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「皆様、お待ちしておりました」
長谷部は満面の笑みで今回のモデルを担当する撃退士たちを迎え入れた。早速とばかりに部屋に通し、綿密な打ち合わせを行う。
斯くしてモデルケースとしては些か突拍子もない『結婚式推進計画』は順調に動き始めたのだった。
当日、近い将来結婚を考えている男女を応募により一般参加者として招待し、結婚式の素晴らしさを広める宣伝挙式が開始された。
ホテルにある複数のチャペルの一つ。そのヴァージンロードを歩いているのは浪風 悠人(
ja3452)と浪風 威鈴(
ja8371)の二人である。
「わぁ……2回目……になるね、ウエディングドレス……」
純白のウエディングドレスに威鈴の美しい銀髪が相まって、その幻想的な雰囲気に参加者たちは感嘆の声を漏らす。
「結婚式は一生に一度の晴れ舞台って言うけど、好きな人となら……威鈴となら何度だって構わないよ」
「ば……ばか……」
普段からあまり女の子らしい格好をすることが少ない威鈴は、その気恥ずかしさと悠人の言葉に頬を染め照れ隠しの悪態をついた。
その二人の頭上から花弁が舞い降りる。
花の雨を降らしているのは羽の生えた無邪気な天使……否、無邪気な悪魔のアリス セカンドカラー(ja0210)である。
踊るようにリズミカルな動きでアリスはフラワーガールを務め、参列者が手に持つバラの花を集めていく。その数は12本。ブートニアセレモニー用の花束作成のためだ。
「一度でいいからこういう役をやってみたかったのよねー。今度はベールガールもよさそうだなぁ」
呟き、アリスは悠人の元へ花束を渡しに行く。
感動のセレモニーは着々と進んでいた。
その僅か前の話、別のチャペルでは……
なぜか花嫁がボクシンググローブを装着していた。
こちらの式場では今回のシーンをカメラに収め、TVCMとして幅広い宣伝を行う方針だった。
参列者に見送られ進んでいくのはウエディングドレスに真っ赤なグローブをつけて歩く長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)と、タキシードを綺麗に着こなした高園寺 神楽(
jb3385)である。
みずほが向かうのはヴァージンロードの先にある特設リング。この日のために急遽用意されたこのリングへ、みずほはウエディングベールをかき上げロープを跨ぎイン。
神楽はみずほのセコンドとしてその戦いを見守るためリングの脇へ。
「強くなければ生き残れない……この戦い、必ず勝利を収めますわ」
「無事で帰ることを祈っているよ」
そんな二人の姿に「いいね〜、いいね〜」と言いながらカメラを回す監督。監督曰く、今回のテーマは『結婚すれば人生の困難に立ち向かえる』というもの。この御時世を戦い生き抜く生命力、それを支える伴侶、その美しさを描くのが目的だ。
真剣な眼差しでみずほを見詰める神楽、戦場へと身を委ねるみずほ。
観客がごくりと唾を飲み込む緊迫感の中、対戦相手とノリノリでレフェリー役を務める神父もリングへと上がった。
そして式場にゴングが響き渡る――
更に本日、もう一組のモデル挙式があった。
ライアー・ハングマン(
jb2704)と、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)という二人の男性のものである。
こう書くと誤解を招きそうだが決して二人が男性同士の挙式を行うという意味ではない。
竜胆とヴァージンロードを歩んでいるのは藤谷 観月(jz0161)という少女であった。
二人の親は大きな力を持った財界人であり、閨閥のために二人を結婚させようとしている。……といった設定になっているようだ。
端正な顔から普段着けている伊達眼鏡を外し、長身を活かしてフロックコートを違和感なく着こなす竜胆の姿は良くも悪くもそんな役柄にピタリとハマる。
「ふふ……僕の力で君を幸せにしてあげよう」
しかし、観月の表情はすぐれない。別に演技をしているからとかではなく、純粋にこのような催し事の場に自分がいるのが不釣り合いに思ったからだ。
式は順調に進み、二人が誓いの言葉を口にする。
竜胆が口付けをするために観月のベールを上げた。二人の顔が近づいていく。
事態を知っている一般客もまだかまだかとそわそわしている中、ついにチャペルの扉が大きな音を立てて開かれた。
「ちょっと待ったぁ! そんな結婚、俺は認めねぇ! 観月さんは返してもらう……!」
真打ちの登場である。
観月に好意を寄せるライアーが放ったセリフは結構本気であり、なんか二人の顔の位置が予定より近かったりなんかしたものだからボルテージもMAXである。
ライアーの登場にまるでドラマのワンシーンを観ているかのような観客たちは拍手。
それに後押しされたライアーは翼を広げ自身の回りに冥府の風を這わせるのだった。
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カーン!
