●
ジェットコースター乗り場に群がる悪魔の眷属。その上空に、足に五線譜を纏った亀山 淳紅(
ja2261)が跳躍した。
「デートコースにはやっぱり派手なパレードは付き物でしょう?」
にたり、と笑って。オーケストラの幻影が周囲に浮かび上がった。美しい音の雨が降る。
「派手にいきましょ、いっつしょーたーいむ!」
三体の首なし騎士が、その攻撃を喰らう。ヴァニタスは後ろへ跳び、直撃を免れた。
「……またえげつないのが」
舌打ち一つ。その表情は冷めていた。淳紅が着地した隣に、大狗 のとう(
ja3056)が駆け付ける。
「静かな遊園地ってのも珍しいな! 折角だ、見て回らないか……えーと、ジョナサン?」
「リチャードでもジョンでも御好きにどうぞ」
先程の回避は神経を使ったのだろう、攻撃に転じる事なく会話に興じる。その間に南條 侑(
jb9620)がヴァニタスと少女の間に陣取り、結界を張る。掌が緑と金色に揺らめき光った。青龍、朱雀、白虎、玄武の加護からなる結界は、味方の防御を高めた。
気を失う前に少女がした『依頼』を思い出して、笑む。
「……面白い奴だな」
自らの身よりも、ヴァニタスの破滅を望んだ少女への感想。ヴァニタスは特に邪魔せず、のとうは会話を続けた。
「ほら、お化け屋敷なんて益々雰囲気出てるじゃん? メリーゴーランドでもいいけど!」
のとうの笑顔に吊られもせず、疲れたような表情を浮かべ、人質の元へ駆ける。侑が人質を庇う為に扇を構えるが、ヴァニタスが辿り着く事はなかった。
駆け出した三歩目が地面に着く前に、のとうが大剣を叩きつけた。吹き飛ばされたヴァニタスを追い、のとうが笑う。
「大勢を相手にするより、俺らと少し遊んだ方が楽じゃね?」
「……やれやれ」
諦めの声。少女から離れ、乗り場までの階段の手摺りに跳び乗った。
「図書館、ゲーセン、遊園地。心が歌って躍る場所ばっかりなのは嫌いじゃありませんよ。今回も遊んでもらえます?」
淳紅が話しかける。漸く、ヴァニタスは笑った。
「遊びで済めばいいな、御互い」
赤い槍が閃く。
(んー…疑心暗鬼っつーのもあれだけどなぁ、念押しと)
点喰 縁(
ja7176)の眼球が変異する。金色の猫目が、少女を見つめる。結果は、取り敢えず喜ばしいものだった。
「うん、異常なしだ」
少女が天魔でない事を全員に伝え、ディアボロへと向かった。
ヴァニタスが淳紅とのとうと共に、乗り場から離れていくのを確認して、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)が呟く。
「ヴァニタスは、交戦経験がある方々に任せますか」
不可視の床があるかのように空を歩き、ディアボロの群れへと近付く。
「僕は、雑魚の排除に専念しますね」
小柄な召喚獣が顕現した。互いの背を守り合いながら、ディアボロと対峙する。エイルズレトラが生み出した不思議の国の兵隊が、周囲のディアボロを攻撃する。そのうちの一体は淳紅の初手を喰らっていたのだろう、明らかに弱っていた。最期の一撃とばかりにエイルズレトラへ剣を振り上げるが、振り下ろされるよりも早く、イーファ(
jb8014)が矢を放つ。炎を纏う矢は、弱ったディアボロを絶命させるには十分だった。
天険 突破(
jb0947)の手に、金色の大剣が顕現する。
「一人で向かってきてくれねぇかな、ってこっちも大所帯だからおあいこか」
衝撃が複数のディアボロを襲った。人質を奪われないように働く筈だったディアボロだが、突破の攻撃に対応する為、足を僅かに其方へ向ける。
「遊園地のマスコットにするには、ちょっと可愛くなさすぎるぜ」
風羽 千尋(
