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「子どもは人の先端を歩む小さな人々、だな。俺は彼らを尊敬する、よ」
依頼の概要を眺める花見月 レギ(
ja9841)のしっとりとしたウェーブヘアが揺れる。感心するようにレギは小さく息を吐いた。
ファーフナー(
jb7826)も無言だが軽く頷く。
代わりにレティシア・シャンテヒルト(
jb6767)が、本当ですねと返事をして微笑んだ。
「子供達の豊かな想像力や優しさに応えたいです」
レティシア自身、絵本のオバケの気持ちは想像出来る。そして、何より子供達の喜ぶ顔が見たい。
その思いは恐らく誰も共通だろう。
西郷寺 南郷(
jc1833)も熱心な目を向けた。一人にさせたくないという尊い心を大切に、劇を成功させて笑顔にしてあげたい。それが子供達のその思いを行動に移すきっかけに出来れば……。南郷の正義の味方のあり方にも重なる。
「ハロウィンのモンスターかあ……」
ハロウィンにはあまり詳しくないRobin redbreast(
jb2203)は資料にと借りてきた本を開いた。
その中の一つの写真に目を止める。
「じゃあ、あたしはジャック・オ・ランタンにしよっかな」
ハロウィンとしては一番の有名どころだ。
「役柄か……そうだな」
ファーフナーが後ろからその本を覗き込む。
「狼男やミイラ男なら、顔も隠せるな」
強面の顔を気にしているのか、そこは重要らしい。
「狼男なら被り物をして、あとは普通の服でいけるだろうか。ミイラ男なら包帯を巻くか、シーツに模様を書いたり……か」
店で見て、商品と値段次第だな。と、秀でた額を撫でた。
「買って作るのと、レンタルするのと、どっちが安いかな……? ボランティア団体に頼んでみたら、タダで貸してくれたりしないかな」
調べてみて駄目だったら、段ボールに絵を描いたりとかかなぁ……。Robinは小首を傾げる。
「言葉は悪いが、衣装は子供騙し程度でいいだろう。大事なのは内容だ」
ファーフナーが言うと、Robinが頷いた。
「そうだね、どんな台本にするか考えないと……」
翡翠の瞳を資料に向ける。
「オバケってだけで嫌われたら可哀想ってことだから、最後はオバケ同士だけじゃなくて、人間とも仲良くなれる物語にできるといいね」
しかしその翡翠はどこか透明に資料の文面を見つめていた。
(ひとりぼっちだと、可哀想なのかな……?)
思ってもいなかった、というように白金の睫毛を伏せる。
「オバケ……可哀想なの……」
そこでRobinの思考と重なるように、件の絵本を読んでいたユウ・ターナー(
jb5471)が声を上げた。
「ユウも悪魔だけど……お友達はやっぱり、いーっぱい作りたかった! だから、オバケも沢山お友達が作れたらイイな」
きらきらした目をRobinに向け、にっこりする。
「同じオバケ同士でも……Robinおねーちゃんの言うとおり、人間達とも!」
Robinは一瞬きょとんとして、うん、と首肯した。
ファーフナーがそうだな……と顎に手をやる。
「ハロウィンは子供が主役の日だ。観客を巻き込む形で、最後は舞台から降りて、子供達に菓子を配るというのはどうだろうか」
それはいいですね、と南郷が言い、皆、口々に賛成する。
中でもレギはその案をいたく気に入ったようで、「じゃあ、お菓子を作って持ってくるよ」と言った。
「ユウも子供達に配るお菓子を作って行くよ! お菓子作りは得意だし♪」
ユウが挙手する。
Robinはお菓子作りの豪快さに定評があるようで辞退したが、南郷もカボチャクッキーを用意すると請け合い、それなら体質でクッキーが駄目な子もいるかもしれないからとレティシアがキャンディを作ってくると言った。
ファーフナーが頷く。
