●
波の音だけが辺りに響いていた。
閉ざされた島へ降り立った撃退士たちは一様に島の様子を窺う。
「皆さん、大丈夫ですか?」
自らの周りに流れ着いた仲間たちへユウ(
jb5639)は心配そうに声を掛けた。
「救援に来るはずが遭難……気まずいです」
顔に張り付いた長い髪を払いながら雫(
ja1894)はそう呟く。
「助けにきたつもりが同じく遭難とはなぁ……まぁ、落ち込んでも仕方ねぇ。生きるために踏ん張らねぇとな」
顎の無精髭を軽く擦り、グィド・ラーメ(
jb8434)は気丈に振る舞う。二人の少女の前では年長者である自分がどっしりと構えていなくてはならないだろう。そう考え不安などはおくびにも出さず前を向いた。
そこから少し離れた砂浜にはジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)、鴉乃宮 歌音(
ja0427)、ディザイア・シーカー(
jb5989)、ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)の四人。
「おやおや……まさか二次遭難とは☆」
「まぁ、なってもたんはしゃあない。せっかくやから無人島を楽しみますかいな〜♪」
ジェラルドが気楽に言うと、ゼロも同調して明るい声を出した。
四人は流された他の仲間と遭難者捜索のため歩き出す。
「予想以上の嵐だったな。しかしまずは上陸できたことを喜ぶべきか」
「やれやれ、厄介なことになったもんだ」
先の二人とは違い、歌音、ディザイアの両名は現在の状況を冷静に見詰める。確かに難破という一大事を乗り越えたとは言え、今や救済対象と同じ遭難者となったのだ。楽観視してばかりはいられない。
遠く水平線を眺めてみれば、よく晴れた島の上空とは違い、稲妻が奔る海の姿が見えた。
その頃、別の砂浜上空では黒百合(
ja0422)が漆黒の羽を広げ、辺りを偵察していた。
「嵐で外界と隔絶された島かァ……ある意味では監獄でしょうねェ……。私、囚われるのは大嫌いだからさっさと脱獄させてもらうわねェ」
そう言って双眼鏡を片手に島の様子を探る。
黒百合のすぐ下では紫煙を燻らせながら歩く男がいた。無人島への救助というには不釣り合いなスーツ姿だが、その振る舞いには些かの隙もない男、ファーフナー(
jb7826)だ。
「この俺が人助けとはな……焼きが回ったもんだ……」
空と地を行く黒い二つの点が少しずつ移動を始める中、もう一つの黒い点が勢い良く島の中央へと突き進む。
「うおおぉぉ!! 観月さんは無事かぁぁぁぁぁ!!」
いつも通りのライアー・ハングマン(
jb2704)であった。
彼は今回の遭難者リストに藤谷観月の名前を見つけると一も二もなく救助隊に参加。想い人である観月を助けるために全身全霊を傾けていた。
「はぁはぁ……で、ここ何処だ……」
そして人知れず森を彷徨っていたのだった。
●
撃退士たちが遭難者と合流することができたのは太陽が西に落ち始めた頃であった。
今依頼には多くの翼持ちが参加していたため、上空からの捜査により比較的合流には苦はなかった。
だが、天魔がいると聞いていたものの、その一つにすら出会うこともなく奇怪な無人島でのサバイバルが開始された。
「よぉ、お疲れ様だったな。俺らが交代で警戒体制を取るから少し休んでくれ」
一般人への対応や天魔の警戒などをこなしていた藤谷、杉山、荒川へ労いの言葉を掛け、グィドは豪快に笑ってみせる。傭兵時代にも多くの経験を積んでいるグィドはこういう時、仲間同士の結束が何より大事だと身に染みてわかっていた。
当初は救援に笑顔を取り戻した観光客たちも撃退士たちが二次遭難を起こしていたことに落胆を隠せないでいたが、そのフォローも忘れない。
バツが悪いと感じていた雫ではあったが彼女の術法により観光客たちも幾分落ち着きを取り戻していた。
