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「ふむ、この事件……この愛らしいラブリーパンダちゃんの外見を最大限に発揮できるな」
ウンウンと頷きながら、昨年のミスター久遠ヶ原でもあるパンダ、もとい下妻笹緒(
ja0544)がひとりごちる。
チカという少女の、行方不明の懐中時計。しかもそれには、ヒヒイロカネまでついているのだという。
ヒヒイロカネ――撃退士として、それを紛失するというのは重大な失態だ。各人のヒヒイロカネにはそれぞれの得物をはじめとするV兵器が収められており、手放さないようにと指導を受けている。武器の扱い方を覚え始めたばかりの撃退士でも知っていることだから、本人は強がっていても虚勢にしか過ぎないのだろう。不安でいっぱいのはずだ。
ただ助けてあげたい、深く考えずそれだけの理由で依頼に飛び込んだ瑠璃堂 藍(
ja0632)は、資料にあったチカの顔写真にそっと微笑みかけた。
「年代物の金時計……拾われてる可能性が高いかな?」
礎 定俊(
ja1684)のおだやかな言葉に、うーん、と首をひねる一同。確かに見た目に特徴のある品だし、可能性はあるだろう。しかし、出てこないと言うことは……?
「大切な物なんですよね……それがなくなるのは、悲しいですよね」
目元に包帯を巻いた少女、佐野 七海(
ja2637)はぼんやりと思う。生まれつき光を知らぬ少女は、大切なものと聞いて兄を想像したのだろう。もしそんなことがあったら……そこまで考えようとして心が拒絶したのか、小さく身体を震わせる。
「失せ物探しの依頼なら、レフニーの出番なのです!」
以前も失せ物探しを解決した経験のあるRehni Nam(
ja5283)は、ニッコリと笑う。七海にそっと触れて励ますようにも心がけたり、明るく、そして細やかな振る舞いを見せた。
「でもどうやって探そうか……」
「とりあえずは依頼人と接触、それからじゃないですか?」
小柴 春夜(
ja7470)の小さな問いに、森林(
ja2378)が応じる。
「なんにせよ、うちの初仕事でもあるし、がんばって探そか!」
椅子に座っていた烏丸 あやめ(
ja1000)が立ち上がって背伸びをした。
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「あなたがチカちゃん?」
いかにも活発そうなツインテールの少女。依頼書に添付された依頼人のスナップと同一人物であることは間違いない。そのすぐそばには、長い髪をカチューシャで留めたおとなしそうな少女がいる。あれが親友のユーリだろうか?
「えっと……お姉さんたちは?」
パンダ連れの目立つ八人組、その中でもいかにもお姉さんといった感じの藍の問いかけに目をパチクリさせる少女二人。特にカチューシャの少女は青天の霹靂といった感じで驚きを隠せないらしい。
「この前、斡旋所の人に相談を持ちかけませんでしたか?」
目隠しをした七海には、僅かな感情の揺れも耳で感じ取れる。そして、二人の少女の声を聞いて――すこし驚いた。
「あっ……、じゃあ、お姉さんたちが?」
「……えっ……?」
喜びと安堵を露わにする少女の声と、戸惑いと不安が入り混じった少女の声。
このことがどういうことを示すのか、まだわからないけれど、とりあえずは詳しい話をもっと聞いてみないといけないだろう。
「折角だし、ジュースでも飲みながらお話しませんか」
おっとりした言葉遣いの森林の提案に、二人の少女は一瞬戸惑ったものの、こくりと頷いた。
とりあえずは、依頼内容を噛み砕いて再確認する。
ヒヒイロカネを埋め込んだ懐中時計をなくしてしまったこと。そのことはユーリにすら話していなかったようで、親友はきゅっと唇を噛む。仲間はずれにされた、とでも思ったのだろうか、それとも宝物をなくしたチカへの心配のようなものだろうか? その真意は、わからないが。
「ユーリちゃんも、覚えがないんか?」
あやめが確認するように尋ねると、カチューシャの少女――ユーリはおずおずと頷いた。
「そういえば時計をさいきん見かけないな、とは思ってたけど……」
ユーリは表情がやや暗い。驚きを隠せないという声。
「大丈夫だよ! こういうときのためにも依頼はあるって、先生たちがおしえてくれたじゃない!」
チカが、ちょっと顔を赤くさせて叫ぶ。興奮しているのだろう。……もしかしたら、本当はちょっぴり泣きたいのかもしれない。
「大丈夫、私達がきっと見つけるからね……大っぴらにするつもりはないから、安心したまえ」
学園一有名なジャイアントパンダが、少女二人の頭を優しく撫でた。
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「……どないする?」
あやめが首を傾げた。
時計は拾われている可能性は否定出来ないが、できることは手を抜かずにやりたいと思う一同。
笹緒は落とし物箱の設置を提案した。これなら、匿名性が高い中で気軽に物を入れることも出来るだろう。拾い主が現れないのは、きっと何か理由があってのことなのだし。その提案には、みなが応じる。