ja8222)が追い打ちをかける。腕鎧に取り付けられた剣が、ディアボロを突き刺した。邪魔者を排除しようと、ディアボロは少女から離れた。
仲間の手によって、人質の少女からヴァニタスとディアボロが離れた隙に、桜木 真里(
ja5827)と華澄・エルシャン・ジョーカー(
jb6365)は人質の救助へと向かった。
不動のつる薔薇へ対峙する。炎の塊が少女を避けて薔薇を燃やす。しぶとく少女に絡みつき続ける薔薇を、少女を傷つけぬように精密な動きで、華澄が切り裂く。舐めるような炎の塊と、烈しく光り輝く美しい太刀が、ディアボロの生命を着実に削っていく。
「……先ずは助けねばいけませんね」
射程距離を活かし、遠距離から援護射撃をしていたイーファが、薔薇を狙う。集中し狙いを定めて放たれた矢は、少女を傷つける事はない。
侑が、逃げるように此方へ向かうディアボロを見て駆ける。そのディアボロと相対していた縁の、絡繰り仕掛けの糸が、ディアボロを絡め取る。接近した侑が、アウルで蛇の幻影を生み出す。蛇は毒牙をディアボロに突き立てた。毒に侵されたディアボロの生命は極僅か。縁の槍が、貫いた。
真里の放った炎が、しぶとかったつる薔薇を絶命させた。解放された少女を受け止め、緩やかに目を開いた少女に微笑みかける。
「目が覚めたね。外傷はないようだけど、体調は大丈夫?」
「……はい、大丈夫です」
少女の小さな声。園外まで避難する旨を伝えると、首肯が返ってきた。歩みを進める。
周囲への警戒は緩めずに、尋ねる。
「君は自分の救出よりも彼の討伐をして欲しいって言ったそうだけど、どうしてかな。怖くはなかったの?」
「……前に、友達が悪魔に殺されたから。他の友達も殺されたら、嫌だなって」
きっぱりとした答え。その後眉根を寄せて、嫌悪感たっぷりに口を開く。
「……あと、笑い方が気持ち悪い」
ぼそりと付け加えた言葉に、共に笑った。
お化け屋敷の前で響く、美しい歌声。淳紅の生み出した冷気と突風が、ヴァニタスを吹き飛ばした。のとうが大剣を手に、光纏と同様、流星の如き速さで迫る。激しい風の渦がヴァニタスの足を掬い、大剣の回避を不完全なものにした。
槍を薙ぎ払う。のとうの腕に切傷が出来た。光弾が、攻撃を放とうとする淳紅へと向かう。のとうが胴を狙って剣を払い、それを止めようとするが僅かに届かず。淳紅は光弾を避けず、そのまま攻撃を放った。音による魔法を喰らいながら、のとうへ突きを放つ。
「……やるなぁ」
思わず漏れた呟きは、のとうとヴァニタス双方のもの。のとうは槍を剣で弾いて逸らし、深々と突き刺さりかねない一撃を軽傷で留めた。ダメージが蓄積してきたのとうは、一度後ろへ跳びながら、体内の気の流れを制御する。もう一度、と跳び込むヴァニタスに、再び強力な冷気と突風が襲い掛かった。
人質にした少女が救出された事を察知して、ヴァニタスが一瞬だけ眉根を寄せた。槍でのとうの大剣を受け流しながら、自分が勝って生き残る未来と、負けて死ぬ未来を思い描く。
どちらでも良いか。頬を吊り上げて笑う。槍と剣が再度ぶつかった。
メリーゴーランドの近くで、二体のディアボロが剣を構えた。千尋が駆け寄る。周囲に味方が居ない事を確認して、念の為に携帯で注意をしてから、不敵に笑ってみせた。
「鬼さんこちら、でも来れるもんなら来てみろってな」
無数の彗星が、ディアボロを襲った。押し潰されたディアボロへ、駆け付けた突破が高速で大剣を薙ぐ。二体のディアボロにほぼ同時に当たった。負けじと振るわれた剣が腹部を裂き、僅かに冷や汗が出た。
「……ッ! こいつら結構強い……!」
