「普通それほど大きなものは通さない仕組みになっているみたいです」
浄水施設の見学を終え並木坂・マオ(
ja0317)、紅華院麗菜(
ja1132)と赤金 旭(
jb3688)が魚腹湾で調査を続ける常磐木 万寿(
ja4472)に定期連絡を入れた。
「実際に今魚腹川を見ているが目立ったゴミはないな。とりあえず浄水場で聞かせてもらった話はレコーダーに録音しておいたよ」
「何か気になる事は?」
常盤木の言葉に紅華院が答える。
「沈殿物はかなりの確率で回収しています。実際沈殿槽を見せてもらいましたがビニール袋やペットボトルのような大きなゴミは全て回収しているようです」
「一応施設内も俺の歩数基準で方眼紙にマッピングしておいた。幾つか立ち入り禁止の扉があったから、そこには※付けておいたぞ」
「ありがとう。助かる」
「臭いなどもほぼ除去されていました。何人か周辺住民に聞き込みを行いましたが、施設自体への不満はそれほどないようです。ただ抜け道が無いわけでもないです」
「というと」
「魚腹川にも魚が住んでいるんだ。聞き込みしたのも釣り人だ。浄水施設は魚腹川の一部を塞いでいるんだが、魚が通るための逃げ道が用意されている。そこを抜けられた場合は絶対とは言えない」
「確かにそうだな。それに関して施設の人々の意見はどうなんだ」
「浄水施設の意義は川の汚れを減らす事であり完全に浄化する事ではない。だからある程度汚れが海に流れるのは仕方ないということだった。元天使としてはどうなんだって気持ちなんだが、実際の所はどうなんだろうな」
「魚の逃げ道が必要なのは分かります。しかしどういう使われ方をしているのか不明な点があるので見てこようかと思います」
「頼んだ」
「それと気になる事が一つ。昨日も見学に来ていた人がいるようです」
常盤木は頭を巡らせた。紅華院はわざわざ意味のない事を報告するだろうかということである。
「それがこの事件と関係あると睨んでるんだな」
「元々あの浄化施設を見学に来る人間は少ないらしい。そこにここ数日で二件の見学っていうのが気になったんだよ。そこで見学者名簿を見せてもらったんだがな」
「見学者の名簿は山田太郎となってました」
「偽名だろうな」
「住所によると近所のようですから確認にもいけますが」
「念のため頼む」
三人はそれで通話を終了した。
一方港周りで調査を進めていた常盤木、ハッド(
jb3000)、青銀 朝(
jb3690)では邪険な雰囲気に襲われていた。倉庫の一角で昼間から酒盛りが行われていたからである。
「話が聞きたいんすけど」
青銀が倉庫の入口に立つ男に話しかける。煙草を咥えていかにも手持無沙汰にしている男だった。だが男は青銀を一瞥すると鼻で笑う。
「話す事なんかねえよ」
煙草を手に取ると男は火のついている方を向けて青銀へと向けた。
「どういう意味っすか、これは」
「見ての通りだよ。ガキは帰って寝てろ」
「む」
挑発に思わず怒りを露わにする青銀、それを常盤木が止める。
「時間をとらせてしまって済まないな」
「最後に一つだけ聞きたいのじゃ。子供の死体が上がるって噂は聞いたことないじゃろうか?」
「知らねえな。話が聞きたければアポとってこい」
ハッドの言葉にも男は拒否を貫く。一旦その場を後にする三人だが、男のその強硬な姿勢が三人に記憶に強く刻まれた。
「潮の流れ、やっぱり気になるねぇ」
他の参加者達が陸上での調査を続けている中で、ゴムボートに揺られながら氏家 鞘継(
ja9094)は一人首を傾げていた。今日一日海上で過ごし、波の流れが変化している事に気付いたからである。
「やっぱり風の流れ自体が変わっているでござる」
二人のバハムートテイマーである草薙 雅(
jb1080)、雨霧 霖(
jb4415)はそれぞれスレイプニルとストレイシオンを召喚、ボートの下を始めとする海中の捜査を開始していた。そのサポートを受けてRehni Nam(
ja5283)も海中へと潜っている。しかし今の所鮫の姿は見えない。そこで提案されたのが氏家による潮の流れの変動だった。
「それが真実なら重要項目ですね」
Rehniとしては生死の関わる話より風向きが変わる事の方が興味が湧いた。
「鮫も夜間に目撃されて昼間には見られてないらしいですからね。でもそれってつまり夜間に沖から流されてきたって可能性もあることですか」
Rehniは考えを巡らす。それはつまり鮫を放った某研究所が沖合にある事を意味しているからである。そして自分達が海の中でどこからでも観察できる立場にいる事を悟る。
