなぁ」
エイネがふと海を眺めれば、水平線から日が昇り綺麗に朝焼けで空を彩っている。
今朝の夜明け空はきっと、ずっと忘れられないほどに美しいものになるだろう。
身を尽くし、待ち望んだ暁。
見上げた空は徐々に朝の色へと染まっていた。