「さて撃退士達はどう出るかな」
日本某所、一人の少年が椅子に座り闇を見つめていた。
「迫田君自体は死んでもらっても構わない、妹さんがいるからね。問題はどれだけ恐怖を感じてくれるかだよ」
少年は薄く笑っていた。
深夜一時、燃え盛る迫田家前に撃退士達は集まっていた。既に消火作業は開始されており、道の前には二台の消防車と数名の消火隊が待機。先程までは救急車が一台待機していたが、要救護者である迫田両親を運んで今は姿が無かった。
消火自体も進んでいる。家の向かって右半分は鎮火、問題は左半分一階に当たるリビングだった。
「状況はどうですか」
他の撃退士達が突入準備を進める一方で氷月 はくあ(
ja0811)は一般人へと目を向けた。数は二十、パジャマ姿もあればカーディガンを羽織っている人、傘を差している人もある。念のため索敵をかけるが、見える範囲には存在しない。氷月はひとまず安心しながらも、いつか襲われるかもしれないという恐怖を覚えていた。
「猪狩さんがまだですねぃ」
消防隊の一人から消防服を受け取りながら氏家 鞘継(
ja9094)が呟く。着る前に自分の身体に当てて大きさを確かめてみるがサイズが合わない。既に試着三着目だった。
「家具破壊の許可でしたよね」
「そう聞いてますねぃ。ただ親御さんも話せない状態のようですから、大学まで掛け合いに行ったみたいですよぃ」
「妹さんですか」
礎 定俊(
ja1684)も消防服の感触を確かめながら、脳内で今回の事件の背景を整理する。そして現在捕まっていると見られている迫田雅之には大学生の妹がいた事を思い起こしていた。
「大学生でしたね。何かの研究をしていたとか」
「徹夜でやってたらしいですよぃ。仮眠をとっていたのか、内線にも応じてくれないとか何とか」
「それは最悪の選択肢を考えなければならないのでしょうか」
氏家の話を聞いていた御堂・玲獅(
ja0388)が割って入る。
「氏家さんの話を伺っていると、妹さんも襲われたような印象を受けます。実は大学の方が本命でこちらは陽動という事はありませんか」
「そういう事じゃ無いらしいですけどねぃ」
氏家は御堂の考えをすぐに否定する。
「いきなり家が火事とか言われてもすぐには信じられんでしょうぃ。それに寝起きなわけですから文字通り寝耳に水って奴ですねぃ。それで状況説明に手間取っているらしいですよぃ」
「確かにすぐに信じられるわけないわね」
「友人とかに頼んで見てもらっているらしいですねぃ。ひょっとしたら近くにいるのかもしれませんぃ」
納得したのか御堂は周囲を一度見回す。そして消防服の装着に取り掛かる。
御堂が納得一方で佐藤 としお(
ja2489)は消防服を抱えながら一人葛藤を繰り広げていた。相手は自分自身、以前にも見た自分の中に浮かぶ既視観だった。
「大丈夫ですか」
三神 美佳(
ja1395)が心配そうに声をかける。
「消防服を見つめたまま動きが固まっていますけど」
三神に声をかけられ、佐藤は我を取り戻す。
「実はこうして消防服を手にして思い出したことが一つありまして」
「思い出した事ですか」
「はい」
神妙な顔を浮かべて佐藤が語る。
「実は僕、以前にも消防服を着た事があるんですよ」
佐藤は消防服を広げる。やはり見覚えがあった。
「魚頭町の魚市場が奪われた時です。あの時は漁船が一台市場に突入して炎上しました。火事自体は収まったものの魚市場は奪われる事になりました」
「他に共通点はありますか」
「どうでしょう」
佐藤は首を捻る。
「何かを狙っているのは分かるんですけどね。相手が話せれば話してみたいところです。サハギンの相手は慣れて来た気もしますし」
「確かに敵の狙いは分かりませんね」
消防服を着込み、三神は軽く飛んでみる。動く分には問題なかったが、身体が重みを感じるのは事実だった。
「数が合えばあと九匹、今回倒せば残り八匹。とりあえず今は目の前の敵に集中しましょう」
「そうですね」
やがて調査に向かっていたグラン(
