現場近くの野原に設置された仮設テントからは神社へ続く階段がよく見えた。しかし生い茂る樹々の葉で途中から隠れている。その山の向こうには、また山が続き、どこまでもどこまでも樹々の色と空の色で埋め尽くされ、その色を揺らすように祭り太鼓が響き渡っていた。時刻的には夕方だが、夕日色に染め変わるまでにはまだ余裕があった。
「まずこれを。通報してくれた母親が落ち着いてる時に少しずつ聞き出しました。お役に立てばよいのですが」
そう言って警察官は手書きの地図を撃退士たちに見せた。資料にはなかった神社の道や建物が書かれていた。よくある配置。階段からそのまま参道へ続き、まっすぐの突き当たりに本殿。参道の両側が広場。
「山側の方が広いので、こちらにやぐらを組んでいるらしいです」
「……どこに皆さんがいるとか、わかりますでしょうか?」
「さぁ。ただ隠れるとしたら本殿しか建物はないですが」
返事を聞いた点喰 因(
jb4659)は、
「あのー、あたし、偵察に行ってきます」
すると因幡 良子(
ja8039)が手を挙げて
「私も」
と続いた。
「もう、太鼓の音が気になって気になって……」
遊びにでも行くようなノリでいいかな?といった感じに、点喰と因幡が揃って仲間を見ると、
「そうだな。中で合流しよう」
と月詠 神削(
ja5265)が頷いた。
「俺等もすぐに追いかける」
「りょーかい」
軽い口調とは裏腹に言うが早いか、2人はあっという間に出て行った。
「――失礼しました。続きを」
「あ、はい。次に村民の名簿です」
「この名前の横の数字は?」
「帰省の人数です。去年のですけど。あ、そこの20数名は最高齢のお宅で、曾孫まで加わるそうです。全体では150名程ってとこでしょうか」
「わかりました。後は」
「情報が少なく申し訳ないです」
警察官が敬礼をし、テントを出て行くと
「思ったより人数がいますが」
と、想定していたのと違う点をサミュエル・クレマン(
jb4042)が口し、グッと拳に力を入れる。
「でも、小さい子供、お年寄りを優先に順序よく誘導すれば」
「そうね。全員保護の方針にかわりはないわね」
フローラ・シュトリエ(
jb1440)は、サミュエルを落ち着かせる様にぽんぽんと背中を叩いた。
「あとは敵と太鼓だが、2人と合流すればわかるだろう。――では行こ」
うか、と言いかけた月詠は、突然、顔をしかめた。しかし理由を知っているため、全員、気付かない振りをして神社に向かう。
(「戦闘依頼でこの有様とは……。それでも、せめて俺に出来ることを」)
深呼吸を一つ。
痛みを押し込めると、月詠は一番最後に歩き出した。
●
2人が結界の中に足を踏み入れると、そこは荒れた山に変わっていた。
神社に近づくにつれ、なぎ倒されている樹々の数が増えて行く。神社が見える頃には、神社の周囲の樹々がほとんど倒され、踏みつぶされたようになっていたのが分かった。
その原因と見られる巨体な四肢動物型――おそらくサーバントが1体。
丁度、向こう側をゆっくり歩いている。
山側の広場中央には紅白の幕で化粧されたやぐら。その上に太鼓を叩いている人。本殿の前には座っている人、大勢。子供は姿が見えないので本殿の中に居るのだろう。
視線を四方八方に飛ばし、急いで確認する。
「あの1体だけ?」
「ゲートを作った本人は居ないみたいね」
「……点喰ちゃん」
「なぁに」
「私、あそこへ行ってくる」
結界内に入る直前、因幡が現世への定着を発動させていたのを見ていた点喰は黙って頷くと、合流する為に戻って行った。
(「1体なら気付かれないぞ、と」)
靴のヒールにごっそりと付いた土と葉を指で削ぐと、サーバントが本殿との死角に入った隙に、太鼓の音にまぎれる様に進んだ。
村人たちがどれだけ恐怖に耐えているのか。
近づくにつれて分かって来た。
怒りや泣き声を押さえている人はまだいい。中には放心した表情で膝を抱えてる人もいた。
因幡が近づくにつれ人々の視線が集まる。しかし、どれも突き刺す様にキツい。
そして、
「あんた、あの男の仲間か」
そこで止まれと言わんばかりに、シャベルを構えた男性が1人立ち上がった。
「あの、私は撃退士なんですけど」
エヘヘと明るく言うと、
「へー」
まるで信用されなかった。それどころか、じゃぁ倒して来いとシャベルで因幡を促す。
じわじわと後ずさりながら、取り上げようか、説明しようか、いや身分証明書……どれにしても、よくわからない勘違いを正すのは難しそうだと困っていると、
ふわっ。
視界が急上昇した。
「おぅ、因幡。大丈夫か」
ディザイア・シーカー(
jb5989)だった。