打ち鳴らされたのは5度目のゴング。
みずほのボクシングは3ラウンド目に突入。
顔は腫れ上がり、呼吸も荒い。ドレスも既にボロボロになっていた。
「何も言うことはないよ。自分を信じて戦ってくるんだ」
神楽はみずほがコーナーに戻る度、氷水で冷やした手を腫れた顔にあてがい治療に専念。彼女が最高のパフォーマンスを行えるよう尽力していた。
「ええ、今回は負けられませんわ!」
疲弊は誰の目にも明らかだ。それでもみずほは気丈にそう言うとリングの中央へ。
それもそのはず、今回の対戦相手は以前戦ったことのある黒神という名の撃退士の少女だったのだ。その時みずほは3ラウンド目にしてKO負けを喫している。今回の試合も互いにダウンを取り合う激しい乱打戦となっていた。
みずほの本気の試合に普段はクールな神楽も熱を帯びる。観客の声援に掻き消され届いたかどうかはわからない。今まで黙って試合を見守っていた神楽の『頑張れ』という一言の声援。
その声援が追い風となったか、黒神得意の左ストレートをぎりぎりで右に避けたみずほの渾身の右アッパーカウンターが炸裂した。
クロスファイア。
十字座するチャペルで本気のストレートと本気のアッパーが交差する美しき十字。
10カウントを待たずして神父の腕も交差する。みずほのKO勝利だった。
カメラを回す監督も良い絵が撮れたと満足そうに頷く。
リングから降りる足元の覚束ないみずほを神楽が支えた。
「お疲れ様」
たった一言ではあったが、その言葉が持つ充足感にみずほも満面の笑みを返したのだった。
傷だらけの顔で愛を誓い合うのが素敵だというコンセプトの元、衣装だけ直しすぐに式を執り行うことになった。長身の二人が揃うと非常に様になっている。
そして進行は誓いのキスへ。
「キ、キス!? そ、そんなの恥ずかしいですわ!」
ついみずほの右ストレートが神楽の顔を掠めるが、それを躱した神楽がみずほにキスをした。
というのは勿論『振り』である。
参列者から見て左側に立つみずほの右ストレート。それに隠れるように移動した神楽の顔は丁度キスをしたように見えるのだ。
それに参列者からも盛大な拍手。二人はモデルとしての役を無事果たしたのだった。
その頃、誓いの言葉を宣言し、アリスから受け取った花束を威鈴へと差し出す悠人。
「これからも……ずっと俺の傍にいてくれ。君を愛してる」
ダーズンローズという名の12の意味を持つバラ。威鈴は返事の代わりにその中から一輪のバラを選び、悠人の胸へと挿す。
それは果たして『愛情』か『永遠』か、それとも『幸福』か……
12全ての意味を捧げる悠人に、その中で最も大事にしたい想いを威鈴は悠人の胸へと挿したのだ。
それに感動していたアリスにも思わぬサプライズがあった。
神父から彼女アリスは人間と悪魔の種を超えた愛の結晶であることが発表された。既に悪魔や天使にも人間側についている者たちが居ると知識では知っていても、日々命の危険にさらされるだけの一般人にはそれも眉唾。
しかし、こうして人間と異種族の希望の架け橋がそこにいる。その者が人間の幸せを祝し、一同に歓びを分かち合えるこの事実にアリスへの賛辞が次々と参列者から掛けられた。
「ありがとう……なの……です」
照れながらも精一杯に彼女は皆に笑顔を返した。
その後、悠人と威鈴は指輪を交換。幸せに満ちるこの式場で互いの気持ちを乗せた口付けが交わされた。顔を真赤にする威鈴と大らかに落ち着いた表情の悠人に二人が夫婦と成る宣言が神父より発せられた。
浪風夫妻が召喚したヒリュウは天使のコスプレで二人を祝福。ハート型の紙を大量に入れた籠を持ち、二人の退場を紙吹雪で彩る。
「一緒に撒きましょう!」
アリスもヒリュウと一緒になって空を舞う。入場時のフラワーガールとしてだけではまだまだ活躍の場は足りぬと、二人へフラワーシャワーを浴びせた。
式場を出た二人は設えられた鐘を一緒に鳴らす。いつまでも鳴り響く鐘の音を聴きながら威鈴は階段の下に集った女性陣へ背を向けブーケを投げる。
「開催側だけど参加していいのかな!?」
と、アリス。
「あれは、わたくしが有り難く受け取りますわ」
と、みずほ。
「あれは7つ集めると願いが叶うという伝説の……!?」
と、招待されたが何か勘違いしているルエラ・エンフィールド(jz0195)。
三人は揉みくちゃとブーケに手を伸ばすが、結局は一般参加者の女性の手へとブーケは収まった。
女性に威鈴は拍手を送り式は終了。続いて披露宴へと移行する。
その場に集まった人たちで記念の集合写真を撮り、簡素な形式だが披露宴が開始された。
滞り無く進む中、代表として神楽がスピーチを行う。
「只今ご紹介された高園寺神楽です。悠人さん、威鈴さん、ご結婚おめでとうございます。本日はこのような素晴らしい席にご招待いただきまして、心より感謝申し上げます」
神楽の安定感のあるスピーチに照れながらも夫妻は各テーブルを回る。歓談の場になるとアリスは非常に人気が高く、どこへ行っても一般客から引っ張りだこにされていた。
「うわぁ……目が回りそうです。でも、皆さんに喜んでいただけるなら頑張るの!」
