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マスター:八神太陽
シナリオ形態:シリーズ
難易度:普通
参加人数:10人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/08/10


みんなの思い出



オープニング

 西暦二千十二年七月末、日本某所の港町である魚頭町では再び問題を抱えていた。二ヶ月前に討伐したサハギンの残党が魚頭町ではなく隣町である魚腹市で暴れているというものである。魚頭町としては被害は少ない。だがそれが返って魚腹市民の感情を逆撫でする結果となっていた。
「何故そちらで暴れていた天魔がこちらに攻めてくるのですか」
 サハギン騒動の舞台となった魚頭魚市場では抗議の電話が寄せられていた。自分達だけ助かって許せないという恨みや撃退士の依頼料を魚市場が負担するべきという脅迫染みたものまで含まれていた。
 事態を重く見た魚腹市市長柏木は部下に命じ、魚市場奪還の功労者である責任補佐である中西との会談を打診。中西もその申し出に応じる。会談場所は魚頭町の魚市場、セリも一段落した午後の一時に昼食会として会談をしようという話となった。
「昼食会ってことですが、何を出せばいいんですかね」
「魚市場らしく刺身と白米が良いだろう」
「酒のつまみみたいですが大丈夫ですか」
「柏木市長は白身魚がお好きらしい。問題ないだろう」
 市場二階の会議室では昼食会の準備が進められていた。出席者は市議会側から市長と書記、市場側からは中西という最低限の予定ではあるが、警備として市長の運転手が一名部屋の外に控える予定だった。
「書記と運転手さんにも食事必要でしょうか」
「茶菓子とお茶にしておこう。この前大学から頂いた物があったはずだ」
「いいんですか。市場の人達で食べてくださいって事でしたが」
「それは社交辞令だろう。それに市長と同じものを出すわけにもいくまい」
「断られた時は」
「その時はその時だ。終わった後に私達で食べればいい」
「いいんですか」
「元々私達が食べるために貰ったものだ。残す方が返って罰が当たる」
「それもそうですね」
 来賓の到着に市場は妙な緊張を産んでいた。魚市場としてもサハギンが暴れている事態は他人事ではない。数ヶ月前まで自分達も似たような境遇に置かれていたため尚更だった。だが反面一方的に責任を擦り付けようとしている隣町の住人に辟易しているのも事実だった。
「これで落ち着くといいですね」
「だな」
 中西が空を見上げると、そこには巨大な入道雲がそびえ立っていた。
「今日も暑くなりそうですね」
「ですね」
 窓に手をかける中西、だがその手を遮るように電話が鳴った。時計に目を向けると長針が八を少し回っている。
「取らないんですか」
 係員が声をかける。それに対し中西は表情を曇らせる。
「前回の騒動で一つ学習した事がある。最悪の事態は最悪のタイミングで起こるって事だ」
 意を決したように中西は電話を手にする。相手は市議会職員だった。
「市長の車がサハギンに襲われた。運転手共々重傷らしい」
「今度は市長ですか」
「サハギンの潜伏を恐れて救急車も近づけない様子らしい。学園に連絡を」
「しかしそれだと依頼料こちら持ちに」
「後で市長に請求する。自分の命がかかっているんだ、惜しまないだろう」
 外では入道雲が更に大きく膨れ上がっていた。