心中で自らを鼓舞しながら、大剣を構え直す。イーファが、首なし騎士の振り上げる剣へ矢を当てた。千尋をピンポイントに狙っていた攻撃がずらされ、掠る程度で終わる。突破が駆ける。ディアボロの足を炎を纏う矢が襲う。金色の大剣が、騎士の身体を両断した。
もう一体のディアボロが突破へ向かう。炎を纏う矢がディアボロの腿に当たり、立ち止まった。千尋が放つ白と黒の矢が、ディアボロを貫く。がむしゃらな騎士の攻撃。突破がそれを大剣で受け止めた。剣と剣がぶつかりあう音。双方迂闊には動けない状況だが、突破には味方が居る。イーファと千尋の攻撃が、ディアボロの力と集中を奪う。金色の大剣を、墓標のように突き立てた。千尋が突破にアウルの光を送り、治癒を施してから、次の敵へと向かう。
人質も救助されてから、ジェットコースターの近くまで戻ってきたディアボロを、エイルズレトラが追う。その両手から、夥しい量のカードが滑り落ちた。カードは周囲のもの全てにまとわりつく。それはエイルズレトラすら例外ではないが、攻撃を見切る事に天賦の才を持つ彼は、自らの術から逃れ得た。縛り上げられたディアボロに、小柄なヒリュウが飛び掛かる。既に弱っていた事もあり、呆気なく倒れた。
束縛から抜け出したディアボロを、駆け付けた縁の槍が貫く。悪鬼を追い払う力が込められたという槍の攻撃に、ディアボロがよろめく。体勢を立て直す前に、イーファが魔を滅する聖弓を構え、射抜いた。放たれた矢が、ディアボロの動きを邪魔する。弱りながらも剣を掲げるディアボロだったが、縁が槍で絡め取る。ろくに動けぬまま、トランプ兵とヒリュウの連携に果てた。
真里が少女を避難誘導している間に、華澄はヴァニタスの下へと駆けた。メリーゴーランドの馬に跳び乗ったヴァニタスの赤い槍と、のとうの剣がぶつかり合った瞬間、華澄の太刀が伸びる。
「誰か殺さなきゃなんて言ってたけど、お相手していい?」
ヴァニタスは回避を優先したが、僅かに太刀の先が肉を裂いた感触があった。
「本当にあなた、戦いたいの? 戦闘なんてしないで好きな事やってみたいように見えてね」
「……へぇ? 望みは何かって?」
「察しがいいのね」
「残念。君等が俺の為になる事と言えば、自殺くらいだ」
凶悪な笑み。槍と太刀で、鍔迫り合いのようにぶつかり合う。ヴァニタスは幾らかダメージを受けている筈だが、それでも華澄は押されていた。
しかし、これは一対一での戦いではない。のとうが剣を構えて突進した。ヴァニタスは一度、二人から距離を取る。槍を構え直し、迫る二人を迎撃しようとしたヴァニタスが、真下の血色の図形楽譜を見て、後ろへ跳んだ。だかその回避よりも、死霊の手の方が早かった。華澄の太刀が振り下ろされる。アウルの力を乗せた渾身の一撃は、ヴァニタスの身体に大きな傷を与えた。手早く束縛から逃れたヴァニタスだったが、移動の自由は再度奪われた。のとうの痛烈な一撃が、ヴァニタスを吹き飛ばす。淳紅の歌を聴きながら立ち上がり、のとうの剣を受け流した。まだ、終わらない。
攻撃したり逃げたりしながら、コーヒーカップでの混戦。
縁が迫ってきた剣を躱しながら、石突きで殴る。救助が終わり駆け付けた侑が、瑠璃色のアウルを纏う扇子を投擲する。ディアボロはそれを躱しながら、縁へ攻撃する。剣が振り下ろされるより早く後ろへ跳び、剣が振り下ろされた瞬間、強力な刺突を放つ。躱そうとするディアボロの足を、扇子が切り裂いた。弱ったディアボロに、イーファが止めの一撃。太陽の如き輝きを放つ弓から放たれた矢は、同様に光を纏っていた。