笹緒が用意した箱には、可愛らしいパンダのイラストと、【おとしものはここに入れてね】というメッセージが書かれていた。初等部の教員や、チカの所属する寮の寮母に許可をもらい、それぞれに設置させてもらう。
「ま、これで話がすめばめでたしめでたし、ですけどねえ」
定俊やレフニーは、タケシやユーリの力も借りよう、と意見を述べた。チカといろんな意味で親しい存在の彼らならば、なにかヒントを持っているかもしれない。
……場合によっては、拾ったものの、返せないでいる可能性もある。
「ま、拾い主にはしっかり叱らせてもらうけどね。なんでもっと早く言い出さなかったのかって」
藍の言葉は、確かに正しい。
「それじゃあ俺は、周囲をもう一度しっかり探してみようかと思います。見落としも、あるかもしれないし」
「あ、それじゃあ俺も手伝う」
森林の言葉に、春夜もと頷いた。
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久遠ヶ原学園からチカの住む寮へは、子どもの足でも十分かからずに到着できる距離である。そのルートは当然ではあるが綺麗に舗装されており、歩道の脇にはちょっとしたグリーンベルトも用意されていた。景観などにも気を遣った、計画的な都市づくりの一環なのだろう。
そんな植え込みに引っかかったりしていないか、注意しながら春夜が探す。
(ヒヒイロカネに気づかなかったような心ない奴に売り払われてたりしないといいが)
一応念のため、後でリサイクルショップも見て回ろうとぼんやり思った。
(大切な物をなくす……か)
ふと生き別れの恋人のことを思い出す。
(あいつにも怒られたことがあったな……)
「会いたい……」
そう、ポツリと言葉にして、春夜はかすかに遠くを見つめた。
一方森林は、同じ道を通って通学している生徒に声をかけていた。
「少しお時間いいですか? 探し物をしているんです……こんな懐中時計なんですが」
呼び止められた少年少女たちは、しかし心あたりがないとすまなさそうに言う。
「……交番に届いてもいないようだったし、この辺ではないということ、なのかな……」
口に手をやって、うーむとうなる森林。
「とりあえず、もう少し探しますか」
何かあったらすぐ連絡が取れるように携帯電話を握ったまま、彼は捜索を続けることにした。
「チカちゃん、私、お兄ちゃんしかいなかったから、妹ができたみたいで……ちょっと嬉しいかも、です」
光を知らない七海は、流石にひとりで探しものをするわけにもいかない。それでも優れた聴覚がもしかしたら時計の音を聞き分けるかもしれない――そう思って、チカと一緒に心当たりのありそうなところを何か所か巡っていた。……元気すぎるチカに翻弄されそうだったけれど。
「……そういえば、時計はどんな音で動いてたんですか?」
「うん、カチカチ、って。でもあの時計、今動いてないかもしれない……」
チカがそう言う。そういえば、依頼書に『自動巻き』とあった。身体の振動によってゼンマイが巻かれるその細工では、確かに今は動いていないかもしれない――七海はひとつため息を付いた。
「だいじょうぶ?」
チカが尋ねてくる。ああ、この子は私を心配してくれている――そう思ったら、七海はそのため息を胸の中に押し込んだ。そして、微笑む。
「大丈夫。それよりも、……もっとチカちゃんのこと、友達のこと、教えてくれませんか……?」
だって、チカちゃんの力になりたいから。
そう提案すると、チカはぱっと顔を明るくさせて、頷いた。
なお、笹緒の提案した落とし物箱は、以降も大事に使われることになるのだが、それは別の物語である。
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チカの親友、ユーリ。
そしてライバル的存在、タケシ。
この二人は今回の顛末に関わりがあるかもしれないと、何人かは考えていた。――あるいは、今現在持っているのではないかという考えも。
真意は伝えぬまま、それぞれに接触を試みる。
「あなたがタケシくん?」
藍が確認するように尋ねた少年は、いかにもやんちゃ盛りといった少年だった。しかし同時に、将来はきっと男前になるであろう整った顔立ちを帽子の奥に隠してもいる。クラスでも人気者なのだろうな、そう思わせる要素を存分に備えていた。そばにいたあやめも、ちょっとかっこいいなぁと少年を見つめる。
「おねえさんたちは?」
タケシは無邪気な口ぶりだ。それには、あやめが応じる。
「うちらはね、チカちゃんに頼まれて、探し物をしてるんや」
「……さがしもの? もしかして、あいつの時計?」
あやめと藍は互いの顔を見合わせた。タケシは真っ直ぐな子どもらしい瞳で、二人を見上げている。
「何か知っているの?」
「もし心当たりあったら、教えてくれると嬉しいんやけどな」
二人の年長者に詰め寄られ、少年は目を丸くした。そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……いや、時計をあいつがだいじにしてるの知ってるけど、さいきん見ないなって思ってたんだ。そっか、なくしたのか……」
