「見つけました」
魚頭町裏山中腹、井戸を見つけながらも佐藤 としお(
ja2489)は自分の不調を感じていた。周囲にあるのは古寺と木々、地面には枯葉が隙間なく敷き詰められている。
「古寺の十時方向です」
警察無線で全員に連絡を入れる。今いる状況から考えればサハギンが隠れるのにちょうどいい状況ではある。実際殺気のようなものは感じているが、索敵には何も引っかからなかった。
「井戸はどれだ」
真っ先に移動し駆け寄った成宮 雫雲(
ja8474)が声をかける。頭には既にヘッドライトを装備しているが、まだ外にいるため光はつけられていない。
「これです。時間稼ぎが目的なのか蓋をした上に釘まで打っています」
井戸の縁は地面から五センチほど高く作られていた。つまずく程度の高さである。井戸の丈夫は木製の蓋で覆われていたが、大部分は野晒しにされているためか反っている。
「壊しますかぃ」
遅れて到着した氏家 鞘継(
ja9094)が提案する。
「こんな所で時間かけるわけにもいかないでしょうぃ」
氏家の手にはアルニラムが握られている。しかし氷月 はくあ(
ja0811)がそれを止めた。
「待ってください。トラップがあるかもしれません。念のためサーチさせてください」
裏山に入り氷月は常に警戒を強めていた。警官の制服を来た人間を既に二名見つけている。二つとも足元に一センチ近い傷口が三本ついており、事故による傷とは思えないものである。しかし蓋を見る限り氷月にトラップを見つける事はできなかった。
「大丈夫です」
自信はそれほど無かったが、少なくとも氷月にはトラップを発見する事はできなかった。そして氏家がアルニラムで蓋を切り刻む。
「中はどうですか」
レイラ(
ja0365)がペンライトを取り出し、それで奥を確認する。
「匂いはきついですが、特に変わったところはないですね」
魚の匂いを予感していたレイラだったが、鼻に届いたのは苔の匂いだった。それを証明するように井戸の内部は石の隙間はペンライトが届く限り緑に覆われている。
「いや、おかしいところがありますね」
レイラが手を止めたのは井戸の側面の一角だった。
「氷月さん、ちょっと見てもらえますか。私は念のため祖霊符使います」
レイラは氷月にペンライトを渡し、代わりに祖霊符を取り出す。受け取った氷月は指定された位置を確認する。
「これはピアノ線ですよね」
氷月が見たのは苔の影になっている部分だった。緑の切れ目に僅かに黒いものが伸びている。
「その類でしょう」
礎 定俊(
ja1684)が同意する。
「この様子だと一箇所ではなさそうですね」
礎はナイトビジョンを荷物から取り出し装着する。
「密輸組も本気という事でしょうか。しかしおかしいですね」
一通り井戸を確認し、礎はナイトビジョンを外しながらも首を傾けていた。
「入り口にピアノ線を仕掛けたと言う事は、密輸組はどこから出入りしていたのでしょうか」
「それはやっぱりもう一個入り口じゃないか?」
マクシミオ・アレクサンダー(
ja2145)が視線を向けたのは山の先、海の方だった。そこにあるのは魚頭町の魚市場である。
「決め付けるわけじゃねえが、もう一つの入り口抑えているのはあの市場なンだろ。だったら市場が絡んでるというのが自然だと思うがね」
マクシミオは煙草を吹かした。風が無い為か煙は真っ直ぐ上がっている。
「それよりはまずこの中に入る方法じゃねェか? ピアノ線の位置は把握したんだろ」
「終わりました。全部で十箇所です」
時間をかけた分だけ氷月が確証をもって答える。
「あとは解除方法ですねぃ。破壊するのが手っ取り早いんですが、ロープで下降しながら片手で作業する事になりますよぃ。素人がやるには難易度高くはないですかぃ」
「だったら俺がやろう」
手を挙げたのは成宮 朱里(
jb0896)だった。
「軍学校時代に罠に関しては一通り修めた。誰かライターを貸してくれないか? 普通の刃物では切断がむずかしいが、熱してやれば切れない事もない」
「オイルライターでよければ」
佐藤がポケットからオイルライターを取り出す。万が一のために前々から準備していたアイテムの一つだ。
朱里は佐藤からそのライターを受け取り、自分のバスタードソードの刀身を炙った。
「手間はかかるが全部切断しておこう。帰りに引っかかるような真似は避けたい。ロープは誰かが持っていてくれ」
「だったら私が持ちましょう」