リプレイ本文

「サハギンは戦闘能力はそれほど高くありません。ですが水の中でも自由に動く事ができます」
 転送装置に飛ばされる前、サハギンとの交戦経験のある佐藤 としお(ja2489)は参加する他の撃退士達に説明する。
「それなら今回は大丈夫ね。道路の真ん中に出てるみたいだし」
 結城 馨(ja0037)が答える。
「むしろ厄介なのは乗り手の不在となった乗用車だと見ていますが」
「そう悪い事ばかりでもないですよ。こちらも車の陰に隠れて移動できますから」
 すかさず礎 定俊(ja1684)はフォローに入る。その心中では依頼自体だけではなく、背景となる魚頭町と魚腹市の確執を心配していた。依頼人である中西と魚腹市の市長の間に溝が出来てしまうのを心配していた。
 反対に政治的関心を一切示さなかったのは大澤 秀虎(ja0206)である。口には出さないものの平和ボケがすぎる、生きたまま死んでいればいい。もっとたちの悪い状況になった時を見てみたいさえと内心では思っていた。
「それよりサハギンに知能はあるのか?」
 サハギンの戦闘能力を推し量る大澤、だがそこに疑問が生まれた。敵がどの程度まで戦術を理解しているかという事だった。
「思ったよりは被害は少ないか、散発的に少数での活動、ゲリラ戦の知識はあるようだがな」
「あると思いますよ」
 しばらく悩んだ上で佐藤はそう答えた。
「リーダーは人語を理解していました。残存部隊も戦況不利は判断して逃亡した連中です」
「数は」
「正確には分かりませんが死体の数から残りは十程度だと思います」
「十か」
 大澤は軽く息を吐いた。久々の戦闘に自分の血が騒いでいるのを感じていた。数が一匹と物足りなさはあったが、他にも九体いるというと援軍が期待できた。
「伏兵を警戒する必要はありますね」
「でもやる事は一つ。超接近戦しかないはずよ」
 参加者を鼓舞するのは猪狩 みなと(ja0595)だった。
「今回私達に託された任務は大きく分けて三点。一つは市長の安全確保、二つ目にサハギンを逃がさずに殲滅、三つ目に周囲への被害を抑える事。以上の事から他に選択肢はないはず」
 猪狩は冷静に状況を分析していた。サハギンを食べられないかと密かに楽しみにしていた柏木 優雨(ja2101)は表情こそ変えないものの残念に思っていた。
「そういえば現場の近くには川や池はある?」
 猪狩は参加者に尋ねる。しかし答える声は無い。
「現場に行って確かめるしかないって事ね」
 苦虫を噛み締めるかのように猪狩の表情が歪んだ。
「双眼鏡は持ってきています。それで確認をしましょう」
 結城が携帯品の中から双眼鏡を取り出してみせる。
「以前、依頼でご一緒しましたよね。直衛の方、宜しくお願いします」
「こちらもよろしくお願いします」
 猪狩も丁寧に挨拶を返す。
「それより‥‥市長の様子は‥‥どうなんでしょうか」
 心配そうに眉を寄せて尋ねるのは久世 篁(ja4188)だった。
「先程電話で地元警察に交通整理を要請した際に聞いてみましたが、まだ発見できてないようです」
 沈痛な表情で結城が答える。
「警察の‥‥対応は」
「レッカー要請をしたそうです。時間的にはそろそろ来ているでしょう」
「更に‥‥渋滞に‥‥ならないといいですが」
 久世は肩を落とすが、礎がすぐに声をかける。
「そう悲観しないでいいと思いますよ。敵は一匹ですし警察には交通渋滞のマニュアルはあります。物事は必ずしも悪い方向に転がるわけでもありません」
「そうですね。車が‥‥障害物と聞いて‥‥祖霊符と‥‥救急箱を借りてきましたし」
 上下に元気よくアホ毛を動かしながら久世は自分自身を納得させる。
「ではサハギンの討伐に結城さんと大澤さんと鳳月さんと柏木さん、市長さんの直衛に猪狩さん、礎さん、久世さん。サハギン捜索と一般の方々救援に氏家さんと僕。最後に三神さんが救急車の護衛やルート確保を兼ねるということで」
「了解しました」
 佐藤が最後に全員の役割分担を確認し、三神 美佳(ja1395)が同意する。そして参加者達は転送装置の光に包まれていった。

