●
「加奈子ちゃんお久しぶり!」
菊開 すみれ(
ja6392)が、嬉しそうに笑う。以前藤原 加奈子(jz0087)がまだ学園に慣れない頃、助けてくれた一人である。加奈子も実際とても驚いたが、あの時はどうも、と顔を赤らめて改めて礼をした。
「みんなでお話を考えてきました。だいたいまとめる作業に進めてきたつもりだけど、カナコさん、もし良かったら読んでくれますか? 感想を聞きたいですから」
確認も兼ねて、とカタリナ(
ja5119)が加奈子に問いかける。そのそばでは、挿絵はこれからつけていくのですよ、と文具セットを手にした二階堂 かざね(
ja0536)がにこにこ笑っていた。
「私でよければ、喜んで」
加奈子は手渡された原稿を、注意深く読み始めた。
●
『ふんわりうさぎのぼうけん』
ひとりりぼっちのふんわりうさぎ、
「上から探せば見つかるかな?」
ともだち探して風船集め。
でも、一人っきりじゃ集まらない。
それを見ていた黄色いうさぎ、
「みんなに声をかけて手伝ってもらいなよ? きっと手伝ってくれるよ」
ふんわりうさぎに声かけた。
「本当!? ありがとう、黄色いうさぎさん。今からみんなに声をかけてくるね!」
元気に飛び出すふんわりうさぎ。
***
「ここは……、みんなで……相談しながら、ボクが書きました……」
口ごもりながら、そう顔を赤くするのはカタリナと一緒に物語をまとめる役目を担当しているLuca(
ja8552)。普段からウサギのぬいぐるみを連れ歩く少女は、きっと少女の気持ちをいっぱいに考えたのだろう。授業中や寝食を惜しまず書いたというだけあって、愛情にあふれている。
「ふんわりうさぎは、風船を探すうさぎさんです」
横で各務綾夢(
ja4237)が、そう説明してくれた。絵は決して得意ではないが、同年代の女の子への思いはひとしお。原稿のコピーと首っ引きになりながら、一生懸命に絵を描いていく様子もまた、愛らしい。
***
湖に来たふんわりうさぎ、
ハクチョウさんたち泳いでる。
「うさぎさんこんにちは」
「こんにちは、ハクチョウさん。風船を知らないかい?」
ふんわりうさぎが尋ねると、
ハクチョウはちょっぴり困り顔。
「風船はいま、娘が使っておりますの」
風船くわえて浮かびながら、こどものハクチョウが泳ぎの練習。
「じゃあぼくもおうえんするね!」
そんなこどものハクチョウをみて、ふんわりうさぎはにっこり笑顔。
お母さんハクチョウも嬉しそう。
「それじゃあお願いできるかしら? さあ、背中にお乗りになって」
お母さんは首を湖につっこんで、こどもに泳ぎを教えてる。
ふんわりうさぎは背中でおうえん。
「がんばれ、がんばれっ」
おうえんもらったこどものハクチョウ、
少しずつ前にばたばたばたばた。
「ありがとう、うさぎさんのおかげですわ。風船どうぞ」
「ありがとう!」
こどものハクチョウも、照れくさそうに、
「うさぎさん、またね?」
「うん、またね」
ふんわりうさぎはお礼をいって、そうしてまた歩き出す。
森を歩いたふんわりうさぎ、
青い風船をもってるクマにあいさつ。
「クマさん、クマさん。その風船をくれないかい?」
ふんわりうさぎが聞きました。
「いやだね、これはぼくのお気に入り」
首を横に振って、クマはあっかんべ。
だって、クマは風船が大のお気に入り。
「大事な大事な友達に会いたいんだ! だから、どうしても風船がいるんだ!」
ふんわりうさぎは必死にお願い。
クマはおかしを食べながら考える。
そして、自分も、会いたい大事な人がいるって、思い出す。
「わかったよ、風船をあげる。友達に、会えるといいね」
微笑みながら、クマはふんわりうさぎに風船とお菓子をいっぱいプレゼント。
「ありがとう、やさしいクマさん」
ふんわりうさぎはお礼をいって、そうしてまた歩き出す。
***
「ふんわりうさぎは、動物に会っていくんですね」
加奈子が読み進めていく。
「うん、あと、せっかくだからこんなものも準備しようと思って」
お菓子のレシピ本を手にした雨宮 キラ(
ja7600)がにっこり笑った。開いているページは、
「……クッキー?」
シンプルなバタークッキーの作り方だ。
「うん。こうやって登場する動物と同じ形のクッキーを食べていって、感情移入してもらえたら、いいかなーって。キラさんのアイデアなんです」
お菓子好きなかざねもそれに同意して、手にしていた色鉛筆を振り回す。それにつられてツインテールもゆらゆら揺れた。その様子が、愛らしい。
「わぁ、すてき! 誰が作るんですか?」
加奈子が問いかけると、ちょっと照れくさそうに挙手したのは権現堂 幸桜(
