●待ち合わせ場所
「アラ、刻限を過ぎても約束の地に現れないとは、何かあったのかしらね?」
撃退士プロデュースの中二的デートプラン。そのターゲットである彼女が現れた。
黒を基調として纏め上げられたコーディネート。なんちゃって中二病でしかない依頼人では不可能な調和を持った服装である。まあ常人があまり近寄りたくないアレなオーラであることは間違いないのだが、とりあえず通報はされまい。左右の目の色が違うくらい、注意しないと気がつかないし。
そんな彼女は今、待ち合わせ時刻になっても現れない依頼人を一人待っていた。
待ち合わせに遅れるのは男として本来は失点なのだが、彼女に関してはそれに該当しない。むしろ予定とは違ったサプライズとか大好きなのである。
事実、依頼人はファーフナー(
jb7826)の提案により、すぐ近くに隠れているのだ。何者かから追われている風のインパクトのある登場をするために。
その依頼人が隠れる近くの物陰で、依頼を受けた撃退士と共に息を潜めているのである。
「いいですか、俺の言ったことを忘れないように心がけてくださいね」
「ミー達が天使のキューピットになってあげますにゃ。頑張るにゃ」
依頼人は今、緊張でガチガチになっている。それを解そうと念入りにデートの心得を伝授した浪風 悠人(
ja3452)と、一緒にいるところを見られたら愉快な勘違いが置きそうな女の子……にしか見えない男の子の猫人星野 木天蓼(
jc1828)が元気付ける。
それでようやく覚悟が決まったのか、依頼人は覚悟を決めて一歩を踏み出し、そしてスポーツ選手のように準備運動を始めるのだった。
「じゃ、あたし達は近くで見守ってるからね。べ、別に心配してるわけじゃないけどッ」
「いつでも困ったら連絡しなさい。番号はわかってるわね?」
何かしらから追われている演出の為に体を解す依頼人に、松永 聖(
ja4988)と蓮城 真緋呂(
jb6120)が最後に声をかける。テンパった時のフォロー体制も万全だ。
「い、行ってきます!」
こうして、依頼人はあたかも背後に何かいるんじゃねと見えるような演技をしつつ飛び出していった。聖プロデュースの黒のロングコート主体の服装は、運動にも向いていたらしい。
そのまま依頼人は彼女の手を取り、いよいよデートが始まったのであった。
が――
「どうやら、尾行はないようね。それで、これからどうするのかしら?」
「えっと、その……ごは……じゃなくて、栄養補給? それは何か違う……」
「何の呪術を行使しているのかしら?」
敵から逃れた設定になったらしい――当然撃退士チームが尾行しているが、趣味がアレなだけの一般人である彼女に感づかれはしない――二人は町を歩いていた。
でも、まず食事に誘うつもりなのだが、緊張からか依頼人はパニくっていた。出だしから不安である。
どうやら彼女が気に入りそうなセリフで食事に誘いたいらしいが、どうもから回っている。それを見た撃退士チームは、早速助け舟を出すのだった。
「おや? そこの少女、もしや君は闇の使い手かい? 実は僕も昔色々あってね……、良ければ二人共お茶でもどうかな? 」
濃蒼のロングコートを身に纏い、軽薄なナンパ男のようでそうでもない不思議なセリフと共に、青柳 翼(
ja4246)が姿を現した。
普通に考えて、せっかくのデートに他の男が割り込むことなど気分のいいことではない。だが、実のところ翼も依頼人とは念入りに事前打ち合わせをしている仲だ。むしろ食事の流れに引き込んでくれたことに感謝すらしている。
彼女がどう思うかはある種賭けだったが、どうやらあまり気にしていないらしい。二人きりではなくなるのに気にしないのはいろいろ問題かもしれないが、どうやら闇の使い手に興味があるようだ。思いっきり知り合いオーラを出している依頼人を見て安心してくれたようだし。
「君も感じてると思うけど、あまりその『力』は他人に理解されないんだ。でも、押し付けてはいけないよ? あくまでも〜」
こうして、翼を交えた三人で近くの喫茶店に食事を始めた。会話は翼主導であるが、どうやら盛り上がっているようだ。
しかし、いつまでも翼主導では些か問題だ。ここらで依頼人を主役にすべく、店の中で待機していた真緋呂がゆっくりと彼女の後ろの席に座った。
「貴女……何故“アレ”と一緒にいる。その男は危険……力が制御出来ていない」
「え?」
「振り向くな」
急に背後から声をかけ、自分のほうを見られないように髪を使って彼女の頭を固定する。
いきなりの事態に、彼女は普通にビックリしている。怯えているといっても過言ではない。あくまでも彼女は趣味があれなだけの一般人なのだから、突然ガチな人が現れれば怯えて当然だ。