進み出たのは雫雲だった。
「持っている間は背後を誰かお願いします」
「では私がやりましょう。元々その予定でしたから」
レイラが進み出る。
「では私はしばらく周囲を見てきます。ストローベレー氏に調べてもらった地層の状況を自分なりに確認してみたいのです」
グラン(
ja1111)は紙を広げた。ストローベレーから借りた資料一式である。
「事前情報と比べてやや違和感を感じます。土砂がかなり弄られているようです。少し時間を下さい」
朱里がピアノ線を破壊するまでのおよそ三十分、グランはゆっくり周囲を見回っていく。
「ではいきましょう」
三十分後、ロープを近くの木に結びつけて鳳月 威織(
ja0339)と氷月が先頭にロープを降りていった。
「何かあれば連絡頼むわ」
借りてきた警察無線を指差しながらマクシミオがサポート役である桐生 直哉(
ja3043)、澤口 凪(
ja3398)、ニオ・ハスラー(
ja9093)に言葉を残す。そして撃退士達は井戸の中へと降りていった。
「こうして狭い所に潜ると不思議な気分になります」
井戸の底から横穴に入った撃退士達は事前に決めた隊列を取り進んでいく。警戒を強めていく中で不意に言葉を挟んだのはグランだった。
「こうして狭い所に潜ると不思議な気分になります」
ヘッドライトで周囲を照らす。祖霊符と阻霊陣は途切れる事無く誰かが使用しているが、未だにサハギンの姿は無かった。
「前回退路を塞ぐために排水溝にポイズンミストを使用しました。結果として地中に潜るサハギンの動きを限定する事ができたわけですが、自分が同じ状況に陥るとポイズンミストを使用されるような錯覚に陥ります」
「それを今言いますかぃ」
隣を歩く氏家はグランの発言を笑い飛ばす。
「それを言い出すと、あたしは剣戟読まれている事になりますよ。武器を増やしているので単純に剣戟ってわけじゃないですけどねぃ」
「それにまだ手合わせしていないものもいるンだぜ」
距離をおいてマクシミオも声をかける。
「だけど煙草を吹かして風の流れを確認してもおかしいところはないんだけドナ」
煙草の煙は入り口方向へと流れるだけだった。
「だが入り口以外に罠をかけられている様子も無い」
「ですね」
先頭を歩きながら氷月が答える。
「井戸に入って近く経っています。幾つか足を躓くような石を見つけてはいますが、それは人の手を加えて様なものではありませんね。薬莢も落ちていません」
警戒を強めている事もあり、撃退士達の進行速度は早くはない。
「グランさんは毒を警戒しているんですね」
身に迫る危険を感じつつ礎が尋ねる。しかし目に見えるものはない。そこに毒というグランの言葉が重く圧し掛かってくる。
「今ここには撃退士が十名います。私達はこれまでサハギンの目的を色々な形で妨害してきました。恨みを買っていてもおかしくはありません」
「それもありますが、土砂崩れの警戒もしています。土砂が弄られていた理由が分かりわかりませんので」
「何か仕掛けをしたというわけですか」
「私の見落としもあるかもしれないので、サポートの人達にも調べてもらっています。何が出るかは分かりませんが」
鳳月はケイオスドレスドを展開した。と同時に鳳の耳には足音を捉える。靴を履いていないものの足音だった。
始めに動いたのは鳳月だった。事前に抜いておいたジャマダハルを手に後列の攻撃を攻撃を妨げないよう右側に身体を寄せて神速で攻撃を仕掛ける。
「視界が不十分なのが辛いですね」
サハギンも撃退士達が暗い事を理解しているのか、右手に動いた鳳月に合わせて左手へと身を寄せる。狙い済ました突きはサハギンの右手の甲に傷つけながらも払われる。
しかしサハギンが防御に動くのを狙い、そこに氷月はエネルギーブレードを突きに構えた。
「難しいけど、やれない程じゃないね‥‥穿て‥‥ヌディ・ムバ‥‥!」
夜目を使用している氷月は鳳月の姿を確認する。誤爆をしないためである。だが突きに走ったところで氷月の身体が宙に浮いた。石に躓いたのである。
「大丈夫ですか」
佐藤は声をかけてシルバーマグで狙いを定める。
「まずは体勢を立て直してください。サハギンが動く前に」
矢継ぎ早に状況を説明し、気合を入れて引き金を引いた。
「負けるかよぉぉ!」
確実に捉えたと思われた銃弾だが、サハギンは紙一重に回避する。だが氷月が再び立ち上がるには十分な時間だった。
「攻撃してきませんね」
