「人質の様子は」
「まだ危害を加えられた様子はありません」
それぞれの持ち場へと移動しながら、撃退士達はフリーハンドにしておいたスマホで情報共有を開始していた。
「犯人の様子はどうですか」
外部にある発電施設へと向かいながら御堂・玲獅(
ja0388)はスマホへと意識を向ける。
「今は人質になった人達から携帯電話を回収しているようです」
犯人へと警戒を向けているのはレイラ(
ja0365)とグラン(
ja1111)の二名だった。レイラは清掃員の作業服を借り、イヤホンを帽子で隠しつつ手にはモップが握られている。元々は男性用らしくやや大きめではあるが体のラインをごまかすためには十分だった。
「武器はサブマシンガンらしきものが一丁、後は腰にナイフを入れた鞘らしきものが見える。だが他にも何か隠しているかもしれない」
グランは刑務官の制服を借りていた。別の刑務官と事態を推移を見守りつつ犯人との窓口である内線電話を見つめている。監視カメラにはサポートで招いた佐藤 としお(
ja2489)が張り付き逐次連絡を入れてくれる事になっている。
「カメラはサハギンも確認できるか」
尋ねたのはクライシュ・アラフマン(
ja0515)だった。駐車場にいるはずのサハギンを足止めする予定の撃退士である。
「駐車場にいると聞いていたサハギンの姿が無い」
「動いたんでしょ?」
朝宮 梨乃(
jb0950)も周囲を確認する。仕掛けられた爆弾を探すために同行していた撃退士である。召喚したヒリュウで上空から眺めるもそれらしき姿は見当たらない。
「透過して待ち伏せしているしているかもしれませんねぃ」
氏家 鞘継(
ja9094)が答えるや否やクライシュは不意にバランスを崩す。足元にはアスファルトに透過したサハギンの姿があった。
同時刻、向坂もサハギンと相対していた。場所は下水道、腰近くまで水に溢れているサハギンの主戦場である。
「さすが下水ってだけあるな‥‥あまり長いはしたくないぜ」
思わず向坂は顔をしかめる。光がほとんど差し込まない地下の世界で濁った水の音が反響して聞こえてくる。中には先住していると思われるネズミらしき生物の鳴き声もあった。
「出て来いよ、いるのは分かってるんだ」
爆弾捜索で警戒に当たるソーニャ(
jb2649)が下水道の上から奇襲防止のために祖霊符を発動、向坂も範囲を意識しながら行動する。
「ガソリンにも気をつけてくださいね」
ソーニャが警戒しているのはガソリンだった。前回爆弾と火を使ってきているからである。加えて今回は駐車場で多くの車が止まっている。抜き取る事が出来れば刑務所を火の海にする事も可能なはずだった。そういった推測がソーニャの頭の中をせわしく掻き立てている。
「サハギンはどうですか」
ソーニャが下水道へと降りながら尋ねる。そして梯子に手をかけたと同時に鼻を覆う。
「想像以上の匂いです」
ソーニャが思わず鼻を押さえる。その時だった、眼窩に赤い光を見つける。それがサハギンの眼の光だと気付いたのは首筋が切られてからだった。
発電施設に御堂が到着した時には既に破壊されていた。各部で静電気のような小さな光を発生させつつ煙を上げている。そして御堂の到着に気付いたようにサハギンは姿を現す。
「舐められているのでしょうか」
「あれは違うな。戦いたがってるんだ」
御堂の問いにイノス=ブライヤー(
jb2521)が答える。
「疑問に‥‥思っていた。これまでの戦いで‥‥この者達は‥‥捨て駒のように‥‥使われているようだ。数える‥‥同類の屍は‥‥相当数に昇る。先に‥‥消えた者への‥‥手向けとして‥‥首の一つを‥‥土産にしたい、自然な‥‥事だとは‥‥思わないか」
その言葉にサハギンは何も答えない。ただ爪を研ぎ口を大きく開けるだけだった。
ゴミ倉庫では氏家が既に戦闘に入っていた。縮地で移動した氏家は最速でゴミ倉庫まで到達、そしてサハギンと武器を合わせていた。
「まともにやり合ってくれるのはありがたいですねぃ」
一対一を好機と見たのかサハギンは背を見せずに攻撃を展開する。しかし氏家はその更に上を言った。常に先手を取りつつ、アルニラムをサハギンの足へと集中攻撃を仕掛ける。狙いはスタン、倒せなくとも相手を逃がさない、それだけが目的だった。
サハギンの動きが封じられている間にロイド・エクレール(
jb2680)は倉庫前をハイドアンドシークで通り過ぎていく。既に確認されたサハギンは四体とも交戦中、残る障害は犯人のみとなっている。不慣れな携帯電話を使いながら出てきた情報と周辺地図を重ね合わせつつ爆弾を探していく。犯人が動いたという連絡が回ったのはその時だった。