聞いたところ遭難者たちは昨日の今日ということもあり、まだ満足に腹を満たせていないという。すぐにサバイバル料理に自信を覗かせる雫は物資収集を提案し、志願者を募った。
「少しでも身体を動かせば、当事者意識を持つでしょうし気を紛らわせることもできるでしょう」
「まぁこんなことになってしもたけど仮にも俺らは撃退士。そんじょそこらの一般人よりは使えまっせ。まぁちょっとは手伝ってもらうこともありますけど、そこんとこは安心してください」
ゼロの言葉にミーハーなおば様もにっこり。どうやらゼロはタイプの顔のようだ。
「それなら私はまず拠点となる場所を探そう。この大所帯だ。天魔のことを考えればいつまでも野晒しでいるわけにもいかない」
歌音が言って、すぐにゼロもそれに続く。
「少しは事前に地図見て勉強してるさかい、俺も一緒に行くわ。それととりあえず水を確保せんとな」
それぞれが自分の仕事に取り掛かる。待機組を護るため、ディザイアとファーフナーが
見張りについた。
「周辺の天候が不自然で脱出には時間が掛かるかも知れん。天魔もいるそうだが、もし奴らが来ても心配することはない。そん時はしっかり守ってやるさ。そう暗くなるなって」
クククと含みを持たせた笑みをこぼし、ディザイアは残された観光客から経緯などを聞いていく。その大柄な体躯と大らかな対応に観光客たちも安心して胸を撫で下ろす。
アウトドアには慣れておらず、人とのコミュニケーションも取らないファーフナーは一人離れた場所で樹に寄り掛かっている。
「不自然な荒天か……そしてこの島だけの安定した天候。まず天魔が大型ゲートの作成にこの地を選んだ公算が高いだろう」
彼は小さめのアタッシュケースを開くと中から資料を取り出した。
「疎まれ役、嫌われ役は買ってでもするさ」
彼の狙いは天魔一択。そこには何か確信めいたものが存在していた。
「ふぅ、全然なにも見つからないわねェ……本当に天魔いるのかしら」
物資収集班とは別れ、一人上空から天魔捜索をする黒百合であったが、その塩梅は芳しくないらしい。暫し地上を見下ろしていると、森に不自然な動きを発見。
地上に降り立ち、慎重に木々の茂みを掻き分け覗いてみると……
「さっきもここを通った気がする……」
ライアーが力なく樹木に←こんな印を彫っていた。
「……ライアーちゃん、何してるのォ?」
「Σ(゜Д゜)」
やっと仲間に出会えたライアーは一人森で彷徨っていたことを説明。
「飛べばよかったのに……」
「Σ(゜Д゜)」
観月のことばかり考えていたライアーにその発想はなかったという。
遭難者たちが身を寄せていた場所から数キロ、歌音とゼロが大きくはないが手頃に雨風を凌げそうな洞窟を発見してきた。
「さて、じゃあまずは火を起こそうかな☆」
何をするにも火の存在は欠かせないサバイバル。ジェラルドはすぐに着火に取り掛かる。近くの樹木の皮を剥ぎ、先を削った木の棒を用意する。
簡単に見えて技術の要る仕事だ。少しずつ摩擦熱を溜め込み、熱くなってきたところで一気に加速。摩擦係数を上げるために一掴みの砂も加える。
「これでよし☆」
種火を徐々に大きくし焚き火が完成した。
それを確認し、ユウがグィドに声を掛ける。
「グィドさん、今回は長丁場になる恐れがあります。トイレや炊事場などの施設をしっかり整えたいのですが、ご協力よろしいでしょうか」
「おう、ユウ嬢ちゃん。任せときな」
日が落ちてきて、少し肌寒くなる時間。遭難者の女性に自らのジャケットを掛けてやりながらグイドは快く返した。
その時間になってようやくライアーと黒百合が合流。
「天魔はいなかったけど、ライアーちゃん見つけてきたわよォ」
皆が自分の方を向く中、無事な観月をその目に認め、尻尾をぶんぶんと振り回しながら駆け寄るライアー。
