魚腹市市役所の会議室、ウオハラケーブルテレビの腕章をつけながら礎 定俊(
ja1684)は初めて入った室内を監察していた。広さは三十畳程、だが記者用の椅子が並べられているため広いというより手狭という印象が強かった。既に二十名近い人間が室内を入っているが、内十名程はプレスの腕章を付けていない。マイクの調整等をしているところから礎は役所の人間かそれに近いものだろうと推察。多少気後れを感じながらも冥魔認識をする。内部に情報提供者がいると考えての事だった。
だが一望して礎は溜飲を下ろした。それらしき人物は見当たらない。勿論これから来場する人間に反応する可能性はあるが、その場合は成宮 雫雲(
ja8474)にマークさせるという方法が使える。礎は市長登場までの間を八木との情報交換として有効利用することにした。
市立中央体育館、氷月 はくあ(
ja0811)が逃げるサハギンを追い回していた。
「魚頭町の件に関わった仲間が教えてくれましたが、敵は好んで争いを起こしている節があります。両者の仲違いに乗じて敵が何かを企んでいるとしたら‥‥?」
スマホから聞こえる市役所の様子を耳で追いながら、氷月は目ではサハギンの後姿を捕えていた。既にマーキングには成功している。入り口前に構えていたサハギンに対し出会い頭に発射した一発が肩口に当たったからだ。
だがそのためかサハギンは入り口前から逃走、肩を押さえつつも射線に入らないよう迂回しつつ避難者の篭る体育館側へと向かっている。
「落ち着いて、空間を把握‥‥ん、いけそう」
サーチトラップで周囲を確認する。何かしら罠が仕掛けてあると予想した氷月だが、トラップの類は見えない。虎綱・ガーフィールド(
ja3547)によると壁走りの途中で体育館の外に水質調査の設備を見つけたと聞いていたが、サハギンがそちらに向かう様子も無かった。
「待ってましたよ」
サハギンの行く先である裏口では鳳月 威織(
ja0339)が待ち構えていた。スキルのケイオスドレストを発現、加速をつけたまま前蹴りをしてくるサハギンを全身で受け止める。
「こんなもんで三つに分散すれば何とかなると思ったのか」
直接的な痛みはないものの、サハギンの蹴りを受け止めた鳳月の腕は痺れていた。しかし密着状態には持ち込めると判断、神速を使いサハギンを引き離す。
「ここは通しません」
体育館の中では虎綱が運び入れた避難民がいる。中に入れるわけにはいかない。声に出すことで鳳月は目的を再確認。そこに遅れて氷月も登場する。
「この辺りにトラップは‥‥ありません」
長期戦に備え氷月はサーチトラップを外し、生命の水を活性化する。だが氷月の登場で鳳月が目を離した隙にサハギンは移動を開始、地面の中へと溶け込んでいく。
「透過能力ですか」
スイカは急いで携帯品の中から祖霊符を取り出す。そして間髪置かず詠唱を開始、しかし詠唱が終わる前に体育館から悲鳴が響く。サハギンによる避難民の人質だった。
「市役所では礎さんが内通者の存在を提示」
「体育館でサハギンが避難所を人質に」
小学校ではサポート参加している御堂・玲獅(
ja0388)の携帯に矢継ぎ早にメールが押し寄せていた。そして小学校の外に別の避難所候補の設置を周囲の人々と急がせていた。グラン(
ja1111)の調べによると小学校は内陸寄りではあるがプールとシャワー装置がある。サハギンの逃げ場は多かった。だがグランには退路を塞ぎ追い討ちを狙えるポイズンミストがある。避難民の安全を確保するという目的のためなら下水はまだ具合は良かった。
グランが建物の陰から突撃するタイミングを見計らう一方、澄野・絣(
ja1044)と氏家 鞘継(
ja9094)がサハギンの注意を引きつけていた。
後方支援のために距離を取る澄野、その死角からやや前傾気味に氏家が薙ぎ払いを入れるがサハギンはバックステップで回避。その反動を活かし氏家の顔に右膝を入れる。
「やりますねぇ」
氏家は赤黒いものの混ざった唾を地面に吐き捨てた。サハギンは更に追撃をかけようと身体を捻りつつ左足を上げた。そこに澄野が矢を放つ。
「あまり好き勝手、動き回らないでくださいねー」
既に次の動作に入っていた事もあり、サハギンは回避行動を十分取れない。そのまま矢はサハギンの足に命中する。
「今ですね」
サハギンがバランスを崩したところにグランが飛び込んだ。スタンエッジを叩きつけるためである。だがスタンロッドは空を切る。サハギンが地面へと透過していったからである。
「こっちに地下に繋がるマンホールがあります」
事前に得た情報からグランは澄野と氏家を案内する。二人もすぐにグランに従って行った。
「サハギンが透過能力を使って騒動中」
魚腹水産大学前、ハンズフリーにしている佐藤 としお(
ja2489)のスマホにもサハギンの透過能力を危険視する話が届いてはいた。しかもグレンの話によると市長の娘が、黒崎 ルイ(
