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マスター:八神太陽
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:4人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/11/23


みんなの思い出



オープニング

 西暦二千十五年十一月夜半、重清は山の中で瞑想の日々を送っていた。何故こんな事になってしまったのか、考えても答えの出ない悩みを考え続けていた。
 事の始まりはまだ三人が天界で暮らしていた時の事である。雄一が人間界で拾ってきた一冊の雑誌だった。一つの球を取り合い、壁から吊るしたリングに入れる。始めは何が面白いのか分からなかった。見様見真似でやってみても、雄一重清歩美の三人では体格差があり常に雄一が圧勝する。負けた二人もだが、勝った雄一でさえ楽しめなかった。
 この件で重清は人間というものを馬鹿にしていた。こんな詰まらないものに夢中になり、戦闘訓練も禄にしない存在。それが重清による人間論だった。だがそんな考え方に急激な変化が求められる。雄一が人間にバスケットボールで負けたのである。
 別任務を与えられていた重清はその負けた現場を直接目撃はしていない。本当に負けたとは思えなかった。だが当の雄一が負けたといい、その現場を歩美も見ていたという。そしてそれから雄一がバスケットボールに取り組んだ。やがて天使としての任務よりもバスケットボールに時間を割くようになり、堕天使となる事まで決意する。理解できなかった。そして重清は堕天使となった雄一と歩美の監視として一緒に人間界へと付いて行った。

 同じ頃、根間も山の中を歩いていた。視線の先には仕事終わりの鮫島がいる。当然寮の方向ではない。そして鮫島の様子も普通の空気ではなかった。殺人犯を追っている時のような緊張感が遠くからでも感じられた。
 鮫島の様子がおかしいというのは一月前の体育館の件以来、根間を悩ませる要因の一つだった。歩美を見捨てても多くの人を助けるというのは一見正論に聞こえた。だが事件解決後の撃退士と鮫島のやりとりを見ていると、あれは歩美を見殺しするのが目的だったのではないかという気持ちが芽生えたのである。
 根間としては今歩美が留置所に入っている事が励みだった。本人は自分の正体を堕天使だと語っているが、裁判は通常通り行われるという。留置所であれば鮫島も容易に手を出せないはずだった。
 それでも根間がこうして鮫島を尾行しているのは、勤務中に届いた一通の封書だった。どこにでも売ってあるような安い茶封筒で、宛名は警察署鮫島様となっている。そして差出人の名前は書かれていない。上司から鮫島に渡すように命じられた時に嫌な予感がした。そしてその予感が確信に変わったのは、封書を読んだ後の泣いているとも笑っているとも取れる鮫島の表情だった。

 やがて鮫島が足を止める。奥に立っていたのは重清だった。聞き耳を立てると辛うじて二人の会話が聞き取れる。
「待っていたよ」
 アニメのような高い声で重清が話している。
「こっちの要望を聞いてくれたという事でいいんだよね」
「そっちの出方次第だ」
 鮫島が低く曇った声で答えた。
「お前の要望は歩美の死、それでいいんだな」
「そうだよ」
 重清の声は笑っているかのように明るかった。
「僕は天界から逃げ出した雄一、歩美の二人を処分しにきたんだ。本当は連れ戻すのが役割だったんだけど、あの黒い犬を見てからは無理だと思い始めてきてね。君が仕業なんだろ」
「知らんな」
「とぼけないでよ。ヴァニタスがディアボロを作り出せることぐらい僕だって知っているんだから」
 重清が手を叩いた。
「僕はこれでも君に感謝しているんだ。二年こっちで暮らしたけど、あの二人は人間としての生活に馴染んで天界に戻ろうとはしなかった。やるしかないと思い始めてきたところだったんだよ」
「勝手にやれ。歩美なら留置所だ。お前が天使っていうのなら物質透過で潜り込めるだろ」
「それは僕も考えた。でも警戒されてるでしょ、やっぱり。撃退士でも派遣されていたら困難になる。僕としてはもっと容易に任務を遂行したいんだ」
 笑う重清に対し、鮫島は人を食うような鋭い眼光をぶつけている。
「協力する筋合いは無い。俺の目的はお前達の一掃だ。当然重清、お前も含まれる。勝手に留置所に行って捕まって撃退士にやられろ」
「この一件が終わったら僕は天界に帰るよ」
「それを信じろっていうのか」
「僕の任務は二人を連れ帰るか処分するか、それが終わったのなら僕に用は無い。天界に帰るのが筋だと思わないかい」
 沈黙が走る。根間は鮫島が重清の言い分を信じない事を祈った。だが鮫島は重清の提案に乗る。
「だったら護送車を狙え。明日の朝この傍を通る」
 歩美を守りきってみせる、根間は自分に言い聞かせた。 

