●出発
オカルト検証部は洞窟の出発点に明かりを灯し、自分たちも探索の準備をして参加者たちを見渡した。
安全ヘルメットの黒百合(
ja0422)が楽しげに照明や非常食など準備を整えている。
「きゃはァ、洞窟探検なんてドキドキわくわくものだわァ……さァ、何が出てくるのかしらねェ♪」
万一のために物質透過も準備済みだ。
その後ろを片目星型でカボチャパンツ姿のパンダが闊歩する。ユリア・スズノミヤ(
ja9826)だ。
「肝試し大好き☆でも折角だから最奥を目指そうかにゃ」
普通に探検してもつまんないし、何事も楽しんだもの勝ち☆というようだ。
グレン(
jc2277)もお化けと友達になりたいとはしゃいでいる。
「お化けはなんでもすり抜けられるって聞いたよ。って言うことは、きっと僕達天使の親戚だよね!」
お化けに会えるかなあと目を輝かせる。
「いざ、最奥を目指して……」
佐藤 としお(
ja2489)が伊達眼鏡をくいとあげ、洞窟の奥へと足を踏み出した。
「一番奥に辿り着き謎を解明してやるぜ!」
●地下牢への道
「地下迷宮……誰が作ったんだろうね? 天魔とかかな?」
洞窟を眺めながらRobin redbreast(
jb2203)が呟く。
「そうですね、天魔の仕業なんでしょうか?」
少し後をナイトヴィジョンをつけて歩く雫(
ja1894)が返事をする。
けれど、Robinが振り返ってももう横に誰もいない。
雫もいつの間にか一人で歩いていることに気付いた。
肝試しというより、雫にとってこれは最奥を目指す冒険だ。ランタンをつけ、早速GPSとは別に方眼紙でマッピングしながら進む。
洞窟は歪で人工物なのかどうか判然としない。
だが――他の生徒たちから少し遅れて、細い道を選択して歩くファーフナー(
jb7826)は考える。
自身が悪魔の血を引いており、オカルトより怖いのは人間だと思っているファーフナーは、これを質の悪い悪戯だろうと考察していた。それにしてもかなり大掛かりだ。複数犯の仕業だろうか?
肝試しで納涼という文化もよく理解はできないが、実際に体験してみなければと変に真面目に考え、ここに至る。
最も奥の部屋とやらに辿り着けるだろうか――。
あまり奥へ行けばGPSは届かなくなる。それでも奥を目指す生徒は少なくないようだった。
「こういう洞窟は懐かしいわね。住んでた山にもあったわ……ここまで広大ではないけど」
と思いながら迷宮を探索する華宵(
jc2265)もその一人だ。
肝試の恐怖はない。むしろ涼しさを楽しんでうきうきと迷宮を探検する。
が、その浮き立つ心が仇となったか。ふとスイッチに気付いて華宵は立ち止まった。余計なことをしないに越したことはない。
にも関わらず、
「怪しげなものって触ってみたくなるわよね……」
ポチッ
その瞬間、足元が崩れて華宵の姿は地の底に飲み込まれた。
「……?」
何か物音が聞こえた気がしてグレンは振り返る。
だが、何もいない。他の参加者はとっくに見えなくなってしまった。
グレンは気を取り直す。
「お化けを呼びながら探検だ! ゴーゴー!」
その元気な声は反響し合い、洞窟の中を巡り、次第に姿を変えて別の人の耳へと届く。
レティシア・シャンテヒルト(
jb6767)はスマホを構えたまま顔を上げた。
「おわかりいただけただろうか……まるで地獄から響く声である」
恐怖動画風にスマホでの撮影を続ける。
不思議なモノがいるなら縁を繋ぎたいという思いから参加した。充電器、ケミカルライト、八百屋の老婆が大根のおまけにくれたお札、方眼紙。準備はばっちりだ。最も、オカルトの世界で電化製品は信頼に足らないが。
実況はするが、内部は荒らさず動かさず、状態はなるべくあるがままに保ちたい。やがて祠に辿り着くと、献花する。
礼は欠かさない怪異を抜きにしてもこの場所が誰かにとって今なお思い出の残る場所かもしれないと、敬意を込めて。
レティシアの歩く後を蝋燭が揺れ、やがて静かに消えた。
そうして単身行くものもあれば、連れ立って行く者もある。
(迷宮探索ってお宝とか無いんだろうか?)
