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マスター:水綺ゆら
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/01/26


みんなの思い出



オープニング

 ねぇ、透?
 桜って綺麗ね。夏の太陽は眩しくて、秋の空は何処までも高いね。
 そうして、冬がやってきて雪が降る。
 冬は好きだよ。この病室からはもう手は届かないけれど、じんとした冷たさは季節を肌いっぱいに感じられたから。

 ねぇ。
 あと、何度こうして君と逢えるかな。
 何度『また明日』って言えるのだろう。

 私は恨まないよ。嘆かないし、何かに縋ろうとも想わない。
 ちょっと寂しいって想うけど、私は君を好きだった杏樹のままで逝く。
 ただ、先を歩く君が笑顔でいるなら――ただ、それだけでいいの。



●別離の日のはじまり

 まるで世界が祝福に溢れているようだ――彼女が死ぬというのに。

 突き刺すような冷たさ。纏わり付くように重たく澄んだ夜の空気は、じんわりと静かに地肌から熱を奪っていく。
 街に流れる陽気なクリスマスソング。騒がしくはしゃぎまわるイルミネーション。
(……どいつもこいつも浮かれやがって)
 心の中で悪態を付きながら、通り過ぎる人々の暢気な笑顔が辛くなって顔を逸らすように空を見上げる。鈍い藍色の宵の空からは、ちらちらと白い花が舞い散っていた。
「道理で、寒いわけだ……」
 呟きとともに吐き出された溜息は白く染まって、すぐ消える。透は面倒臭そうにマフラーに顔を埋めた。

 冬は嫌いではなかった。
 好きでも無かったけれど、だけれど何よりも隣にある温もりが強く感じられる気がして照れ隠しの言葉とともに小さな幸せを噛み締めていた。
 雪が散って、花が咲いて、緑が覆い繁り、夕陽とともに木葉が染まれば全てを零に戻すように粉雪が世界を包む。
 そうして、穏やかに過ぎる四季。そうして、繰り返されてきた日常。
 それは何度も繰り返して、それがずっと続くと信じていた。なのに――。

「くそ――ッ!」

 苛立ちのまま透は街路樹を殴りつける。
 しかし、微塵も揺れない街路樹。それなのに自分の拳は紅く染まっていた。

「どうして、アイツだけなんだよ……ッ! アイツばっか、あんな目に遭わなくちゃいけない?」
 その声に応える声などなく、相も変わらずに狂い踊るようなクリスマスソングと人々の笑い声が耳の中をこだましていた。