「これが子供の疑問に対する答えになればいいが」
――決まり事に囚われず、自分が思うように行動すればいいと。
そこで、先程から考えを巡らせていた南郷が皆に呼びかけた。
「えっと、じゃあこんなストーリーはどうですか?」
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劇の時間が迫り、保育園はざわざわと賑やかになっていた。それは準備に走り回る皆と、わくわくして待つ児童達の両方の賑やかさだった。
脚立に上って飾りつけをしながら、レギはそれを微笑ましく眺める。
南郷が小道具の用意で足早に歩き回り、舞台袖ではファーフナーが段ボールで書割を仕上げている。
「手が足りないとこがあればお手伝いにゆきます!」
レティシアが声を上げるとあちこちから声がかかり、レギもそれを手伝おうと脚立を降りた。
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いよいよ本番だ。
まずは予定通り、絵本の話が演じられる。オバケのジャッコが村から逃げ、一度照明が暗くなった。
そして、こんな風にナレーションが続いた。
「……と、絵本のお話はこれでおしまい。けれど実は、このお話には続きがあったのです……」
再び照明が明るくなり、子供達はあっとなる。
オバケが舞台の端でしくしく泣いていた。その姿はとても悲しそうで、時折村の方を振り返っては、うなだれる。
子供達は心配そうにオバケを見つめた。
そこで舞台の端からひょこっと顔を出す影があった。
まず見えたのは黒い猫耳。素直な子供達は声を出してそれを指差す。
抜き足差し足現れたのは、ゴシック風ワンピースに猫のしっぽをつけ、自分の黒い翼を広げたユウだ。ちょっと怖くした猫のぬいぐるみを抱え、黒猫の悪魔、といった格好。厚紙と布で作った耳はカチューシャにつけている。
サイレントウォークでまさに猫のようにオバケに近付き、わっと驚かせる。
「!」
飛び上がったオバケに、ユウが楽しそうに笑う。
「今日はハロウィンだよ、オバケさん☆」
オバケの手をとり、踊ろうよと引っ張った。
最初は落ち込んだ様子だったオバケも、次第に楽しそうに踊り始める。
一頻り踊ると、ユウは何かに気付いたように舞台袖に手を振った。
すると、次々にモンスター達がオバケの元にやってきた。
ミイラ男はファーフナー。模様を書いたシーツを着て、顔や手には包帯がぐるぐる巻きだ。続いて現れたレギはビーストだろうか。ケセランを頭に乗せ、犬耳カチューシャもつけている。その後をふよふよ行くパサランはRobinのだ。本人は借してもらったオレンジのマントに、段ボールのカボチャのお面という出で立ちである。
オバケは喜び、工夫が生かされた衣装に子供達の目も釘付けだ。
そして竹箒を持った魔女のレティシアも優雅に登場してくる。薔薇のコサージュで飾った黒のワンピースに、皮手袋。前で可愛くリボンを結んだオレンジの裏地の黒いマントとシュシュは手作りだ。
魔女はクールな佇まいでモンスター達の姿を見ると、カボチャ頭や黒猫の耳をお洒落ですね、可愛いと褒めた。
そして最後にオバケを見る。
「あなたもとっても素敵。この蜘蛛の巣なんて、ずいぶんおめかししてますね」
オバケは嬉しそうにぱっと顔を上げる。
だが、すぐにしょんぼりと肩を落とした。
モンスター達は驚いて、おろおろとする。
ミイラ男のファーフナーが、そっとオバケの肩に右手を置き、顔を覗き込む。左手は胸に当て、心配している、という仕草をした。台詞はあえて無しにして、身振り手振りで伝える。子供には難しい台詞を弄するより、共通の言語を持たなくとも、相手の気持ちをわかろうという姿を見せる方がいいだろう。
オバケは村の方を指差すが、また泣き出してしまう。
