●捜索開始
22:05
「闇雲に探し回るだけではそう簡単には天使の少女を見つけることはできないと思います。計画的に探しましょう。早く見つけてあげないと、きっと心細い思いをしているはずです」
黒井 明斗(
jb0525)が柔和な顔を引き締める。
「サーバントが出没するなどのいやな噂もあるみたいですね……。一人ぼっちの淋しさは……嫌というほど解るのです。早く二人を逢わせてあげたいですね」
身近な者との別れを知る睦月 芽楼(
jb3773)は切なそうに眉を寄せた。
天使の少女の探索を開始した撃退士たちは、それぞれ班をつくり効率的に探索へと乗り出した。まず、考えなければいけないのは少女と一緒に暮らす青年の存在だ。
彼はいつもならこの時間には帰宅しているはずである。現在どこで何をやっているのか。それを知るために、明斗、芽楼、長谷川アレクサンドラみずほ(
jb4139)、蓮城 真緋呂(
jb6120)の四名は青年の職場であるレンタルショップへと赴いた。
同じく、今なら帰宅している可能性を頼りに夏木 夕乃(
ja9092)と並木坂・マオ(
ja0317)は青年を訪ねてアパートへ。
リアナ・アランサバル(
jb5555)と萩乃 杏(
ja8936)は人通りの多い駅へと少女の探索に出た。
夜が、少しずつ更けていく。
22:13
今日は早く帰りたかったのに残業になってしまった。
逸る気持ちを抑え、青年は職場であるレンタルショップの裏手のから公道へと出た。
「あ、居ました! 確保ーなのです!」
急に大きな声が聞こえ、青年は肩を震わせる。
すぐに青年は見つかった。警察に渡されていた顔写真とを見比べ、芽楼がしっかりと青年の身柄を確保する。
真緋呂は事情を説明するために店内へ、明斗と芽楼が青年から聴取を行い、みずほは近くに少女が来ていないか辺りに目を光らせていた。
「家から出るなとあれほど言っておいたのに……」
頭を抱える青年へと芽楼は落ち着いて問いかけた。
「あの子が行きそうな場所に心当たりはありませんか?」
「ここの場所なんて知らないだろうし、近所の住宅街や公園、コンビニまでの道くらいなら……心配していただきありがとうございます。でも、あの子だって天使ですからそんなに大事にはならないはず……」
語尾を弱め、そう口にする青年。口ではそう言っていても心配しているのが如実に伝わってくる。
「小さな女の子が夜分に外に出ている、それを心配するのに天魔も人も関係ありませんわ。これは貴族として当然の努めですわ」
毅然とした態度でみずほは接する。
大英帝国とも呼ばれたイギリスの名家出身である彼女らしい立ち振る舞いだった。
「それと女の子の特徴をお願いしてもよろしいでしょうか? きっと僕たちが捜し出してみせます」
明斗は少女の特徴を聞き、青年と連絡先を交換。店から出てきた真緋呂の勧めで青年にはアパートで待機してもらうことにした。
「アガピちゃんが帰ってくるかも知れないので、アパートに居て下さい」
「分かりました……アガピをよろしくお願いします……」
深く頭を下げる青年。
『アガピ』というのが少女の名のようだ。既に名前を調べていた真緋呂の言葉を耳にし、明斗は更に強く誓う。必ず二人を再会させる、と。
そして、四人は青年の言葉を頼りに探索を再開する。
「天魔でもやっぱり子供は子供みたいね……一人ぼっちが寂しくて飛び出しちゃうなんて。サーバントがうろついているというのも気になるわ。早く見つけてあげましょう」
お腹を空かした少女のためにと用意した焼きそばパンをグッと握り締め、潰れてしまった感触に慌てる真緋呂だった。
●捜索経過
