●
真紅のカーテンを背景に、彼――ファーフナー(
jb7826)を演じる役者のブルーの瞳が一際冴え冴えとした光を点していた。
――まずECUについて、気に入ってる点を教えて下さい。
『私はこの脚本を心底気に入ったんだ』
DVDの特典映像用インタビューを受けながら、舞台出身ならではの美しくはっきりとした英語で話し始める。
『すぐに出演オファーの返事をしたよ。この世界は登場人物全員が幾重にも複雑な人格を備え、単純に割り切れない何かを人生に抱え込んでいる。観客はそこに共感し、世界の一員となれるんだ』
彼はアメリカ・ブロードウェイから活躍の場を広げてきた俳優であり、演じることに貪欲な、いわゆる役者バカと呼ばれる部類の人間だった。
もともと日本では舞台や映画好きの間で実力派俳優として愛されていたが、ECUに興味を抱いて仕事を請けてからは、一般の知名度も飛躍的に向上している。
映画では声優が声をあて、この映像にも字幕がつくが、日本語も目下勉強中とのことだった。
――役作りはどのように?
『撃退士は戦闘のプロフェッショナルだ。だからまずは、フィジカル・トレーニングで体作りから始めたよ。撮影中も毎日欠かさず体を動かすようにしていた。もともと役者になる前はアスリートだったからね、体を鍛えることは好きなんだ』
彼はすらりとしたスーツ姿のまま構えて見せ、くすりと笑った。
『次に役柄の心情を理解し、表現するように心がけたのさ』
インタビューは続く。
――今後はどんな仕事に挑戦したいと思いますか?
『次は監督業をやってみたいと思っているんだ――……』
●
撮影を終え、彼が通訳を伴って外に出ると、「ファーフナーだ!」という声と共にフラッシュが点滅した。眩しく目を細めながら周りを見ると、仲間もまだ報道陣に捕まっているようだった。
さて、どうやって抜けるかなと思案していると、そんな彼に白金の髪の少女がそっと近付いた。どこか人形めいた映画の中のRobin redbreast(
jb2203)まさにそのものの表情――が、急ににこっと笑い、彼に明るく声をかける。
「ファーフナー、何しとんー?」
もし映画しか知らない人が見たら驚愕するだろう。
ECUが映画デビュー作の彼女は俳優としてよりおばかタレントとして知られており、そのギャップが話題となっていた。因みに、童顔だが二十一歳になる。
日本生まれ日本育ちのデンマーク人で、スカウトから読者モデルを始めて上京し、名が売れてからはこのキャラでTVに出演もしている。
幼少時は神戸に住んでいたのでバリバリの関西弁を話すが、外国語は一切話せない。
「Robin」
ファーフナーは笑って応じた。彼らは互いを役名で呼ぶことも珍しくないが、Robinの場合は本名からとられてついた役名だ。
わざと英語で答えると、彼女は「何ー? うーんとね、わからん。ちょーたのしい。あはは☆」と笑った。
「みんなで飲みに行くんやけど、こーへん?」
今度は通訳を介し『行きたいが、妻と娘が待っているから、今夜発つよ』と答え、ファーフナーは車に案内される。
そこで、ファーフナーが帰るのを邪魔されないように、なのだろう。ルチア・ミラーリア(
jc0579)を演じていたルナ・J・鹿屋が立ち止まって、礼儀正しく報道陣のインタビューに応じた。
「私の演じるルチアという女性は、天界の掲げる『正義』に疑問を持った天界軍の士官なんです。占領地の警備を名目に設立された『遊撃軍』に所属して、こっそり天界上層部を相手に暗躍して……たんです」
撮影関係者によれば、既に遊撃軍は天界によって解体されてしまったことが示唆されているらしい。
十八歳のルチアを演じているが、鹿屋は現在二十五歳。
ルナ・鹿屋の名で日米のファッション誌のモデルとして活躍しつつ、ドラマなど女優業でも一目置かれている。
海上保安官の父と米海軍士官の母を持つ日米ハーフで、先日も国内の米海軍のイベントに招待されたということだ。
自宅には父が以前乗務していたPLH型巡視船「すおう」と、母が以前乗務していたミサイル駆逐艦「ジョセフ・マクレーン」の模型があることは、ファンの間では有名である。
「役作りは……理想を諦めないタフな軍人の役と聞いて、母の友人にみっちり扱いてもらいました。台本を貰って読んでみたら、だいぶ予想と違いましたが」
困ったように苦笑する。軍人の役とだけ聞いていたので母に相談したら「海兵隊みたいなものかしら?」と言われ、友人の元隊員からトレーニングを受けていたらしい。
だがそんな風に一筋縄ではいかない色々なキャラクターがいて、本当に何でもありな所がこの作品の気に入っているところでもあるという。
今後どんな仕事に挑戦したいですかと問われ、ルチアの生真面目さで鹿屋は答える。
「刑事や捜査官、軍人といった堅い役が多いので、それ以外の役をしてみたいと考えています」