ja1111)と大学へと連絡していた猪狩 みなと(
ja0595)が戻って来る。開始の時間だった。
「ガスの可能性は無さそうです」
借りたガス検知器を消防隊へと返し、グランはやや不満気に話す。
「換気扇から漏れる空気は至って正常。臭いも異常なし。バックドラフトを狙っている可能性は恐らく無い」
「意外ですね」
グラン同様にガスの可能性を考慮していた佐藤も消防服の下で眉を寄せる。
「まだガスの使い方を知らない、その可能性も否定できませんが」
「確かにサハギンにはいらないものですからね。健康器具も使い方間違ってますし」
頭を悩ませる二人、その一方で猪狩は報告を続ける。
「妹さんと連絡付いたよ。家具壊しても構わないって」
参加者達が消防服を着込む中で猪狩が咳き込みながら戻ってきた。
「大学の警備室に掛け合って直接呼び出してもらったよ。研究室に内線繋いでもらったけど眠っちゃってたみたい」
「それはお疲れ様です」
礎が労いの言葉を掛ける。
「それで妹さんは状況を理解してくれましたか?」
礎の言葉に対し猪狩は親指を立てて答えた。
「寝起きと聞いていましたが」
「それは無いよ。警備員さんにも説明してもらったし、妹さん自身も携帯で友人に確認とってもらったから」
「確かに見ず知らずの他人より友人の言葉の方が届くでしょう」
御堂の手にはもう一着の消防服が抱えられていた。迫田の分である。その分動きも装備も阻害されるが、アウルの鎧で補う予定である。
「それと妹さんもこっちに向かってる。自分で見たいって。この時間だしバスも電車も止まってるからタクシーだけどね」
口早に情報を伝え、猪狩は続いて消防隊に破砕用のハンマーを申請する。
「念のため着方もお願いします」
猪狩は消防隊に一から着方のレクチャーを受ける。残った消防隊に結城 馨(
ja0037)が放水タイミングを交渉を開始、最後の詰めに入っていた。
雲行きが怪しくなった事を肌で感じながら大澤 秀虎(
ja0206)は窓の中の様子を伺っていた。消防車の隣では氷月が阻霊符を展開していた。
「天魔からはわたしが守りますから、皆さんは消火をお願いしますっ」
声は大澤にも聞こえていた。だが今は目の前の気配に意識を向ける。ガラス越しに感じられる気配は無い。だからこそ出来る限りの状況をイメージし、罠を想定する必要があった。
「窓開けます」
猪狩がハンマーを振り上げる。玄関脇に控えるA班にも聞こえるように携帯電話が音を拾う程度の声で上げた。そして大きく振りかぶった所で消防隊とアイコンタクト、そして一気に振り下ろす。
真っ先に侵入したのは大澤だった。左手で鯉口を切り、抜刀の構えのままにガラスに向かう。そして柄で窓の割れた部分を大きく広げ、室内に入る。
「予想通り障害物は迫田本人だ」
室内を一望し、大澤は状況を確認、右手部分には人の姿を発見した。だが一歩足を踏み出し転倒する。健康器具の足から結ばれていたワイヤーに足をとられたからである。
「先頭変わります」
アウルの鎧を纏った御堂が進み、礎が大澤の起き上げる。続いて三神がエナジーアローでワイアーを切り、猪狩が状況を伝える。
「ドア入り口に棚、その真後ろに人がいる。恐らく雅之さん。放水には気をつけて」
「了解」
連絡を受け佐藤がドアを数度軽く叩き、具合を確認する。そしてナイフで小さく穴を開ける。
「ガスの心配はなさそうです」
小さく開けた穴を佐藤と氏家が拡大、迫田の位置を確認する。
「どうやらここが迫田さんの胸元のようです」
佐藤の言葉を確認するためにも結城が穴を覗き込む。そこには確かに男性者のTシャツがあった。
「もう一つ離れた場所に穴を開けます。そこから放水をお願いします」
佐藤の弁を結城が消防隊へと伝える。だがそこにB班から連絡が届く。サハギン登場の知らせだった。
「天魔を外へ出します‥‥申し訳ありません」
夜目とマーキングを使った氷月が声を荒げた。見物客が一斉に退避を始める。そこに撃退士達に誘い出されるようにサハギンが躍り出てくる。
