「寒いですね」
冬を迎えた魚腹市、海沿いと言う事もあり周辺は雪が積もっている。役所の前にそびえ立つ松の木の枝も白い雪化粧を施していた。
「暖房入れてもらいますか」
「ボクはそれほどでもないです、まだこうして動けますから。ただ中の人の事を考えると余り悠長な事を言えない気がしています。風邪気味の人もいると聞いていますし」
議会所前の窓から外を様子を見つめながらソーニャ(
jb2649)とイリン・フーダット(
jb2959)はこれまでのサハギン情報と人質となっている議員の情報を共有していた。実際に戦った時の手ごたえ、動き、気付いた事等報告書では分かりにくい部分についての詳細についてである。
「前回の戦いではサハギンが一匹姿をくらましました。手傷は負わせていますが恐らく逃げ帰ったと思います」
「それだけ慎重に当たるべき相手だと」
「ボクより長くサハギンを見てきた人がここにはいますから」
ソーニャは周囲を見回す。そこには議会場の扉に右の手を当て生命探知を行い内部の様子を伺っている御堂・玲獅(
ja0388)、大きめの呼吸を繰り返しながら監視カメラと窓の外に神経を尖らせているグラン(
ja1111)、ユーリ・ヴェルトライゼン(
jb2669)にスマホの使い方を教える佐藤 としお(
ja2489)、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)の後ろでアルニラムの一人綾取りを披露している氏家 鞘継(
ja9094)、歴戦の勇者の姿があった。
「ボクは後ろに続くだけ、その先にボクの居所があるはずだから」
前回の反省を活かすようにソーニャは自分に言い聞かせる。
「まずは議長の伊藤さんを味方につけましょう。そうすれば他の人も付いてきてくれるはずです」
「特徴は」
「依頼人から写真をお借りしました。人数分印刷してもらっています」
ソーニャが天使のリュックから紙を取り出した。その中央にはカラープリントされた男性が中央に印刷されている。
「いかにもという感じの男性ですね」
それが紙面を受け取ったイリンの第一印象だった。正方形型の顔つきに整髪料で綺麗に整えられた七三分けの頭髪、威嚇するような目、そんな男性が移されている。
「今はお供しましょう」
イリンは伊藤の印刷された紙を折り畳みながら力強く答える。
「俺もいるんだからな」
二人の会話にユーリが介入する。スマホでの参加だった。
「使い方はマスターされましたか?」
「多分だがな」
そう言うとユーリはストレイシオンを召喚、窓を開けて召喚獣を外へと放つ。
「あとはタイミングか」
窓の外から外気が流れてくる。ユーリが息を吐くと口の前に白い煙が佇んだ。
「どちらかに形勢が傾いたら突入、それで合ってるよな」
「大丈夫です」
佐藤がユーリにも分かるように大きく頷いてみせる。だがその表情はどこか険しいものをユーリは感じていた。その隣ではグランも神妙な顔を浮かべている。
「今見えましたか」
「光りましたね」
アーシェが同意する。
「何かの合図でしょうか」
「依頼人からの合図って事はないのか?」
皇 夜空(
ja7624)が他の撃退士に確認する。
「依頼人はマスコミなんだろ。だったらこっちの情勢を知りたがっているんじゃないのか」
「それはないですよ」
グランがすぐに否定する。
「マスコミには依頼人を通じて報道制限をお願いしきました。宮崎さんを不要に刺激したくないからです」
「だったらカメラのフラッシュとか」
マステリオが口を挟んだ。
「先程から視線を感じてたんだ。僕の熱烈なファンだね、きっと」
軽薄な口振りをしながらも、マステリオは皇の視線を先を追った。太陽とは反対方向、北の建物である。
「会議場、近くの建物から見られるんでしたっけ」
「そう聞いてます」
