●釣堀前
「うーん、大量だねぇ」
客が全くいない釣堀で、ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)が泳ぐ魚を救い上げていた。
それも、釣竿ではなくタモを使っての乱獲だ。こんなことをやれば、確実に管理者から雷が落ちるだろう。もちろん、今回はきちんと許可を取っての行動であるが。
「すいませんね、家の魚の保護してもらっちゃって」
「気にしなくてもいいよ。ボクも良く釣りはするし……魚も大事な商売道具だもんねぇ♪」
ジェラルドは、室内から見守っている釣堀の管理人と話ながら作業を続けた。なお、何を良く釣るのかは気にしないほうがいい。
今作戦では、討伐すべき敵をこの釣堀に誘導して倒すことにしている。つまりここを主戦場にするつもりなわけで、せめて少しでも被害を減らそうとこうして魚を安全な場所に移しているのだ。
「一般人の避難は終わったよ。念のためこの辺り一帯から避難してもらったから、最悪の事態は避けられるはずだね」
作業を続けていたジェラルドに、狩野 峰雪(
ja0345)ゆっくりと近づいてきた。
狩野はこの釣堀で戦いを行う為に、周囲の人払いをしてきたのだ。天魔が暴れているにも関わらず人がいるのも不思議な話だが、今回の敵は遠目には水溜りにしか見えないような相手。一般人が気づかずに接近、なんてことも十分に考えられるのだ。
「オッケー。……それで、どんな感じ?」
「いるね。手は出していないけど」
「ボクも同じだね。よーく見ると、魚に張り付いてるのが何匹か」
二人は言葉少なくも状況を確認しあう。この周囲には、今回のターゲットである増殖スライムが確かにいるのだと。
「それじゃ、後は……」
「他の連絡待ち、だね」
●公園
「はい、それではこちらが合図したらお願いします」
雫(
ja1894)が、とある公園の噴水の前で電話していた。相手はこの噴水の管理事務所。機械操作で水抜きできるとのことなので、今回事情を説明して許可を貰ったのだ。
「周囲にスライム、何匹か確認できました。でも本体かはわかりません」
「公園一帯の立ち入り禁止、完了だ。これで万が一スライム共が暴れだしても被害は出ないだろう」
山里赤薔薇(
jb4090)、ファーフナー(
jb7826)の二人がスライムを刺激しないようにゆっくりと歩いてきた。
赤薔薇は周囲の警戒と潜んでいるスライムの発見、ファーフナーは一般人の非難を行ったのだった。
「それでは、後は噴水の水を抜くだけですね」
「でも――」
「まずは噴水の中のを何とかしないと危険だな」
安全確認は済ませて、後は作戦を遂行するだけ。そう言いたいところなのだが、一つ問題があった。
居座っているのだ。分裂スライムが数匹、噴水の中に。何をしているのかはわからないが、水の流れに任せてプカプカと。
この状態で水を抜けば、スライムが暴れるかもしれない。一般人ならともかく撃退士である彼らからすれば分裂スライムの数匹くらいなんてことない相手なのだが、万が一にも本体が混じっていて戦力が整っていない今の状況で戦って逃げられたらと思うと迂闊なことはできないのだった。
「仕方がない。これを使うか」
そう言って、ファーフナーは持ち込んだとあるものを取り出した。
それは、安物のラジコンだ。もちろん暇つぶしの道具ではなく、得物が生物であるかも見極められないスライムを誘導するために用意したものである。
「じゃあ、私も――来て、ケセラン」
続けて赤薔薇は、白いふかふかした毛並みの召喚獣を呼び出した。特に吼えるわけでも闘志を見せるわけでもなくふわふわ浮いているだけであるが、今回はその性質がとても有効なのだ。
「うまく誘導されてくれればいいんですが……」
事前に情報は仕入れてきたとは言え、本当にこれで食いつくのか少々不安に感じる雫が呟いた。
雫は誘導成功と共に水を抜いてくれと今も繋がっている電話で頼む役である為、少し離れた場所で観察している。そのせいで、いろいろ考えてしまうのだろう。
もっとも、そんなに深く考える価値など、このスライムにはなかったようだが。
「……分かりやすいくらいに釣られたな」
「ケセラン。離れすぎないようにして」
スライムは近くで動くラジコンと召喚獣に引かれ、もぞもぞと噴水から這い出てきた。どうやら本当に知性というべきものは持ち合わせていないらしい。
「――今です、水抜きお願いします」
●プール
「流石にこんな大きなプール、水を抜くのには時間がかかりそうだね」
「こればっかりは仕方ないな」
プールでの水抜きを担当するエカテリーナ・コドロワ(
jc0366)と向坂 玲治(