 失いたくなどない。離れたくなどない。
 ずっと、手を繋いでいたい。
 ずっと、声を聞いていたい。
 ずっと、隣に居られれば――ただ、それだけでよかった。

 運命とか宿命とか、曖昧な言葉で大切な存在を奪おうとするカミサマなんてバカ野郎が居たら、全力で殴り飛ばしてやる。
 それで仕方が無いんだよ。もう如何することも出来ないのだから諦めなって笑う大人達は皆滅べばいい。
「……何で、アイツだけ。どうして――!」
 たった半年程前のことだった。それだけで、運命が変わってしまった。
 突然倒れた幼馴染みのアイツ。病院に運ばれて下されたのは余命宣告。
『――また明日』
 それまでは当たり前でありふれた挨拶も、今となっては縋るようなたったひとつの言葉になっていた。
 その明日が、もう何度訪れるのかさえあやふやで。
「どうして……俺は、何も出来ないんだ」
 現代医療では如何することも出来なくて。街路樹すら揺らせない自分の手なんかじゃ、為せることなど何一つもない。
「クソッ!」
 再び、吐き出し木を殴る。其の手からは紅い涙のような血が一筋零れていく。
 何で。如何して時間が無い?
 何で。如何してアイツだけ?
 俺は、まだ、何も伝えられていない。たった二文字の『好き』という言葉さえも――。
「……如何して、俺には何も出来ない」
 噛み締める。頬に伝う一筋の涙が寒風に冷やされて氷のような痛みを孕む。その時だった。
「気に入ったわ。少年」
 頭上から降りかかってきたような声に透は顔を上げる。
 電柱の上で片足を立てた妙齢の女性の姿に息を呑む。蝙蝠のような羽。それは人外たる証。
「何だおま……」
「少年、其の少女を救う手立てがあると言ったならば――どうするかしら? そうね。唯一の方法かも知れないわ」
 その言葉に、明らかに動揺の表情を浮かべる透。彼の様子をまるで新しい獲物を見付けた猫のようにクツクツと楽しげに悪趣味な笑みを浮かべる女性。
「アタシと楽しい《遊戯》をしましょう?」
「ゲームって……っ!」
 反発するような声をあげる透。しかし、否定はしない。心は完全にそちらに向かっていた。
 藁にでも、泥船にでも縋りたい現在に降りかかった誘いは、まるで地獄に降ろされた蜘蛛の糸。
「人の身のまま、人を10人殺して見せて? 遊戯を完遂出来れば、少年とその少女をヴァニタスにしてあげるわ。さすれば、貴方達は永遠に一緒。ふふふ、割のいい賭けだと思わない?」
「は、何を言って……!」
「なに。殺すのなんて簡単よ。高いところから落とせば死ぬし、心臓を一突きすれば一溜まりも無い。人なんて、そんな脆い存在よ。たった10人ぽっちの命で、その大切な娘が救われるのよ。何を躊躇っているのかしら?」
 即座に返した透を、まるで諭すように柔らかな口調で返し、言葉を続ける。
「救いたいのでしょう? たった一人の大切な娘。手に入れたいのでしょう? たったひとつのその存在を永遠に」
 その為に、何を迷うことなどあるのかしら。妖しく嗤う女悪魔の手には、いつの間にやら鋭い光を立てる銀色のナイフが在った。
「アタシの名はエレオス、しがない悪魔よ。……ふふ、名は一番短い呪なのよ。私の名を名乗ったのだから、貴方の名前まで聴かせて頂戴」
「……透。平坂 透」
 誘われるように名を告げると、エレオスはその手にあったナイフを手渡す。
 本当に。疑わしげな表情を浮かべる透に本当よとエレオスは微笑み、告げる。
「――ふふ、さぁ。踊って頂戴? 飛びっ切り楽しく狂い乱れた道化の如く滑稽な舞を。御代はたったひとつの黄金の林檎、対価は貴方達の魂で結構よ」
 くすりと嗤いを立てるエレオス。透は俯き手のひらにあるナイフをただ、眺めていた。

 ――さぁ、《別離の日(クリスマス)》を、はじめましょう。



●決意
 熱した頬を撫でるように触れた雪はすぐに溶けて消えて逝く。
 午後9時を過ぎた繁華街。
 陽気なクリスマスソングに踊るように変わらず騒ぎ立てるイルミネーション。暢気な笑い声をあげる見知らぬダレカ。
「…………選んで、られないんだ」
 それしか、縋る道が無いのなら。それしか、あいつを救う方法が無いのなら。
 軋み痛む心なんて知らなくてもいい。気付かなくてもいい。こんな痛みを少し我慢すれば――願いに届くのだから。
「俺は、失うわけにはいけない! アイツを、助けるんだ! たとえ、どんな手を使ったって!」

 商店街を歩く撃退士の瞳に朱い雪が映る。
 血混じりの雪。
 その元をと視線で辿れば、震える手でナイフを握る少年の姿。鋭く光る銀色のナイフに柄は無く、握りしめた手から紅い雫が零れ堕ちていた。
「『また明日』と言いたいんだ……あいつに……それが、悪魔との取引でも……」

