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マスター:楊井明治
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2015/01/28


みんなの思い出



オープニング


 彼は、空腹を抱えて彷徨っていた。
 周り一体は、鉄くずの山のようだ。ゴミ捨て場らしい。
 空は心細い暗さに沈んでゆき、夜が近づいているのだと知らせていた。

 彼は迎えを待っていた。けれど、迎えが来ないこともわかっていた。
 ドライブしよう、などと誘われてほいほい車に乗ってみれば、こんなところに連れてこられて、置き去りにされたのだ。しかも、彼の唯一の持ち物さえ奪って。走り去っていく車の後ろ姿を必死に追いかけたが、車に追いつけるはずもない。
 ――待ってくれ、待ってくれ!
 必死に叫ぶ彼を嘲笑うかのように、車は行ってしまった。何かの冗談だと思ったが、どうやらそうではないらしい。
 彼はしばらく立ち尽くし、やがて他にどうしようもなく、とぼとぼと歩き出した。足の下の鉄くずは鋭く尖り、冷え切っていて、まるで彼の心を蝕む絶望のようだった。

 ――俺が一体何をしたっていうのだろう?
 彼は出口を探しながら、考えた。
 仕事はきちんとこなしてきたはずだった。理不尽な命令を受けてさえ、期待に応えようと働いてきた。それなのに、都合が悪くなったからといって、こんなところに置き去りにされるなんて、そんな話があるだろうか。
 いや、あるのだろう。世の中には、そんな天災としか思えないような、道理の通らない仕打ちが。
 気まぐれで、何の理由もなしに殴ってくるような奴もいる。人の失敗をさも楽しそうに笑う奴もいる。
 ――でも、優しいヒトだって、いる。
 彼はそう信じて生きてきた。無条件の信頼を寄せていると言っても良かった。だが、今度ばかりはそんな心も砕け散ってしまいそうだった。それどころか、憎らしくすら思えた。信じて従ってきた報いがこれなのか。あんなに尽くしてきたのに。一体どうして、こんな目に合わなきゃならないんだ!
 今頃、彼をここに置き去りにしていった奴らは、温かい部屋で旨い物でも食っているに違いない。彼が存在していたことなど、まるで初めからなかったとでもいうように。
 腹立ち紛れに大声を上げたが、返ってくるものは一つもない。
 カラスの鳴き声すら応えはなく、彼は自分が世界でひとりぼっちになったような気がした。

 出口はなかった。
 広いゴミ捨て場で、鉄くずの間を縫ってようやく辿り着いた行き止まりは金網のフェンスだった。乗り越えるのも潜るのも難しそうだ。
 がっかりして座り込む。空腹ではあったが、体力よりも精神の消耗の方が激しかった。
 ――俺はこんなところで朽ちていくんだろうか。
 普段よりもずっと悲観的な気分に支配された心が、彼の体を重くする。

