●校舎裏
「どいつもこいつもまるで話にならん! 世の中そんなにハッピーだってのか? 私と同じ人間はいないのか?」
件の生徒浦見ヒガミは、腹立たしげに声を上げて歩いていた。怪しい計画に協力者を得られていないらしい。
そんなヒガミにそっと人影が近付く。
「う、浦見さん、ですよね……?」
不憫オーラ全開で話しかける、シャツをインしたジーンズにチェックの上着とバンダナの青年――前時代的な如何にも冴えないオタクスタイルに身を包んでいるのは浪風 悠人(
ja3452)だ。
偽装とはいえちょっとダサいな、これは……と内心苦笑しつつ、わざと目を泳がせる。
「お、お噂はかねがね……今度は何をするんですか?」
ヒガミはやや警戒した風な態度を見せた。が、悠人の演技を見抜けなかったらしい。ホワイトデーの思い出作りに協力してやろうと思ってな、と答える。
悠人は心得ている、と言いたげに頷いた。
「今回は手伝いたいんですよ」
握手を求めて手を差し出す。
ヒガミはうさんくさそうに悠人と握手をした。だが、それは悠人の作戦だった。ばれないよう友達汁を発動する。
これによって悠人を同志と判断したらしい。ヒガミはにやりと笑う。
「ようこそ、えーと……?」
「浪風です」
そんな悠人とヒガミを、浪風 威鈴(
ja8371)が離れたところから見ている。
「僻み……? でも……迷惑……かけちゃだめだよね……」
何をするつもりなのかまだはっきりしないが、悪いことなら止めないとと小さく呟く。
悠人に犯人を取り押さえるまでは他人のふりを、と言われている威鈴は、あえてヒガミの前には姿を現さず、地形的に二人の死角になる場所を探し、隠れて二人を追跡する。
動き出した二人を見て、どこかへ向かうようだ、と判断し、スマートフォンを出した。他の仲間もヒガミと接触出来るよう、現在地とその行き先を連絡するために。
●どこかの家庭科室
威鈴から連絡を受けた仲間たちも接触を図り、ヒガミは結果的に数名の協力者を得ることとなった。
残念な格好の悠人とノブ(
jc1492)、瓶底眼鏡の雪室 チルル(
ja0220)、そしてそんなモテない風の人々とはもはや別次元、人形に向かってブツブツ話しかけている小宮 雅春(
jc2177)である。
なかなか上々じゃないかと標的は何も知らずに機嫌を良くしている。
だが最後にファーフナー(
jb7826)が現れると、ヒガミは「げっ」という顔をした。
それもそのはず、ファーフナーは以前ヒガミの企みを阻止したことがある。
(懲りずにまたあいつか……去年、懲らしめたので顔を覚えられているだろうな)
と思っていたが、やはりファーフナーの顔を忘れていないようだった。
「な、な、何で貴様がここにィ……!」
警戒して後ずさるヒガミをファーフナーは冷えたブルーの目で見つめた。今年は協力者を求めているとは。人嫌いといいながら、承認欲求からは逃れられないか。秀でた額を撫でる。「フラれたので憂さ晴らしがしたい」と言うと、ヒガミは目を丸くした。
「去年は悪いことをした、お前は正しかった」
駄目押しにそう告げると、琴線に響いたのだろう。ファーフナーの参戦にまだまごついてはいたが、言葉は信じたらしい。
「そ、そうか、わかればいい! 落ち込むな、お前のような男の魅力は女にはわからん」
失礼なことを言って笑う。
その間に威鈴はヒガミの死角からそっと潜入する。悠人にすら気付かれないように近付き、獲物を前にしたポインターのように気配を殺して構えた。怪しいと思うものは撮影し、仲間と共有する予定だ。
そろそろ焼きあがると言ってヒガミが持ってきたのはそれはそれは巨大なスポンジだった。