22:37
青年を確保したという連絡を受け、他地域を担当していた四人はほっと息をつく。もしサーバントに青年が連れ去られていたりしたら事だった。
夕乃は青年の部屋の扉に『帰ったら待機していて欲しい。迷子探しで危険なのはすれ違うことだ』という旨の手紙を括りつけておいたが、杞憂に終わったと軽く微笑む。
だが、少女を見つけなければまだまだ安心はできない。
アパートから近場のコンビニで、合流した夕乃とリアナは聞き込みを開始。少女の特徴を書いたスケッチブックを店員に渡しておいた。これでもしここに現れたらならすぐに連絡が来るだろう。
二人は場を移し、まだ光の灯る商店街へと駆けた。
22:58
「おーい、アガピちゃ〜ん」
夕乃とリアナはあれからしばらく捜しているものの、まだ少女の足取りは掴めない。
「一体どこにいるんでしょう……」
「私、もう一度駅に行ってみる……」
明斗、芽楼、みずほ、真緋呂の四人はあれからも各地で着実に迷子の手配をしており、駅での活動もかなり進行していた。
それを知ってリアナは人の集まりやすい駅へともう一度足を伸ばすことにした。空を飛べる彼女なら集まった情報の取得にも時間は掛からないだろう。
「対象が動き回っているなら、同じ場所に居続けて待つのも一つの手……。しばらく駅を捜してくる……」
彼女はすぐに駅へと向かって飛んでいった。
アガピと同じく、外界から人間界へとやってきて人間に拾われ救われた。そんな背景をもつリアナは感情に乏しく、気持ちをうまく表現できない少女だった。
そんな彼女の心に微かに芽生えた気持ち。
(境遇とかは大分違うけど、拾われたってところは、少し、私と似てるかな……)
それがまだどんなものなのか理解できないまま、『二人を逢わせてあげたい』という暖かな気持ちを胸に秘め、彼女は翼を羽ばたかせた。
23時を回り、商店街からも光が少しずつ消えていく。捜せども捜せども見つからないもどかしさに不安を抱きながら、夕乃は商店街を駆け巡る。
その頃少女は、
「あうー……お腹空いたの……食べ物屋さんも閉まってるのぅ……にぃたん、どこぉ……」
夕乃の遥か後方、商店街の飲食店前に寂しく佇んでいた。
●少女の行方
23:36
少女の情報が集まりそうなめぼしいところでの活動を終えた撃退士たちは、それぞれ分かれての探索に踏み切った。
家の近くまで帰って来ているかも知れない、と明斗はアパート付近を。みずほはアパートから程近い公園を。芽楼は商店街、真緋呂は近場のコンビニへと散開。
遠出をして迷子になっているのではと、マオは街外れにある工場跡地を捜し、萩乃は住宅街を回る。
『駅にはまだ少女は現れない……。情報も集まらないし、駅にはまだ来ていないのかも……』
リアナが他のメンバーに電話で連絡を取る。
『こちらもまだ見つかりませんわ。迷子でお腹を空かしているといけないと思って、依頼の連絡が来てからすぐにローストビーフサンドをご用意しましたのに……。まだ諦めませんわよ!』
みずほは少しでも探索の効率を上げるためにアウルを纏うと勢いよく駆け出した。あたかも蝶が舞うようにアウルの羽をはためかせ、夜の街を行く人々がその勢いとローストビーフの良い香りに振り返るのも気にも留めず、みずほは懸命に少女を捜した。
同時刻、夕乃の携帯電話が軽快な音を奏でた。
どうやらコンビニ付近で目撃情報があったらしい。今すぐ行けば見つけられるかも知れない。
途中、同じくコンビニへと向かっていた真緋呂と合流し、真緋呂は展開していた阻霊符にも意識を集中した。もし、阻霊符の範囲内に少女が掛かれば反応があるはずだ。
「……反応ありました! この付近にいるはずです」