 だが、その時だった。
 ――!?
 空を切る異質な音を聞きつけて、彼はさっと飛びのいた。
 念願の、自分以外の物音。けれど、気持ちは少しもハッピーにならない。何か奇妙な匂いを彼の鼻は嗅ぎ付けていた。実際の匂いというよりも、それは本能の危険信号だった。
 何か、得体の知れない影が、一瞬前まで彼がいた場所を掠めていく。鴉に似ているが、鴉ではない。巨大すぎる。そして、どうやら凶悪な鉤爪を持っている。
 その「何か」が彼に狙いを定めていることを悟り、彼は慌てて駆け出した。一体じゃない。三、四体はいる。彼は自分を臆病な方ではないと考えていたが、とても立ち向かおうとは思えなかった。
 ――何なんだ、こいつら……!
 光る目をしていて、胴体は人間のようにも見える。だが、やはりほとんど鴉に近い。
 あまり高い場所へは飛行せず、地面を舐めるように彼を追跡している。彼は絡まり合う針金や割れた鉄板に足を痛めながらも、必死に逃げた。
 追跡者たちは執拗に彼を追う。次第に息が切れてきた。
 彼は一番高い鉄くずの山を懸命に駆け上った。そこからなら、どちらへ行けばいいのかわかるかもしれない。途中、何度かバランスを崩して滑り落ちそうになるが、頂上まであと一歩のところまで登り詰める。
 しかし、無情にも、そこで突然、足元がばきりと音を立てて抜けた。
 ――嘘だろ……!?
 そのまま山の中に飲み込まれていく。
 鉄くずが絡まり合って出来た、わずかな隙間に落ち込んでしまったようだった。鴉どもの鉤爪が届かない奥深くだが、彼自身ほとんど身動きが取れない。自慢の茶色い一張羅もぼろぼろだ。先程までと、どちらがマシだろうか。鴉どもに食われるのと、ここに囚われて死んでいくのと。
 空がやけに遠く思えた。
 やがて、何かの蠢く音と共に、その空すら閉ざされてしまう。何だろうとしばらく考えて、どうやら山全体が何かに覆われてしまったのだと気付いた。その上、ジュウジュウと不快な音がする。
 ジュウジュウという音が近付いてきていることに気付いたのは、その更に後だった。
 ――山が小さくなって、きてる?
 あまりにも暗いので確かではなかった。しかし、そうとしか思えなかった。
 もうお手上げだ。なすすべがない。何が起こったのかは皆目見当もつかないが、笑えるくらい絶望的な状況なのは間違いない。化け物の口の中に放り込まれて、鉄くずごとアイスクリームみたいに溶かされていく様子が浮かんだ。
 どうしてこんなことに。
 もしかして、こんな化け物がいることを知って、ここに置き去りにしたんだろうか。そう思うと、もう何もかも諦めて投げ出したくなってきた。どうせ、誰も助けになんて来ない。自分はゴミと同じで価値がないのかもしれない。なのに、一体誰が危険を冒してまで助けに来てくれる? 誰か来たとしたって、助けに来たんじゃなく、この化け物に食わせに来たのかもしれないじゃないか。ヒトなんか信じて生きてきたのが、全ての間違いだった。
 ――ここで、死ぬんだ。もう、しょうがない。
 彼は目を閉じた。
 ――くだらない一生だった! 尽くして、裏切られて、憎みながら死んでいくんだ。

 でも、と、彼は思った。
 でも、もしも、誰かが「俺を」助けに来たなら、その時は。
 ――もう一度だけ、信じてみようか。
 悲しく、そう思う。少しも期待をかけられないまま。
 彼の耳に、鴉のけたたましい鳴き声と、不気味なジュウジュウという音が、醜悪なレクイエムとして迫っていた。


「ゴミ捨て場にディアボロが出現したようです。直ちに現場に向かって下さい。ディアボロは飛行タイプが四体と、不定形の大型が一体、確認されています。仮に『鳥人』と『テツハウ』と呼ばれています。鳥人はテツハウを守るような動きが見られます」
 斡旋所の職員は、口早に説明する。
「テツハウは、金属を溶かして取り込み、体積を増している様子が伺えます。目的がわからないので注意して下さい。ゴミ捨て場は無人で、取り残された被害者などはいません。ただ――」
 説明すべきか迷うように付け加えた。
「――首輪をつけていない犬が一匹、目撃されています。以上です」


リプレイ本文


 鉄くずに囚われた犬は、くぅんと鼻を鳴らした。
 諦めているようで、それでも誰かに縋りたいとまだ思っている自分が情けない。でも、せめて、いつか子犬の頃に感じたあの温もりをまた感じられたなら――。
 けれど、終わりの刻限は、じわじわと迫っていた。


