「‥‥今日は一日晴天のようです」
一面に広がる青空の下、十名の小学生が体操服で山の麓に集まっていた。木々の葉は赤や黄色に色付き始め、秋の到来を感じさせていた、
「‥‥ですが昨夜は雨が降っていました。‥‥石畳などは滑る事も予想されます。十分に注意してください」
同行する教頭先生に続き、山歩きに慣れている九条 朔(
ja8694)が子供達に注意事項を伝える。
「‥‥最後に虫には気をつけてください。‥‥この季節は蜂も虻も出ますから」
「はーい」
子供達は元気よく手をあげて返事をする。
「‥‥それとこの後祥雲さんが飴を配ります。‥‥列を作って貰って下さい」
九条の言葉を受けて賤間月 祥雲(
ja9403)が手を挙げて自分の場所を知らせる。それを確認すると同時に子供達は走り出した。
「元気が‥‥でるように‥‥好きな時に‥‥舐めてね‥‥」
一人二個ずつ配っていく賤間月、飴を貰った子供は早速一つ口に運んだり大事にポケットにしまったりと様々な行動を見せている。その中で一つの集団を黒井明斗(
jb0525)は注目していた。佐野 七海(
ja2637)が囲まれていたからである。
「ねえ、山で怖い存在に会わなかった?」
佐野としては真面目に任務を遂行しているつもりだった。だが子供達は佐野の言葉より容姿を注目していた。
「可愛いジャージだよね、どこで買ったの?」
「そんなにちゃんとした服装してたら暑くない?」
年が近いためか女の子達が集まり質問攻めにしてくる。佐野としては初めての経験であったために嬉しくもあった。だが黒井は少女達の質問の意図を察していた。彼女達が知りたい事は佐野の目の事では無いかという事である。
「暑くは無いですよ。着崩れている方が虫に刺されやすくなって危ないです」
「そっか、虫が迫ってきたとか目だけじゃ追いきれないもんね」
黒井は子供達の方へと歩いていった。子供達も悪い事をしたという自覚が無いのか佐野の答えに満足している。だが少女達は自分達の言動がエスカレートしている事に気付いてなかった。
「虫に関してはあっちのお兄さんに聞いてね」
黒井が指差したのはcicero・catfield(
ja6953)だった。彼は賤間月から飴を貰うために並ぶ子供達を相手に虫除けスプレーをかけている。先に山に入った楊 玲花(
ja0249)と白波恭子(
jb0401)の話によるとスズメバチの巣が見つかったらしい。撃退士達はそれぞれ顔には出さないものの緊張感が高まりつつあるのを自覚していた。
一方で飴配りを行っていた賤間月の方でも不思議な現象に襲われていた。事前に準備した飴は二十個、参加している小学生十名。小学生一人につき飴二個を配る計算となる。だが今賤間月の手元に残っている飴の数は八、にも関わらず列には六人の子供が並んでいるのだ。
「どう‥‥したんだろ」
困惑する賤間月、もう一度飴を入れてきた袋を調べなおすが残っている飴はやはり八個だった。そんな中で橘 月(
ja9195)が列に近づいていく。
「君達、二回目だね」
橘が声をかけたのは列の後ろに並ぶ二人の少年だった。
「飴は一人二個まで、いいね」
橘は二人を摘みあげる。だが子供達も反撃に転じた。脛を蹴り上げたのである。
「ケチ」
一瞬表情を強張らせる橘だったが、また優しい顔に戻った。
「飴を貰いに来たんじゃないだろ。たくさん山菜取れるといいね」
二人は悔しそうな表情を見せながらも戻っていくのだった。
「これから山の中に入ります」
先頭に立って子供達を誘導するのは橘と賤間月だった。そして逐次楊と白波に連絡を入れていく。
「地図上十一から十六に入るルートは石の階段がある。山菜は幾つか見えたけど子供の足だとお勧めしないわ」
「七から十二へのルートには先程報告したスズメバチの巣があった。見える範囲の蜂は叩き落しておいたが近寄らない方が賢明だろう」
「了解」