「観月さん! 良かった……怪我はないか? 体調は?」
「俺が付いて居たからな。問題はないぜ」
しかしそこへ、ずいっとライアーと観月の間に入る杉山。
睨み合う両者。
「これは、守らねば……色んな理由込みで、な」
波乱を思わせる敵の出現に決意を新たにするライアーであった。
ユウ、グィドと同時に雫と歌音も夕食を用意するため準備に取り掛かった。まだまだ先程の近辺調査では地理を把握するのに時間が掛かり、食材などは用意出来ていない。
「ヤシの木でもあれば食料や殻の再利用によかったのですが」
暖かい季節とは言え、ここは北の島。ヤシは見つからず雫は他に食料になるものを探す。
「キノコなどはかなり注意が必要だ。食べられる野草や動物を狙おう」
キャンプコスチュームを着込み、準備万端といった歌音の言葉に雫も頷く。
歌音は己だけに見えるモニタをイメージ化し宙に浮かべる。それは周囲一体を網羅し、生物の反応を見逃さない。
天魔対策と同時に獲物を見つける攻守兼ね備えた技能だった。
二人は連携して次々に食べられそうな獲物を狩る。
「これくらいでいいでしょう」
「まずまずか。一旦引き上げよう」
的確に仕事をこなした二人は腹を空かせているだろう遭難者たちの元へ急いだのだった。
二人が帰る頃、ゼロは持ち込んだ魔具を用いて樹木を切断し、簡易なログハウスの制作に取り掛かっていた。何人かはキャンプ用のテントを持ち込もうとしていたのだが、結局島まで流れ着いたのは一つ。それは女性用にとディザイアが鋭意組立て中だ。
「たまにはこういうんも楽しいもんやな〜」
まるで本当にキャンプをしているかのようにゼロが楽しげに丸太を組み上げていく。奥行きのない小さな洞窟だけでは多人数が入るには心許なく、男女のこともある。ゼロとジェラルドは協力して住処となるものを用意することにしたのだ。
「天井には集めてきた大振りの葉を使おう。これで日除け、雨除けも出来そうだね☆」
着々と拠点作りは進んだ。
ジェラルドは空き缶を利用し、運んだ海水を沸騰させビニールで蒸気を受けて水を蓄えていく。途方にくれていた遭難者たちにもそのような簡単な仕事を手伝ってもらい、自分たちにもできることがあることを解ってもらう。
「おお☆ お上手♪ 皆でやれば地道ながらしっかりと対応できるね♪ 助かります☆」
そんな対応が少しずつ遭難者の心を癒していく。
「あっ、そっちの水はまだだめよォ。直ぐに飲みたいでしょうけどがまんなさいなァ。遭難生活は体力勝負ゥ。変な病気にでも掛かったらもたないわよォ?」
黒百合が水を飲もうとしていた者に注意を与える。
ジェラルドは海から離れたここまで海水を運ぶのだけでは水分不足に陥ると判断し、近くを流れるか細い沢から飲料水を作るためにサイズの違う石や砂をペットボトルに詰め、簡易濾過器を作成。念のため溜まった水を黒百合が煮沸消毒していたのだ。
更に黒百合は何かと使えるだろうと集めておいた蔓植物を組み上がったログハウスから吊るし、天日干しを行う。
それを見たディザイアはイカダ用にと丸太を取り分けた。
「これからどうなるかわからんが手は多いほうがいいからな。これだけ蔦があれば丸太を括るには十分だろう」
海路を行くならやはりこれくらいの準備は必要だろう。しかし陸までは数十キロ、加えて局地的な嵐。イカダでの脱出には少々厳しいものがある。
「ま、湖の探索や遊びでも役立つかもしれんしな」
丸太をぽんぽんと叩き、ディザイアはやはりクククと笑うのだった。
「ゲートは見当たらずか……」
その頃、丘に一人登っていたファーフナーはぐるりと辺りを見回す。
表情には出さないまでも自分の行き場を追われることなった原因である人間とは相容れることができず、己の為すべきことにだけ注力した。
さして広い島ではない。注意深く探しさえすれば絶対にゲートは見つけることができるはずだ。