 撃退士達は、周囲の様子を確認しながら作戦を立てていた。
「犬さんが居るみたいですし、なんとか救出したいです」
 鑑夜 翠月(jb0681)は資料を閉じた。
 事前の情報は概ね現場と齟齬なく伝えられていたようだ。例の犬は今、ディアボロに覆われたくず山の中に落ち込んでしまっているらしい。
「さてと、見つけたからには放っておくのは後味悪いさね」
 アサニエル(jb5431)の紅の髪が靡き、荒涼とした廃棄場に色を点す。
「首輪なしという事は、野良犬なのか…捨て犬なのか。何れにしても助けられるかもしれない命を、みすみす見捨てるのは嫌ですね」
 樒 和紗(jb6970)の声に、鏑木愛梨沙(jb3903)も頷いた。
「捨てられたワンコかぁ、ちゃんと助けてあげないとね」
「人里への被害を防ぐ為に殲滅も早急に必要ですが、この犬を助ける時間くらいはあるでしょう」
 そんな会話に玉置 雪子(jb8344)が唇を尖らす。
「助けるんですか? 野良で図太く生きてきたのなら、勝手に生き残って逃げると思うんですがそれは」
 しょうがないにゃあ……と、渋々といった風を装いながら、雪子はどこか嬉しそうな様子を滲ませた。
 では、とアサニエルが作戦を確認する。
「基本方針としては、犬の救助を優先して動くよ。序盤は鳥人の足止めと犬の救助に別れて行動し、鳥人担当が足止めしている間に救助担当が犬を拾って離脱。犬の安全が確保できたら合流し、鳥人、テツハウの順に倒していくさね」
「はい、それで問題ないと思います」
 答える和紗の周りで、一瞬白銀の小雪が舞い、溶けるように消えた。


「僕は救出の邪魔をされない様に鳥人さんの対応にまわりますね」
 翠月はくず鉄の山々に向き直り、緑のリボンが翻る。不穏な影が、その視線の先で蠢いていた。仲間を信じ、厄介であろう鳥人の動きを止める。
 アサニエルもまた、その役目を引き受けた。
「あいつらの関係性がいまいち分からないけど、まぁ見つかったが最後ってことでね」
 軽く肩を廻しながら、翠月と同じ場所を見据える。二人が踏み込んだのが、作戦開始の合図となった。

 <extension.exe>で透けた青白い翼を広げ、雪子が上空へ向かう。和紗も一際大きな山に向かって駆け出す。犬の救出を買って出たのは愛梨沙だ。二人は愛梨沙が救出のみに集中出来るよう、援護の態勢をとった。
「外野の邪魔は遠慮したいので」
 障害はやはりテツハウの周囲を徘徊する鳥人か。早くも来訪者に敵意を剥き出しにする鳥人を和紗は見据える。
 一方、サーティーン=ブロウニング(jb9311)は空の術でその姿を鉄くずの間に紛れさせた。不測の事態に備え、愛梨沙達とは別方向からテツハウに接近する。