「市長の携帯電話が鳴っている」
電話の呼び出し音が聞こえた時、レイラとグランに緊張が走った。犯人を触発すると考えたからである。実際犯人は激昂する。回収した携帯電話の山から鳴っているものを見つけ出し、人質一人ずつに確認を取らせる。その中で市長だけが犯人と目を離した。その行為がレイラとグランに最悪の展開を予感させていた。
そして実際に現実のものになる。犯人が市長に向けて銃を向けたからである。加えて携帯電話が圏外を示している。先程まで使えていたはずの電話がだ。
犯人は威嚇なのか天井に向けて一発発砲、そして人質に対して怒鳴り散らす。
「館内放送でチャイムを鳴らしてください。それを合図にします」
グランは佐藤へ直接指示を出す。そして犯人のいるロビー近くで息を潜めた。
「一つ目発見したのです」
爆弾発見第一報は朝宮だった。
「ヒリュウが見つけてくれたのです」
爆弾を見つけることができたためか朝宮はやや興奮気味になっている。
「どこにあったでござるか?」
折り返しにロイドは質問を入れる。
「こちらはまだ見つかっていないでござる。爆弾を設置する傾向が分かれば何かの参考になると思うのでござる」
まだ携帯電話の使い方に慣れないのか、ロイドの声は一際大きく聞こえている。朝宮は通話口から少し距離をおくように指示した後で質問に答える。
「駐車場っていうより刑務所の天井裏に付いていたです。下からだと影になって見つけきれませんでした。ヒリュウがいないと見つけきれなかったかもしれません」
「どうやって天井裏に取り付けたんでござろう」
「横に雨どいがあったのです。それに這わせるように電源も引っ張ってあったのですよ。きっと人目につきにくくて電気を取れる場所の近くにあると思うのです」
「参考になったでござる」
朝宮の好調と相反するように、処理班が駆け寄ってくる一方で駐車場ではクライシュは苦戦を強いられていた。攻撃の要であるオリジナルスキル報復遂げし英雄王が二度とも空を切ったからである。
「一体しかいないというのに厄介な」
多数に囲まれる事を想定していたクライシュにとって未だに敵が一体というのはありがたかった。しかし一刀一殺を狙うエネルギーブレードが自分を拒否するかのように言う事を聞かない。サハギンの爪が突きたてられた腕からは少量ながらも血液が流れている。
「中西さんの事も気になるというのに」
クライシュの耳にも犯人が銃を使った事は耳に届いていた。距離があったため鼓膜を揺らす程のものではないが、焦燥感を駆らせるにはには十分な音量だった。
「だがこういうのも悪くない」
クライシュは大きく息を吐いた。そして再びエネルギーブレードを中段に構える。サハギンはまだ報復遂げし英雄王を回避した状態でバランスを崩している。
「一刀目で学習したのだろうが、まだ学習能力が足りないようだ」
勝機を見たクライシュは剣に聖火を灯しサハギンに切りかかる。サハギンの方も回避を捨て爪をクライシュへと向けた。
「甘い」
クライシュの狙いはサハギンの心臓と思われる胸元、そしてサハギンもその剣先を避けるのではなく再び腕に爪を突きたてる。クライシュの攻撃軌道を変えるためであった。しかしクライシュとしても既に二度同じ方法で防がれている。三度目の妨害は自身のプライドが許さなかった。
「学習するのはお前達だけではない。覚えておけ」
一突きでは沈まなかったサハギンではあったが、更に三度同じ衝突を繰り返すと力なく倒れていった。
「見つけたでござる」
朝宮の助言を受けてロイドも爆弾を発見する。隠されていたのはゴミ倉庫の天井裏だった。朝宮が発見した時と同じく電源が繋がれている。ロイドとサハギンを倒した氏家がコンセントから繋がれた線を辿って見つけたものである。
やや遅れてソーニャも爆弾を発見する。サハギンに狙われたものの向坂がエメラルドスラッシュのもとで一閃されている。
「助かりました。サハギンそのものに爆弾が仕掛けられている可能性も考えていましたが私の杞憂だったようです」
ソーニャは自分の考えが行き過ぎている事を自分で諌める。しかし新市長である宮崎を始め、松原、中西、笠原と人が集まっているというのは事実である。それだけの人数が一箇所に集まっているのは不自然にしか思えなかった。
「とりあえず解除班に連絡しておくぞ」
向坂は解除班に連絡を入れる。そしてサハギンの死体を一瞥する。
「魚が陸に上がった末路は、どうなるかわかるだろ? 答えは“たたき”だ。」
発電施設前では御堂はサハギンと未だに戦っていた。お互いに決め手がなかったからである。御堂が火炎放射器で応戦するがサハギンは回避、サハギンの攻撃もランタンシールドで鉄壁の防御を計る御堂に致命的なダメージを与えられない。傷口が開いても御堂がヒールが癒していく。一進一退の攻防だった。