ja6737)によると迫田の兄が大学院、妹が大学に通っているらしい。自然と力が入っていた。
サハギンは大学前に立っている。避難してきたと思われる男性を一人腕に掴んでいる。撃退士達を見つけると楽しげに頬を緩ませる。
「これで束縛ですね」
救助のためにも三神 美佳(
ja1395)はサハギンの動きを封じる事を優先した。異界の呼び手を使用、サハギンの束縛にかかる。同時に男性救出のためにジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)がサハギンに向けて走り出した。
「安全第一。ハッピーエンドには絶対に譲れないね♪」
だがサハギンは無数に現れた手をを回避、迫ってくるジェラルドに掴んでいた男性を投げつける。ジェラルドはそれを抱えるように受けとめるものの、その間にサハギンは距離を取りにかかる。
急いで佐藤もブラストクレイモアを取り出し、黒崎とともに追いかける。左右の二手に分かれてタイミングを計り、同時に襲い掛かる。それが当初計画した予定だった。
「‥‥にがさない‥‥」
黒崎も走りながら、マジックブルームを取り出し構える。それに答えるようにサハギンも急遽方向転換、二人の方へと向かってきた。
「主に宜しく」
クレイモアを大上段に構える佐藤、それは佐藤の捨て台詞のはずだった。だがサハギンは直前に再び方向転換、黒崎のみに狙いを定めへて体当たりを敢行する。
「‥‥えっ‥‥」
黒崎は両腕を前に出し防御の構えを取った。そこにサハギンは躊躇無くショルダータックルを当ててくる。痛みより先に衝撃が黒崎が襲う。気付いた時には足が地面を離れ、黒崎の身体は宙を舞っていた。
「敵の動きが今までとおかしい」
ハンズフリーにしたスマホから成宮 朱里(
jb0896)からの声が聞こえてくる。黒崎を攻撃したサハギンは再び踵を返し逃走を再開している。
「好戦的に来るかと思えば逃げにかかる」
「こっちも人手が足りてない事を向こうも理解しているのでしょう」
佐藤は一度ジェラルド&ブラックパレードを確認、応急処置を受ける投げられた男性の様子を見てからサハギンを追いかける。三神も転倒した黒崎に手を貸し助け上げ、佐藤の後に続いていった。
三点の中心点、どこにでも動けるように場所をとった朱里は少しでも視野を広げるために木の上に登り待機していた。
「初任務としては俺、結構やってるほうじゃない?」
方向符とスマホをスーツに仕舞い、背中に抱えたアサルトライフルを構えてスコープを覗く。周囲には怪しい影はない。外出禁止命令が行き届いているのか人影も無く、たまに野鳥が飛び交うだけだった。
「あそう? ありがとぉ」
近くの枝に止まった小鳥に話しかける。朱里としても明確に動物の意図が読めるわけではない。だが何となくこの近くでは危険性が無い事だけは感じ取れた。
「雫雲は大丈夫かなぁ? ちゃんとやっていけてるだろうかなぁ?」
自分の安全がある程度保障されたためか、不意にサポート参加した妹の成宮 雫雲(
ja8474)の事が頭を過ぎった。礎とともに記者会見へと参加しているためサハギンと直接対峙する可能性は低い。そういう意味では緊急でどこにでも駆けつけなければならない朱里の方が危険が高かった。
その時だった。朱里の目に意外なものが飛び込んでくる。猟銃である。カーキ色の迷彩服にオレンジのベストを着た老人が猟銃を片手に通りを走っていくのである。
「どういうこと?」
朱里はもう一度周囲を確認する。老人はどうやら携帯電話で誰かと話をしているらしい。そして交差点に突き当たると、何度か進行方向を確認しながら東へと向かっていく。
「大学の方向だね」
再度方向符を取り出し朱里は方向を確認する。そして滑る様に登っていた木を降りていった。
魚腹市役所では礎が大迫市長への追求を続けていた。
「魚頭町と友好関係を築こうというつもりは無いのですか。両者はサハギンという共通の敵に狙われました。情報を共有すればより効果的に対策を立てることが出来る。それだけではない、金銭的な融通を利かせる事もできるじゃないですか」
ゆっくりと一言一言丁寧に礎は発言する。それは市長に少しでも話を聞いてもらい、考え直してもらおうという礎の配慮でもあった。
だが大迫市長はそんな礎の気持ちを無視するように鼻で笑った。そして秘書を呼び寄せた。
「君の顔には見覚えがある。二ヶ月前に助けてくれた撃退士の一人だね」
「はい」
礎は素直に肯定した。
「助けてくれた礼だ。話しておこう。それとこれから話す事は記事にはしないように」
市長は他の記者達にも釘を刺し、秘書からケースを受け取った。一メートル以上ある茶色の細長いケースだった。
「見覚えは」
「思い当たるところなら」
礎には一つ予想が付いていた。自分自身は所持していないものの学園の購買や依頼で同行する仲間が使用しているところを何度か目撃している。
「銃ですね。それもライフル」