コーヒーカップの陰から現れたディアボロに、侑の生み出した蛇が、牙を剥く。幻影を斬り殺そうとディアボロが無駄に剣を振るい、その隙に突破が大剣で攻撃する。大剣での攻撃は直撃。毒蛇の幻影が、ディアボロを毒に侵した。追いうちをかけるように飛来する、瑠璃色の扇と、千尋の白黒の矢。騎士が千尋を狙い剣を掲げ、千尋もまた魔法の矢を放つ。剣が、炎を纏う矢によって弾き飛ばされた。剣が地面に突き刺さるのと、本体が絶命するのはほぼ同時だった。
散り散りになったディアボロは、観覧車の下まで来ていた。縁が剣戟を、槍で受け流す。その隙を狙い、侑が騎士へと扇を投擲した。扇はディアボロを掠め、手元に戻る。イーファが侑に近付くディアボロに矢を放ち、移動を妨げる。その隙に追いついた突破が、大剣を振るう。アウルを一点集中し、衝撃を貫通させた一撃で、直線上にいた二体が、共に体勢を崩す。二体のディアボロへ、侑の扇と縁の槍がほぼ同時に攻撃した。槍に貫かれた方は絶命し、扇によろめいた方は、侑を排除しようと駆ける。しかし接近は叶わず、雷に打たれ、騎士が倒れた。少女を避難させてから戦場に戻った、真里の攻撃だった。次いで、縁に剣を向けるディアボロにも同様に攻撃し、足を奪う。移動出来ない二体を、突破が斬り付けた。突破に近かったディアボロが剣を振り下ろすが、大剣により押し戻される。イーファの放った矢が、剣を持つ腕を射抜く。その勢いで仰向けに倒れ、動かなくなった。
移動出来なくなったディアボロに、侑が扇を投擲する。回避能力の殆どを奪われたディアボロに直撃し、手元に戻ってきた扇を受け止める。再度投擲しようとするが、不要だと動きを止めた。縁の槍と突破の剣が突き刺さる。最後の一体を屠った。
まだヴァニタスは槍を構えていた。しかし、この状況から勝てるかと言われれば不可能だろう。淳紅が話しかけた。
「さて、さて。貴方を見逃すわけにもいかないのが撃退士というものですが、なるべくなら殺したくないという心もあるのが人というものでして」
続けて、華澄が問う。
「あなたの主の居場所を教えてくれない?」
「裏切れって?」
「流石に倒しに行こうとは言わないわ。私たちがやる」
華澄が手を差し出した。
「ただでは帰れないのでしょ。主に一泡吹かせてみない?」
無言のヴァニタスに、淳紅が後押しする。
「どうです。新しい遊びにのってみません?」
暫くの無言の後。
「やなこった」
交渉決裂。アウルの力を足に纏わせ、神速でのとうがヴァニタスに迫る。
「あーあ。そっくりさんが取られちゃったから、せめて本物には会いたいのに」
振り下ろされた大剣と共に、のとうが答えた。
「お前を帰す事は、出来ないんだ」
「なぁ、名前教えろよ」
千尋の声に、緩慢に視線を向ける。
「あんな適当なのじゃなくてさ。戦った相手くらい、覚えておきたいだろ」
「……やだよ。大事なものは大事な人にしか教えないんだ」
そう言って、ヴァニタスは事切れた。
●
少女が何故、助命よりもヴァニタスの討伐を優先したかは、予め真里が皆に伝えていた。ヴァニタスを倒した、と伝えると、少女は満面の笑みを浮かべた。
「有難う御座います。……私の事も、助けてくれて、本当に有難う御座います」
そう、あのヴァニタスに殺される無辜の民はもう居ない。少女は無傷、撃退士も誰一人として欠けていない。
けれど、一つだけ。ヴァニタスが最期まで語らなかった悪魔。だが、間違っても人間に対して穏便だとは思えない。悪魔についての調査に力が入る事が決定した。
●
ヴァニタスの死体を回収する為に派遣された者達が、遠くからその姿を目撃した。
「……駄犬。死んでいいとは言ってないわ」
死体の腕を掴み、引き摺って行く女。慌てて駆けるが、ある可能性に気付き、皆立ち止まる。悪魔が回収しに来たのではないか。
女はそのまま消えて行った。