「指標となるのはやはりこの不自然な島を取り巻く嵐」
そこでファーフナーはあることに気付く。見据えた水平線をもう一度確認し、振り向く。それを何度か繰り返した。
「そういうことか……」
一つの目星をつけ手元の資料にも目を通す。やるべきことを見つけた男は静かに島を眼下に見た。
「やはり無線機は使えないみたいですね……」
物資調達に出ていたユウは島へ持ち込んだ小型無線機をいじってみるものの電波が届かず声を曇らせた。
「生き抜くためにも今を精一杯やらなくちゃなぁ。お、あれなんて食えそうじゃないか?」
「そうですね。では採ってきます」
ユウと共に行動していたグィドは実のなる木を見つけ、ユウはそれに合わせふわふわと飛ぶと実を収穫。
途中、深夜に薪を切らさないようグィドは乾いた落ち枝を拾っていく。
「これこれ。生木より煙が立ちにくくていいんだ」
日が落ちそうなのを確認し、ユウは空中で身を翻す。
「そろそろ皆戻っている頃かも知れません。水回り関係の設備も整えたいですし帰りましょうか」
そして二人は方位磁石を手に来た道を戻っていった。
夜。
特に大きなトラブルもなく全員が一同に会した。
遭難初日からすれば、大きく改善された生活環境に遭難者たちも落ち着きを取り戻したような様相だ。それでもいつまでこの生活が続くか分からない恐怖を隠せない遭難者もいた。そのような相手には、
「心配すんなって。これだけ撃退士がいりゃ十分守れるさ」
と、ライアーが親身になって励ましていた。
焚き火を囲み、雫が岩盤を魔具で切り裂いたものを鉄板代わりに、捕ってきた獲物の肉を焼く。動物の血抜きなども雫にとっては慣れたものだ。
あまり動物は見ていないのだがこれは何の肉か、と遭難者に問われた歌音だったが、
「……おいしいですよ」
と一言。
雫と歌音は一体何を狩ってきたのか。それは永遠の謎である。
歌音は自らの食べる量は少量に抑え、遭難者たちへ多くを取り分ける。今回の観光に参加していた唯一の未成年の少女へは特に気を配った。
「残った肉は保存の効く燻製にしておきましょう」
ログハウス建設の間に木製の燻製器を作り上げていた雫はそう言って燻煙の準備をする。海水を蒸留させることによって得た塩で下処理することも忘れない。
肉を仕込みに行く雫の前に用を足しに行く途中の杉山が通りかかる。
「よぉ、あんたたちが来てくれて助かったぜ。まぁ、俺は観月ちゃんとの時間が減って少し残念だけど」
「トイレに行くのでしたら動物除けにこのニコチン水でも撒いてきてください」
すっと雫はグィドに分けてもらったタバコを海水に混ぜたものを差し出し、すぐ燻製器へ。
「やれやれ、俺はつんつんした女の子に縁があるらしい」
大仰に手を上げ杉山は風下の方へ歩いて行った。
杉山がいなくなったのを確認後、ライアーは観月を誘う。
「観月さん、ちょっと歩かないか?」
こくん、と頷き観月はライアーの後をついていく。
少しの森を抜け、丘へ。
「昼間は色々忙しかったからな。皆からの情報を取り合わせつつ、もう少しきちっとした地図でも作りたくてな。夜目は効くんだぜ?」
少年のように笑うとライアーはメモ帳にペンを走らせる。黒百合が偵察として大部分の地形を把握していたお陰でもう地図は完成間近だ。
「あ……」
その時、観月が小さく声を上げた。そこには光り輝く夜空。
街では決して見ることのできない壮大な景色が広がる。丘に腰を降ろした二人の頭上へ星々が降り注いだ。
「綺麗……」
それはいつかライアーが観月をクリスマスにイルミネーションへ誘った時のような既視感。
「あ、あの今回も絶対俺、観月さんを護るから! だから……」
このようなことを言うのは何度目だろう。意を決して口を開こうとするライアーの肩に観月の頭が寄り掛かった。
「観月さん!?」
そこには、すぅすぅと寝息を立てる観月。