そんな風に考えながら浪風 悠人(
ja3452)が歩く。妻の浪風 威鈴(
ja8371)がそれに続いていた。
「GPSはここまでみたいだ」
悠人の声に威鈴が頷く。
「迷路……大きい……」
どう作ってるのかなと興味津々だ。狩猟して生きてきた事もあり、多少の不気味さは平気らしい。
サードアイを起動した悠人は、違和感に注意して目を凝らし、帰れるようにマップをつけつつ壁に武器で印をつける。
「これ……なんだろう……?」
時折、威鈴が見つけたものを見せる。それがお札のような不気味なものでも、恐怖はないようだ。
「あそこで休もうか」
やがて小部屋のように開けた空間を見つけ、悠人は指差した。壁一面に奇妙な模様が彫ってある。マップを整理する悠人の横で、威鈴は「こんな……部屋……初めて」と楽しげに注意深く見回した。
やがてふとほんの僅かだが色の違う壁を見つけ、じっと見つめる。
「あれ……見て……?」
悠人は頷き、お宝や人が手を加えた痕跡を探してそこを探る。するとずず……と音がして何と新しい道が開けた。
どんな道だろう? マップに新たなルートを書き加え、床を剣で叩いて探りながら進むと、すぐに罠があるのがわかった。無数の矢が天井から落ちてくる。威鈴はさっと体を捻ってそれをかわし、悠人は威鈴をかばいながら矢の雨が過ぎるのを待つ。
罠があるならこの奥に最果ての場所があるのだろうか?
悠人たちは足を踏み込んだ。
一方、楽しげに出発した黒百合は石筍のような障害物を槍で蹴散らしているところだった。目指すは最深部である。
酸素濃度を確かめながら歩く彼女に何かの気配が絶えず付き纏い、低く這い上がるような音も耳に響いている。それでこそ面白いというものだ。
だがやがて、黒百合は音に奇妙な鋭さが混じるのを感じた。
はっとした瞬間、天井が崩れ出す。
やはりあの音は亀裂の走る音。黒百合は奥へと突き進んだ。規模はあまり大きくない。最後に一際大きい岩が黒百合の行く手を閉ざすが、黒百合は勢いを殺さずにそのまま飛び込む。
瞬間、彼女の姿は岩に吸い込まれた。物質透過だ。
何とか広い場所に出て土を払う仕草をする。
その時、一息ついた彼女の前をさっと何かが通り過ぎた。
「?」
明らかに何かいる。じっと目を凝らし、次に何かが動いた瞬間ライトを当てた。
そこにいたのは――ラッコである。
いやラッコではない。鳳 静矢(
ja3856)だ。
静矢がラッコ姿で依頼に参加し、参加者を引っ掻き回している。パンダならユリアがいるが、さらにラッコまでいるとは。
黒百合に見つかるや否や、静矢、いやラッコは上着内臓の装置で「キュゥ!」と声をあげ、ただちに逃走していった。
そう、何も全員が洞窟探検や肝試しを楽しみに来ているわけではないのだ。
せっせと隠し扉をさらに隠したり、偽の扉を作る逢見仙也(
jc1616)もまたそんな参加者の一人である。
もちろんルートはきちんとマッピングしている。――もっとも、罠満載のルートの、だが。
「さてさて、滅茶苦茶に遊びましょうか」
騒がしい声が聞こえて、ターゲットの到着に仙也は姿を隠した。
「撃退士向けのアトラクションだろ? だったら暴れても構わんよな」