その後ろで、同じくモデル業に覚えのある若い男優が女性記者に囲まれていた。
彼の場合、兼業ではなく転身だ。努力家の実力派俳優として様々な役を演じ、その柔和なマスクから奥様方に人気だが、不知火藤忠(
jc2194)を演じてからはどの層にも「姫叔父」の愛称で親しまれている。
それと言うのも。
「あ、姫叔父ー! 『崖の上のローレライ』観たよ。藤忠格好良かったね!」
藤忠を兄のように慕う妹分、不知火あけび(
jc1857)役の彼女がオフでも姫叔父と呼ぶためだ。武者袴で小走りに駆け寄ってくる。
「チェックが早いな。あれは自信作なんだ」
彼の方も作品を離れてもあけびと呼び、本当の妹のように思っているため、定着してしまったということらしい。
監督からあけびそのものだと大抜擢され、ECUがデビュー作となった彼女は、兄貴分の藤忠との縁が深い。
役者としての経歴を重ね、最近では恋愛映画の主演を務めたその相手が何と彼だった為、「不知火兄妹分が恋人!?」と話題を浚ったのも記憶に新しかった。
今日も一緒なんですね、と恋愛映画についての話題が振られたが、今日はあくまでECUのプレミアだ。あけびらしくにこっと笑うと、
「これから不知火兄妹でTVの対談だから一緒に行くんですよ」
と愛想よくかわし、ファンにサービスをしにその場を離れる。あけびは子供に人気で、ポニーテールの女の子とサムライごっこをする男の子が近頃急増しているのだ。
「今頃、真緋呂もそこのスタジオで収録している頃じゃないかな」
と兄貴分も微笑み、子供達の歓声が上がる方へとあけびを追いかけていった。
●
スタジオではまさに、蓮城 真緋呂(
jb6120)の対談が始まるところだった。
映画とはまた違うテレビの世界。だが子役から活動し、すでに中堅ベテラン俳優の芸歴を持つ彼女に緊張はない。
登場の前に紹介のVTRが流れ始める。
――今宵のゲストは二十一歳の現役女子大生でもある実力派女優!
テロップと共に、事前に撮った映像が流れ始める。
「芸能界も十八年になりますね。それを言うと驚かれますけど……私、少し童顔なので未だに高一くらいに思われていて」
撮影の合間だったのだろう。真緋呂の衣装のまま苦笑する。
――そんな彼女は、芝居をしていく中で脚本に興味がわき、将来的に脚本家を目指して勉強中だとか。
「シリーズを通して脚本家目線の意見や助言も頂き、とても勉強になりました」
いつか、こんな大ヒット映画の脚本を書きたいです、と微笑む。
――シリーズ次回作にも出演予定、製作チームに愛された蓮城真緋呂の魅力と素顔に迫ります!
映像が終わると、番組のMCであるタレントが拍手で彼女を迎える。
役のトレードマークであるサイドテールの二本三つ編みやセーラーワンピ制服とは雰囲気の違う、ハーフアップにロングのサマードレス姿での登場だ。
MCにそれを指摘されると、少し照れながら答える。
「あの髪型……何度振返りで自分の顔を叩いたことか……。それに、普段はロングなもので、スカート丈が結構短くて恥ずかしかったですね」
しかし声は役そのものの素直な可愛らしい声だった。
「さて色々お聞きしていきましょう! 今回はどういう役なんですか?」
「故郷を冥魔に滅ぼされ復讐心を抱える少女……と、こういうジャンルでは王道キャラだと思います。関わりの中で変わっていく辺りも。だからこそ『違い』を出せるよう私なりに演技してみたつもりです」
「アクションの面では?」
「激しい中に『護る』立ち位置をはっきりさせた子です」
「魅力的だね。では、こういうところ苦労したなーなんてのはありますか?」
「食事シーンは苦労しました。私は本来小食なもので……CG処理出来ないかと役者失格な事を内心思ったり。食べ過ぎですよ、真緋呂!」
どっと笑いが巻き起こる。
途中共演した年上の男優からのコメントなどが流れて彼女を慌てさせる一幕もあったが、対談は始終和やかなムードで行われた。
「では最後に作品について一言!」
「各人物の心理描写が丁寧で、共感できるキャラを皆さん見つけられるのでは。お気に入りを見つけて下さいね……私とか」
ふふ、と悪戯っぽく笑い、手を振って収録は終了した。
●
それと同じビルの別スタジオに到着した不知火兄妹に用意されていたのは、MCなしのカフェのような舞台セットだった。
流れこそ打ち合わせしたが、思わぬ展開に「何なに?」と椅子に座ると、カンペが出た。
『ボードに書いてある質問を一つずつめくって答えて下さい』
それを読み上げ、妹分が「何だかすごくセルフサービスな番組ですね」と笑うと、姫叔父も「俺らには予算が使えないのかな」と答え、スタジオが盛り上がる。
実際のところは、兄妹二人で話すのが視聴者の望みなのだ。
『お二人の役どころについて』
そうだな、とまず兄貴分が答えた。
「今回は敵に操られてしまうんだ。最初はあけびの呼び掛けにも応えない……が、確かに声は届いている。藤忠の葛藤に注目して欲しい」
