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マスター:八神太陽
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2012/05/21


みんなの思い出



オープニング

 西暦二千十二年五月、大規模作戦から帰る途中で一人の生徒は呟いた。
「何で帰らないといけないのかな」
 京都から茨城沖まで数時間、そして依頼を受けてまた京都。このループに少し嫌気が差していた。
「これからも大規模の度にこの往復しないといけないのかな」
「依頼のために本人確認は必要でしょう」
 同行していたクラスメートは答える。
「知らない人にお金は払えないし、学園の信用にも関わる」
「依頼無関係で来ている撃退士も多いだろ。緊急で人手が必要な事もある。それに避難している京都の人々の慰安もしたい」
「言いたい事は分かった。目的も立派だと思う。でも具体的には何がしたいの」
「やっぱり食だろ。一時的なものだから衣と住は何とかなる」
「だったら材料集めないとね。調理する場所の確保、水やガスの確保も必要になる。それに作っても誰も来なかったら意味が無い。告知する必要がある」
 一つ一つ問題点を洗い出していくクラスメート、聞き流したいというのが本音ではあったが耳に届く言葉は全て正論。だからこそ返って腹立たしかった。
「要は条件満たせばいいんだよな」
「まあそりゃね」
「だったら屋台にする。移動式にすれば場所の確保も宣伝もいらない。水やガスは携帯できるだけでいい。基本となる台車だけどこかで見つけてきてやる」
 生徒は一人意気込むのだった。


リプレイ本文

 久遠ケ原学園工作室、そこには参加者達によって運び込まれた台車が鎮座していた。依頼人によって用意されたものである。
「年季の入った台車だな」
 向坂 玲治(ja6214)は袖をまくり、台車へと近寄った。どこかの倉庫にでも入れられていたのか、うっすらと埃が積もっていた。車輪のスパイクには蜘蛛の巣が張り、荷台の基盤となっている木材にも隙間が生まれボンドで溝が埋めてある。
「車輪は回る。タイヤのパンクも無い、チューブの方も問題無さそうだ。ただフレームがちょっと歪んでる。今の内に矯正しておいた方がいいな」
 工作室にある計測定規を当てながら、向坂は台車の状態を確認する。そして問題点を一つ一つメモに書き上げ、修正するために必要なダンボールや木材類の材料、そして紐やガムテープ等を揃える。
「組むのは俺に任せてくれ。何、切ったり組み立てたりは大得意だ」
 自信満々に語る向坂、日曜大工を日課としている彼にとってダンボールは慣れ親しんだ素材だった。
「ダンボールは魔法の材料だ。紙製なのに、組み方一つでかなり頑丈になるんだぜ」
「ちょっと待ってェ‥‥」
 精力的に改造を進めようとする向坂に黒百合(ja0422)が声をかける。
「まずは採寸するのよォ‥‥長さ測って精密な設計図を作らないとねェ‥‥」
 向坂と入れ替わりに黒百合は台車に近寄り荷台へと乗り込んだ。木材の軋む音を聞きながら黒百合は進み、メジャーを荷台の基盤へと押し当てる。
「幅一メートル十センチ、事前に聞いてたサイズとはちょっと違うねェ‥‥」
「仕方ないんじゃないか。さっき見た限り釘によって錆び方が違う。その基盤何度か張り替えられていると思うぞ」
 改造を担当する三人には甲賀 ロコン(ja7930)から屋台の量産化が提案されていた。士気を上げるためである。そのためにも設計図が必要だった。
「奥行きはァ‥‥ちょっと手が足りないわねェ。手を貸してェ‥‥」
 黒百合が呼びかけると、桐村 灯子(ja8321)が台車の荷台へと駆け上った。
「一メートル九十五です」
「九十五?」
「ですね」
 桐村が再度メジャーの目盛りを確認した。
「こっちはこっちで微妙に足りないか」
「それを踏まえて設計図を引けばいいだけよォ‥‥」
 黒百合は自信ありげに答える。その答えに満足したのか向坂は作業台に向かった。
「それじゃ設計図描いている間に耐火処理をしておこう。この日のために準備してきたものもある」
 向坂が取り出したのはスプレーだった。腹の部分には防炎剤と大きな文字で描かれている。
「これが今回の秘密兵器だ。最後にコイツを塗って仕上げにする。それだけで大分火に強くなれる」
「数の確認もお願いします」
「数っていうとダンボールの数か」
 桐村が言うと向坂は工作室の端にあるダンボール置き場へと目を向けた。スグリ(ja4848)が既に整理を済ませており、大きめのものが十、小さいものも五と分けて置かれている。
「失敗した時の事も考えれば大いに越した事は無いな。頼んだ」
 スグリは頷き、ダンボール求めてスーパーマーケットへと向かっていった。

