●試合開始
「チーム名は静馬さんの芸名から取って『どんぱっち』か。分かり易くていいな」
酒井・瑞樹(
ja0375)がそう言うと、
「やるからには勝とう。勝つぞ! チーム『どんぱっち』!」と、英 知之(
jb4153)が、
「よぉし、いくぞ! チーム『どんぱっち』!」と、矢野 古代(
jb1679)がそれぞれ呼応する。
それに対して、チーム名の名付け親である静馬 源一(
jb2368)は叫んだ。
「わうにゃー!! 適当に決めた名前なのに本当にこれでいいので御座るの!? あと酒井殿、これは自分の異名ではないで御座る!」
静馬の本意ではないチーム名における悲痛な叫びと共に『ところてんズ』対『どんぱっち』の試合が開始された。互いのチームメイトが挨拶を済ませ配置につく。
ジャンパーは内野陣で最も背の高い英 知之(
jb4153)。対するは同じ属性である眼鏡の男。皆が運動着で試合に参加する中、何故か英はびしっとスーツを着こなしている。
「……なんだ、スーツはルール違反か? エリート(自称)の仕事着はスーツだ。どんな仕事であろうともな」
自分に集まる視線に英はさも当然のように問うた。
「ふ、これは一筋縄ではいかない相手のようだぜ……」
その英を何故か強敵扱いするところてんズの眼鏡。その場にいる皆が思った。『ああ、この眼鏡はあまり賢くない』と。
教師の持つホイッスルが鳴り響き、ボールが宙を舞う。
「このエリート(自称)、容赦はせん!」
眼鏡と英が競り合う。結果、英が華麗なエリート(自称)ジャンプを見せ、タップしたボールを自陣へ。そのボールに野性的な動きですかさず飛びついたのは花菱 彪臥(
ja4610)だ。少し大きめの運動着をだぶつかせながら目を輝かせている様は非常に楽しそうだ。
「へへ、このゲームはボールをぶつけて相手を倒せばいいんだろ? よーし、まずは内野を崩してやるぜ」
素早く外野へのパス回し。
それを森田零菜(
jb4660)が受け取る。
「いくよ」
短くそう言うと、零菜はシュート――と見せ掛けて、アウルの力で凝縮した影手裏剣を放った。
これはルール違反……と思われたが、審判である教師はこれを黙認。確かに公式ルールには『撃退士スキルを用いて攻撃してはならない』というものはない。
影手裏剣は見事に泥棒ヒゲの男に命中した。
「ぽう!」
あまりの突然の出来事に泥棒ヒゲは叫び声を上げる。
「ごめん、ボールと間違えた」
ごく自然にそう言う零菜だったが勿論わざとである。
この件を皮切りに撃退士VS撃退士の超絶ドッジが繰り広げられていくのだった。
●超絶ドッジ
「きゃあ! 来ないでぇ!」
叫びながらシールドを展開し相手から投げられたボールの威力を緩和してボールから逃れたのはシェリア・ロウ・ド・ロンド(
jb3671)。
彼女は名門貴族出身であり、ドッジボールなどという庶民の遊びには縁がなく、生まれて初めての球技に不安を覚えていた。なんとかボールを上手く回して場を凌ぐ。
そのシェリアと同様、ドッジボールをするのが初めてなのが小さな身体でコートを駆け回る白野 小梅(
jb4012)だ。
撃退士としてはまだ修練の不足している彼女は『自分にも出来ることを』と、試合前に彪臥と協力し、メンバー全員分のタオルとドリンクの用意、試合会場の掃除などを進めていた。
試合開始時の「よろしくぅ、お願いしまぁす☆」という天使のような……否、天使である彼女の微笑みに心を打ち抜かれた者も少なくない。
しかし、これはスポーツ精神に則った正々堂々とした闘い。相手も気を緩めることはない。彼女も油断することなくこぼれ球を手にすると、すかさず外野の矢野へとパスを出した。放物線を描いたボールは危なっかしくも矢野の手へと納まる。