ja3264)だ。一見可愛らしい女の子にも見える彼の特技は料理。かなり手のこんだものも作ることができるらしいが、今回はシンプルで可愛らしいクッキーだ。
「それぞれの動物に合わせて、味も変えたら、ウキウキしてくるかなって」
幸桜が、ちらりとカタリナの方に視線を向けてから、頷く。その手には、味のアレンジをするための材料があった。ココアパウダーや抹茶など、色とりどりにできそうだ。すでに調理室の許可もとっているらしく、キラと幸桜ははいそいそと出かけていった。
***
ふんわりうさぎは風船さがす。
ぷいっと吹いた強い風、ふんわりうさぎの風船飛ばす。
困った顔したふんわりうさぎ、スズメがちちっと声かけた。
「うさぎさん、どうしたの?」
「大切な風船が、木の枝にひっかかったんだ」
「それはたいへん。わたしがとってきてあげるわ」
スズメは糸を解こうとがんばるけど、くちばしだけではほどけない。
それを見かけたリスが近づき、
「おふたりさん、どうしたの?」
「大切な風船が、木の枝にひっかかったんだ」
「あら、たいへん。あたしがとってきてあげるわ」
リスは糸を解こうとがんばるけど、風船はふわふわ動いてほどけない。
下から見ていたふんわりうさぎ、ぴんといいこと思いつく。
「そうだ。スズメさんが風船をおさえて、リスさんが糸をほどけばどうだろう」
スズメとリスはそのとおりにやってみる。
ふわふわゆれる風船を、スズメが小さな身体でおさえこみ、
そのすきに、器用なリスがするりと糸を解いてやる。
スズメはふんわりうさぎのもとへ、風船をはいとわたす。
「ありがとう。スズメさん、リスさん。ふたりがいて助かったよ」
「ううん、わたしたちだけじゃ、風船は取れなかった。うさぎさんがいい考えを思いついたから、うまくいったのよ」
三匹はにこにこ笑い合う。
ふんわりうさぎはお礼をいって、そうしてまた歩き出す。
ふんわりうさぎは風船探す。
原っぱにいるのは空を見るオオカミ。
(オオカミさんだ……ちょっと怖いなぁ……)
そう思っているふんわりうさぎに、オオカミが気さくに声かける。
「うさぎさん、風船を探しているんだろう?」
うさぎはびっくり、オオカミの顔をまじまじ見つめる。
「あっちに飛んで行ったのさ」
オオカミはうさぎを森の中へと案内する。
びくびくぶるぶるふんわりうさぎ、その後ろをついていく。
「あった!」
オオカミがゆびさす木には風船がふわふわと。
オオカミ怖がるふんわりうさぎ、ちょっぴり恥ずかしくなって。
「オオカミさん、怖がってごめんね。そして風船をありがとう」
うさぎはオオカミにペコリとおじぎ。
オオカミはちょっと笑って、そして言う。
「うさぎさんは信じてついて来てくれたじゃないか。僕からもありがとう」
二匹はいっしょににこにこ笑う。
ふんわりうさぎはお礼をいって、そうしてまた歩き出す。
***
レポート用紙に印刷されたふんわりうさぎの小さくて大きな冒険の物語。
加奈子がふと周囲に目をやると、すみれがちょっと戸惑いながら挿し絵を描いていた。
「実はイラストって、あんまり描いたことなくって」
照れ笑いを浮かべる。そのわきで最年少ながらも懸命に色を塗っているのが綾夢だ。かざねも、ふんわりした優しい雰囲気の挿し絵を描いている。ふわふわした真っ白なうさぎ、それがおそらくふんわりうさぎだろう。風船を持っている姿はまるで空に飛んでいきそうだ。
「ここはこうやって描くと、かわいい雰囲気になるんじゃないかな」
動物のイメージは執筆者たちそれぞれのイメージでもある。そういう雰囲気を出せるように、とかざねが提案してみると、綾夢もうんうん、と頷く。撃退士であるとはいえ、読んでくれる少女とほぼ同じ目線に立っている綾夢は、こういう時にとても助かる存在だ。
「あーなるほど。それじゃあこうかな?」
すみれも飲み込みが早いらしく、確認を取りながら少しずつイラストを描いていく。
「わ、かわいいですね」
加奈子の言葉に、挿絵担当の三人もにっこり。
「イラストはこちらで担当してるから、ほら早く読んで!」
「です、読んでください」
かざねと綾夢にうながされ、加奈子はまた物語に目を落とした。
***
ふんわりうさぎは風船探す。
風に飛ばされた赤い風船、暗い街のすきまにふわふわ。
「うさぎさん、どうしたのー?」
「風船が取れなくて困ってるんだ」
「わたしは暗いところも狭いところも大丈夫! かわりにとってきてあげる!」
銀の毛並みのきれいなネコが、自信たっぷりすきまに入っていくけれど、
どうしてか近くの風船見つけられない。
「あれれ。風船はどこー?」
(もしかして、ネコさんは赤い色が見えないのかな?)