笑いながら洞窟を突き進んでいくのはミハイル・エッカート(
jb0544)だ。
そしてそれに翻弄されながら不知火あけび(
jc1857)と不知火藤忠(
jc2194)がその後を追う。
罠をあえて踏み抜く漢道。ロープがあれば引っ張り、迫る壁は掌底で押し戻し、障害物は粉砕。
「全力で遊ぶモードに入ってる!」
と、危険フラグを踏みまくるミハイルに慌てながら、あけびは作動した罠を壁走りで回避し、粉砕された流れ弾を斬撃する。
「何が漢道だ、死にたいのか!」
藤忠は怒号を上げる。
幽霊は怖くないが確り忍の訓練を受けたわけではなく、暗闇は不慣れである。しかし、そんなことを言ってはいられない。
あけびの方は伊達に忍生まれじゃなく、暗闇や幽霊は怖くない。突然飛び出されると驚いて咄嗟に攻撃するかもしれないが、怖くないものは怖くない。
そんなことを言っている間にもミハイルは仙也のトラバサミを踏み抜き、落とし穴にもしっかり落ちる。いい加減にしろと叫ぶ間もなく、ミハイルはすでに高所の横穴に鎖鎌で登っていくところだった。その先は行き止まりのようだったが。
「行き止まり? 壁を掘ればいいじゃないか」
道は俺が作る。阻むものは全て破壊だとメトロニウムシャベルを取り出した。
行き止まりを抜けると、そこはまるで地下牢のような部屋だった。
別のルート(もしくは正規のルート)があったのだろう。先客のグレンが鉄格子の中でずらりと並んだ拷問器具を見ている。
異様だが好奇心をくすぐる空間に、あけびは面白そうに鉄格子の中へ入った。
グレンは明るく挨拶した。
「これ何だろう?」
と、拷問器具に首を傾げるグレンの見る先をあけびも覗き込む。
「ちょっと使ってみる?」
グレンが見上げるとあけびが頷いた。
「使ってみよう!」
噂に誘われたわけではないが、あけびは興味津々に鈍器ともいえるその歪な鉄製の道具を持ち上げて、軽快に振り回した。
「おい!」
藤忠は慌ててあけびからそれを取り上げようとする。
しかし、
「おーい、こっちに祭壇があるぞ〜?」
いつの間にか先に進んでいたミハイルの声が聞こえ、あけびが拷問器具を持ったまま走っていってしまう。
「お前と拷問器具の組み合わせが怖……祭壇を壊すんじゃない!」
それを止める藤忠が息切れしているのは決して走っているせいではない。
きょとんとしたグレンに見送られ、あけびと藤忠が儀式の間に辿り着いた時には、ミハイルの姿はすでになかった。先まで探しに行くか……、と頭を抱える藤忠に、拷問器具を返してくるからと返し、あけびは半ば強引に先へ行かせた。
だが、引き返すわけではない。
先ほどから何かの気配を感じる。
足音を殺し、遁甲の術でそっと近付いたその先には――ラファル A ユーティライネン(
jb4620)。更に少し先には仙也がいた。
「かつて『らくだ』と呼ばれた俺様の腕の見せ所だぜー」
らくだとは古典落語の演目である。八割機械の体には無数のギミックが仕込まれ、コメディでは爆破オチ、肝試しでは脅し役が定番のラファルがその腕の見せ所を今か今かと待っていた。
あけびはしばらく様子を眺め、はっとする。
これは藤忠をみんなでからかう方向でいけるのでは……?