佐藤が答える。
「何か気になりますか」
「狙撃できるなと思ってね」
マステリオが視線の先を指差した。
「あの建物なんかちょうどいいじゃないですか」
そのときまたマステリオが光を感じた。慌ててカードで目をガードするマステリオ、だが弾丸らしきものは飛んでこない。
「杞憂でしょうか」
グランは再度周囲を確認した。だがやはり窓も壁も変わった様子は無い。
「窓から離れましょう。野次馬が増えてきていますね」
佐藤も窓の外を覗く。既にマステリオの見たと思われる光は確認できなくなっていたが、代わりに見えたのが役所前に来ている若者だった。手には携帯電話を握り締め、こちらへと向けている。
「そろそろ騒ぎになりそうです」
人質となっている議員の救助用に救急車の出動を要請しているが、その車は死角となる正面玄関脇に待機してもらっている。だがそれは議会からは死角であっても正面からは丸見えだった。
「嫌な要素だけが積み重なっていきますねぃ」
氏家は綾取りを続けながら大きく首を捻る。そして天井を見つめた。
「いい知らせはレイラさんぐらいですかねぃ」
議会場の上には既にレイラ(
ja0365)が潜入を果たしている。突入のタイミングに合わせて照明を落とす、それがレイラの役割だった。
「配電の仕組みについては」
「既に抑えてます」
レイラは天井裏に回っていた。口にはペンライトを咥えているため上手く会話ができてはいない。そしてそれ以上に厄介な問題が発生していた。手元に小回りの利く刃物が無かった事である。
「ただ時間はかかりそうです」
レイラはキングスバッジを取り出す。そして針状になった部分を人差し指の腹に刺し感触を確かめる。
「電気系統の配線は見つかりましたが、照明や暖房全ての配線が絶縁テープで巻かれています」
バッジの針をテープに突き刺す。どうやら特殊加工はされていないらしく刺した部分にはすんなりと穴が開いた。
「何分ぐらいかかりますか」
「邪魔がなければ三分もあれば。最悪全ての線を切る事もできますがどうしますか」
御堂の質問に答えつつも、レイラは判断を仰いだ。天井裏にいるため自分が状況に明るくないという判断の下だった。
「できるだけ急いでくれ」
グランは端的に質問だけに答えた。そして返答して数秒、ユーリのヒリュウが戻って来る。
「時間ですね」
御堂は突入役であるユーリを扉の傍へと招く。そして生命探知で掴んだ情報を伝える。
「人質は手前側の壁に左右二手に分かれて待機させられています。動きはないので拘束されている可能性もあります」
「拘束?」
ユーリの顔が険しくなる。
「しかし議会場で拘束するようなものなんて」
「ネクタイがあります」
御堂は断言した。
「他にも拘束するようなスキルがあるのかもしれません。それはともかくまずは左右に分けられた議員の方々を安心させてあげてください」
「分かりました」
ユーリは頷き、そして扉に手を当てる。やがて手が扉の中に溶け込んでいく。
「すぐに戻ります」
見守る撃退士達を安心させるように力強い言葉を口にするユーリ、その姿を見送りグランはレイラに連絡を送る。
「準備は間に合いそうですか」
「あと二分」
「ではまとめて切断しましょう」
レイラが蛍丸を振るう。その瞬間だった、鼓膜を揺らす程の衝撃音が響いたのである。
「何が起こったんですか」
思わず叫んだのはソーニャだった。そして傍に倒れているユーリと扉の残骸を見て再び息の根を飲んだ。
「少し行儀がなってないぞ、君達」
男の声だった。議会場からゆっくり歩いてくる。
「議会場は神聖な場所だ。そこに無断で侵入とは礼儀知らずとしか言いようが無い」
奥から男が現れる。市長の宮崎だった。そして宮崎を確認すると同時にマステリオも議会場へと足を踏み入れる。
「それはこっちの台詞だ、市長さん」