 鳥人は早くも攻撃の態勢を取り、急襲を仕掛けようと鉄くずの山を舐めるように滑り降りる。
 魔法書を構えた翠月がアウルの妖蝶を放つ。攻撃はもとより、朦朧の効果も狙ってのことだ。一度目は掠ったものの、鳥人を捉えきれなかった。だが、翠月は冷静に全体の状況を把握し、二度目の機会を狙う。
 崩れやすく、また鋭利な金属片も多いこの場所で、アサニエルの方は極力無駄な移動を避け、自らを固定砲台とした。目の端にテツハウに向かう仲間が映る。目の前に現れた鳥人がそれに気付いたのを封じるように、アサニエルは虚空から聖なる鎖を射出する。
 ギャアと叫んで、鳥人は地面に落ち、その場に縫いとめられた。
 しかし、他の鳥人達も愛梨沙達がテツハウの元に向かっていることに気付き、怒りの声を上げている。彼らは何としてでも近付けさせないようにしようと、愛梨沙達の方へ体を向けた。
 だが、そこで彼らの視界は次々に吹雪に覆われた。いや、正確には細かい氷の結晶が砂嵐の如く巻き上がっている。敵の上へ飛んだ雪子だ。目前だったはずの目標を見失い、一番愛梨沙に近付いていた鳥人は周囲の状況を把握出来ずに混乱する。
 ザク、と軽く氷の粒を踏み締める音がした。
 混乱の中で鳥人がそれに気付いた時、すでに和紗はイカロスバレットの射程内だった。対空射撃を放ち、鳥人を撃ち落とす。
 その間にテツハウにある程度近付いた愛梨沙は、生命探知で犬の場所を把握する。テツハウは最初にその姿を確認した時より、だいぶ山を飲み込んでいるようだ。あまり猶予はない。
 サーティーンの小柄な影が、くず鉄の山に身を隠しながらテツハウに接近する。無音歩行で、ほぼ敵の目は避けている。愛梨沙が間に合わなければ、強行となろうともサーティーンが犬の救出に走る考えだ。風雷をLeggeroC8に持ち替え、サーティーンはじり、とテツハウに更に迫った。
 雪子が更に<snow-noise.exe>を重ねるのが見えて、上空が白く煙る。
 だが、鳥人も翻弄されるばかりではなかった。最初の吹雪が過ぎ去った瞬間、まだ地を這っていない鳥人が雪子に襲い掛かる。予め回避の構えをとっていた雪子は間一髪でそれを避けるが、鳥人はそれを深追いせず、テツハウの元へ向かう。同じく、イカロスバレットで撃ち落された鳥人も少しよろめきながら和紗に爪を振りかざし、和紗がシールドで防御した隙にテツハウの元へ向かおうとした。
 そこで光の玉が彼らの間を一直線に飛び、テツハウを撃った。テツハウの体に穴が開くが、液体が流れるように、すぐその穴は埋まる。だが、攻撃を放ったアサニエルにとっては、それで十分だった。何故なら、鳥人達はその瞬間、アサニエルを最も脅威だと見なしたからだ。向かってくる鳥人に、また鎖を投げかける。
「地に足付いてないと不安じゃないかい?」
 くず鉄に叩きつける。
 アサニエルの鎖が仲間を捕らえている隙をついて、もう一体が彼女に躍りかかった。その瞬間、翠月の妖蝶が敵の黒い羽根を捉える。今度は確実に攻撃を食らい、鳥人はもんどり打って地に伏した。翠月の緑の目が、鳥人をきっと見つめる。