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リプレイ本文

 荷台から見守る根間の案内を聞きながら、向坂 玲治(ja6214)は護送車のハンドルを握っていた。助手席にはラファル A ユーティライネン(jb4620)。そして荷台の中央には偽歩美が座り、両脇を緋打石(jb5225)
ジョン・ドゥ(jb9083)が囲んでいる。
「ここを左だな」
 街中を通り始めて数分、すれ違う車は多いが偽重清の車はまだ見つかっていない。
「ボンネットにロボットの絵だったな」
 ジョン・ドゥは前後左右を確認する。
「こっちに来る前に確認したから間違いないんだぜ。二ヵ月前に直接見たけど、あれを見落としたらどこに目をつけてるのか疑われるレベルじゃねーの」
 全ての発端となった名護家での事件、それに向坂、ラファル、ジョン・ドゥは参加していた。犬に襲われたのは歩美だが、事件解決後に重清と故人となった雄一が駆けつけている。
「それは覚えている。だが時間はあったんだ。塗りなおす事もできると思ってる」
 車が止まる。ジョンが見上げると信号が赤になっていた。
「前方来るぞ」
 向坂が警告する。対向車線の信号の先には車が二台止まっていた。一台目は軽、そして二台目にはロボットの描かれた車が止まっている。
「ナンバーは」
 緋打石が尋ねる。荷台に座る彼女の位置からは車の車体が僅かに確認できるだけだった。
「一台目が邪魔して見えないんだぜ」
 着慣れない儀礼服から首を必死に伸ばしながら、ラファルは何とか二台目の様子を伺う。
「運転席に一人、助手席は分からねーの。向坂の方が見えるんじゃねーの」
「こっちからも‥‥」
 話を振られた向坂だが、突如口を塞いだ。上から異音が聞こえたからである。刹那、屋根が壊れる。燃えるようなオーラに包まれた巨大な光が車体を貫通し、参加者四人、歩美、根間の六人を襲った。すぐさま防御体制に入る参加者の四人。信号は既に青に変わっていたが、気にしていられる程の余裕が無かった。
「車ごと壊しに来たとか、殺意高すぎるんじゃねーの」
 真っ先に我に返ったのはラファルだった。上からの攻撃だった事も踏まえて飛び出し、車体の屋根へと陣取る。
「敢えて施錠しなかったのは、やっぱ正解だったじゃん」
 対向車は二台とも既に姿を消していた。代わりに残っていたのは二匹の犬である。見覚えのある犬だった。黒犬、やや大きめ。二ヶ月前に見たものである。二匹はラファルの姿を認めると、猛突進を仕掛けてきた。
「今は犬と遊んでる程暇じゃないんだぜ」
 ラファルは本気で戦っていいのか一瞬思案した。犬が歩美と勘違いしてくれているのならば、まだこちらにイニシアチブがあると言えた。そんな悩みが手を鈍らせたのか、犬二匹の攻撃に空蝉を使用、カウンター気味に入れたラファルの攻撃も空を切る事になった。
 