真緋呂が少女の存在を捉えた。
夕乃と真緋呂はお互いに頷くと手分けをして少女を探す。二人は少女の名を呼びながら足を忙しなく動す。
自分の名を呼んでいる人がいる。それに気が付いた時、少女は駆け出していた。ひもじさ、心細さ、孤独に耐えていた少女は、もう居ても立ってもいられなかった。
「うぅ〜……あぅ〜……!」
泣きながら少女は夕乃の胸に飛び込む。
青年から聞いていた通りの服装の少女を胸に抱え、夕乃は優しく少女の頭を撫でる。
「……もう、大丈夫ですからね。あなたのお兄さんも家で待っているはずです。元気な声を聞かせてあげてください」
夕乃はすぐに青年に電話。少女も青年の声を聞いて落ち着いたようだ。安堵からか、少女のお腹が大きな音を立てた。
それを聞いた夕乃は、用意していたヤギの内弁当を取り出す。可愛いヤギのケースに入った巷で大人気のお弁当だ。
少女にお弁当を与えると、あっという間に平らげてしまった。余程お腹が減っていたらしい。
そして、探索に加わっていた撃退士、関係者に連絡を取り、アパートを目指す。
途中、「アガピちゃーん、お兄ちゃんがお家で待ってるわよー」と路地裏や植木の物陰などを丹念に捜している真緋呂に笑顔を漏らす二人だった。
「私……悪魔ですけど警戒されないでしょうか?」
「きっと大丈夫……」
すぐに駆けつけた芽楼とリアナ。二人は自分が悪魔であることを心配していたが、いざ少女の前に出てみれば、少女は笑顔で二人を迎えてくれた。
更に、合流したみずほが良い香りを放つサンドウィッチを少女にご馳走。先程、お弁当を食べたばかりだというのに少女は喜んでそれを口に頬張る。
それを目にする真緋呂だったが、用意していた焼きそばパンを渡すタイミングがなかなか掴めずにいた。ついさっきも、「お腹空いてるでしょ?」と優しく問いかけたら、お弁当を食べたばかりだと言うので渡しそびれていたのだ。
まだお腹に入るのなら渡しておけばよかった。
そう考えているとアパート付近で明斗が合流。
「よかった。無事見つけることができたんですね。電話だけでなく、顔を見られて安心しました」
そして、サンドウィッチを食べ終わった少女はいつの間にか明斗が持ってきていたキャンディーを舐めていた。
「はうっ」
またも焼きそばパンを渡しそびれた真緋呂だった。
しかし、これだけ食べるのだ。それは青年が長い時間働かねばならない筈だ。撃退士たちは天使の少女の食欲に笑みを引き攣らせながら先を急いだのだった。
●戦い
無事少女を青年の元へ送ることができた。
少女の笑顔、青年の感謝を撃退士たちは忘れないだろう。
そして、帰りの路で撃退士が撃退士であることを八人は思い出すことになる。
「これはなんですの?」
みずほの持つバスケットに光が集まる。それはよく見ると小鳥の形をしたサーバントだった。ローストビーフの残り香に吸い寄せられたのだ。
「そう言えばハルピュイアの模倣サーバントがいるという情報でしたね」
明斗が槍を構えた。
「ハルピュイアとは『掠める者』を意味とする怪鳥のこと。少女を攫ったり、食物を汚く食べ散らかすことで有名です。このサーバントの目的は知りませんが、あの子が攫われなくてよかった。絶対に……絶対に、あの二人の邪魔はさせない!」
明斗が槍を振るい、鳥たちを散らす。
「密集し過ぎてるね。少し離れよう。さぁ、こっちだよ!」
マオが距離を取る。ざざざっと小さな鳥たちもそれに倣うが、黄金に尾を靡く蹴りを一閃させ文字通り蹴散らした。
更に一気に踏み込んだみずほが得意のボクシングで迎え撃つ。
「Go to Hell!」
