●開幕
園児達も舞台の前で体育座りで並んでいた。
ちゃんと全員いる事を確認し、教師は明かりを落とす。
すると、ざわついていた園児達は静まり返り、舞台の方へと視線が向いた。
そして、幕が上がる。
●屋敷にて
「昔々、とある国にシンデレラという少女が居ました。シンデレラはお金持ちのお屋敷で働いていました」
ナレーションを務める御堂 龍太(
jb0849)のマイク越しの声が響き渡る。
「今日は前髪が決まらないわ……全部あなたのせいよ、シンデレラ」
舞台の上で、高価そうなドレスを着ている継姉役の滝沢 タキトゥス(
jb1423)が前髪を弄らせ、シンデレラ役である姫月 亜李亜(
jb8364)に言い放つ。
タキトゥスは男性であるが、整った顔付きのおかげか、少しの化粧で十分に女性と見間違えるものであった。園児達もタキトゥスが男性である事に気づかず、彼が女装姿で登場しても誰も驚かない。
「ごめんなさい、お姉様」
亜李亜は申し訳なさそうにタキトゥスに謝る。
「早く掃除をすませてくれないかしら?」
「はい、今すぐに」
タキトゥスの命令に、笑顔で亜李亜は答え、舞台脇に置いてあったモップを手に取る。そのまま床を磨き始めた。
「あら、まだ掃除していたの?」
さらにステージに登場したのは、これまたドレスに身を包んでいる、継母役であるカタリナ(
ja5119)と次女役である鶯美 まろ(
jb3838)であった。まろも女装しているが、やはりと言うべきか、それに気づいている園児はいない。
「本当にダメな子ねぇ。私の子はこんなにも可愛いのに」
カタリナが継姉であるタキトゥスを抱き寄せる。カタリナはそのままタキトゥスを見ている園児達に向けさせる。
「ほら、そこで見ている男の子たち、みんなもそう思うでしょう?」
不意に問い掛けられた園児だが、すぐに思った事を言ってくれる。
「かわいいー」
「おねえさんも素敵―」
タキトゥスだけではなく、カタリナの事も褒められ、その純粋な言葉に、嬉しく思った。
「まぁ、シンデレラ。掃除をするのなら、もっとしっかりしなさい」
「あっ……お母さま……」
カタリナは亜李亜から、モップを奪い取り、お手本でも見せるかのように床を磨き始めた。
「このように、木目に沿って……って、あら?」
カタリナは自前のドレスの裾を踏んでしまい、そのまま倒れ込む。その拍子にどういう訳か、綺麗にバケツが頭にかぶってしまった。
「……あ、あの……お母様?」
恐る恐る声をかえたのは、まろだ。
カタリナは頭のバケツを外し、勢いよく立ち上がる。
「い、今の悪い例よ!!」
コメディな演出に、園児達はカタリナに指をさして笑っていた。あまり意地悪ばかりなシーンは子供でなくても気分が悪い。概ね狙い通りである。
「シンデレラ! 貴女がいけないのよ。貴方の所為で、お母様が倒れたじゃない!」
まろが全ての責任を押し付ける様に亜李亜を責める。
「……ごめんなさい、お姉様」
亜李亜は言い訳をせず、継母達の責めを受けていた。
「可愛そうなシンデレラ。朝は誰よりも早く起きて食事の準備をし、それが終わったら家中の掃除。重たい荷物も一人で持たなければなりません。意地悪な継母たちはもちろん手伝わず、休む暇もありません」
龍太のナレーションを静かに聞く園児達。シンデレラという話は何度も聞くが、このように演劇と言う形で見るのは初めての為、演劇に集中している。
「そんなシンデレラを物陰から見る人物がいました……」
龍太のナレーションに沿って、黒マントに黒のとんがり帽子を被った木嶋 香里(
jb7748)が舞台脇から姿を見せる。
「……シンデレラ、か」
香里は一言を発した。