「あ、あの……」
「……消えろ。彼女に触れるな」
そこで、依頼人が当初の打ち合わせとは少し違うものの動いた。何か凄い力を持ってる風の演出をされた為、何か凄い人風の態度をとってみたのである。もちろんこれも撃退士の演技指導だ。
ちょっと頼りになるかつミステリアスな男の演出である。ネタ晴らしした後殴られるかもしれないが、少しは彼女を落ちつかせることには成功したらしい。
「そ。でも、忠告は忘れないことね」
そもそも怯えさせることが目的では無い為に、真緋呂は早々に切り上げて席を立った。
それに合わせて翼も伝票を取って立ち上がるのだった。
「何かあれば、君の相棒に相談すると良いよ。僕の見た限り彼にも『素養』がある様だね。『力』の理解者は貴重だから大事にするんだよ? 思わぬ所で『後輩達』に会えて楽しかった。これで失礼しよう」
そのまま翼も姿を消し、本人もよくわからない設定を持った男となった依頼人と、冷静になったのか何かを聞きたそうに目をキラキラさせる彼女が残された。
突っ込まれるとボロがでるので、速やかに移動しようと「……あっちだ」と口数少なく誘導する。
彼女は、基本的に意味ありげな仕草とかが好きなのだ。実際には何の意味もないただの誤魔化しなのだが、その場のノリがよければそれでいいのである。
「それで、どこに連れて行ってくれるのかしら?」
(……えっと、ここは彼女の好みそうなものがる場所に行けばいいんだったよね。……よし、確か前に英語のタイトルのアニメの設定集について語ってたし、本屋に行こう)
依頼人は事前アドバイスに従い、次のデート先を本屋――と言うかアニメグッズ専門のお店――にしたようだ。その辺の調査は万全である。
「デート先があそこでいいのかにゃ?」
「いいんじゃない? 本人が楽しいなら」
それを尾行する撃退士達からは「男女のデート先に選ぶにはあれ」な場所でいいのかちょっと心配のようだが、少なくとも彼女は週に三度足を足を運ぶ聖地である。よほどのことがない限りは楽しんでもらえるだろう。
「……ブツブツ……」
「彼女は何を言っているんだ?」
「何かの設定集をみているようです。暗記でもしているんでしょうか?」
「それよりも、彼女が本に夢中になってるせいで彼が困ってるにゃ。SOS出すにゃ」
どうやら楽しんでもらえているようだが、しかし楽しすぎて彼女は自分の世界に入ってしまったらしい。
こりゃいかんと、個人の妄想から引き戻そうとスマホを使って依頼人に連絡を取る。その際には当然「すまない……“ヤツ”が呼んでいる。暫し刻を」とよくわからないが何か意味ありげなセリフを放つことも忘れない。
「ど、どうしましょう? 予想以上に嵌っちゃってるんですけど」
「とりあえず落ち着いて。俺のアドバイス、忘れてないよね?」
「え、ええ。話を遮らない、否定しないですよね」
「そうだね。まず彼女の話を否定しないで、むしろ乗っていくくらいでいいんじゃない?」
「彼女が好きらしい作品で攻めてみるのもいいんじゃない? ほら、これとか彼女が食い入るように見てるのと同じシリーズでしょ?」
悠人や翼、聖からのアドバイス。要約すると、とにかく彼女の趣味に合わせて盛り上がれである。
事前に彼女の為に本気になれるかの確認はとってあるのだから、後はとにかく押して押しておしまくるのだ。
「わ、わかりました。がんばります!」
そんなこんなで、聞いてるほうが洗脳されかねない、まさに彼女のような趣向の持ち主が大好きな作品の細かすぎる設定を語り合うのを眺めること数時間。すっかり見たこともないアニメシリーズのキャラクターの隠された秘密まで眺めていた撃退士達まで詳しくなったころ、ようやく二人は移動を始めた。
どうやら依頼人も彼女お勧めのシリーズにすっかり興味を持ってしまったらしく、DVD全巻セットを購入していた。布教が成功した為、彼女も笑顔だ。
「それじゃ、これからどうするの?」
「そうだねー。映画とかどう?」
「いいわね。それじゃ、行きましょうか」
どうやらすっかり打ち解けたらしく、お互いの素が出てきた。会話からも意味不明な形容詞などが抜けてきて、ようやくデートらしい雰囲気になってきたようである。
「大分雰囲気よくなってきたにゃ。キューピットとしては鼻が高いにゃ」
「やっぱり共通の趣味は偉大ね」
木天蓼や真緋呂がそんなコメントをするように、最初の頃よりも大分お互いの距離が近くなったようだ。
ではここらで更に仲を深めるための映画鑑賞であるが……一応、撃退士チームからはあえて単純な勧善懲悪ものを進めてあった。
彼女の感想次第だが、わかりやすい内容のほうが意見もわかりやすいと言う狙いであった。