「ラル」
声をかけるとラファルはむしろ待っていたかのように親友を見た。藤忠をからかうという案にもちろんラファルは大賛成だ。
「じゃあ仙也君にも声かけてくるね」
楽しそうにしているあけびを見送り、ラファルはニヤリと笑う。
何故なら藤忠を脅かすのはまだ序の口、ラファルの本当のメインターゲットはあけびなのであった――。
●迷宮と人形の間
ぽっかりと開いた穴からゆっくりと顔を出す影がある。
「やれやれ」
地の底に飲み込まれたはずの華宵だった。
落とし穴に落とされた瞬間、とっさに蝶翅を広げ脱出したのである。
それにしても大した罠だ。隠し部屋とやらも本当にあるのかもしれない。尤も。
「壁壊せば出られるでしょ」
そんなことを考えていると、オカルト検証部の部員が青ざめながらこの道を進んで来ているのが見えた。
ふと華宵に悪戯心が芽生え、洞窟の壁に隠れて気配を殺す。
変化の術で彼に化け――そしてぽんと後ろから肩を叩いた。
振り返った部員が見たものは、自分。目が合うと、暗がりに沈んだ顔がにっこりと笑い……そして追いかける!
「ぎゃーっ」
彼は叫んで、元来た道を全力で引き返した。さっきもラッコのような得体の知れないものに横切られたし散々だ。
息が切れ、ようやく立ち止まる。
すると、今度は、正面の曲がり角から白いものが――。
「いやあああ」
もう動けないはずの足を必死に動かし、悲鳴とともに彼は逃げ去った。
「?」
曲がり角の向こうからパサランが現れ、その後ろからファーフナーが何だ? と首を傾げて歩いてくる。
さては枯れ尾花を幽霊と見たか。そのススキが自分だとは思いもせず、真面目に考察する。しかしこの場所の「異様な気配」も「背筋の凍りつくような不気味さ」も案外そんなものが正体なのかもしれない。
罠を警戒しつつ右回り。ペンで目印を書きながら、マッピングをして進んでいく。地下牢も祭壇も書き込み、日本人はこう言うものが好きなのだろうかと興味深げに、また真面目な顔で首を捻った。
迷宮はまだ続く。
神谷春樹(
jb7335)は迷宮にふさわしく、アリアドネの糸のように色つきのテグスを道標として伸ばしていた。神隠し防止と他の人も一番奥に行けるようにと事前に説明し、入口付近に結んできた。
出し切ったら新品と繋ぎ、続けていく。
時折スキルで視力を高めたり、罠を確かめながら奥へと踏み入った。
不気味な部屋の存在は聞いている。不可視の敵や怪談型天魔との戦闘経験で肝が太い自信はあるが、念の為仮面職人を使い、表情通りに演じることで平常心を保つ。
地下牢、そして噂どおり無数の人形の並ぶ人形部屋に辿り着くも、冷静にそれを観察する。
だが、それを越えるといよいよ平常心ではいられない事態が迫ってきた。
ずしんと音を立てて鍾乳石状の落石がある。崩落かと考えていると、やがてまた一つ。まるで一歩ずつ春樹に近付いてくるかのようだった。冷静に避けるが、次第に落石が激しくなってくる。本人は大丈夫だとしても、テグスが危ない。不意の事故で切れる可能性も考え、動きそうにない壁にマーキングしてきたが、十分以内に戻れるだろうか。
テグスの方を守ろうとして自身への衝撃を覚悟した時だった。遠くから狙撃があり、春樹の頭上で鍾乳石が細かく弾けた。
少し離れた先でとしおが銃を構えている。
「こっちは行き止まりだった。人形部屋へ戻る道がわかるか?」
どうやらここに誘い込まれる道は他にもあったらしく無数に枝分かれしており、下手に入れば現在位置を見失う。だが春樹には方向がわかる。テグスはまだ繋がっている。
「こっちです」
春樹が先に立って走り、としおが落石を打ち壊す。
「お互い協力すれば乗り越えられない壁はない!」
何とか安全なルートまで戻ったとしおは春樹と別れ、鍵でも罠でも何でもござれ、こんな時の為のインフィルトレイターのスキルだとばかりにまた別の道を突き進んでいった。
「はぁーっはっはっはーー!」
我が道を阻むモノ無し!