頷きながらあけびも答える。
「かなり重要なポジションだね。敵に操られた藤忠を助けるのは兄妹分の絆。あけびの選択に注目だよ!」
『役作りのこだわり』
「役作りかー。うーん、あけびは忍でありながら侍を目指してる子。彼女のお師匠様は天使、つまり敵。でもあけびの人の心はお師匠様と藤忠が持ってる。清も濁も内包してるけどただ只管真っ直ぐなんだって意識してる。あけび……明ける日だ、って」
「藤忠はあけびの兄貴分であり清に引き戻す存在。只管優しい男なんだ。甘さだ弱さだと言われてもそれこそが藤忠の強さだと思って演じている」
「藤忠には前作で美人な恋人が出来たね! 次回作ではあけびにも格好良い恋人が出来るらしいから楽しみ」
「最初二人が結ばれる構想もあったらしい。本家のあけびと名だけ不知火の藤忠、実は血は殆ど繋がっていない。実際藤忠の姉は本家筋…あけびの叔父に嫁いでるだろう? だが監督は『血の繋がりではない家族の絆』をテーマにしたかったと」
兄妹分として大人気になったからとも言っていたな、と藤忠が遠い目をすると、えーそれ聞いてないとあけびがカメラ越しに監督に訴えた。
『ECUの魅力とは』
「実はすごく複雑な所! 人間を餌としか思ってない天魔がいると思えば人間側に付く天魔もいて、あけびのお師匠様がまさにそれ。予想外な展開や個性的なキャラも好き」
あけびの答えに、藤忠も続ける。
「全員が主役という所。其々のドラマを丁寧に描写しているからどのキャラにも思い入れがある。不知火兄妹分のスピンオフの撮影は特に楽しかった」
『シリーズの好きな作品を教えて下さい』
「『その本の名は「あなた」』。登場人物の過去がとても興味深かった。あけびと師匠、藤忠の絆についても少し出ていたな。『君は僕が守るから』も藤忠らしさが出ていて好きだ。あけびは?」
「『納涼! 地下迷宮へご招待』。慌てふためく藤忠が見られる珍しい一作! いつも以上にあけびが振り回してたね。洞窟での撮影は怖かったなぁ」
『今後どんなことに挑戦したいですか?』
「この前姫叔父と共演した映画ではシャイな女の子を演じられて新鮮だったよ。もっと色んな役を演じてみたい」
「姫叔父とサムライガールで認知されてるからな。二人でバラエティにも出演してみたい 。俺も色々な役を演じたい」
「バラエティいいね。楽しそう!」
『では、ファンの皆様に、一言お願いします』
二人は一度顔を見合わせ、画面に向かって呼び掛ける。
「サムライガールと姫叔父はまだまだ頑張るよ! 応援よろしくねー!」
「これからのECUの展開にも注目だ。よろしく頼む」
また異世界の関わる映画に出演するという噂もあり、大いに期待が集まっている。番組の反響も大きいことだろう。ディレクターは満足げに、お疲れ様でした声を上げた。
●
数日後。
CM用の撮影のためにいつもの制服を着た真緋呂が、控え室へと急いでいた。というのも、来る途中で見かけたゴシップ週刊誌の表題にRobinの名が載っていたからだ。打ち上げで俳優陣やスタッフと飲み屋をハシゴする姿をキャッチされたらしい。
同い年の役者仲間を心配しながら扉を開けると、Robinとあけびがいつもの衣装で笑っていた。
「あー、真緋呂ちゃんそれ持っとう? 見せてー!」
えっ、と戸惑いながら見せると、Robinは気にした風もなく該当のページを眺めている。
「今ちょうどその話してたんだー」
とあけびが手招きし、三人で一緒に記事を読むと、そこには大勢で店に入っていく白黒の写真と共に、店の客の証言とされる文章で、中の様子が語られていた。
ほろ酔いで楽しそうに話してたやら、噂になっている俳優Xといい雰囲気だったやら、いかにもゴシップらしい記事だ。
「『次回作は未定で、次は電撃入籍か!?』かぁ。あかん、入籍せーへんとね」
心配しすぎたらしい。真緋呂は何だ、と胸を撫で下ろす。
「もしかしてテレビでもやってるかもね」
とあけびが控え室のテレビをつけると、ファーフナーの戦闘シーンの映像が流れ、他の俳優たちも顔を上げる。
すると画面が役者本人に切り替わり、アテレコされた声優の声が流れる。どうやら先日の特典映像の一部が宣伝用に情報番組での使用を許可されたらしい。
――今後はどんな仕事に挑戦したいと思いますか?
『次は監督業をやってみたいと思っているんだ。ECUでの経験は私にとって素晴らしい財産となった。この映画に出演できたことを、私は誇りに思う。また日本の皆と仕事をしたい』
インタビュアーの方を見ていたアイスブルーの瞳が画面に向き、語りかける。
「Thank you Japan、アリガトウ」
そして今回の映画のCMが流れだす。
俳優たちはそれぞれに満足した表情でそれを眺めていた。そしてまた、今後の仕事への決意を新たにする。
願わくばこのシリーズが完結した時、何年先もいい作品だったと語り合えるように――。