「あっちは人間の村の方……そっか、頑張ったんだね」
レギが頷きながらオバケに寄り添う。
「そんなに泣いたりしないで」
レティシアが魔女らしく、冷静にも聞こえる声で言う。
だが、オバケに近付くと、
「ほら、もう、泣かないでいいんですよ。元気を出して。たくさんたくさん、準備したんですよね」
わかってますよー……と少し寂しげに、悲しさを分かち合うように慰めた。
「分かって貰うのは、むつかしい、な。でも、それにはきっと……意味があった」
オバケの頭をレギの長い指がそっと撫でてやる。
それでもしょんぼりしているオバケに、魔女は魔法の箒をえいと一振りした。その途端、オバケの周りに花が咲き誇る。といっても造花だが、本当の魔法のような演出に見ている子供達は大喜びだ。
見守ってくれるように、寂しくないように……。オバケは感激して花を手にするが、レティシアは独り言のように客席の方を向いた。
「でもオバケさんの寂しい心を溶かすにはお花だけでは足りません……どうしたらいいのでしょう?」
子供達はじっと舞台を見つめている。真剣に、その答えを探しているようだ。
そこで、静かに彼らを見守っていたジャック・オ・ランタンのRobinが声を上げた。
「人間と友達になりにいこうよ」
それがいい、というようにファーフナーも大きく頷いて、オバケを見た。だが、無理だと首を振るオバケに、彼らは困って顔を見合わせる。
魔女のレティシアはオバケを元気付けようと、宝石箱を取り出した。中には見た目で楽しめるように食紅で色付けした手作りの飴が入っている。色とりどりでまるで本物の宝石だ。
「魔法のキャンディですよ。一つ、どうぞ」
そこへ、蝙蝠のオバケの南郷もやってきた。黒い服に、黒いビニールで作った蝙蝠の翼をつけている。
「元気を出しなよ、オバケ君」
周りを飛び回り、蝙蝠の南郷はオバケを力付ける。
そして、レティシアの飴を見て、思い付いたように明るい声を出した。
「そうだ、村の人にお菓子を作るってのはどう? もうすぐ人間たちはハロウィンっていうお祭りらしいし」
オバケは驚いた。ハロウィンとまるで逆なのに? というわけだ。
皆の顔を見ると、いい案だと頷き合っている。
怖がって俯くオバケにレティシアが飴を握らせた。
「これは寂しい心に勇気が溢れる魔法のキャンディです」
オバケは飴を見つめ……そうして、ぱくり、と口にする。魔女がまた箒を一振りすると、暖かな空気が流れ、見ている子供達まで心が温まるようだった。
とうとうオバケはこくりと頷き、もう一度勇気を出すことにする。
「じゃあさっそくお菓子を作っちゃお☆」
黒猫のユウが手を叩き、レギに背中を押されて、オバケは舞台袖に退場していく。
そこで場面を転換するように、一度照明が落ちた。
どうなるのか期待に子供達が小さくざわめく。
その時、ホールが明るくなり、子供達がいる観客側の扉が開いた。
「さあ、子供のみんな、オバケ君からのプレゼントだよー!」
南郷の明るい声と共に、モンスター達がホールに入ってくる。
蝙蝠の南郷、黒猫ユウ、魔女のレティシア、パサランを連れたジャック・オ・ランタンのRobin、ミイラ男のファーフナー、ビーストのレギ……そして最後にオバケのジャッコ。
子供達は立ち上がり、歓声を上げた。
南郷のカボチャクッキーに、クッキーが駄目な子にはレティシアの宝石のようなキャンディ。それにレギのラッピングした手作りお菓子もある。普通くらいには美味しいと思う、とは本人の談だがとても美味しそうだ。ユウのクッキーはハロウィンらしくジャック・オ・ランタンや蝙蝠、それにオバケの形をしている。これまた包みが可愛らしい。
Robinが近くにいた子に手渡してあげると、わっと子供達が寄ってきた。
ユウがオバケを押して前に出す。
