「飛行場には旅行で来たかったわ」
青木 凛子(
ja5657)が周囲を確認する。見える範囲に見えるのは小型のジェット機が二機と倉庫、そして背後に管制塔と空港が建っている。
「こういう広いとこ、一回思いっきり滑ってみたかったんだよね」
武田 美月(
ja4394)は既にインラインスケートを装着。そして標的となる鳥を見つけると、走り始めた。
「とりあえず、ぱぱっと近づかなきゃ」
「そうですね」
武田の指差した先を確認し、新井司(
ja6034)は軽く息を吐いた。
「強攻策になっちゃうのか‥‥時間があれば鳥が本当に天魔かどうかを確かめるとか出来るだろうけど」
新井も武田の後を追い全力移動を開始する。それに他の撃退士達も続いた。
開始から零秒、全力移動をする撃退士達の中で戸次 隆道(
ja0550)は闘神阿修羅を発動させる。
「ここは速度を追求しますか、巧遅は拙速に如かずとね」
静かに内側に秘めた闘気を解放する。移動力も増える闘神阿修羅では十秒後には追いつく計算である。またカタリナ(
ja5119)は全力移動をしながらリジェネレーションを使用、鳥の攻撃に控える。
開始から五秒、撃退士達はそれぞれの配置についた。御堂・玲獅(
ja0388)、カタリナの二人を前線に、影野 恭弥(
ja0018)、新井、小松 菜花(
jb0728)が続き、青木と敢えて速度を落とした武田が最後尾に回る。戸次はまだ追いついていない。
鳥四羽を眼前に控え影野が煌焔眼、武田が冥魔認識、小松がストレイシオンの召喚と補助スキルの発動に取り掛かる。攻撃開始の皮切りとなる御堂のコメットを待つためである。だが本当の皮切りはコメットにはならなかった。戦闘態勢を整える撃退士に対し鳥達が動いたからである。
鳥の動きに真っ先に反応したのは影野だった。まだ煌焔眼の準備が終わっていない事を悔やむが、彼の目の前では鳥が高度を上げていく。
「逃げる?」
カタリナが空を見上げた。鳥達は息をそろえたかのように空に浮かんでいく。だが五メートル程浮かぶと一転し、撃退士に向かって突撃を開始した。
「来ます」
カタリナが呟くと同時に鳥は加速、そしてそのまま撃退士達の群れに直行してくる。標的となったのは先行したカタリナと御堂だった。
「焦るな、確実に準備を。いち早く安全を確保するには」
カタリナと御堂は共に防御の構えをとった。その二人に対し、鳥は鉤爪を光らせた。
「近くで見ると大きいですね。範囲攻撃ですか」
鳥の進行ルートはカタリナと御堂の中間だった。二人の間を割って入りながら、通り過ぎ様に鉤爪を突き立てていく。
「なかなか早いわね。鳥だけあって命中は高いのかしら。ですが総て受けきります!」
四体の鳥の攻撃を前に防壁陣を敷くカタリナ。使用回数は四回、今回の鳥の一斉攻撃に全て使い切るつもりだった。しかし鳥は四体とも防壁陣の隙を狙い、カタリナの防御の薄い顔面付近を攻撃していく。リジェネレーションもあり多少のダメージも覚悟したカタリナだったが、積み重なるダメージはバシネットの厚い装甲を裂き、カタリナの頬に傷を作っていく。
「全力移動の後は反動がきついですね」
御堂も四体の鳥の攻撃を防御する。二体の攻撃を受け止めたものの、残る二体にはカタリナ同様に頭部を狙っていくが、御堂自身のダメージは髪を数本掠め取られる程度に留まった。
「これで‥‥こちらの‥‥出番ですね」
鳥の攻撃が終わったと判断し、再び影野は煌焔眼の準備を開始。だが気配は一向に遠ざからない、加速を続けたまま後続の影野達を襲っていく。
「拙い」
新井が声を荒げた。気付いた時には既に影野が回避を試みていたが二体に攻撃され瀕死に陥っている。新井、小松と防御を試みるも四体ともの攻撃をまともに受ける結果となった。