 一方荷台では惨事になっていた。一般人である根間が息をしていない。歩美は向坂の庇護の翼のお陰で無傷であるが、座席で小さくなって震えている。そして緋打石、ジョン・ドゥも光の直撃から逃げ切れず、防御した腕や無防備だった足を中心に出血している。加えて緋打石は重荷を課せられたような動きにくさを感じていた。
「逃げろ」
 極限にまで追い込まれた状況でジョン・ドゥは緋打石に命じる。
「歩美殿の振りをするんじゃな」
 ジョン・ドゥの考えを緋打石は瞬時に読み取った。
「この一手、読みきれなかったのは自分達のミス。だが二度と同じ手にはまる自分達ではないのじゃ」
 二人が最も恐れたのは同じ範囲攻撃の二発目だった。運転席では向坂が必死にハンドル周りを操作している。だがエンストしているのか、エンジンはかからない。しかし根間と歩美を運び出せる状況ではない。二人は敵の視線を寄せつつ、車から興味を外さなければならない。難題だった。だがやらなければならない、人命が掛かっている。
「学園で会おうぞ」
 緋打石はそれだけ言って車の扉を開けた。そして重い体を引き吊りながら全力で脇道へと入る。そしてジョン・ドゥは後方に亜空砲を放った。反動で車を多少なりとも動かすと同時に、埃を舞い上げて目隠しをする。敵が本当に緋打石を狙うかは賭けでしかない。だがやがて後方から矢が飛んでくる。掛けに勝った瞬間だった。
 空蝉で矢を回避し、緋打石は裏路地へと入る。人がすれ違うのがやっとの道幅、車が入る事はできない。更に角を曲がる。これで射線も通らないはず、一安心して緋打石は後ろを振り向いた。重清が追ってきている様子は無かった。ここで迎え撃てば挟撃ができる。緋打石はアジュールを構えた。鍛えられた糸は容易には見つけられない。相手に気取られず迎え撃つには最適の武器である。
 だが緋打石にも懸念が一つあった。切り札である空蝉を使い果たしている事である。今の内にスキルを切り替えるべきだろうか、緋打石は考える。しかし考える途中で腹部に痛みが走った。光の痛みとは違う痛み、視線を下に向けると男の手刀が緋打石の腹を突き刺していた。
「鮫島」
 緋打石が男の腕を掴んだ。
「残念だったな。歩美殿だと思って来たんだろう」
 敵と認識した鮫島への口調はぶっきらぼうなものへと切り替わっていた。
「代わりに自分が相手になってやろう」
 密着した状態から緋打石は足の力だけで跳躍し、アジュールを鮫島の腕に絡ませる。そのまま鮫島の背後を取ると、手首を切り落とした。
「もう一本も落として欲しいか?」
 緋打石は威嚇するように鮫島を睨んだ。しかしそれは緋打石にとって精一杯の行為だった。着地の衝撃さえ上手く吸収できず、脳が揺れた。地面に膝を手をつかなければバランスを取る事さえできない。光の直撃から腹の貫通。特に腹部からの傷口からは、おびただしい量の血がアスファルトを赤く染めている。気を張っていなければすぐに飛んで行きそうな意識を引き止めるために、目の前の男を強く憎まなければならなかった。
 だが鮫島はそんな緋打石を思惑を全て飲み込んだようにゆっくりと近付く。
「二年前を思い出すようだ」
 ようやく鮫島は口を開いた。
「二年前の山狩り、俺は死に掛けている男を見つけた。名前は知らなかったが、後で名護雄一だと分かった。お前達の知っている堕天使の雄一ではなく、本物の雄一だ。今のお前のように強気な言葉を吐いていたよ」
「最期を看取ったのか」
「生物学的にはそうなるな。ただ俺は彼に復讐の機会を与えた。ヴェニタスとして再生し、襲ってきた犬とその飼い主を見つけ殺害するように命じたんだ。二年も追い続けるとは思っていなかったがな」
「二ヵ月前のあの犬は」
 緋打石は息を呑んだ。嫌な予感が脳裏を過ぎる。
「あれが本物の名護雄一だ」
「嘘だ」
 緋打石は頭を振った。
「あの依頼の依頼人は警察だったと聞いている。あの犬が鮫島の作ったものなら何故自分達に依頼を出した」
「忘れていた」
 緋打石は鮫島の言っている言葉が瞬時には理解できなかった。
「忘れただと、お前は人の命を何だと思っている。根間さんだって今、生死の境を彷徨っているんだぞ」
「復讐の道具だよ」
 鮫島は明言した。
「復讐はいいものだ。憎悪が憎悪を呼ぶ。そして警察の手間が省ける。増えすぎた犯罪者を減らすために復讐を法的に認めればいいとさえ俺は思っているよ」
「貴様」
「根間は馬鹿だった。天魔の相手は撃退士に任せろと言ったのに首を突っ込んだからだ。死んで当然だろう。そもそもお前達が進路を変えなければ、こちらもスマートな手段が取れたんだ」
 緋打石は鮫島を睨む。しかし彼女の意識が保ったのはそこまでだった。

 同じ頃、向坂はエンジンの再始動に見切りをつけていた。既にキーは何度も回している。だがエンジンは一度も反応しない。直接見たわけではないが、向坂はエンジンブローだと予測していた。日曜大工を得意とする向坂ではあったが、車相手でははっきりとした事は言えない。サイドブレーキを引くかどうかの選択肢しか思い浮かばなかった。
 数秒の逡巡を経て、向坂はサイドブレーキを引かない選択をした。亜空砲で数センチとは言え動かせるのであれば、敵の狙いをずらす事が出来る。そして先程の緋打石への攻撃位置から、敵が建物の屋上に陣取っていると思われた。舞い上がった埃で場所の特定はできていない。だがおおよその位置が掴めたのは、相手の行動を読む上でも行幸だった。
「後ろに注意してくれ。俺も犬退治に向かう」
 ジョン・ドゥに後方注意を任せて向坂も車を降りた。庇護の翼の範囲に留意するために、一度振り向いて根間と歩美の位置を確認する。歩美を狙っている事は分かっていた、だからこそ庇う事もできた。だが根間に関しては想定の範囲外だった。護衛対象ではない、スキルに回数制限がある、敵がまだ範囲攻撃を残している可能性がある。多くの不特定要素が向坂に、根間も護衛するという考えを排除させつつある。その行き詰った思考から脱却させるのは攻撃に打って出る、それしかなかった。
「行って来い。こちらも苦手を克服する良い機会だと思っている」
 ジョン・ドゥはジョン・ドゥで仕事があった。回復役のいない今回、ジョン・ドゥの持つ救急箱が唯一の回復手段となる。しかしジョン・ドゥは冷酷だった。無意識に傷ついた根間よりも護衛対象である歩美を優先する。紅帝権限・『拒触』を使い、敵が歩美に接近できないようにしたのである。
「これでどう出るか‥‥だな」
 埃の迷彩は間もなく終わる。その時重清と鮫島がどう来るか、ジョン・ドゥは緋打石の逃げた方向を見つめていた。