オバケの心配をしていた子供達は喜んでその手を引いた。ファーフナーの真似なのか、身振り手振りを交えて「大丈夫だよ遊ぼう」と集まってくる。
モンスター達が皆にお菓子を配ると、ユウが得意のハーモニカを取り出した。
演奏するのは踊りたくなるような楽しい曲。
Robinが舞うようにリズムをとる。子供達は楽しそうにぴょんぴょんダンスを踊りだし、オバケにも一緒にやろうと無邪気に笑いかける。
内気でそこへ入れない子もレティシアが気付いて「勇気が溢れるキャンディ」をあげると、嬉しそうにありがとうと言ってオバケの側に走っていった。まだ食べてないのに。レティシアはくすりと笑う。
沢山の友達に囲まれたオバケに、ユウはますます楽しげにハーモニカを吹いた。
これでもうオバケは一人じゃない。だって子供達がお友達だから……そんなエンディングに出来ただろうか。
皆で楽しく遊び、劇は大盛り上がりのうちに終わった。
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劇が終わったが、遊びの時間はまだ続くようだ。
オバケの姿を見て、レギは僅かに青い瞳を伏せた。
――彼に少し、似ているね。だからきっと、置いておけなかった。
やがて顔を上げると、少し離れたところにいるファーフナーが目に映る。
オバケもう寂しくないねと嬉しそうに言う子供を見る横顔は包帯の下で、穏やかに目を細めていた。
迎え入れられるオバケの姿。
現実は甘くない。人間社会は自身が優位に立つため、他と迎合するため、大なり小なり、弱者を作り出し差別を行う。
――だが。
子供は別だ、とファーフナーは彼らを見守った。
嘘や建前は存在しない。驚くほど正直に、思うがままに、本音で動く。いつか大人になれば、変わってしまうのだろう、とは思うが、幼い心に現実を教える必要もない。そして、彼自身も少し、ハロウィンの日だけでも、子供の思いに夢を見たいなどと思ってしまう心を自覚していた。
叶わぬと知りつつも、本来の自身を人間社会に受け入れられる、という夢。
いつか偽りを捨て、生きることが出来るのか。目を閉じる。
そこで、後ろを通ったレギがそんなファーフナーの背中を、偶然を装ってそっと押す。
驚いてよろめいたファーフナーに、一人の子供が大丈夫? と寄って来た。
どうしたものか。ファーフナーは眉を寄せる。
その頃Robinも子供に囲まれて少し困った顔をしていた。
オバケが一人ぼっちじゃなくなったことを喜ぶ子供達。
拐かされて組織に売られたRobinには、絵本を読み聞かせてもらったり、劇を見たり、子供同士で遊んだ経験がない。同じく売られた子に友達という感覚はなく、仕事で失敗して欠けたら補充される駒程度の感覚でしかなかった。
学園に入学してからは依頼等で、何となく人の温かさみたいなものを感じているが、昔の習性は今もなお残り、一人が可哀想という感覚もわからないでいる。
子供達にぎゅっと手を握られ、Robinはどう応じていいか戸惑った。
だが、「来てくれて嬉しい」とにっこり微笑みかけられ、Robinはゆっくり微笑み返す。
いつもの人形のような笑顔は、それでも少し優しさと温もりを帯びていた。
一方まだ戸惑ったままのファーフナーはしゃべるわけにもいかず、大丈夫だから遊んで来い、と皆の方を指差す。しかしそれをどう受け取ったのか、「遊んでっ」と服を掴まれる。
後ろでレギがくすくすと笑った。
向こうではレティシアもオバケも皆で手をとり、輪になってユウの演奏で踊っている。
レギはそれを優しく眺め、自分もその輪に入っていった。
皆が友達になれるんだという思いを伝えられたかな。南郷は一人頷く。
「めでたし、めでたし」
熱い気持ちを胸に、このハッピーエンドの物語を見つめた。