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「……宇宙オタクも結構だが、それを他人に強制するのはどうかと思うな」
強行したとしても、ろくな結果は返ってこないだろうし。
北条 秀一(
ja4438)が、ちょっと呆れたような口調でメガネに手を当てると、
「じゃあ、折角だからここは思い切り……」
いたずら心たっぷりにね、と雨宮 キラ(
ja7600)がクスクスと笑う。
ニセのサブカル誌を作ってしまおうというカタリナ(
ja5119)のようなものもいるかと思えば、実際にそういったサブカル情報をたくさん仕入れてトウドウの気を惹こうというフィール・シャンブロウ(
ja5883)のようなツワモノもいる。
そんな中、水尾 チコリ(
ja0627)だけは、
「UFOって、たべものじゃないの〜?」
とあくまでマイペースを貫いていた。
●
さて――問題の日である。
集合場所のグラウンド脇には二十人ほどの生徒が集まって、不安そうに話をしていた。
「……でも、UFOなんて本当にいるの……?」
「わからないけど、あまりそれを深く突っ込んだらやべえって……!」
「そうそう。相手は何しろ学園でも指折りの変人だぞ……?」
だいたい中学生から大学生くらいの若者たちだろうか。男女入り交じってひそひそ話をしているが、それがトウドウにバレたところで気にしていない。問題のトウドウ自身が、
「自分の崇高な使命を理解できるのは選ばれた人間だけだ!」
と謎の使命感と自信にあふれているからである。つまり、いわゆる、アウトオブ眼中。自分に都合のいい事しか耳に入っていない。
ついでに言えばそのトウドウも、今は支度中ということもあってそれどころではないらしい。数少ない自分の取り巻きを使って地面に何やら怪しい文様を描いている。
その隙に、そっと機嶋 結(
ja0725)らが周囲の生徒に集まるように目配せし、
「実は……」
と、カタリナや秀一ら、いわゆる【サクラ組】がざっと今回の作戦を説明する。わずかに緊張した面持ちの藤原 加奈子(jz0087)が大本の言い出しっぺではあるが、それはあえて言わず、彼女自身はあくまでも作戦を立てたみんなのサポートに回ろうという形である。サクラ組はそれを考えた上で、あえてそういったサブカル知識を仕込み、トウドウのノリにもついていけるように準備をしていた。こうしておけば、疑われる可能性も少なくなるだろうからだ。
聞いていた周囲のみんなははじめこそ驚いた様子であったが、だんだんと目に輝きがみちみちてきた。
「すっげぇ、トウドウをギャフンと言わせるチャンスじゃん!」
「うわー、俺もそれに参加したかったー」
「つか水くさいわよ、もっと早く言ってくれても良かったのに」
まあ、こんな反応が(ひそひそ声ではあるが)返ってきたわけで。トウドウの悪評は学園内でもかなり悪いらしいことが、この反応からもすぐに見て取れた。
「で? 具体的にはどうするんだ?」
生徒の一人が尋ねる。
「……まあ、見てのお楽しみ」
フィールが、アンニュイそうな表情の中に笑みを浮かべた。
●
「準備は滞り無く進んだ! さあ、今こそ君たちの力を借りる時だ!」
トウドウが張り切って声を上げる。後ろに控えていた数人の取り巻き――なんでこの取り巻き達がトウドウなんぞに従っているのかもはなはだ謎が多い――が、集まったメンバーに行程を説明しながら準備を進めていく。
とは言っても、今やニセ宇宙人作戦を知らないのは先ほどまで懸命に準備をしていたトウドウとその取り巻き達だけ。
作戦を知っている生徒たちはトウドウとニセ宇宙人とのあやしい邂逅の想像などをしているのだろう、時々プスッという変な声が所々で漏れている。
「どうした?」
不思議そうにトウドウが尋ねるが、もちろんそれに対しては応えない、というか応える気も起きない。
それに折角のドッキリ作戦を変なことでフイにしたくないのだ。
「……ふむ、まあいい。それよりも、みんな、さあ手をつなぐんだ!」
トウドウがそう叫んで、手を上につきだした。それに合わせて、つながれた手も同じように上にかざす。そして小さな声で、だんだん大きく、呪文(?)の詠唱が始まった。