「……お疲れさん。頑張ったんだよな」
ふわりと観月の頭を撫でる。
少し涼しめの風が二人のいる丘に吹き抜けていった。
「お疲れさんだ。今のうちに休んどきな。起きたらやってもらうことがまだまだ山のようにあるんだからな」
ディザイアは夜も更けぬうちに杉山と荒川へと声を掛ける。昼間にグィドにも勧められ多少の仮眠を取った二人だったが、休んでいるわけにもいかないと昼間は拠点造りにも精を出していたのだ。
ディザイアに従い二人は洞窟の方へ。
「しかし、これは頑張らんと足りそうにないな」
取ってきた食料を思い出し、ストックの食料を見る。明らかに消費の方が激しい。
「護衛に見張りに食料探し……ローテもきちんと考えておかないと駄目だな」
考えるディザイアの元へゼロとジェラルドが見回りに行くと声を掛けに来た。二人は悪友でもあり、気の置けない仲というやつだ。
最近の依頼の忙しさも相まり、ゆっくりできなかった二人にとっては依頼中と言えど語らうまたとない機会の一つだ。
浜に出て周回を始めるゼロとジェラルド。
「まぁ、最近忙しかったしな。たまにはこんなんもええかもしれんな」
「ふふ、そうだね」
今は天魔の姿もなく安定した体制。気を緩めたというわけではないが、ゼロが懐からこんなものを取り出す。
「ちょっと付きおうてくれへんか?」
そこには天儀酒と書かれたラベルの酒。
「これはまた珍しい☆ でも依頼中だということも忘れないようにね」
「酒を飲むことはあっても呑まれることはあらへんて」
拠点の方では壁に背を預け仮眠を取る歌音、一人黙々と武器の手入れを行うファーフナー。静かになった世界でパチパチと焚き火の音だけが辺りに響く。
僅かな篝火が燃ゆる無人の島。その長い一日目が終わろうとしていた。
●
「今日は湖に行くぞ」
軽い朝食を済ませた後、今まで沈黙を貫いていたファーフナーが提案をした。近寄り難い雰囲気のあったファーフナーに遭難者たちも急にどうしたのかと顔を見合わせる。
「何か分かったのですか? この異常気候に天魔の存在……何かがこの島にありそうだとは思っていたのですが」
ユウもいつもは柔らかにしている表情を強張らせ聞いた。
「やっぱり怪しいのは湖か? 聞いた話じゃなんか不思議な現象が起こってるそうだしな」
前日に湖の異変のことはライアーも遭難者から聞いていた。今日探索するならやはりそこが中心となるだろう。
「根拠はないけどこの付近の異常ってのはやっぱゲートとかの影響あるんとちゃうかいな? まさか湖に……」
ゼロがそう言うとすぐに答えがきた。
「遊びだよ。だが、行くのは半分だ。残りは拠点の警護だ」
ファーフナーから意外な一言。
「じゃあこいつでも持っていくか」
ディザイアは完成したイカダにぽんと手を置き、歯を見せる。
すぐに湖に行くメンバーを決めた。その中には一般人も多く含まれる。
ファーフナーは一般人に悟られぬよう撃退士を集め、こう言った。
「戦う準備をしておけ」
と。
「あらァ、なかなか良いじゃない」
水獣ストレイシオンを召喚し、その背で湖に浮かぶ黒百合。
「こいつもなかなか乗り心地がいいぞ」
ディザイアが運んできたイカダで無邪気にはしゃぎグィドも満足そうに笑っていた。
湖についた面々は一様にその場を楽しむ。最初は気乗りのしていなかった観光客の数人もその姿にどうせならと浅瀬で水遊びに興じた。
女性陣は流れ着いた布地で作った簡単な水着を着用。その中には観月の姿もあった。その姿にライアーの表情筋が緩む。
付いてこようとしていた杉山を、
「皆に信頼されてるみたいだし、やっぱり拠点の警護は君じゃないと」
と、得も言われぬ迫力で肩に手を置き、圧力を掛け残してきた甲斐を噛み締める。
ひとしきり遊んだ頃、服を脱いだ歌音は撃退士たちとアイコンタクト。
湖に潜った。