 同じ頃、宇田川 千鶴(ja1613)と甲賀は二人で近場の公園で対峙していた。互いの背後にはダンボールを二重に合わせた即席の壁が立てられている。二人の手に握られているのは手裏剣。そして遊び場を奪われた子供達は半分泣き顔、半分不貞腐れ顔で二人を見つめている。
「はーい、よろしければ見てってなー」
 宇田川が声を張り上げる。その声に合わせるようにカタリナ(ja5119)が公園前の通りを巡回、躊躇している人に声をかけていく。
「何するの?」
 子供の一人が声を上げる。
「ダンスって知ってるか? 音楽に合わせて姉ちゃん達が踊るんや」
 宇田川が説明するが子供達は顔を見合わせる。そして何人かが立ち上がる。だがそれを甲賀が遮った。
「損はさせない」
 甲賀が手裏剣を見せる。すると子供達から歓声が上がった。
「すっげー、本物?」
「勿論や」
 宇田川と甲賀の間にはどこからか借りて来た古いラジカセと蓋の空いた缶詰の空き缶が置かれている。子供達と話している内に人が集まってきていた。十人ほどの人だかりができた所で宇田川がラジカセのスイッチを押した。
 軽快な音楽が周囲に響く。宇田川が両手を上げて観客の手拍子を誘う。
「よーし、いっちょやったろか」
「大丈夫です。私はダンスやってましたから」
 二人は呼吸を確認する。そして音楽に合わせて宇田川が投擲した。
「どうや」
 狙いは顔だった。意図的に外した時に回避したのに命中という最悪の事態を避けるためである。加えて顔は胴のように回避する距離が少なくて済む。それが宇田川の狙いだった。
「見えてますよ」
 視界を覆っていた前髪を左右に分けた。宇田川としても本気で投擲したわけではない。幼少から忍術を叩き込まれた甲賀の動体視力をもってすれば手裏剣の潰した刃の一つ一つさえ確認できた。
 乗客からの見える位置を確認し、甲賀は顎を捻った。目の前を手裏剣が通り抜け、直後にダンボールに突き刺さる。安堵する甲賀、と同時に観客から歓声が起こった。遠めからでも分かるほどに突き刺さった音が響いたからである。
「すげー」
 前列を占めた子供達から歓声が上がる。他からも溜息と拍手が溢れる。
 続いて甲賀も手裏剣を投げる。独特のステップだった。曲調の変わるタイミングを見計らい、同じく宇田川の顔を狙う。だが不意に足を滑らせた。整地されていない公園の雑草に足をとられたのである。
 観客の見方は様々だった。足を滑らせた事までダンスの一部と考えた者、見た目のまま失敗と見た者、様子を静観する者と色々である。だが手裏剣は既に甲賀の手を離れ、宇田川へと投げつけられている。
 当の宇田川にも焦りがあった。手裏剣の速度が速かったのである。軌道が読めない程では無いが、かといって大げさに避けてしまえば観客が引いてしまう。おひねりを貰うために行っている大道芸で客に現実を思い出させるわけにはいかなかった。
 最悪直撃してもいい。それで当たっても派手に反応すれば客は仕組まれたものだと笑ってくれる。宇田川は頭を巡らせる。手裏剣の先は潰したのは自分でも確認している。後は音楽に合わせて動くだけ。
 考えをまとめた宇田川は手裏剣のタイミングに合わせてバック転を敢行した。手裏剣の勢いを殺すためである。そして手裏剣は宇田川の前髪をかき分け、額の薄皮一枚を切り裂いて通過していくのであった。