「ベントラ・ベントラ……」
それに続くようにして、円陣を組んだ生徒たちも声を上げる。
「ベントラ・ベントラ……」
しかしその声はさすがに気だるげだ。ドッキリ作戦があるとはいえ、宇宙人の実在はさすがにほとんどの生徒が信じていない。
その中で何故か結だけが、違う呪文を唱えていたが、まあそれも怪しいものを呼ぶという意味ではまんざら間違っていない気がしなくはない。
……その呪文は何度繰り返されたことだろう。
トウドウ自身も流石に飽きてきたであろう頃を見計らい、秀一がトーチを近くの茂みへと、それがそれであると気付かれないようにして放つ。
そこには、宇宙人の扮装をした三組四人が、今か今かと待ち構えていたのだ。
――さあ、ショウの始まりだ。
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眼の前を横切る、トーチの光。
それに引き続くがさごそという音。それと同時に一瞬、ぴか、っと光る。
それが思いもよらない方角からの反応で、トウドウははっと顔を固くさせた。
「まさか、あんな所に宇宙人が……?」
いぶかしげに見つつ、トウドウはもう一度叫んだ。わずかに声がかすれているのは、疲れかはたまた恐怖心からか。
「ベントラ・ベントラ……宇宙人よ、わが元へ!」
すると、ゆらりと現れたのは……身長二メートルはゆうに超えた背の高い人影。
「きゃ……っ」
さすがにどういう姿で現れるかまでは聞いていなかった加奈子が、小さく声を上げる。しかしそこにポンと手を置き、
「問題無い、あとは我々が」
と秀一はわずかに目を眇めてささやいた。そしておそらくはほかの準備のためだろう、秀一はそっと輪から抜けて目立たない場所へ移動する。目立つ衣装でもなかったため、その姿はすぐに闇へと溶け込んだ。
そしてそんな参加者たちを尻目に、トウドウは歓喜の声を上げる。
「おお! やはり宇宙人は存在したんだ! さあ諸君、コンタクトをしようじゃないか!」
……もちろん正体などに気づいている様子はない。
実はこれ、藪木広彦(
ja0169)がチコリを肩車し、その上からアルミシートをかぶったという面妖極まりない姿というのがその正体だったりする。
全身を隠しているのにドレッドヘアのみがシートの一部からこぼれ落ち、それはそれは筆舌しがたい姿を作り出している。
あえて一言で言うと、『変』。
しかしそんなことは知ったことではなく、広彦もチコリもごくごく真面目である。広彦の視線の位置に一応のぞき穴が開いているが、それもこの暗がりでは発見も困難だろう。
と、広彦はタイミングを見計らって身体を、チコリはあらかじめ仕込んでおいた糸を引っ張って広彦のドレッドをくねらせた。それがどういう意味かはわからないが、おそらくは異星人とのコンタクトらしい方法ということでのボディランゲージなのだろう。
「いあいあ!」
「いあいあ!」
チコリが叫ぶと、それに合わせて広彦も叫ぶ。またチコリを持ち上げたりして伸び縮みしているようにも見せ、怪しさは満点だ。
そう……言葉であらわせない、かの旧き神々のような恐ろしさといえばいいか。
そしてもちろん、そんなおとぎ話のような物語も、彼らは知っているわけで。
「ま、まさかかの神に連なるものなのか!」
トウドウはよくわからない興奮に打ち震えている。あれはあくまで作り話で、それらの神々が存在したという証拠などどこにもないのに。しかしトウドウの中では、恐怖よりも好奇心が勝ったらしい。近くにおいてあった鍵盤ハーモニカを手に取ると、もう何十年も昔の映画で用いられた、宇宙人との交信のメロディを奏で始めた。それをそれと知る者は、リバイバル映画を見ていても少ないだろう。
しかもその音楽が楽しいのか、チコリはドレッドを何度も持ち上げ持ち上げしている始末。
とりあえず、おかしなことになっている。
銀色の宇宙人もどきと、それにまじめに向き合ってよくわからないメロディを奏でるトウドウ。
傍目から見ると、まるでギャグマンガのようなシュール極まりない光景だ。
しかもそこに、さらに物音が聞こえてきた!