そしてその戦いのそばでイノスは爆弾を探す。手がかりは電源、始めに爆弾を見つけた朝宮のアドバイスである。そして目の前には発電装置、電源そのものがある。しかし問題の爆弾は見当たらない。
「ブラフじゃないでしょうか」
イノスにそう伝えたのはソーニャだった。
「爆弾を四つ設置したと言ったのは犯人です。そして本当に四つあると確認した人はいません」
「しかし‥‥もしあった場合は‥‥どうする」
イノスもソーニャの考えを全力で否定する事はしなかった。しかし万が一という言葉がイノスの脳の片隅で囁いている。そこに朝宮からの緊急連絡が入る。
「車が一台そっちに向かったのです。今クライシュさんが追っていますが追いつくかどうか分からないのです。ゴミ倉庫方面に向かっているので氏家さんとロイドさんも応援お願いしたいのです」
呼ばれて氏家とロイドも周辺地図を確認する。
「駐車場から繋がる道、これですかねぃ」
氏家が指差したのは刑務所の南西に位置する道だった。入り口からゴミ倉庫へと続く道である。
「恐らくはゴミ回収のための道でござろうな」
そしてロイドは更に先へと目を移す。そこにあったのは発電装置だった。
「その車の最終目的は発電装置の方ではござらんか。確かサハギンがいたと記憶しているでござるが」
「まだここにいますよ」
御堂が会話に割って入る。
「逃げた方がいいのでしょうか」
目の前にはまだサハギンがいた。ヒールは二回使用、まだあと一回残っているが相対するサハギンはまだ機敏な動きを見せている。
「爆弾はまだ一個残っているとおもうが」
ランタンシールドを構える。だがサハギンももう動きに慣れてきたのか狙いをシールドからはみ出した腕や足へと狙いを変えてきていた。それに対応するように御堂も盾の位置を変える。このままではいたちごっこになる、それが御堂の予感でもあった。
「分かりました、引きましょう。人質の無事が最優先です」
御堂は気になる事があった。先ほどからレイラとグランから連絡が途絶えているということである。
「何人か中の加勢に行ってあげてください」
「分かったのです」
御堂の声に朝宮とソーニャが動く。二人が内部へと急行する。そこで見たものは犯人を捕まえたレイラとグランの姿だった。
「いやー助かりましたよ」
二人が捕まえた犯人を警察へと引渡した後、市長が人質を代表して例を述べた。
「話には聞いていましたが、あの霧は凄かったですね。一瞬の内に眠ってしまいました」
「お怪我が無くて何よりです」
丁重に礼を述べる市長に対しグランは言葉少なに返答する。
「やれる事をやっただけです。元々段取りは決めていましたから」
グランがスリープミストを出し、レイラは遠隔スイッチを奪う。前もって決めていた段取りをレイラが説明する。
「こんごともよろしくお願いします」
二人の話を聞いて満足したのか市長はしきりに頷き二人に握手を求める。始めにレイラ、そしてグランがそれに応じた。だがレイラとは違う。グランはシンパシーを使って握手に応じた
「それでは私も念のため精密検査を受ける事になっていますので」
何事か気付かぬまま満足した様子で市長は帰っていく。市長が去ったのを確認してクライシュが姿を現した。
「何か見えたか」
「中西さんの予想通りだ」
グランが答える。
「あの市長は昨日犯人と連絡を取っている。これは狂言だ」
グランが見た映像は港外れに止まった一台の車の中だった。運転席には現市長宮崎、助手席には先程捕まえた犯人が座っている。犯人の手には黒い小箱が持たされていた。
「携帯電話を集めて妨害電波を出す。市長の携帯だけ呼び出し音と同じアラームを鳴らせる。それに合わせて犯人が威嚇。全て計画通りだ」
「犯人の方もですか」
「同じ映像を見た。間違いない」
逮捕した時にグランは同じ映像を見ていた。それが市長に対してシンパシーを使用した理由でもあった。
「目的は私達の油断と強い市長のアピールでしょうか」
「そんなところだろう。まだ市長になって日が浅い。前市長とは違う事を大々的に見せ付けたかったのだろう。だが舐められたものだ」
グランは市長が消えていった方向を見つめる。
「中西さんがいうには魚頭町の市場の倉庫の鍵もあの市長が視察に来た時に見せたものだそうだ。それ以来使ってなかったため確認はしていなかったが、今回の騒動と合わせて確認したら鍵が合わなくなっていたそうだ」
それが意味するところまではクライシュは口にしなかった。そして人質の無事と囚人の所在を確認したところで帰路に着いたのだった。