「もしかして間違えられてるのか?」
「そうみたい」
「あんたはどう見ても人間だろうに……」
今度は、下から悲鳴が上がった。光の翼によって現れた彼の背の黒い翼を見ての反応だろう。その悲鳴に対し、サーバントが咆哮。ゆっくりとした歩調から地響きを伴ったものに変わった。周囲を走り始める。
その時には残りの撃退士たちも本殿前に到着していた。5名が村人を背にし、扇状に並びサーバントを警戒。攻撃してきたら盾になるつもりだ。あとの1名はあのシャベルをもった男の前に立った。
「もう安心してください。僕等撃退士が皆さんを守りに来ました」
紳士的対応の効果が加わったサミュエルの言葉は、その男だけではない、キツい目線を投げていた村人たちの思い込みを砕いた。
「あ……」
シャベルから手を離し、自分たちを守る様に立つ撃退士を見ると、男はその場に崩れる様に膝をつく。
「す、すみません。てっきりあの男の仲間だと」
「あの男?」
「はい。あの化け物を連れて来た男です」
●
サミュエル、点喰、ディザイア、時入 雪人(
jb5998)の4名は外で、サーバントと村人たちの間で待機。因幡とフローラ、ロード・グングニル(
jb5282)の3名は、吸収を少しでも食い止めようと、現世への定着と抗天魔陣を展開し、村人の中にいた。
あれから撃退士がいるのが分かっているだろうにサーバントは襲って来ない。それを見て避難誘導をしようとしたが、なぜか肝心の村人たちは消極的だった。
「太鼓……ですか?」
「えぇ、太鼓の音が好きなようで、上手く叩いている分には彷徨いているぐらいで大人しいものです」
「では、俺達が叩いて気を引きますから、その内に避難しましょう」
そう提案しても皆、首を振るばかり。
その内、理由を話だした。
「――あの男が消えた後、化け物が暴れ出したんだ。だからあの男の言う通り、慌てて太鼓を叩いた。村民ならこんな小さい頃から教え込まれるから、一応叩けるんでな。そしたら、大人しくなって。こっちも慣れてきたら、あまり怖くなくなって。叩いていればいいんだろって」
「そしたら助けを呼びに行くってお巡りさんが言い出してねぇ。結界の側に居れば、もしかしたら見つけてもらえるかもなんてね」
「でも、境内の外に出ようとした途端、化け物が……」
チラリと本殿奥へと目を向ける。警察官はフローラの治癒膏で治療を受けている最中だった。かなり酷い怪我だ。
「……出れないならもう叩くしかないだろ?でも、その内、耳が肥えて来たのか上手い奴と下手な奴の区別がついてきて、今じゃ村一番のじゃないと大人しくならない」
あとはもう、彼が叩くのを止めたらきっと襲いに来る、これだけの人数を本当に無事に避難させられるのか、と続く。
「んー、フルコンボの腕前でも駄目なのかしら」
話を聞いていた因幡がふと漏らす。
「お姉ちゃん。太鼓ゲーム、フルコンボなの?」
近くでぐったりと母親の膝の上に座っていた子供が反応した。すると次々と弱々しい声ながらも子供たちが話始める。
「すげー。フルコンボなんて、デモでしか見た事ないよ」
「太鼓で……敵を倒してくんでしょ?」
「みっちゃん、それ違うよ」
「まさおの家にあるやつだよ、太鼓の形のコントローラー」
そのうち「ねーねーねー」と、話している大人を呼び始めた。
「あのね、このお姉ちゃん、太鼓上手だよ」
●
弱り切っている子供や老人は動ける人に背負ってもらい移動力を確保。ロードと点喰が誘導。フローラとサミュエルは護衛を。月詠は先に行き、階段の結界に穴をあける事になった。
出る時に攻撃されるのは確実。なら村人が移動しやすい経路を選び、安全な距離になるまで足止める。誘導に問題が無ければ、護衛はそのまま攻撃に参加することになっていた。
村人の準備は整った。残るは太鼓奏者の交代。
「因幡、太鼓の腕前、期待してんぜ」
ディザイアはやぐら外に待機。時入、因幡が上に上がる。サミュエルは村人を連れて本殿に向かった。
「まぁ、時入君がいるから、いざって時は安心だね」
高い回避能力を誇る時入を見ると、時入は安心させるように頷いた。
ディザイアは炎の烙印を発動。いつでも飛び出せる様に構える。
因幡はペンダントの蒼い石を握った。目の前には次の音を待つ様にこちらを見ているサーバント。撃退士だと分かっていないのか。単に音への執着が強すぎるのか。やぐらの上からは、口元のよだれで艶々している牙がよく見えた。
(「大丈夫。これを叩ききれれば……次ゲーセン行ったらハイスコア確実っしょ!」)
携帯プレイヤーをオン。
因幡はいつも通り叩き始めた。
「では、行きましょう」