さて、その少し手前の人形部屋。
自分そっくりの人形を探すパンダが一人――。
パンダことユリアがユリもん人形を探して楽しげに部屋を探索していた。
並ぶ人形は綺麗なものも塗装や縫い目が劣化して不気味な様相を呈しているのもあり、全体にぞっとする雰囲気を醸しているが、おっとりしたユリアにはあまり気にならないようだ。
恐らく幽霊に会っても幽霊だと分からない。フレンドリーなユリアだから「ちわー、ユリもんでーす☆」と挨拶すらするかもしれない。
何百とも思える人形がそんなユリアを見つめている。
いや、見つめているのは人形たちだけではない。
飛鷹 蓮(
jb3429)が物陰から彼女を見守っている。
恋人のユリアの肝試しに行くという書き置きを見て自分も参加をしたのだが、敢えて彼女には何も知らせずに後を追っている。
肝試しよりも心配なのはパンダの安否だ。怪我などしなければいいがと、そっとここまで追ってきた。
それにしても……パンダ、目立つな。
薄暗い中、歪なパンダが闊歩しているのは意外と不気味だ。
(……パンダの中は可愛らしいユリアなんだが)
この人形部屋の中ではなおさらである。蓮は改めて部屋を見回した。一人、こんなところに潜んでいるのはまさに肝試しだ。
折角なので楽しもうと思いながらも
「心身の涼をとるのには適した場所だが……長居はしたくないな」
そんなことを考えていると、ユリアが躓くのが見えた。
「……!」
(一人でも立つんだ、ユリア)
母の心境である。
「……みゅ? 視線がするような」
ユリアは首を傾げつつ、パンダの人形を手に道を選んで進んでいった。
次にその部屋に現れたのはラファルだ。光学迷彩で姿を消して先回りしてきた。人形部屋で義体を晒し、人形のふりをして待機する。
そこへ藤忠と再び合流したあけびが現れる。藤忠はすでに色々と疲れた顔をしているが、お楽しみはこれからだ。
二人がラファルのところまできた瞬間、突然人形たちが動き出す。
「何だ!?」
ダンスやギミックを駆使し、人形たちにまさしく古典落語の「らくだ」を再現するようにかんかんのうを躍らせて脅かす。人形たちが乱舞する様はまるで悪夢のようだ。
流石に藤忠はぎょっとした様子であけびをかばおうとすると、今度は足元にひたひたと何かが迫ってくる。
赤黒い、血だ。地面からどんどん溢れてくる。それを避けようとして咄嗟に飛びずさると甲高い音が鳴り響いた。
ジリリリリリリ
「!? ……防犯ベル?」
よくよく聞けば踊りの曲も何かおかしい。某ホラー風PVで有名な曲である。第一があけびがそれほど怖がっていないのがおかしい。
「ラファル、仙也、お前らいい加減にしろ!」
藤忠が叫ぶと、大成功と言わんばかりに人形たちが乱舞した。ミハイルといい、どうしてこうも自由な連中が揃ってしまったのだろう?
仙也は一頻り楽しむと、イタコのノリで呼んだかつての亡霊とさらに混沌とした迷宮を作りますなどと言って、どこかへ去ってしまった。
ラファルが寄ってきて「どうだ楽しかっただろ」と言う。
「ツッコミが俺しかいない。もう帰っていいか?」
藤忠ががっくりと肩を落とした。
姫叔父の反応に満足したあけびは改めて人形部屋を見回した。
ここには何故か自分そっくりの人形があるのだという。
藤忠は一体の人形に目を留めた。美しい面立ちのほぼ人間大の人形である。服装からいって江戸時代の姫のようだが――赤い瞳で、その顔は藤忠そっくりだった。
「藤姫人形だ!」
あけびがはしゃいで可愛い可愛いと撫でる。
「俺は男だ」
さっさとこの部屋を出よう、と藤忠はげんなりとあけびとラファルに言う。
ラファルはもう少しここで遊ぶというので藤忠はあけびを連れて細い道へと入った。
部屋を出て振り返ると、藤姫人形がそれを見送るように立っていた。
姫叔父と同じ身長だったかなぁと思いながら少し歩いてまたあけびが振り返ると……また同じくらいの距離を開けて藤姫人形がいる。
流石に怖くなって藤忠に言う。
「ミハイルさん……いやラルかな? 何時運んだの?」
藤忠はまたか、というように眉をひそめた。
何度振り返ってもやはり、同じくらいの距離を開けて人形が彼らの後をついてくる。いや、その距離は縮まっているようだ。
最初はもうつっこむまいと無視を決め込もうとしたが、藤忠は辟易として人形に隠れているであろうラファルかミハイルか仙也を引きずり出そうと後ろに回った。
「悪ふざけはよせ」
だが。誰も、いない。
人形を見る。
ふと藤忠の耳にあけびではない女性の声が聞こえた。気のせいか。いや確かに……。
――一緒に遊びましょ?