「皆さん大丈夫ですか」
三神がドレスで口元を覆いながら庭へと飛び出す。
「グランさんのポイズンミストが効いてます。ですが味方も巻き込むので違和感を感じたら無理しないで下さい」
大澤と礎がサハギンを囲む。御堂はその間に迫田を縛り付けておいた健康器具を動かし、ロープを解きにかかる。
「扉は開けて大丈夫です」
御堂の言葉に従い、A班が部屋に侵入。それに続いて消火隊が放水を開始する。そして火は見る見るうちに収まっていく。
「お前の動きは前回見せてもらった」
一方でサハギンは大澤と鍔競り合いを展開していた。
「サハギンは話せると聞いています。言うべき事はありますか」
半信半疑だったが礎はサハギンに声を掛ける。しかしサハギンは何も答えない。どうやら話せない個体だと判断し攻撃に移る。
「Of this I prayeth remedy for God’s sake,as it please you,and for the Queen’s soul’s sake」
室内から結城もエナジーアローで応戦、回避を試みようとするサハギンに大澤が追い討ちをかける。最早サハギンに逃げ道は無かった。
「雅之さんは一命は取り留めたようです」
救助隊に確認した病態を三神は参加者に伝えた。
「ですがショックで記憶がかなり混乱しています。シンパシーで状況確認しましたか、時系列がバラバラになっているようです」
三神が見たビジョンではいつの間にか大学にいたり家にいたりと舞台が様々だった。だがその中で一つ、サハギンの影に動く小さなものの存在を捉えていた。
「後日改めて聞いてみます」
「それがいいだろう。妹さんも心配しているようだ」
グエンが救急車へと視線を移す。タクシーが到着したのは数分前の事だった。
「家の火災、両親の搬送、実兄の怪我、短い時間に色々な事が起こったが事実を受け止め兄に付き添っている。根本的な解決にはならないでしょうが、立ち直るのも早いでしょう」
本当に事件を解決するためには魚人の本拠地を叩かなければならない。グエンはそう思っていながらも今は口にするのは止める事にした。
迫田を運ぶ救急車と入れ替わりにテレビ局のロゴを入れたワゴン車が入ってくる。ウオハラケーブルテレビのものである。礎と御堂はゆっくりとその車に近づいていった。
「ちょっと伺いたい事があるんですがよろしいですか」
礎が八木が降りてくるところを見計らって声を掛ける。
「市長が中西氏に対し黒幕とまで言い放ったのは事実なのですか」
御堂も息を呑んで八木の反応を見つめる。そして八木ははっきりと答えた。
「事実よ」
罰の悪そうに視線を泳がせながらも八木は答えた。
「何故」
「何故と言われると困るわね、元々彼はそういう人なの。世間的には強硬派と言われてる。他人を貶めて相対的に自分の地位を上げる」
「それでよく当選しましたね」
「行動力はあるからね。今回だって中西さんとの会談までこぎつけようとしたでしょう、怪我で中止になったけど。これまでも老人ホームの設立や道路開発なんかもやってきた。その実績が大きいのよ」
「成程」
「市長と面会できませんか?」
少し考え、御堂が八木に頼んでみる。
「こうして市長さんの考えを他者から窺い知る事はできますが、できれば直接お会いしたい」
「分かりました。取材という事で面会を申し出てみましょう。助手という事にすれば二三人は同行できると思います」
「ありがとうございます」
礼を言い、二人はその場を後にする。そこに聞き込みに言ってた氏家が合流した。
「一つ気になる話を聞きましたよぃ」
「気になる話ですか」
「迫田さん、兄さんも妹さんも同じ研究室にいるらしいんですぃ。それ自体はいいんですが、その研究室の責任者が現在刑務所にいるらしいんですよぃ」
「刑務所ですか」
「佐藤さんの話だと、魚頭町での騒動の時に捕まった助教授さんがいるらしいですし、その人かもしれませんぃ」
それは礎と御堂にとっても確かに気になる話だった。