歩を進めながらマステリオはニンジャヒーローを使用、宮崎の注目を一身に集める。
「市長なんだろ、この市で一番偉い政治家なんだよな。それが人質なんてとってどうすんのさ」
マステリオは一枚のカードを宮崎に向けて投げる。宮崎はそれを受け取り確認するとクラブのAが描かれていた。
「クラブの由来、知ってるか? 農民だよ。あなたが省みず、道具としてしか見ていない民衆の事だ」
「そしてクラブエースにはもう一つ説がある」
マステリオの言葉を継ぎ、皇はシュガールを天に掲げた。
「ローマから悉く散失した聖遺物の一ツ、それが‥‥この千人長の槍(ロンギヌス)だ‥‥ッ」
皇の言葉に呼応するかのようにシュガールは握っていた手と共に固定化されたかのように青緑の結晶に包まれる。
「随分大層な名前だな。だがわざわざ見せてどうする? それで私に当てられるつもりかね」
嘲笑する宮崎、だがそれに対し皇は口元を僅かに緩ませた。
「こうするんだ」
皇は槍を結晶化させたまま宙を舞った。そして全力跳躍のまま宮崎の背後を取る。
「ほう」
感嘆の声を漏らす宮崎。だが皇はそれでも槍を宮崎に放たない。放ったのは足元に転がる前市長大迫に対してだった。
「おまえ達は生まれたばかりの赤子のような化物で、俺達はその化物の殲滅機関。 しっぽも取れぬ赤子のカエルが、蛇を目の前にしてラッキーと‥‥ククク 笑える冗談だ、売国奴。あの世で天使長に天使の輪(エンジェル・ハイロゥ)をもらうといい」
皇は柄と手の部分の結晶だけを残し、刃をむき出しにする。そして刃で大迫の身体を縦に裂き、そこに残った結晶体を送り込んだ。
「同じ目に合わせてやる、覚悟しろ」
皇が宮崎に向き直る。だが宮崎は相変わらず笑っている。
「面白い、戦ってやろう。どうせお前達の目的は人質の解放なのだろう」
宮崎の問いに対しマステリオも皇も答えない。その様子に宮崎は続いて上を見上げた。
「天井裏の奴はどうだ」
レイラは何も行動を起こさなかった。まだ息を潜めている。
「天井裏にネズミでもいたんですかねぇ?」
素知らぬ顔で氏家は宮崎の注意を天井から逸らしにかかる。
「ではそういう事にしておこう」
宮崎は深呼吸とともにどこからともなく銃を取り出す。巨大なガトリングガンである。
「こういうこともあろうかと密売時に私用にカスタマイズしてもらった一品だ。天使や撃退士にもダメージが通る。安心してかかって来い」
その声と共に天井から闘気開放したレイラが襲い掛かる。戦闘の開始だった。
「大丈夫ですか」
戦闘が始まったのを確認し、御堂はユーリに駆け寄った。上着のジャケットにはガトリングの弾によるものと思われる穴が開き、噴出したユーリの血で赤く染まり始めている。
「今は時間がありません。これだけでお願いします」
御堂はユーリにヒールをかける。
「歩けますか」
「誘導ぐらいなら何とか」
御堂に肩を借りユーリが立ち上がる。
「それでは人質を解放して来ます」
御堂が議会場へと去っていく。ユーリは地面に拳を突き立てるが、音はすぐに戦闘音に掻き消されていった。
議会場ではグラン、佐藤、イリンが人質の解放に携わっていた。手足を結んでいたネクタイやハンカチをほどきにかかる。だが議員はそれを拒否、最優先で助け出すべき人として議長を挙げたからである。
「私達はまだ後でいい。議長を助けてやってくれ」
話せる議員を見つけると、イリンは事前にアーシェから受け取った紙を荷物から取り出し広げる。
「この方で間違いないですか」
議員はしばらくその写真を見つめて答える。
「間違いないが、今はその写真よりやややつれて白いものが増えている」
「どの当たりにいるか分かりますか」
「右端あたりだったはずだ」
「ありがとうございます」
礼をいい去っていくイリン、だがグランと佐藤はその場に残った。