「!!」
その瞬間、藤忠はあけびを連れ、一目散に逃走をはかった。
●奥深く
GPSがとうとう途切れた。
Robinは暗闇の中に一人、地図を持って立ち止まる。
罠の確認のため床を払うのに使っていた棒を手放し、後ろを振り返る。始めの方こそ人の気配があり、どこか遠くからも音が聞こえていたが、今は全くの無音だ。
印をつけながら来たので迷う不安はないが、GPSも使えず、行き止まりに当たる頻度も高くなってきた。少し歩くが、やはりまた、行き止まり。
なんだか効率が悪いな……。
Robinは息をついた。別の手段をとろうか。
その手段とは――ファイアーワークスで壁を壊す、である。
色とりどりの火花が洞窟内を明るく照らす。
Robinは洞窟を直線で破壊し新たな道を作り始めた。
「罠とか隠し部屋ごと粉砕しちゃえば早いんじゃないかな?」
道は後ろに出来る。とはいえRobinは決して短気なたちではない。
もしもその発見者とやらが何処かにいるなら、大きな音を出せば向こうから来るのではと考えてのことである。
次々に破壊音を上げていくと、何とRobinの思惑通り、Robinの前に立ちはだかる影があった。
「サーバントとかにされちゃったのかな? 成仏する?」
Robinは応戦する気満々に構えた。
仙也は何か物音が聞こえた気がして顔をあげた。
迷宮が作れそうだし、コレクションも増えて楽しそうだし、と適当にランタンにでも憑かせて持ち帰れないかなと亡霊を探しているところだった。
物音は少しずつこちらへ近付いてきている。これでは亡霊が出るものも出まい。
「お邪魔する気なら際限なく攻撃しますとも」
仙也が構えていると、まず見覚えのある姿――Robinが見え、次いで謎の人影が姿を現した。
あれが目標ですか。仙也が鉄鎖で攻撃し、それを避けたところをRobinに足元をすくわれ、謎の人物は地面に転がった。
果たしてこれが悪鬼と化した洞窟の発見者なのか――?