ja6214)は、二人で並んで少しずつ水が抜けていくプールを眺めていた。
既に二人はプールの管理者の許可を得て、それぞれが持参したラジコンを使っての誘導を行い、水抜きを開始していたのだ。
それでも大きさが大きさなだけあって、中々プールは空にならない。
いつ襲われても対処できるように構えるも、側にいるのは囮のラジコンと追いかけっこをしているスライムばかり。
正直退屈だ――と二人が内心で愚痴ったとき、連絡用の電話が鳴るのだった。
「どうした? ん、そうか……わかった」
「なんだって?」
「公園班からの連絡だ。噴水の水抜きが終わったらしい」
「そうかい。それじゃ、こっちが終わり次第本格的に作戦開始だね」
玲治が電話を受け、公園の仲間の状況を把握した。どうやらうまく行っているらしい。
それを聞いて、こっちももう終わるとエカテリーナは手にしたショットガンの感触を確かめる。
そのままヤル気十分でしばらく待ち、ついに待ち望んだときがやってくるのだった。
「……よし、水は抜けた。連絡するぞ」
「ああ。索敵も十分。いつでも狙えるよ」
プールの水抜きが終了し、玲治は今度は自分から電話をかけ、釣堀と公園に向かった仲間へ連絡を入れた。
それはすなわち、いよいよ撃退士と分裂スライムとの戦いが始まると言うことであった。
「それじゃあ、作戦通りに……」
「釣堀へ移動しつつ、集団を作ってない奴からだな」
三箇所のうち二箇所の水はもう使えない。となれば、分裂する為には残る一箇所、釣堀へ向かうしかない。
その誘導のための第一段階を成功させた彼らは、今度はスライムが分裂する気になるよう敵の数を減らす作業に移る。
ついうっかり本体を攻撃して逃がさないように、本体ではないと思われるはぐれ個体を狙っての攻撃しかできないが、だからこそその一撃一撃は必殺となるのだった。
「数ばかりはうようよと居やがるが……脆い!」
玲治の一撃で、道中で見つけたスライムは一撃で消滅する。本当に個の能力は低いのだ。
エカテリーナも順調にスライムを間引いていく。他の場所の撃退士達も同じようにスライムの間引きを行っているはずであるし、このペースならばいずれスライムたちは分裂の為に動きだすだろう。
そんなとき――
「ん? これは……」
「スライム共の動きが変わったね」
順調にスライムの数を減らしていったところ、突然周囲のスライム達――一匹の本体を見つけるのは困難だが、分裂体を適当に見つけるだけならちょっと注意すれば簡単に見つけられる――が一箇所を目指して移動を始めたのだ。
そう、撃退士達が用意した狩場である、釣堀に向かって。
「どうやら、第二段階も成功だね」
「となれば、急ぎますか」
玲治とエカテリーナはそこで一旦間引き作業を中断し、蠢くスライムたちを追い越して釣堀へと走るのだった。
●釣堀――スライムの群れ
「こんなにいたんだねー」
「正直、気持ち悪いです」
公園とプールに向かった撃退士達も釣堀に集結し、スライムたちもまた減らした数を補充すべく残された最後の水源に集結していた。
まさに、これから始まるのは撃退士とスライムとの最終決戦。なのだが――見渡す限りぐにょぐにょでぶにょぶにょしている光景は、些か以上に不気味で若干引いているのだった。
「この中から本体を見つけるのは一苦労だね」
「なに、増えればいいってもんじゃない事を教えてやればいいさ」
狩野は温和な笑みを浮かべ、本気で困っているようには全く見えないものの大変だと漏らす。同時に得物の銃を構える辺り、微塵も諦めるとかそんな感情とは無縁のようだが。
続けて玲治もまた、武器を構えてスライムの群れに突撃する構えを見せる。元々能力的に強い相手ではない。ならば、何を恐れる必要があるのか。
「これだけの数の中に紛れるか。身を隠すことにおいては天才的だが、殺しのプロである私から逃げられるものか!」
「辺りの確率の高い集団から狙いましょう」
エカテリーナが鋭い殺気と共に銃を構え、赤薔薇が圧縮したアウルによって炎の龍を生み出す。
彼女らの狙いはこのスライムたちの本体。そして、本体は分裂体に守られる性質があることがわかっている。
ならば――
「無尽に増殖出来るのにあえて守られる個体があると言う事は、その個体は弱点な筈です」
「……本体の足止めは任せろ。俺に考えがある」
「それじゃあボクは、こいつらを一箇所に纏めようかな。スライム釣りってのは、初めてだねぇ☆」
雫が凛々しく白銀の大剣を構え、ファーフナーが冷ややかなブルーの瞳を鋭く光らせ、ジェラルドがニコヤカに微笑みつつも死を振りまくような赤黒い闘気を放つ。
既に作戦は最終段階。これより始まるのは――数ばかり多い雑魚に対する、撃退士のフィーバータイムだ。