「ひょっとして私達、誰かに見られてます」
思わずRehniは周囲を見回した。
「見られてるよ」
雨霧は断言した。
「きみは海中とボートを行き来していたため気付かなかったかもしれないが、船が一隻通るたびに船員達は何をしているのかと私達に好奇の視線を送ってくる。見せ物にされている気分だよ」
雨霧は港に停泊している一隻の船を指差した。停泊して間もないのか甲板にはまだ人の姿がある。まだ若い船員が何人かこちらの視線に気付き手を振ってきた。
「大文字殿によると私達は海底調査となっているでござる。こんな時間から活動していれば衆目を集めるのも仕方なき事でござろう」
「まだこれといった成果も上がっていないからな」
召喚獣達が現在も捜索を続けているが、海底に見つかるのは輸送に使われたと思われる木箱、使い古された穴の開いたゴム長靴、コンテナの残骸などのゴミが散乱している。だが肝心の鮫に繋がるようなものは見つかっていない。
「本音から言えばテストしてみたいねぃ」
空を眺めて氏家は呟いた。まだ太陽は南の空を回ったばかりだった。夜まではまだ時間はかなりある事を改めて悟る。
「依頼人に頼んでみましょう。記事にもなりそうですなので話に乗ってくれそうです。海底の確認するついでに依頼人の所までいってみましょう」
Rehniが再びボートの端へと腰を下ろし、水中へと身を滑らせる。
「では私は気象台に連絡してみるでござる。この辺りの潮の流れもある程度把握しているかもしれないでござるからな」
「それは有りかもしれないねぃ」
氏家も草薙の提案を受け入れたのだった。
浄化施設を訪問した並木坂、紅華院、赤金は続いて付近にある大衆食堂を訪れていた。昼時を終えて店内もやや落ち着きを取り戻している。赤金は店内を一度見回して席に着き店員らしき年配の女性に話しかけた。
「魚腹川について話を聞きたいんだが」
赤金は必死に逸る衝動を抑えつつ店員に尋ねる。
「ここ最近で何か変わった事は無いか」
赤金の視線の先にあるのは壷だった。横には自家製梅干しと書かれた木札が置かれている。赤金がこの店に入ったのもショウウィンドウからこの壺が見えたからに他ならなかった。そんな興味半分に入った店ではあったが赤金はテーブルの下で強く拳を握りしめる。噂に繋がる確かな情報を得たからである。
「どっかの研究所から飼育されていた鮫が逃げたっていう話でしょう。昨日も聞かれたわよ」
「昨日ですか」
思わずオウム返しに紅華院が言葉を返した。その言葉に自信がなくなったのか女性は別の店員に確認を取る。その様子を三人は急かされる思いで見つめていた。三人の脳裏に浮かぶのは昨日浄化施設を訪問した山田太郎という人物だった。名前以外は判明していないが、怪しい人物である事に違いない。やがて女性が三人の方へと向き直る。
「やっぱり昨日だね。日替わりのハンバーグ定食が無くなった時に来店したから」
「何か他に尋ねられましたか」
「魚の釣れ具合とかかな。川自体は綺麗になったけど魚が増えているっていう話はまだ無いんだよね。代わりに物騒な噂が広まってね」
「子供の死体」
並木坂が言葉にすると女性は露骨に嫌な顔をした。
「そんな物騒な話は初めて聞いたよ」
「違うのですか」
「私が聞いてるのは積荷泥棒だよ。それも医療品専門のね」
何か噛み合わない印象を受けながらも三人は貴重な証言を得たと確信していた。
「医療品泥棒っすか」
浄化施設班からの報告を受けた魚腹湾班の中で青銀は真っ先にその報告を疑った。一つは実力を未だに信用できない兄からの報告である事、もう一つは先程自分達が追い返された倉庫の持ち主を調べると、所有者が製薬会社だったからである。
「それは伝えた方が良いのじゃ」
いきり立つハッド、だがそれを常盤木が止める。
「被害が既に出ているのなら向こうも知っていると思うんだ。それに気になる事がある」
「例の政策っすか」
三人は倉庫の所有者を調べるに当たり気になる情報を得ていた。前回の天魔強襲を反省点として魚腹市は食料品や医療品の備蓄に務めているというものである。そのため倉庫は現在医療品関係の会社により借り受けられている。
「一つはその医療品の優遇政策だ。善悪の判断を下す事は難しいが医療品泥棒の責任の一端を担っている可能性が高い。それともう一つが道元さんの行方だ」
「前の依頼人さんすね」
青銀の問いに常盤木は頷いて見せる。