続いて攻撃してくるかと青木と武田も身構えるが、鳥達は再び空へと舞い上がる。
「厄介な攻撃ね。数の有利なんて無いに等しいじゃない」
呟く青木の隣で武田は中断していた冥魔認識を再開。結果は反応なしだった。
「あいつら冥魔じゃないよ」
「そうだと思いました」
武田の報告をカタリナは納得していた。敵の攻撃を受け止められなかったものの致命傷には至らなかったからである。そして神輝掌の使用を諦めた。
「本来なら散開した方が被害を抑えられるのでしょうが仕方ありません。小松さんはストレイシオンを自分に使ってください!」
瀕死になりながら小松はストレイシオンを召喚、自分の防御力向上を狙う。
「高速召喚術式‥‥展開開始、我が友ストレシオン、ここにいでよ。そして‥‥我が友の身を守るの‥‥」
影野も攻撃力を上げると同時に回避力も高めるために煌焔眼も使用した。
開始から十五秒、ここでも真っ先に動いたのは鳥だった。今度は散開、最後尾で全力移動中の戸次の方向へ直進を続けたのが二匹、引き返して左右に分かれたのが一匹ずつ。
「左を狙うわ」
続いて青木が左側へと移動、影野はそれを確認し無言のまま右側へと移動。足を引きずりつつも同時に散開することで鳥達の突撃から逃れる。逆に戸次は鳥に対し接近戦を挑んでいった。御堂はコメットを詠唱、カタリナは戸次とともに鳥を正面から迎え撃つ構えを取る。新井は鳥の直線から外れ目で追いつつクロスボウを、武田は手裏剣を小松はライトブレットAG8を構えた。
「戸次さん、相性が」
カオスレートをマイナスに振っていた戸次から見れば分の悪い賭けだった。闘神阿修羅を使用していても全力移動による負荷が体を襲う。その隙を鳥二匹は見逃さない。ファントムマスクとブリガンダインの隙間を爪で引っかいていく。すれ違い様に足を振るうが鳥二匹の間の空を切った。一方でカタリナも鳥の攻撃を一体の攻撃を受け損ない肌に手の甲に二本の血の筋を作る。リジェネレーションでの再生の範囲を既に越えているが、まだ動けないほどではなかった。
「早いのが厄介ですね」
カタリナがタウントを使用する。
「これで多少は楽になるでしょうか」
タウントの発動を確認し、御堂は鳥二体の更に奥の空間に対しコメットを使用。戸次とカタリナを射程から外しつつも、鳥二体を射程圏内に収めて発動させる。降り注ぐ隕石は鳥の進行方向を読んだかのように確実にダメージを積み重ね、一気に二体ともを消滅させた。
「‥‥残り二体‥‥なのです」
「一体よ」
小松の発言に青木が訂正を入れる。振り返ると青木の足元に胴に穴の開いた鳥が落ちていた。
「当たれば脆いみたい。牽制をお願い」
「はい」
新井、武田、小松の三人は振り返り、残る一体の鳥を確認する。影野が煌焔眼にロングレンジショットを組み合わせているが、出血のためか狙いが定まっていない。明後日の方向へと弾を撃っていた。
「このまま追い払うよ」
三人は構えておいた武器で一斉に攻撃、鳥はそのまま逃げていった。
開始から二十秒、御堂が負傷したものを集め癒しの風を使用する。
「撃墜できたの‥‥みんな一旦離れるの‥‥」
「そうですね」
一体逃した事が悔しいのか影野は鳥の逃げた方向の空を見つめていた。だが戻って来る様子は無かった。戻る算段を進める撃退士達だが、武田が発言する。
「できるだけ後片付けしない? ほら、『立つ鳥あとを濁さず』って言うでしょ?」
武田が全員の顔を見回した。まだ始まって二十秒足らずで時間的余裕はある。だが攻撃を受けていない武田と青木、そして軽傷で済んでいる御堂以外には回復こそ終わっているものの失血から来る疲労が色濃く出ていた。
「それもそうですね」
重い腰を上げたのは新井だった。
「これで事故を起こされても寝覚めが悪いですし」