これまでの様子を見ながら礎はそう分析していた。
「防御に専念しているような気がします」
「何故防御に専念する必要があるのですかぃ」
氏家は改めて祖霊符を使用した。サハギンを逃がさないためである。
「これであたしでも無い限り逃げられませんぜぃ」
自分で言いつつへこみながらも、氏家は祖霊符の発動を確認する。
「では私も動かせてもらいます」
雫雲が取り出したのは手裏剣だった。アウルで生み出された特性の手裏剣、成宮流九方手裏剣である。
「動きを止めれば防御に専念されていても」
投げつけられた九本は空を切り通路の上へと刺さっていく。その時、雫雲のヘッドライトは土砂の零れる様子を捉えていた。そしてサハギンの頭上へと土砂を落としていく。
「まさか」
グランが思わず声を出した。そこに無線が着信を告げる。
「どうしたンだ」
マクシミオが応答する。無線の主は桐生だった。
「俺達のところに河合って人間が来てる。密売の主犯を自供してる」
「はあ?」
全く予想外からの連絡にマクシミオは声が裏返った。
「そっちで拘束シてろ。ディアボロでも三人相手なら何とかなるだろ」
マクシミオは他のものにも聞こえるように音量を上げる。
「もう拘束はしているんです」
無線の声が変わる。今度は澤口のものだ。
「しかしその通路上の地面に爆弾を仕掛けたと言っていて」
「要するにみなさんを人質にしてるわけっすよ」
最後はニオの声だった。
「どうすんの?」
再び声が桐生に戻り、参加者達に返事を求めてくる。
「爆弾なら起爆スイッチらしきものがあるはずです。それを取り上げてください」
グレンが無線に聞こえるように声を張り上げる。防御に専念していたサハギンは相変わらず攻撃の姿勢を見せないまま少し後退をしていく。
「それがセンサー式だって言ってるんです。温度に反応すると。それらしい装置は見当たりませんか」
温度という言葉に拳銃を握っていた佐藤が思わず凍りついた。改めて夜目を通して周囲を見渡すがそれらしき装置は無い。先ほど雫雲の手裏剣が刺さった場所も今は土砂は止まっていた。
「センサーらしきものは見つからない」
前進するべきか考えた結果、鳳月は足を止めていた。まだサハギンはヘッドライトでとらえている。追いつけるという判断からである。
「ブラフではないだろうか」
答えたのは雫雲だった。
「熱探知式爆弾は作れないわけじゃない。だが私達は既に発砲している。それに反応していない以上、熱探知が働いていないか爆弾が無いかだ」
「センサーの範囲外だっただけだと言ってるっす」
「だったらセンサーの範囲を答えさせるといい」
「了解だ」
桐生の返答で通信が切れる。礎が雫雲に話しかけた。
「さっきのもブラフですね」
雫雲は頷いてみせる。
「要求が無かったからですか」
今度は雫雲は否定した。
「そんな複雑なことじゃない。本当に爆発させたいのならわざわざ話す必要が無いと思っただけだ」
「そう言われればそうですねぃ」
氏家が同意する。
「だったらさっさとサハギンを追い詰めましょうかぃ」
その声に反対するものはいない。追い詰められたサハギンは逃亡を試みたが、鳳月の神速と氷月の陽と月の終わりの前に霧散した。
そして撃退士達が奥で見つけたのは小型拳銃三丁と弾丸十ケースというものだった。
その後、レイラが持参したスコップで周囲を掘り返すも爆弾らしきものは見つからなかった。代わりに見つけられた先遣隊の思われるものは佐藤の用意した毛布に包まれ下山を果たす事となる。遺体の引渡しの代表として佐藤が魚頭警察に赴き、自分の見てきた事を伝える。
「代わりに先遣隊が全滅した理由を聞かせてもらいたいのです」
戸惑う所長から吐き出された言葉は地面に埋められていたと思われる爆弾とサハギンの挟撃というものだった。
「ブラフじゃなく既に爆発していただけなのかもしれない」
所長は複雑な表情で答えた。
後日、雫雲は事件のあらましをまとめた報告書を学園に提出。しかし不完全点として古井戸と魚市場の関連性が挙げられた。佐藤はその点を追うも大迫は面会謝絶ばかりが続く。二人の疑問に一つの光を灯したのは礎が注文していた週刊誌だった。
魚頭町魚市場責任補佐大西、魚市場の鍵を紛失。後日見つけるも複製された可能性大
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しかしどの記事も信憑性に欠けるものだった。