「右端ですね」
グランは開放する振りをして手を差し伸べた。そして相手の手を握るとシンパシーで思考を読み取る。
「右端にサハギンです」
「了解」
グランの声に佐藤は祖霊符を発動させる。すると右端からソーニャの声が上がる。視線を向けるとソーニャの前にはサハギンの姿があった。
「伊藤さんはいらっしゃいますか」
サハギン登場の少し前、アーシェは率先して議長探しに努めていた。だが皆怯えているのか疲れているのか話そうとはしない。依頼人から預かった写真を下に人質となった議員一人一人に確認をとっていく。ようやくそれらしき人物を見つけたのは右端にまで行った時だった。
「伊藤さんはいらっしゃいますか」
ソーニャが一人の男性に尋ねる。顔は写真とは確かに似ていた。だが疲れているのか違った印象さえ与えている。サハギンが襲撃してきたのはその時だった。
その頃、宮崎との戦闘はレイラの奇襲により開始された。闘気解放に徹しを込める。狙いは背中、すぐに対処できない位置への攻撃である。
「読まれていても当たりさえすれば」
レイラの全体重を乗せた一撃だった。確かな手ごたえがある。どうやら背骨らしきところまで至ったらしい、レイラはそう直感した。だが剣を抜いて悪寒が走る。斬った所が繋がっていくからである。
「天魔が回復していく所を見るのは初めてか?」
レイラは沈黙をもって答える。そこに氏家が割って入った。
「でもダメージが無いわけでもないですよねぃ」
開いた背中の傷口が完治する前に氏家がアルニラムを滑り込ませた。そのまま背中の肉をそぎ落とすためである。
狙いを読んだ宮崎はそれを回避する。しかし回避したところに立っていたのは皇だった。
「こうして殲滅機関の前に姿を現した事を後悔するんだな、ククク」
シュガールに持ち替えての一撃である。だが宮崎は剣が振り下ろされるより前に皇の手首を抑えた。
「後悔なんて言葉はね、反省できる存在のみが許される言葉なんだよ。君のような初対面の人間に言われる筋はない」
宮崎は手首を掴んだまま、自身の腕を返した。反動で宙に舞う皇、それを宮崎は足で床に押さえつける。
「僕はね、能書きを垂れる子供は嫌いなんだ。そして能書きを垂れるだけで実力の伴わない子供はもっと嫌いだ」
ガトリングガンの銃口を皇の顔面に向ける。
「まずは一人だ」
発射される銃弾、皇は思わず目を瞑った。だが時間を於いても痛みは来ない。目を開けると宮崎のガトリングガンはマステリオのアルニラムに絡まれ、明後日の方向へと銃口を向けられていた。
「残念、あなたの相手は僕なんだよ」
満面の笑顔をマステリオは宮崎に向ける。
「それに僕もね、責任を果たさない政治家っていうのが嫌いなんだ。サクッと死んでもらえませんか」
ガトリングガンを絡めたままマステリオはアルニラムを手繰り寄せた。だが単純な力比べでは旗色が悪い、そう判断した氏家が同じくアルニラムで応戦する。狙いは首だった。
「そのガトリングガン手放してくれませんかねぃ。首と引換にするものじゃないと思いますよぃ」
アルニラムが首に絡まったのを確認し、氏家も力を入れる。交渉に応じるとは氏家も思っていなかった。だが不意に向きが変わる、宮崎が後ろに引いたからである。アルニラムを逆に引っ張られる氏家、慌ててアルニラムを外しにかかるが、気付いた時にはマステリオの身体に衝突していた。
「今度こそ二人です」
「まだです」
宮崎が後ろに下がった所にレイラが背後から剣を突き立てた。闘気解放と徹しを込めた二度目の攻撃、一度目は回復こそされたものの命中させた一撃である。だが今回の二度目は大きく宙を切る。宮崎の身体は宙に浮いていた。
「君達、サハギンと戦ってきたんですよね。彼らの特徴覚えていませんか」
「知らん」
皇が即答する。