そのまま、一度幕が下がる。
●王宮にて
「ここは王宮。そこには、まだ若い王子がいました」
龍太のナレーションの声と同時に、幕が再びあがる。
舞台には王子役の水城 要(
ja0355)と従者役のキスカ・F(
jb7918)が玩具の剣を持っていた。
その玩具の剣で、二人は剣術を披露している。玩具の剣とはいえ、撃退士である。人の身長よりも高くジャンプし、目で追うのがやっとのぐらいの早さで剣を振るっていた。
それを見ては興奮する男の子。やはり、こういった戦いは好きなのだろう。
何度かの激しい攻防の末、要がキスカの持つ玩具の剣を弾き飛ばした。
「流石ですね、王子」
「そうは言っても辛勝さ。やはり僕もまだまだだね」
ミニタオルで顔を拭きながら、要は答える。
「王子、今度の舞踏会では良い妃が見つかると良いですね」
二人の会話の最中に、魔女である香里が舞台へと上がり、登場した。
その突然の登場に園児達は首を傾げた。シンデレラには王子と魔女が出会うシーンは無い為、新しい展開に不思議に思ったのだ。
龍太もその様子を確認し、マイクを手に取る。
「これは一体どういう事でしょう? 魔女が王子と話をしているようです」
何故こんなことに? 園児達は、脳を働かせて、自分なりの解釈を作ろうとしていた。
「王子様、シンデレラという娘をご存知でしょうか?」
「……知らないな」
香里はそのまま要へ、亜李亜――シンデレラの事を伝える。継母達に意地悪されている事を。それでも笑顔で毎日を過ごし、少しでも継母達を喜ばせようと家事をしている事を。
「そんな健気な子も居るんだね。そうだ、そんな方も一緒に楽しめる様に舞踏会に招待してみようか?」
話を聞いた要は一瞬、怒りが含んだ顔を見せたが、すぐに優しい笑顔に戻り、提案を出す。
「それでは、早速招待状の準備をしてきます」
キスカはそう言うと、そのまま舞台裏へと姿を消した。
「また、彼女の様子を教えに来て貰えるかい?」
「次に私が彼女の様子を見るときは、幸せな様子でしょう」
要の問いに、香里はそれだけ答えると、キスカとは反対方向から舞台裏へ下がっていった。
「かくして、招待状はシンデレラのいる家へ送られる事になりました」
龍太のナレーションと共に、幕が一度下がった。
●屋敷にて2
「招待状が届いたシンデレラの住む家では、継母達が大変騒いでおりました」
龍太のナレーションと共に、幕が上がる。
「ついに私達の所にも招待状が……」
カタリナは招待状を持ちながら、うっとりとした表情を浮かべる。
「王子と結ばれれば私は大金持ち……まさに計画通りね」
タキトゥスがカタリナから招待状を奪い取り、邪悪な、悪巧みに成功した顔付きになる。
そんな迫真の演技の中でも、タキトゥスの頭の中では何故か猫耳を付けたいと言う衝動に駆られて、戦っていた。
「シンデレラにまで舞踏会に来られてはライバルが増えてしまうわ……そうだ、仕事を押し付けて来れないようにしてやりましょう」
しっかりと大きな声で思っている事をまろは口にする。
「シンデレラ、貴女は家中の掃除をしておきなさい。それから買い出しと洗濯もよ!」
「はい、お姉さま」
まろの命令に、嫌な顔一つもせずに、むしろ笑顔で亜李亜は答えた。その様子に、見ていた園児達は何か感じる物があるのか、じっと亜李亜を見つめている。
「大変ね、シンデレラ。手伝ってあげたいぐらいだわ」
と、カタリナが意地悪な顔をして、亜李亜の頬を撫でる。
「本当ね。舞踏会に行かずに手伝ってあげましょうか?」
「あら、なら私もそうしようかしら」
くすくすと笑いながら、タキトゥスとまろは心にもない事を言う。当然、冗談で言っていると、園児達にも分かる程だ。それなのに、カタリナはきょとんとした顔をして、