「行くよ!」
「はい!」
先陣を切ったのはエカテリーナと赤薔薇。
まずエカテリーナが手にするショットガンから凝縮されたアウルが発射され、集まっていたスライムの中でも一番数が多かったグループの中心で炸裂する。
更に赤薔薇の作り出した炎の龍が「フッ」っとかけられた息に乗って飛んで行き、青一色であったスライム絨毯を赤く染めたのだった。
「……攻撃範囲にいたのは全て消滅した。だが、変化はない。ハズレか」
「次は俺が行くぜ!」
「僕もやるとしようかな」
二番目に大きい集団が、玲治が作り上げた影の刃によって切り刻まれる。更に取りこぼしに向かって狩野の猛射撃が飛び、二番目の集団も瞬く間に消滅していった。
「これもハズレみたいだね。でも――」
「スライムがざわつき始めましたね。……ここは私が」
流石に仲間が一気に減ったことを感じ取ったのか、スライムにざわめきが走った。
しかし今までの観察結果から言って、このスライムにそんな知性があるとは思えない。ならば答えは一つ。きっとこの中に、自分の危機を感じとれる特殊な個体が、本体がいるのだ。
それを確信した雫は、一人スライムの群れに突撃し、一匹を斬り捨てる。
この数の中から一匹減らしても大した違いはないが、彼女の目的は敵の撃破ではなく、その真っ直ぐな剣閃によって自分の存在を周囲にアピールし、引き付けることなのだ。
「ボクも手伝おうかな」
更にダメ押しと、ジェラルドもまた派手な動きで適当なスライムに蹴りを入れる。
スライムにそのかっこよさを理解するだけの知能があるかは定かではないが、一つだけ確かなことがある。
それは、スライムたちの活動範囲に動くものが入ったということだ。
「簡単に釣れるねぇ」
「――今です」
攻撃対象を雫とジェラルドに選んだスライム集団は、一斉に水辺から這い出て二人を追い始めた。
しかしそれこそが二人の狙い。わざわざ目立つように近づいて見せたのだから、そうでなければ困る。
二人の動きにつられるようにスライムたちは誘導されていき、ついに大きな一塊にされてしまうのだった。
「もう準備はできてるよ!」
「はい!」
その塊に、再び撃退士達の範囲攻撃が炸裂する。元々の能力値が低いスライムたちは集団であっても見る見るうちに数を減らしていった。
そして――
「――ム、どうやら当たりが見えたようだな」
一人遠目から観察していたファーフナーは、その攻防の中で一匹だけ違う動きを見せたスライムに目をつけた。
僅かな違いであるが、よく見るとその個体は攻撃を避けようとしている。そして、周りのスライムもその個体を守ろうと盾になっているように見えるのだ。
となれば、間違いなくあの個体こそがこのスライムの群れの本体。そう確信したファーフナーは、背中の翼を出現させて飛翔、本体の頭上をとった。
「飲み込め、バサラン」
そのままファーフナーは召喚を行い、先ほど赤薔薇が呼び出したふわふわを巨大化させたような召喚獣を呼び出した。
召喚獣バサランは出現と同時にファーフナーの命に従い、行動を起こす。自らの能力によって、本体を丸々飲み込んでしまったのだ。
「本体確保だ」
「それでは、今のうちに」
「本体の盾を破壊するか!」
バサランが飲み込んだのは、間違いなく本体。それを確保した以上、もう一切の遠慮も手加減もいらない。
撃退士達はそれぞれが持つ広範囲殲滅を一斉に繰り出し、この場に集まっていたスライムを、本体の盾を一気に焼き払う。
それが終わったころ、元々ベトベトなのに更にベッタベタになった本体が口から吐き出された。身を守る兵士を全て失った、裸の王様として。
「逃げても無駄だ。たとえ便所に隠れていても息の根を止めてやる!」
「もう逃すことはない。しっかりと捉えさせてもらったよ」
せめてもの抵抗として、本体は逃げようとする。しかし、吐き出された一瞬で撃退士一同のマーキング系スキルを受け、完全に丸裸にされている状態なのだ。
もはや逃亡には何の意味もない。そして、そもそも逃亡できるはずもない。
本体とは言えど、その能力は分裂体に紛れ込むためなのか、先ほど大量に消滅した分裂体と同じなのだから――。
●戦後処理
「それじゃ、魚戻すねー」
戦いが終わり、この町に潜伏していたスライムは全て消滅した。念のために町を見て回ったが、まだ釣堀に到着していなかったはずの個体まで綺麗に消えていたのだ。これはもう完全勝利だろう。
後やるべき事は、作戦のために水を抜いてしまった場所の復旧作業。ちゃんと許可をとっての行動とは言え、アフターケアも撃退士は万全なのである。
保護しておいた魚を皆で丁寧に戻している姿は、戦いの終わりを感じさせる何とも平和なものであった。