暫しの後、湖が黒く変色していく。
「一般人は下がっていろ。ここからは俺たちの仕事だ」
陽光に黒光りするPDWを両手で構え、ファーフナーが駆けた。
「こいつらどこから湧いて来やがった!」
その時、拠点には押し掛けるように多数の天魔が襲い掛かっていた。
「皆さんは洞窟の方へ」
ユウがすぐに一般人を避難させ魔具を構える。
「振りかかる火の粉は払わないとね☆」
「いっちょやったろやないか。行くで、ジェラやん」
防護に当たるのはこの三人に加え、杉山と荒川の五人。
いずれも折り紙つきの実力者だが、特に秀でた三人の力に杉山と荒川も驚きを隠せない。
「こいつら……流石に救援部隊は違うってことかよ」
「強い……な」
拠点防衛の戦いはそうして加速していった。
黒く変色した湖が濃度を増す。それは影だった。
そして影が湖上へと姿を現す。そこに現れたのは巨大な海洋系天魔。ストレイシオンの10倍の体長はあろうかという大きさを誇っていた。一般人の悲鳴が上がる。
打ち上げられた歌音は宙で身体を翻し、すかさず空を舞ったグィドがキャッチ。湖畔へと降りた。
「これは大物ねェ……」
黒百合は手にした銃にアウルを装填していく。
湖へと落下した巨大天魔に大きな波が立つがストレイシオンは意に介すこともなく背上の黒百合を揺らさずに湖を滑走した。
射撃、射撃、射撃。
手にした銃を放ったのは黒百合だけではない。
水面下の天魔に対し、歌音が、ファーフナーが、観月を庇いながらライアーが、ハンドガン、ライフル、サブマシンガンなどそれぞれの得物を使い飛沫に劣らない数の弾丸が軌跡を描いた。
その光景にマフィア時代を彷彿とするファーフナーだったが、そこは撃退士。
再び飛び上がってきた大型天魔に『にゃ〜』とかぶりつく猫の幻影を出現させ戦うグィドに、ここはあの頃とは違う世界なのだと認識させられる。
一瞬の隙を逃さず、驚異的な跳躍をみせる雫の斬撃と共に、
「トドメは任せておけ!」
空高く舞い上がったディザイアが天魔に向かい急降下。まるで全身がエネルギーの塊かのようにアウルが身体を覆い、突き出された拳は天魔の巨大な体躯を反り上げ水面へと叩き落とした。
そして、その天魔は二度と浮上してくることはなかった。
「やけにあっさりだったな」
ディザイアが皆の元へ降り立ち、辺りの様子を窺う。
「本丸はこっちだ」
ファーフナーが歯噛みしながらも忌むべき悪魔の力を顕現する。翼を広げ、向かうは活火山。山肌を透過し火道付近へと出る。抜け出た先にぽっかりとした空間が広がった。
「いくら探しても見つからないわけだ」
そこにはゲートとそれを司る下級天魔がいた。山の内部を抉るように巻き起こした砂嵐がゲートを捉える。
「残念、ここは通行止めだ!」
一緒に突入していたディザイアが逃げ出そうとする天魔の頭を鷲掴み、二種の雷を迸せる。
「隠れんぼは終わりよォ」
群れている雑魚を黒百合が一掃。
その隙にファーフナーはゲートへと突入を敢行した。
まるで四次元かのような異空間。自分の置かれている不安定な境遇という環境とそれを重ね、それらを打ち砕くかのようにコアへ照準を合わせると、ファーフナーは引き金を引いた。
火山の外では、水難事故から調達した人間と海洋生物から造りでもしたのか、湧き出た半人の天魔相手に勝利を納めた撃退士たち。
「嵐の原因がゲートであれば全てに片がつくのですが……」
仲間のゲート破壊を確信した雫は、まだ遠く荒れ狂う海を見据え言葉をこぼした。
グィドは結界を警戒し古式退魔術の用意もしていたが何事もなかったことに額を拭う。
互いの背中を預け、観月とライアーは敵の包囲を蹴散らし、一撃必中の弓で戦っていた歌音は戦場の衛生兵かの如き手際と冷静さで傷ついた仲間を癒やした。
「全て撃退できましたね」
「油断は禁物だけどね☆」
「ま、あっちが上手いことやってくてることを祈ろうや」