そんな姿に目を細める威鈴。場が暖まり、自分のヒリュウと一緒にロボットダンスを踊る出し物をしていた悠人の元へ、威鈴が召喚したヒリュウが一通の手紙を持ってきた。
『順序は関係ないの。だから、ありがとう。それから、これからもよろしくね。ずっと悠人の傍にいて笑い合っていたいな。威鈴』
ブートニアの儀に答えるような二人だけが分かり合える手紙。
それを見て悠人の顔にも今まで以上の笑顔が灯ったのだった。
一方、チャペルでは。
「なんだい、キミは? 別にキミに認めてもらう必要はないんだけどな?」
突然現れたライアーに竜胆は嘲るように言ってのける。
「彼女はこんな結婚など望んでいない! 返してもらう。俺の命を懸けてでも!」
「どうしてそんなことが解る? 彼女がキミを想っているとでも? それはキミの思い上がりというやつではないのかね?」
どこまでも劇的でスタイリッシュな言い回しを貫く竜胆。
それに対しライアーは胸にある気持ちを余すことなく吐き出していく。
「……解る。解るさ。俺はずっと彼女を見てきた。彼女はこんなことを望んでいない」
その言葉にぴくりと竜胆の眉が上がる。
ライアーは更に続けた。
「思い上がり……? 確かにそうかも知れない。この想いは俺一人の自分勝手な押し付けなのかも知れない。俺にだって彼女の心が全て解るわけじゃない。だからこそ解かろうとする! 彼女を理解し、そして護る! それが俺の彼女への想いだ!」
ライアーは一直線に二人の元へと駆けていく。竜胆はライアーの拳を腕で外へいなし、二人の目が交錯した。
「彼女は僕のモノだよ。欲しいなら見せてごらんよ。キミの力をさ」
それを皮切りに二人の戦いが始まった。
その様子を見ていた観月は演技とは関係なくどうしていいか分からずおろおろと二人を見詰めていた。
命令とあらば平気な顔で虫を踏み潰すこともできる。そんな善と悪も曖昧な少女、観月。悪い意味で純真な心を持つ彼女は演技などということも忘れ、二人の行く末を見守っていた。
竜胆とライアーのバトルが続く。
と言っても、みずほの時のように本当に激しい殴り合いをしているわけではなく、こちらはまるでダンスを踊っているかのような演出だ。
戦いの中、竜胆が繰り出した一撃。それは七色の光を帯び、チャペル内にドリーミーな演出をもたらした。
それを見た観月の脳内にある光景がフラッシュバックした。
それは今までライアーと共にこなしてきた依頼の数々、そして今回の依頼へ自分を誘いに来たライアーの姿。
この依頼を受けない手はない! と拳を握り締め観月の元へ行くライアー。
「結婚式の宣伝をする依頼を受けたんだが、神父役として手伝ってくれないか?」
耳を赤くしてそう訪ねてきたライアーの顔。
まだ愛というものを理解しきれていない観月だったが、その時、自然と彼女の口が動いた。
「ラ、ライアーさん……頑張って……」
それを耳にしたライアーの心臓が跳ねた。演出最後の拳が竜胆の顔の前で寸止めされる。
「障害は全部越えてやる……俺は、絶対に! 諦めないからな!」
「ふ……キミには負けたよ。……合格だ。彼女の隣にはキミがいるべきだ」
最後の拳に満足そうな笑みで返した竜胆はライアーを観月の隣へと促し、参列者に合図。 その場は大いに沸き、祝福の調べが流れた。
「愛し合う二人を祝福して……」
竜胆の歌声が響く。
♪
Dingdong 祈りの鐘が響く
二人重なるこの手が 永遠に離れないように
Dingdong 誓いの鐘は歌う
今この刻から始まる 二人で奏でる協奏曲(コンチェルト)
In sickness and in health
To love and to cherish
Till death do us part……
♪
歌を唄い終えた竜胆に代わり花婿役を演じることになったライアー。
「それでは誓いのキスを」
神父の言葉。あとは何事もなく演技を終えると思っていたライアーの顔に突然ふわりと柔らかな感触。
観月の口唇がライアーの頬へと当てられた。
「あ……あ、俺は……観月さんの想いがはっきりするまで、待ってるから!」
「……?」
そんな二人を見て竜胆は『ふぅ……』と一息つく。
「やれやれ……不思議な関係だね。ハングマンちゃんも大変だ。応援してるよ」
その呟きを背に、ライアーは有頂天で観月をお姫様抱っこしてチャペルの階段を降りていった。
「どんな結果になったとしても、愛してるよ」
そう観月に囁きながら。
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結果、『トールフランベルジェ』のモデルケースは大盛況で幕を閉じた。
浪風夫妻の正統派挙式に憧れる者。戦う力を示したみずほのCM。ライアーたちのドラマチックな展開に胸焦がした若人。
その様子は結婚情報誌にも掲載され、その後ホテルの予約も一杯になったという。
後日、長谷部から久遠ヶ原学園に一通の感謝状が届く。その文には此度のお礼と最後に一言。
『次回は本物の結婚式としてのご来場、心よりお待ちしております』