「え? そ、それじゃあ私がシンデレラを手伝うわ」
「「どうぞ、どうぞ」」
二人に譲られる。お約束なボケも、テレビをよく見る子供達も分かっており、緊張していた空気が和らぐ。
「って、何をさせるのよ! シンデレラ、私達は舞踏会に行くから、しっかりと働いているのよ!」
叫ぶように言うと、カタリナはタキトゥス、まろの二人を連れて舞台から下がって行った。
残された亜李亜は舞台の中央に立ち、正面を向いた。その表情は笑顔であれど、その瞳からは一筋の涙が流れている。
「舞踏会……どういうものなの? きっと王子様も素敵な人なのでしょう……」
儚げな声を出し、とても演技とは思えない。役になりきり、本当にシンデレラになったようだ。
ふと、舞台のライトが消えた。ナレーションである龍太が操作したようだ。
園児達は突然の闇に動揺するかと思われたが、冷めているのか肝が据わっているのか、特に平然としていた。
「舞踏会へ行きたいですか?」
声だけが響く。この声は香里のものだ。
「あなたは誰?」
「私は魔女。あなたの望みを叶えましょう」
「……行きたい。舞踏会に、行きたいっ」
演劇が始まってから初めてシンデレラの願い事を言った。
「その願い、叶えましょう」
そして、舞台にライトが灯る。そこには美しいドレスを着ている亜李亜と魔女姿の香里が居た。亞李亜のドレスは、継母達が着ているドレスよりも装飾が施されており、ライトの反射でキラキラと光っている。暗くなっている内に、香里の手を借りて着替えたのだ。
亞李亜の代わり様に、園児達は可愛らしさに釘付けとなっていた。亞李亜も、綺麗なドレスが嬉しいのか、その場で回って、はしゃいでいる。
「さぁ、行きましょう。舞踏会へ」
香里が亜李亜の手を取り、導く様にして舞台から下がって行った。
再び幕が下がる。
●舞踏会にて
「王宮では舞踏会が始まり、大変賑わっておりました」
役者の準備も整ったのを確認し、龍太はナレーションに入った。
幕が上がり、そこには要とキスカ、カタリナとタキトゥスにまろと揃っている。要は椅子に座り、カタリナ達はその前に立っている。
「王子、是非私と踊ってくださらない?」
「いえいえ、私と……」
タキトゥスとまろの二人がお互いを押し退け合いながら、要に迫る。
「……はぁ」
一方の要は二人の演技が迫真すぎるのか、割と本気で疲労が籠った溜息を吐いた。
「それで、この娘二人のどちらがお気に召されたのでしょう?」
疲れている様子の要を追い詰める様にカタリナは問いかける。
「いや……私はどちらとも……」
「またまたご冗談を、それで、この娘の二人のどちらがお気に召されたのでしょう?」
「え? いや、だから私はどちらとも踊る気はない」
「またまたご冗談を、それで、この娘の二人のどちらがお気に召されたのでしょう?」
「無限ループかよ!」
笑顔を崩さぬまま、同じことを繰り返すカタリナ。最後にツッコミを入れたのはキスカであった。くすくすと子供達の笑い声が聞こえる。
「ここが舞踏会なのね」
さらに舞台に上がってきたのはドレスに身を包んだ亜李亜であった。
要は亜李亜の登場に合わせて、勢いよく椅子から立ち上がった。そのまま、亜李亜の元へと駆け寄る。
「一曲、踊って下さいませんか?」
要が亜李亜の手を取り、優しく微笑む。
「あれはシンデレラ!?」
「どうしてここに!?」
驚くカタリナ達を余所に、亜李亜と要は踊り始めた。その踊りは煌びやかで、優雅であった。女の子達は、二人のダンスを食い入る様に見ている。やはり憧れるのだろうか。