●
……暗がりから、謎の雄叫びが聞こえる。
それとともにざざざざ、と周囲を目にも留まらぬスピードで走っているのは、夜目にも怪しく光る姿。
もう一人、その音につられるようにしてちょっと額をおさえながら現れたのは白い髪に白い……なぜかどう見てもメイド服姿の少女。ついでにネコミミ。時々いる電波系アイドルなんかにありそうな姿だ。
こちらは月居 愁也(
ja6837)――全身タイツに夜光塗料を塗りたくった姿――と、キラ――カラコンにウィッグで実はけっこう直前までノリノリであった――の二人だ。
しかし藤堂のどう見ても怪しい儀式その他を見て、キラの方は、
(あほなのか馬鹿なのか……うちには良くわからん……)
頭を抱えたくなる始末。それでも手元に小さな光球をのせ、ヘリウムガスで声を変える用意をしているなど、なんだかんだで準備万端である。
一方の愁也は――ごめんなさい、その姿だけでやる気に満ちあふれているのが一目でわかります、となんだか見ている側が申し訳なくなりそうなくらいにノリノリであった。
全身夜光塗料の方は姿をうまい具合に木陰に隠しながらゆっくりと姿を見せると、ひゅっと何かをカタリナや結の方に向かって投げる。投げつけられたのはビックリ系おもちゃの定番、触るとネチャネチャするアレである。目にも毒々しい色あいのおもちゃに、一瞬誰もがビクッとするが、やがてカタリナが――愁也とはあらかじめネタを仕込んであったらしい――はっとした顔で叫んだ。
「あ、あれはまさか……トイレ星人……やっぱり……」
何がトイレで何がやっぱりなのかはさっぱりだが、その一言で誰もがカタリナと結の方を向いたのは言うまでもない。
「ど、どういうこと……?」
フィールがおそるおそる問う。その質問をしたかったのはトウドウも同じようで、
「キ、君、なにか知っているのか?」
焦りの表情を隠せないままに尋ねてくる。顔が近い。正直うざい。
しかしそれを表に出すような失態はせず、トウドウに「とりあえず少し離れてください」と小声で指摘した後、
「まさか、ご存じないのですか? トイレ座の星雲から来たという凶悪な宇宙人で、十四年前にアメリカで発表されていて……あのボディは炭化タングステン、つまり通称『WC』の超合金生命体なんです! なんてモノを……っ」
矢継ぎ早にまくし立て、その言葉の信ぴょう性を周囲にもたせる。陰に回った秀一が、さらにヌルヌルした液体をとろりとトウドウの取り巻きの一人に浴びせ、その得体のしれなさを更に知ら示そうとしていた。
というか、トイレ座ってあっただろうかという疑問を抱かないあたり、みんなの思考回路が予想外の出来事に遭遇しすぎて硬直してしまっているらしい。あらかじめ概要を説明してあったとはいえ、これは無理もない話である。
そこでタイミングを見計らった愁也が再び地の底からのような雄叫びを上げる。皆が思わず耳をふさいでいると、その隙を縫って結に接近した。そして結が友好的な態度を示そうと握手を求めた次の瞬間――愁也はばっと手を振りきり、そして結の胸元から真っ赤な液体がこぼれ落ちた。フィールが近づいて、
「きゃぁー! だ、だいじょうぶ?」
慌てて近づき、声をかける。これも実は血のりなのだが、ぐったりとわざと力を失うように横たわった。作戦のうちだ。そして宇宙人に扮した愁也はトウドウに向けて、抑揚のない声でいう。
『……次ハ、オ前ダ……』(※なお、音声は変えてあります)
「は、早く、帰還の儀式をっ」
カタリナが捏造したオカルト雑誌の切り抜きらしきものを示す。そこには古代インカ文明と宇宙について、そして凶暴な宇宙人と遭遇した時の帰還の呪文――そんなものが書かれていた。もちろん全部デタラメだけど。
ところで、そんな愁也の暴れっぷりを見て、キラはどうしていたかというと。
コチラは何故かスマートフォンでの撮影対象になっていた。おそらく電波系アイドル的な外見のせいだろう。発言も痛い子をわざと演じているはずなのに、周囲の男子生徒が
「うわ、これはかわいいわー」
などと撮影していく始末。キラはこれはこれで頭の痛い事態に巻き込まれたなぁと思いつつ、その反応もじつは楽しんでいた。さすが、宇宙人役を買って出ただけのことはある。
「サテ、ウチハソロソロ星ニ帰ルンダヨー」
ヘリウムガスで声を変えたまま、手をふりふり。生徒たちも手をふりふり。
キラの周囲だけは、なんともほんわかしている感じであった。
●
……結局、作戦自体は成功したといえるだろう。
トウドウはさすがに怯えた顔で『帰還の儀式』とやらをとり行い、その日は早々に解散になった。ドッキリ作戦に参加した面々は夕食を共に食べ、和やかに別れたらしいが。
ついでに言うと、トウドウ自身は許可を得てあったとはいえ夜間に騒ぎを起こした責任者ということで、教師からもこってり油をしぼられたらしい。普段は不遜な態度で過ごしているトウドウがしゅんとしている、と一部で話題になったくらいだ。
――数日後。
トウドウと愁也が、廊下ですれ違うことがあった。その時、つい肩に触れ、トウドウはわっと体制を崩してしまう。
「おっと、悪いな。……大丈夫か?」
そう手を差し伸べた愁也――だが、その白手袋に覆われた手の指は、何故か六本。
もちろんおもちゃで仕込んだものだが、
「……ひっ……!」
もともと目聡いトウドウには効果抜群だったようだ。そのままへっぴり腰で逃げ出してしまうほどに。
たまたま近くを歩いていた秀一と目をあわせて、ニヤッと笑った。
フシギはほんの少し、残しておきたいもの。
でも、それを強制しても……あるいは興味本位だけで見ても……いいことなんてあるわけがないのだ。
(……でも、服が汚れた洗濯代くらいは欲しかったかも)
結がこっそり、トウドウに対してそう思っていたのは、また別の話。