上下左右のコンビネーションからタイミングを合わせて唸りを上げる右ストレートが鳥の群れへと放たれる。
「あんたたちには何もさせないよ」
萩乃がアウルを纏うレガースによる鋭い蹴りで鳥を叩き落とし、リアナがその上へ羽ばたく。
「ここで倒しておきたいね……でも……」
言葉を濁らせ、リアナが鳥たちの動きを術で封じる。動きの止まった鳥たちへすかさず蒼い閃光の矢を放つ。
「ええ……これは……」
真緋呂は空高くにいる群れに銃弾を、寄ってきた群れにはアウルを結晶化させた鞭を撃ち込んだ。
「例のハルピュイアでは……ないみたいですね」
夕乃が淡いオレンジのオーラドレスを纏い、炎と雷による魔術を叩き込む。
戦いの後には無数に地に落ちた鳥のようなサーバント。
「どうやらまだまだ、この街にも撃退士の力が必要そうですね」
噂のハルピュイアを模倣したサーバントには遭遇することはなかった。今のはそれと同属の天魔だったのだろう。これからもハルピュイアが猛威を振るうことを視野に入れなくてはならない。
八人は表情を引き締め、久遠ヶ原へと凱旋したのだった。
●再開〜愛〜
撃退士の戦いが繰り広げられる少し前のこと。
23:58
「あのね、あのね、まじょのおねーたんがむかえにきてくれたのぅ!」
再会した喜びを隠そうともせず、少女は笑顔で今日の出来事を捲し立てた。
一人で心細かったこと、撃退士のお姉さんたちが迎えにきてくれたこと。息もつかさず少女は語る。
「これも皆、撃退士さんたちのお陰だな。ギリギリだけど間に合って良かった……アガピ、誕生日おめでとう」
青年は帰る間際にケーキ屋で頼んでおいたケーキを受け取り帰宅していた。
今日は少女が青年に拾われてちょうど一年の節目。青年はこの日を少女、アガピの誕生日と決めていたのだ。
「ふわ〜! ケーキなの! ケーキなのぅ!」
少女は走り回り喜び、あれほど食べたのにも関わらず、口の周りへとクリームをつけながらもケーキを頬張る。口いっぱいのケーキを、真緋呂がなんとか渡すことのできたバナナオレで食道へと送り込む。
「にぃたん、おいしいのぅ! あっ、はなび! きれいなのぅ!」
アパートの窓から光が見えた。
それは撃退士がサーバントと戦っている時に発生した火花や魔法による光だった。
それに気が付いていた青年だったが、言葉を呑み込んで優しく語りかける。
「あぁ、綺麗だな。アガピの誕生日を祝ってくれているんだよ。きっと」
「うれしいのぅ! アガピね、アガピね……これからも、ずっとにぃたんと一緒にいるよ」
「あぁ……あぁ。そうだな……」
青年は瞳に涙を浮かべ、少女を抱き締める。
両親のいない青年に取って、親とは特別なものだった。自分がこの子を立派に育てよう。立派な親になろう。青年は強く心に誓った。
時計の針が頂点を向く。
二人の新しい年が、また始まった。
●後日
まだハルピュイアは退治されていない。
迷子などにも注意が必要だろうと、夕乃と明斗が町内の掲示板へと可愛い天使と悪魔のイラスト付きの張り紙をしていた。
『迷子の天使・悪魔を見つけたら、久遠ヶ原学園まで御一報下さい』
これで少しは天魔を身近に感じ、異種族間の和解へと近づけばいい。二人はそう考えていた。
「そう言えば、黒井さん。あの依頼には特に力が入っていたみたいですがなにか思い入れでも?」
「ええ。『アガピ』と言うのはギリシャ語で『agapi』。つまり『無償の愛』を表す言葉なんです」
敬虔の念が深い明斗はその名にどんな想いがあるのか、それを十分に理解していた。
「天魔と人……か」
まだ諍いの中にある種族問題。いつか、手を取り合う日が来ることを……
そう願い、明斗は空を見上げた。