 参加者達が飛ばされたのは現場付近の公園だった。入り口には救急車が二台とパトカー三台、そして整理用と思われるレッカー車が一台止まっている。特に救急車は
「これでは、救急車も直行できませんよね‥‥容態が心配ですが」
 結城は早速双眼鏡を手にした。眼前には少なくとも五台の車が乗り捨てられていた。ドアの開いているものと閉まっているもの様々だが、どれもが障害物になっている事に違いは無かった。
「サハギンの様子はありません。救助者も付近にいないようです」
 双眼鏡を下ろす結城、だが一方で佐藤の索敵が一瞬だけサハギンの姿を捉える。
「一瞬だけですがそれらしい姿を見つけました。東北東、恐らく射程ギリギリです」
「了解」
 真っ先に飛び出して行ったのは大澤だった。愛刀である蛍丸を右手にかけ、障害物でもある乗用車の屋根の上を駆け抜けていく。それに負けじと鳳月 威織(ja0339)も後を追った。
「私達も続きましょうか」
 双眼鏡を仕舞い、結城と柏木も東北東方面へと向かっていった。
「問題は市長の車だけど、それも東北東でいい?」
 直衛班である猪狩が状況確認に向かった三神と佐藤に声をかける。
「大丈夫みたいです。向かってください」
 三神が手振りで市長の車の方向を指示した。
「黒の普通車だそうです。ナンバーが魚頭の七番」
「覚えやすいナンバーね、ありがとう」
 猪狩は礎と久世の肩をを叩いて向かっていった。
「一つ聞きたいんですがねぃ」
 佐藤の状況把握が終わるのを待ち、氏家 鞘継(ja9094)が佐藤に話しかける。
「なんでサハギンはこんな水の無い場所にでたんですかねぃ」
 氏家は周囲を見渡す。公園の入り口では救助隊は応急処置を終えて少しずつ落ち着きを取り戻し始めている反面、警察は市長とまだ連絡が取れていない事に焦りを見せていた。
「猪狩さんの言葉が気になってたんですよぃ、川や池は無いかって奴ですねぃ。ですがこの辺りにはそのどちらもないんですよぃ」
 佐藤も改めて周囲を見渡した。彼の視界に移った水にまつわるものはせいぜい排水溝ぐらいだった。
「奴等の特徴は水中移動なんでしょう。こんな道端に出てくる意味は感じないんですよねぇ」
「なんでだろうね」
 佐藤からしてみれば、性懲りもなく出て来たというのが本音だった。だが氏家の指摘も事実だった。事前に確認した地図でも海には西に五キロ行く必要がある。逃げるだけならば東の山間部に入った方が早かった。事実先程索敵で引っかかったサハギンの場所も東に位置している。
「すぐには答えられない。市長さんなら何か知ってるかもしれないけど」
「大丈夫ですよぃ、あたしとしても疑問に残っただけですからねぃ。それより他の一般の方々を探しにいきましょうかぁ」
 氏家に誘われるようにして佐藤もレッカー移動の始まった車の群れへと向かっていった。
 
 大澤が飛び出して数分、彼の前にはサハギンがいた。右手には相変わらず刀を手にしている。いつでも抜刀で一太刀にする心積もりはできていた。だがそれができなかったのは、サハギンがタンクローリーの陰に隠れていたからである。
「更に知恵をつけたか」
 タンクローリーごと切り裂くのは大澤にとって難しい事ではなかった。多少装甲が厚くなったとはいえ車には違いない。だがタンクローリーの車体には石油とはっきり書かれている。それが大澤の剣を鈍らせていた。
「ここは接近戦しかありませんよ」
 睨み合いへと進展してしまった大澤とサハギンの間に神速を使った鳳月が割って入る。
「敵は一体、今のところ援軍の様子もありません。ダメージを積み重ねていきましょう」
 長物である斑鳩からトマホークへと武器を持ち変え、鳳月はサハギンとタンクローリーを引き離すために切り込んでいく。しかしサハギンも離れれば斬られる事を悟っているのか、腕が潰されても車体に張り付いている。
「だったら優雨がそのまま捕まえるの」
 離れようとはしないサハギンに対し、柏木は全く逆のアプローチを試みた。引き離すのではなく、そのまま動きを止めるという考えである。彼女の作り出した巨大なムカデがサハギンの身体に圧し掛かり動きを封じる、それが柏木優雨の深遠の悪意だった。
「上出来だ」
 動きを止めたサハギンに対し、大澤は頭目目掛けて刀を振り下ろす。そして動きを失った頭部に結城がエナジーアローを撃ちこんだ。
「Sagitta,Sagitta,Sagitta,Frangere pro Magna Carta.」
 十字を切り読み上げられた大憲章の言葉を皮切りに放たれた薄紫色の光の矢は一本また一本とサハギンの頭部を貫き、頭部としてあるべき姿を倒壊させ四散させていった。
「サハギンの方はこれで大丈夫でしょうか」
 残された胴体部も頭部を失った事でタンクローリーに張り付いたまま動かなくなっている。
「食べていい?」
 伺いを立てる柏木だったが、大澤は難しい表情を浮かべた。
「この胴体が何か手がかりになるかもしれない。学園に手配させたい」
「だめなの?」
 上目遣いで尋ねてくる柏木、だが大澤は彼女には取り合わなかった。
「また機会があったらだね」
 鳳月が柏木を励ます。しかしそんな機会が次いつあるのかは鳳月自身にも分からなかった。