仙也が追い討ちをかけようとする。
「わっ、待ってくれ!」
謎の人物は慌てて両手を上げた。
明かりをかざすと、それはオカルト検証部の部長だった。
「すまない、僕も探索していたら裏道のようなものを発見してね。つい冗談を。やっぱりこの迷宮は肝試し目的で作られたものなのかもしれないな」
Robinはきょとんと緑の瞳をしばたかせた。
その頃、グレンは暗闇の中で途方にくれていた。
さっきから、同じところをぐるぐる回っているような……。
あれっ、これってもしかして迷子? そう思うと一気に心細さが忍び寄ってくる。
「こ、怖くなんかないもん!」
パサランを召喚してムギューっと抱きしめ、また歩き出す。
●最果ての場所
ここが最も奥の部屋なのだろうか。
ユリアが辿り着いたのは、何もない部屋だった。
そこからは他にどこにも道が繋がっていないようである。発見者の名前がどこかに刻まれているはずだが、一先ず名前を刻む。ユリもん、と。
「一番怖いもの、かぁ。……食べ物がこの世から消えること?」
なんてね。冗談冗談。
――心が消えちゃうこと、かにゃ。
白銀の睫を僅かに伏せ、一息ついた。
そんな彼女に少しずつ迫る影があった。
「……逃がさない」
小さな呟きと共に、ユリアに後ろから抱きつく。
「きゃーっ!?」
突然のことに驚いたユリアは、その影が蓮であることに気付かずに、一目散に逃げる。一人きり置いていかれた蓮はぽかんとしてから、慌ててユリアを追いかけた。
「一番怖いもの、ね」
一番怖いことはユリアがいなくなること。ならば都市伝説もあながち嘘ではないのかも。
蓮はすぐにユリアに追いつき、心配した恋人だとわかってもらうのだが、逃げ惑うユリアの姿に謎のパンダが地下迷宮を徘徊しているという噂が後に残ったとか残らないとか。
奇妙なことに、それと時を同じくしてレティシアも最深部と思われる場所に到達していた。
スマホを下ろし、谷とも呼べる大穴に囲まれた崖に立つ。
レティシアの恐ろしいもの――それは忘却。
指の間から砂の零れるような思いがして、スマホを再び構える。
撮影はネットに上げて、いつかここを知る者がこの場所を時々思い出してくれたらよいなぁと思うからだ。青い瞳で谷を一瞥し、レティシアは静かに引き返した。
ファーフナーが到達した場所は、ひどく寂しい場所だった。
彼は自分の心に問う。最も怖いものは何だろう。
――孤独。
今は、言える。憎いのではなく、怖いものだ、と。
薄暗いこの場所に一人きり。人が作ったものだと思う以上、肝試しの不気味さも、永遠に帰れないという不安もない。けれどファーフナーは踵を返し、足早のその場を立ち去った。
そしてまた一人、孤独を嫌う者が新たな部屋に辿り着く。
「ここが一番奥……?」
華宵が辿りついたのは何もない暗闇だった。目を凝らしても何も見えない。闇がひたひたと心にまで忍び寄る。
「また、俺一人になるのか……」
顔を伏せる。
「って、仲間がいっぱいいたじゃない。適当に戻れば会えるはずよっ」
暗闇が何ぼのものだ。華宵は顔を上げ、来た道をさっさと戻り始めた。
「威鈴……?」
その暗闇が続く場所に、悠人もまた到達していた。
怖いものは孤独、だけれど、妻の存在が支えとなっていたのに。さっきまで、そこにいたはずの威鈴がいない。
悠人は震えそうになる手をぎゅっと握り締めた。
今出来ることは妻の安全を祈ること、そして何より威鈴を探すことだ。
威鈴もまたそんな悠人を信じているかのように、地形把握で来た道を戻る。
必ず見つける。明かりではなく、その存在を頼りに悠人は闇に手を伸ばした。
「――威鈴!」
手の中に、確かな温もりがある。
気付くと悠人は威鈴を抱き寄せていた。
威鈴が僅かにはにかむ。
「悠……」
そろそろ帰ろう、と、二人は額をつき合わせて頷きあう。
その時。
道中のまた少し開けた場所で、立ちはだかる何かを二人は見た。
「……ラッコ?」
ラッコ、もとい静矢は白板をかざした。そこには「よく来たな」と書かれている。
まさかこっちが、最も奥の部屋?
進んでみるとそこには同じ格好をしたラッコの大群が――!
そう、ここは今だ知られざるラッコたちの秘密の巣だったのだ! そんな馬鹿な!
「貝を食べていくかい?」
白板でラッコが言う。悠人と威鈴は毛皮に圧迫され、もふもふ地獄陥れられた。
苦笑いの悠人に、威鈴がきょとりと首を傾げる。
「毛皮……狩る……?」
ラッコたちが一斉に離れて行ったのは言うまでもない。
そう、恐怖の形は人それぞれ、である。
雫がその時見ていたものは、鏡……の中に映る身長、体重、スリーサイズ、見た目が全く変わってない未来の自分の姿――!