「こうして実戦で戦うのは初だからな。それより宙に逃げてどうする、逃げ道がないぞ」
皇は再びシュガールを構える。狙いは突き、落下してくる宮崎の眉間を狙った致命的一撃である。それに対し宮崎は回避を捨ててガトリングガンを皇に突き立てた。
「逃げるというのは無策の人間がやることだ。先程見せてもらった零距離射撃、こちらも早速真似させてもらおう」
皇は一瞬視線を議会場の入り口へと向けた。そこにはあったのはユーリの姿である。突入と同時にガトリングガンの直撃を食らったものの今は立っている。そこで皇は自分も腹を決めた。
「やれるものならやってみるがいい」
皇はシュガールを両手で握る。そして眉間に向けて突き立てた。同時にガトリングガンの無数の弾丸が飛び込んでくる。鮮血が皇の視界を覆った。
「その度胸は買ってやろう」
宮崎は眉間に刺さった剣を抜き、皇へと投げ返す。剣先には赤いものが付いていた。
「しかし私が回復できる事を忘れたわけではないだろうね」
みるみると額の傷が回復していく。
「サハギンの能力、こちらの攻撃を学習する事ですねぃ。その回復もあたし達から学んだものですかぃ」
氏家は自分に纏わりつく光纏の蛇が威嚇している幻聴が聞こえた。
「逃げる時間は私が作ります」
突如出現したサハギンに対し、ソーニャはアサルトライフルを構えた。
「伊藤さんは逃げてください」
値踏みするかのように一歩近づくサハギン、それに対しソーニャは躊躇なく引き金を引いた。弾はサハギンの足を貫く。バランスを崩したサハギンは一度転倒するもののすぐに立ち上がる。
「次は頭を撃ち抜きます」
ソーニャは銃口をわずかに上げる。そんなソーニャの肩を追いついたイリンが叩く。
「力が入りすぎです。役に立ちたい気持ちは分かりますが落ち着きましょう」
「しかし」
「私達の任務は人命救助、サハギンとの戦闘ではありません」
「でもここで時間を稼がないと」
「手足を拘束されたままで逃げろというのは無理ですよ」
イリンに言われてソーニャはようやく自分が議長の拘束を解いていない事に思い至る。
「ここは任せてください」
イリンに遅れる事十数秒、ソーニャとイリンの後ろにはグランと佐藤が立ち塞がる。
「サハギンの第一攻勢、よく防いでくれました。まだ内通者による奇襲が来るかもしれません。その時はお願いします」
「確認した所トラップはありません。後は玄関前までお願いします」
「はい」
ソーニャとイリンが答える。そして伊藤の手足の拘束を解き、両肩を抱えるように議会場の外へと運んでいく。議長が出て行くのを確認し、拘束を解かれた者がそれに続いた。
「大丈夫です。ゆっくり歩いてください」
ユーリは宮崎の方へと注目を向けていた。戦闘すると公言したものの、今ひとつ信用できないというのがユーリの印象だった。何より開幕一番で受けた攻撃がある。閂を抜くために背を向けていたために実際どのような攻撃を受けたのかを見ていない。それが宮崎を信用できない理由であり恐怖でもあった。思いあぐねている所にガトリングガンの銃撃が飛んでくる。
「ちゃんと逃がさないと巻き添えになりますよ」
宮崎が叫ぶ。
「巻き添えとは面白い冗談です」
しかし宮崎の弾丸は議員の前で受け止められる。御堂が身を盾にしてからである。
「学習能力がどの程度か知りませんが、これまでもサハギンの攻撃を守ってきた私の盾を破れるとは過信ではないでしょうか」
頭から流れおちる血を払い、御堂もランタンシールドを構える。
「ユーリさん、今の内に誘導を」
「ヒリュウ」
ユーリは外に待機させていたヒリュウを招き入れる。
「お前も頼む」
ヒリュウも羽を広げる。小さいながらもそれは十分な盾だった。
やがて人質が全て議会場から姿を消した。
「皆さん衰弱は激しいですが、命に別状のある議員はいないようです」
スマホからイリンの声が届けられる。