 その間にとうとう、愛梨沙がテツハウの元に到達し、翼を広げた。


 さっきから、妙に暑い。
 荒く息をしながら、犬は見えない空を見上げていた。喉が渇いている。もう終わりだ、限界だ。鉄くずの隙間は外から圧迫されて随分狭くなってしまっていた。辛い、苦しい。犬は喘ぐ。
 ――ああ、こんなことならいっそはじめから……!
 命を呪いかけた時。
 犬の目に蒼と黄金の光が見えた。
「大丈夫、怖くないよ。あたしはキミを助けに来たの」
 柔らかい声。犬は何が起こっているのかわからずに、物質透過で鉄くずをすり抜けてきた愛梨沙を見た。愛梨沙は犬にそっと手を伸ばし、抱え込む。
 鉄くずの山がまたギシと音を立てて狭まる。
 そこで、犬ははっとして愛梨沙の腕の中でもがいた。捕まったと思った。きっと、業を煮やして化け物の腹に放り込むために来たんだ。信じたってどうせ裏切られる!
 だが愛梨沙は腕を放さない。犬は思い余ってその柔肌に歯を立てた。それでも愛梨沙は悲鳴を押して、落ち着かせるようにその背を撫でた。
「大丈夫、怖くない、怖くない……」
 外では雪子の吹雪をようやく逃れた鳥人を、和紗がまたイカロスバレットで狙い、テツハウから引き離していた。すかさず接近していた翠月が引き受け、二人を愛梨沙が出てきた時に援護に回れるよう送り出す。周囲が凍て付き、その鳥人は意識を飛ばした。救出の邪魔はさせない。翠月は残りの鳥人の元へ走る。
 その状況を犬は理解出来なかったが、愛梨沙の温もりに戸惑い口を離した。
 彼女はもう一度犬を撫でると、活性化したルミナリィシールドと体の間に犬をかばって鉄くずの中から脱出を図る。物質透過を解いた愛梨沙に狭まる鉄くずが痛みを伴って迫るが、無理矢理に力を込めてその中を突破した。
 音を立て、鉄くずの山が崩れる。
 テツハウがそれに合わせて傾き、危機を察知したように蠢いた。抜け出した愛梨沙にテツハウがメタリックな体を広げ襲い掛かる。しかし、援護のために待ち構えていた和紗が回避射撃を放ち、それを僅かに横へ逸らした。
 犬はまた恐慌をきたし、暴れ出す。愛梨沙が意思疎通で宥めようとするが、その前に体をくねらせて腕の中から逃れ出た。あっと思った瞬間、サーティーンが彼をキャッチした。パニックのまま犬が噛み付こうとすると、サーティーンは右手を差し出す。
「……諦めつきました」
 犬は歯が通らないのに気付く。彼女の右手は義手だった。
 サーティーンは愛梨沙に犬を返し、ばらばらに離脱を図る。
 雪子が愛梨沙に付き添い、テツハウから距離をとったところで阻霊符を発動する。麻痺から脱した鳥人が手負いの凶暴さで爪を振り翳すのを、アサニエルの鎖が再び引き止めた。
 和紗が二人に追いつく。愛梨沙は犬に怪我がないか素早く見回した。幸い毛のはげた部分と衰弱はあるが、大きな傷はないようだ。
 雪子は愛梨沙の手から興奮させないようそっと犬を受け取り、両人に掌から氷のアウルを注入した。
 和紗と愛梨沙は前線へ向け、踵を返す。愛梨沙は審判の鎖に入れ替え、和紗はバレットストームとピアスジャベリンを活性化させる。
 雪子は二人を明るく送り出し、犬の安全を考えて戦闘区域から離れた。
 時折もがく犬を大事にぎゅっと抱える。その横顔はどこか思いつめていたが、首輪の跡が目に入った瞬間、道化た表情がすっと消えた。
 彼女の中で渦巻いていた疑問が確信に変わる。
 ――何故、首輪をしていないのでしょうか? こんなに綺麗な野良犬が居ますか? それにこの子、凄く怯えています。十中八九捨てられて間もない犬です。
 犬の爪が雪子の胸元を掠る。雪子はそれでも宥めるように抱え続ける。
 遠ざかっていくテツハウと、そこへ向かっていく撃退士達の背中を、犬は雪子の肩越しに不思議げな面持ちで見つめる。鉄くずの中で差し伸べられてから、暴れても噛み付いても決して離れないこの温もりの意味を、犬は今やっと考え始めていた。


 サーティーンは足音を消し、味方の範囲攻撃の射程外へ逃れる。
 もはや遠慮はない。あとは纏めて敵を叩くのみだ。
 鳥人はほとんど動きを制限されている。アサニエルが劫火を出現させ、鳥人を取り囲んだ。効果はテツハウにまで及び、テツハウの体が少し飛び散る。翠月もそれに加勢し、鳥人の動きを押さえた。
 テツハウは守りを失ったのを知り、金属めいた不気味な体にさざなみを立てる。
「大型ですから、範囲攻撃が有効そうですよね」
 翠月が射程距離を見極め、構える。
「それじゃあ、ちゃっちゃと終わらせてもらおうかね」
 アサニエルは振りかぶると掌から攻撃を放った。くず鉄が吹き飛び、テツハウの一部が分断される。テツハウは少し縮まるような動作を見せると、熱い鉛の塊のようなものを吐き出した。それは低い鉄くずの山に立つサーティーンの方に照準を向けていたが、サーティーンは素早く山を飛び降り、宙返りで着地する。更に続けて何発か降り注ぐ鉛塊を、軽やかに体を躍らせ避ける。そのまま闇雲には敵に向かわず、十分距離をとってクラリネットに唇をつけた。そこから放たれる衝撃波がテツハウを襲う。
「大き過ぎる的は外しようがない、ですね」
 呟きながら、和紗は雪子に与えられた力で弾丸を放った。ピアスジャベリンで放った弾丸は真っ直ぐにテツハウを捉え、貫通する。
 そこに畳み掛けるように翠月が花火のような爆発を起こす。色とりどりの炎が輝き、打ち捨てられた金属がそれを反射してきらきらと光った。鉄くずの山が崩れてくるのに巻き込まれないよう気をつけながら、もう一度打ち込もうと身を翻した。
 立て続けにアンタレスの劫火を使い、アサニエルは代わりにヴァルキリージャベリンを活性化させる。その時間を稼ぐかのように、和紗が暴風のような猛射撃を浴びせる。テツハウは少しずつ嵩を減らしていたが、怯む様子なく鉛を吐き出し、和紗がとっさに飛びのいた足元に落ちてぐずぐずと足元の金属を融かした。
 愛梨沙がその攻撃を遮るように活性化させたコメットで無数の彗星をぶつける。
「お礼はたっぷりしないとね」
 また体の飛び散ったテツハウは奇怪な声らしきものを上げると、彼らの方へ身を乗り出してきた。翠月もスキルを入れ替え、その間にサーティーンがまた衝撃波を放った。
 アウルの槍がテツハウに突き刺さる。アサニエルのヴァルキリージャベリンはテツハウの動きを止めた。
 そこへ翠月の放った闇色の逆十字が落とされる。金属を打ったような奇怪な声を一段と高く上げ、テツハウは地面に突っ伏す。