「へいへい、へっぴり腰だな。そんなんで捕れんのかい?」
矢野はにやりとニヒルな笑みを浮かべ猫背で髪の長い男を挑発する。
「俺はボールを躱すことにはちょっと自信があってな。そんな挑発には乗らないぜ?」
猫背の男も言い返すが、その一瞬後コートの皆が目を瞠った。
「一撃必中、パパスナイパーショットぉぉぉ!」
会話の一瞬の隙を突いて、矢野が放った獲物を狩る鷹の如き勢いのボールが猫背の男の股間を直撃した。
試合前には「ドッジボールなんて何年振りだろうな」などと矢野は言っていたが、取りにくい下半身への攻撃を徹底する姿は熟練の姿を連想させる。
※猫背の男、大事な部分に攻撃をもらい退場。
その後も、凄まじい精度の捕れそうで捕れない相手の脇を抜くようなパス、徹底的な脛下への攻撃は最早大人気無さ全開だった。それは『小学校の運動会における元陸上部の父兄の走り』に似たものがある。
その姿に、
「えぐい」「えぐいな」「えげつない」
と両チームから称賛される矢野。
「くっ、真正面から本気で相手してこの言われようとは……ドッジの基礎中の基礎だろう」
と反論。
でも、少しだけ遠慮して緩いパスも多く回すようになった矢野だった。
混戦の中、敵からのボールを受け止めた瑞樹。
武士たる者、みだりに逃げ回ってはならぬ。
そう掲げ、ボールを持った選手からも数歩引くだけの姿勢で相手を見極め捕球。器用な性格とは言えず、あまり捕球の得意ではない瑞樹だが、武士の心得の一つである『武士は何事も全力で挑むべし』に従い、己にできる最良の選択を選んでいく。
彼女の狙いは『小さな巨人』と呼ばれている渡辺。小さな身体を活かした身のこなしと、その小ささを感じさせない筋力が持ち味だ。この厄介な相手に対して、瑞樹は助走をつけて空高く跳んだ。例に漏れず彼女もアウルの力を乗せ、横手に持ったボールに遠心力を加えて放った。
「これなら……どうだ!」
危険を感じ取って横に跳ねる渡辺だったが、それを感知したかの如き軌道を描きボールは渡辺を撃墜。横手に持ったボールに回転を加えることで見事にヒットを成功させた。
それに対し瑞樹は心で笑顔を綻ばせた。生真面目な性格の彼女だが、意外とドッジボールを楽しんでいたりするのだった。
いくらまだまだ熟練のチームではないといえるところてんズと言えど、やはり日々練習しているだけあってか初心者を含むどんぱっちを徐々に追い詰めていく。
今狙われているのは、小梅だった。彼女は仲間が取り落としたボールを、自身が怪我を負うことも厭わず飛びついてフォローを続けていた。そこでところてんズはまず、戦略的・能力的に計算し、彼女に狙いを定めた。
なんとか逃げ回っていた小梅だが、外野にいる頭にタオルを巻いたスキンヘッドの男のシュートがついに彼女を捉えた。力では敵わない彼女はボールをキャッチすることができずにアウトに。
「あたっちゃったぁ☆」
それでも初めてのドッジボール。彼女は純粋にスポーツを楽しんでいた。ボールをぶつけられるのも外野でプレイするのも何もかもが新鮮で楽しい。そんな気持ちが伝わってくる。
「ソラパネちゃん、すごいなぁ〜☆」
「ソ……ソラパネ……?」
ソラパネと呼ばれたスキンヘッドの男は意味がわからず首を捻る。
リーダーの男がその意味を察し吹き出す。
その隙を見逃さずリーダーに狙いをつけたのは静馬だ。忍びである彼は圧倒的スピードで今までどんな球も回避している。
「遊びとは言え勝負………! 絶対に負けないで御座るよ…………! 忍者の力をとくと御覧じろで御座る!!」