サーバントは新しい軽快な連打音を気に入ったらしい。サーバントが本殿との死角に入ると、速やかに階段に向かって移動を始めた。
本殿から階段までの中間までは順調だった。本殿裏から姿を見せたサーバントも見ているはずなのに歩調を変えず襲って来なかった。しかし、突然、サーバントが吼え、走り始めた。広場中央のやぐらと参道が交差する地点を越えた瞬間だった。
フローラはEissandを発動。キラキラと美しい氷の砂がサーバントを包み込んだ。一瞬、サーバントの動きが止まる。
(「石化成功したかしら?」)
しかし、視界が閉ざされた為だったらしい。
また走り始めた。
(「これならどう?」)
今度はフローラから細かい雪の様な結晶が現れた。それは精霊の様な姿を取るとサーバントに絡みに行く。Schneegeistに束縛されたサーバントはその場で動けなくなった。
サミュエルはその場で立ち止まり、ヴィントクロスボウD80を構え、警戒。
「足止め成功ですね」
ディザイアは動き出したと同時にサンダーブレードを打ち込むつもりで、サーバントに近づいた。
その間に、村人たちは階段に到着。あとは降りるだけだと撃退士たちが安心した瞬間ーー。
空気が震えた。
サーバントが怒っている様な声をあげたのだ。
サーバントは麻痺が解けると、やぐらに向かって突進しだした。そこを、ディザイアがサンダーブレードを瞬時に打ち込み、フローラが再度Schneegeist、サミュエルがヴィントクロスボウD80を放つ。
やぐらからは時入が走りこみ、阻霊符を展開。ティマイオスで攻撃を繰り返す。
しかし、再度、足止めは出来てるものの、中々倒れそうも無いのを見かねて、流れ弾を警戒してターゲット・シールドを階段口で構えていたロードも参戦。祝詞を発動しながら間合を詰め、フローラの横に着くと鎌鼬を使う。風で形成された刃がサーバントの皮を切り裂いた。
体躯が大きいだけあって体力もあり、致命傷も与えづらい。戦いは長引きそうだった。
麻痺の切れたサーバントが大きく前足を振り上げた。
「離れても、俺の拳は届くぜぇ?」
ディザイアは直撃を避けるようさがりつつ、拳を振り上げる。
反対に、時入は予測回避を使い、サーバントの懐に居続ける。
「まだ走れる。まだ動ける。なら、当たってあげない」
「Schneegeistはもう使えないのよね」
フローラは2回目のEissandを発動。
サーバントの動きがまた止まる。
(「どうかしら?」)
今度は石化成功。
けれど石化を確認する間もなく、間髪なく続いている攻撃で粉砕。
「おわっ」
生き物と戦っていた筈なのに、石が崩れ落ちてきた。
一瞬、フローラ以外はサーバントを倒したのかどうか、分からなかった。
「さて」
「あとはゲート」
「境内から人間を出したがらなかったのですから」
「あと、シュトラッサーが最初に目撃されたのが」
「……」
やぐらに自然と目が向く。
いくらなんでもと言いながら、やぐらの周囲の紅白の布を捲ると――小さめのゲートが一つ、そこにあった。
●
コアを破壊後、危険がないか最終確認を終え山を下りると、出迎えた月詠と点喰はどことなく残念そうな顔をした。
野原に急遽敷かれたシートで横になったり、座っていたり、休んでいたり、診察を受けていたりとする人々は、先程、神社で見た人達だ。だがその誰もが、そのままだった。目に見えない感情を吸い取られていた結界内の状態そのまま。そう、既に転送されていたのだ。
(「もっと、早く壊せていれば……」)
撃退士たちが複雑な思いで立ち尽くしていると、
「あのー」
声の主はシャベルを持っていた男だった。因幡の前に立つと、
「あの時は、本当にすみませんでした」
ペコリを頭を下げる。
「あと、みんなお礼言いたいそうなんで、来てもらえますか?」
シートの近くに全員横一列に並ぶと、方々から大きな声、小さな声、弱々しい声、様々な声が聞こえて来た。
ありがとう。
ありがとう。
すべてがお礼の言葉だった。
最後は、通報者の母親。
夫と娘は階段の側の樹の影に隠れていた所を発見された。山の荒れ様から上まで登らずに2人は帰ろうとしたけれど結界で帰れず、あとはひたすら助けが来るのを隠れて待っていたという。
「ありがとうございました。すぐ来てくれて……」
●
帰り道。
「お礼、いっぱい言われちゃったね」
「綺麗に終わった訳ではなかったですが」
「――任務完了でいいんだよな」
お礼を言ってくれた村人の声を思い出しながら見上げると、満天の夏の星空が瞬いていた。
そして。
事件のあった山を遠くから双眼鏡で見るあの男。時間と、崩れ行く結界を確認すると「ノルマ達成」と呟き、楽しそうに同じ星空を見上げた。
<終>