「私達もすぐにそちらに戻ります」
続いてソーニャも連絡する。だが返答は無い。議会場はまだ戦闘が行われていたからである。
「手数で勝負します。回復にも限度があるはずです」
そう判断したのはグランだった。サハギンはスタンエッジと佐藤の緑火眼込みの攻撃の下で一分も持たずに絶命する。だが宮崎は未だに膝を折ることもなく戦い続けていた。
「限度? それは君達の方では無いか」
「違いますね。私は今まで疑問だった、何故あなたがこれまで直接的な行動にでなかったのか」
グランがケリュケイオンでスタンエッジを放つ。先程サハギンの動きを止めた攻撃である。しかし宮崎はサハギンとの格の違いを見せ付けるかのように紙一重で回避、体当たりで距離を開ける。だがその開いた隙間から佐藤は宮崎に狙いを付けた。
「始めはサハギン同様人間の監察するためだと僕は思っていました。しかしこの魚腹市でのサハギンの動きはどこか違う。散会的に攻撃を行っては、こちらの行動パターンを読んでいた。まるで観察対象を人間から撃退士へと変えたように」
佐藤のライフルから放たれた弾丸は宮崎のコメカミを掠める。次こそは回復させる前にとマステリオと皇が顔に狙いを定めた。これに対し宮崎はスウェイするだけで回避してみせる。
しかし接近して皇ははっきりと感じたことがある。回復が遅いことだった。先程までは攻撃を受けた直後に回復をしてみせた宮崎だったが、今は傷を残したまま戦闘を続けている。
「実際変えたのでしょう。宮崎、あなたの手駒とするために。そして戦闘パターンを学習させた。それは同時にあなたが戦闘には不向きな事を意味します」
一つ実験として御堂は裁きのロザリオで作り出した光の矢を放つ。狙いは特に定めていない。どこかに当たればいい、そう考えての攻撃である。始めは華麗に回避してみせる宮崎ではあるが後半から足元が怪しくなる。
「これだけ戦えて戦闘に不向きな可能性はただ一つ、長くは戦えないということじゃないですかねぃ」
バランスを崩した所に氏家はアルニラムを飛ばす。そこまで回避してみせた宮崎だったが、遂にレイラの剣に捕まる。使用回数を切らしたスキルの乗らない攻撃であったが、宮崎の右足の健を切り裂いた。
「これで素早い動きもできないな」
皇は健を斬られて倒れた宮崎にシュガールを抜いた。そして腕と槍を結晶で一体化させる。
「止めはこれで刺すというのが俺の中での誓訳なんだ。悪く思うな」
槍の穂先を宮崎に向ける。
「悪い? 誰にだね」
「お前にだよ」
皇は手と柄以外の結晶を解除する。崩れ去る結晶、その死角に宮崎は左足を走らせる。皇の脛を下から蹴り上げ、倒れた皇の上に宮崎が馬乗りになる。
「一度見せられた技を二度も食らうのは愚かな事だと思いませんか。そもそも接射というのは浪漫であって実用性は皆無です」
「そうだろうか」
宮崎の頭部に佐藤はライフルの銃口を添えた。
「確かに誤作動することはある。だがメリットもあるんだ」
佐藤は引き金を引いた。
「命中が飛躍的に上がる」
議会場に最後の銃声が響いた。
後日、依頼人である八木から久遠ケ原学園へと感謝状と一冊の雑誌が届く。雑誌のタイトルは『魚腹 呪われた町』、隣町で発行されている週刊誌である。
「市議員の中に他にもサハギンに関与していたものがいた事がいた事は私達市民の見る目が無かったとしか弁明のしようがありません。しかし今後は今回の悲劇を忘れぬよう私達の局で定期的に特番を組む予定です。また問い合わせにあった光の件ですが気になったから問い詰めた結果、そこの雑誌社のカメラマンが一人前々から潜入してた事が判明した。君達の活躍を撮っていたようだ。出版前のものを抑えたのでこのまま発行するか止めるかは君達に決めて下さい」
週刊誌には撃退士達の活躍が刻銘に記されていた。