楊が準備した方眼紙のマップを確認しながら二人は子供達を誘導する。後ろからは山菜について解説するciceroの声も聞こえていた。
「山菜って一言で言っても種類は結構あるんだ。有名な所ではワラビやゼンマイなんだが、他にも食べられるものは多いんだよ」
事前に予習してきた知識を披露するcicero、子供達も知らなかったことが多いのか素直に歓声を挙げている。
「だったら分からない事は全部お兄ちゃんに聞けばいいんだね」
子供の一人がciceroに質問する。
「勿論だ。後は九条さんも詳しいぞ」
ciceroは子供達を挟んで反対側にで進む九条を紹介する。その九条も近くに生えている植物を手に解説していた。
「‥‥これと、同じ葉っぱのものは食べられますよ。あっちの花も、食べれます」
「これはー?」
女の子がどこから取ってきたのか一枚の葉っぱを九条に差し出す。子供の手よりも大きな葉だった。
「おっきいから一杯食べられると思うんだ」
自信満々に話す女の子だったが、九条は腰を落とし女の子の目線へと落として話しかける。
「あまり大きかったり‥‥小さすぎるものは、食べられませんから。これもその一つです。そっとしておいてくださいね」
「そんな」
思わず涙目になる女の子だったが、九条はゆっくりと女の子の頭を撫でる。
「‥‥あなたの探してきた植物は毒があるの」
「だったら無駄じゃない」
女の子は取ってきた葉っぱを地面に捨てる。だが九条はその葉っぱを拾い上げた。
「‥‥無駄じゃないですよ。これで他の人もこの植物が危険だと分かったじゃないですか。‥‥これは紛れも無くあなたのおかげです」
九条がそう言うと、女の子も泣き止む。そしてまた歩き始めた。
黒井が子供達の周囲で異変に気付いたのは山に入ってから一時間ほど経過してからだった。蟻の行列が子供達を追いかけていたのである。
「今日は一杯取れたね」
「これから料理するんだ。お兄ちゃんやお姉ちゃん達も参加するよね」
「勿論そのつもりですよ」
子供達は山菜が順調に取れていた事もあって満足していた。だが最後尾で周囲を見ていた黒井は蟻の動きに違和感を覚えていた。
「変な動きをする蟻がいるのですが、見覚えありませんか」
黒井はすぐに離れた場所で周囲を警戒していた楊と白波にトランシーバーで連絡を入れる。
「スズメバチじゃないのか」
白波は黒井に尋ね返す。彼女の荷物には時間に余裕を見つけつつ収集していた山菜が積まれていた。
「いえ、普通‥‥じゃないですね。見た目的には普通の蟻ですが、子供達の列を追いかけています」
「気になるな」
楊も記憶を振り返る。山中に入って依頼、蟻は何度か目撃していた。
「言われて見れば数が多かった気もする。一度合流しよう」
「現在地点は」
「地図上だと五です」
「分かった、すぐに向かう。最悪子供達には下山させる事も考えておいて」
通信を切り、黒井は続いて子供と離れて歩いていた佐野に伝達する。
「下山ですか」
残念そうに言う佐野だったが、天魔の可能性を考慮して納得する。
「他の人にも伝えておいて。理由は天気が崩れそうだからとか適当なもので。バラバラに逃げられると守れないから」
「そうですね」
下山の話はすぐに他の撃退士にも伝えられる。
「もう帰るの?」
不満を口にする子供達。そんな子供にciceroが優しく諭す。
「何も今回が最後の山登りって訳でも無い。また来ればいいじゃないか」
だがそんな子供達の中から一人悲鳴を上げる者がいた。飴を二回取ろうとした男の子だった。
「どうした?」
橘が声を掛ける。
「足が刺されたんだよ」
少年は靴を脱ぎ始める。だが靴の中には変わった様子は無い。更に少年は靴下も脱ぐと、そこから二匹の蟻が転げ落ちてきた。
「また靴下に蟻入ってたのかよ」
友達と思われる男の子が嘲笑する。
「コイツ、以前にも靴下に蟻入れた事があるんですよ」
「靴下に?」
「洗濯物干してる時に落としたとかで入り込んじゃって。それに気付かず学校まで来たんですよ」