そう言って投球の前にリーダーの足元へアウルを飛ばした静馬。その攻撃はリーダーの影を縫い留め、その場から身動きを取れなくする。
「しまっ……!」
忍者らしい彼の攻撃にところてんズの柱的存在だったリーダーの男は撃沈。しかし、静馬の攻撃はまだ終わらない。リーダーに当たり自陣に跳ねたボールを取ると、ついさっき小梅をヒットし内野へ戻ったばかりのスキンヘッドに狙いを定める。
瞬間的に印を組むと、スキンヘッドと静馬の間に霧が発生。これでスキンヘッドの太陽け……光の反射に惑わされず、しかもボールの軌道を読まれることなく攻撃ができる。
「アー、すきるガ独リデニ発動シチャッタデ御座ルー」
圧倒的棒読み感満載な台詞とともに放たれたボールはスキンヘッドに命中。立て続けに二人を外野送りにした。
「流石はどんぱっちの頭領」と瑞樹。
「流石はどんぱっちの元締」と英。
「流石はどんぱっちの大将」と矢野。
息の合ったコンビネーションに、
「ええーー!? やっぱりそうなるので御座るのー!?」
とまたもや悲痛な叫びを上げる静馬だった。
※静馬 源一は称号【どんぱっち】の首領を手に入れた! ちゃらら〜ん♪
ところてんズも負けじと反撃。
外野の筋骨隆々の大男にボールが渡ると、猛烈な攻撃が彪臥を直撃。フォローも間に合わずアウトになってしまった彪臥。しかし、これが彼の心に火を点けた。
「へへっ、やるじゃねーか」
笑顔を見せ、外野へ回る彪臥は光纏を膨れ上がらせるオーラを発動。増幅されたアウルで猫耳のように立っている髪が更にピンと上向き、素早いパス回しで敵陣を攪乱。そして、四度目のパスを受け取ると動きの鈍い大男に仕返しとばかりにシュートを放つ。
輝く軌跡を棚引かせたボールが大男の肩を撃った。
「よっしゃー!」
眩しい笑顔に八重歯の覗くその姿は年相応に映え、皆の心に青春の一ページを刻んだ。
●終盤戦
現状内野数、ところてんズ『3』対どんぱっち『5』。
どんぱっち有利のまま迎えたこの試合終盤戦、どんぱっちの勢いは止まらない。
ところてんズのパスに対し、
「英知に導かれし氷の龍よ! ……エリート(自称)インターセプトー!」
英はそう叫びながら右手を模した氷塊を呼び出し、パスボールをカット。
「こんな戦い方もあるのさ(どやぁ」
と満面のどや顔を披露。
「くっ、只者ではないと思っていたがそれほどとは……貴様さてはエイリアンか!?」
英に向かってそう叫ぶ眼鏡は、他選手から白い目で見られているのに気付いていない。
「インテリでもないのにメガネを掛けるなぁーッ! 喰らえッ! 電撃の如き一球をーッ!」
あまり頭のよろしくない眼鏡に対し、苛立ちが最高潮に達したのか、英は叫びながら身に付けているバルディエルの紋章で雷と共にシュート。最早、スキルどころか直接攻撃である。しかし、ルールである『タッチ・ザ・ボディ』に抵触していないので、やはり教師は黙認。むしろ心の中では『やれやれー! もっとやれー!』とか思っている始末である。
その攻撃に吹っ飛ぶ眼鏡。
「ふはははー! 勝てばよかろうなのだぁー!」
そう高笑いを上げる英に敵の攻撃がヒット。
「ドゥブッハァ!」
錐揉み回転しながらコートの外までぶっ飛ぶ英。弾かれた球は味方が取ってくれたのでセーフではあるが、やってもやられても騒がしい男なのであった。
試合開始間もなく影手裏剣で尻を痛打された泥棒ヒゲは外野の零菜を挑発していた。
「やってくれたね♪ つるぺた〜のお嬢さん♪」
歌って踊りながらそんなことを口走る泥棒ヒゲ。
「……私の胸がなんだって?」
冷静な面持ちをしているものの零菜の頭に怒りマークが浮かぶ。
調子に乗って挑発を続けるヒゲ。