●人気のない河原
「彼らも頑張ってたけどね。でも、最後に陳腐な説得に負けるのはいただけないわ。道徳やモラルなんかであっさり主張を曲げるようなら最初から行動しなければいいのに」
「そうだね。悪には正義以上にゆるぎない信念が必要なのかもしれないよ」
映画を見終わった後、二人は上映された映画について歩きながら話していた。さりげなく移動する方角を誘導しているのだが、どうやら気づかれてはいないらしい。
映画の内容は、復讐心に燃える犯罪者が次々に悪事を犯すも、最後に「死者はそんなことを望んでいない」と正義の主人公に説得されるというものだったのだ。
そんな映画の悪役にダメ出ししながらも楽しそうに歩く彼女。何かこのまま告白したらうまく行きそうな雰囲気であるが、どうせならもう一押し欲しい。
告白って奴には、サプライズがつき物なのである。
「それで――え? きゃああぁぁぁぁ!」
「な、何奴じゃ!」
打ち合わせ通りに、覆面を被った聖が彼女を捕獲した。依頼人には事前に伝えてあったはずなのだが、緊張したのか忘れてたのか、驚いて口調がおかしなことになっている。
まあそれは気にしないとして、聖は依頼人が動くのを待つ。更に周囲には他のメンバーたちまでもが顔を隠して集まり、怪しさ満載の集団として依頼人に立ちはだかるのだった。
「なに? なんなの!?」
「我々は――」
「ま、まさか議会? 漆黒議会がついに私を――」
「ぎ、ぎかい? えっと――」
「クッ! やはり私は運命からは逃れられないと――」
混乱しているのか、あるいはこれで正常なのかは不明ながらも彼女は取り乱していた。
このまま付き合うと何か不幸になる気がする撃退士達は、彼女を無視して話を進める。この演劇の終わりは、彼女が依頼人によって助け出される以外にはないのである。
「さて、どうする少年?」
「どうするだと……」
「くだらん問答はなしだ。真の姿……見せよ」
顔を隠した真緋呂が周囲に被害を出さないように設定した爆炎を巻き起こす。
これで、ここにいるのが尋常ならざる存在なのだと彼女にも伝わったはずだ。
「……偽った自分のままでやっていける? 息切れしない? 貴方が好きになって欲しいのはどの自分?」
同時に、彼にしか聞こえない擬似的な声を使って語りかける。このまま突き進んでいいのか、本当に覚悟はあるのかと。
それを聞いた依頼人は一瞬だけ迷いを見せるも、覚悟を決めた男の顔で頷いた。どんな答えを出したのかはわからないが、それでも彼は答えを出したらしい。
「彼女を助けたいか?」
「あ、当たり前だ!」
「ではその為に全てを捨てる覚悟があるかにゃ……こほん。あるのか?」
撃退士達は彼女を狙う悪の組織なのである。世界観を壊さないよう、演技は重要である。
「全てを、だと?」
「そうだ。運命はお前達を祝福などしはしない。それを変えたければ……覚悟を見せろ」
渋い声で、ファーフナーが依頼人へ問う。
これこそ中二病系列作品王道である「何かの為に全ての力を捨てる」展開のオマージュ演出である。そもそも彼に捨てるべき力なんてないのだが、まあそんな演出なのだ。
「……決まっている。僕に、彼女以上に大切なものなんてない! 僕と彼女は、結ばれる運命なんだっ!」
「おおー。はっきり言ったにゃ」
ちょっと楽しそうに茶々を入れる声もあれど、依頼人は胸を張ってその思いを叫んだ。
正直この全てが茶番であることは間違いないのだが、彼の思いだけは間違いなく本気である。それを聞いた彼女も、顔を真っ赤にしてあわあわしている。
しかし、告白とは返事を聞くまでが告白だ。このままあわあわされても困る。その為、聖は彼女に答えを求めるのだった。
「さて、どうするの?」
「え、ええと……」
「我々は貴女を連れに来た。しかし、この返答は我々にとっても重要なのだ」
「……どうして?」
「これ以上は機密だ」
困ったときは意味ありげに話を切る。それは今でも有用なようで、彼女は納得して考え込んでしまう。
五秒、十秒、もしくはそれ以上。依頼人の中では既に一年くらい経っていそうな緊張の時が流れる。そして、彼女はついにその形のいい口を開いたのだった。
「その……わ、私も好きです!」
依頼人の放つオーラが黄金に輝いた。もちろんただの比喩表現だが、安堵と歓喜の念がこちらにまで伝わってくるようである。
その返答を聞いた後、聖は彼女の拘束を解いた。そして、撃退士達はゆっくりとその場を離れようとする。
何故引くのか不思議そうな彼女だったが、撃退士達は声をそろえてその答えを返してやる。彼女が好みそうで、そして非常に恥ずかしい答えを。
「愛に勝る力はない……ということさ」