失恋女子という設定のチルルはどんよりとした顔をしながら、ケーキ作りの手伝いを始めた。砂糖を溶かし、シロップを作っている。
「……ホワイトデーなんてなければいいのに……」
バレンタインデーに一途な思いで気になっていた男の子に渡そうと思ったら、先を越されてそのまま渡すことが出来ず、結果玉砕した、という話をヒガミにはしてある。
ホワイトデー爆発しろ、というチルルの設定上の気持ちを受けて、ヒガミは彼女を快く受け入れた。それは、すぐに次の恋に走るタイプではなさそうだと判断してのことでもある。
いつもの北国らしいウシャンカを外し、黒い長髪のカツラをつけて、チルルは内向的な性格を演出している。普通の学生服姿。けれどそのポケットには隠しカメラを仕込んでいた。
「これをデートスポットにするの? 皆が……喜ぶだけじゃないの?」
気弱そうに尋ねる。
ヒガミはにやりとし、それだけですむわけないだろう、無論! などと得意げだ。チルルは今のも証拠として役に立つかな、と思いながらヒガミに気付かれないようちらりと胸ポケットを見た。
チョコをもらえなかった男子を演じるノブも手伝う。
威鈴からヒガミの場所の連絡を受けたノブは出来るだけ野暮ったい格好をして、「はあ、今年もチョコもらえなかったなあ」と呟きつつうろついたのだが、中性的な雰囲気が野暮ったさの中に見え隠れしたかなかなか声をかけられず、「ねえねえ、ちょっと面白い噂聞いたんだけどー」とやはり録音しながら話しかけ、仲間入りを果たした。
そんなノブはヒガミに指示され、クリームを泡立てている。
「何が起こるのかいまいちわからないなあ。すごく楽しいこと?」
ノブが尋ねるとヒガミはにやりと笑う。
「そりゃあもう……悲鳴を上げるほどになァ?」
へー面白そう、と軽く答えるが、いよいよ現実味を帯びてきて、ノブは内心で慌てた。
(あわわわ、何とかして止めないとー!)
わかったことは逐一威鈴に報告する。
だが、ヒガミはなかなか決定的な証拠になるようなことは言わない。警戒しているというより、もったいぶっているのだろう。
ノブは知り合いである雅春にちら、と目をやる。
雅春はまた人形に話しかけ、女子とは無縁の生徒を装っている。もっとも元より恋愛に興味はない。ヒガミに指示されたものを運びながら、録音して歩き回っている。
ノブにホイップさせたクリームを受け取り、ヒガミがナッペしていると、上手いもんだなとファーフナーが声をかけた。
「この尖ったパーツはどう活用するんだ?」
まだ若干警戒していたヒガミだったが褒められて満更でもないらしい。
「当たったらさぞ痛いだろう。そんな事故は起きてほしくないよなァ?」
そう答えると、ファーフナーは頷いて見せた。
「つまりそれが計画の要か。素晴らしい」
「だろう!」
すかさず威鈴がパーツを写真に撮る。
追加のクリームを泡立てながらそばにいたノブもそれを録音していた。
悠人はデコレーションを担当する。もともとケーキ作りは得意だ。可愛らしくクリームを搾り出し、縁を囲っていく。
「でも折角綺麗にやっても……」
悠人は何かヒガミがぼろを出すことを期待し、匂わせることを言ってみる。
「綺麗でなきゃ人が集まらんだろ」
ふん、と息を漏らすヒガミにチルルが身を乗り出した。
「じゃあ集まった皆が、ひどい目に合うってわけ?」
しかしその拍子にチルルの眼鏡が落ち素顔が見え、ヒガミが「ん?」となる。チルルは慌てて「め、眼鏡、眼鏡……」と何も見えないと主張し、眼鏡女子であることを印象付けた。
(危ない危ない……)
幸い、チルルを内向的女子と思い込んでいるヒガミは気付かないようだ。