拠点でも戦闘は終息を迎え、撃退士、一般人ともに犠牲者を出すことなく天魔の討伐を終えた。ユウ、ジェラルド、ゼロの三人は無事皆が戻ることを案じ、山を見上げた。
●
「下手なアクティビティより、皆さんの実力が際立ちますね☆ 頼りになる方ってのは素敵です♪」
その日の夕方。
ジェラルドは空き缶を加工して木の棒に括り、簡易な銛を作成。
手の空いている一般人にも手伝ってもらい魚獲りをしていた。
まだ消えぬ嵐。いつになるかわからない救助。
遭難者の不安を塗り替えるべくジェラルドは明るい笑みを振りまく。
「獲ったど〜!」
ゼロも捕らえた魚を掲げ揚々と声を上げた。
「これが美味しいのよねェ」
浜ではストレイシオンが獲ってきた魚や貝を一足先に焼きあげている黒百合の姿などもある。
「何か確信があったんだろう? 説明をしてもらっても構わねぇかな?」
「一般人の方もそろそろ限界が近いと思います。希望がなければ心が折れるのが人間というものです。何か解ることがあればお願いします」
グィド、そしてユウが今回の湖、及び火山への遠征についてファーフナーから話を聞こうとしていた。
ユウはまだ若い悪魔ではあるが、その昔多くの人間を狩ってきた過去もある。今でこそ人間は護るべき対象だが、絶望の中に堕ちた人間をその目で見てきたのだ。
ここまで笑顔で遭難者を励まし続けてきた彼女には彼等の苦悩が手に取るように分かる。
「では後で詳しい話をしよう」
獲ってきた海産物で夕食を終えた後、ファーフナーから嵐について説明があった。
「今回の要点は嵐の位置にあった」
前夜、嵐について調べていたファーフナーは事前に用意した気象データから、近辺の嵐の傾向を割り出していた。
そして気づいた。島の端、火山の位置を中心に嵐が取り巻いていたことを。
「あれは別に天魔が作り出した嵐というわけじゃない。実際の嵐がゲートや天魔の何らかの影響で島を囲むことになったんだ。本来なら今時期、嵐はもっと日本海側へ流れる」
つまり、今見えている嵐は天魔の影響下から解き放たれつつもまだそこに滞在しているに過ぎない。すぐに収まるというのがファーフナーの見解だ。
「天魔がいたというのは僻地だからこそ大型ゲートの確保などにはうってつけというわけか。まだ小さいうちに潰しておけたのは不幸中の幸いか」
歌音も納得し、まだ天の怒りを鎮めることのない遠くの海を見た。
「一般人を連れて湖に行ったのは」
「要は餌だ。手を出させるには隙を見せるのが早い。湖の異変の話もあったし、敵を分散させるためにも別れて行動した。敵にとって人間は贅沢なご馳走だ。今までは動植物からの微量なエネルギーだけでやり繰りしていたのだろう。その分、強さはなかったようだがな」
この会話に希望の火を灯した面々に、その後ライアーが更なる朗報を持ってくる。
「おーい、山を隔てて湖と反対側に温泉見つけたぜ」
久々の湯浴みができるとあって、皆の顔からも疲労感が抜ける。
「早く熱いシャワーを浴びたいと思っていましたが、温泉もいいですね」
無表情ながら雫からも喜びが垣間見える。
「じゃあ、この島との別れの前に思う存分満喫していこう」
誰ともなくそう言うと、皆の士気は上がっていった。
一行は温泉へと到着。サイズは小さいが、幾つもの温泉ができている。島の規模が小さいためかマグマ溜まりの影響もそう強いものではないらしく、高温とまでもいかない温泉。
それでもここ数日の疲れを全て振り払うように皆は温泉を堪能した。
女性陣が湯船に入っている間、念のため数人の男性で見張り、そこから離れたところで残りの男性陣も温泉に入っていた。
「衛生面は大事だからな。特に女性には」
と、ひたむきな表情で見張り番をするライアーだったが、
(観月さんと一緒に入りた……いや、見張りを全うせねば! ゆっくり安らいで貰わねば!)