「それは注意しないといけないね」
蟻を観察し橘はそれを踏み潰す。賤間月は足を噛まれたという少年の傷口を確認、応急処置を施す。
「‥‥これで大事には‥‥ならないはずだよ。‥‥でも早めに看てもらった方がいいかもね」
傷口を見て賤間月も違和感を感じていた。ただの蟻に噛まれた傷口にしては大き過ぎたからである。
「それじゃ学校に戻ろうか。料理教室もあるんだろ、楽しみにしてるからね」
橘が少し早足で下山を開始、賤間月は蟻に噛まれた少年に肩を貸す。そして後ろにcicero、佐野、九条、黒井の四人が回った。
「本当に天魔がいたみたいですね」
子供達にやや遅れ、楊と白波が姿を現す。二人の足元には蟻がたかり始めていた。
「あの少年の傷は天魔によるもの」
「靴と靴下は透過能力で通過したんでしょう」
「大事に至らなかった事が救いでしたね」
楊は苦無と胡蝶扇を構える。白波も目立たないようにと装備しておいたウィッグと仮面を取り外した。
「問題は数だ」
白波はイノシシのような大型の敵を予想していた。しかし敵は小型、それも大量にいる相性がいいとは言えなかった。
「各個撃破するしかないでしょう、時間はかかりますが。一先ずは子供達が下山するまでの時間を稼げればいいのです」
「料理教室には間に合わせたいところだ」
白波が蟻に日本刀を振るうと、一振りで二、三匹の蟻が切断されていく。だが蟻も負けじと日本刀を登り始めていた。
「‥‥何とか逃げて帰ってきたね」
学校に戻ってきた時、子供達はいつしか汗だくになっていた。早足がジョギング、そして競争へと変化していったからである。お陰で子供達に被害は出る事は無かった。それは後方に回って天魔を追い払った撃退士達の功績でもあった。
「でも久しぶりに山に登れて楽しかった」
汗を拭きながらも口々に言う子供達の顔には疲労の色があったものの明るかった。それは蟻に噛まれた少年も一緒だった。
「それでは採ってきた山菜で料理をしましょう。家庭科室で準備をしています」
これまで指揮をとっていた撃退士に代わり、教頭先生が子供達を誘導する。
「山菜ご飯とてんぷらを予定しています。その前に保健室にも案内しないといけませんな」
「お願いします」
橘と賤間月に肩を借りる形で少年が保健室へと運び込まれる。そして残りの子供達は家庭科室へと移動していった。
楊と白波が山を降り学校へと戻ってきた時、既に料理は終盤に差し掛かっていた。
「衣は、あまりつけないように」
九条が幾つかのテーブルで指導して回るが、基本的に撃退士はサポートへと回っている。中には既に調理を終えて他の班の完成を待っている所もあった。
「お疲れ様でした」
先に下山した佐野が二人に労いの言葉をかける。だが二人は神妙な顔を見せる。
「あの数はどこかに親玉がいると思う。蟻的に言うと女王蟻が残っている」
「女王蟻ですか」
「やるなら本格的に山狩りをする必要があるでしょう。少し探しましたが巣らしきものがみあたりませんでした」
「どうしたの?」
天魔の話をしている所に子供が割り込んでくる。そこで三人はこの話を打ち切り、料理へと話題を切り替えた。
「自分たちが採った山菜を使っての料理だけに感慨が深いですね。わたしのレパートリーの中にはありませんでしたし、しっかり勉強させて貰います」
出来た料理を素直に褒める楊の言葉に作った子供達は照れたり得意になったりと様々な反応を見せる。
「作り方教えようか?」
「是非お願いします」
そんな話をしていると調理中だった子供達も、やがて調理を終えて席につき始める。そして全員が調理を終えたところで教頭先生が最後の挨拶に現れた。
「今年の山菜採りもいい収穫でした。山の恵みに感謝していただきましょう」
「いただきます」
挨拶と同時に料理に手を伸ばす子供達、撃退士達も負けじと料理に箸を伸ばす。楽しい食事会の始まりだった。