そこで、うろついていた雅春がケーキの傍に不審物を発見した。何かの装置――否、爆発物のようだ。仲間に視線を送る。悠人が小さく頷いてデジカメを出し、写真を撮る。
「何をしている?」
だが、それに気付いてヒガミが悠人の腕を掴んだ。
「何って、偉大なる計画の記念撮影だよ」
悠人は何故止めるのかわからないという表情を作ってみせる。
「爆発して消えさるはずの証拠が残す奴があるか!」
とデジカメを取り上げるヒガミ。――しかし、それこそが計画を吐いているようなものだ。悠人もまた懐に録音機能を立ち上げたスマートフォンを隠している。
「じゃあ最後に記念撮影するよ」
とカメラを置く悠人。しかし、威鈴がばっちり「偉大なる計画」の進行を動画に収めている。全体像は威鈴、アップの画はポケットの穴からチルルが押さえる。問題はない。
全ての情報は威鈴に送られ、威鈴がそれを纏める。見つかりそうなら仲間に情報を送信し離脱する予定だったが、どうやらこのままいけそうだ。
総合すれば証拠には十分だろう。それを仲間たちにこっそり伝える。
だが、もし穏便にすますことが出来るならそれに越したことはない。
実行前に食い止めることを考え、雅春は別の方向に気が向かないかとヒガミに詰め寄った。
「大体わかりましたが、この計画が成功したとして、我々に残るものがあるでしょうか」
「はァ?」
ヒガミは面食らったような顔をしたが、その隙にたたみかける。
「それよりもっと身近なところに目を向けてみてはどうでしょう? 例えばお人形さんとか! お人形さん達は私を裏切りません! 私もまた彼らを裏切りません! 何故って? 愛を注げば、その分だけ彼らは応えてくれます、百パーセントの愛でもって! 少なくとも私はそう信じています! それに比べたら、男女の色恋沙汰など些末なことだと思えてきませんか?」
人形が絡むと途端に饒舌になるようだ。
「愛の形は様々です……友愛、家族愛、もちろんお人形さんへの愛も! 人が駄目ならお人形さんと『青春』すればよいのです! さあ! さあ!」
手荒なことはしたくない、とラブアンドピースなモットーの雅春は思う。それで人形の素晴らしさを広められれば一挙両得である。とはいえ、
(私みたいになるのも忍びないのですよねぇ)
そう内心で思う。自身も人とズレている自覚はあるため、恋人たちを妬ましく思う気持ちはわからなくもない。人形相手でも「自ら歩み寄る努力も必要」ということが伝わればいいのだが。
「……ま、まあ、恋愛などに現を抜かすよりいい。世界を変えるより、自分の世界を変えるってわけか……」
その熱にちょっと引き気味のヒガミだが、伝わる部分もあったのか小さく呟く。
ファーフナーはそれに頷き、確かに視点を変える必要はあるかもな、と言う。
浦見のような男に倫理や善悪を説いても聞くまい。仲間のふりをしていたのが急に手のひらを返したら意固地になりそうだ、と当初から考えていたファーフナーは、考え込むように言った。
「カップルは逆境すら楽しみ、絆を深めるという。この計画はカップルをより親密にする危険性を孕んでいるのでは?」
「何!?」
「服が汚れたら脱がせる口実になるし、怪我をしたら付きっきりで介護する時間を与えることになる。アシストだ」
計画が成功すればそうなるんだろう? と言うとヒガミは愕然として押し黙った。
ファーフナーはそびえるケーキを眺める。
「お前は菓子作りが上手いな。ホワイトデーに代わるイベントを作ってしまえばいい。巨大ケーキを独り者同士で食べる日だとか。他所の国にはブラックデー等もあるしな。仲間を募ってホワイトデーにぶつけて注目を奪ってみたらどうか」