 頬に触れてはすぐに溶ける雪。熱した想いを解かすには、その雪はあまりにも頼りない。


リプレイ本文

●別離の始まりと消えせぬ雪

 世界は祝福に満ちていた――彼女が死ぬというのに。

 白い沫雪に零れ落ちる赤い血潮はまるで誰かの涙のようだった。
 泣き叫ぶように吹き荒ぶ冬の風。降りしきるような深い藍色の宵空に向かってイルミネーションの光は喧しく踊り狂っている。
「……俺は、ただ『また明日』って言いたいだけなんだ……」
 舞い散り始めたばかりの六花。其れは暢気な他人の笑い声や調子外れのクリスマスソングを消すには至らず、熱した想いを溶かすには余りにも頼りない。
(これは……、行けない兆候ね)
 エレクトラ・マイヤー(jb8244)の瞳に思い詰めた表情で柄のないナイフを握る透の姿が映る。今にも壊れ砕け散りそうな危うい存在。
 言葉にせずとも、仲間には伝わっていた。
「手に握ってるあれ、柄がないってことは市販品じゃない……まったく、変な所に出くわしたな」
「何か、特殊な事情があるのかな……けど、止めなきゃ」
 米田 一機(jb7387)の冷静な呟き。部活仲間の言葉に蓮城 真緋呂(jb6120)は返し胸に手を当てた。
「おー! とにかく、悪いことはだめなんだぞー! かくれんぼなら任せるんだぞ!」
「うん、任せたよ。あの子の気を惹くのは俺達に任せて」
 おー!と拳を振り上げた彪姫 千代(jb0742)に対し、一歩先に進み振り返った桜木 真里(ja5827)の星のような色の髪が夜風に踊る。
「全く……勝手に俺達だなんて言わないでよね。この時期恒例のリア充爆発しろにしては鬼気迫ってるし、流石に止めるつもりだけどさ」
 白銀 抗(jb8385)は、少し憎まれ口を叩きながらも、歩を進めた。少し足早な歩調は真里を追い越しいつのまにか先を歩いていた。
 真里達が近付くのにも気付かない程に思い詰めた透。抗はわざと明るい調子を作り、ぽんっと透の肩を叩く。
「あっれー、久し振りじゃん。ここで何してんの?」
「やあ、元気だった?」
 まるで、旧友にでも再会したかのような軽い抗と真里の口調。当然困惑したかのような表情を透は浮かべる。
 しかし、困惑と混乱は紙一重。
「ごんご、どうだんです! 悪いことはいけません! 駄目なんです!」
 混乱状態にあった透と当てもなく振り上げられたナイフ。しかし、間に飛び入ってきた蒼井 明良(jb0930)が躊躇うことなく掴み取り、そのままじぃっと透の表情を眺めた。
「な……っ!」
「どんな事情があるかは解りませんけど、人を傷付けるようなことはいけません!」
 透を遮り畳み掛けるが如く発せられる明良の言葉。
「お前には、関係無いだろっ!」
「関係無いからこそ、知りたいんです! あなたがどうしてこんなことをしようとしているのかを。知らないからこそ、訊かせてください!」
「意味、解んねーよ! 何だよお前らっ!」
「意味解らないなら説明します! だから、とりあえず危ないことはやめてください」
 反発する透にひたすらに言葉を突きつけ透を見つめる明良。柄のないナイフはふたりの手を傷付け紅い水滴を零して往く。
「その手、大丈夫? 手当、しようか?」
 ひょっこりと明良の背後より顔を出した一機。早速ふたりの手に掌を翳す。一機から放たれる優しい光はふたりの傷をみるみる内に塞がり消えていく。
「……どういう、こと……だ?」
 目の前で起きたことに呆然とする透を千代が闇で包み込み、周囲の人から透の姿を隠す。明良はそのままナイフを預かりハンカチで包んで懐に仕舞った。
「此処じゃ話難いだろうし、場所を移さない?」
「そーだ。あんまり騒がれると俺だって隠しきれないしな!」
 真緋呂の言葉に同意するように千代が頷く。目の前で起きた非日常に未だ呆然としている様子の透の肩を逃がさないように抗は掛けて歩を進める。