撃退士達の周りには鳥自体の死体は無いが羽らしきものが散乱している。やや青味を帯びた白い羽が日光に当たり照り返す世界は幻想的ではあるが、新井にとってそれは一種妖しさを含んだエデンの園にも見えていた。
「分かった」
誰とも無く撃退士達は再び散開。出来る限りの羽の掃除に取り掛かった。
開始から四十秒、カタリナが退却を進言した。
「そろそろ戻りましょう」
「そうね。それにしても不味そうな鳥だったわねえ」
青木は髪をふりほどいた。羽は全部は回収できていないが、時間と共に消えていっている。
「これで事故も無いでしょう」
新井も満足の表情を浮かべた。英雄とは後先の事も考える、これが今回新井が学んだ事でもあった。
だが戻ろうとする撃退士達の中で一人影野が足を止める。
「気になることでもありましたか?」
戸次が話しかけると、影野が足元を指差した。そこには羽の下に隠された撃退士達の流した血液が広がっている。
「これは」
戸次は床を撫でると、血液は既に乾き始めている。
「滑車の邪魔になるというのか」
戸次が問うと影野は首を振る。そして初めて言葉を発した。
「血液のせいで滑走路上の線が一部見えにくくなっている。この状況で事故が発生すれば責任は俺達に無いともいえない」
戸次は沈黙した。目的優先のために血を流す事は厭わないが、それが逆手に取られた事には腹立たしささえ沸き起こる。
「負傷した場所は覚えているか?」
戸次が尋ねると、影野は再び地面を指差した。
「他に負傷した人は」
「かすり傷程度ですが」
「私もですね」
「何か問題でも?」
「‥‥時間ありませんが」
戸次の質問に御堂、カタリナ、新井、小松が手を挙げる。
「負傷した場所覚えているか? そこに血液が広がっているはずだ。旅客機のパイロットが何かのサインと誤認する可能性がある。出来る限り消してくれ」
時間が無いためか戸次の口調が荒くなっていく。
「残り二十秒もないですよ」
御堂が時計を確認する。
「出来る限りでいい。やりましょう」
旅客機は既に肉眼で確認できる位置まで来ている。撃退士達による最後の捜索が始まった。
カタリナはまず自分が襲われた地点に戻った。そして鳥が来た方向と自分の向いていた方向を確認する。
「あの時鳥は山の峰の部分にいたはず。そこから考えると」
自分の立ち位置と方向からカタリナは血痕を発見する。大きな負傷ではないため血痕自体も小さい。だがその後方にはほぼ同時に負傷した影野、新井、小松の血痕が広がっている。
「手伝います」
多くの人命がかかっているという危機感のためか、新井小松は即座に血液を消しにかかる。影野も既に靴で地面を蹴りながら消しにかかっているが進んでいない。
戸次自身も負傷地点へと移動、カタリナとの二人分の血痕は影野達のものほどではないが、相応の大きさにまで広がっている。
「時間です。撤退を」
作業の進まないまま御堂は制限時間を伝える。不安と後悔を残しながら撃退士達も滑走路を後にしていく。
滑走路を後にした撃退士達は離れた位置で旅客機の着陸を見つめていた。滑車が地面に設置、滑走路上を疾走、そして速度を緩めつつ停止までを見つめている。
「大丈夫だと‥‥いいの‥‥」
小松の願いが通じたのか、旅客機が完全に停止し客が降り始める。そこでようやく撃退士達は胸を撫で下ろした。
その後撃退士達は依頼人へと任務の完了と掃除が不十分である事を報告する。
「掃除が必要なら呼んでください。時間ある時にお手伝いに来ます」
掃除を宣言した青木には一人気になっていた事があった。警備員が襲われたという話である。
「それと襲われた警備員さんにも話を聞きたいんだけど」
青木の申し出に依頼人でもある管制官は顔をしかめる。
「それが先日退職されたのです。年齢的なものだと聞いてますが」
どこか腑に落ちないところを感じながらも撃退士達は空港を去ったのだった。