「御名答」
大迫はケースを開ける。そこにはビニール状の袋で覆われているものの、確かに黒光りするライフルが納まっていた。
「撃退士はどういう扱いになっているかは知らんが、一般的に日本では銃を所持するためには政府の許可が必要になる。当然取り扱うにも許可が必要だ。だがどういうわけか、三ヶ月ほど前からこの町で頻繁に銃の取引が行われている。これも横領したものの一つだ」
市長はケースを再び閉じた。そして秘書に渡し下がらせる。
「尤もこれは場所を取るライフルだから見つけられたようなものだ。小型の拳銃ならこうはいかないだろう。どれだけ持ち込まれたかは現在では把握できていないが、数十丁単位に上る事は間違いないだろう。問題はどこからこんなものを持ち込んだか、そしてどこに保管しているのかという事になる。しかし格好の場所が一つある。魚頭町の市場だ」
礎が立ち上がった。
「どうしてですか」
「簡単だ。まず始めにあそこなら海から荷物があってもおかしくは無い。次に地下に倉庫がある。君も仲間から事情を聞いたのなら知ってるだろ。あそこには戦時中の防空壕がそのまま残っている。普段人が出入りせず荷物を隠すなら最適だ。最後にあの防空壕には抜け道がある。市場を使わなくとも裏山の中腹にある古井戸からも出入りできるんだ。こんな都合のいい場所が他にあるのか」
「ですが証拠がありません」
「大有りだ。二ヶ月前僕がサハギンに襲われた日、僕は市場に行く予定だった。それは僕自身が防空壕を確認する意味もあった。しかしサハギンに襲われ市場訪問は破談、以来何度か会合を求めているが向こうは多忙を理由に断っている。改めて聞くが、否はどちらにあるのかね」
礎は何も答えられなかった。
「しかもサハギン騒動のせいで住民が不安を感じている。銃の密売とサハギン騒動、時期が一致し過ぎていると思わないか」
「では市長はサハギンを放置し、密売を重点的に行うつもりですか」
「個人的にフリーランスの撃退士を六名雇った。襲撃の行われた三箇所に向かわせている。サハギンにはそちらで対処する」
市長はケースの蓋を閉じる。そして秘書にケースを渡すと再び下がらせた。
「しかし先程も申し上げたように内通者がいる可能性があります。市長の考えは外部に筒抜けではありませんか」
「それなら今朝付けで解雇した。総務課の課長だ。課長と言う立場を利用し役所の電話で頻繁に外部と連絡を取っていた形跡がある。どこと連絡していたか現在調査中だ」
「そうですか」
礎は必死に頭を働かせた。市長が嘘を言っている様子は無いが、何かひっかかるものがある。気分を落ち着かせるためにも冥魔認識を再び行うが反応は無かった。
「待ってください、市長」
ここまで沈黙を守っていた雫雲が立ち上がる。
「連絡していた先を確認せずに解雇というのは早まった判断ではないのでしょうか。まだその課長さんが敵と繋がっていたという確証がありません」
その時だった。前から三列目に座る男性が急に立ち上がる。腕に腕章は無い。
「俺は無実だ」
男はそう叫ぶと手をスーツの内側へと入れる。
「待てっ!」
反射的に礎と雫雲が男を抑えにかかる。だが男は躊躇無く拳銃を取り出し市長へと向ける。礎は拳銃を確認する。先程のライフルと違い二十センチ弱の拳銃、加えて安全装置は既に解除、撃鉄も起こしてある。
雫雲は銃に向けて手を伸ばした。だが紙一重の差で銃弾は彼女の掌をかわし、市長の頭へと命中する。
「救急車を」
礎は叫んだ。そして発砲した男性を拘束、拳銃を取り押さえる。しかし市長は壁にもたれかかるようにして倒れていた。
全てが終わった後、撃退士達は市役所前に集まっていた。
「避難所の人達の治療は完了しました。動揺は広がっていますが、フリーランスの方々が世話をしてくれるようです。ただ雇用主が」
澄野は言葉を濁した。援軍の撃退士が来なければ被害が増えていた。原因の一つは祖霊符等の準備不足だが、もう一つ玉砕覚悟の銃武装市民の説得である。
「周辺に聞き込みしましたが、不審人物はいなかったようですねぇ。ただ銃密売の話は噂として聞いてる人は多かったみたいですねぇ」
努めて明るく話す氏家だが、場の雰囲気は重い。
「迫田さんのお見舞いも兼ねて病院行ってみましたけど、かなり悪いみたいですね」
三神は首を振った。迫田もシンパシーで見た小さい影について見た覚えが無いという。市長の弾丸摘出終了まで雫雲は朱里と病院に待機している。
「市長の親族には連絡しておきました。ですが離婚された前妻とその奥様との間にもうけられたお子様は現在行方不明で連絡がつきません」
「悪い報告ばかりで申し訳ないけど、松原助教授は大学襲撃を懸念していたみたいです。迫田兄妹と行っていたサメの研究を凍結してほしいと。衣笠は沈黙、古寺は警察に連絡しています。僕達だけじゃ人手が足りない」
グランと佐藤が報告する。
「これからどうなるのでしょう」
黒崎が呟きに答えるものは誰もいなかった。