タケシは何かを考えていたようだったが、うーん、とうなった。
「ヒヒイロカネって、だいじなものじゃん。それにあの時計、あいつの宝物じゃん。それがなくなったって聞いてちょっと思ったんだ。そういえばあいつ、ちょっと元気がないなって」
からかっても、いつもと反応が違うのだという。そんな細かいところに気がついているタケシが、真剣に悩んでいる――それは、少年がただのいたずら小僧ではなく、誰かを真剣に思いやれる心の持ち主である証。
「タケシくんから見て、チカちゃんってどんな子?」
「……わかんない。ただ、しゃべってて楽しいからついからかっちゃうんだけどさ」
藍の問いに、そう言ってそっぽを向くタケシ。それでもわかる、彼はきっと――チカのことが好きなのだ。自分でもわからないくらいの、幼い想いを胸に秘めて。
そのことがわかっただけでも、随分な収穫だ。彼はチカを、傷つけない。
「……拾い主は返せない理由でもあるんかな、何か」
あやめはぼんやりと、そう呟いた。
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「ユーリちゃんは、何か知らないのです?」
一方レフニーと定俊はユーリと話をしていた。おとなしそうなこの少女からどのくらい情報が聞き出せるかわからないけれど、とりあえず話さねば始まらない。
ユーリは年長者と話すのに緊張しているのか、目が泳いでいる。おとなしい少女、ではあるらしい。確かに、内向的というべきか。
「もしチカちゃんの時計を取り戻すために動いているなら、私らにも手伝わせてもらえませんかね?」
定俊の言葉は優しい。しかし、レフニーはユーリをじいっと見つめると、ゆっくりと口を開いた。
「……チカちゃんが、元気無さそうだって心配していたのです」
もしかして、という予感が彼女の中にはあった。しかしもしそれが正しければ、レフニー一人にはあまりにも荷が重い。
(私は、恋人いない歴=年齢、なのですよ……?)
それは、幼いながらも既に成立しているであろう、切ない恋愛の形。
「拾ってくれた人との話し合いは、タケシくんに任せようかと思うんですよ」
定俊が、そうそう、と付け加えるように口にする。
「……!」
ユーリの瞳が、その言葉に揺れた。……やはり、もしかしなくても。
「……私からは何も言わないのです。ただ、チカちゃんも、それからタケシくんも……ユーリちゃんの大切な友達、なんですよね?」
レフニーのその言葉を聞いてまもなく、ガタ、とユーリが立ち上がった。そして自分のロッカーの奥から、小さな布に包んだものを持ってくる。七海がそこにいれば、あるいはかすかな音に気づいたかもしれない。少女の顔は、今にも泣き出しそうだった。
「わ……わたし、うらやましくて、チカちゃんがうらやましくて」
可愛らしい布を丁寧に開いていくと、そこにはいぶし加工の金時計があった。
「ユーリちゃん……それ……」
定俊が、わかっていたのかいなかったのか、驚きを隠せない表情を浮かべる。レフニーにはなんとなくわかっていたのだろう、ぽんとやさしくユーリの肩に手をのせた。
「ちょっとだけのつもりだったの、だけど返せなくて、だけどこのままじゃともだちじゃいられなくなっちゃうかもって思ってもこわくて」
ほんのちょっとの嫉妬心。それがすべての始まりだったのだ。
ユーリはタケシに、好意を抱いていた。少年よりも少女のほうがそういう点では早熟だ、同じ年のタケシよりもそれはしっかりとした意識とされているのだろう。
そのタケシと対等にやり取りできるチカが羨ましかった。ほんの少し、困らせてみたかった。それがこんな事態にまでなるとは思ってもみなかったのだ。少女は泣きじゃくりながらそれをつっかえつっかえ説明する。
やがて定俊はユーリが少し落ち着いたところを見計らって、仲間の携帯にメールを一斉送信した。
それが、彼らの役目でもあるから。
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ユーリを囲み、レフニーと定俊から事情を聞いた一同は、一つため息をつく。ほんの少しの心の行き違い、それが生んだ出来事。
「でもね、ユーリちゃん。あなたがしたことは、格好の悪いことだってわかる?」
藍がじっと見つめると、少女はばつが悪そうにうつむいた。しかしすぐに、ふっと微笑む。
「気持ちがわからないわけではないけれど。でも、格好良く思える行動を、取ることは、とても大切。そこのところちゃんと理解して、これからは行動しなさいね?」
ユーリは涙目になっていたが、小さく頷く。
「チカちゃんには自分から返すといいのです、ねっ」
優しい声のレフニーの提案は、全員が賛成した。
幼くても、確かに彼らはヒトで。
傷つけ傷つき、そうやって生きていく。
三人の仲がこれからどうなるか、それは本人たちにしかわからないけれど。
――だけどきっと、三人は成長するはずだ。
恋は人を成長させる、素敵なスパイスなのだから。
そしてその手伝いをした少年少女も、きっと少し、成長したに違いない。