 サハギンが倒された後も直衛部隊の仕事は終わらなかった。市長と運転手が共に重傷だったらかである。
「しっかりしてください。サハギンは倒しました。後は病院に着けば助かりますから」
 市長の公用車の中でぐったりと力なく横たわる市長に猪狩が必死に呼びかける。市長はかろうじて首を動かしているものの目の瞬きの回数が極端に減ってきている事に猪狩も気付いていた。原因は腹から肩にかかる傷口である。
「救急車はまもなく到着します。車を移動させましたから安心してください」
 礎と久世は学園から借り受けた救急箱から脱脂綿を取り出し、市長の出血を抑えていた。見た目だけで言えば傷自体はそれほど広いものでは無かった。幅は数ミリ程度でしかない。しかし問題は深さだった。どうやらかなり深くまで切られているらしく、いくら出血を抑えようとしても抑えきれない状況だった。
「救急車はまだ?」
 猪狩が礎と久世に尋ねる。
「親御さんと離れた女の子が行く手を邪魔していたそうです。今氏家さん達が代わりに親御さんを探しているようですが」
「‥‥担架で‥‥運びますか?」
「運んでいいものかどうか、すぐに判断できないのよ」
 猪狩としては市長に聞きたい事はいくつもあった。何故こんな襲撃があったのか、どうしてこんな襲撃にあったのか、敵は市長達を真っ直ぐ遅いに来たのか、そんな疑問は今でも解決できないまま猪狩の心を占領している。
「落ち着きましょう。私達が焦っても何もいい事はありません、市長達に不安を与えるだけです」
 礎が猪狩に労いの言葉をかける。
「隣の地区とはいえ、中西さんが即座に連絡をくれたので間に合って良かったですよ。費用の負担で揉めて連絡が遅れて、被害が拡大することもたまにあるんですよね。私達はやれる事をやるだけです」
 その時三人の耳にはようやくサイレンの音を聞きつける。救急車のサイレンだった。

 後日学園宛に魚腹市市長である柏木から感謝状が届けられた。それには依頼料を柏木自らが支払う旨が書かれていた。しかし襲われた直前直後の事はまだ記憶が混乱しているため思い出すまで時間が欲しい、時間に余裕があれば魚腹総合病院に来て欲しいというものだった。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:12人

クレバー姉さん・
結城 馨(ja0037)

大学部8年321組 女 ダアト
剣鬼・
大澤 秀虎(ja0206)

大学部6年143組 男 阿修羅
死神と踊る剣士・
鳳月 威織(ja0339)

大学部4年273組 男 ルインズブレイド
堅忍不抜・
猪狩 みなと(ja0595)

大学部7年296組 女 阿修羅
名参謀・
三神 美佳(ja1395)

高等部1年23組 女 ダアト
安心の安定感・
礎 定俊(ja1684)

大学部7年320組 男 ディバインナイト
憐寂の雨・
柏木 優雨(ja2101)

大学部2年293組 女 ダアト
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
撃退士・
久世 篁(ja4188)

大学部5年4組 男 アストラルヴァンガード
撃退士・
氏家 鞘継(ja9094)

大学部7年114組 男 阿修羅