 冬の寒空に吹き抜けた真緋呂が起こす春一番の風は血混じりの雪を巻き上げ消し去り、人気の無い路地裏へと流れて行った。


●生きる意味、死ぬ意味

「それで、どうしてあんな事をしようとしたの?」
「お前には関係無いだろ、ほっといてくれよ!」
 エレクトラは路地裏に付くと同時開口一番そう訊ねる。
 撃退士と透以外誰も居ない路地裏は街の喧騒は少しだけ遠く感じた。
 漏れ込む光が映し出すのは少年の憂いと激情を孕む表情。心を開く様子が無いのか。中々強情ねとエレクトラは少し考えながら言葉を紡ぐ。
「ナイフを持った危険人物……放っておけるわけ無いじゃない。まぁ、このまま警察署に突きだしてもいいわけだけれど。大通りでナイフを手に深夜徘徊する非行少年が居ましたってね」
「ちょ、ちょっと! 待った待った、すとーっぷです!」
 エレクトラの言葉に割入るように慌てて言葉を挟んだのは明良。
「大丈夫です! 私達は久遠ヶ原の学園生。貴方の味方です、この人に警察呼ばせませんから! 確かに貴方のしようとしてた?ことはよくないことです、悪いことです! ですが、私達は貴方のことを知りたい」
 エレクトラの前に立ちふさがるように明良は必死に訴えかけた。
「……どうして」
 エレクトラの言うことは正論だ。自分は殺人未遂者。黙って警察に突き出せばいい物を。
 そんな表情を浮かべる透に対して一機はちょっと困ったような笑みを浮かべて頭をかく。
「まぁ僕達もそれなりにお節介なんだよ……僕から質問させて貰ってもいい?」
 一機の言葉に好きにしろといった雰囲気を返す透。
「そのナイフ、何処で手に入れたのかな? 市販品では無いよね?」
「貰った」
「誰にかな?」
「……悪魔」
 透の一言に撃退士の間に軽い動揺が走る。
「どうして、なの?」
 真緋呂の呟きに透は俯きながら。
「……アイツを、助ける為にこうするしか無いんだ。邪魔を、しないでくれ」
「アイツ……?」
 一機は首を傾げる。
「杏樹、幼馴染み。後ちょっとしか生きられないんだ……」
 半年前にいきなり告げられた余命宣告。
 科学だの医学だのの進歩が騒がれ世間を賑わせている昨今、人のためにある筈の其れは幼馴染みを蝕む病魔に対して哀しい程に無力だった。
 人の力を超え死に追い遣る物が病魔なら、救えるのもまた人を超えた悪魔の力。人を10人殺せという条件で杏樹が救われるのであれば。
「……ただ、俺はアイツに生きていて欲しい。また、明日って言いたいんだ。それを願うことって、そんなに悪いことなのかよ……」
「要は悪魔にそそのかされた訳ね?」
 透は俯く。その様子にエレクトラは更に呆れた様子ではぁと深く溜息を吐いた。
「人一人を救うために、人10人の命……損得勘定では、とても釣り合わないわね」
「そんなこと、解っているさ! けど、俺にとっては杏樹はそれ程大切な存在で」
 透の言葉に千代は哀しそうな表情を
「でも、その10人にも透とおんなじで大事な人がいて、その人がかなしーするんだぞー? いっぱいいっぱいかなしーするんだぞー……」
「そんなことも、解ってる!」
 だけれど、千代はしょんぼりとした表情を変えないまま。
「それに、自分のせーで透が人殺ししたって杏樹が知ってうれしーのか? 俺が杏樹とおんなじだったら……かなしーなんだぞ……」
「……知られなきゃいい」
 杏樹は心を痛めるだろう。解ってる。だから何も告げないつもりで居た。そんな透にぶんぶんと千代は首を振る。
「でもぜったい、杏樹は気づくんだぞ! そーゆーもんなんだぞ!」
「大体さ、彼女は人外になってまで生きたいって望んだの?」
 必死に訴えかける千代に割り込むように入った抗の言葉は棘のように鋭い、透の反論を許さず言葉を浴びせかける。
「それに、君の行動が周囲に与える影響……そういうのをもう少し考えてみなよ」
 例えば、大量殺人をした挙げ句に悪魔の手下になった息子の親。娘を悪魔の手下にされた親。
「彼らはどう思い、どんな目で見られるんだろうね」
 抗の言葉は少し苛立ち気味だった。如何しても過去のことを思い出させるから。
「……君は、本当に子どもだ」
「でも……其程に、その子のことが好きなんだよね」
「幼馴染みだし……別に、好きとかじゃ」
 苛立つ抗に対して、少し場違いな程に穏やかな笑みを浮かべながら語りかけたのは真里。
 ぶっきらぼうに言い放つ透を微笑ましく思いながらかぶりを振る。
「そういう気持ちを好きって言うんじゃないかな。大切な人の為になら自分の手を汚すことを厭わない程に強い想い。俺だって好きな人の笑顔はずっと護っていきたいって思うからね。きっと、同じだと思う」
 そう想えることがきっと好き。そう願えることがきっと何よりも尊くて。