ふんわりうさぎは場所をおしえる。
「ネコさんのすぐ前にあるよ!」
するとネコは、照れ笑いで風船をキャッチ。
「ネコさんありがとう」
「ううん、うさぎさんが場所を教えてくれなかったらわからなかったよ、ありがとう」
「またね!」
「うん、またね!」
ふんわりうさぎはお礼をいって、そうしてまた歩き出す。
ふんわりうさぎは風船探す。
森の近くでタヌキがしくしく泣いている。
タヌキは上手く化けることができなくて、それが悲しくて泣いている。
尻尾がタヌキのまんまだから、うまく化けられてないんだな。
うさぎは優しく教えてあげた。
「あ、ほんとだ、うさぎさんありがとう! お礼にボクにできることはない?」
風船を探すふんわりうさぎ、するとタヌキはすみれ色の風船をはいと渡す。
「さっき見つけたんだけど、うさぎさんにあげる」
タヌキはそう言うと、にっこり笑顔で手をふった。
「ボク一人では気付かなかったこと、うさぎさんのおかげで気付けたんだ」
ふんわりうさぎはお礼をいって、そうしてまた歩き出す。
***
「そういえば、装丁はこうしようかと思うの」
雀原 麦子(
ja1553)が手にしているのはフェルト生地。
「カバーをフェルトで作ると、手にやさしいでしょう? 折角の手作り絵本だし、こういうのもいいんじゃないかしら」
見た目にもやさしいし、という麦子の発想。小さな心遣いが、きっと少女の心に伝わると信じて。
――声をなくした幼い少女。その心中はいかばかりのものか。
でもそんな少女に、喜んでもらいたい。声を取り戻し、心に暖かな光を取り戻してもらいたい。
それが伝わってくる優しい瞳で、麦子が微笑む。
「幸桜ちゃんとキラちゃんにも、手伝ってもらってこんなものもあるの」
フェルトでできた小さな動物たち。飛び出す絵本にもしたい、とも考えている麦子。
「長く楽しめるものがいいかしらって」
「それはすてき。でも、うまくできますか?」
加奈子が問いかけると、
「コツはなんとなくわかるから」
それに他のみんなも手伝ってくれるしね。
麦子の言葉も、優しかった。
***
最後の風船どこだろう? 風船探すふんわりうさぎ。
茂みをかき分け、小川の石を飛び越えて。
いっぱいいっぱい、探すんだけど見つからない。
辺りはまっくら暗い夜の森。
「ねぇねぇ、黄色いうさぎさん。探したけれど、最後の一個が見つからないよ」
しょんぼりしているふんわりうさぎ。
「なぞなぞしよう」
ニッコリ微笑む黄色いうさぎ、
「あのお月さまを捕まえてごらん」
指さす場所はまんまるに光るお月さま。
お月さまは高い高いお空の上、背伸びをしても届かない。
ふんわりうさぎは考えた。考えて考えて、そして。
「そうか、わかった!」
とたとた走るふんわりうさぎ、走った先は水たまり。
「お月さま、つーかまーえたっ!」
水たまりの中で光るお月さまに手をかざす。
「ふふ、大正解」
「うわ〜、ここにもお月さま!」
ニッコリ微笑むその手にはまんまる黄色い風船。
「ありがとう、黄色いウサギさん」
「どういたしまして」
ふんわりうさぎはお礼を言うと、風船で手の中がいっぱいだ。
そうやって、風船をたくさん集めたふんわりうさぎ。
さあこれで、空に旅立つ準備万端。
黄色いうさぎも嬉しそう。
「さあきみは、どこへなにを探しに行くんだい?」
ふんわりうさぎは胸を張り、にっこり笑ってこう言った。
「集めてくれた、みんなに会いにいくんだ!」
――だって、集めてくれたみんなが、ふんわりうさぎのともだちだもの。
●
調理室でクッキーを焼いていたキラと幸桜が戻ってきた。
「うわ、おいしそう」
甘い香りに誘われて、かざねがさっそく一つ味見。クッキーは動物の形を模しており、また色とりどりでとても可愛らしい。
「これが……ふんわりうさぎ?」
ルカが尋ねると、キラは嬉しそうに頷く。
「おいしそう、クッキーも」
すみれもその出来栄えに興味津々そう。幸桜はちょっぴり鼻高々だ。
「あ……そうだ、読み終わりましたよ」
加奈子が原稿をルカとカタリナに渡す。ふたりは加奈子に問いかけた。
「どうでしたか?」
加奈子は嬉しさを隠せないくらいに首を大きく縦にふった。
「すごく暖かくて、面白かった。きっと、喜んでもらえます」
これには全員が思わず「やったあ」と声をあげる。
「あの、これ」
挿し絵の作業も終わっていた綾夢が、そっと手渡すのは押し花の栞。
「タイムの花です。花言葉は、『勇気』と『行動力がある』」
装丁の作業に移っていたなかで、それをそっと挟んでやる。
「ボイスレターも渡したいわね」
麦子の提案で、みんながメモリカードに一言ずつに録音したものも作成した。
「喜んでもらえるかな」
綺麗にできた絵本一式、クッキーなども詰め込んで、すみれが思う。
「きっと大丈夫ですよ、気持ちがこもっていますから」
加奈子が同意するように頷くと、みんなの顔も笑顔になった。