「おっと手が滑ったー」
手裏剣のお返しか、外野にいる零菜に向かいボールを放つ。
それは零菜の胸に当たり、ばちんと板に当たったような音を立てて弾けた。
「わざと? ねぇ、わざと?」
増える怒りマーク。
止せばいいのに、有頂天のヒゲは止まらない。
「普通はそんな音しないのに〜♪ 貧乳だからなのかな〜♪」
そこで零菜の堪忍袋の緒が切れた。
「お前は俺を怒らせた……往生せいやぁー!!」
怒髪天を衝いた零菜はヤンキーと化すと、魂の篭った全力投球をヒゲにぶち込む。
「あひんっ!」
まだまだ撃退士としては新米の零菜だったが、その時発したパワーは尋常ではなく、ヒゲは変な声を上げつつ彼方までぶっ飛んでいった。
「うがーー!」
それでも暴走している零菜を宥めるのに試合が中断したのは言うまでもない。
「オ〜、のこッテシマッタノハわた〜しダケデスカ〜?」
ついにところてんズは内野に一人を残すのみとなった。最後の一人はつぶらな瞳がトレードマークのアブラヒモビッチ(日本人)である。
『野球ならキャッチャー、バンドならドラム、サッカーならGK担当』と言わしめる体躯をしているがその異様さから何故かここまで生き残っている。
「ようやくこのスポーツに慣れてきましたわ。一体どこの国の人だか知りませんが、手加減は無しですわよ!」
本当は日本人なのだけれど、どこからどうみても異国の者であるアブラヒモビッチにボールを突き付けシェリアがびしりという。
「これでもお喰らいなさい! ハイパーDXシェリアエナジーシュートG!」
プレイ中に必殺技名を考えていたのか、そう叫び、薄紫の光を纏った球が唸りを上げてアブラヒモビッチを射抜く。
「オ〜、シット!」
こちらもまた派手にコートの外へと吹っ飛ばされ意識を失うのだった。
「ふ……この技を受けた者は死ぬ……」
決めポーズを決めたシェリアに『殺すなよ!』とツッコミが入れられる。
「あ、あら……? おほほ、ちょっとやり過ぎたかしら……?」
なんとか生きているアブラヒモビッチを見てシェリアは苦笑いを浮かべた。
何はともあれ勝ちは勝ち。ところてんズの内野を全滅させたどんぱっち一同はハイタッチで試合の勝利に歓喜したのだった。
●その後
試合終了後、瑞樹はソーラーパネル……もとい太陽け……ではなくスキンヘッドに剃っているのか禿なのかをずびしと聞いてみた。彼曰く、『剃っているので禿などではない。断じて』とのことである。どんぱっちの皆は躊躇いなく疑問を払拭した瑞樹に惜しみない拍手を送った。
どんぱっちが勝利を手にし、教師はガッツポーズを取る。
実はこの生徒たち、学部もクラスもばらばらであり、あの時クラスにいた者たちではない。
それでも勝利をその手に収めるためにクラス以外から人員を引っ張ってきたのである。
「よくやったぞ、皆! これで……(あのイケメンリーダーに女性を紹介してもらえる)げふんげふん」
彼女いない歴○○年の教師は口走りそうになるところをなんとか誤魔化したが、矢野は目敏く教師の台詞を捉えていた。
「おっと、先生。……うん、何かを奢ってくれなければつい聞いたことを漏らしちゃいそうだな?」
「な、矢野! これはあの、何でもなくてな……!」
「うっかり! つい! 漏らしちゃいそうだな?」
「……」
勝利を手にしたどんぱっちの皆が、矢野の活躍により、教師に焼肉食い放題に連れて行ってもらうことになった。そして、教師は高い紹介料になったと愚痴をこぼすのであった。
この敗戦を糧に、ところてんズはより練習に打ち込み、ライバルチームいとこんにゃくから勝利をもぎ取ったとか取らなかったとか……それはまた別のお話。
END