 初めて手を取った時の温度は今でも覚えている。幸せだった。そして、これからもこのぬくもりを護っていきたいと心に生まれた誓い。
 何よりも強くて優しい好きという気持ち。だからこそ、真里は想う。
「けれど、君が手を汚して彼女は生きるかも知れないけれど……本当に、それで彼女は笑えるのかな。君が護りたいのは本当に命だけなのかな?」
「……だったら、アイツがただ死ぬとこを見てろって言うのか? そんなことが幸せだなんて……笑うのも、泣くのも生きててこそだ」
 真里の言葉に、何処か泣きそうになりながら応えた透。
「どうして、俺には何も出来ない? 結局、何も守れやしないじゃないか」
「……『何も出来ない』? 違うだろ。君は『何もしていない』だけだ」
 抗は氷のように冷たい眼差しと声で透を見下ろす。
「確かにその子の命はどうしようもないかも知れない。けど、今すぐ病院に駆け付けて好きって言うことくらい出来ると思うけれどね」
「伝えたとこで、どうするって言うんだ。あいつはもうすぐ死ぬ。今更、好きって伝えて……どうするんだよ……」
 何かに訊ねるように吐き出される透の呟き。
 叶わぬ願い。絶たれると解っている望みならば態々結び付ける意味があるのだろうか。
 気付けば透の頬には一筋の涙が零れていた。如何することも出来ない運命。無力な自分が抗う術はたったのこれだけで、少しでもアイツが生きられる道があるのなら縋りたかった。
 震える透に、まるで幼子に言い聞かせる母親のように慈愛を込めた響きで真緋呂は語りかける。
「けれど、その感情を失ってもいいの? その子の為にこんなに一生懸命になって泣ける……その好きという大切な想いを失くしてもいいの?」
「んなわけがっ! 俺は絶対杏樹を嫌いになったりしない! 忘れたりなんか!」
 反射的に叫ぶ透の右手を両手で包み込む真緋呂。悲痛な面差しで首を振る――残酷なことだけれど。
「ヴァニタスはね、生前の記憶がないことが多いの。私の友人が出会ったヴァニタスは恋人だった人のことを忘れていて殺そうとしていたそうよ」
 別に特別なことでは無い。人としての生を捨て、捨てられ、どのような事情であろうとヴァニタスは人では無い。
 そもそもヴァニタスになるということは、生まれ変わることでは無く存在を作り替えられるということを意味する。だから。
「……それでも、誓えるかしら? 辛いかもしれないけれど、これが現実。貴方の縋ろうとしている物は貴方――そして、杏樹さんから大切な物を奪ってしまう。それでも良ければ……それで貴方達が幸せになれるのであれば、私達は止めない」
 だけれど。両手で透の手を包み込んだまま真緋呂は言葉を続ける。真緋呂の夜明け空のような色をした瞳は真っ直ぐに透の姿を映し出していた。
「けど、それは、何だかとても寂しいわ。憶えていることも、想うことも出来なくなるのであれば、一体其処に何の意味があるのかな……」
 訊ねるように、或いは独り言のように。呟きは吐息とともに夜の闇へと消えて逝く。
「私は故郷を失った。家族も町の人もみんな亡くしちゃったけれど、皆のことを憶えている。だからこそ、大切って想えるの……ねぇ、貴方は杏樹さんのことを憶えていたい? 杏樹さんに、憶えて貰っていたい?」
 真緋呂の問いに透からの返事は無い。しかし、それが応え。
「だったら、こんなことしてないで、ちゃんと好きって伝えるべきなんだぞ! 俺も、自分の気持ちちゃんと伝えたら学園に父さんと母さんが出来たんだぞ!」
 想いは言わなきゃ伝わらない。死んでからでは何もかも遅いから。
「透も杏樹の気持ち聞いたらいーんだぞ! 考えてるだけじゃ駄目なんだぞ! いっぱいいっぱい、好きって言ってぎゅーするべきなんだぞ!」
「そーです! 手を真っ赤にしてしまうぐらい、大好きなら、それくらいで満足しちゃ駄目です。もっと欲張っちゃっていきましょうよ! 悪魔も呆れちゃうくらいに!」
 千代に続けて明良は力強く言葉を紡ぐ。勿論根拠も保証もないけれど。
「遅いなんてありません! 杏樹さんを救って、幸せにしちゃいましょう!」
「そうね、彼女の言葉は少し暑苦しすぎるけれど悪魔が約束を守るとは限らないものね、一度死に殺すくらいなら確実な道を選んだ方がいいわ」
 目を瞑ったエレクトラの冷静な言葉。続くように口を開いたのは一機。
「自分の気持ちに殉じることが出来なくなった瞬間……それが、僕は本当の死だと僕も想うんだ。彼女の心を殺すか、彼女のまま逝かせるか……」
 それは残酷な選択肢かもしれないけれど。一機は眼鏡の奥の瞳を細めた。
「透君、君の心に殉じてみなよ。"生きて"みなよ。その子の笑顔を守れるのは他の誰でもない――君だけなんだから」
 正解が何時もハッピーエンドとは限らない。不正解の方が救われることだってある。
 だけれど、今回はそれではきっと駄目なのだ。