 同時刻、家庭科室では香ばしい香りに包まれていた。屋台で提供するカレーの煮込みが開始されていたからである。
 今回の加茂なすを使ったカレーは水無月沙羅(ja0670)が考案したものだった。火力による味の違いを見るため、適した火力を知るためにも七輪、カセットコンロを準備、プロパンガスは学校から借りさせてもらっている。
「‥‥ふむ、この茄子を上に添えるべきか、具として混ぜてしまうべきか‥‥」
 石田 神楽(ja4485)はメインメニューであるカレーの下準備としてじっくりと野菜を煮込む水無月沙羅と水無月 葵(ja0968)の片隅でサイドメニューの考案していた。
「腹が減っては戦はできぬ、ですね」
 食材を増やすのは石田としても本意ではなかった。予算をオーバーする可能性がでてくるからである。さらに教師陣から一つの問題が伝えられていた。プロパンガスの重量である。
 今回作製する屋台は大規模作戦での使用を前提にしているため、長距離輸送が必要になる。その輸送にプロパンガスの重量は重荷になり、加えて引火の危険が伴う。資格が必要かもしれないというのが教師陣の意見だった。
「今は料理の事に集中しましょう」
 つけおいた白米をザルから掬い上げ、沙羅は炊飯用にレンタルした羽釜へと移し変える。コンロに乗るように位置を整え、弱火でじっくりと火を当てていく。
「炊飯に二十分、蒸らしに十五分、炊き上がりまでおよそ三十五分です。これでおふくろの味に近づけるでしょう」
「了解しました。こちらもそれに合わせましょう」
 石田の意見を元に葵はカレー鍋を二つに分けた。受け入れられる人間の幅を増やすために甘口用と辛口用の二種類を作るためである。その一方で石田自身はカレーに合わせるコンソメスープを作成に取り掛かった。
「カタリナさんには後一時間ということで連絡しておきましょう。宣伝だけして料理が遅いというのは笑えませんからね」
「屋台作製の方はどうなんでしょう」
「耐火の方は一通り済ませ、現在外で実験中のようです。肝心の屋台の方は大部分が完成、後は発生した水蒸気の抜け道と見栄えを良くする為の簾だけということでした」 
「となるとこちらも負けられませんね。ご飯が炊き上がったら仕上げに入りましょう」
 料理を担当する水無月姉妹と石田も作業の手を早めていった。

「お待たせしました。ごゆっくりお召し上がりくださいませ」
 学園の校庭へと鍋を運び、沙羅は完成したカレーを振舞った。
「量はありますから、心配しなくても大丈夫ですよ」
 依頼から帰ってきた者、学業を終えた者、近隣住民が列を作っていた。その中には宇田川や甲賀、カタリナの姿もあった。
「一緒にスープはどうでしょう」
 石田も声を張り上げる。だが参列者の中に屋台改造班である黒百合、向坂、桐村、そしてスグリの顔ぶれは無かった。
「改造班は?」
 甲賀が石田に尋ねる。
「もうすぐ終わると聞いていましたが、まだ見えませんね。水蒸気の抜け道を考えているという事でしたので、甲賀さんの出番かもしれません」
「そういうことなら行かなければならないね」
 観客の要望に応えるままに幾つか穴を開けてしまった服を羽織り、宇田川と甲賀も工作室へと向かう。そして十分後に屋台、改造班とともに校庭へと姿を現した。
「無事完成しましたよォ‥‥」
「我ながらいい仕事したぜ」 
 桐村の用意した砂糖多めの紅茶を啜りながら、黒百合と向坂はそれぞれに感想を口にする。
「苦労に見合うだけの仕事はできましたよォ‥‥」
「ですね。後は実際に使いながら改良を進めてもらいましょう」
 早速水無月が調理台に立ってみる。奥行き二メートルと手狭な印象はあったが、クーラーボックスなどの収納場所はコンパクトにまとめられていた。
「そういえばプロパンガスをどうするのかという疑問を受けたので連絡しておきます」
「ガスの問題か、カセットコンロじゃ間に合わないんだな」
「十人分ぐらいなら作れるでしょう。でもそれ以上は難しいですね。数を揃える必要があります。プロパンガスを準備できるのであれば、それが一番いい気がします」
 向坂の質問に石田が率直な意見を返した。
「ただ先生方の心配も当然です。この辺りは依頼人ともう一度詰めていくしかないでしょう」
「勢いで走ってるところはあったからな。ここらで一度地に足付けてもらおうか」
 宣伝の話を聞きつけて依頼人である学生も姿を現す。参加者達は食事会として事情を説明し、完成した屋台を引き渡すのであった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 黄金の愛娘・宇田川 千鶴(ja1613)
重体: −
面白かった!:2人

赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
料理は心〜学園最強料理人・
水無月沙羅(ja0670)

卒業 女 阿修羅
黄金の愛娘・
宇田川 千鶴(ja1613)

卒業 女 鬼道忍軍
水神の加護・
珠真 緑(ja2428)

大学部6年40組 女 ダアト
黒の微笑・
石田 神楽(ja4485)

卒業 男 インフィルトレイター
崩れずの光翼・
向坂 玲治(ja6214)

卒業 男 ディバインナイト
One for All All for One・
甲賀 ロコン(ja7930)

大学部1年304組 女 鬼道忍軍
余暇満喫中・
柊 灯子(ja8321)

大学部2年104組 女 鬼道忍軍