「私が? それを? 出来ると思う……のか?」
ヒガミは少し戸惑ったようにファーフナーを見た。
だがケーキはほぼ完成している。ヒガミは少し迷いながらも、仕上げだ、と爆発物を手に取った。
やはり、計画は実行されるらしい。皆が互いに目を合わせ、頷く。
ケーキの中心に作った空洞にケースに入った爆発物を下ろそうとしたその時、突然雅春がヒガミを抱きしめ、ヒプノララバイを歌う。
「何だ!?」
雅春を変わり者だと思っているヒガミはそれが攻撃とは気付かない。熟睡はしないまでも、ヒガミが眠気を催した瞬間に、すかさずノブがケースの中身を抜いてケーキの中に入れる。
「その爆弾、あたいに貸して」
爆弾はチルルがこっそりと受け取った。
「眠いの? 大丈夫?」
チルルに起こされ、覚醒したヒガミの間の前には仕掛けを納めて完成したらしいケーキがある。
違和感に首を傾げるが、悠人が
「じゃあ記念撮影だね」
とケーキの前で記念撮影をして有耶無耶になった。
●デートスポット
撮影が終わるとヒガミはこんなことをしていられないと、ケーキを台車に乗せ、公園へ向かった。追跡を続ける威鈴は誰にもばれないように、死角を探しながら背後に忍び寄る。公園にはカップルが大勢いて、巨大なケーキのモニュメントだと喜んで見ている。
ヒガミはそれを憎らしそうに見つめた。もちろんカップルだけでなく部活で盛り上がっているところもあるが彼には大差ないらしい。
「本当にやるのか?」
ファーフナーの声にヒガミは少し迷うように俯いたが、やがて首を振る。
「もう引き返す道はない!」
顔を上げ、カチっとスイッチを押す。
その瞬間、爆発音が響き渡った。
外したはずの爆弾が残っていたのか?
否、爆発したのはヒガミ自身だった。
「残念だったね!」
チルルが言ってカツラをとる。北国の元気娘の登場だ。ヒガミの爆発に、カップルはショーだと思ったのか楽しそうだ。
先程受け取った爆弾――チルルはヒガミ自身につけていたのだ。
「な、な、貴様は何者だ!」
ヒガミは今ようやく自分の立場を理解した。
ゴム弾をこめた銃を撃とうとするが、雅春がシールドでチルルをかばい、ノブが小爆発を起こして応戦する。逃げたところでファーフナーのパサランに回り込まれる。悠人が髪芝居を試用し、そこで陰から突然出てきた威鈴に縄で拘束され、ヒガミは彼らの連携に戦いた。
「もー、どうしてこんな危ないことするんだよー。せっかくのイベント、邪魔しちゃダメだよー」
ノブが金色の目を瞬かせた。
「貴様ら……ぐるだったのか!!」
「ちょっと悪戯が過ぎましたね。因みに、彼女も浪風。僕ら、夫婦なんです」
変装を解く悠人。色白の威鈴がその横で小さく頷く。
「あああ、よくも、よくもよくも、この私を騙しやがって! 夫婦だァ!?」
怒りに任せ、腕を縛られたまま大暴れしようとするヒガミをチルルが矢で牽制する。懲りそうもないヒガミに悠人が使用するスキルは――アートは爆発だ。
ヒガミはめでたく爆破されたのだった。
黒こげのヒガミを尻目に悠人と威鈴は仲良くケーキを食べる。
悔しさに項垂れるヒガミを見てファーフナーはため息をついた。
人嫌いと言いつつ、本当は羨ましいと思っている所は、過去の自分と同じだ。自分は素直になるのに時間がかかったが浦見は早く抜け出せればいいが、と思う。
友人でもできれば少しは変わるだろうか、と思うが……。
「もう二度と誰も信用するものかァ〜!! 覚えてろよ!」
叫ぶヒガミを見るに、当分それは難しそうだ。
悠人と威鈴の横でノブもケーキを食べながらにっこり笑う。
「うーん、美味しいー♪やっぱり、イベントは、楽しんだもの勝ちだよねー」