「き、希望が潰えた……」
これほど残酷な仕打ちがあるだろうか。
雫は顔を上げ、鏡に映る未来の自分もろとも無差別に周囲を破壊し尽くした。全て無かった事にするために。その代償に崩れた壁に閉じ込められたが、今の悪夢に比べたらそれがなんだろう。
適当な方向に真っ直ぐ地上に通じる道を切り開く。
「道がないなら作ればいいんです」
そして一方、ミハイルはとんでもないものを見ていた。
仲間とはぐれたとはいえ、とうとう到達した最深部!
一体何があるのだろうと踏み入った彼を待っていたものとは。
「よせ、俺を見るな……」
とある依頼で追いかけられてから苦手になった、見た目が危険なゴリマッチョ系オカマ!
ミハイルは震えながら来た道を全力で引き返した。
だが、最深部に存在するはずの恐怖はそのままミハイルを追い、ワガママボディと分厚い唇が迫る――!
しかしその時ミハイルに一筋の光が見えた。はぐれた藤忠とあけびの姿を見つけたのだ。
藤忠の肩をタッチとばかりにぽんと叩く。
「じゃ、あとは任せた」
ターゲットが自分でさえなければよし。逃走を図る。
「!?」
藤忠は迫り来るオカマの姿に目を剥いた。
ミハイルの意図を瞬時に理解した藤忠は死なば諸共、ミハイルを追う。
「こっちに来るな!」
「うるさい!」
その先に仙也が待ってましたとばかりに仕掛けた罠は――まさかの床一面ピーマン。しかもピーマンが丸ごと入ったプリンまである。
転びでもしたら顔面に食らい、ミハイルの悪夢となることは必至。
悲鳴が響き渡る。
あけびは一人、彼らを見送った。
……というわけにもいかなかった。あけびそっくりの人形を持ったラファルがかんかんのうしつつあけびを全力で追ってきたのだから。
「ラル!? ラルなんでしょ!」
もちろんラファルは返事などしない。人形をガブフェイスで変形させ、追い掛け回す。
やがてあけびは藤忠に追いつき、カオスな一団はそのまま出口まで突っ走った。
●おしまい
「……お化け?」
暗闇の中を歩く少年の問いに、その手を引く人は少し考え、頷いた。
すり抜け合いしたい! とはしゃぐグレンに付き合いながら、どこかへ歩いていく。
グレンはふと、その「お化け」がどうしてこんな寂しい場所にいるのだろうと首を傾げた。
「もしかして、お化けも迷子なの?」
その人は答える代わりにただ微笑む。
「お化けのお話聞きたいな。帰り道も一緒に探してくれる……?」
黒百合が目に付いた不審物や危険物(恐らく、半分は今回発生したものだろう)を処理して出発点に戻ってくると、先に着いていた春樹が部長に最深部のことを話していた。
「雨のように虫が降ってきまして……」
苦笑いだ。
一番怖いもの。それは好きな人からの拒絶だったが、流石にそんな仕掛けはないらしい。
そこへ途中から春樹のテグスを辿ってきた華宵が帰り着いた安堵に良かったと声を上げた。
「私が見たのは真っ暗い場所だったわよ?」
貴方は、と言われてとしおは笑って誤魔化した。どうやら自分も別の場所に辿りついたらしいが、それは誰にも言えない秘密だ。――例えば、世界の終焉、のような。
参加者たちは楽しそうに、もしくは青い顔をしながら続々と戻ってきた。
物質透過でお化けよろしくあちこちすり抜けて、迷子を回収しに行ったレティシアが最後に戻ってくる。
部長は人数を数えた。出発と、同じ。やれやれどうやら都市伝説は検証されたようだ。
近くでグレンがお化けに道案内してもらった話をしていた。
「あの子、あなたのことお化けだと思ってますよ」
部員がくすっと笑ってレティシアに言うと、レティシアは首を傾げる。
「彼のことは案内していませんが……」
「……え?」
都市伝説に新たな一ページを書き加え、肝試しは幕を閉じた。