「確かに依頼人変更は気になる事じゃが、今回の件と関係あるのじゃろうか」
「判断できる要素は無い。ただ大文字さんに先程確認したら連絡が取れない状態らしい」
「でも取材中は連絡が取れなくなる事もあるって大文字さんは言ってましたが」
「そこも不確定要素だ。今まで二回道元さんと話しをさせてもらったが何かを探している印象を受けた」
誘拐事件ではないか、常盤木は自分の中に結論を抱えていた。だが根拠があるわけではない。他の参加者に余計な不安を煽るような事を口にする気にはなれなかった。
「それじゃ空から飛んで探してみるっすか?」
青銀は周囲を確認して背中に羽を生やす。
「アンパンと牛乳は準備は万全っすから多少の無理は利くっすよ」
「だったら例の倉庫と怪しい人物を頼む。地上は俺とハッドで回ろう」
「何かあれば吾輩に連絡するのじゃ。この辺りの地図を書いているのじゃから役に立つはずのじゃ」
ハッドはこれまでまとめてきた港の地図を青銀に見せつける。それを確認して青銀は空に飛び立った。
張り込みをして数刻、既に付近は夜の帳が下り付近も暗くなっている。
「結局噂は噂だったか」
ボートの上で待機したまま雨霧は訝しむ。時間を過ぎても人の死体らしきものは流れてこない。ただ昼間に氏家が指摘したように風の流れと波の流れは逆転していた。
「これで良かったのですよ。人の死体をネタにするのは私も腰が引けてしまいます」
Rehniは何事もなく終わったことを純粋に喜んでいた。一日かけて海底のゴミ掃除をやったこともあり身体に疲労が溜まっているのも事実だった。
「結構ゴミが落ちてましたから、それを何かと見間違えたのでしょう」
「それはあるかもしれないでござるな」
草薙はRehniに同意する。
「潮の流れが変わったところで一時的に海底のゴミが浮き上がる現象が見られるのでござる。これがその噂の原因ではござらぬだろうか」
「それだといいんだけどねぃ」
氏家はそこまで楽観視できなかった。回らない頭を回すために買い置きしたおにぎりを摘みながら必死に状況を整理する。
「疑問点があるのでござるか」
草薙が尋ねると、氏家はおにぎりを飲み込むようにして食べ終えた。
「鮫の噂だけならその現象で説明できると思うんだよねぃ。でも死体の方が説明できないじゃないですかぃ」
「それもあったな。まだ判断を下すには早いだろう」
雨霧も慎重な声を上げる。そこにスマホで連絡が届いた。定期的に空から観測している青銀からの連絡である。
「確認してもらいたいものがあるけどいいっすか?」
「何をだろうか」
雨霧は出来る限り平静に振舞おうとするものの心の中では今日で最も慌てていた。青銀の口ぶりからすると死体かそれに相当するものが見えたという事だと想像してしまっていたからである。
「そこから北に百メートル程行ったところに何かが見えたっす。テッドさんの地図によるとその辺りも魚影の確認位置らしいんで見てもらっていいっすか」
「了解だ」
話を聞きRehniが海へと潜りスレイプニルとストレイシオンが先行する。そして青銀の指定した位置で黒い物体を発見した。
「何でござるか、これは」
Rehniの手により運ばれてきた黒い物体に草薙は首を捻る。
「見た感じは釣りの浮きみたいなもののようでござるが」
「確かにそんな感じだねぃ」
叩いてみる氏家、材質はゴムのような弾力のあるものらしい。大きさは直径で三十センチほど、小脇に抱えられるくらいの大きさがある。
「壊してみますか」
Rehniは戦闘を想定して準備しておいたメタトロニオスを実体化、そして黒い物体に穴を開ける。
「何か入っているか」
物体の中を覗きこむ雨霧、しかしすぐに顔を背けた。続いてRehni、氏家、草薙と中身を確認するが皆一様に顔を背ける。そして発見報告をしてくれた青銀に雨霧は連絡を入れた。
「大文字さんは近くに居るか」
「今は常盤木さんとハッドさんに混ざって張り込みしてるっすけど、どうかしたっすか」
事情が呑み込めない青銀は思わず疑問の声を上げる。
「死体が上がったんだ。本人確認をしてほしい」
「大文字さんにっすか」
相変わらず青銀は疑問の声を出し続ける。そこにRehniが言葉を補足する。
「先程青銀さんの見つけた物体の中から首だけの死体を見つけました。道元さんの顔に似ています。確認をしてもらいたいのです」
Rehniは事情を淡々と説明する。似ているという言葉を使いはしたが、前依頼人の道元に間違いないだろうという印象もある。
その夜、魚腹湾には海面に綺麗な月が映されていた。