「嗚呼……いつまでもこうして居たい。君の名前は?」
「シンデレラ……」
「魔女から話は聞いていたよ……実際に見る君はとても綺麗だ」
二人のダンスが披露される中、龍太のナレーションが入る。
「王子が言う綺麗とは、姿ではありません。シンデレラの優しさや心遣いの事です。王子は人の良い所を見る事が出来ました」
やがて、ダンスも終わり、要と亜李亜は手を握ったまま見つめ合っていた。
「僕は貴女の愛の囚われの身となってしまったようです。どうか、これからも僕の傍に居て下さい」
優しい微笑みを浮かべながら、要は愛の言葉を述べた。
「これは一体どういう事でしょう。王子はシンデレラに愛の告白をしました」
本来のストーリーならば、ガラスの靴を手掛かりにシンデレラを見つけて妃にするのだが、アレンジした脚本はここで愛の告白を行ったのだ。
聞きなれたシンデレラとは違う展開に園児達は新鮮さを感じていた。知らない展開。だからこそ、どうなるのかと想像が沸き立つ。
「私が一番……それが当然じゃない!」
「こんなの認めないですわ!」
タキトゥスとまろが、亜李亜が選ばれた事に逆上する。その場で地団駄を踏む。ドンドンと大きな音が響き渡った。
「大人しくしないか! 王子の決定に逆らうんじゃないっ!」
「もしかしたら私が選ばれるかと思ったのに……」
「あなた、継母でしょうが!!」
キスケが暴れるタキトゥスとまろを抑え、ボケるカタリナにツッコミを入れる。そのままキスケはカタリナ達を引っ張って舞台から下げさせていった。
舞台に残された亜李亜と要は見つめ合い、
「幸せにしてください、王子様」
悲しみがない笑顔で、亜李亜は言った。
●エピローグ
一度、暗転を挟み、シーンは変わる。
「こうして、シンデレラは王子様と結婚しました」
龍太の声に、再び舞台は動き始めた。
要とキスカは序盤と同様に玩具の剣を握っており、剣舞を披露している。それを亞李亜とメイド服を着た香里に見守られていた。
やがて剣舞も終わり、王子の元へ亜李亜が駆けつける。
「素敵でしたわ、王子様」
「ありがとう、シンデレラ。それにしても、魔女の正体が王宮のメイドだったとは」
要はそういって、香里に目を配った。香里はその場で優雅にお辞儀をした。
「言った筈です。私が次にシンデレラの様子を見るときは、幸せな様子であると。私は、シンデレラこそ王子に相応しいとお手伝いしただけです」
ふと、亜李亜が両手をぽん、と叩いた。その音に惹かれ、三人は亜李亜の方を見る。
「お天気が良いですし、お布団を干しましょう。では、行って来ます」
「お、お待ちくださいシンデレラ……いや、お妃様! そのような事はしなくてもいいので!」
「でも……家事をしないと落ち着かない……」
その場を去ろうとする亜李亜を必死に止める香里がおかしく、園児達は笑顔を見せる。舞台の上に立つ、要とキスカも、演技ではなく、本当に笑っているようだ。
「将来二人にどんな出来事が起きたとしても、二人の愛できっと乗り越えるでしょう」
龍太の最後のナレーションと共に、幕が下がり、撃退士達のシンデレラ劇はこれにて終了を向かえた。
●後日談
『いやー、本当にありがとう助かったわ!』
「頑張ったのは俺じゃない。撃退士達だ」
休憩室で樹 和也は携帯電話で話をしていた。相手は依頼主だ。
『あれから子供達がちゃんと本を聞く様になってね、中には自分でお話を作る子も出て来たのよ』
「へー」
適当な返事をして、和也は依頼主からの嬉しい声を聞いていた。園児も物語に興味を持ち、想像力を膨らませる様になったようだ。
和也は依頼の成功を、依頼主からの生の声で感じながら、自分のしている仕事に達成感を感じていた。