という気心が漏れていたのか、
「青春だね☆」
「漢のロマンを追求する気か?」
「犯罪は駄目やで?」
と、一緒に見張りをしていたジェラルド、ディザイア、ゼロに茶化されたりしつつ、滞りなく温泉イベントを終えたのであった。
●
翌日。
よく晴れた空は澄み渡り、見渡す限りの快晴が続いていた。
救助隊である撃退士たちも行方不明となれば、海上保安庁も今か今かと救助の機会を待っていたに違いない。
島の情報は伝わっていると思うが、ユウが無線機を使い交信。すぐに待機場所を見つけられるようにとファーフナーは狼煙を上げる。
「世話になったな……俺たちだけではどうなっていたかもわからん……」
荒川が改めて撃退士・救援組へと礼を述べる。
救助の船が見えてきて、現実を噛み締める遭難者たちも瞳に涙を湛え撃退士たちの手を握った。
「大事に至らなくて何より。さて、帰ってからの一杯が楽しみだ」
帰ったらお気に入りの紅茶に合うマドレーヌでも作ろうか。そう冷静に考える歌音と、
「早く柔らかな寝床でゆっくりと寝たいです」
と、冷静に発現する雫。
小柄だが、優秀な二人が遭難者たちに与えた信頼は大きい。
「皆さん、もう少しの辛抱ですよ。今までお疲れ様でした」
「この結果は皆さんの頑張りの賜物です☆」
常に遭難者のことを考え、笑顔を絶やすことのなかったユウとジェラルド。
「困ったときはまたいつでも呼べよ。すっ飛んでくるからよ」
「次からは気を付けて旅行するんだぜ」
豪快に笑うグィドとディザイアはまるで保護者のように寛大であった。
「これもいい思い出になるとええな」
そこにゼロが笑顔で付け加えた。おば様もゼロとの別れを悲しんでいる。すっかり仲良よくなったようだ。
「結局結構掛かっちゃったわねェ。まぁ、意外と楽しめたけど」
と、あっけらかんと言ってのける黒百合だが、そんな彼女に根底の部分でなにか似たものを感じ取ったファーフナーは無言で煙草を差し出した。
「……重いのもたまにはいいわね」
「だろ?」
この島で初めてみせたファーフナーの笑顔だったかもしれない。二人の吐く紫煙は狼煙と共に風に吹かれ消えていく。
ライアーは常に杉山から観月を護るように間に入りカバー。
「君、ちょっと露骨なんじゃないか?」
「観月さんを護るのは俺だけで十分なんで」
「……?」
ぐぬぬぬ、と睨み合う両者。よく解っていない観月。罪な女である。
とんだバカンスとなった無人島救出劇。
無人島に別れを告げる皆の頭上にうみねこの声がいつまでも響いていた。