 一機の投げかけられた言葉に透が何かを返そうとした時、彼の携帯電話がメールの着信を告げた。
 ポケットの中に仕舞われたままのスマートフォンのディスプレイに映った名前は夢見 杏樹。




●悪夢は続く

 降り積む白雪。やがて、世界を包み真っ白に染め上げる。
 全てを零に戻すように、だけれどその先には春が待っている。その未来をずっとずっと手を繋いでいられたらと願っていた。
 だけれど、鼓動が動いている以上、時の流れには抗えず何時か必ず来るのは別離の日。
 時の流れというものはいつも、いつとて笑える程に残酷だ。

 撃退士に囲まれた透の姿。その手には既にナイフは無く、殺意の眼差しは消え失せていた。
「面白くないわ。非常に退屈よ」
 その様子を悪魔エレオスは電柱の上から頬杖を付き眺めている。
 小賢しい連中に碁盤を引っ繰り返されてしまった。だけれど、未だ別離の日はこれからよ。
 さぁ、どうすれば面白くなるかしら。愉快で狂った遊戯は未だ未だ続くはずだわ。思考しましょう。
「そうね。壊しちゃいましょう。消えかけた蝋燭の燃え滓――蝋を練り弄べば綺麗な蝋人形が出来るかも知れないわ」
 まるで、新たな玩具を見付けた無邪気な少女のようにクスりと嗤う。
「さぁ、往っておいで。私の《お人形(ディアボロ)》さん?」

 消えせぬ雪。明けぬ聖夜。夢のような悪夢は続く。
 暢気な他人の笑い声は何も知らずに、イルミネーションと喧しく踊り狂っていた。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 撃退士・彪姫 千代(jb0742)
 冴ゆる風・エレクトラ・マイヤー(jb8244)
 澪に映す憧憬の夜明け・白銀 抗(jb8385)
重体: −
面白かった!:7人

真ごころを君に・
桜木 真里(ja5827)

卒業 男 ダアト
撃退士・
彪姫 千代(jb0742)

高等部3年26組 男 ナイトウォーカー
想いの繋ぎ手・
蒼井 明良(jb0930)

大学部5年193組 女 アストラルヴァンガード
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
あなたへの絆・
米田 一機(jb7387)

大学部3年5組 男 アストラルヴァンガード
冴ゆる風・
エレクトラ・マイヤー(jb8244)

大学部2年101組 女 ナイトウォーカー
澪に映す憧憬の夜明け・
白銀 抗(jb8385)

卒業 男 ルインズブレイド