 撃退士達はしばらく警戒してテツハウを見ていたが、金属質のアメーバはそれきり二度と動かなかった。


 奇妙な匂いはもうしない。助かった、のか。
 犬は、雪子の腕から地面に下ろされても、逃げずにへたり込んでいた。仕事を終えた撃退士達が彼の元へ集まってくる。犬は警戒したが、彼らの持ち上げられた腕はきつく振り下ろされることなく、犬の毛を優しく撫でてくれた。
 和紗がサンドイッチと水を差し出す。
「生憎、持合わせがこれくらいしかありませんが……食べますか?」
 犬がまだ信じられない気持ちで呆然とそれを見ていると、愛梨沙が実は、といった風にドッグフードを出してきた。喉は渇いている。空腹もひどい。でも、いいのだろうか。
「これから如何するかは貴方が決めて下さい。立ち去るなら見送りますし、共に来るなら……大阪の実家で良ければ飼って貰えますが、俺の所では留守も多いですし寂しい想いをさせますので」
 そっと撫でる。犬は和紗の言っている意味を、何となく理解した。選んでいいと、そう言われた気がした。
「一応、引き取り先を探すようにするつもりだよ」
 アサニエルは逃げる様子のない犬を見て言う。
 外で生きる術を身に付けた野良犬ならともかく、そうでないと確信したこの犬が行く先は保健所以外に有り得ないだろうと、雪子は寂しげに目を伏せた。かといって、こんな場所へ置き去りにした飼い主に返す、という選択肢もない。命を救う事は自己満足で行うことではない。雪子はしゃがみ、犬の背に手を置く。
「里親は私が探します、例え見つからなくとも私が育てます。それが命を拾う者の責任です」
 そして、供養は命を零してしまった者の責任。また此処を訪れる時は献花を片手に――。
 そんなことを考えていると、あのね……と愛梨沙が顔を上げた。
「出来るなら、風雲荘で飼いたいなって」
 名付けるならそう――鉄を意味するアイゼン。
 
 ぱた、ぱた、と音がした。
 撃退士達が犬を見ると、彼はおずおずと尻尾を振っていた。
 もう一度、信じさせてくれるのと、窺うように。
 優しい手が伸ばされるのを感じながら、犬は鼻先を食べ物に埋めた。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 天に抗する輝き・アサニエル(jb5431)
 氷結系の意地・玉置 雪子(jb8344)
重体: −
面白かった!:3人

夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー
208号室の渡り鳥・
鏑木愛梨沙(jb3903)

大学部7年162組 女 アストラルヴァンガード
天に抗する輝き・
アサニエル(jb5431)

大学部5年307組 女 アストラルヴァンガード
光至ル瑞獣・
和紗・S・ルフトハイト(jb6970)

大学部3年4組 女 インフィルトレイター
氷結系の意地・
玉置 雪子(jb8344)

中等部1年2組 女 アカシックレコーダー:タイプB
撃退士・
サーティーン=ブロウニング(jb9311)

大学部3年7組 女 鬼道忍軍