 舞い上がる埃の中でラファルは変化の術を使用した。打ち合わせはしていないが、緋打石が走り出すのはラファルも確認している。戻ってきていないのは気がかりではあったが、敵を混乱させるためには最適という判断だった。犬二匹に攻撃されるが、ラファルはこれを両方無事回避。そして降車し伏せていた向坂がカウンターで一匹にアーマーチャージを仕掛ける。標的の確認しにくい位置からの攻撃であったため、で狙いが上手くつけられなかった一撃ではあった。だが犬にとっても死角からの一撃で回避が間に合わない。綺麗な弧を描きながら信号の先まで吹き飛んだ犬は、落下後痙攣をしながらもやがて動かなくなった。
 
 埃が晴れる。そこでようやくジョン・ドゥは重清を確認した。羽を生やして上空を飛んでいる。そしてすぐにジョン・ドゥは不可思議な光景を目にする。飛んでいたはずの重清が何故か落下したのである。理由は分からない。だがこれは好機には違いなかった。
「重清が来るぞ」
 ジョンが二人に注意を喚起する。緋打石の不在は気になったが、敵の位置が確認できるという機会は無視できなかった。一方重清も変化の術を使ったラファルを認め、攻撃を仕掛けてくる。指を銃のように構えて腰を落とし、ラファルへと向ける。
 やがて重清の指が上がる。同時に光弾のようなオーラがラファルに向かって一直線に向かっていく。速くはなかった。そこでラファルはギリギリまで光の弾を引きつける。と同時に残った一匹の犬を捕まえて弾道の延長線上へと投げつけた。
「これが一石二鳥だぜ」
 得意げになるラファル。だが重清も笑っている。
「その動き、偽者だね」
 重清はそう答えると同時に指を天へと向けた。指先に光が集まっていく。やがて光は大人の身長を超える程の大きさにまで成長する。
「最初の光だ」
 ジョン・ドゥは歩美を車外へと連れ出した。向坂は庇護の翼を発生させる。ラファルは重清に接近する事で、全員が同時に巻き込まれる危険から回避する。光が落ちたのは護送車だった。粉砕されたガラス片や部品が周囲に散乱する。向坂とジョン・ドゥは盾となり歩美を守る。そしてラファルは重清との距離を詰めると同時に手にアウルを集中させた。アウルは一本の刃を形成する。
「俺のとっておきだ。釣りはいらないぜ」
 重清の懐に潜り込み、ラファルは刃を突き立てた。始めは相変わらずの笑顔を浮かべていた重清だが、すぐに苦悶の表情へと変化する。
「やっぱりこうなる運命だったんだね」
 それがラファルの聞いた重清の最期の言葉だった。

 その後三人は歩美を抱え込んで徒歩で警察へと駆け込んだ。鮫島は残っていたが、襲ってくることはなかった。
「重清が倒された事で満足したって事か? 相変わらずよくわかんねーな」
「重清だけは逃がしたくなかったんだろう。歩美はこのままいけば刑務所行き、追跡はそれほど難しくない。それに引き換え重清は恐らく天界に戻るだろうからな」
 警察で三人を迎えたのは、緋打石発見の報だった。事態を知った周辺警官が発見し、救急車を呼んだらしい。一緒に根間発見の報もあったが、こちらは手帳が無ければ本人確認が取れないという状態だったらしい。誰がいうでもなく三人の足は病院へと向かっていた。
「運命って何だろうな」
 ラファルは重清の最期の言葉を反芻する。ラファルの言葉に向坂とジョン・ドゥは根間の姿を思い起こした。それから病院に着くまで誰も口を開こうとはしなかった。 


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